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大阪高等裁判所 平成26年(ネ)3100号 判決 2015年7月10日

控訴人

同訴訟代理人弁護士

曽我乙彦

上村一央

小山智士

宅島一嘉

被控訴人

X株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

三ッ石雅史

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  上記の部分につき、被控訴人の請求を棄却する。

第二事案の概要

一  被控訴人は、(1)主位的には、①平成二三年一一月三〇日、株式会社a(本店・神戸市<以下省略>、目的・飲食店業等。平成二五年一一月一五日に商号をa1株式会社と変更した。以下「訴外会社」という。)との間に、b株式会社を売主、被控訴人を貸主、訴外会社を借主とし、原判決別紙リース物件目録記載の動産四点(以下「本件リース物件」という。)を目的とするリース契約(以下「本件リース契約」という。)を締結したが、訴外会社が本件リース契約によるリース料(以下、単に「リース料」という。)の支払を怠ったことから、平成二四年六月一七日到達の書面で、本件リース契約を解除した、②控訴人は、訴外会社の本件リース契約に基づく債務について連帯保証をしたと主張して、控訴人に対し、同連帯保証契約に基づき、約定の損害賠償金である残リース料相当額の二七五万七三〇〇円及びこれに対する本件リース契約を解除した日の翌日である平成二四年六月一八日から支払済みまで約定の年一四・六パーセントの割合(一年に満たない期間については三六五日の日割計算)による遅延損害金の支払を求めるとともに、本件リース物件の所有権による引渡請求権、本件リース契約の解除に基づく原状回復請求権又は連帯保証契約に基づき、控訴人に対し、本件リース物件の引渡しを求め、(2)予備的には、本件リース契約は、控訴人が訴外会社の経営に関する権限を委ねていたB(以下「B」という。)がその権限に基づき訴外会社のために被控訴人との間に締結したものであるが、控訴人は訴外会社の代表取締役であったにもかかわらず、その業務の一切をBに一任した上、同人の業務執行に何ら意を用いることなく、悪意又は重大な過失により同人が放漫経営を行うことを放置した結果、訴外会社の経営を破綻させ、被控訴人がリース料を全額回収することができず、残リース料相当額の損害を受けるに至ったと主張して、控訴人に対し、会社法四二九条一項に基づき、残リース料相当額二七五万七三〇〇円の損害金及び前記遅延損害金の支払を求めた。

二  原審は、(1)本件リース契約の契約書(以下「本件リース契約書」という。)における連帯保証人欄には、控訴人の氏名が記載され、「Y」の印影が押捺されているが、これらはBが冒書し、かつ控訴人のものでない印章を押捺したものであり、控訴人が被控訴人の担当者から連帯保証の意思の確認を受けたことも認められないから、控訴人と被控訴人との間に上記連帯保証契約が締結されたということはできず、また、本件リース物件を控訴人が占有しているとの主張、立証がないから、被控訴人の主位的請求は理由がないが、(2)控訴人は、訴外会社の経営をBに丸投げしたまま、悪意又は重大な過失により同人による放漫経営を放置したのであるから、これにより被控訴人に残リース料の回収を不能にしたことについては、控訴人において会社法四二九条一項による責任がある(控訴人がいわゆる名目的代表取締役であったとしても、控訴人はその登記をすることは承諾していたのであるから、同条一項の責任は免れない。)として、予備的請求を認容した(ただし、遅延損害金の起算日については、同条項による賠償を求めることを記載した準備書面を控訴人代理人が受け取り、被控訴人代理人が同準備書面を陳述した原審第一回弁論準備手続期日の翌日である平成二五年九月一八日とし、その利率については、民法所定の年五分の割合とした。)。

三  控訴人は、控訴を提起し、上記第一のとおりの判決を求めた。

これに対し、被控訴人は、控訴及び附帯控訴を提起していない(したがって、主位的請求は当審における審理の対象ではない。)。そして、被控訴人は、予備的請求について、当審において遅延損害金の利率を上記年一四・六パーセントの割合から民法所定の年五分の割合に減縮した上、(1)第一次的には、①Bは、当初から訴外会社にリース料を完済させる意思がないのに、これを秘し被控訴人を欺罔して本件リース契約を締結させ、計画どおり被控訴人に残リース料の回収を不能にさせて残リース料相当額の損害を与えた、②控訴人は、訴外会社の経営をBに丸投げしており(究極の放漫経営というべきである。)、悪意又は重大な過失によりBの訴外会社における行動を監督、監視してその不法行為を防止しなかったという取締役の任務懈怠がある、(2)第二次的には、①Bは、遅くとも平成二四年三月、本件リース契約の約定に反して被控訴人所有の本件リース物件を被控訴人に無断で第三者に譲渡するという重大な不正行為を行い、被控訴人に残リース料の回収を不能にさせて残リース料相当額の損害を与えた(訴外会社の経営が破綻したことは前提とはならない。)、②控訴人は、訴外会社の経営をBに丸投げしており(究極の放漫経営というべきである。)、悪意又は重大な過失によりBの訴外会社における行動を監督、監視してその不法行為を防止しなかったという取締役の任務懈怠があると、その主張を整理した。

第三当事者の主張(予備的請求についてのもの)

一  被控訴人の請求原因

(1)  控訴人は、訴外会社の一人株主であり、唯一人の取締役であり、代表取締役であるが、訴外会社の経営に関する権限をBに委ねていた。

(2)  Bは、訴外会社のために、平成二三年一一月三〇日、被控訴人との間に、b株式会社を売主、被控訴人を貸主、訴外会社を借主、目的物件を本件リース物件、設置場所を「大阪府松原市<以下省略>訴外会社松原店」、期間を同日から七二か月、リース料を月額四万四一〇〇円(消費税相当額を含む。)として初回及び二回目は平成二四年二月五日に支払い、三回目以降は同年三月以降毎月五日に支払う、遅延損害金を年一四・六パーセントの割合(一年に満たない期間については三六五日の日割計算)とする、訴外会社においてリース料の支払を一回でも怠れば当然に期限の利益を喪失し、被控訴人においてただちに契約を解除することができ、訴外会社は残リース料相当額を違約による損害金として支払うとの約定のもとに、本件リース契約を締結した。

(3)  訴外会社は、原判決別紙「入金実績一覧表」(以下「原判決別紙一覧表」という。)記載のとおり、平成二四年五月五日に支払うべきリース料の支払を怠ったことから、被控訴人は、同年六月一七日到達の書面で、訴外会社に対し、本件リース契約を解除する旨の意思表示をした。なお、本件リース契約の残リース料は、同年五月五日時点においては、原判決別紙一覧表記載のとおり二九九万八八〇〇円であったが、その後一部弁済等を受けたことにより、当審の口頭弁論終結の時点においては、二七五万七三〇〇円である。

(4)  Bは、①訴外会社においてリース料を完済させる意思がなく、同契約の期間内に本件リース物件を他に譲渡し、被控訴人に残リース料の回収を不能にすることを企図していながら、その意思を秘匿し、訴外会社においてはリース料を完済する意思も能力もあるものと被控訴人の担当者を欺罔して、その旨誤信した被控訴人をして訴外会社と本件リース契約を締結させ、あるいは②遅くとも平成二四年三月、本件リース契約の約定に反して、被控訴人所有の本件リース物件を被控訴人に無断で第三者に譲渡するという重大な不正行為を行い、その結果、被控訴人は、総額三一七万五二〇〇円(消費税相当額を含む。)のリース料のうち二六万〇四〇〇円の支払を受け、売主であるb株式会社からメンテナンス料一五万七五〇〇円の返還を受けただけで、残リース料二七五万七三〇〇円の回収が不能となって同額の損害を受けたが、被控訴人のこの損害は、控訴人が訴外会社の取締役としてBの経営上の行為を監督、監視し、同人による詐欺行為又は放漫経営を防止すべき義務があるのに、悪意又は重大な過失によってこれを怠ったことによるものであるから、控訴人は、会社法四二九条一項により、被控訴人に対し、残リース料相当額の二七五万七三〇〇円及びこれに対する上記平成二五年六月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する控訴人の認否・反論

(1)  請求原因(1)は争わない。

(2)  同(2)(3)は不知。

(3)  同(4)は争う。

控訴人は、訴外会社の名目的な代表取締役であるからBの行為を監督、監視する注意義務はないし、Bの行為について予見可能性はないから同様に注意義務はない。また、仮に、控訴人に監督、監視義務について任務懈怠があったとしても、控訴人に悪意又は重大な過失はなく、控訴人の監督、監視義務違反と被控訴人の損害との間には相当因果関係がない。

第四当裁判所の判断

一  請求原因(1)は、控訴人において争うことを明らかにしないが、これを自白したものとみなす。

二  当事者間に争いのない事実のほか、証拠<省略>によると、以下の事実が認められる。

(1)  控訴人(昭和五二年○月○日生)は、平成一一年ころに有限会社を設立して、コンピュータ関係の仕事に従事していた。

(2)  控訴人は、平成二二年六月ころ、飲食店の営業を主たる目的とする株式会社cの代表者であるCから、飲食店の経営に長けたBに投資することを勧められたことから、同人に会ったところ、同人は「ラーメン店が売りに出ているのでこれを経営したいが、自分には金がないので三〇〇万円を出資してほしい。ただ自分は過去の経営で恨みを買っているので、自分の名前は出せないから、控訴人の名義だけ借りるが、経営には一切口を出さないでほしい。もうかったら利益の何パーセントかを返す。」と要請され、これに応じることとし、その後、Bに三〇〇万円と自己の印鑑登録証明書を交付した。

(3)  控訴人は、平成二二年八月九日、資本金を三〇〇万円(発行済株式総数三〇〇株)とする訴外会社を設立し、唯一人の取締役及び代表取締役に就任したが、会社設立の手続は、Bが行った。

(4)  控訴人は、月に一回程度Bに連絡して訴外会社の経営状況を確認し、剰余金の配当見込みを尋ねていた。

(5)  Bは、平成二三年一一月三〇日、訴外会社のために、被控訴人との間で本件リース契約書を作成して本件リース契約を締結した。

本件リース契約書は、本件リース物件の売主であるb株式会社の担当者が、Bにリース契約書を預け、後日、上記担当者がBから署名押印済みの同契約書を受け取って、これを被控訴人に提出したものであり、上記売主は本件リース契約書に記載された場所に本件リース物件を納入、設置した。

Bは、本件リース契約書の借主欄には「株式会社a 代表取締役Y」と、連帯保証人欄には控訴人の住所、氏名等をそれぞれ手書きで記入し、控訴人の連絡先としてはBの携帯電話番号を記載した。

訴外会社は、本件リース契約書に記載された訴外会社の松原店を平成二三年一二月一六日ころに開店した。

(6)  訴外会社は、平成二四年五月五日に支払うべきリース料の支払を怠ったことから(この時点での残リース料は二九九万八八〇〇円である。)、被控訴人は、同年六月一七日到達の書面で、訴外会社に対し、本件リース契約を解除するとともに、本件リース物件の返還、残リース料の支払を求める旨の意思表示をした。

その後、被控訴人は、平成二四年六月一四日及び二〇日に合計八万四〇〇〇円の弁済を受け、また売主であるb株式会社から返還を受けたメンテナンス費用一五万七五〇〇円を残リース料に充当したことから、当審口頭弁論終結日の時点における残リース料は二七五万七三〇〇円である。

(7)  被控訴人の担当者であるDは、平成二四年八月ころ、「松原市<以下省略>」を本店(店舗)とする株式会社cの統括本部長と称するEから電話を受け、同年九月一〇日、同店舗(d総本店)に赴いたところ、立型冷凍冷蔵庫を除く本件リース物件が存在していたのを確認した。

Eは、同年三月ころ、本件リース物件をリース物件とは知らずに営業権などとともにBから買い取り、a社松原店を改装してラーメン店を開店したと述べた。

(8)  控訴人は、平成二五年一一月一五日、株式会社e(本店・大阪市平野区<以下省略>。代表取締役・F。)との間で、控訴人所有の訴外会社の発行済み全株式(ただし六〇株)を株式会社eに無償で譲渡することなどを内容とする契約を締結したところ、同日、訴外会社について、商号をa1株式会社に変更する登記、本店を大阪市淀川区<以下省略>に変更する登記、控訴人が取締役及び代表取締役を辞任し、Gが取締役及び代表取締役に就任する登記などが経由された。

(9)  Bは、平成二六年一月二八日ころ、被控訴人に対し、a1株式会社の取締役ではないにもかかわらず、取締彼であると称して、同社において本件リース契約における残リース料の分割支払をしたいと申し出たが、被控訴人はその申出には応じなかった。

(10)  a1株式会社については、平成二六年三月七日にGが取締役及び代表取締役を辞任してHが取締役及び代表取締役に就任し、同年一〇月一日に本店を東京都台東区<以下省略>に移転する登記が経由されている。

三  上記事実によると、Bは、平成二三年一一月三〇日に被控訴人との間で期間を七二か月とする本件リース契約を締結した後、早くとも五回目のリース料の支払を怠り、平成二四年三月には、本件リース契約の約定に反して本件リース物件を営業権などとともに第三者に譲渡し、被控訴人が本件リース物件を他に処分して(担保権を実行して)残リース料を回収することを不能にしたと認められるけれども、Bが、被控訴人主張のとおり、本件リース契約を締結する時点において、既にこのことを計画していたこと(詐欺行為であること)をにわかに推認することはできない。

しかしながら、控訴人は、訴外会社の一人株主であり、かつ、唯一人の取締役であり、代表取締役であったから、訴外会社の経営に関する権限を委ねていたBが被控訴人所有の本件リース物件を本件リース契約の約定に反して第三者に譲渡するという違法行為をしないようにすることは容易であったものと認められるところ、上記認定のとおり、控訴人は、月に一回程度Bに連絡して訴外会社の経営状況を確認し、剰余金の配当見込みを尋ねていただけで、店舗に赴いて訴外会社の会計帳簿又はこれに関する資料を閲覧したり、客の来店状況を実地に見分するなどしてBの報告の真偽を確かめることもなかったのであるから、被控訴人が取締役としてその職務を行うについて重大な過失があり、その結果として、Bの上記違法行為を阻止することができず、被控訴人に残リース料相当額の損害を与えたものと認めることができる。

四  控訴人は、控訴人が訴外会社のいわゆる名目的取締役であるから、訴外会社の業務執行に当たる者の行為を監督、監視する義務はない旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、控訴人は、訴外会社の一人株主であり、かつ、唯一の取締役であり、代表取締役であったから、講学上いわゆる名目的取締役ではないことは明らかであるから、控訴人の主張は前提を欠き、採用することができない。

また、控訴人は、自らの監督、監視義務の懈怠と被控訴人の損害との間には相当因果関係がない旨主張するが、控訴人がBに対する監督、監視義務を尽くしていれば、同人が訴外会社の営業のために不可欠の本件リース物件を営業権などとともに第三者に譲渡することを企図していることは容易に察知することができたはずであり、被控訴人に前記のような損害を被らせることもなかったのであるから、控訴人の監督、監視義務の懈怠と被控訴人の上記損害との間には相当因果関係があるというべきである。

五  以上によれば、被控訴人の控訴人に対する予備的請求は、残リース料相当額二七五万七三〇〇円及びこれに対する履行の請求をした日(被控訴人の平成二五年九月一四日付け準備書面を控訴人代理人が受領したことが記録上明らかな平成二五年九月一七日)の翌日である平成二五年九月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がないから、原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、控訴人の本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 菊池徹 島岡大雄)

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