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大阪高等裁判所 平成26年(う)521号 判決 2014年8月19日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,検察官作成の答弁書に各記載のとおりであるから,これらを引用する。論旨は,原判決後に言い渡された最高裁平成25年(あ)第3号同26年3月28日第二小法廷判決(裁判所時報第1601号2頁)によれば,被告人による本件ゴルフ場の施設利用申込み行為は,人を欺く行為に当たらず,また,被告人が利用したゴルフクラブに財産的損害も生じさせていないから,被告人は無罪であり,被告人を有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。これに対し,検察官は,本件は,①被告人が署名した受付カードに利用約款の遵守が明記されていたこと,②本件ゴルフ場を含む滋賀県内のゴルフ場が徹底した暴力団排除の取組をしていたこと,③被告人も暴力団員であることが分かれば本件ゴルフ場の利用は許可されないと認識していたことの諸点で,上記最高裁判決とは事案を異にしており,被告人の行為は人を欺く行為に当たり,詐欺罪のその余の要件も全て満たす旨主張する。

そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果も併せて検討する。

1  原判決が認定した罪となるべき事実は,要旨,被告人は,指定暴力団A会若頭であるが,同会幹部であったB及びC(以下,両名を併せて「Bら」という。)並びにDと共謀の上,平成23年9月27日,大津市所在のEゴルフ倶楽部(以下「本件クラブ」ともいう。)において,同ゴルフ倶楽部は,その約款(施設利用約款。以下「本件約款」という。)により暴力団員等による施設利用を禁止しているにもかかわらず,同ゴルフ倶楽部従業員らに対し,暴力団員等であることを秘してゴルフ場の施設利用を申し込み,同従業員らをして,被告人らが暴力団員等ではないと誤信させ,よって,その頃,同所において,被告人らと同ゴルフ倶楽部との間でゴルフ場利用の契約を成立させた上,同ゴルフ倶楽部の施設を利用し,もって人を欺いて財産上不法の利益を得た,というものである。

なお,原審では,被告人は公訴事実を全面的に認め,弁護人も争わず,原判決は,公訴事実どおりの事実を認定したものである。

2  関係証拠によれば,本件に関して,以下の事実が認められる。

(1)  本件クラブによる暴力団排除の取組や本件約款の内容等について

ア  滋賀県には,現時点で県下38か所32社のゴルフ場が加盟する滋賀県ゴルフ場協会があり,平成6年12月には,同協会が滋賀県警察と連携して,滋賀県ゴルフ場・滋賀県警察暴力団排除対策協議会(以下「暴対協議会」という。)を設立するとともに,暴力団員やその関係者(以下,併せて「暴力団員等」とも総称する。)の施設利用拒絶を明記した「滋賀県ゴルフ場共通利用約款」(以下「共通利用約款」という。)も制定した。また,同協会の支配人からなる滋賀県ゴルフ場支配人会では,情報交換等を目的とする会合を定期的に開催しており,同会合では暴力団排除体制を強化するための取組が継続的に実施されていた。

本件クラブは,その設立当初から暴対協議会に加盟し,共通利用約款を運用してきており,その会合に支配人等が出席してきたほか,暴力団追放滋賀県民会議(以下「県民会議」という。)や滋賀県警察による市民集会にも支配人等が出席して,その会合等の内容は朝礼等の機会に従業員らにも教授してきた。

イ そして,本件クラブは,平成19年初めから施行した本件約款において,本件当時,「4条 当ゴルフ場は,次に該当する場合には該当者及びその同伴者の利用(既に利用を開始している場合を含む)をお断りします。(中略)4号 利用者が暴力団員,暴力団関係者,暴力団関係団体及びその団体の関係者であるとき。5号 利用者が刺青をしているとき。」 ,「5条 当ゴルフ場は,次に該当する場合には該当者及びその同伴者の利用(既に利用を開始している場合を含む)をお断りすることがあります。(中略)4号 その他本件約款に違反したとき。」などと,暴力団員等の施設利用を拒絶する旨規定していた。

また,本件クラブのフロントカウンターの記載台のうち,左側2台はビジター利用客用,右側2台は会員用であったところ,ビジター利用客用の左端記載台の左横の柱には記載台に向かって,A3サイズ2枚の大きさの紙に印字された本件約款が,特に4条と5条を太字で印字した状態で掲示されており,記載台に向かって立ったビジター利用客は,左方を見るだけで,暴力団員等の施設利用を拒絶する旨太字で記載された本件約款を確認することが可能であった。

さらに,本件クラブは,正面玄関自動ドアのすぐ左横に暴対協議会への加盟ゴルフ場と記載のある看板(縦約90㎝×横約30㎝)を,そのすぐ左横に「暴力追放会員之証」と記載のある県民会議の会員証を,更に柱を挟んだ左横には「暴力団追放三ない運動実施中」などと記載のある垂れ幕(縦約90㎝×横約40㎝)をそれぞれ掲示し,フロントカウンター正面右側の壁にも上記と同じ看板を掲示するなどして,暴力団員等による施設利用を拒絶する意向を明示しており,本件約款を読まない利用客であっても,同約款に暴力団排除に関する規定が設けられていることを容易に推察できるような措置を講じていた。

ウ  本件クラブは,平成19年2月から施行したEゴルフ倶楽部会則(以下「本件会則」ともいう。)においても,本件当時,「9条3項 理事会は,入会申込者について次の各号に定める事由があるときは,入会を承認しないことができる。(中略)8号 暴力団その他の反社会的団体の構成員,準構成員又はこれらの団体と密接な関係を有すると認められる者。」,「19条1項 会員(中略)が次の各号の一に該当(中略)したとき,理事会は,会員に対し,期間を定め又は期間を定めずに会員資格を停止し,若しくは会員を倶楽部から除名するとともに,当該ビジターの施設利用を禁止することができる。(中略)4号 暴力団その他の反社会的団体の構成員,準構成員又はこれら団体と密接な関係を有すると認められる者を同伴し又は紹介したとき。」などと,原則として,暴力団員等の入会は承認せず,会員が暴力団員等を同伴又は紹介したときも,会員資格の停止,除名,当該ビジターの施設利用を禁止する旨規定するとともに,「7条 会員は,本会則,施設利用約款,理事会の定める規則,通達及び決定事項並びに各種委員会の決定事項を遵守し,利用者をしてこれを遵守させなければならない。」とも規定していた。

また,本件クラブは,Dの同年5月の入会時には,Dから,「1項 貴倶楽部入会後は,会則・利用約款・その他の諸規則を遵守し,貴倶楽部の品位を損なわないよう注意いたします。」,「4項 暴力団員,暴力団の準構成員,その他反社会的団体に所属しているものと認められる者,文身のある者は,入会を拒否されても異議の申立てはいたしません。」,「5項 上記の関係者であることが入会後明らかになったとき,又は上記の関係者を紹介あるいは同伴プレーをしたときは,会員の資格を取り消されても異議の申立てはいたしません。」などと記載された誓約書の提出を受けていた。

そして,本件クラブは,会員制のゴルフ場で,原則として,会員又はその同伴者若しくは紹介者に限り,施設利用を認めており,利用約款等を遵守し暴力団員等を同伴等しない旨誓約した会員による同伴者等の人物保証によっても,暴力団排除を実効性あるものにしようとしていた。

エ  さらに,本件クラブは,従業員らに対し,利用客の態度や風体,言葉遣い等から暴力団員等と疑われる場合には,幹部に報告するよう指導しており,従業員から報告があれば,警察に照会して暴力団員等でないか確認する取組もしており,実際に警察に照会したことがあった上,平成20年8月25日には,警察からの情報提供を受けて確認したところ,利用客6人が現役の暴力団員であることが判明したため,同人らを説得して,施設利用を中止させて退去させたこともあった。

オ  本件クラブが,このように暴力団員等による施設利用を拒絶していたのは,本件クラブの利用客が安心して安全にゴルフプレーできる環境を提供し,ゴルフ場の品格や健全さを守るとともに,ゴルフ場が暴力団員等の人脈作りや勢力拡大などに悪用されないようにして,暴力団員等の利用を許すことによる本件クラブの信用失墜や経営への悪影響を防止するためであった。

(2)  被告人らによる本件クラブの施設利用申込み行為等について

ア  被告人は,暴力団の若頭の地位にあった者であったが,同じ組の幹部であるBらと共に,暴力団員ではない本件クラブ会員のDに同行して,平成23年9月27日,Dが予約した本件クラブに行き,そのフロントにおいて,各人がそれぞれに,ビジター利用客として,備付けの「Guest受付カード」(以下「本件受付カード」という。)に,氏名,住所,電話番号等を一部の誤記を除けば正しく記入し,これをフロント係の従業員に提出してゴルフ場の施設利用を申し込んだ。本件受付カードには,暴力団員等であるか否かを明示的に確認する欄はなく,本件約款の内容も記載されてはいなかったが,氏名欄の上に「貴ゴルフ場の利用約款を承認し,遵守することを約し,利用の申込を致します。」との記載があるところ,前判示のとおり,フロントには本件約款が比較的読みやすい形態で掲示されていた。

イ  他方,被告人らを同伴したDは,会員として,備付けの会員用の「ご署名カード」に氏名等を記入し,これをフロント係の従業員に提出してゴルフ場の施設利用を申し込んだが,その際,同行している被告人らが暴力団員であることは告げなかった。

ウ  被告人らは,ゴルフをするなどして本件クラブの施設を利用した後は,それぞれに自己の利用料金等を支払った。

(3)  ゴルフ場の暴力団員等の施設利用拒絶に関する被告人らの認識状況について

ア  被告人は,平成21年2月に,滋賀県内のFゴルフコースを利用した際,同ゴルフコースの渉外担当で警察OBのFから,施設利用終了後に,利用約款により暴力団員の施設利用は断っており,今後の利用を断る旨通告され,また,同年3月にも,同県内のHゴルフコースを利用した際,同ゴルフコースの渉外担当でもある前記Fから,施設利用終了後に,利用約款により暴力団関係者は利用できない旨説明されたほか,警察からの指導もあり,基本的に同県内全部のゴルフ場で施設利用をできないとの説明も受けた。

イ  被告人は,滋賀県内のゴルフ場の中には,暴力団員であることを黙っていればそれほどうるさく言ってこないゴルフ場もあったことから,Hゴルフコースの利用を拒絶されてから本件まで年に一,二度,そのようなゴルフ場を利用していたが,それらのゴルフ場も,被告人が暴力団員であると分かれば,その利用を許してくれないだろうとは考えていた。

また,被告人は,会員であるDを通せば予約を取りやすかったので,本件の前にも本件クラブを利用したことがあったが,時期は明らかでないものの,暴力団員であることを理由に本件クラブの施設利用を断られた者がいるという話を聞いたことがあり,また,本件クラブの正面玄関横に掲示されている看板が暴力団お断りの看板であることは認識していたのであり,本件約款まで読んだことはなかったものの,本件の前から,本件クラブは暴力団員と分かればその利用を拒絶するゴルフ場であると認識していた。そして,Dも,本件会則や上記看板等から,本件クラブは暴力団員の利用を排除しているゴルフ場であると認識していたが,被告人らとは仕事上の付き合いもあったので,被告人らが暴力団員であることを隠して,本件クラブに被告人らを同伴していた。

ウ  被告人は,本件の約3か月前に,Bらとの会話の中で,滋賀県内ではなかったが暴力団員であることを隠してゴルフ場を利用した暴力団員が逮捕されたことを知って,暴力団員であることを隠してゴルフ場を利用すれば,逮捕されることもあると認識していた。また,被告人は,同じ頃に,I京都ゴルフ倶楽部を利用した際,フロントにおいて,利用規約を確認して利用を申し込む旨記載された受付カードに記入したこともあり,本件当時,各ゴルフ場には利用する上でのルールの定めがあり,それを守らなければならないことは分かっていた。

3  ところで,詐欺罪にいう人を欺く行為とは,財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいうものと解すべきところ(最高裁平成19年7月17日第三小法廷決定・刑集61巻5号521頁,最高裁平成22年7月29日第一小法廷決定・刑集64巻5号829頁参照),前記事実関係によれば,本件クラブでは,信用の失墜や経営への悪影響を防止するために,暴力団排除を重要な経営方針としており,そのことは,従業員らに対しても周知徹底されていたことが認められるから,本件クラブの従業員らにとっても,暴力団員等に施設を利用させないことは,本件クラブの施設利用の許否の判断の基礎となる重要な事項であると優に認められる。

そして,前記事実関係によれば,被告人は,本件クラブでは,暴力団員等の利用が拒絶される取扱いとなっていることを認識し,かつ,その利用上のルールである本件約款にはその旨の規定があることを察知しながら,すなわち,暴力団員である被告人及びBらが施設を利用することは本件クラブの利用上のルールに違反しており,そのルール違反が判明すれば施設の利用が拒絶されることを認識していながら,被告人らが暴力団員であることを秘して,Bらと共に,本件クラブの利用上のルールである本件約款の遵守を約する旨が記載された本件受付カードに署名して,施設利用を申し込んだものであり,同時に,本件クラブの会員であるDも,入会時には本件約款等を遵守し暴力団員等を同伴しない旨誓約し,本件会則等から本件クラブに暴力団員等を同伴して共にゴルフプレーしてはいけないことを熟知しながら,被告人らを同伴した上,被告人らが暴力団員であることを秘して,被告人らと共に本件クラブの施設利用を申し込んだものであって,しかも,被告人においては,会員であるDに同行することで,本件クラブの施設利用が容易になるとも認識していたものと認められる。

このような事実関係の下,被告人が,Bらと共に,暴力団員であることを申告せずに施設利用を申し込む行為は,会員であるDが暴力団員を同伴していることを申告せずに共に施設利用を申し込む行為と相まって,被告人らが暴力団員等ではないことを従業員らに誤信させようとするものであり,詐欺罪にいう人を欺く行為に当たるというべきである。したがって,被告人らが,これによって,それぞれに施設利用契約を成立させ,本件クラブの施設を利用した行為は,刑法246条2項の詐欺罪を構成すると解すべきであるから(最高裁平成25年(あ)第725号同26年3月28日第二小法廷判決・裁判所時報第1601号5頁参照),被告人に詐欺罪の共同正犯が成立するとした原判決の認定判断は,正当である。

弁護人は,本件クラブには財産的損害が生じていないから,詐欺罪は成立しない旨も主張するが,本件クラブは,利用客が安心して安全に施設を利用できることを経営上の基盤としており,暴力団員等の利用を許すことになれば,その信用が失墜し,ひいては経営悪化等をも招きかねないのであるから,被告人らの施設利用によって財産的損害が生じたことも優に認められるのであり,所論は失当である。

結局,論旨は理由がない。

なお,本件の公訴事実は,被告人らが人を欺く行為によって得た財産上の不法の利益として,被告人のみならずBら及びDによる施設利用も対象とし,原判決も公訴事実どおりの事実を認定しているから,利用者ごとに詐欺罪の犯罪構成要件に該当し,全体として包括一罪に当たることとなるのに,原判決は,法令の適用の項において,罰条として,刑法60条,246条2項のみを摘示しており,単純一罪と判断したものと解されるから,その点において,原判決には法令適用の誤りがある。しかし,単純一罪であっても包括一罪であっても処断刑に変わりはなく,事実の異同もないから,結局,上記法令適用の誤りは判決に影響しない。

4  よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中谷雄二郎 裁判官 岩倉広修 裁判官 髙島由美子)

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