大阪高等裁判所 平成26年(う)829号 判決 2014年10月21日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人西谷裕子作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に各記載のとおりであるから,これらを引用する。
1 控訴趣意中,事実誤認の主張について
論旨は,被告人については,本件窃盗の犯行当時,ウェルニッケ・コルサコフ症候群(以下「コルサコフ症候群」と略称する。)という栄養障害性脳障害や,摂食障害,アルコール依存症,クレプトマニア,PTSD(外傷後ストレス障害)という精神障害が存在しており,これらの影響により,是非善悪弁別能力に関わる認知に障害を生じていたほか,行動制御能力を著しく障害されていたものであって,心神耗弱の状態にあったのに,完全責任能力を認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。
そこで,記録を調査して検討すると,原判決が,その挙示する証拠により,本件窃盗の事実を認め,被告人に完全責任能力があったことを前提に有罪としたのは正当である。以下,所論に鑑み,若干付言する。
所論は,(1)本件犯行に至るまでの被告人の生育歴等について,被告人は,小学校低学年頃から兄が婚姻して実家を出た中学生頃まで,兄から性的虐待を受け続けていたが,20歳頃に婚姻して実家を出た後は,摂食障害等になったことが一時あったものの,一応平穏な生活を送っていたところ,約8年前に病身の父の希望により上記実家に戻ってから,「黒いマントの男」が見えるという幻覚が生じるなど明らかな精神的変調を来すようになり,摂食障害による体重低下も激しく,また,アルコール依存症に陥るなどしたほか,性的虐待等に関して被告人の良き理解者であった父が死亡した後,兄による性的虐待の存否について,兄及びその妻並びに母との間で争いが起こり,兄の妻からメールで暴言を吐かれるなどのことがあった上,兄とは接触しないと約束してくれていた母が兄と交流を続けていたことを本件犯行の2週間前に知るに至って,母に裏切られたと強い精神的衝撃を受けるなどしていた,(2)被告人の精神疾患の現状について,被告人は原判決後に複数の医師から精神疾患の診断を受けているところ,①原判決後に入院したB医療機関(クレプトマニアの治療で有名であり,薬物依存症やアルコール依存症の治療を専門とする病院でもある。)のC医師らは,被告人について,摂食障害,クレプトマニア,アルコール依存症,PTSDに罹患しているとの診断をし,被告人の疾病とその影響について,本件当時,クレプトマニアによる衝動制御の障害に加え,摂食障害やアルコール依存症による精神的混乱が影響していたと判断し,②D医療機関の精神科医であるE医師は,被告人の診察時の所見や,脳画像検査の結果から,被告人について,コルサコフ症候群に罹患していると診断するとともに,C医師らと同様に,摂食障害,物質障害(アルコール使用障害,睡眠薬使用障害),クレプトマニアと診断し,さらに,脳機能障害の可能性や環境要因を指摘し,これら被告人の疾病性や環境が本件犯行に影響していると判断している,(3)本件犯行は,(1)で述べたような被告人の生活歴及び精神的不安定を背景にしてなされたものであるところ,その犯行態様が,中敷きカーペットという大型商品を買物カートに入れてそのまま持ち出すという発覚しやすいものであったり,同じ雑誌を2冊窃取したりしたものであること,被告人が十分な収入を有し,本件犯行当時も窃取品を購入するのに十分な現金を所持していたこと,被告人が窃盗罪で刑執行猶予中の立場にあり,その取消しのリスクを考えると再び窃盗に及ぶのは割に合わないことなどからすると,本件犯行は異常というほかなく,行動制御に関する障害に起因しているとみるべきである,(4)被告人の操作段階の供述の信用性について,被告人にはコルサコフ症候群のため本件犯行の記憶がなく,その動機及び理由に関する捜査段階の供述は,捜査官への迎合であるとともに,コルサコフ症候群による作話(記憶の欠損を埋めるための作り話)であるから,信用性を欠いているのであって,このことは,犯行に関する被告人の供述が変遷していたり,何となく不自然であったりするところにも表れている,(5)行動制御の障害を引き起こした原因について,被告人は,兄からの性的虐待によるPTSDに端を発して,摂食障害とアルコール依存症を発症し,それに脳機能障害が合併したため,周囲から得られる情報に基づいて自己の行動を適切に判断したりコントロールしたりすることができなくなり,商品を窃取する行動に対して近視眼的に異様なこだわりを持ち始め,摂食行動と窃盗行為を変容させることができないまま,クレプトマニアに陥ったものと思われるほか,摂食障害とアルコール摂取が原因で栄養不良状態に陥ったことから,コルサコフ症候群も発症している,これらを更に分説すると,①クレプトマニアの症状として,性的虐待を巡る親族との葛藤や母への怒りなどから気分が落ち込んだときには,万引き行為によってこれを払拭するという,行為の意味付け(回路のようなもの)が出来上がっているために,そのような場面では,自己の意思で行動を制御できない状態に陥っている,②これに加えて,摂食障害及びアルコール依存症による精神的混乱が相当程度影響している,③また,被告人には,脳機能障害として,前頭葉機能障害と情動障害が存在する可能性が高く,前者により,建設的な判断と窃盗行動の抑制に失敗した可能性が存在し,後者により,正常であれば自他に認知される情動によって行為を抑止できたものが,被告人にあっては抑止できなかった可能性が存在する,④さらに,性的虐待によるPTSDによって精神的に不安定になりやすい状態にあり,これが窃盗行為に関連している可能性があるとともに,兄及びその妻との紛争や,母に裏切られたという思いから,精神的に不安定となっていたことなど,本件当時の生活状況も本件に大きな影響を与えていた,そして,これらの諸要因により,被告人にあっては,本件当時,認知のみならず行動制御能力が障害され,同能力が著しく減退していた,などと主張する。
確かに,被告人は,原審において,(1)のような事実関係を供述している上,被告人に摂食障害とアルコール依存症があったことについては,原審証拠によってもその存在を十分推認でき,原判決後,被告人が(2)のような診断を受けていること自体は,検察官も争わないものと考えられる。
しかしながら,まず,(3)に関しては,本件犯行の態様等を子細にみると,被告人は,本件当日,自動車を運転して被害店舗を訪れ,屋上の駐車場に駐車した後,被害店舗内で本件犯行を開始し,保安員等に見とがめられることなく雑誌や菓子等を入手した上,布団売場付近において,買物カート上段の買物籠の上に上記カーペットを載せた後,きょろきょろと周囲を見渡し,商品が積載されたカートを布団売場に置いたまま,自らはレジ付近まで移動して店員等の様子をうかがい,その後,商品陳列棚の間を縫うようにして移動し,積載したカーペットの精算をすることなく店内北西側エレベータ前まで行き,そこでカーペットを買物カートの下段に移し替え,そのままエレベータに乗り込んで屋上に移動し,屋上駐車場に出た後は急に小走りで逃走したが,布団売場付近以降における行動を現認して被告人を追ってきていた保安員から「お金払ってないでしょ。」と言われると,少し驚いた様子で,黙ってうなずき,窃盗をしたことを認めた上,窃取品を確認する際には「盗みました,すみません。」と話していたという経過が認められる。また,被告人は,上記カーペット以外の窃取品については,自宅から持参したエコバッグに入れていた。このような経過に照らすと,被告人が自己の行為の内容及びその違法性を十分に認識していたことが認められるとともに,特にレジの様子を観察するなどして,店員の隙をみて窃盗行為に及んでいることからは,被告人が,店員等に発見され検挙されそうであれば窃盗行為を差し控えるという意識に基づいて行動していたこと,言い換えると,正常で合理的な理由によって盗みたいという衝動を制御していたことが認められるのであって,被告人が衝動を制御する能力を相当程度有していたことが認められるというべきである。この点,被告人の行動については,「見付からないようであれば窃盗行為を行う」という一連の行動を制御することが困難な状態であったとみることも可能であるが,仮にそうであるとしても,窃盗行為を決行するかどうかという,最終的で最も重要な決定について自己を制御する能力を有していたことについては,何ら否定されない。また,最終的に犯行に至っているからといって,直ちに衝動制御能力がないなどということができないことは,全ての故意犯において同様のことが認められることからして明らかである。
また,上記カーペットは,広げれば大きいものになるとはいえ,畳んだ状態で販売されているものであって,これを万引き窃取することが直ちに異常であることをうかがわせるなどとは到底いえないし,被告人が当時十分な収入を得ていたという点を含め,そもそも,さしたる理由もないのに大型の商品を複数回万引きする者や,十分な所持金があっても窃盗行為に及ぶ者が相当数いることは周知のことといってよく,これらの者が全て著しい衝動制御障害に陥っているなどともいえないから,これらの事情は,被告人が行動制御能力を著しく低下させるほど精神的に異常であったことをうかがわせるものとはいえない。さらに,同じ雑誌を2冊窃取するなどしていることについても,所論がいうほど異常な行動であるとは思われない上,本件が,これらを手に入れてみたいという欲求に加え,後述するように,ストレス発散のために万引きをしたいという動機によって行われたと考えられることに鑑みると,目に付いたものに多少なりとも興味がわけば手当たり次第に窃取してストレスを発散しようとしたという犯行の結果として理解することが,十分に可能である。
次に,(4)の被告人の捜査段階の供述の信用性については,まず,所論は,被告人にコルサコフ症候群の症状としての見当識障害があるとして,被告人にあっては,E医師の診察を受けるため東京に行った際に大幅に遅刻したことがあるほか,自分が今,なぜ,どこにいるのか等が分からない場面が多々あると主張するが,被告人は,本件当時には自動車で買い物に出掛けるなどしていたものである上,被告人や元夫の供述等の原審証拠からは,本件犯行までの被告人に所論がいうような見当識障害といえる症状があったなどとは全くうかがわれないのであるから,現時点では被告人にコルサコフ症候群の症状が認められるとしても,本件当時にはその症状はなかったかごく軽度であったと認められ,記憶障害についても基本的に同様に考えるのが自然であるし,ストレス発散のために目に付いたものを窃取していたのであれば,その細かな内容が記憶に残りにくかったとしても不自然ではない。そして,被告人は,警察官に対して,当初,万引きするために被害店に出掛けたと説明していたのを,後に,家を出る時から店の商品を盗むつもりではなかったなどと訂正し,訂正の理由として,これまでは,気が動転している自分がいて,余り何も考えずにそのような話をしてしまったが,いろいろとよく考えて訂正を求めた旨供述しているところ,訂正後の供述には捜査官に対する迎合等も考え難いし,そこで被告人が述べている犯行の経緯についても,確かに変遷が見られるものの,その内容は,雑誌等については,買おうと思ってレジには向かったが,迷って万引きしてしまった,被害品を自分であるいは家で使おうと思って盗んだことには間違いがないと述べるもの,カーペットについては,他の商品を万引きしようと決意した後にカーペットを見て,飼っている犬が自宅のカーペットの端をかんだりしていたので,その代わりが欲しいという気持ちになったからであると述べており,犬の行動の点などは被告人が自発的に話したと解されるものであって,いずれも特に異常を感じさせないものである。また,仮に,コルサコフ症候群の影響によってなされた作話がこれらに含まれるとしても,被告人は,原審公判廷において,犯行の記憶が乏しいと述べながらも,犯行直後保安員に指示されて被害店舗事務室に行った際に,窃取した商品の確認を求められた旨及びその際に自らが窃取したという記憶のないものはなかった旨を供述しており,この点まで作話であると考えるべき事情は見当たらない。加えて,被告人は,警察では全ての質問に「はい」と答えるよう命じられたと原審公判廷で供述しているが,これは前記供述調書の記載と矛盾し,ここからは,被告人が原審公判廷においてあえて虚偽を述べて,捜査段階における供述内容を撤回しようとしていたことがうかがわれるところ,このようなことは単なる作話としては理解が困難である。そして,被告人は,原審における被告人質問で,復讐のために本件犯行を行った,復讐とは,自分が悪いことをしていることが発覚すれば,母を困らせることができるということである等とも述べていたものであって,これは,本件窃盗当時の記憶が相当程度あることを示すものであるとともに,被告人が,母らとの関係から受ける精神的ストレスを発散させるためにあえて犯行に及ぼうという意識,更には,自己の犯行が発覚した場合にはその責任を母に転嫁してこれを正当化しようとする意識を有しつつ本件犯行に及んだことを示すものでもある。これらのことからすれば,カーペット以外の窃取品について記憶がない旨の被告人の原審公判供述の信用性は低く,被告人のその余の供述や所論を踏まえても,結局,被告人は,少なくとも,本件犯行後かなりの期間,犯行時の記憶を相当程度保持していたと認められる。
次に,(2)及び(5)については,被告人が本件犯行当時(5)の冒頭に記載したような経過で同主張の各疾患に罹患していったのだとしても,このうち摂食障害については,かつてこれが原因で体重が35キログラムくらいに低下したことがあるというものの,本件当時の体重は約48キログラムであり,身長は約152センチメートルであるというのであるから(原審乙1),本件当時における摂食障害の状態は軽度であったというべきであるし,アルコール依存症についても,被告人や元夫の原審公判供述等関係証拠からは,被告人がアルコール依存症のような状態になっていたのは過去のことであったと認められ,少なくとも,本件当時にもそれが重い状態であったことをうかがわせる証拠は見当たらない。そして,その他の疾患についても,(3)や(4)についての検討を踏まえて考えると,それらが被告人の行動制御能力を障害していた程度は限定的であったと考えるほかない。さらに,所論が引用する東京高裁平成25年7月17日判決では,その被告人に病的な溜め込み症状があり,これが衝動制御の障害という窃盗癖の症状を重篤にしていたと考えられるという医師の見解が採用されており,これは病的な溜め込み行動が衝動制御障害の存在を示すという意味にも理解することができるところ,本件犯行当時の被告人について,病的な溜め込みなどの衝動制御障害をうかがわせる事情は本件犯行以外には見当たらないのであって,本件犯行や前件程度の犯行を行うことをもって病的な溜め込みというのにも無理がある。
以上の諸点を総合して検討すると,本件犯行態様は,被告人が行動制御能力を一定程度低下させていることをうかがわせるものも含むが,全体としては,行為の違法性を十分認識した上での,突発的でない,おおむね合理的な行動といえるものであり,もとより妄想等に影響されたものでもなく,また,犯行後発覚した際の反応も,被告人が本件犯行を犯している間にその違法性を正しく認識していたことを示すものというべきである。そして,ギャンブル等の依存や虐待行為,あるいは盗撮行為等,窃盗以外の種々の違法行為について考えると,通常人であっても,ストレス発散等のために,違法で割に合わない,又は平素の性格とはかけ離れた行動に衝動的に出てしまったり,これを繰り返してしまうことを抑えられない場合があるのであって,被告人が本件当時衝動性を低下させていた状況も,気分がかなり落ち込んでいた状態にあったとはいえるものの,通常人が上記のような行動に出る際の状況と大きく異なってはいなかったと認められる。そして,他に,本件犯行について被告人の行動制御能力が著しく低下していたのでないかという疑念を抱かせるような事情は存しない。
以上のとおりであって,その他,所論が種々主張する点を踏まえて証拠を精査検討しても,本件当時,被告人の是非善悪弁別能力に関わる認知に障害を生じていたことはないし,行動制御能力についても,一定程度障害されていたものであるが,その程度は重大ではなく,著しく障害されてはいなかったと優に認められるというべきであって,被告人について完全責任能力を認めた原判決に指摘の事実誤認は存しない。
論旨は理由がない。
2 控訴趣意中,量刑不当の主張について
論旨は,被告人が心神耗弱にまでは至っていなかったと認められるとしても,被告人の行動制御能力は相当程度減退していたのであるから,原判決の量刑判断にはその前提となる事実に重大な誤認があり,被告人の症状に対しては刑罰による威嚇は功を奏さず,治療を施すべきであるから,被告人に対しては,再度の刑執行猶予を許すのが相当である,というのである。
そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討すると,本件は,ショッピングセンターにおける万引き窃盗1件の事案である。
被害額が1万円を超えており,少額ではないこと,加えて,被告人にあっては,本件と同種の窃盗罪により,平成25年3月に懲役1年6月,3年間刑執行猶予に処せられたのに,その後1年足らずで本件犯行に及んでおり,常習性がうかがわれることなどの事情に照らすと,被告人の刑責を軽視することはできない。なお,所論は,被告人の行動制御能力は相当程度減退していたのであって,原判決の量刑判断にはその前提となる事実に重大な誤認があるとするが,1で検討したところからすると,そのような誤認は存しない。
そうすると,被告人が本件犯行に至るについては,1でみたとおり,被告人が兄や母との関係で精神的なストレスを強く感じ,衝動の制御が十分とはいえない状態になっていたといえること,直ちに検挙されたためとはいえ,被害品が被害店側に還付されていること,被告人が,事実を認めた上,今後は病院に行き,また,買物の際には誰かに付いてきてもらうようにする旨述べるなど,反省の情と更生及び再犯防止のため努力する姿勢を示していること,原審公判廷において,母や元夫が,被告人の監督及び再犯防止を約していること,被告人の経歴に,上記の精神的ストレスを感じるようになった原因ともなった同情すべき点があることがうかがわれること,被告人が食道動脈瘤や肝硬変などの病気を有していること,本件が実刑となれば,前刑の執行猶予が取り消され,本件と併せての服役を余儀なくされることなど,被告人のために酌むことのできる事情を十分考慮しても,本件が再度の刑執行猶予を許すべき事案とはいえず,刑期の点においても,懲役1年という検察官の求刑に対し,被告人を懲役8月に処した原判決の量刑は,上記の各事情のうち原審証拠に表れたものを一定程度考慮したものと考えられるのであって,原判決後,被告人が窃盗癖やこれと結び付いていると考えられる摂食障害の改善を図るべく専門的な治療を受けるようになっていることなどの事情を考慮しても,いまだ重すぎて不当に至っているとまではいえない。
所論は,被告人が上記各疾患(1(2)で主張されているもの)の治療を受け,これに積極的に応じているとした上で,被告人に対しては刑罰よりも上記治療を優先させるべきである旨の主張をするところ,現在の治療が被告人にとって必要かつ有効であるとしても,そのような一般情状が本件の犯情ないし被告人の刑事責任を大きく減殺するものとはいえないのであって,治療の必要性が行為責任(ないし応報)を基本とする刑罰の必要性に優先するというような考えは採り得ず,かねて精神科医に通院し,本件犯行前に医師(控訴趣意書によると,Fクリニックの医師)に対して性的虐待のことを話していることなどからして,本件犯行に至る前において現在のような治療を開始する時間も十分あったと認められる被告人については,なおさら,所論のいうところから前記結論が左右されるとはいえない。なお,C医師が作成した意見書(当審弁1)には,実刑判決を受けた場合には,服役後まで治療意欲を維持することは難しいなどという記載があるが,仮に被告人や親族等もそのように考えているのであれば,上記医師等との連携を図るなどしつつ,服役後の治療の確保に意を用いれば足りるのであって,治療意欲が維持できないから服役は無用であるなどというのは,刑罰法規の存在を無視した論理といわざるを得ない(なお,所論が有効性を主張する認知行動療法についても,矯正施設においてなされている例のあることが,当審弁1号証資料11において紹介されている。)。
論旨は理由がない。
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 的場純男 裁判官 橋本一 裁判官 沖敦子)