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大阪高等裁判所 平成26年(ネ)2565号 判決 2015年2月27日

控訴人(原告)

同訴訟代理人弁護士

平田元秀

吉谷健一

小川政希

被控訴人(被告)

東京海上日動火災保険株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

川崎志保

礒野元

藤田和也

岸本悟

丸尾明弘

松下結香

三枝由季

舟引理真

門脇史尚

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、五一四二万円及びうち四八九七万円に対する平成二三年一〇月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員を、うち二四五万円に対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、B(以下「B」という。)が、保険会社である被控訴人との間で、母である控訴人を被保険者、控訴人と同居する控訴人所有の建物(以下「本件建物」という。)を保険の対象とする損害保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していたところ、本件建物が火災により全焼したため、被保険者である控訴人が、被控訴人に対し、①本件保険契約に基づき、保険金四八九七万円(保険金四九〇〇万円から免責金三万円を控除した額)及びこれに対する保険金請求日(訴状送達の日)の三〇日後である平成二三年一〇月一四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、②被控訴人が理由なく上記保険金の支払を拒んだため、弁護士に対して本訴の提起・追行を委任せざるを得なくなったとして、本件保険契約の債務不履行による損害賠償として損害金二四五万円(弁護士費用相当額)及びこれに対する同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。原判決は、控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人が控訴した。

二  前提事実は、原判決「事実及び理由」欄中の第二の二(二頁一八行目から七頁二行目まで)のとおりである。

三  争点と争点についての当事者の主張は、原判決「事実及び理由」欄中の第二の三及び四(七頁三行目から一五頁二一行目まで)のとおりである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人の請求は、いずれも理由がないと判断する。

二  認定事実は、原判決「事実及び理由」欄中の第三の一(一五頁二三行目から二六頁六行目まで)のとおりである。

三  争点(1)についての判断は、以下に補足するほかは、原判決「事実及び理由」欄中の第三の二(二六頁七行目から三三頁一六行目まで)のとおりである。ただし、三三頁一五行目の「真義」を「信義」と訂正する。

(1)  控訴人は、Bの精神状態について、複雑酩酊の状態であり、心神耗弱であったとするD鑑定について、判例(最高裁判所平成二〇年四月二五日判決・刑集六二巻五号一五五九頁)に従って、専門家たるD医師の意見が鑑定となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、その意見を十分に尊重して認定すべきであると主張する。

しかし、本件に関しては、同じく専門家であるE医師によるE鑑定があり、同鑑定は、Bの精神状態について、単純酩酊の状態であり、責任能力はあったものと判断するから、両鑑定の意見を十分に尊重した上で、諸事情を総合して、Bの精神状態について判断する必要があり、その際に、両鑑定の意見のいずれかを採用しないこととなっても、上記判例の趣旨に反するものではない。

そして、D鑑定の評価を採用することはできないことは、原判決「事実及び理由」欄中の第三の二(3)エ(三二頁一九行目から三三頁一〇行目まで)が説示するとおりである。

(2)  控訴人は、D鑑定は複雑酩酊、E鑑定が単純酩酊であるとすることから、少なくとも病的酩酊の状態でなかったと判断することはできず、D医師作成の「本件原審判決の判断内容に関する質問に対する回答」と題する書面によれば、D鑑定は、Bは幻聴を体験していたことから、複雑酩酊か病的酩酊のいずれかであると判断していること、また、文献では、単純酩酊では幻覚も妄想もないとされていることからすると、複雑酩酊か病的酩酊のいずれかであったとすべきであると主張する。

しかし、専門家の意見であるD鑑定が複雑酩酊、E鑑定が単純酩酊であるとするのであるから、両鑑定が共に病的酩酊の状態でなかったとする以上、これに従って、少なくとも病的酩酊の状態でなかったと判断できるというべきである。

また、上記のとおり、本件事故当日にBが体験したとするのは、「はやくしろ」という一回的な幻聴にすぎず、D医師の意見書も、病的酩酊などで認める著名な幻覚妄想状態とは異なるとしていることからすると、Bに幻覚や妄想があったとまではいえないと認められるから、Bについて、上記幻聴があったとすることを前提としても、病的酩酊の状態でなかったと判断できる。

(3)  その他、控訴人は、Bは、幻聴の影響により訳の分からない状態で本件放火に及んだものであって、同人の記憶についても、行為時から継続的に保持していたものではなく、欠落部分について捜査機関の質問や誘導により穴埋めされたものであり、また、控訴人の寝室に灯油をまいて火を放つという激情的で異常な行為であること、本件放火後に二階の自室に戻っていたのは、了解できない行為であることからすれば、Bは、本件放火時に複雑酩酊状態に陥っており、少なくとも心神耗弱状態にあったことは明らかであると主張するが、幻聴が本件放火に影響した度合いはさほど強いものとは言い難いこと、Bの行為態様の核心部分の記憶は保たれていること、動機として、母親である控訴人に対する不満が考え得ること、Bの本件放火の際の行動に不合理な点はないこと、本件放火後に二階の自室に戻った行動が身の危険も顧みない不合理なものとして了解できないとまではいえないことは、いずれも原判決「事実及び理由」欄中の第三の二(2)(二七頁一五行目から三一頁二〇行目まで)が説示するとおりである。

(4)  したがって、控訴人の主張はいずれも採用できない。

四  争点(2)についての判断は、原判決「事実及び理由」欄中の第三の三(三三頁二一行目から三四頁一行目まで)のとおりである。

五  よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林圭介 裁判官 杉江佳治 吉川愼一)

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