大阪高等裁判所 平成26年(ネ)1083号 判決 2014年9月11日
控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
辰巳裕規
被控訴人
学校法人Y
同代表者理事長
A
同訴訟代理人弁護士
小國隆輔
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における追加請求を棄却する。
3 当審における訴訟費用は全て控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2(1) (訴え変更申立前の請求)
控訴人が、被控訴人に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
(2) (訴え変更申立てに係る請求。当審における追加請求となったもの。)
ア 控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人の設置するa大学大学院b研究科教授の地位にあることを確認する。
イ 控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人の設置するa大学大学院c研究科教授の地位にあることを確認する。
3 被控訴人は、控訴人に対し、平成25年4月から毎月5日限り71万8600円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人は、控訴人に対し、550万円及びこれに対する平成25年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件の要旨及び訴訟の経過(略称は、特記しない限り原判決の例による。)
(1) 原審における本件は、学校法人である被控訴人が設置する大学院(本件大学院)のc研究科の教授であった控訴人が、就業規則に定められた定年延長の規定が適用されず、平成25年3月31日付けで定年退職の扱いとなったこと(本件退職扱い)について、解雇権の濫用法理の類推適用によって無効であると主張して、使用者である被控訴人に対し、労働契約上の地位にあることの確認並びに平成25年4月1日以降の未払賃金及びこれに対する各支払日の翌日以降の商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被控訴人は本件退職扱いによって突然控訴人の地位を奪い、控訴人の名誉ないし信用を傷つけたと主張して、慰謝料等合計550万円及びこれに対する不法行為の後である平成25年4月1日以降の民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
(2) 控訴人は、本件退職扱いには重大な手続違反があること、控訴人は研究面において他の教授よりも業績があるほか、教育・運営面においてもc研究科の創設以来貢献しており、定年延長拒否を正当化するに足りる事由はないことを主張して、本件退職扱いは解雇権濫用法理の類推適用によって無効となると主張したのに対し、被控訴人は、本件退職扱いに解雇権濫用法理の類推適用がされることはなく、仮に本件退職扱いに解雇権濫用法理の類推適用がされるとしても、本件退職扱いは適法・有効であるなどと反論して、控訴人の請求を争った。
(3) 原審は、①本件退職扱いに解雇権濫用法理が類推適用される根拠として控訴人が主張する内容には理由がなく、本件退職扱いは有効である、②被控訴人が控訴人の定年延長を認めなかったことには合理的な理由があり、本件退職扱いが不法行為法上違法であるということはできないと判断して、控訴人の請求をいずれも棄却した。
(4) 控訴人は原判決を不服として本件控訴を提起した上、当審において、控訴人は、平成21年度からは本件大学院のb研究科の教授の地位も有しており、b研究科において定年延長がされたものとして扱われている旨主張して、労働契約上の地位にあることの確認請求を、c研究科における教授の地位にあること及びb研究科の教授の地位にあることの確認請求に交換的に変更する旨申し立てたが、被控訴人は、上記変更に含まれる訴え取下げに同意しなかったので、上記新請求は当審における追加請求となった。なお、控訴人は、当審において控訴の趣旨3項(第1の3)に係る遅延損害金の利率を年5分に減縮した。
2 「前提事実」、「争点」及び「争点に対する当事者の主張」は、次のとおり原判決を補正し、後記3として「当審における控訴人の補充主張」、後記4として「当審での追加請求に対する被控訴人の反論」をそれぞれ付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の第2の1から3までの記載と同一であるから、これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 2頁14行目から15行目にかけての「b研究科(以下「b1マネジメント」という。)」を「b研究科(以下「b1マネジメント」ということがある。)に改める。
(2) 3頁3行目の「48年」の次に「7月2日」を、5行目の「48年」の次に「6月30日」をそれぞれ加える。
(3) 3頁23行目の「大学」の次に「の講義の場合」を加える。
(4) 4頁6行目の「67歳」を「68歳」に改める。
(5) 4頁17行目の「(証拠<省略>)」を「(証拠<省略>)」に改める。
(6) 6頁7行目の「B研究科長は」の次に「、控訴人が退席した後」を加える。
(7) 10頁5行目から6行目にかけての「C」を「C(以下「C」という。)」に改める。
3 当審における控訴人の補充主張
(1) 本件では大学院教授の地位・資格の適格性が問題となっていること
ア 学校教育法97条は「大学には、大学院を置くことができる。」と定めている。そして、同法99条1項は「大学院は、学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥をきわめ、又は高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培い、文化の進展に寄与することを目的とする」としている。
本件は、このような学問の深奥、深い学識、卓越した能力を培う最高の研究機関である「大学院」における「教授」の地位をめぐる紛争であることが踏まえられなければならない。
イ c研究科人事手続要領(証拠<省略>。以下「人事手続要領」という。)では、「採用案件の提案」(3条)として、教員の採用の必要がある場合には、研究科長は教授会に採用案件の提案を行うこと(1項)、その提案において、研究科長は、教員の採用を必要とする科目及び専門分野、採用予定時期及び採用の必要性を明らかにするものとすること(2項)が定められている。そして、教授会が採用案件の提案を承認したときは、教員の募集を行い、又は人事審査委員会を設置するとしている(3項)。
ここで注意すべきは、「採用の必要性」とは科目設置の必要性のことであり、ある個別具体的な教員を採用する必要性のことではないという点である。大学・大学院では、「科目」の設置が決まり、その科目・専門分野に学校教育法や設置基準等で認められた資格・能力を有する「教員」を配置するのである。「科目」と切り離して「教員」を考えることは、教育機関、特に大学ではあり得ない。ある科目を設置する必要性が教授会で承認された後に、科目にふさわしい教員を募集し配置することになる。そして、教員の募集は推薦あるいは公募により行われ(4条)、人事審査委員会が推薦者・公募者について履歴書、業績書等の書面審査及び面接審査を行い、c研究科教員としての適格性を審査する(5条1項)。人事審査委員会は、教授会における投票により選出された3名の委員により構成される(5条2項、3項)。
人事審査委員会は、適格性について厳格に審査し、教授会に審査報告書を提出する。教員としての適格性については、研究科長が判断する権限は一切ない。報告書が提出された際には、研究科長は当該候補者の採用案件について、審議に必要な資料を添えて、教授会に発議する(7条1項)。そして、教授会はこれを審議し、採用の可否等を議決する(7条3項)。研究科長に発議するかしないかの裁量は一切存しない。
なお、人事手続要領3条4項は、職務区分の変更又は任期の延長若しくは雇用契約の更新を行うものである場合に関してではあるが、教員の採用を必要とする科目の授業を現に担当している教員については、教授会の承認を得て、教員の募集又は人事審査委員会の設置を略することができるとしている。
ウ 人事手続要領と同時期に制定された本件申合せも、この人事手続要領と合わせて理解すべきものであるところ、教授会における相当数の異議がない限り、投票にも付されずに承認がされるという取扱いは、3条4項における現に科目を担当している教員についての扱いと同様であって、科目設置(継続)の必要性がある場合に、現に科目を担当している教員については適格性が推定されるから原則無投票で定年延長が認められるとしているのである。そして、研究科長は、引退などの意向を有しないか対象者にその意向を確認した上で(控訴人に対しては、そもそも意向確認すら行われておらず、この点で手続違反の違法がある。)、定年延長を提案するのであり、本件申合せも人事手続要領と同様に研究科長が議題として提案をしないことは予定していないのである。
エ 原判決は、大学院教授の資格、適格性判断の高度の専門性や厳格性、学問の自由、教授の自由の保障、使用者や同僚教授でも安易にこれをはく奪することは許されない制度設計となっていることを全く考慮していない点において大いに問題がある。科目設置がシラバス上定まり、その担当の教授として設置されていた者が(その時点で定年延長が予定されている)、後に恣意的な手続で排除されることなど、「科目」と「担当教授」が定められている大学教育では起こってはならないのである。本件のような大学院における教授の地位については、通常の労働事件とは異なる学校教育法上の視点、大学院における研究教育と適格性審査という観点が正面から考慮されなければならない。
(2) 学問の自由、教授の自由の侵害
本件では、B研究科長あるいは国際プログラム委員会委員長のD教授が、控訴人の大学院教授としての資格・能力の審査を被控訴人において定められた適正手続によらずに恣意的に判断し、控訴人を大学から排除したのである。
かかる行為は、学問の自由、教授の自由の観点から許されるものではない。ところが、原判決は、憲法が保障する学問の自由、教授の自由の侵害行為であることについて全く判断をしてない。B研究科長による定年延長の提案拒否により控訴人を本件大学院から排除したことが学問の自由、教授の自由の侵害行為として違法・無効であることは、必ず審理判断されなければならない。「○○ダイナミクスは偏った経済学である」であるとか、「○○ダイナミクスを使わない指導をしてほしい」などという発言自体、個々の専攻分野について最高の資格・能力を有する大学院教授への違法な介入である。だからこそ、教授方法の是正などについてクレーム・コミッティ制度やFD制度が設けられているのであり、教授方法や教授内容の是正はかかる手続の中で実現されるのである。それ以外の介入は学問の自由、教授の自由の侵害として許されてはならない。
(3) 定年延長に関する本件申合せによる手続違反
ア 原判決は、平成23年12月7日に開催されたc研究科の教授会で控訴人の1度目の定年延長(平成24年4月1日から平成25年3月31日まで)が決議されたと認定する。
しかし、控訴人について、定年延長の際に「平成25年3月31日まで」と期間を明示した定年延長はされていない。また、定年延長時に期間を明示した辞令等の書面も交付されていない。控訴人と被控訴人との労働契約は平成24年4月1日からの定年延長の際に期間の定めのないものになったと認められる。
なお、B研究科長によると、平成24年度は控訴人について「余人をもって代えがたい」と判断したことから、定年延長を提案し、何らの異議もなく定年延長となっている。控訴人はB研究科長あるいは教授会から「余人をもって代えがたい」ものとして定年延長が認められた教授であるという事実は極めて重いものがある(その評価はわずか1年後に覆るほど軽いものではない。)。そして、その際に、定年延長期間についての定めはされていない。
イ 定年延長に関しては、極めて簡素な内容であるが本件申合せが存在する。この申合せは定年延長の可否の決定権限は教授会にあること、相当数の異議があって初めて投票に付されるという規定ぶりとすることにより、原則として定年延長がされることが前提となっている。そして、研究科長に定年延長を提案するか否かの事前審査権限など与えていない。控訴人は、70歳まで当然に何らの定年延長手続きすら踏まずに、いかなる理由があろうとも必ず定年延長がされる、あるいは70歳が定年である、そのような事実たる慣習・慣行があるなどという主張をしているのではない。定年延長を希望する教授については、教授会において定年延長に関する件が提案され、相当数の異議がなければ投票すら行われずに定年延長となること、相当数の異議がある場合には投票により定年延長の可否が決せられること(もっとも、教授会決定の内容が不合理である場合は、権限濫用・逸脱の問題はなお残る。)が本件申合せにより労働契約の内容となっているのであり、各学部・研究科で多少の規定ぶりは異なるにせよ、実態としては、かかる手続のもとほとんどの大学院教授について定年延長が認められてきたことが事実たる慣習・慣行となっていると主張しているのである。
ウ 前記のとおり、大学院教授の資格・能力の審査を研究科長が独断で判断することは学校教育法以下の法令や被控訴人における任用規程、c研究科における人事審査についての定めにおいて一切認められていない。だからこそ、本件申合せについては、研究科長は定年延長の意向のある教授について教授会に定年延長を提案することを当然の前提とし、しかも相当数の異議が出ない限りは投票もされずに当然に定年延長が認められるという、定年延長が認められることが原則となる取扱いになっているのである。定年延長拒否が手続違反となることは極めて明らかである。
エ 原判決は、△△MBAの開講及び嘱託講師の問題について、控訴人が△△MBAの継続に協力しなかったことをもって科目担当の放棄と評価することが不当ということはできないと判示する。
しかし、この問題について、平成24年春頃までは控訴人とB研究科長などの間で見解の相違が生じたが、以後の教授会などで問題とされたことはなく、既に解決済みであった。もし、控訴人の対応に問題があるのであれば、平成24年春以降教授会で正面から議論がされるべきであった。しかし、教授会では、△△MBAの問題は解決済みとなっていたのであり、これは定年延長拒否の理由となるものではない。「△△問題」なるものを突如持ち出すことは、違法な理由の付け替えであるし、控訴人に対する不意打ちである。
オ 原判決は、c研究科の科目について週に8時間の授業(年間8コマ)を担当するかどうか(以下「8コマルール」という。)が定年延長を認めるかどうかの基準となるとの被控訴人の主張について、8コマルールの存在は否定したものの、c研究科で担当する時間数は定年延長の必要性を考慮する一事情となり得るとした。
しかし、8コマルールを満たさないことを理由にB研究科長が教授会に控訴人の定年延長を提案しなかったこと自体違法であり、定年延長提案を拒否することにより控訴人を教授の地位から追いやる行為は、違法な解雇ないし解雇と同視できるものとして無効である。教授会の審議経過を見ても、控訴人の定年延長拒否は「(授業時間数が)8コマに満たない」ことを理由に行われてきたものであり、これが破綻した以上は定年延長拒否自体が違法となることは明らかである。
(4) 70歳定年延長制度の位置づけ
ア 控訴人が加入した労働組合と被控訴人との団体交渉における被控訴人理事長の回答(証拠<省略>)によれば、「定年延長が規定されているのは大学院教授のみであり、事務職員や学部教員、幼稚園~高等学校の教員には、定年延長はありません。これは、専任教授でなければ、修士論文等の学位論文の指導を、担当することができないためです。」とある。
学位論文の指導を担当することができるのは専任教授だけであり、大学院教授には学位論文の指導を担当するために70歳までの定年延長の必要性が認められることを被控訴人は認めている。
イ 控訴人には、現に論文を指導中の学生が3名、平成25年9月からソリューションレポート指導を受けることを希望する学生が3名いたのであるから、学位論文指導のために定年延長の必要性が認められる場合に該当していたことは明らかである。
だからこそ、b研究科d専攻(一貫制博士課程)では平成25年度も控訴人が教員に配置されることを前提とした科目配置を学生に示していたのであるし、D教授もビジネスエコノミクス以外の3科目の担当を控訴人に依頼していたのである。論文指導担当中の教授を突如学外に放逐することは大学院の運営においておよそ予定されていないのである。
(5) 当審で追加した請求について
ア 控訴人については、c研究科における教授の地位の有無のみが問題となるのではなく、b研究科における教授の地位も問題となる。そして、b研究科では、平成25年度以降も控訴人を教授とする前提であった(明示・黙示の定年延長がされている。)。したがって、b研究科の教授としての地位は明らかに認められる。
イ 控訴人は、b研究科d専攻(一貫制博士課程)に所属する専任教員であるから、他科であるc研究科長の独断でその地位を奪うことはもとより許されない。事実、控訴人は、博士課程後期の最終研究段階にあるEに対し、日本の電機産業における「選択と集中」に関する経営意思決定問題を○○ダイナミクスのモデリング手法を用いてシミュレーション分析をするという研究テーマの指導をしていたが、こうした分野を研究指導できる専門家は国内ではほとんどおらず、研究指導を途中で放棄するという無責任な選択肢はあり得ない。
b研究科d専攻(一貫制博士課程)においては、控訴人は平成25年度以降も教授として就任継続することが当然の前提とされていたのであるから、控訴人は同科の専任教員の地位を失っていない。この点について原判決は全く判断を遺漏している。
ウ 被控訴人は、控訴人はb研究科d専攻に所属していたのではなく、文部科学省向けに専任教員にカウントしてもらえるという意味にすぎない旨主張するが(後記4(1))、「兼務」は複数の研究科に所属する場合の扱いであり、一研究科に所属し、他の研究科で指導する「兼担」とは区別されなければならない。控訴人は、b研究科d専攻(一貫制博士課程)に所属した上で、兼務に配慮して、一部の職責を解除されていたにすぎない。実際に、控訴人は、b研究科d専攻(一貫制博士課程)の委員会、入試、論文審査、面接などの業務を課されていた。
4 当審での追加請求に対する被控訴人の反論
(1) 控訴人は、b研究科d専攻の専任教授の地位も有していると主張するが、不正確である。
本件大学院においては、平成24年度当時、c研究科とb研究科の双方で専任教員としてカウントされる教員が3名いた(F教授、G教授及び控訴人)。
大学院は、大学院設置基準又は専門職大学院設置基準等で定められた人数の専任教員を確保しなければならないが、一定の場合には、1名の教員を複数の研究科で専任教員として計上することが認められている。e研究科に在籍する教員が、f研究科で授業を担当していることなどの条件を満たせば、専攻設置の際などの文部科学省の審査においては、f研究科の審査でも専任教授として計上し、1名の教員を2名とみなす(ダブルカウント)ということである。
なお、「兼務」の場合は、専門職大学院設置基準附則第2項の規定により、所属する学部等で専任教員としてカウントされつつ、兼務先の学部等でも専任教員とみなしてカウントされる。つまり、「兼務」とは、新専攻設置の際などの文部科学省の審査において用いられる、専任教員の人数の数え方に関する概念であり、個々の学校法人の内部で、どの教員がどの研究科に所属するかを決める概念ではない。
(2) 平成21年のb研究科の設置の際、H教授及びI教授がc研究科からb研究科に移籍したが、上記のF教授、G教授及び控訴人の3名は、c研究科所属であることが大学評議会において確認されている。また、この3名については、c研究科の専任教員としてその責任を十全に果たすことが可能な範囲で、b研究科の教育活動に参加することとされており、c研究科の職務よりb研究科の活動を優先させることは予定されていない。
(3) 以上のとおり、控訴人が所属していたのはc研究科であり、b研究科ではない。b研究科が控訴人の定年延長を決定する権限を持つことはないし、b研究科で授業を担当していることを理由に、c研究科での職場放棄等が正当化されることもない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は、控訴人は本件大学院c研究科、b研究科のいずれにおいても教授(専任教員)の地位を有しておらず、本件退職扱いに関し被控訴人の不法行為責任を認めることはできないから、控訴人の請求は、当審での追加請求も含め、全て理由がないものと判断する。
その理由は、原判決を次のとおり補正し、後記2として「控訴人の当審における補充主張に対する判断」を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の第3の1から5までの記載と同一であるから、これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 22頁10行目の「昭和48年」の次に「7月2日」を、11行目から12行目にかけての「昭和48年」の次に「6月30日」をそれぞれ加える。
(2) 23頁5行目の「大学」の次に「の講義の場合」を加える。
(3) 23頁8行目を「控訴人は、昭和21年○月○日生まれで現在68歳である。」に改める。
(4) 25頁14行目から15行目にかけての「C(以下「C」という。)」を「C」に改める。
(5) 26頁12行目の「(証拠<省略>)」を「(証拠<省略>)」に改める。
(6) 26頁18行目の「意思」を「意志」に改める。
(7) 33頁12行目の「職学講師」を「嘱託講師」に改める。
(8) 36頁7行目の「意義の発言」を「異議の発言」に改める。
(9) 36頁23行目の「なお、」の次に「被控訴人における」を加える。
(10) 37頁15行目の「証拠<省略>」を「証拠<省略>」に改める。
(11) 39頁10行目、11行目及び17行の各「L」をそれぞれ「L1」に改める。
(12) 41頁8行目の「担当数ル」を「担当する」に改める。
(13) 41頁18行目の「定年延長」の次に「の提案」を加える。
(14) 44頁20行目の「定年延長ができないこと」を「定年延長を発議できないこと」に改める。
(15) 46頁23行目の「784万3911円」を「784万3941円」に改める。
(16) 47頁13行目の「しかしながら」の次に「、控訴人の退職は、合意で定められた定年(1年間延長された後のもの)に達したことによるものであり、被控訴人が、解雇又は解雇に準ずる意思表示をしたことはないから、控訴人の定年退職に解雇権濫用法理を類推適用することはできない。この点を措くとしても、以下のとおり」を加える。
(17) 48頁19行目の「原告の場合には」から20行目の「うかがわれるため」までを「控訴人は、その陳述書(証拠<省略>)において前任校の定年である68歳を迎える年に自分の子供が大学を卒業する予定になっていた旨述べ、定年について関心を有していたことがうかがわれるから」に改める。
(18) 50頁5行目の「一貫性博士課程」を「一貫制博士課程」に改める。
(19) 50頁末行から51頁4行目までを次のように改める。
「(1) 前記認定の被控訴人の就業規則や本件申合せの内容によれば、定年延長は被控訴人において当該教員を必要とする場合に限り認められ、c研究科においては、定年延長を教授会に発議するか否かは議長である研究科長が判断することとされていることが認められる。そうすると、本件退職扱いが違法となるのは、本来定年延長の必要性が認められる教授につき定年延長を発議しないなど、研究科長による定年延長の必要性の判断に裁量権の逸脱・濫用が認められる場合ということになる。」に改める。
(20) 51頁21行目の「原告から嘱託講師への何らかの働きかけがあったことや」を「CやJのメールの内容(証拠<省略>)に照らすと控訴人から嘱託講師への何らかの働きかけがあったことやCが」に改める。
(21) 52頁8行目の「最終的には」から14行目末尾までを次のように改める。
「c研究科の教授である控訴人としては、教授会で協議した結果最終的に決まった方針に従う必要があるものである。控訴人の主張する理由は、控訴人の想定する△△MBAのあり方として不十分であるというものと思われるが、B研究科長が、控訴人の立場に一定の理解を示しつつも、大局的見地から教授会で決まった方針に従うよう要請したのにもかかわらず、控訴人は自らの見解に固執し、B研究科長の協力要請に応じなかったのである。」
(22) 53頁7行目の次に改行して次のように加える。
「また、証拠<省略>に記載のあるKは、平成24年9月入学の△△MBAの学生であるから、同人がソリューションレポートを作成するのは、早くても平成26年度である。したがって、平成25年度に控訴人がレポートの指導を担当する学生がいないという結論に変わりはない。」
(23) 54頁2行目から3行目の「講義をしてほしい」の次に「旨」を加える。
(24) 55頁19行目の「別として、」の次に「8コマルールが」を加える。
(25) 58頁7行目の「その必要」を「その理由」に改め、8行目の「必要」を「定年延長の必要性」に改める。
(26) 59頁8行目の「合理的な」から9行目末尾までを「合理的な理由があるといえるし、定年延長の付議手続に違法性を認めることはできない。」に改める。
(27) 59頁11行目から13行目末尾までを「上記3のとおり、被控訴人が控訴人の定年延長を認めなかったことには合理的な理由があり、その付議手続についても違法性は認められないのであるから、本件退職扱いが不法行為法上違法であるということはできない。」に改める。
2 当審における控訴人の補充主張に対する判断
(1) 大学院教授の地位・資格の特殊性を考慮すべきであるとの主張について
控訴人は、本件のように大学院の教授の地位が争われている事案においては、通常の労働事件とは異なり、学校教育法上の視点や大学院における研究教育、大学院教授の適格性判断の専門性等を踏まえた判断がされなければならないと主張する。
もとより、大学院教授の職務の中心は研究教育にあり、学術研究に高度の専門性が求められるがゆえに、その資格や適格性について厳格な審査が行われていることは控訴人の指摘するとおりである。
しかし、労働者の中には、大学院教授以外にも高度の専門的知識を有し、主として知的労働に従事する職種も数多く存在するのであるから、大学院教授の地位の特殊性を殊更に強調することは相当ではなく、本件大学院の定年延長制度の下で、科目設置の必要性がある場合に現に科目を担当している教員については適格性が推定され、原則として定年延長が認められるという結論が当然に導かれるものではない。大学院教授であることは職務の内容やその形態の一要素として考慮すれば足りるものというべきである。
(2) 控訴人の学問の自由、教授の自由が侵害されたとの主張について
控訴人は、B研究科長が控訴人の定年延長を教授会に提案せず、本件退職扱いによって控訴人を本件大学院から排除したことは、学問の自由、教授の自由を侵害するものとして、違法・無効であると主張する。
しかし、学問の自由、教授の自由といえども、設置された講座(講義、演習等)に求められる一定の教育内容や教育水準の維持という目的達成のため、制約を受けることはあり得るのである。そして、補正の上で引用した原判決が説示するとおり、ビジネスエコノミクスの講義の内容をどのようなものにすべきであるかは教授会で審議決定すべき事項であり、講座の担当者である控訴人には決定する権限がないから、国際プログラム委員会(具体的にはD教授)が控訴人に対し○○ダイナミクスを使わない講義をしてほしい旨依頼することが、控訴人の学問の自由、教授の自由を侵害するものとはいえない。
(3) 本件退職扱いは定年延長の手続を定めた本件申合せ等に違反するとの主張について
控訴人は、本件退職扱いは本件申合せ及びこれから導かれる本件大学院における労使慣行等に違反すると主張するが、以下のとおり理由がない。
ア 控訴人は、1回目の定年延長により控訴人と被控訴人との労働契約は期間の定めのないものになったと主張するが、「大学院教授については1年ごとに定年を延長することができる」という定年に関する昭和48年6月30日の理事会決議(証拠<省略>)を正解しないものである。
満65歳に達した年度末に定年退職となる大学院教授については、1年度ごとに定年延長の可否が審議されるのであり、一度定年延長が認められたからといって、労働契約が期間の定めのないものになるものではない。
イ 控訴人は、定年延長を希望する教授については、教授会においてその定年延長の件が審議されるべきであり、相当数の異議がなければ投票すら行うことなく定年延長となることは、確立した労使慣行となっていた旨主張する。
しかし、本件申合せは、研究科長が定年延長を教授会に提案するに当たり、当該教員の意向を確認することを求めているにとどまり(これは、教員本人が希望していないのに定年延長の提案がされるという事態を防止する趣旨の規定と解される。)、当該教員が定年延長を希望する場合には、研究科長は定年延長を教授会に提案することが義務付けられるという趣旨を含んでいると解することはできない。
そして、補正の上で引用した原判決が認定するとおり、c研究科においても、他学部他学科においても、定年延長の手続等については教授会の申合せがされ、実際に定年延長に関する議案が教授会に提案されて、実質的な審議が行われているのであるから、教員本人が希望する場合には原則として定年の延長がされることが前提となっていたということはできない。
ウ 控訴人は、△△MBAの問題は平成24年春頃までには解決していたのであるから、控訴人が△△MBAの継続に協力しなかったことをもって、定年延長拒否の理由とすることは許されないと主張する。
しかし、控訴人が△△MBAの継続に協力しなかったことをもって科目担当の放棄と評価することが不当といえないことは、補正の上で引用した原判決が説示するとおりである。そして、△△MBAの継続及び嘱託講師の地位の問題を契機に、控訴人は国際プログラム委員会の活動を休止するなどc研究科の運営に非協力的な態度をとるようになったのであるから、これを大学院教授としての資質・適格性に関わる事実として定年延長の可否の判断に際して考慮することは当然に許されるというべきである。
エ 控訴人は、B研究科長が8コマルールを満たさないことを理由に控訴人の定年延長を提案しなかったこと自体が違法であり、c研究科で担当する講義等の時間等が少ないことを定年延長の必要性の判断に当たり消極要素として考慮することは許されない旨主張する。
しかし、定年延長の可否は、当該教員が本件大学院にとって必要と認められるかによって決まるのであり(就業規則附則1条参照)、その必要性の判断は、研究教育の面、教務や大学院の運営の面、更には人物面などの諸要素を考慮して総合的に行われるものと考えられるから、8コマルールがそれ自体で定年延長を認めるか否かの基準になっていたとはいえないとしても、教育面での貢献度を示すものといえる授業時間数の多寡を延長の必要性の判断に当たり一つの事情として考慮することは許されるというべきである。
なお、B研究科長が、平成24年12月19日開催の教授会において、年間で8科目・クラスの担当基準に満たないため控訴人の定年延長を提案しない旨説明したことは争いがないが、B研究科長は、客観的な基準である8コマルールを取り上げて必要最小限の説明を行ったものにすぎず、これのみを理由に定年延長を提案しないとの判断をしたものではないと考えることもできるから、B研究科長が後に開催された教授会において他の理由を付け加えたことをもって手続上の違法があるということはできない。
(4) 定年延長制度の位置づけに基づく主張について
控訴人は、大学院教授には学位論文の指導をするために70歳までの定年延長の必要性が認められるところ、控訴人には現に論文指導中の学生がいたのであるから、定年延長の必要性が認められる場合に当たると主張する。
しかし、控訴人の引用する被控訴人理事長の回答(証拠<省略>)は、大学院教授に限り定年延長の制度が存することの理由を説明したものにすぎず、同回答から論文指導中の学生がいる場合には原則として定年延長の必要性が認められるという規範が導かれるものではない。また、平成24年秋に開講したプロジェクトリサーチIにおいて控訴人が指導を担当する学生がいなかったことは補正の上で引用した原判決が説示するとおりである。
(5) 当審で追加された請求について
ア 控訴人は、c研究科の教授であるのみならず、b研究科d専攻(一貫制博士課程)の教授の地位をも有していたところ、控訴人はb研究科においては平成25年度以降も教授として研究教育を行うことが前提となっていたから、同科の教授の地位にあることは明らかであると主張する。
イ 証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、平成21年頃から、b研究科において、平成26年2月19日文部科学省令第8号による改正前の専門職大学院設置基準(平成15年文部科学省令第16号)附則第2項の規定により、学内の他の学部又は大学院の専任教員の数に算入する専任教員(すなわち、c研究科(専門職大学院)の専任教員で、b研究科(大学院)の専任教員の数に算入する教員)とされていることが認められる。
しかし、上記は、その内容自体、専門職大学院設置基準や大学院設置基準(昭和49年文部省令第28号)における教員数の数え方の問題であって、被控訴人と控訴人の労働契約を規定するものとは認められない。
また、控訴人の主張は、c研究科の専任教員であると主張しつつ、b研究科の専任教員でもあるというものである。しかし、「c研究科の専任教員」とは、「他の職務ではなくc研究科の職務について専らその任に当たる」教員の意味と解されるから、その専任教員が他の研究科の職務についても「専らその任に当たる」という事態は、考えにくいところである。
さらに、期間の定めなく雇用された労働者は、特段の事情のない限り、業務や就労場所の限定のない労働契約上の地位を有し、業務や就労場所は、使用者の決定によるとされているところ、控訴人と被控訴人の労働契約においても、上記特段の事情は認められない。被控訴人の就業規則(証拠<省略>)においても、社員は、命ぜられる職場、職種の変更に際しては、正当の理由がなければこれを拒むことができないとされており、(控訴人の専門性が考慮されるべきことは当然としても)職場、職種の決定は被控訴人が行うものとの約定であると解される。そうだとすると、もともと労働契約によって、労働契約上の地位を有していた控訴人が、b研究科の発足によって、その労働契約上の地位を失い、改めて特定の就労場所に限定された2つの労働契約上の地位を取得する(換言すれば、当該就労場所がなくなれば、労働契約も終了する。)という合意がされたというのは、容易には認め難いことである。そして、証拠<省略>によれば、平成21年度にb研究科が設置された際、c研究科からb研究科に移籍した教授もいたが、控訴人は、c研究科所属のまま、b研究科の担当者としても名前を連ねることになったことが認められる。
以上の事実に照らせば、控訴人の労働契約は、単一の契約であり、定年延長については、控訴人が所属する(控訴人の籍のある)c研究科において決せられるものであったものと認められる。したがって、b研究科において控訴人の定年延長の手続がされないとしても、これを違法ということはできない。
ウ なお、控訴人の上記主張が、c研究科とは別にb研究科において定年延長の手続がとられていたという趣旨であるとするならば、控訴人は、b研究科の専任教員の定年延長に関する申合せ(証拠<省略>)に従い、教授会において控訴人の定年延長について審議され、承認された事実を主張立証すべきであるが、その旨の主張立証はない(なお、所定の手続が定められている以上、黙示のうちに定年延長がされるということは容易には認め難い。)。
また、控訴人の主張が、控訴人はb研究科教授の地位を兼ねて有していたのであるから、c研究科の教授として定年延長が認められないとしても、当然にb研究科の教授として定年延長が認められないということにはならないという趣旨であるとしても、b研究科において別途定年延長の手続がされていない以上、b研究科の教授としても定年により退職となることは当然である。
したがって、b研究科における控訴人の地位にかかわらず、控訴人と被控訴人の雇用関係が控訴人の定年により終了していることに変わりはない。
エ 控訴人は、b研究科d専攻(一貫制博士課程)において、現に論文指導中の大学院生がいたことから定年延長の必要性が認められると主張するが、そのことにより定年延長の必要性が認められるものでないことは、前記(4)で説示したとおりであり、仮に控訴人を5年一貫制博士課程の研究指導教員とすることが決定され、その旨がシラバス等により対外的に表示されていたとしても、この判断を左右するに足りない。
第4結論
以上によれば、控訴人の労働契約上の地位にあることの確認請求、未払賃金の支払請求及び慰謝料等の支払請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきであり、控訴人の当審における追加請求も理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田知司 裁判官 久保田浩史 裁判官 和久田道雄)