大阪高等裁判所 平成26年(く)590号 決定 2015年2月26日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中110日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人井上陽及び被告人作成の各控訴趣意書に記載されているとおりである(弁護人は,控訴趣意として主張するのは,①再審事由がある,②被告人質問の際に被告人の供述を制限した点につき,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,③被告人について原判示の各詐欺を認定した点に,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,という3点である旨釈明した。)から,これらを引用する。
1 各控訴趣意中,再審事由の主張について
論旨は,要するに,①原判決の証拠となった証拠書類に偽造のものがある,また,②それら証拠書類を作成した検察官(又は司法警察職員)が本件について職務に関する犯罪を犯した,というのである。
しかし,再審の請求をすることができる場合に当たる事由がある(刑訴法383条1号)といえるのは,①については上記証拠書類が確定判決により偽造又は変造であったことが証明されたとき(同法435条1号),②については上記職務犯罪を犯したことが確定判決により証明されたとき(同条7号)でなければならず,所論が主張する内容のみでは同条各号に該当しないことが明らかであるから,所論はそれ自体失当である。
論旨は理由がない。
2 各控訴趣意中,訴訟手続の法令違反の主張について
論旨は,原審裁判所が,原審第2回公判期日における被告人質問において,被告人が原判示第1の事実に関し,いわゆるアリバイがある旨供述している際,検察官が異議を述べたのに対し,これを認めて被告人質問(被告人の供述)を制限したのは,刑訴法295条2項,316条の32第1項に違反しており,この訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。
そこで,記録を調査して検討する。
まず,所論は,①被告人は,上記アリバイの内容について,公判前整理手続段階では思い出せず,同手続終了後これを思い出して被告人質問において供述しようとしたのであるから,その供述をすることについては同法316条の32第1項の「やむを得ない事由」がある,②被告人の上記供述を制限することは同法295条2項の「被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある」場合に当たる,として,原審裁判所が上記制限をしたのは,上記各条項に違反するというのであるが,①被告人質問は同法316条の32第1項にいう「証拠調べ」に含まれず,また②同法295条2項は証人等の尋問を制限する場合に関する規定であって,被告人の供述を制限する場合に関する規定ではないから,所論が法令違反の根拠として挙げる刑訴法の条項はいずれも本件に妥当しない。
もっとも,所論に鑑み更に検討すると,同法295条1項は,訴訟関係人の陳述等や被告人に供述を求める行為につき,それらが相当でないときには,訴訟関係人の本質的な権利を害しない限り制限することができる旨規定しているから,原審裁判所が上記制限をしたことについて,同項に反するか否かを検討する余地があるが,公判前整理手続の終了後,当事者の主張が自由かつ無制限に変更され得ることになると,同手続が設けられた趣旨が没却されるから,その趣旨を没却するような主張変更をもたらす陳述等は,同法295条1項により制限され得ると解される。
これを本件についてみると,①公判前整理手続において,原審弁護人は,被告人は原判示第1,第2の各事実に係る各公訴事実記載の日時に犯行場所とされる場所にはいなかったと主張する旨述べ,検察官から,「アリバイを主張するのであれば,その具体的内容を明らかにされたい。」旨求められたのに対しても,同第2の事実に関しては,「被告人は,公訴事実記載の日の午後5時ころ,大阪市<以下省略>の自宅において,電気代を管理人に支払った。」旨具体的に主張したが,同第1の事実に関しては,「被告人は,公訴事実記載の日時には前記自宅ないしその付近に存在した」旨を述べるにとどまったこと,②原審第1回公判期日において,原判示第1の事実に係る公訴事実に関し,被告人は,アリバイがある旨のみ陳述し,原審弁護人は,犯人性を争うとともに,冒頭陳述において,被告人は,当該日時,犯行現場とされる場所には存在せず,上記自宅ないしその付近に存在した旨だけを述べたこと,③原審第2回公判期日でなされた被告人質問において,被告人は,原判示第1の日時には,自宅でテレビを見ていたが,知人夫婦と会う約束があったことから,同日午後4時30分頃上記知人方に行った旨具体的に供述し,これに対し,検察官が上記異議を述べるに至ったことがそれぞれ認められる。また,これらの経過からすれば,被告人は,それまでは,上記の具体的なアリバイ供述を全くしていなかったと認められる。
被告人が被告人質問で供述したような具体的なアリバイ主張を行う場合,その重要性に鑑みると,そのアリバイ供述の信用性や裏付けの有無が争点となることが明らかであり,その裏付けの有無や検察官による反対立証の有無等が確定しなければ,適切な審理計画は立てられず,公判前整理手続を設けた趣旨が没却されるから,原審弁護人や被告人としては,本来,その内容を公判前整理手続において明示すべきであったといわなければならない。また,所論が主張するように,被告人が第1回公判期日後に初めて当該アリバイの内容を思い出したのだとしても,当該アリバイ主張の重要性及び本件において公判前整理手続が行われた趣旨からすれば,原審弁護人や被告人としては,上記アリバイにつき具体的な主張・供述をすることとなった時点で,裁判所及び検察官に対し,そのことを明らかにし,当該アリバイの内容とその主張を公判前整理手続で明示することができなかった事情につき釈明する必要があり,さらには,当該アリバイ主張に被告人質問以外の裏付け証拠があるのかどうか並びにその証拠を請求する意思及びその証拠請求を公判前整理手続内で請求できなかった理由も明らかにすべきであったといえる。本件においては,原審弁護人や被告人からそのような釈明等が全くなされないまま,審理の最終段階として行われた被告人質問の途中で,いきなりアリバイ主張に沿う具体的な供述がなされ,あるいはそのような供述を求める質問がなされたのであって,このようなことが無制限に許されれば公判前整理手続を設けた趣旨が没却されることは明らかである。この点,原審裁判所としても,具体的なアリバイ主張が被告人質問の途中に初めてなされた理由,裏付け証拠の有無及びこれを被告人質問までに請求していない理由等をその場で確認することが可能であったから,それらのことをすることなく,関連性がないとする原審検察官の異議を直ちに認めて被告人質問を制限したことはいささか早計であったというべきであるが,これまでみてきたところに照らせば,上記制限の措置が同法295条1項に反するとまではいえない。
なお,被告人は,結局,最終陳述において,上記アリバイの内容を更に具体的に述べており,この陳述は制限されなかったし,原審弁護人や被告人が上記アリバイ供述の裏付け証拠を同法316条の32第1項に基づいて請求しようとした形跡もない。そうすると,仮に原審裁判所の上記措置に同法295条1項違反があったとしても,これが判決に影響を及ぼさないことは明らかである。
論旨は理由がない。
3 各控訴趣意中,事実誤認の主張について
論旨は,被告人は原判示第1及び第2の各詐欺を行ってはおらず,また同第3の事実につき被告人には同判示の欺罔行為をした事実も故意もないのに,これらを肯認して各詐欺罪の成立を認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というものと解される。
そこで,記録を調査して検討すると,原判決が,その挙示する証拠により原判示の各事実を肯認し,各詐欺罪の成立を認めたのは正当であり,また,その「争点に対する判断」の項において,①原判示第1及び第2の各事実につき,その各犯行の被害に遭ったとした上で被告人が犯人である旨証言した,A(原判示第1の被害者。以下「A」という。)及びB(原判示第2の被害者。以下「B」という。)の各原審公判供述の信用性をいずれも肯定し,②原判示第3の事実につき,被害者とされるC(以下「C」という。)及びその通報により現場に臨場した警察官D(以下「D」という。)の各原審公判供述の信用性をいずれも肯定する一方で,所論に沿う被告人の供述の信用性を否定してこれを排斥するところも,いずれも正当として是認することができる。以下,所論に鑑み,若干付言する。
(1) 原判示第1及び第2の事実について
ア A及びBの各原審公判供述の信用性について
所論は,A及びBの各原審公判供述の信用性を争い,取り分け,Bの供述について,①Bは,事故の時に見た相手方(犯人)と被告人とでは雰囲気や風体が違うと述べている,②Bは相手方の身長が165センチメートル以上であったと供述しているが,被告人の身長は160センチメートルであって矛盾がある,③Bは警察署で被告人の写真を見て被告人が犯人であると識別した旨供述しているが,Bが被告人の写真を見たのは被害に遭ったという時から約2か月後であって,これを20日ないし1か月後であった旨供述する部分は,Bの記憶が確かであったように見せ掛けるための検察官の誤導によるものである,などというものと解される。
しかしながら,①については,Bは,原審公判廷において,「犯人は被告人に間違いない。」と断言しており,被告人が犯行時オールバックだった髪を切るなどしていて,捜査段階で見せられた写真どおりではないという点について,雰囲気や風体が違うと表現しているだけである。②については,被告人の身長が160センチメートルであることについて確たる裏付けはない(前科照会回答書〔原審乙第5号証〕によると,163センチメートルである。)が,この点を除いても,Bは,犯人について,身長165センチメートルであるBからみて「大きく感じた」というのにとどまっており,また,Bは,眼鏡越しで上目遣いににらみ付けるようにして見た顔が忘れられないとも述べているところ,これは被告人の身長がBと同程度かむしろ若干低かったことを示すものであるといえる。これらに加えて,原判決も説示するように,身長の見え方が相手方と相対した時の双方の姿勢によって変わってくるものであることも考えると,指摘の点から,直ちに,犯人が被告人である旨供述するBの原審公判供述の全体ないし根幹部分の信用性が揺らぐことにはならない。③については,所論は,犯人識別供述が録取されているBの検察官調書(原審甲第19号証)の作成日をもって,Bが初めて被告人の写真を見た日であると主張するようであるが,Bの原審公判供述によれば,Bが初めて被告人の写真を見て犯人識別供述をしたのは検察官ではなく警察官に対してであり,その日も,上記検察官調書作成日ではなく,被害を受けた日から20日から1か月後であったと認められるのであるから,所論はそもそも前提を誤っている。
その他証拠を検討しても,A及びBの各原審公判供述の信用性に疑いを差し挟むべきところはない。
以上のとおりであって,所論はいずれも採用できない。
イ 被告人のアリバイについて
所論は,原審における被告人のアリバイ供述は信用でき,①原判示第1の事実について,被告人は,犯行日とされる平成24年4月25日の午後4時30分頃から20分近くの間,大阪市<以下省略>内にある知人方事務所で過ごしていたから,同日午後5時50分頃に同判示の和歌山市<以下省略>を訪れることは不可能である,②同判示第2の事実について,被告人の供述や,被告人方集合住宅の管理人に対する原審弁護人の質問書とこれに対する回答書(原審弁第5号証から第9号証まで)によれば,被告人は犯行日とされる同年5月29日の午後5時頃,被告人方集合住宅で管理人に電気代を支払っていることが認められるから,同日午後6時20分頃に同判示の和歌山市<以下省略>を訪れることは不可能である,というのである。
しかしながら,①については,被告人が上記知人方事務所にいたということは,被告人が供述しているだけであって,他に裏付けがないところ,被告人の供述が他の重要な部分においていずれも信用できないことに鑑みれば,被告人の上記供述もまた信用できない。②については,上記質問書及び回答書によれば,被告人方集合住宅の管理人が,前記平成24年5月29日までに,被告人方入口ドアに電気代の支払を要求する紙を貼り,被告人が同月29日に電気代を支払ったことがうかがわれるものの,上記質問書及び回答書によっても,管理人が上記の紙を貼ったのが同月29日であったとは断定できず,またそれが同日であったとしても午後零時から午後1時までの間であったというのであるから,その後上記貼り紙に気付いた被告人が電気代を支払った上で同日午後6時20分頃に和歌山市<以下省略>を訪れることは可能であり,他方,上記管理人は,被告人が電気代を支払った時間帯は不明である旨回答しており,「同日午後5時頃貼紙に気付き,電気代を支払った」旨述べる被告人の供述には裏付けがないのであるから,上記質問書及び回答書並びに被告人の原審公判供述によって,被告人に原判示第2の犯行に関するアリバイが成立し,あるいはBの原審公判供述の信用性が揺らぐとはいえない。
以上のとおりであって,所論はいずれも採用できない。
(2) 原判示第3の事実について
所論は,C及びDの各原審公判供述の信用性を争い,①原判決は,被告人が接触したとするC運転車両のドアミラーが車体の側に折り畳まれていなかった旨説示しているが,同車両のドアミラーの操作はハンドルのところにあるスイッチで行われることを看過している,②Cは,原審公判廷で,被告人は右手で左手を押さえていたと述べ,捜査段階では反対のことを述べていた旨指摘されると,曖昧な説明をしている,などと主張する。
しかしながら,①については,C運転車両のドアミラーの操作スイッチが指摘のとおりの位置にあるか否かは不明であるが,仮にそうであるとしても,そのことから直ちに,実際には同車両のドアミラーが車体の側に折り畳まれていたとか,一旦折り畳まれたドアミラーがCの操作によって再度開かれた,などということにはならないし,いずれにせよ,指摘の点だけでは,「被告人が自車の正面方向から近づいてきたため,減速し,ハンドルを右側に切って,被告人が自車左側(助手席側)ドアミラーの横を通過するまで目で確認してから,目線を前方に向け,その後,左側後方から『ボン』という音が聞こえた」などという,Cの原審公判供述の信用性には影響を及ぼさないし,②については,確かに,被告人が左右どちらの手でどちらの肘を押さえていたかについてのCの原審公判供述は,捜査段階における供述と異なることがうかがわれるが,だからといって,Cの上記のような原審公判供述の根幹部分の信用性が揺らぐことにはならない。
以上のとおりであって,所論はいずれも採用できない。
その他所論に鑑み更に記録を精査検討しても,原判決に指摘のような事実の誤認はなく,論旨は理由がない。
4 結論
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を,当審における訴訟費用の不負担につき刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。