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大阪高等裁判所 平成26年(う)1312号 判決 2015年7月02日

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

理由

検察官の本件控訴の趣意は,検察官永村俊朗作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,弁護人中嶋俊太郎(主任)及び同西野航共同作成の控訴答弁書に,弁護人の本件控訴の趣意は,上記弁護人2名共同作成の控訴趣意書に,それぞれ記載のとおりであるから,これらを引用する。

検察官の論旨は事実誤認であり,弁護人の論旨は事実誤認及び量刑不当である(なお,弁護人は,事実誤認の主張中,供述調書の証拠能力について論及する部分は,独立して訴訟手続の法令違反を主張するものではない旨釈明した。)。

第1控訴趣意中,各事実誤認の点について

1  原判決の認定判断並びに検察官及び弁護人の各論旨等

(1)  本件公訴事実

本件公訴事実(訴因変更後)の要旨は,「被告人は,平成25年9月24日午前7時53分頃,普通乗用自動車(以下「被告人車両」という。)を運転し,京都府八幡市ab番地のc先の東西に通じる道路(府道八幡木津線。以下「本件府道」という。)に北から通じる道路(市道森線。以下「本件市道」という。)が交わる交通整理が行われておらず北側入口に一時停止標識が設置された三差路交差点(以下「本件交差点」という。)を北から東に向かい左折進行するに当たり,後輪を滑らせながらのいわゆるドリフト走行をすべく,同交差点入口手前で一旦時速20ないし30km に減速して,セカンドギアに入れ替え,左に急ハンドルを切るとともに,アクセルペダルを踏み込んで急激に後輪の回転数を上げ,後輪を路面に滑らせて車体を左回転させながら自車を時速約40km 以上に急加速させ,もって進行を制御することが困難な高速度で自車を走行させたことにより,本件府道の東行き車線を越えて西行き車線まで進出させて,制御不能の状態で同道路北側に向けて暴走させ,右転把するも及ばず自車左後部を道路北側のガードレール(以下「本件ガードレール」という。)に衝突させた上,自車を道路南側に向けて暴走させ,道路南側の車道と歩道との境に設置された柵をなぎ倒して,自車を同歩道上に乗り上げさせ,折から同歩道上を歩行中の原判示の被害者5名に衝突させるなどして,同人らに原判示の各傷害を負わせた」というものであるところ,検察官は,被告人の上記運転行為は,平成25年法律第86号による改正前の刑法208条の2第1項後段にいう「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」(以下,同条項に該当する運転を「高速度走行」と略称する。)に該当し,被告人には危険運転致傷罪が成立すると主張した。

(2)  原審における争点

原審において,被告人及び弁護人は,被告人が前記公訴事実の日時場所で被告人車両を前記被害者らに衝突させて負傷させる交通事故(以下「本件事故」という。)を起こしたことは争わないが,被告人が故意にドリフト走行をしようとしたことはなく,被告人車両の速度も時速40km に達していなかったので,被告人の運転行為は,高速度走行には該当しないから,被告人には危険運転致傷罪は成立せず,自動車運転過失傷害罪が成立するにとどまると主張した。

そして,原判決は,本件の主要な争点は,本件事故時において被告人にドリフト走行をする意図があったか否か(争点1),制御不能状態に陥る前の被告人車両の速度(争点2)及びこれらを踏まえた危険運転致傷罪の成否(争点3)の3点であると整理した。

(3)  原判決の判断

原判決は,上記各争点について,下記ア以下のとおり判断して,危険運転致傷罪の成立を否定し,要旨,「被告人は,本件交差点を左折進行するに当たり,同交差点手前の停止位置で一時停止するのはもとより,適宜速度を調節し,ハンドル・アクセルを的確に操作して,進路の適正を保持し,急激な加速及び急激なハンドル操作により自車を制御不能の状態に陥らせることがないようにして進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,ドリフト走行をすべく,同交差点手前の停止位置で一時停止せず,時速約20ないし30km に減速して,セカンドギアに入れ替え,急に左にハンドルを大きく切るとともに,アクセルペダルを強く踏み込んで急激に後輪の回転数を上げ,後輪を路面に滑らせて車体を左回転させ,自車を本件府道の東行き車線を越えて西行き車線まで進出させて制御不能の状態に陥らせた過失により,本件事故を引き起こした」という自動車運転過失傷害の事実を認定した。

ア 争点1について

(ア) 本件交差点を左折する際の被告人車両の挙動及び被告人の運転方法は,左折時に通常想定されるものとは著しく異なり,ドリフト走行を行う場合の手法と外形上合致しているのであって,その運転方法それ自体から,被告人が故意にドリフト走行を試みたことが強く推認される。

(イ) さらに,①被告人は,平成25年9月10日(以下,同年の出来事については,特に必要のない限り年の表記を省略する。)に被告人車両のタイヤを交換しているが,本件事故後に被告人車両のタイヤを見分した原審証人Aの供述によれば,左後輪タイヤのショルダー部分に細い線状の摩耗形状(横滑り痕)がはっきりと認められることから,上記交換から本件事故までの間に,被告人車両は少なくとも二,三十回程度は横滑りをしたことがあると認められること,②被告人が,同月19日に,ゲームセンター等の施設の駐車場で,ドリフト走行の練習として「円書き」と呼ばれる運転(低速で後輪を横滑りさせながら円を描くように車体を回転させる運転。以下,この運転行為を単に「円書き」という。)をしていること,③被告人の友人であるBの検察官調書(原審甲18。以下「B調書」という。)によれば,Bは,本件事故前に,被告人が公道上で被告人車両の後輪を横滑りさせて左折するのを5回ないし10回程度,同車の助手席から見たことがあったと認められることからは,被告人は,本件事故以前から,被告人車両を故意に横滑りさせるドリフト走行を繰り返し行っていたと認められる。

(ウ) 加えて,被告人は,本件事故当日にエンジンを始動してから本件事故発生までに,意図的にVDCという横滑り防止装置を解除したことにより,本件事故時の被告人車両の横滑りが生じたものと推認できる。

(エ) 他方,ドリフト走行の意図も経験も否定する被告人の供述は,被告人のドリフト走行歴が客観的証拠等に照らし認められるし,被告人が本件事故日に急いでいたという弁解も,何ら裏付けがないばかりか,単に急いでいただけでドリフト運転特有の特殊な運転をとっさに行えたとは考えられないことからも,全く信用できない。

(オ) 以上によれば,被告人は,本件事故時において,ドリフト走行を行う意図があったものと認められる。

イ 争点2について

(ア) 高速度走行に当たるかどうかは,制御不能状態に陥る前の速度をもって判定すべきところ,本件で被告人車両が制御不能状態に陥ったのは,被告人車両が対向車線に進出した地点(被告人立会いの下の現場実況見分の結果を録取した実況見分調書(原審甲49)添付の交通事故現場見取図を引用した原判決添付図面の⑥地点。以下,特段の断りのない限り「⑥地点」などは同図面上の記号の示す地点を指す。)付近であるから,同地点付近での被告人運転車両の速度を検討する。

(イ) 本件事故を現認した警察官である原審証人C(以下「C警察官」という。)は,被告人車両は,本件交差点に目測時速40km で進入してきた旨供述する(以下,C警察官の原審公判供述を「C証言」という。)が,その根拠は感覚的なものにすぎず,これだけを根拠として被告人車両の速度が時速約40km 程度であったと認めることはできない。

(ウ) 交通事故鑑識官であるD(以下「D鑑識官」という。)は,「被告人車両が本件府道の南側歩道に進入(⊗2地点)する直前の走行速度は時速約40km 弱程度,本件ガードレールに衝突(本件⊗1地点)する直前の走行速度は時速約46km 前後と推定する」旨の鑑定書を作成しているが,⑥地点付近でアクセルを強く踏んだ旨の被告人供述は排斥できないから,歩道進入直前や本件ガードレール衝突直前の走行速度から直ちに⑥地点付近における被告人車両の速度を推認できるわけではない。

(エ) 検察官は,延べ18回の走行実験(以下「本件走行実験」という。)のうち,被告人車両の軌跡を再現できた5回の走行(6回目,7回目,9回目,11回目及び12回目)では,実験車両が模擬対向車線に進入した際の車両速度の最大値は時速45.7ないし48.6km,特に,車両挙動の再現度が高い7回目の実験では46.2km となっており,本件事故時の被告人車両の対向車線進入時の速度も同様の速度と推認できる旨主張するが,①本件走行実験は,C警察官が供述する被告人車両の経路や挙動を前提にするところ,その目撃状況等からすると,C警察官が被告人車両の経路や挙動を厳密に特定できるものではなく,前提条件自体があやふやであるから,本件走行実験の証拠価値には自ずと限界があること,②本件走行実験の設定条件は,「模擬停止線を時速約二,三十キロで越えてから加速し,模擬対向車線を越えるが,歩道縁石までは至らない」というものにすぎず,模擬停止線の通過位置やハンドルを切り始める位置等の選択によって,上記条件を満たす走行経路は実験結果のほかにも数多く存するものと思われるから,再現の正確さや他の走行方法での再現可能性等,種々の疑問が残ること,③本件交差点の停止線を通過する際の被告人車両の速度が時速20ないし30km だった旨の被告人供述は,D鑑識官や同実験において運転手役をした警察官E(以下「E警察官」という。)の各供述等に照らしても排斥できないのに,本件走行実験では,停止線をそのような速度で超えた走行は行われていないことからすれば,本件走行実験の結果からも本件事故直前の被告人車両の速度を推認することはできない。

(オ) 以上によれば,被告人車両が対向車線に進出した時点で時速40km を超えていたとは認められない。

ウ 争点3について

(ア) 本件交差点を本件市道から本件府道に左折する際に想定される円弧に沿って曲がるための限界速度は時速42.1km であると認められる(以下,この速度を「本件限界旋回速度」という。)が,被告人車両はそのような円弧上を進行しておらず,走行条件が大幅に異なるから,被告人の運転行為が高速度走行に当たるか否かの判断において,本件限界旋回速度を参考にするのは相当ではない。

(イ) 本件では,急加速という速度的な要因とともに,急ハンドルを大きく切ったという運転操作の要因が複合して被告人車両が制御不能となり,本件事故が生じたと認めるのが相当であるところ,本件の証拠関係においては,そのいずれが主たる原因か特定することは困難であり,被告人車両が高速度で走行したが故に本件事故が生じたと認めるには,なお合理的な疑いが残るから,被告人の運転行為は危険運転致傷罪の構成要件に該当しない。

(4)  検察官及び弁護人の各論旨

弁護人の事実誤認の論旨は,争点1について,被告人にはドリフト走行を行う意図はなかったのに,ドリフト走行の意図があったと認めた原判決の認定判断には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある,というのである。

また,検察官の論旨は,①争点2について,対向車線に進出した時点における被告人車両の速度が時速約40km を超えていたとは認められないとの原判決の認定判断には,栫証言及び本件走行実験の正確性を認めず,同実験の前提条件はあやふやだとした点において論理則,経験則違反があり,また,②争点3について,本件限界旋回速度を参考にするのは相当ではないなどとして危険運転致傷罪の成立を否定した原判決の認定判断は,限界旋回速度の理解及び高速度走行に当たるか否かの判断要素に誤りがあって,これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである,というものである。

2  当裁判所の判断

そこで,原審記録を調査して検討すると,原判決が,争点1については,被告人にはドリフト走行をする意図があったと認められるものの,争点2については,⑥地点付近における被告人車両の速度が時速40km に達していたとは認められないとして,争点3について,被告人の運転行為は高速度走行には当たらず,危険運転致傷罪は成立しないとした認定判断は,全て正当として是認することができる。

以下,検察官と弁護人の各所論に鑑み,補足して説明する。

3  被告人のドリフト走行をする意図の有無について(争点1関係)

争点1に関する原判決の前記1(3)ア記載の判断は,当審における弁護人の主張と同旨の原審における弁護人の主張を排斥している点やその理由として説示している点を含め,全て首肯することができる。

以下,当審における弁護人の主な主張について付言する。

(1)  運転方法等からの推認に関する判断(前記1(3)ア(ア))について

弁護人は,原判決が,被告人車両の挙動及び被告人の運転方法が左折時に通常想定されるものと著しく異なっていることを根拠に,被告人が故意にドリフト走行を試みたことが強く推認されるとした点について,ドリフト走行の意図がなくとも,本件時のような車両の挙動や運転操作が行われる可能性は十分にあるから,原判決の上記認定は不合理である旨主張する。

しかし,関係各証拠から認められる本件事故の際の被告人の運転方法は,被告人車両が旋回する前からアクセルを急に踏み込んで加速したり,道路の形状に沿った自然な経路ではなく,本件市道を直線的に進んで横断歩道上の⑤地点で急にハンドルを左に大きく切ったりした点で,通常の走行方法とは著しく異なるものであるし,その後の運転方法を見ても,車両が横滑りを続けているというのに,減速することもなくあえてアクセルを踏み込むなど,被告人が意図的に車両を横滑りさせて旋回させるドリフト走行を試みたものであることは明らかである。

弁護人は,運転者の意図以外にも後輪が滑る原因はいくらでもあると主張するが,本件交差点付近の路面は,滑りにくい乾燥したアスファルト舗装であったことや,被告人車両のタイヤ等に特段の異常はなく,横滑り防止装置も施されていることなどからすると,被告人車両が意図せず偶発的に横滑りするようなことは,現実的にほとんど想定することができない。

(2)  被告人のドリフト走行歴の認定(前記1(3)ア(イ))について

ア 弁護人は,被告人車両のドリフト走行歴に関して,①Aは,何回横滑りさせれば被告人車両のようなタイヤの傷が発生するのかの実験を行ったわけでもないのに,数十回も横滑りをしたことがあると,明らかに誇張した供述をしており,Aの供述は信用できない,②被告人車両のタイヤに傷がつく機序としては,被告人が9月19日にした円書き,事故当日の横滑りそのもの,本件事故時に柵やコンクリートブロックに接触したことが考えられ,これらの影響を「引き算」しなければ,被告人がドリフト走行を繰り返していたと認定できるはずがないのに,原判決はそのような作業をした形跡がない,と主張する。

しかし,①については,Aは,原審公判において,「被告人車両のタイヤは,ショルダー部に摩耗パターン(細かい横に走る線)が明確に形成されており,故意に繰り返し横滑りしたと考えられる。」,「偶然に1,2回横滑りしただけなら,タイヤの片側にしか痕跡が付かないし,あるかないか分からないような痕跡しか付かない。」などと具体的な根拠を示した上で,被告人車両は最低でも二,三十回程度の横滑りをしたことがあると考えられる旨供述している。また,Aは,証人として,あくまでも被告人車両のタイヤの痕跡から何が分かるかについて専門家としての意見を求められ,その範囲で供述しているものであり,その供述内容や供述態度に照らしても,弁護人が主張するような誇張などは認められない。また,②については,上記のとおり,Aは,被告人車両のタイヤの傷は,円書きと本件事故時の横滑りといった一,二回の横滑りだけでは形成されないし,本件事故時にタイヤが空転しながら柵やコンクリートブロックに接触するなどしてできた傷は,縦方向の傷で,横滑りの痕跡である横方向の傷とは見分けることができるなどと,それぞれに専門的知見に基づく根拠を示して供述しているのであり,被告人車両のタイヤの傷から(円書きや本件事故時を含め)最低でも二,三十回程度の横滑りをしたことがあると認めることに疑問の生じる余地はない。

イ 弁護人は,被告人が9月19日に円書きをしたことに関し,原判決が,同事実を,被告人が本件事故前にドリフト走行を繰り返していたことを推認させる事実として考慮しているのは間違いである,とも主張する。

しかし,被告人は,円書きの際,さほど広くはなく他に駐車車両等もある駐車場内において,被告人車両を故意に横滑りさせて旋回させており,それまで同様の運転行為を繰り返してそれなりに慣れていたからこそできる運転行為と考えられる。弁護人は,上記主張に関連して,その際,被告人が自己の運転行為を自慢し,Bがこれに同調して興奮していることを指摘するが,特殊な運転に成功した後の未成年の若者同士におけるごく普通のやりとりにすぎず,初めての円書きであることを裏付けるものとはいえない。

ウ(ア) 弁護人は,B調書(原審甲18)の証拠能力について,原判決が,警察官が不適切な取調べをした事実があるのに,原審弁護人が,検察官による事情聴取するに先立ち,警察での事情聴取について抗議し,検察庁での取調べは丁寧に行われたい旨申し入れたことを根拠に,このような状況で行われた事情聴取で,担当のF検察官(以下「F検察官」という。)が無理に供述を押しつけ,Bが真意に反する供述調書にたやすく署名指印するといった事態が生じたとは考えにくいとして,同調書の特信性を認めているが,F検察官は,不適切な取調べを行った警察官に何の指導もせず,また,警察での調書のどのような点が意に沿わないのかという点を供述調書に記載しなかったもので,真摯な態度で事情聴取に臨んでいないから,上記のような経過があるからといってBが真意に反する供述調書にたやすく署名押印することがないとはいえない旨主張する。

しかし,F検察官は,原審公判において,「Bについて,警察官による事情聴取が行われた後,15分から20分程度の簡単な事情聴取を行った際,Bは,『被告人がドリフト走行をするのを5回から10回くらい見た』旨話していた。その翌日,事情聴取を始める前に,G弁護人から,『警察の取調べのときに言い分を聞いてもらえなかった,警察官が言うままの調書に署名,指印させられたとのことなので,厳重に抗議する』旨電話があった。そこで,Bに確認すると,駐車場で円書きを撮影した場所を覚えていないと言ったのに,言い分を聞いてもらえなかったとのことだった。また,事情聴取の中で,Bは,『自分が5回か10回くらい見たのは,ドリフトではなく単なる横滑りである』旨供述した。自分としては,ドリフトか横滑りかは,言葉の問題と理解してあまり関心は持たず,むしろ被告人車両がどのような動作をしたのかに関心をもって詳しく聴取した。警察に対しては,捜査を統括する交通捜査課の主任に事実確認をした」旨供述しているところ,その供述内容に特段不自然,不合理な点はなく,Bの原審公判供述(以下「B証言」という。)に照らしてみても,特に矛盾は見当たらない。そうすると,F検察官は,弁護人による上記申入れも念頭に,Bからの事情聴取を行ったもので,その取調べ状況にも特段の問題はなかったというべきである。

(イ) 弁護人は,B調書の内容の信用性に関して,①同調書には,被告人が被告人車両を横滑りさせて左折するときの運転方法について極めて具体的な供述が記載されているが,Bが普通自動車の運転免許を取得したのは平成26年2月9日であり,証言をした平成25年10月9日の段階では教習を除けば自動車を運転したことがなかったから,このような理路整然とした説明ができるはずがない,②原判決は,B証言について,「被告人の左折時の運転方法や,自身が署名指印した検察官調書の記載内容についてはよく覚えていないなどと曖昧な供述をしている」,「その供述内容は到底合理的とはいい難く」などとして信用できないとするが,Bは原審当時弱冠19歳で,緊張することなく矛盾がないように理路整然と供述するのは不可能である,とも主張する。

しかし,①については,B調書において,被告人の運転方法に関する供述部分が相当整理されたものになっていることは確かであるけれども,その中で述べられているアクセルやハンドルの操作,エンジンの回転数などといった事項は,自動車に関心のある者であれば,運転経験などがなくても十分説明できるごく一般的な内容である。そして,F検察官の原審公判供述によれば,同検察官は,Bから事情聴取をした後,Bに対し,自分の話した内容と違うところがあれば言ってほしいと話した上で,その面前でBから聞いた内容を検察事務官に口述し,同事務官にパソコン入力させて供述調書を作成し,さらにプリントアウトした供述調書をBに閲覧させながら自ら読み上げて内容が間違いないことを確認させてから署名指印させたことが認められるのであり,B調書の上記記載部分についても,Bの供述どおりの内容が録取されていることに疑いは生じない。

②についても,B証言からは,弁護人の主張するような状況は何らうかがわれず,むしろ,Bは,被告人の言い分に沿った弁護人からの質問には明確に供述するのに対し,被告人車両のタイヤが滑るか空回りするかした際の具体的な状況や被告人が円書きの方法を教わった際の様子,検察官による事情聴取の状況等,被告人に不利になるおそれのある事項については,覚えていないとか分からないとかの供述を繰り返しているのであって,B証言が信用できないとした原判決の判断に誤りはない。

(3)  VDC解除による横滑りの推認(前記1(3)ア(ウ))について

弁護人は,原判決は,被告人車両の製造元の関連会社の従業員であるHの「VDCが作動している場合,通常のアスファルト路面であれば,理論上は横滑りは100%生じない」とする原審公判供述を信用して,本件事故発生前に被告人がVDCを解除していた旨認定したが,Hは,「VDCが作動している場合に横滑りが生じないことを100%保証しているわけではない」,「路上に段ボールがあるなどの条件をつけない場合であっても,保証する,しないというのはできない」とも供述している上,被告人車両の製造元の関連会社の従業員であり,本件事故の発生に被告人車両の不具合が寄与した可能性があると認定されることを防ぎたいと考える可能性が高いから,原判決がHの上記供述を信用したのは不相当である旨主張する。

しかし,VDCが横滑りを防止するのに有効な装置であるにしても,極めて稀な事態を想定すれば,横滑りが100%生じないとまでいえないことは,自明の理であり,弁護人指摘のHの上記供述もそうした趣旨であることは明らかである。そして,原判決は,Hの上記供述や本件走行実験の結果を踏まえて,本件事故前の円書きや繰り返されたドリフト走行の際に,VDCが作動した状態で横滑りするという極めて稀な事情が何度も生じたとは考え難く,これらの運転の際に,被告人がVDCを意図的に解除していたことは明らかであるから,本件事故の際の被告人車両の横滑りも,上記極めて稀な事象などではなく,被告人が本件事故発生までに意図的にVDCを解除したことによって生じたと推認できるとしたものであり,この認定判断も相当である。

(4)  被告人の弁解の信用性判断(前記1(3)ア(エ))について

弁護人は,①原判決は,「本件事故時は,急いで勤務先に向かっていた」との被告人の原審公判供述について,何ら裏付けがないばかりか,当日の朝まで被告人と一緒にいた交際相手が,被告人に特段急いだ様子はなかった旨供述していることからも,信用できないと説示するが,上記交際相手は出勤前の被告人の様子を見ただけであって,被告人供述を排斥する理由にはならないし,一貫している上記被告人供述を,裏付けがないことを理由に排斥するのは不合理である,②原判決は,「(本件事故時に車が横滑りした際,)車両が滑ったときにはハンドルを逆に切ったらよいと知っていたので,滑ったと認識した後すぐにハンドルを大きく右に切ったら,横滑りはましになった」旨の被告人の原審公判供述について,ドリフト運転の詳しいやり方を知らなかったという被告人が,このような特殊な運転をとっさに行えたものとは到底考えられないと説示するが,車が滑った時に逆ハンドルを切るということはある程度車好きな者にとっては一般的な知識であって,経験則に反する,と主張する。

しかし,①については,被告人の供述は,要するに,本件交差点で一時停止しなかったり急な運転操作をしたりしたのは急いでいたからであるとの趣旨と解されるが,裏付けが乏しいだけでなく,被告人が実際に行った特殊な運転方法にもそぐわない不自然なもので,到底信用することができない。②については,たとえ逆ハンドルという運転操作を知識としては知っていたとしても,実際に経験のない者が思いがけず横滑りを始めたという非常の際にとっさに行えるものでないことは明らかであるから,原判決の上記説示部分も相当である。

(5)  以上のほか,弁護人がるる主張する点を検討しても,本件事故に際し被告人にドリフト走行をする意図があったとする前記認定判断は動かない。弁護人の事実誤認の論旨は理由がない。

4  被告人車両の速度について(争点2関係)

争点2に関する原判決の前記1(3)イ記載の判断についても,その理由として説示する点を含め,全て首肯することができる。

以下,検察官の主張に即して付言する。

(1)  C証言の信用性判断(前記1(3)イ(イ))について

検察官は,被告人運転車両の速度に関するC証言の信用性を否定した原判決の判断について,原判決は,同証言はC警察官の感覚的なものにすぎないと説示するが,C警察官は,原審公判において,本件交差点の幅約20mを基準に,被告人車両が約11mの距離を約1秒から1.5秒程度で進行していたことを根拠として,被告人車両が本件交差点に進入してきた速度が時速40km と目測した旨供述していて,視認時の感覚のみに基づいて被告人車両の速度を推測しているわけではない旨主張する。

しかし,C証言によれば,C警察官は,目撃位置から見える本件交差点の北側隅切りから南端の歩道の切れ目までが約20mであることを前提として,約1秒で約11mの距離を走行していることを根拠に,時速約40km と目測した旨供述しているところ,C警察官立会いの実況見分調書(原審甲4)によれば,C警察官が目撃した位置,すなわち,本件交差点から約70m東寄りの本件府道北側歩道上からは,本件交差点全体が見渡せるわけではなく,本件府道の幅員である10m足らずの範囲,すなわち,被告人車両が停止線を越えて数m本件交差点内に進入して以降しか見えないことが明らかであるから,C証言はその前提を誤ったものである。しかも,C警察官は,被告人車両が約11mを走行した時間について,1秒から1.5秒とも供述しており,その速度を目測した根拠も曖昧なものというほかない。さらに,C証言によっても,被告人車両は,本件交差点に進入した後は,横滑りしながら南向きから東向きに大きく方向転換して,本件交差点南端の手前で南方向への進行は終わったというのであるから,C警察官が被告人車両の最も速い走行状態を見たのは視野に入った後の一瞬のことであったと考えられる。したがって,C証言は感覚的なものにすぎず,これだけを根拠に,被告人車両の速度が時速約40km 程度であったとは認められないとした原判決の認定説示は相当である。

(2)  本件走行実験結果の証拠価値を否定した判断(前記1(3)イ(エ))について

検察官は,本件走行実験結果の証拠価値を否定した原判決の判断に関して,①原判決は,C警察官の視認条件からは,本件事故直前の被告人車両の経路や挙動を厳密に特定できるものではないと説示するが,C警察官は,交通取締りに従事中,暴走車両の接近を察知して注視を始めたその時,約70m先に被告人車両が現れ,視野を遮る障害物のない状態で,本件事故の前後の状況を目撃したというのであり,心理的にも物理的にも視認状況は良好で,その供述は関係証拠とも整合しているから,その正確性を認めなかった原判決には,論理則,経験則違反がある,②原判決は,本件走行実験の設定条件を満たす走行経路は実験結果以外にも数多く存すると説示するが,ドリフト走行という特定の運転方法で途中から横滑りをして制御不能となる態様の再現の試行を多数回繰り返し,そのうち被告人車両の挙動及び走行経路に近い再現ができたケースの進行速度が一定の範囲の値に収れんするのであれば,その値が本件事故時における被告人車両の実速度の近似値と考えるのが経験則上も相当であり,原判決の上記判断は,経験則に反する,と主張する。

ア 被告人車両の挙動等について

そこで,これらの主張に鑑み,まず,本件走行実験結果の証拠価値を吟味する前提となる被告人車両の挙動や被告人の運転方法について検討する。

(ア) 被告人車両の挙動に関する目撃者の供述について

被告人車両の挙動に関するC証言は,本件交差点から約70m東方の本件府道北側で速度取締中,西の方角からエンジンの高い音やけたたましいタイヤのスリップ音も聞こえ始め,その1秒後ぐらいに被告人車両が見えた,被告人車両は,目測時速40km で南向きに直線で入ってきており,タイヤを空回りさせながら,西に後部を振るようにして,横滑りするような状態だった,被告人車両は,本件府道南側の柵すれすれまで進んだ(同人が指示説明した実況見分調書(原審甲4)添付図面によると,⑥地点よりやや南東側で上記柵から約1.6mの地点。以下,この地点を「⑥’地点」という。)が,そのとき,被告人車両は自分に正対する状態で,道の柵と平行に近い状態になった,その際,グリップが回復するような形で,若干音が下がったが,その直後にまた同じようなエンジン音に戻った,被告人車両は,北東の方向に頭を振るような形でスリップを始めて,更に南東の方向に振るような形で滑るような形で加速が始まった,というものである。

一方,被告人車両の後方から追走中に本件事故を目撃したIの検察官調書(原審甲5)には,「被告人車両は,本件交差点に近づくと,ブレーキをかけて減速し,交差点入口の停止線付近では,時速20から30km くらいになった。被告人車両は,停止線を越えてすぐくらいに,アクセルペダルを踏み込んだようで,これまでに比べてかなり大きな排気音を立て始め,それと同時に,後輪が空回りして路面に擦れ,『キュルキュルキュル』という音を立てた。そして,被告人車両は,前進しつつ,後輪が右に振れて,車の前を中心に車の後ろが円を描くように回り始め,本件府道の中央線を越えて,その車体後部が本件府道の南側の柵から約1.6mの地点(同調書添付図面によれば,C警察官が被告人車両が南側歩道に最も近づいた位置として指示説明する⑥’地点とは,基準点が車体の前部か後部かの違いはあるものの,上記柵からの距離はいずれも約1.6mであり,おおむね同一地点付近を指すものと考えられるが,その時の被告人車両の向きはほぼ北東方向とされている。以下,便宜上,Iが指示説明した地点もC警察官が指示説明した地点と同一地点とみなして「⑥’地点」という。)に至った。この地点辺りから,被告人車両は前の加速が勝ち始めて前に進み始めたが,その間ずっと同じようなエンジン音を立て,後輪を鳴らしながら前へ進もうとしている様子が見えた。その後,本件ガードレールに衝突するまで,被告人車両は,一直線に進むのではなく,ややカーブしながら,後輪を左に振りながら進んだ。このように,被告人車両は,停止線を越えた辺りから急加速を始めて,最終的に本件府道南側の柵に衝突するまで,ずっと同じようなエンジン音を立て,タイヤが路面と擦れるような音もしていた。」と記載されている(以下「I供述」という。)。

Iは,被告人とは,小学生時代の同級生で親しい間柄にあり,本件当時も会えば雑談をするような関係にあったもので,殊更被告人に不利な供述をするとは考えられないし,逆に,被告人をかばうために虚偽の供述をしている様子もうかがわれない。また,Iは,本件交差点まで被告人車両のすぐ後ろから追走してきており,被告人車両が横滑りを始めた⑤地点付近では約8.3m,⑥’地点でも約11.6m後方から被告人車両を見ていたのであるから,目撃状況も良好であり,供述内容にも特段不自然不合理な点は見当たらない。そうすると,I供述は,基本的に信用に値するというべきである。

そして,C証言とI供述は,⑥’地点付近における被告人車両の向きや⑥’地点以降の同車両の旋回方向について食い違いが見られるところ,C証言によれば,被告人車両は,⑥’地点で本件府道に沿った向きになった際に,一旦車輪のグリップを回復したが,その直後に再び後輪を右方向に横滑りさせて車体を北東(左)方向に旋回させ始めた後に,車体を逆の南東(右)方向に振るような形で横滑りさせながら進行させて本件ガードレールに衝突するに至ったというのである。しかし,⑥’地点で一旦被告人車両の旋回が止まったのであれば,その前に被告人は右方向に逆ハンドルを切っているはずであるから,その後再び後輪が右方向に横滑りするのは不自然ではないか,また,もしそのように後輪が横滑りしたのであれば,被告人車両の後端はより本件府道の南側柵に近づくのではないか,さらに,⑥’地点から本件ガードレールに衝突(⑧地点)するまでの僅か二十数mの間に,急加速しつつ再び左旋回をした後,改めて本件ガードレールに左後部を接触させるまで右旋回するというのは,車両の挙動として急に過ぎるのではないかといった疑問がある。これに対し,Iが供述するように,被告人車両が⑥’地点に至るまで後輪を右方向に横滑りさせ続けて車体を大きく左旋回させたことによって,⑥’地点では,車体が北東方向を向くに至り,その後,後輪タイヤを左方向に滑らせながら車体が右方向に大きくカーブを描くようにして進行した結果,車体の左後端が本件ガードレールに衝突するに至った,という方が,車両の挙動としてはむしろ自然といえる。また,原判決も指摘するとおり,C警察官は約70m離れた地点から被告人車両の動きを目撃したもので,10m前後の距離から被告人車両を見たIの目撃状況の方がはるかに良好であったことや,後記のとおり,I供述の内容がB調書の内容とも符合することに照らしても,被告人運転車両の挙動については上記I供述のとおりに認定するのが相当である。

(イ) 被告人の運転方法に関するBの供述について

次に,B調書には,被告人が,本件事故前に,交差点で停止せず横滑り走行をして左折した際の運転方法について,「ブレーキペダルを踏み込み減速しながら交差点に近づき,交差点入口手前で,クラッチペダルを踏み込んでギアを2速に入れる。そして,クラッチを踏んだままアクセルペダルを踏み込んでエンジンの回転数を上げてから,左に急ハンドルを切って,アクセルペダルを踏み込んだまま,クラッチペダルから足を放してギアをつなげる。その頃には,停止する直前くらいまで速度が落ちているが,ギアをつなげると,車は,後輪を右に滑らせながら急加速し,車の前部が左方を向くので,素早くハンドルを右に切ってハンドルを直進できる状態に戻すことで左折が終わる。」旨記載されている。

前記3(2)ウで検討したとおり,B調書は十分に信用できる上,上記運転方法に伴う車両の挙動については,アクセルペダルを踏み込む時期が遅れたとうかがわれる点を除き,I供述のそれともおおむね整合しているから,被告人は,本件交差点を左折する際,基本的にはB調書にあるような運転操作をしようとしたと推認することができる。

(ウ) 本件交差点付近の状況等について

本件市道から本件交差点に進入する際の見通し状況を見ると,交差点入口の停止線付近までは,左右に植え込みやフェンスなどの障害物があるため,本件府道の見通しは左右両方向とも悪いのに対し,停止線を越えると,本件市道が本件交差点内で左右に大きく隅切りされているため,左右の見通し状況はかなりよくなることが認められる。また,本件事故直前の本件交差点付近の走行車両としては,被告人車両が交差点に進入する直前に本件府道を西方向から東方向に時速三,四十 km で進行する車両があったものの,他に走行車両はなかったことが認められる。

(エ) 考察

以上のI供述やB調書,本件交差点の見通し状況,本件府道上に直前に通過車両があったことなどからすると,本件事故時における被告人車両の挙動や被告人の運転方法は,次のようなものであったと認めることができる。すなわち,まず,被告人は,本件交差点入口の停止線付近(④地点)までは,クラッチペダルを踏むなどして,被告人車両を時速約20から30km 程度まで減速させていたが,停止線を越えた付近(⑤地点)からは,本件府道上に通過車両等がないことを確認した上,ドリフト走行をしようとして,B調書にあるような方法で,アクセルペダルを踏み込んでエンジンの回転数を上げてから,ハンドルを左方向に大きく切ると同時にクラッチをつなぎ,被告人車両の推進力を一気に高めて,車体の横滑りを始めさせた。それに伴って,被告人車両が大きく左方向に旋回し始めたため,被告人は,右方向に逆ハンドルを切って車体の旋回を止めようとしたが,被告人車両は,なおも旋回を続けながら本件府道の中央線を越えて⑥’地点付近まで進行して,北東方向を向くに至った。被告人は,右にハンドルを切りアクセルペダルを踏み込んだ状態のまま,本件府道に沿い東に向けて被告人車両を走行させようとしたが,今度は,後輪が左方向に横滑りをして,車体が右方向に大きくカーブを描くように進行し,その左後部が本件ガードレールに衝突するに至った。以上のとおり認められる。

イ 本件走行実験結果の証拠価値について

そこで,以上の検討を踏まえ,本件走行実験結果の証拠価値を検討する前提として,同実験が被告人車両の本件事故時の挙動等を正確に再現したものとなっているかどうかについて検討すると,同実験において運転手役をしたE警察官は,原審において,「本件走行実験では,交差点に時速二,三十 kmでできるだけ垂直に進入して,交差点中央付近で後輪を横に振り,そのまま反対車線の外側線を越えて縁石に当たる手前くらいまで滑らせるという条件で走行するよう求められた。自分の運転方法は,模擬交差点の30mくらい手前から発進させ加速してギアを2速まで上げ,軽くアクセルを緩めてフロントに荷重をかけたところでハンドルを軽く左に切り,それと同時にアクセルを吹かし,その後できるだけ素早く逆ハンドルを切って車の姿勢を整え,アクセルを弱めたり強めたりして調整しながら自分の行きたい方向に車体を向けて行く,というものである。本件走行実験で,模擬交差点への進入速度が時速30km を下回ることがなかったのは,助走距離が短く調整が難しかったことのほか,実験時くらいの速度の方が縁石付近まで車体を滑らすのにちょうどよかったからである。」と供述している。

以上のようなE警察官が本件走行実験時に行った運転方法と,前認定の被告人の本件事故時における運転方法とを比べると,まず,横滑りをさせる方法として,E警察官は,終始クラッチペダルには触れることなく,時速30km 以上の速度で交差点に進入してから,アクセルを一瞬緩めて,車体の前側に荷重を移動させてから,ハンドルとアクセルとを軽く操作することによって横滑りを生じさせているのに対し,被告人は,クラッチペダルを踏むなどして時速二,三十 km まで速度を落として交差点内に進入し,アクセルペダルを踏み込んでエンジンの回転数を上げてから,左ハンドルを切ると同時にクラッチをつないで急加速することによって,車体を横滑りさせている。

また,アクセルの操作として,E警察官は,車体を旋回させる際,アクセルを巧みに調整しており,自らも,アクセルワークがドラフト走行の要であるとも供述しているのに対し,被告人は,アクセルを強く踏み込むのみで調整はほとんど行っていない。

さらに,想定どおりの車体の挙動を実現できたかについても,E警察官は,本件走行実験において,実験車両の車体を交差点中央付近から反対車線の縁石に当たる手前くらいまで滑らせてはいるが,これは,同警察官がそのような挙動をあらかじめ想定し,模擬交差点への進入速度等を適宜調整して想定どおりの挙動を実現させ,横滑りさせた後も車体の制御を保持していたのに対し,被告人車両が本件府道の対向車線まで進出し,本件交差点の南端付近まで大きく横滑りしたのは,決して被告人が意図的にそのようにさせたものではなく,思いがけず車体を大回りさせてしまったからにすぎない上,その後,被告人は,同車両を逸走させて本件事故を引き起こしているように,車体の制御ができなくなったものである。

以上によれば,本件走行実験の際のE警察官による実験車両の運転方法は,同警察官のように高度な運転技能を有するからこそ可能となったもので,その運転技能のみならず,運転の方法や意図,車両制御の程度においても,被告人のそれとは根本的に異なっているというほかない。そうすると,本件走行実験は,被告人運転車両の本件事故時の挙動を正確に再現して走行速度を検証したものとはいえないから,その結果の証拠価値を認める前提を欠くというべきであり,原判決が,本件走行実験の結果から本件事故直前の被告車両の速度を推認できない旨認定説示したことは正当である。

(3)  被告人車両の速度の認定(前記1(3)イ(オ))について

ア 検察官は,被告人車両が対向車線に進出した時点における速度が時速約40km を超えていたとは認められないとした原判決の認定判断について,本件走行実験の結果に照らし,少なくも時速約40km を超えていたと推認できる旨主張するが,同実験の結果が証拠価値を欠くことは,前判示のとおりである。

イ 他の証拠に基づき本件事故時の被告人車両の速度について検討するに,D鑑識官は,被告人車両が本件ガードレールに衝突する直前の走行速度は時速約46km と推定する旨の鑑定書(原審甲59)を作成している。そして,このD鑑定意見は,被告人車両の異常診断データ記録(フリーズフレームデータ)には,異常検知時の速度として時速48km と記録されているという客観的事実に,本件事故時の被告人車両の走行状況等を照らし合わせることにより,上記異常が検知されたのは,被告人車両が本件ガードレールに衝突した時点と認められるとした上,同車両に装着されていたタイヤの外周径によって数値を補正し,上記のとおり認定しているものであって,十分に信用することができる。

もっとも,上記異常診断データの速度記録は,後輪駆動である被告人車両の後輪の車軸の回転数から算定されたものであるところ,前認定のとおり,同車両は本件ガードレールに衝突する頃までタイヤが横滑りしていたから,この事実が上記速度記録による同車両の移動速度の認定に影響を与えるかについてみると,D鑑識官の原審公判供述等によれば,上記異常診断データ上は,エンジンの回転数が車軸速度に相応する回転数をかなり上回っているから,被告人は,本件ガードレールに衝突する直前に,クラッチを切る操作をしたことがうかがわれるのであり,そうだとすると,被告人車両が本件ガードレールに衝突した時点では,車軸やタイヤにまでエンジンの動力が伝わっておらず,タイヤの空転や横滑りもおおむね収まり,車軸の回転速度は車両の移動速度にかなり相応したものとなっていたと考えられるから,D鑑定の信用性に影響を及ぼすことはないといえる。

ウ このように,被告人車両が本件ガードレールに衝突する直前(⑦地点付近)の走行速度は,時速約46km であったと認められるところ,その速度に至るまでの同車両の進行速度の変化について検討する。

まず,前認定事実に関係各証拠を総合すると,被告人車両は,本件交差点入口の停止線を越えた頃(④地点と⑤地点の間付近)から本件ガードレールに衝突する⑧地点付近までの間は,ほぼアクセルペダルが強く踏まれた状態のままであったところ,アクセルペダルが踏み込まれクラッチがつながれてドリフト走行を開始(⑤地点付近)してから⑥’地点に到達するまでの間は,その後輪が右方向に横滑りを続けて,タイヤを大きく空転させながら,車体を大きく左方向に旋回させて,⑥’地点では,北東方向を向くに至るとともに,南に向けての進行を終えて,東に向けての加速を開始したと認められるから,被告人車両の⑥’地点付近まで続いていた南向きの運動エネルギーが東向きのそれに転化する余地はかなり乏しかったと考えられる。

そして,C証言やI供述等の関係各証拠から認められる走行経路からは,被告人車両は,⑥’地点付近から本件ガードレールに衝突(⑧地点)するまでの間も,後輪タイヤの空転や横滑りは続いていたものの,⑥’地点付近までに比べれば,車体の旋回は緩やかで,タイヤの空転の程度も小さかったと認められるから,加速の程度はより大きかったとうかがわれるのであり,⑥’地点から⑦地点までの距離が20m以上ある(被告人立会の実況見分調書(原審甲49)によれば,⑥地点と⑦地点との距離は23.5mとされている。)ことも考慮すると,⑥’地点付近における被告人車両の速度は,⑦地点付近の走行速度である時速約46km を相当下回っていたと考えられる。

次に,⑥’地点付近に至るまでの被告人車両の走行速度の変化についてみても,前認定のとおり,被告人は,同車両を南に向けて進行させ,本件交差点入口の停止線付近(④地点付近)までに,時速20から30km 程度まで減速しており,B調書によれば,被告人はドリフト走行を始める前にクラッチを切っていたとうかがわれるから,被告人車両は,被告人がドリフト走行を開始する⑤地点付近まで加速することはなかったものと考えられる。また,⑤地点付近において,被告人がドリフト走行のためにアクセルペダルを踏み込んではいるが,その直後から,後輪が右方向に横滑りを続けて,タイヤを大きく空転させながら,車体を大きく左方向に旋回させ,⑥’地点付近では,北東方向を向くに至るとともに,南に向けての進行を終えて,東に向けての加速を開始したのであるから,アクセルを踏み込んだことによる推進力は,タイヤの横滑りや空転,さらに90度を大幅に超す方向転換によって大きく減殺されたものと考えられる。したがって,アクセルペダルを踏み込んだ後に仮に加速することがあったとしても,⑥’地点付近までの間,被告人車両の走行速度が④地点付近における時速20から30km 程度の速度を大きく上回ることはなかったと容易に推認することができる。

エ 以上のとおり,関係各証拠から認められる被告人車両の走行状況等に照らし,⑥’地点付近における被告人車両の速度は,時速約46km を大幅に下回るとともに,被告人がドリフト走行を開始した⑤地点付近以降も,時速20から30km 程度の速度を大きく上回ることはなかったと認められるから,本件公訴事実で問題とされている⑤地点付近から⑥地点付近までの間に,検察官主張のように,被告人車両が時速40km 以上の速度で走行したと認定するには,合理的な疑いが残り,むしろ時速40km を相当下回っていた可能性が高いということができる。

なお,⑤地点付近から⑥地点付近までの間の被告人車両の走行速度が時速20から30km 程度にとどまったとしても,後輪を横滑りさせ車体を旋回させるドリフト走行をすることが可能なことは,B調書のほか,被告人が実際に行った円書きの動画映像からも明らかである。

(4)  まとめ

以上によれば,被告人車両の走行速度に関する検察官の主張は全て理由がなく,C証言及びこれに依拠した本件走行実験から被告人車両の速度を認定できないとした原判決の認定判断は正当であって,⑥地点付近における被告人車両の走行速度が時速40km を超えていたとは認められないとする判断にも誤りはない。

5  危険運転致傷罪の成否について(争点3関係)

検察官は,前記1(4)のとおり,被告人の運転行為が高速度走行に当たるか否かを判断するに当たっては,本件限界旋回速度,すなわち,時速42.1km を超える速度であったか否かを考慮すべきである旨主張するが,前判示のとおり,本件公訴事実で問題とされている⑤地点付近から⑥地点ないし⑥’地点付近までの間,被告人車両が時速40km 以上の速度で走行したとは認められないから,本件限界旋回速度を考慮すべきか否かについて検討するまでもなく,検察官の主張は失当である。

そして,本件では,証拠上,被告人がドリフト走行を開始した後に被告人車両の走行速度が最も速くなったのは,⑦地点付近の時速約46km であり,それ以前には,時速40km を相当下回っていたと認められるところ,この程度の走行速度は,前認定のような,本件事故当時の周囲の道路状況や交通状況に照らしても,それ自体,改正前の刑法208条の2第1項後段にいう「その進行を制御することが困難な高速度」とは認められない。

この点,検察官は,本件では,被告人が選択したドリフト走行を前提として,どの程度の速度であれば高速度走行に当たるかを検討すべきである旨主張する。しかし,本件事故は,被告人が本件交差点でドリフト走行しようとして,前記のように,クラッチペダルを踏むなどして減速しながら交差点に近づき,交差点入口手前でギアを2速に入れ,クラッチペダルを踏んだままアクセルペダルを踏み込んでエンジンの回転数を上げてから,左に急ハンドルを切り,アクセルペダルを踏んだままクラッチペダルから足を放してクラッチをつなぎ,後輪を右に滑らせてから素早くハンドルを右に切るという,通常の運転方法からかけ離れた特殊な運転操作をして,交差点を素早く直角的に左折しようとしたが,その操作の時期や程度を誤って,被告人車両を制御不能の状態に陥れ,暴走させて引き起こしたものと推認される。そして,このように,被告人が,ドリフト走行をするため,あえて上記のように重大な危険を生じさせるべき運転操作を行った場合,被告人車両の速度の点のみを切り離して,「高速度走行」といえるためには,原判決が説示するとおり,被告人車両が制御不能に陥った主たる原因が,その速度の点にあったことを要すると解すべきところ,本件では,同車両が制御不能に陥るまでの速度は,前認定のように,時速40km を相当下回っていたのであるから,この速度自体が,同車両の制御を不能にする主たる要因であったとは到底認められず,同車両の制御が不能になったのは,被告人が上記のような特殊な運転方法をあえて選択し,しかも,その運転操作を誤ったことに起因するものであったと認められる。したがって,原判決が,被告人車両が,高速度,すなわち,ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスにより自車を進路から逸脱させて事故を発生させることになると認められるような速度で走行したが故に,本件事故が生じたと認めるには,なお合理的な疑いが残るとした判断は,正当として是認できる。

もとより,本件のようなドリフト走行や被告人が現に行ったような特殊な運転方法が,それ自体,改正前の刑法208条の2が定める危険運転行為に匹敵するほど極めて危険なものであることは明らかであるが,同条は,そのような運転方法を危険運転行為としては規定していないから,罪刑法定主義の見地から,本件運転行為について危険運転致傷罪に問う余地はないといわざるを得ない。

結局,事実誤認をいう検察官の論旨は全て理由がない。

第2控訴趣意中,量刑不当の点について

論旨は,被告人を懲役1年6月以上2年6月以下に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり,刑の執行を猶予すべきである,というのである。

そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果も併せて検討する。

原判決が認定した被告人の犯罪行為は,少年である被告人が,自動車を運転して,交差点入口に一時停止標識が設置された交通整理の行われていない三差路交差点を左折進行するに当たり,交差点手前の停止位置で一時停止し,進路の適正を保持して,急激な加速等で自車を制御不能に陥らせることなく進行すべき自動車運転者としての注意義務を怠り,一時停止せず,無理な運転操作をして,後輪を路面に滑らせ車体を回転させるドリフト走行を行おうとしたことによって,自車を制御不能の状態に陥らせた過失により,自車を暴走させて歩道に乗り上げさせ,同歩道上を歩行中の小学生である被害者ら5名に衝突させる交通事故を起こし,被害者らにそれぞれ傷害を負わせたというものである。

そして,原判決は,要旨,被告人は,被害者らを見ていながら,公道上で無謀にもドリフト走行を試みて本件事故を引き起こしたもので,過失の程度は著しく大きいこと,しかも,被告人は従前からドリフト運転を行っており,本件は起こるべくして起きた事故で,態様において最も悪質な部類に属すること,何ら落ち度のない被害者らの心身に相当の苦痛を与え,中でも1名には重傷を負わせて,日常生活にも支障が出ており,生じた結果も重いこと,ところが,被告人は弁解に終始し,真摯に事件と向き合って反省しているかは疑問であること,被告人に多数の交通違反歴があり,交通規範意識が鈍麻していること,各被害者の親権者らが極めて強い処罰感情を有していることなどを指摘した上で,被告人が少年であることなどの原審弁護人が主張した情状を十分考慮しても,懲役刑を選択した上,直ちに服役させてその更生を図ることが相当である旨判断している。

以上のような原判決の量刑事情の指摘,評価及び量刑判断はいずれも正当であって,被告人を実刑に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。

これに対し,弁護人は,①被害者の処罰感情は,あくまで量刑を判断するための補助的な事実であって,過度に重視して量刑を判断すべきではない,②被告人の交通違反歴や交通事故歴はいずれも軽微なものであり,「被告人は,その年齢にして早くも交通規範意識が鈍麻しているといわざるを得ず」という原判決の説示は行き過ぎである,③被告人は,自己の責任の重大性を十分に自覚し,内省も深まっている,④1名の被害者との間で示談が成立しており,その余の被害者についても,対人無制限の自動車共済から,民事上の賠償が見込まれる,⑤被告人車両は廃車されており,運転免許も取消しが見込まれ,再犯の可能性はない,⑥被告人の父親が母親と共に被告人のことを指導監督していく旨約束しており,勤務先も被告人を厳しく見守っていく旨を述べている,などと主張する(なお,弁護人は,量刑不当の論旨としても,被告人にドリフト走行の意図がなかったとの主張をするが,この主張が理由のないことは,前判示のとおりである。)。

しかし,①については,原判決は,被告人の反省に疑問があることや規範意識が鈍麻していることを受けて,被害者の親族らの処罰感情が厳しいのは当然であると説示するにとどまり,処罰感情を過剰に量刑に反映させている様子はうかがわれない。②については,事故当時18歳の少年に交通違反歴が5件もあることは,それだけで交通規範意識の鈍麻ぶりを顕著に示すものであるから,原判決の説示に不当はない。③については,被告人の原審での弁解内容は,明らかな虚言を含む不合理なものであり,この点に関する説示も相当である。そして,その余の点はいずれも原審弁護人の主張ないし立証に現れており,原判決がこれらの点も十分考慮の上で上記量刑判断を行ったことは明らかである。弁護人の主張はいずれも採用することができない。

なお,原判決後の情状として,被告人は,被害者らに宛てた手紙を書いていることや,被告人がまじめに働いており,雇用主も引き続き被告人を雇用する旨約束したことが認められるが,引き続き不合理な弁解を重ねており,上記量刑判断を左右するものとはいえない。

弁護人の量刑不当の論旨も理由がない。

第3結論

よって,刑訴法396条により本件各控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中谷雄二郎 裁判官 畑山靖 裁判官 安西二郎)

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