大阪高等裁判所 平成26年(ネ)751号 判決 2014年9月12日
控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
飯田昭
被控訴人
株式会社Y
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
大谷和彦
同
山下幸夫
同
宋昌錫
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、被控訴人が発行する週刊誌「○○」上に原判決別紙謝罪広告記載の謝罪広告を同記載の条件で一回掲載せよ。
三 被控訴人は、控訴人に対し、一一〇〇万円及びこれに対する平成二四年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
五 第三項につき仮執行宣言
第二事案の概要
一 本件は、控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人の発行する週刊誌に、控訴人が元暴力団員であり、かつ、暴力団関係者を利用しながら利権を獲得してきた等の記事が掲載されたことにより、控訴人の名誉及び社会的信用が毀損され、精神的苦痛を被った旨主張して、名誉回復の処分として、原判決別紙謝罪広告記載の謝罪広告の掲載を求めるとともに、不法行為に基づき、一一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成二四年一〇月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は、控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人がこれを不服として控訴した。
二 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、後記三に控訴人の当審における主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の第二の一ないし三(原判決二頁六行目から一二頁九行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決二頁一〇行目の「当庁」を「京都地方裁判所」と改める。)。
三 控訴人の当審における主張
(1) 原判決は、本件記事は、社会的関心の高い本件恐喝被告事件の内容を伝えるための記事であり、控訴人が元暴力団員であったとの事実は、本件恐喝被告事件の争点との関係で、控訴人証言に信用性が認められるかについて直接関連する事柄というべきであり、公共の利害に関する事実とみることができる旨説示する。しかし、京都地方裁判所判決(乙六)は、本件恐喝被告事件につき、Dが公判廷で供述する控訴人の暴力団としての経歴等を前提としても、控訴人が暴力団に所属していたのは本件よりも相当以前であることや被告人の前記立場等に鑑みると、やはり前記判断は左右されない旨説示している。すなわち、控訴人が相当以前に暴力団であった事実が仮にあったとしても控訴人証言に信用性が認められるかについて直接関連する事柄ではないから、原判決の上記説示は誤りである。
(2) 原判決は、本件記事は専ら公益を図る目的で公表されたものである旨説示するが、控訴人は、本件恐喝被告事件の被害者であるから、控訴人自身を取材して被害事実やその背景をもっと詳しく調査すべきであるのに、これをせずに控訴人を元暴力団員と書き立てたことからすると、本件記事に公益を図る目的はない。
(3) 原判決は、本件恐喝被告事件におけるDの証言は、当然、宣誓及び偽証罪の制裁の告知を受けてされたものと考えられ、かつ、同証言は、相当程度具体的であるから、被控訴人の主張する裏付け調査の点は別にして、○○誌編集部において上記証言を信用できると考えたとしても、それを不合理ということはできない旨説示する。しかし、京都地裁別件判決(甲一四)に照らせば、宣誓及び偽証罪の制裁の告知を受けて証言がされたからといって、それが真実であると信用することは到底できず、刑事裁判における暴力団関係者の証言の実態を多少とも知っている者においては、他の方法での信用性の吟味なく到底それだけで真実と信じることはできないし、真実と信じたことについて過失がないとはいえない。このことは、被控訴人の○○誌が三五万部の発行部数を持つ週刊誌であり、かつ、暴力団関係の記事を多数掲載し、暴力団関係者にも取材源を持っていることに照らすと、なおさらである。
原判決は、控訴人自身がかつて暴力団や暴力団組織と関わりを有していたことを認めるかのような手記を執筆しており、また、雑誌のインタビューに対しても同様の回答をしていることから、控訴人が全くの堅気の人間ではないことを控訴人自身が認めているとしてもやむを得ないともいえるとし、別件◎◎新聞記事の肩書等について警察発表によるものと判断しても無理からぬところがあるといえることからすると、被控訴人において、控訴人が元暴力団員であるという事実が真実であると信じるについて相当の理由があったというべきである旨説示する。しかし、控訴人の手記にも雑誌のインタビュー記事にも、控訴人が当時もその以前も暴力団ではないことを示す記述がされていること、別件◎◎新聞記事については、朝刊記事が夕刊で修正されるほど曖昧である上、警察にも記事の信ぴょう性を問い合わせることをしていないことに照らすと、真実であると信じたことについて、到底、相当性が認められるとすることはできない。
(4) 原判決は、警察が当時控訴人を暴力団の準構成員であると認識していたこと自体は控訴人も自認するところであり、一五歳の少年が暴力団のいわゆる若衆となることがおよそあり得ず、D証言が虚偽であることが容易に判明すると即断することはできないとして、控訴人の主張は採用できない旨説示する。しかし、控訴人は、自身が一八歳当時は不良少年・非行少年であったことを自認するにすぎず、一五歳当時は不良少年・非行少年ではなく、学業に専念していたものであるところ、このことは学校の記録を調べればすぐ分かることであるから、不当である。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。
その理由は、後記二のとおり控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の第三の一及び二(原判決一二頁一一行目から二二頁一三行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決一五頁末行の「懲役六年の有罪判決を受けた」を「京都地方裁判所で懲役六年の有罪判決を受け、その控訴審である大阪高等裁判所で控訴棄却の判決を受け、これに対し上告したが、平成二六年五月二六日、上告を取り下げ、懲役六年の実刑判決が確定した(甲一六、弁論の全趣旨)」と改める。)。
二 控訴人の当審における主張に対する判断(第二の三)
(1) 控訴人は、原判決が、本件記事は、社会的関心の高い本件恐喝被告事件の内容を伝えるための記事であり、控訴人が元暴力団員であったとの事実は、本件恐喝被告事件の争点との関係で、控訴人証言に信用性が認められるかについて直接関連する事柄というべきであり、公共の利害に関する事実とみることができる旨説示したことに対し、京都地方裁判所判決(乙六)が、控訴人が相当以前に暴力団であった事実が仮にあったとしても控訴人証言に信用性が認められるかについて直接関連する事柄とはみていないことからすると、原判決の上記説示は誤りである旨主張する。
しかし、本件恐喝被告事件は、a組中枢幹部に対する刑事被告事件であり、その動きや帰すうについての社会的関心は高かった上に、本件記事が、他の連載記事と相まってその裁判内容や進行状況を、逐次伝えているものであったことは明らかである。
また、一般に、恐喝事件においては、被害者供述の信用性が、犯罪事実の立証に強い影響を与える場合があるが、その判断材料には、被害者の経歴やそれまでの加害者との関係などといった事情が斟酌されることがある。そして、本件恐喝被告事件においては、弁護人は、被害者である控訴人がかつて暴力団に所属し、HやFとも友好的な関係にあったから、恐喝事件の加害者と被害者という関係にあることをうかがわせる事情はないと主張し、控訴人供述の信用性が争点となっていたと認められる。しかるところ、控訴人が暴力団に所属していたことがあるとのD証言があり、本件記事は、そのD証言を根幹としているのであるから、その内容において公共の利害に関する事実に係るといわなければならない。このことは、同事件を審理した京都地方裁判所が、審理の結果として、本件雑誌発行以後に、控訴人が相当以前に暴力団であった事実が仮にあったとしても、同事実は控訴人証言の信用性に直接関連する事柄ではない旨判断したことによって影響を受けるものではないから、上記主張は理由がない。
(2) 控訴人は、原判決が、本件記事は専ら公益を図る目的で公表されたものである旨説示したことに対し、控訴人を取材せずに控訴人を元暴力団員と書き立てたことからすると、本件記事に公益を図る目的はない旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、○○誌においては、本件恐喝事件について、本件雑誌より前の平成二二年一二月一三日号から平成二四年一二月一〇日号まで連載し、本件記事は、上記連載記事の一つである上、本件恐喝被告事件の内容・進行状況を伝えるための公共の利害に係る記事であることからすると、控訴人に取材せずに本件記事を掲載したとしても、本件記事の掲載は専ら公益を図る目的でなされたものということができるから、上記主張も理由がない。
(3) 控訴人は、原判決が、Dの証言は、当然、宣誓及び偽証罪の制裁の告知を受けてされたものと考えられ、かつ、同証言は、相当程度具体的であるから、○○誌編集部において上記証言を信用できると考えたとしても、それを不合理ということはできない旨説示したことに対し、宣誓及び偽証罪の制裁の告知を受けて証言がされたからといって、それが真実であると信用することは到底できず、刑事裁判における暴力団関係者の証言の実態を多少とも知っている者においては、他の方法での信用性の吟味なく到底それだけで真実と信じることはできないし、控訴人の手記にも雑誌のインタビュー記事にも、控訴人が当時も過去も暴力団ではないことを示す記述がされていること、別件◎◎新聞記事については、朝刊記事が夕刊で修正されるほど曖昧である上、警察にも記事の信ぴょう性を問い合わせることをしていないことに照らすと、被控訴人が真実であると信じたことについて、到底、相当性が認められるとすることはできない旨主張する。
しかし、前記のとおり、Dの証言内容は相当程度具体的である上、控訴人が執筆した「私の履歴」及び「続私の履歴」の中で、控訴人は、二九歳の頃、反社会的集団と掛け合ってけんかになり、相手を殺したことで、殺人罪に問われ、刑に服したと述べていること、別件◎◎新聞記事には、控訴人の肩書が「元暴力団p会組員」と記載されていること、別件△△誌記事、別件□□誌記事の中で、控訴人は、a組系v組内w会の会長だったE、a組傘下s一家のFやm会の会長と親交があったと述べていることを併せ考慮すると、○○誌編集部において、Dの証言を信用できると考えたことが不合理であるということはできない。このことは、○○誌が三五万部の発行部数を持つ週刊誌であり、かつ、暴力団関係の記事を多数掲載し、暴力団関係者にも取材源を持っているとしても左右されない。
(4) 控訴人は、原判決が、警察が当時控訴人を暴力団の準構成員であると認識していたこと自体は控訴人も自認するところである旨説示したことに対し、控訴人は自身が一八歳当時は不良少年・非行少年であったことを自認するにすぎず、一五歳当時は不良少年・非行少年ではなく、学業に専念していたものであって、このことは学校の記録を調べればすぐ分かることである旨主張する。
しかしながら、控訴人は、原審における平成二五年四月八日付け第二準備書面において、控訴人は不良少年であった時代の一八歳の夏頃の約二か月間、運転手としてp会に出入りしていたことは事実であり、これをもって、警察は当時控訴人を暴力団の準構成員であると認識していたことはあるとしている。また、被控訴人が学校の記録で控訴人の個人情報を調べることができたか否かは措くとして、調査により、控訴人が一五歳当時学業に専念していたことが分かったとしても、暴力団の若衆となることがおよそあり得ず、Dの証言が虚偽であることが容易に判明したとはいえないから、上記主張は採用できない。
三 結論
以上によれば、控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当である。
よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森宏司 裁判官 一谷好文 秋本昌彦)