大阪高等裁判所 平成26年(ネ)1896号 判決 2014年11月26日
控訴人兼附帯被控訴人(一審被告)
Y信用金庫(以下「控訴人」という。)
同代表者代表理事
C
同訴訟代理人弁護士
大正健二
同訴訟復代理人弁護士
原田紀敏
被控訴人兼附帯控訴人(一審原告)
Aこと X(以下「被控訴人」という。)
同法定代理人保佐人
B
同訴訟代理人弁護士
井上伸
主文
1 本件控訴に基づき原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 前項の部分につき被控訴人の請求を棄却する。
3 本件附帯控訴を棄却する。
4 被控訴人の当審における拡張請求を棄却する。
5 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴及び附帯控訴の趣旨
1 控訴の趣旨
主文1項、2項及び5項と同じ。
2 附帯控訴の趣旨
(1) 原判決主文は第1項中控訴人に関する部分を次のとおり変更する。
(2) 控訴人は、被控訴人に対し、806万1785円及びこれに対する平成22年10月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(上記のうち、745万円及びこれに対する平成22年10月20日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求を超える部分は、当審における拡張請求によるものである。)
(3) 訴訟費用は第1、2審とも控訴人の負担とする。
(4) 仮執行宣言
第2事案の概要
1 被控訴人は、原審において、被控訴人が財産管理を任せていた一審相被告G(以下「G」という。)が被控訴人の代理人として控訴人c支店の被控訴人名義の普通預金口座から2回にわたって合計745万円の払戻しを受けたことについて、Gの行為は、受任者としての善管注意義務違反又は信義則違反による不法行為を構成し、控訴人は、被控訴人のGに対する前記各払戻しの委任意思に瑕疵がないことを調査確認すべき義務を怠ったとして、Gに対しては、不法行為(民法709条)に基づき、控訴人に対しては、Gとの共同不法行為(民法719条1項)又はGの不法行為に対する過失による幇助行為(民法719条2項)に基づき、上記払戻金745万円及びこれに対する2回目の払戻しの日の翌日である平成22年10月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた。
2 原審は、Gには、前記各払戻しにつき財産管理契約に基づく善管注意義務違反があり、控訴人には、1回目の払戻しにつき被控訴人の判断能力を確認することを怠り、2回目の払戻しにつき被控訴人の意思確認等を怠った各過失があるとして、被控訴人の請求を、G及び控訴人に対し、上記745万円からGが被控訴人のために使用したと認められる42万8215円を差し引いた702万1785円及びこれに対する平成22年10月20日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で認容し、その余をいずれも棄却した。
控訴人は、これを不服として被控訴人の控訴人に対する請求全部の棄却を求めて控訴した。他方、被控訴人は、請求の全部認容を求めて附帯控訴し、さらに当審において請求を拡張した(拡張後の請求は、Gの払戻しによる損害732万1785円及び弁護士費用相当額の損害74万円の合計806万1785円並びにこれに対する遅延損害金の請求である。)。
Gに対する判決は控訴期間経過により確定した。
3 前提事実
以下の事実は当事者間に争いがないか、掲記の証拠によって認められる。
(1) 被控訴人(昭和18年○月○日生)は、平成22年8月に脳梗塞が再発し、同年10月7日、a病院にて左慢性硬膜下血腫に対する手術を受け、同月15日、自宅退院に向けての調整のためbクリニックに転院した(甲1、3の1・2・5、丙1、6)。
(2) 被控訴人は、遅くとも同日までに、知人であるGに対し、自己の財産の管理を委任した(争いがない。)。
(3) Gは、同日、控訴人d支店(以下「d支店」という。)に被控訴人の控訴人c支店の普通預金口座(口座番号<省略>)(以下「本件口座」という。)の通帳及び届出印を持参し、被控訴人の代理人として本件口座の預金のうち650万円の払戻しを請求した(争いがない。)。
(4) 上記払戻請求の対応に当たったd支店の次長E(以下「E」という。)は、Gから、被控訴人は脳梗塞で字が書けない状態であり、現在入院中であるとの説明を受けたことから、上記払戻しについて被控訴人の意思を確認するため、同日、Gの案内でbクリニックの被控訴人の病室を訪問した。Eは、被控訴人に対し、Gが作成した払戻請求書を見せながら、Gを指差して「この人からX様(被控訴人)の普通預金から650万円の出金依頼があるが、X様からのご依頼に間違いありませんか。」と尋ねたところ、被控訴人は、ベッドに腰をかけたまま笑顔でうなずいた。その後、Gは、被控訴人に対し、「このお金(650万円)でXさんから頼まれている買物をするので、お金を出してから買物に行ってくる。」と述べ、被控訴人は、うなずいて了承した(以下、同日のEと被控訴人の面談を「本件面談」という。)(乙4、弁論の全趣旨)。
その後、控訴人は、同日中に上記払戻請求に応じた(以下「本件出金①」という。)(争いがない。)。
(5) Gは、同月19日、d支店に本件口座の通帳と届出印を持参し、本件口座の預金のうち95万円の払戻しを請求し、控訴人はこれに応じた(以下「本件出金②」といい、本件出金①と併せて「本件各出金」という。)(争いがない。)。
(6) Gによる本件各出金は、財産管理受任者としての善管注意義務に反するものである(争いがない。)。
(7) 被控訴人は、平成23年6月末頃、神戸家庭裁判所尼崎支部において保佐開始の審判を受け、同審判は、同年7月13日、確定した(確定日につき甲1、その余は争いがない。)。
4 争点
(1) 控訴人は、本件各出金についての被控訴人のGに対する委任意思に瑕疵がないことを調査確認すべき義務を怠った過失による不法行為又は本件各出金についてのGの前記3(6)の善管注意義務違反による不法行為に対する過失による幇助行為の責任を負うか。
(2) 損害額
(3) 過失相殺
5 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)について
ア 被控訴人
控訴人は、本件各出金に係る払戻しをするに当たり、以下のとおり、被控訴人の出金依頼の意思に瑕疵がないこと(出金依頼が真意に基づくものであること)を調査確認すべき義務があるところ、これを怠ったから、Gとの共同不法行為(民法719条1項)又はGの不法行為に対する過失による幇助行為(民法719条2項)が成立する。
(ア) 預金者以外の者が預金の払戻しを請求した場合、それが預金者の意思によるといえるためには、預金者が払戻請求者に出金の依頼をしたこと及びその依頼に瑕疵がないことが必要である。そして、預金者が何らかの事情により単独で有効な意思表示ができない状態にある場合、預金者以外の者が、これにつけ込んで不正な出金を行う危険があることは金融機関において十分に想定される事態であるから、預金者以外の者からの払戻請求について預金者本人の意思を確認する際に、その有効性を疑わせるような事情に接した金融機関は、出金の必要性につきエビデンスの提出を求めるなどして預金者本人の出金依頼に瑕疵がないことを確認する義務を負うというべきである。
(イ) 本件出金①は、<ア>高額で、かつ、本件口座の預金の大半の払戻しを求めるものであり、第三者による不正出金である危険性が高いこと、<イ>Eは、Gから被控訴人が脳梗塞で字が書けない状態であることを聞き、また、本件面談の際に、Gが被控訴人に対して「このお金でXさんから頼まれている買物をするので、お金を出してから買物に行ってくる。」と述べたのを聞いたが、脳梗塞で入院中の者が650万円もの高額の買物をしなければならない緊急性も必要性も想定し難いこと、<ウ>Eは、Gから被控訴人と血縁関係にないことを聞いていたことから、Eは、被控訴人の出金依頼の有効性を疑わせる多数の不審事由に接していたといえる。
したがって、Eとしては、本件出金①に当たり、これが被控訴人の真意に基づくものであることを確認する義務があり、具体的には、本件面談の際、被控訴人に対し、払戻金の使途を確認したり、Gに対して担当医師の診断書等を要求し、又は自ら直接被控訴人の担当医師や看護師に被控訴人の状況を確認すべき(かかる問合せに対して医師等が応答することは守秘義務に反せず、正当な理由がある。)義務があったところ、これを怠り、被控訴人に対して前提事実(4)のとおりの質問をしただけで本件出金①に係る払戻しをしたから、控訴人には過失があるといえる。
控訴人は、本件出金①後は被控訴人の意思や使途等の確認を行うことなく本件出金②に係る払戻しをしたのであるから、これについても過失があることは明らかである。
イ 控訴人
(ア) 本件各出金の経過は、以下のとおりである。
Gは、平成22年10月15日、本件口座の通帳と届出印を所持してd支店に来店し、被控訴人名義で本件口座の預金650万円の払戻請求書を作成して窓口に提出し、応対した職員に対し、代理人である旨告げた。高額の払戻請求であったため、Eが対応し、Gに対し、被控訴人の意思を確認したいと告げたところ、Gは快諾し、直ちにEをbクリニックに案内し、Eは、被控訴人と面談した(本件面談)。d支店に戻る途中、EがGに被控訴人との関係を尋ねたところ、Gは、「血縁関係はないが、本人に身寄りがないため、以前から世話をしており、入院している病院の身元引受人もしている。」と答えた。Eは、d支店において、Gから被控訴人の本人確認書類である健康保険証の原本の提示を受け、コピーを徴求し、650万円の払戻しに応じた(本件出金①)。
Gは、同月19日、前回と同様に本件口座の通帳と届出印を持参してd支店を訪れ、本件口座の預金95万円の払戻しを請求し、窓口担当者は、これに応じた(本件出金②)。
(イ) 以上のとおり、控訴人は、本件出金①については、本件口座の通帳及び届出印並びに本件面談により被控訴人の出金依頼があることを確認の上、払戻しに応じ、本件出金②については、本件出金①において本人確認が完了したことを確認の上払戻しに応じたのであり、いずれについても過失がないことは明らかである。
控訴人として、上記の確認のほか、被控訴人の事理弁識能力や判断能力を確認する義務はなく、まして、そのために入院中の被控訴人の担当医師や看護師に確認する義務はない。
(ウ) 原審は、脳梗塞で入院中の者が通常の判断能力を有するかは、医師等の専門家でないと的確に判断することができないことは金融機関の出金担当者であれば容易に認識できる事柄であると判示する。確かに、脳梗塞の症状として高次脳機能障害があることは医学的には明らかであるが、Eは、医学については素人であり、そのような知識を持ち合わせておくべき義務はないし、Gから被控訴人が脳梗塞で「字が書けない状態」であると聞き、本件面談により被控訴人の意思確認をしたのであり、被控訴人に高次脳機能障害等の精神障害があることを疑わなかったからといって過失があるとはいえない。
また、原審は、Eが直接被控訴人の担当医師等に被控訴人の状況を確認することもそれほど困難ではなかったと考えられると判示するが、医師は、業務上取り扱ったことについて知り得た患者の秘密を正当な理由なく開示することはできないところ(刑法134条1項)、金融機関からの患者の判断能力についての問合せは正当な理由に当たらないから、原審の判断には事実誤認がある。
(2) 争点(2)について
ア 被控訴人
Gは、本件各出金に係る745万円のうち12万8215円を被控訴人のために費消したから、被控訴人は、残金732万1785円の損害を被った。原審は、Gが被控訴人のために費消したのは42万8215円であると認定したが、Gは、平成22年10月16日から同月18日までの間にATMを利用して本件口座から合計30万円を出金し、これを上記の被控訴人のための費消額に充てたから、本件各出金分のうち被控訴人のために費消したのは12万8215円の限度にとどまる。
控訴人の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当損害金は74万円である(請求拡張分)。
したがって、損害額は合計806万1785円となる。
イ 控訴人
否認ないし争う。
ATMによる出金は控訴人の従業員の過失によるものではないから、控訴人に対する請求に付加されるべきものではない。
Gとの関係では一審判決は確定しているから、当審で請求が拡張されると、控訴人のみが負担のリスクを負うことになり、敗訴した場合、Gに対する求償権の行使は不可能である。したがって、民訴法143条により請求拡張は許されない。
(3) 争点(3)について
ア 控訴人
仮に控訴人に過失があるとしても、被控訴人は、Gとの間で財産管理契約を締結し、これに基づき、本件口座の管理、出金を委任して本件口座の通帳、届出印及びキャッシュカードを預けていたのであるから、Gに対して出金額や使途を逐一指示、確認すべき注意義務があるところ、これを怠った過失があるから、過失相殺を免れない。
イ 被控訴人
被控訴人は、頼れる親族がいなかったためGに財産管理を委任したのであるが、従前のGの行動には特に問題がなく、Gに財産管理を委任したこと自体に過失があるとはいえない。
また、当時被控訴人の事理弁識能力は少なくとも著しく低下した状態にあり、Gの行動を監督することができない状態にあったから、被控訴人に過失はない。
仮に被控訴人に何らかの過失があるとしても、Gによる不法行為は故意の横領行為であり、過失相殺にはなじまないところ、過失相殺を不法行為者ごとに相対的に考えるのは被害者保護の観点から妥当でないから、控訴人に対する関係でも過失相殺をすべきでない。
第3当裁判所の判断
1 本件各出金前後の被控訴人の状況等
前提事実に証拠(認定に供した証拠は文中又は末尾に掲記した。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被控訴人は、平成22年8月2日、脳梗塞を再発し、右上肢不全麻痺、呂律困難の症状が出現し、g病院に通院していたが、同年9月29日頃から発語不良、ふらつきの症状も出現したため、同年10月6日、同病院で頭部CT検査を受けたところ、左慢性硬膜下血腫が認められ、検査中に意識消失発作を起こしたため、a病院に緊急搬送され、同病院に入院し、翌7日、穿頭血腫ドレナージ手術を受けた。これにより、血腫は除去され、発語不良と呂律困難の症状は軽快したが、右不全麻痺は残り、歩行も不安定であった。被控訴人には頼れる親族はなく、アパート2階で独居していたため、医師は、社会的支援を受けての退院に向けての環境調整及びリハビリの継続のため転院を勧めたが、被控訴人の強い意向で、被控訴人の友人のD(以下「D」という。)に連絡を取り、いったんは自宅退院することとなった。しかし、来院したDが被控訴人の状態を知って自宅退院に難色を示し(なお、Dはこのとき被控訴人の入院について身元保証人となった。)、被控訴人も同月13日にG同席の下で医師から独居生活の不安を指摘されたことから、転院に同意し、同月15日にbクリニックに転院した。(甲3の5、丙6)
被控訴人は、約30年前にDが経営していたスナックに客として通っていたことからD及び同店の客であったG(昭和25年○月○日生)と知り合った。被控訴人は、実際は離婚であるのに、妻子に先立たれて天涯孤独であるなどと述べ、同情した両者(特にD)から食事をおごってもらったり、金を貸してもらったりなど世話になっていたことから、両者を友人として信用して頼りにしていた。(甲8、丙9、原審における被控訴人本人、同G本人)
(2) 被控訴人は、a病院入院中、同月8日早朝にナースコールをして意味不明の発言をしたり、同日昼頃、調子がよくなったというものの日付を間違えたり、同月11日夜間にベッドの端で座位状態で失禁しているところを発見されたり、その数時間後に看護婦にここはどこかと聞かれて「梅田のビルの一室やろ。」と空笑いするなど、不穏行動、せん妄が見られ、痴呆症状がありとされていた。もっとも、同月14日夜に睡眠コントロールのため薬物投与を受けてから不穏行動はなく、翌15日朝はしっかり覚醒し、同日午前11時頃、bクリニックに転院した。bクリニック入院時、被控訴人は、頭痛や気分不良はなく、軽度の右肩麻痺があり、見守りを要するが杖歩行可能な状態であった。(甲3の11、丙6)
(3) Gは、bクリニック入院時の被控訴人の身元保証人となり(甲3の14)、同日午前11時20分頃、被控訴人の病室を訪れ、被控訴人と30分程度面談した。このとき、被控訴人は、Gに本件口座の通帳及び届出印を預け、本件口座の預金の管理を委任した。同年1月に開設された本件口座は、年金の振込先口座となっており、同年5月及び同年9月には年金の未払分として合計838万5225円が入金され、Gが管理を受任した時点の残高は775万3841円であり、これが被控訴人の唯一のめぼしい財産であった。(甲2、甲3の11、甲5の1、原審における被控訴人本人、同G本人)
(4) Gは、同日午後0時5分頃、上記通帳と届出印を所持してbクリニックから約500m離れたd支店を訪れ、同20分頃、窓口担当者の面前で、被控訴人名義で本件口座の預金650万円の払戻請求書(乙1)を作成し、自らを被控訴人の代理人であると説明した。第三者による高額の払戻請求であったため、Eが対応することになり、Eは、本件口座のあるc支店に事故届出の有無を照会したが、該当はなかった。そこで、Eは、Gに対し、「本人からの出金依頼であることを確認させて欲しい。」と伝えたところ、Gは、「金融機関の人がそう言うことは当たり前と思います。本人は脳梗塞で字が書けない状態なので、本人の意思に間違いないことを確認するため、本人と会って欲しい。bクリニックに入院中です。」と応じ、Eをbクリニックの被控訴人の病室に案内した。Eは、病室の名札に被控訴人の氏名の表示があることを確認し、被控訴人に対し、「Y信用金庫d支店の次長のEです。」と自己紹介し、前提事実(4)記載のとおり、Gによる払戻しについての被控訴人の意思を確認した(本件面談)。本件面談は、数分程度であったが、その間、Eは、被控訴人の判断能力に疑義を抱くことはなく、本件面談によって被控訴人の意思が確認できたものと考え、それ以上に担当医師等の意見を聴取するなどしなかった。Eは、d支店に戻る途中、Gに被控訴人との関係を尋ねたところ、Gは、「血縁関係はないが、本人に身寄りがないため、以前から世話をしており、入院している病院の身元引受人もしている。」と答えた。
同日午後0時56分頃、Eは、d支店において、Gから被控訴人の本人確認書類として同人の国民健康保険被保険者証(乙2)の提示を受け、コピーをして控えを取った後、Gに払戻金650万円を手渡した(本件出金①)。これにより本件口座の残高は125万3841円となった。
Gは、被控訴人のための財産管理の委任を受けたにすぎないのに、払戻金を全て自己のものとする意思で本件出金①に及び、払戻金を着服横領した。(甲2、8、乙4、丙2、原審における被控訴人本人、同G本人)
(5) 被控訴人は、同日の日中は頭痛や気分不良を訴えることはなく、夕食は全量摂取して同室者と談笑する姿が見られたが、夜間の尿器の使い方の説明を理解できず、ナースコールを押さずに部屋から出て行くことが何度かあり、同室者から不満の声が上がったため、安全確保のため、転室し、鈴を付けられた。(甲3の11)
翌朝、被控訴人は機嫌がよく、不穏な行動はなかったが、改訂長谷川式簡易知能評価スケールを実施したところ、8点とやや高度の認知症が疑われる数値であった。(甲3の8・11、甲4)
(6) Gは、同月17日、18日にも被控訴人と面会した。(甲3の11)
(7) Gは、同月19日午前10時頃、本件口座の通帳及び届出印を所持してd支店を訪れ、被控訴人名義で本件口座の預金95万円の払戻請求書(乙3)を作成、提出した。窓口担当者は、本件出金①の際に被控訴人の意思を確認していたことから、通帳及び届出印の照合のほかは被控訴人の意思確認の手続を執ることなく、払戻しに応じた(本件出金②)。これにより、本件口座の残高は3526円となった。(甲2、乙3)
Gは、本件出金①と同様、払戻金を全て自己のものとする意思で本件出金②に及び、払戻金を着服横領した。(丙3、原審における被控訴人本人、同G本人)
(8) 同日夜、被控訴人の退院支援を担当していた医療ソーシャルワーカーが、被控訴人に老齢年金支給の有無の確認手続への協力を依頼したところ、印鑑がなく、認識が不良であったが、被控訴人は、「友人が管理してくれているから、役所に行かないで欲しい。」と強く拒否した。Gは、同月21日、同職員から被控訴人に尋ねても収支のことが分からないので何か知らないかと尋ねられたが、知らないと述べ、本件口座の存在や本件各出金の事実を告げなかった。(甲3の2・6)
(9) その後、被控訴人は、概ね不穏や気分不良はなく、同月22日にはGに連れられて外出し、食事をしたり、連日面会に訪れるGとDと楽しそうに話すこともあったが、同月29日には、医療ソーシャルワーカーに対し、年金のことやお金のことが全く分からず、今後の生活が心配なので、安心できるようにして欲しいと相談し、同職員は、まとまりのある会話のやりとりができつつあるため、成年後見制度を利用するとしても市長申立てによる法定後見ではなく、任意後見レベルに相当するのではないかという見立てをしたが、翌日実施した改訂長谷川式簡易知能評価スケールの結果は11点で、前回同様やや高度の認知症が疑われる数値であった。(甲3の2・8・11、原審における被控訴人本人、同G本人)
(10) a病院脳神経外科の医師が作成した被控訴人の介護保険制度利用のための平成22年11月12日付けの主治医意見書(最終診察日同年10月15日)(丙6の89頁)では、認知症高齢者日常生活自立度は、8段階中2番目に高く(1番目は自立)、認知症の周辺症状はなし、その他精神・神経症状もなしとされていた。他方、bクリニックの主治医(外科・整形外科)作成の平成22年11月30日付け診断書(成年後見用)(甲3の6)によると、被控訴人は、言語による意思疎通は可能であるが、日時、場所は回答不可、計算は二桁になると混乱を来し、理解・判断力は、短い文節であれば理解可だが、短期記憶に問題があり完全に理解力ありとは言い難い、その他の特記事項として、その場を取りつくろう返事が多く、会話が相手に誘導されるまま何に対しても肯定の返事をしている場面が多いとされ、判断能力については、自己の財産を管理、処分することができない(後見開始相当)状態とされていた。
(11) Gは、その後も頻繁に被控訴人に面会に来ては、衣類や小遣いを差し入れていた。被控訴人は、Gが本件口座からその都度出金してその費用に充てているものと考えていたが、その後、平成22年6月に保佐開始の審判があり、保佐人が選任され、保佐人に、本件口座から多額の出金がされていることを告げられ、平成24年夏頃には、Gがこれを着服横領したことを理解するに至り、Gとの交際を絶った。(甲8、丙7の21頁、原審におけるG本人)
2 争点(2)について
前記1に認定の事実によれば、被控訴人は、a病院入院中に不穏行動、せん妄が見られて痴呆症状ありとの指摘を受けていたが、bクリニック入院(平成22年10月15日)の前夜からは薬物治療の影響で不穏行動はなく、翌朝はしっかり覚醒し、bクリニック入院時には気分不良は見られなかったこと、同日夜には再び問題行動をし、翌16日の改訂長谷川式簡易知能評価スケールの結果は高度の認知症が疑われる数値であったこと、a病院の被控訴人の主治医は、被控訴人の退院時までの診察に基づく主治医意見書において認知症による日常生活自立の阻害の程度を高く見ておらず、bクリニックの主治医も主治医意見書において被控訴人の理解・判断力について短い文節であれば理解可としたこと、被控訴人は、後に後見ではなく保佐開始の審判を受けたことが認められ、これらのことからすると、被控訴人がGに本件口座の預金の管理を委任し、本件面談をした平成22年10月15日の時点において、被控訴人は、預金の払戻しの委任という比較的単純な法律行為に必要な意思能力を欠く状態にあったとまでは認められないものの、脳梗塞の後遺症により事理弁識能力が相当低下した状態にあったものと認めることができる。
そして、Gは、事理弁識能力が相当低下した状態にある被控訴人から、本件口座の預金の管理を委任され、本件口座の通帳及び届出印を預かると、被控訴人が上記状態にあることを奇貨として、本件口座の預金を着服横領する目的で、財産管理受任者としての権限を悪用し、本件各出金に及んだものであり、かかるGの行為は、受任者としての善管注意義務に反し、不法行為法上も違法というべきである。
そこで、このような不法な意図を秘してされたGの預金払戻請求に応じるに当たり、控訴人に預金者本人の意思(被控訴人のGに対する代理権授与の意思)確認について、被控訴人が主張する過失があったといえるかを検討する。
(1) 本件出金①について
顧客の資産である預金を取り扱う金融機関は、預金払戻手続の委任を受けたと称する代理人から預金払戻請求があった場合、代理権の有無を確認するとともに、代理権の存在が確認できた場合であっても、預金者による代理権授与の意思表示が詐欺や強迫によるものであるなど、意思表示に瑕疵があることが強く疑われるときは、預金者保護の観点から、預金者に代理権授与の趣旨を確認するなどして、預金者が違法行為による財産被害を被ることのないよう配慮すべきことが信義則上期待されているというべきである。
これを本件についてみると、被控訴人は、Gに本件口座の預金の管理を委任し、本件面談の際に、Eの面前でGが本件出金①を行うことを承諾したから、少なくともこの時点でGに本件出金①に係る払戻手続を委任したことが認められるところ、同払戻手続を担当したEは、本件面談により直接被控訴人のGに対する代理権授与の事実を確認したから代理権の有無についての確認を怠ったということはできない。
そして、前記1に認定の事実によれば、(ア)Gは、払戻請求に当たって控訴人に対し、自ら代理人であると説明したこと、(イ)Gは、本件口座の通帳、届出印及び被控訴人の国民健康保険被保険者証を所持していたこと、(ウ)EがGに対し、被控訴人の意思を確認したいと述べると、Gは、被控訴人は脳梗塞のため字が書けないこと、入院中であることを説明し、直ちにEを被控訴人の病室に案内し、被控訴人と引き合わせたこと、(エ)Eは、自己紹介した上で、被控訴人に本件出金①の払戻請求書を見せながら、払戻手続をGに依頼したことに間違いないか尋ねると、被控訴人は笑ってうなずいたこと、(オ)その後、Eは、Gが被控訴人に払戻金で頼まれた買物に行くと告げ、被控訴人がうなずく様子を見たこと、(カ)Gは、Eに対し、被控訴人との関係につき血縁関係はないが、被控訴人に身寄りがないため以前から世話をしているなどと説明したことが認められる。
このように、Eは、被控訴人に直接委任意思を確認したが(上記(エ))、その際、代理人としてのGの振る舞いに明らかに不自然な点は見られず(上記(ア)ないし(ウ))、Gは、代理人として払戻しの手続をした理由について相応の説明をしており、(上記(ウ)、(オ)、(カ))、本件面談の際の被控訴人の態度に格別不自然な点があったことを認めるに足りる証拠はないことからすると、Eが被控訴人のGに対する委任意思に瑕疵があると疑ってしかるべき状況にあったということはできないから、E又は控訴人において、被控訴人に払戻金の使途を確認したり、Gに被控訴人の判断能力についての診断書の提出を求める義務があったということはできない。
これに対し、被控訴人は、前記第2の5(1)ア(イ)のとおりの事情から、控訴人(又はE)には、上記の注意義務があったと主張する。
確かに、本件出金①は、高額の出金であり、本件面談時におけるGの買物うんぬんの発言には不自然な印象がないではないが、脳梗塞で入院中であることが直ちに意思能力の著しい低下を推認させる事実であるということはできず、前記(ア)ないし(カ)の事情を踏まえると、Eにおいて、被控訴人の意思能力が著しく減退した状態にあり、Gに対する委任意思に瑕疵があることを強く疑ってしかるべきであったとまではいえないから、被控訴人の主張は採用することができない。
したがって、控訴人が本件出金①の払戻しに応じたことにつき不法行為法上の過失があったということはできない。
(2) 本件出金②について
控訴人の担当者は、本件出金②の払戻手続の際、被控訴人の意思を直接確認していないが、Gは、本件口座の通帳及び届出印を所持していたこと、より高額の本件出金①の際にEが被控訴人と面談してGの代理権を確認しており、その際被控訴人の委任意思に瑕疵があることを強く疑わせる事情はなく、本件出金②の払戻しは、そのわずか4日後の手続であったことからすると、控訴人が本件出金②の払戻しをするに当たって、被控訴人に面談するなどして直接委任意思を確認すべきであったとまではいえないから、控訴人に被控訴人の主張の過失があったということはできない。
(3) したがって、控訴人が本件各出金に係る払戻しに応じたことが、不法行為又はGの不法行為に対する過失による幇助行為に当たるということはできない。
3 なお、控訴人は、被控訴人による当審における訴えの追加的変更(請求拡張)が不当であるから却下すべきであると主張する。しかし、被控訴人の当審における拡張請求は、原審において主張していた不法行為による損害として弁護士費用相当額を追加して請求額を拡張するものであり、請求の基礎に変更はなく、これにより著しく訴訟手続を遅延させることにもならないから、訴えの変更は適法である。
よって、上記訴えの追加的変更を許すこととする。
4 以上によれば、被控訴人の請求(当審における拡張分も含む)は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないから、これを全部棄却すべきであるところ、被控訴人の請求を一部認容した原判決は不当である。
よって、本件控訴に基づき、原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、同取消部分につき被控訴人の請求を棄却し、本件附帯控訴及び当審における拡張請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 寺本佳子 裁判官小池明善は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 小松一雄)