大阪高等裁判所 平成26年(ネ)2524号 判決 2015年2月26日
控訴人
株式会社Y
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
向田誠宏
同
国枝俊宏
被控訴人
X1
被控訴人
X2
上記2名訴訟代理人弁護士
波多野進
同
團野彩子
主文
「1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。」
事実及び理由
判決要旨
「1 認定事実
原判決「事実及び理由」中の第3の1(原判決5頁14行目から7頁4行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決6頁4行目から5行目にかけての「本件搭乗者傷害し」を削除し、17行目の「「本件委任契約」という。)」の次に「。」を加える。)。
2 搭乗者傷害死亡共済契約について
本件搭乗者傷害死亡共済契約は、保険契約と位置づけられるものであり、保険契約の対象となる被保険自動車に搭乗中の者という保険契約の当事者以外の者を被保険者とし、被保険者が事故により死亡又は傷害を被ったという保険事故が発生した場合に保険金が支払われる契約であって、第三者のためにする保険契約である。被保険者や保険金受取人は、当然に当該保険契約の利益を享受し、保険事故が発生し保険給付の要件が備わったときは、保険者に対し、直接保険給付を請求することができる。また、搭乗者傷害死亡保険に基づき、搭乗者の死亡に対し支払われる保険金は、被保険者が被った損害を填補する性質を有するものではなく、被保険自動車に搭乗する機会が多い搭乗者又はその相続人に定額の保険金を給付することによって、これらの者を保護しようとするものであると解される。
3 争点に対する判断
(1) 事前包括合意の合理性
本件搭乗者傷害死亡共済契約は、保険契約者が保険料(共済掛金)を負担して搭乗者又はその相続人に対し定額保険による保護を与えることを目的として設計された保険と解されることは前記のとおりであるところ、これを制限する事前包括合意が成立しているというためには、その合意を必要とする合理的、具体的で明確な事情があり、控訴人も運転者も搭乗者傷害死亡共済契約の本来の目的を十分に理解した上で合意がされているかどうかが重要な判断要素となる。そうでないならば、搭乗者が搭乗者であることに基づいて保険料を負担せず、保険事故が生じた場合には保険金を受領するという利益を享受できるという性格に照らし、搭乗者が本来の保険目的を知らないまま安易に保険契約者と事前包括合意をし、享受できるべき利益を事前に放棄し、他方、保険事故があった場合には、保険契約者は、低額の保険料を支払っただけであるのに、損害の有無にかかわらず多額の保険金を受領し、もって不当な利益を享受する結果につながることになり、搭乗者傷害死亡共済契約の本来の目的を外れて、他の目的のためにする脱法的な契約の発生が避けられないからである。ましてや、運送事業者である控訴人の従業員の運転者は、控訴人の意向に従わざるを得ない場合もあることに鑑みると、上記のような事前包括合意が成立しているか否かの判断に当たっては、前記の諸点を考慮した上、慎重に行うことを要する。
この点について、控訴人は、控訴人と本件搭乗者との間に本件搭乗者傷害死亡共済契約に基づく共済金を原則として折半する旨の事前包括合意をする理由として、交通事故が発生した場合に、①計算される損害でも十分な賠償を受けられないことが多く、さらに計算できない損害もあって、これらを穴埋めする必要がある、②搭乗者が負傷したり死亡したりした場合の見舞金が必要となる場合がある、③搭乗者に事故についての過失がある場合には、損害の一部を負担してもらう必要があるとして、損害を分散させるために、保険料の負担が重い車両保険ではなく、本件搭乗者傷害死亡共済契約を締結したのであるが、本件事故においては、④本件搭乗者には過失があった、⑤事故車両であるX車両車両の時価額の賠償を受けることができなかったなどと主張する。
しかし、控訴人が主張するところの前記①の理由は、交通事故において車両が全損に至った場合に、不法行為と相当因果関係に立つ損害として、車両自体に関しては、当該車両の時価相当額(事故車両の売却代金を控除)につき賠償を受けることができるのが当然であり、これを超えた例えば新車を購入する代金全額を損害としてその賠償を受けることは、もともと予定されていないこと、同②の理由は、まさに搭乗者傷害死亡共済契約が本来の目的とするものであり、共済金を全額搭乗者や法定相続人に受領させる理由となることはあっても、保険契約者が共済金の全部又は一部を取得する理由とはならないこと、同③の理由は、搭乗者に過失があるか、あったとしても発生した損害を使用者がどの程度従業員に求償できるかは、当事者と事故の具体的内容を踏まえ、事後に確定されるべきものであって、通常、全額を従業員に求償できるとは考えられないこと、したがって、いずれも、事前に包括的に搭乗者傷害死亡共済契約に基づく共済金を搭乗者傷害死亡共済契約の本来の目的以外の保険契約者の利益のために使用するという合意を推認する根拠となるものではない。また、同じく控訴人が本件事故に即して主張するところの前記④⑤の理由は事故後の事情である上に、同④については前記認定にかかる本件事故の態様や本件示談(事業者である控訴人の自由な意思によりされている。)に照らし、認めることができず、同⑤の理由も、前記説示にかかる不法行為における物的損害の賠償の基本的考え方と前記認定にかかる本件示談の経緯と内容に照らし、認めることができない。
さらに、控訴人は、当審において、中小のトラック業界では、車両共済掛金ないし車両保険料が高額になるので、車両共済ないし車両保険の契約をしていない企業が多いし、搭乗者共済ないし保険契約をしている企業はほとんどないのに、原判決は、運送トラック業界における保険ないし共済契約の上記実態を十分に理解していない旨主張する。しかし、運送トラック業界の経営実態にかかわらず、保険ないし共済の選択に際しては、共済掛金ないし保険料の多寡で選択するのではなく、本来の加入目的に沿って設計された保険ないし共済を選択すべきであり、共済掛金ないし保険料が安いという理由で、加入目的と異なる保険ないし共済を代用として加入することは脱法的であるといわざるをえない。
以上のとおり、控訴人と本件搭乗者との間に本件搭乗者傷害死亡共済契約に基づく共済金を原則として折半する旨の事前包括合意については、制度趣旨に整合する合理的理由が認められない。
(2) 事前包括合意の有無
本件において、証人Bは、本件搭乗者ら従業員に対し、平成19年12月5日の給料日に、一人一人、本件搭乗者傷害死亡共済契約に基づく共済金を原則として折半する旨の説明し、従業員から反対はなかったと供述する。
しかし、Bが従業員にこのような説明をしたとか、従業員が同意をしたことを示す書面は一切ないところ、Bの供述に照らせば、同人がこのような説明をした当時、本件搭乗者傷害死亡共済契約の本来の目的を十分に理解していたとはいえず、かえって本件委任を被控訴人らから取り付ける際にも、本件共済金の請求には保険契約者である控訴人の同意が必要であるなどと説明しており、第三者のためにする保険契約の基本を知らなかったことが認められるのであるから、Bが、本件搭乗者ら従業員に対し、搭乗者傷害死亡共済契約の本来の目的を十分に理解した上で、本件搭乗者傷害死亡共済契約に基づく共済金を原則として折半する旨の説明をし、これを従業員が理解して保険事故が発生する前に包括的に共済金を控訴人との間で分け合う旨の合意がされたと認めるのは困難である。
控訴人は、当審において、証拠<省略>を提出し、これらによれば、搭乗者死亡共済金を原則として折半することにつき、各運転者の了解を得ていた旨主張するが、これらは、控訴人の従業員である運転者らの作成による証明書であり、同人らは控訴人らとの関係に鑑みて、その内容を直ちに採用することができず、さらには控訴人と本件搭乗者との間の事前包括合意の存在を直接立証するものではないから、これら書証をもって、控訴人と本件搭乗者との間に搭乗者死亡共済金を原則として折半する旨の事前包括合意が存在したと認めることはできない。
したがって、Bの前記供述を採用して、本件搭乗者傷害死亡共済契約に基づく共済金を原則として折半する旨の事前包括合意の存在を認定することはできない。
4 まとめ
結局、控訴人は、被控訴人らとの間の本件共済金の請求及び受領の代行を内容とする本件委任契約に基づき、平成24年11月16日、兵庫県交通共済協同組合から、本件交通事故による本件搭乗者の死亡に対する本件共済金500万円を受け取ったのであるから、被控訴人らに対し、本件共済金を被控訴人らの法定相続分に応じ可及的速やかに引き渡すべきであり(民法646条1項)、控訴人は、遅くとも被控訴人らが控訴人に対し本件共済金の引渡を請求した日の翌日から遅滞に陥ったというべきである。
5 結論
以上の次第で、被控訴人らの控訴人に対する本件主位的請求は理由があるから全部認容すべきであり、これと同旨の原判決は相当である。
よって、本件控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。」
(裁判長裁判官 森宏司 裁判官 一谷好文 裁判官 秋本昌彦)