大阪高等裁判所 平成26年(ネ)2227号 判決 2015年1月29日
控訴人(第一審被告)
Y1
同訴訟代理人弁護士
陳愛
井原誠也
控訴人(第一審被告)
Y2
同訴訟代理人弁護士
髙見秀一
分銅一臣
被控訴人(第一審原告)
X
同訴訟代理人弁護士
疋田淳
中村和洋
久保井聡明
野村太爾
奥岡眞人
清水聖子
森谷長功
中嶋勝規
林堂佳子
梁栄文
古賀健介
濱和哲
樫元雄生
荻野数馬
梅本章太
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
二 上記部分につき被控訴人の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二事案の概要等
一 事案の概要及び訴訟の経緯
(1) 本件は、暴力団c連合の構成員であるC(以下「C」という。)らから二〇〇〇万円を喝取されたとする被控訴人が、c連合の上位組織とする暴力団二代目e会(以下「e会」という。)の会長である控訴人Y2(以下「控訴人Y2」という。)及び更にその上位組織である指定暴力団六代目f組(以下、六代目より前のものを含み「f組」という。)の組長である控訴人Y1(以下「控訴人Y1」という。)に対し、
ア Cの恐喝行為(以下「第一行為」という。)はf組及びe会の業務の執行として行われた資金獲得活動であると主張し、控訴人Y1につき民法七一五条(使用者責任)又は暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴対法」という。)三一条の二、控訴人Y2につき民法七一五条に基づく損害賠償請求として、二〇三六万一三七一円(喝取金相当額、治療費、慰謝料及び弁護士費用の合計である総損害額に一部弁償がされた日までの確定遅延損害金を加えた額から一部弁償額を控除した額)及びこれに対する一部弁償の日の翌日である平成二三年一〇月二一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるとともに、
イ 第一行為の後、控訴人Y2は、e会の組員と共同して、被控訴人を威迫し、第一行為に関し、控訴人Y2は和解金二〇〇万円の支払い、被控訴人は損害賠償請求訴訟を提起しない旨の和解の締結を強要した(以下、この行為を「第二行為」という。)とし、これもf組の業務の執行として行われた資金獲得活動であると主張し、控訴人Y1につき民法七一五条又は暴対法三一条の二、控訴人Y2につき民法七一九条(共同不法行為)に基づく損害賠償請求として、二四〇万円(慰謝料及び弁護士費用)及びこれに対する不法行為の日とする平成二四年九月二一日(上記和解契約締結の日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
(2) 原審が、上記アの請求(控訴人Y1に対する請求は民法七一五条に基づくもの。)を一九〇四万六三〇三円及び遅延損害金の限度で認容し、同イの請求(前同)も一二〇万円及び遅延損害金の限度で認容したため、控訴人らが本件控訴をした。
なお、原審では、上記アの請求につきc連合の会長であるI(以下「I」という。)も被告とされ、これも上記の限度で認容されたが、同人及び被控訴人がともに控訴しなかったので、確定した。
二 前提事実
争いのない事実並びに証拠<省略>によって容易に認められる事実は、原判決「事実及び理由」第二の二(四頁一行目から五頁六行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、四頁二、三行目の「a組」を「f組」と、三、四行目の「b会」を「e会」と、一一行目の「した。」から一二行目の「について」までを「した(第一行為)として」と、一五行目の「四、五、一一」を「一から三、一二、一三」とそれぞれ改める。
三 争点及び争点に関する当事者の主張
争点及び争点に関する当事者の主張は、後記四及び五で当審における主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第二の三(五頁八行目から九頁一一行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、五頁一八行目の「又は」から同行目の「無効であるから」までを「として無効であり、又は、強迫により取り消されたから、」と改める。
四 控訴人らの当審における主張
(1) 使用者責任について
最高裁平成一六年(受)第二三〇号同年一一月一二日第二小法廷判決(民集第五八巻八号二〇七八頁)によれば、控訴人らの使用者責任が認められるためには、①下部組織の構成員によるf組の威力を利用した資金獲得活動の容認、②その収益が上納金として控訴人Y1(f組)に取り込まれる体制、③控訴人Y1の意向が末端組織の構成員に至るまで伝達徹底される擬制的血縁関係に基づく服従統制関係が必要である。
しかし、①控訴人らは、f組やe会の構成員らが第三者にその名称、代紋を明示することや、f組の威力を利用して資金獲得活動をすることを容認しておらず、②本件当時、f組においては、いわゆる上納金制度は既に廃止されており、f組やe会はc連合の収益を取り込んでいなかった(そもそも当時、c連合は収益をあげる活動をしていなかった。)。また、③当時、Iは収監されており、c連合は控訴人らの服従統制下には置かれていなかったから、控訴人らの使用者責任を認めることはできない。
(2) 第一行為について
Cは、第一行為に関する刑事事件(以下「本件刑事事件」という。)において、「借金をしたり、タクシー運転手をしながら、『ヤクザとしての活動に必要な金』をかき集めている」と供述しているが、その信用性はともかく、これは「正業をやめてヤクザの活動に従事するための生活費」を得るという意味に解されるべきである。Cが被控訴人から相続税の節税に協力を求められてこれに関与した目的は、せいぜいそのような生活費を得るためであったというべきであるし、その後の第一行為の直接の原因は、Cの顔をつぶすようなことをした被控訴人に対する腹いせであって、当初の目的とも異なっている。実際、被控訴人に対する二〇〇〇万円の要求は、Cが席を外している間にD(以下「D」という。)らが勝手に行ったことであり、むしろ、それを知ったCは、「二〇〇〇万円は預かったものであり、節税への協力による配当がこれを下回った場合は差額を被控訴人に返す」旨の「誓約書」をDに書かせるという被控訴人の利益となる行動を取っており、その後、二〇〇〇万円の分け前を得ておらず、要求もしていない。したがって、第一行為は、Cが暴力団の構成員として活動するための資金調達を目的として行ったものではない。
本件和解契約は、民事訴訟を提起されたときの煩わしさを懸念して締結されたものであり、控訴人Y2が自身や控訴人Y1の責任を認めたためにしたものではないから、これを理由に第一行為を認定することはできない。
(3) 第二行為について
原判決は、「被控訴人は、…Fの要求に応じなければ、後でどうなるか分からないとの著しい不安に陥り、委任していた代理人弁護士に相談する時間的余裕も与えられないまま、Fの要求にやむを得ず応ずることとし」たとの事実を認定したが、その証拠は全くない。控訴人Y2やFが暴力団組員であり、被控訴人の代理人弁護士が関与しなかったことのみをもって、被控訴人が畏怖していたと認めることはできない。
むしろ、X(以下「X」という。)らの陳述書等によれば、被控訴人はFに相談を持ち掛けるなど両者の間には一定の信頼関係があり、被控訴人は損得を考えた上で任意に本件和解契約に応じたことが認められる。
五 被控訴人の当審における主張
控訴人らの当審における主張を争う。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、被控訴人の民法七一五条又は民法七一九条に基づく請求は、一九〇四万六三〇三円(前記第二の一(1)ア)及び一二〇万円(同イ)並びに各遅延損害金の限度で理由があると判断する。その理由は、次のとおり補正し、後記二で当審における控訴人らの主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第三の一ないし六(九頁一三行目から一九頁六行目まで)、記載のとおりであるから、これを引用する。
一〇頁一三行目の「二二、」の次に「二五、」を、一四頁一、二行目の「Cが、」の次に「本件刑事事件の」を、三行目の「(甲一〇、一一、二一)」の次に、「、公判での被告人質問においても、捜査段階での自白を翻して恐喝の犯意や共謀を争う一方、当時自身がe会に所属する暴力団員であったことについては否定せず、これを前提とした供述をしていること」を、一四頁一〇行目の「契約内容に含み、」の次に「他の共犯者であるD及びEは本件刑事事件につき実刑判決を受けており、両名からの被害弁償は事実上期待できなかったことも考慮すれば、」をそれぞれ加える。
二(1) 控訴人らは、控訴人らは構成員がf組の威力を利用して資金獲得活動をすることを容認しておらず、本件当時、いわゆる上納金制度は廃止されており、そもそもc連合は収益を上げる活動をしていなかったから、f組やe会はc連合の収益を取り込んでいないし、また、c連合は控訴人らの服従統制下には置かれていなかったとし、Cの行為につき控訴人らの使用者責任は認められないと主張する。
しかし、前記認定事実(原判決の引用部分)のとおり、f組は、いわゆる「杯事」を通じ、控訴人Y1が直接の擬制的血縁関係を結んだ組員(直参)と共に一次組織(総本部)を構成し、それらの組員が直接の擬制的血縁関係を結んだ組員と共に二次組織を構成し、同様にして更にその下部組織が順次構成され、控訴人Y1を頂点とするピラミッド型の階層的組織を形成しており、平成四年以降、「名目上の目的のいかんを問わず、当該暴力団の暴力団員が当該暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成又は事業の遂行のための資金を得ることができるようにするため、当該暴力団の威力をその暴力団員に利用させ、又は当該暴力団の威力をその暴力団員が利用することを容認することを実質上の目的とするものと認められること」(暴対法三条一号)等の要件を満たすものとして、兵庫県公安委員会から継続して同法三条の指定を受けていたところ(引用に係る原判決第三の一(1)ア、同法八条一項。なお、同法の施行は平成四年三月一日である。)、この指定に対して、行政訴訟で取消しを求めて最後まで争ったこともうかがえない。暴力団の共通した性格が、その団体の威力を利用して暴力団員に資金獲得活動を行わせて利益の獲得を追求することにあることに照らせば、上記の擬制的血縁関係やピラミッド型の段階的組織の形成は、組織内又は上下組織間の強固な結び付きや服従統制関係の維持を目的とするほか、そのような資金獲得活動の手段の一環であるというべきであって、f組やその下部組織の構成員は、それらを通じて控訴人Y1を頂点とする包括的な服従統制下に置かれており、控訴人らは、表面上や名目はともかく、実質的には自らの組織又はその下部組織の構成員がf組の威力を利用して資金獲得活動をすることを容認しており、その収益が控訴人Y1に取り込まれる体制が採られていたものと認めることができ、これを動かすに足りる証拠はない。
また、前記のとおり、Cが、本件刑事事件の捜査・公判段階を通じ、当時自身がc連合に所属する暴力団員として活動していたと供述していたことに加え、Iは、少なくとも平成二二年四月頃から同年一〇月までの約半年間、大阪府g町の三階建てビルを事務所としてc連合の会長として活動しており、同月三〇日にIが身柄拘束された後も、Cが同事務所に居住し、同所において同組織の定例会が行われていたこと、I自身が作成して提出した本件の答弁書には、本件訴状の記載に対する反論として、本件和解契約の有効性に関する記載はあるが、c連合に活動実態がなかったことに言及する記載はないことからすれば、第一行為の当時、現にc連合に収益があり、それがe会に取り込まれていたかはともかく、少なくとも潜在的にはそのような体制が存在していたものと認められる。
以上によれば、控訴人らが指摘する判例を踏まえても、控訴人らの使用者責任は否定されない。
(2) また、控訴人らは、第一行為について、Cが被控訴人の相続税の節税の件に関与した目的は、正業をやめてヤクザの活動に従事するためであったとしても、あくまで生活費を得るためであったこと、被控訴人に対する脅迫行為の直接の動機は、被控訴人がCの顔をつぶすようなことをしたことに対する腹いせにすぎず、現に、C自身は被控訴人に二〇〇〇万円を要求しておらず、むしろDに対し、被控訴人に有利になるよう「二〇〇〇万円は預かったものであり、節税への協力による配当がこれを下回った場合は差額を被控訴人に返す」旨の誓約書を書かせており、その後、分け前を全く得ておらず、要求もしていないことなどからすれば、Cによる暴力団の資金獲得活動とは認められず、控訴人らの業務の執行について行われたとはいえない旨主張する。
しかし、Cは、本件刑事事件の捜査段階において、第一行為の経緯として、「私は、本当であれば、ヤクザ一筋でやって行きたいのですが、現在は、警察の取締りが厳しくなってきたため、なかなかシノギがなく、借金をしたり、タクシー運転手をしながら、ヤクザとしての活動に必要な金をかき集めている状態です。」「私は、Xの話がうまくいけば、大金が手に入り、借金を返せるうえに、それを元手に、ヤクザ一筋でやっていけると考え、Xの話に飛びつきました。」などと供述し、直接の契機についても、被控訴人から断りの連絡を受けたというDから、「代紋背負ってるくせに中途半端な話を持ってきた。ヤクザとしてきっちり責任を取れ」という趣旨と受け取れる苦情を受けて被控訴人に立腹するとともに、Dらが被控訴人から「ケジメとして金を支払わせるつもりなのだということが分かり」、「私としても、Xさんに対しては、こうして私の面子を潰した見返りとして、しかるべき金額の金を支払わせ、ケジメを取らせる必要があると考えました。」、「脅してでも、相続税を圧縮する話はきっちり最後までさせて、一二〇〇万円の取り分は、きっちり取ったる、と考えました。」などと供述しており(なお、Cは、「ケジメを取る」とは、「どこに逃げようが地の果てまで追いかけてケジメを取らせる、つまり責任を取らせる、例えば迷感料として金を支払わせるというようなこと」と供述している。)、それらの供述によれば、Cは、暴力団員としての活動のために資金を得るため、あるいは暴力団組員としてその面子を潰されたことに対する迷感料等の名目で、Dらと共謀の上、被控訴人から金員を脅し取ろうとしたものと認められる。
また、Cは、当日の状況について、被控訴人に対し「俺の顔に泥塗ってくれたな。今更、やめるってどういう事やねん。お前俺に恥かかすんか。やるんやったら、きっちり最後までしろや。」などと怒鳴りつけた後、いったん席を外したが、戻ってから、被控訴人がDらに対する節税への協力依頼を継続し、そのためにDらに二〇〇〇万円を支払うことになったことを知り、「私やDさんたちが脅したことで、こちらの思惑どおりに話が進み、Xさんがお金を払うことになったこと」が分かったものの、「何の証拠もなく、Dさんが二〇〇〇万円のお金を受け取るようなことであれば、後々、相続税の節税の話がうまく行った際に、Dさんに報酬の二重取りをされるおそれもあると感じたため、Dさんに対し、二〇〇〇万円の預り書を書くよう求め」、その後、仕事に戻り、Dから、二〇〇〇万円を被控訴人から受け取った旨連絡を受けたなどと供述しており、それらの供述によれば、Dに書かせた「誓約書」も、Cの金員喝取の意思を否定するものではなく、むしろCの将来の利得を確保するためのものであり、前記認定事実(原判決の引用部分)のとおり、Cが、二〇〇〇万円の交付後に被控訴人が連絡を絶ったことに立腹し、平成二三年六月二〇日頃、被控訴人に対し、「ヤクザ何人動いとると思うねん。」「また連絡取れんようになると、今度は俺の側で探さなあかんことになるぞ。」などと怒鳴りつけたことも考え併せれば、結果的にC自身に利得がなかったのは、被控訴人が警察に被害相談をしたためにすぎない(被控訴人の被害届の提出は同月二日付けである。)ということができる。
したがって、控訴人らの主張はいずれも前提を欠き、第一行為は、まさにCによる暴力団の威力を利用した資金獲得活動ということができ、前記(1)の認定も踏まえれば、それは控訴人らの事業について行われたものと評価することができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない(Cには実際に利得がなかったことがこれを否定するものではないことは、前判示〔原判決の引用部分〕のとおりである。)。
(3) さらに、控訴人らは、第二行為に関し、被控訴人は任意に本件和解契約に応じたものであり、これに沿うF、Xの各陳述書の記載がある一方、被控訴人がFに畏怖し、本件和解契約の締結を強要されたことの立証はない旨主張する。
しかし、前記認定事実のとおり、被控訴人から委任を受けた代理人弁護士が、平成二四年八月一日到達の書面によって、控訴人Y2に対し、損害賠償金として二〇九九万円余の支払を求めるとともに、被控訴人に直接接触しないよう求めたこと、それにもかかわらず、Fが被控訴人に直接接触し、その結果、同年九月二一日に本件和解契約が締結されたところ、その内容は、被控訴人がわずか二〇〇万円の受領により上記損害賠償金(喝取金相当額の残額に限っても一五〇〇万円余)の請求をしない旨約するものであったこと、その後、被控訴人は、同年一〇月五日頃、上記代理人に対し、解任通知を送付したが、結局、それから一か月もしない同年一〇月二九日には再度委任をし、同年一一月七日は本件訴訟が提起されたという一連の経緯に加え、元々の発端が暴力団の威力を示してされた恐喝行為であり、控訴人Y2もFも暴力団組員であって、そのことを被控訴人も理解していた(また、控訴人Y2及びFも、両名のことを被控訴人が暴力団組員であると理解していたことを認識していたことも推認できる。)ことも考慮すれば、本件和解契約の締結は、被控訴人の本意によるものではなく、Fや控訴人Y2に畏怖したためにやむを得ずにしたものと推認することができ、これに反する上記各陳述書の記載は採用することができない。
三 以上の次第で、被控訴人の請求は、控訴人らに対し、一九〇四万六三〇三円及び一二〇万円並びにこれらに対する請求に係る各遅延損害金の連帯支払を求める部分には理由があるからその限度で認容し、その余を棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 内山梨枝子 山田兼司)