大阪高等裁判所 平成26年(ラ)165号 決定 2014年3月03日
抗告人(債権者)
株式会社X
同代表者代表取締役
A
同代理人弁護士
田中彰寿
同
田中晶国
同
大木祐二
同
田中継貴
同
加藤綾一
同
大塚千華子
同
小林美和
同
大西洋至
相手方(債務者)
Y
主文
一 原決定を取り消す。
二 本件を大阪地方裁判所に差し戻す。
理由
第一抗告の趣旨及び理由
一 抗告の趣旨
(1) 原決定を取り消す。
(2) 抗告人の相手方に対する原決定別紙請求債権目録記載の債権の執行を保全するため、相手方の原決定別紙物件目録記載の不動産を仮に差し押さえる。
二 抗告の理由
「仮差押命令申立ての却下決定に対する即時抗告状」の「第三 抗告の理由」の記載を引用する。
第二当裁判所の判断
一 認定事実
原決定「理由」欄の「第二 事案の概要」の一ないし六(一頁一八行目から三頁一二行目まで)に記載のとおりである。ただし、以下のとおり補正する。
(1) 三頁三行目の「残元金二五二万五〇七五円及び所定の利息及び遅延損害金」を「二五八万二八五七円(残元金二五二万五〇七五円、利息四万九八二〇円、損害金七九六二円)」に改める。
(2) 同頁七行目から九行目までを次のとおり改める。
「抗告人は、執行裁判所から、前件強制競売について無剰余取消しとなる見込みであることを告げられたので、抗告人は民事執行法六三条二項に規定する優先債権者の同意を得ようと試みたところ、優先債権者である独立行政法人住宅金融支援機構は同意しなかった。そのため、平成二五年九月九日、前件強制競売の申立てを取り下げた。」
二 検討
上記一の認定事実に基づいて検討する。
(1) 被保全権利
本件本案判決によれば、抗告人は、相手方に対し、本件請求債権を有していることが認められるから、被保全権利が存在することの疎明がある。
(2) 保全の必要性
ア 原決定は、抗告人は、本件請求債権について執行力のある債務名義の正本を有しているから、これに基づいて債務者の責任財産である本件持分について強制執行を申し立てることができるので、その「強制執行を保全するという観念を容れる余地はない」として、本件申立てについて、権利保護の必要性ないし保全の必要性は認められないと説示する。
イ 本件本案判決は、本件請求債権についての即時かつ無条件の債務名義であり、本件本案判決に基づく強制執行を直ちに開始することを妨げる事由が存在するとはいえないから、「現時点における強制執行」については、これを保全するという観念を容れる余地がないと解される。
しかし、民事保全は、民事訴訟の本案の権利の実現を保全することを目的とする制度であって(民事保全法一条)、仮差押命令は、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発すべきものである(同法二〇条一項)。
そうすると、本件本案判決に基づく強制執行が、現時点において遂行できない事情があり、なおも上記の民事保全の要件である「強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれ」があると認められる特別の事情があるときには、本件請求債権の実現を保全するために仮差押命令を発することができると解するのが相当である。
なお、東京高裁平成二四年三月九日決定(原審意見書参照・最高裁平成二四年九月六日決定により許可抗告に基づく抗告が棄却された。)も、無剰余により強制執行が取り消される可能性がある場合には、原則として権利保護の必要性がないとするものの、仮差押えによる権利保護の必要性を認めることができる特別の事情の有無を検討しており、このような場合に、強制執行を保全するという観念を容れる余地がおよそないと説示するものではない。
ウ そこで、以下、本件において、本件請求債権の実現の保全の観点から、将来の強制執行を保全するために保全の必要性を認めるべき特別の事情があるといえるかどうかについて検討する。
エ 一件記録によれば、次の事実が認められる。
(ア) 前件強制競売は、執行裁判所から抗告人に無剰余取消しとなる見込みであることを告げられたことから、平成二五年九月九日に取り下げられているが、その時点における本件持分の評価額は一六〇万円、優先債権(抵当権の被担保債権)は二五八万二八五七円(見込額)であり、その差額は九八万二八五七円であった。
(イ) 本件不動産の価格が無剰余取消し後間もなく上昇している可能性は低いものと推認できるところ、優先債権は住宅ローン関連の債権であり、上記取下後約六か月が経過しているが、抵当権設定当時の優先債権の元金が一三五〇万円であり、その設定時から上記取下時までの約一八年間に約一一〇〇万円減少(年間当たり約六一万円)し、六か月相当の減少額が約三〇万五〇〇〇円であると見込まれることを考慮すると、仮に相手方が約定どおり弁済を継続しているとしても、優先債権の減少額が上記(ア)の差額である九八万二八五七円を超えるものとは認められない。
(ウ) 上記(ア)、(イ)に加え、強制競売の手続費用も更に要することを考慮すれば、抗告人が現時点で本件不動産の強制競売を申し立てたとしても、無剰余取消しとなる蓋然性が高い。
(エ) 他方、将来の本件不動産の価格については不確定ではあるものの、上記のような優先債権に対する弁済状況からすると、優先債権が将来にわたって減少又は消滅することも考えられるから、遠くない将来においては剰余が生じて強制競売又は競売申立てが許される時期が到来する可能性がある。
オ 以上の事実関係に照らすと、本件仮差押命令申立てについて保全の必要性の疎明があるものと認めることができる。
三 まとめ
以上によれば、被保全権利及び保全の必要性が認められるから、本件仮差押命令甲立ては理由があり、同申立てを却下した原決定は相当でない。
第三結論
よって、原決定を取消し、本件仮差押命令申立てについての発令手続を行わせるために、本件を大阪地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 林圭介 裁判官 吉川愼一 遠藤俊郎)