大阪高等裁判所 平成26年(ラ)595号 決定 2014年8月27日
主文
一 原審判を次のとおり変更する。
二 抗告人は、相手方に対し、平成二六年○月から当事者の離婚又は別居解消に至るまで、月額二五万円を毎月○日限り支払え。
三 手続費用は、第一、二審を通じて各自の負担とする。
理由
第一抗告の趣旨及び理由
一 抗告の趣旨
(1) 原審判を取り消す。
(2) 抗告人は、相手方に対し、平成二六年○月から当事者の離婚又は別居解消まで、月額一八万円を毎月○日限り支払え。
二 抗告の理由
別紙「抗告の理由書」(写し)のとおり
第二当裁判所の判断
一 本件記録によれば、次の事実が認められる。
(1) 抗告人(昭和四一年○月○日生)と相手方(昭和四三年○月○日生)は、平成六年○月○日に婚姻し、平成一〇年○月○日に長男を、平成一四年○月○日に長女をもうけたが、平成二一年○月から別居している。
長男は、平成二三年○月に私立○○中学部に入学し、平成二六年○月に同高等部に進学した。長女は、市立小学校の六年生である。
(2) 抗告人は会社員であり、平成二五年分の給与所得の源泉徴収票によると年収は一三一一万一三八二円である。
抗告人は、平成五年に左眼の網膜剥離の手術を受け、平成二四年には再剥離により再び手術を受け、その後も定期的に通院して投薬を受け、続発緑内障の診断も受けている。現在の通院による治療費は年間合計二万円程度である。右眼については、平成五年に網膜裂孔に対する光凝固術を受けたが、その後の経過は落ち着いている。
抗告人は、肩書住所地に単身居住し、家賃の自己負担額は九五〇〇円である。
(3) 相手方は、薬剤師の資格を有しているが、パニック障害の診断により通院治療を受け、服薬しながら勤務している。
平成二五年分の給与所得の源泉徴収票によると、年収は一〇二万八三六九円であった。
平成二六年○月途中から、別の調剤薬局に勤務するようになり、同月の給与支給額は一二万一四〇七円であった。○月から○月までは通月で勤務し、給与支給額は、残業の多かった○月支給分は三六万九六三三円、欠勤の多かった○月支給分は二九万一八一八円であった。
同年○月以降は更に別の調剤薬局に勤務しており、所定の給与額は、基本給二五万一〇〇〇円及び資格手当五万円である。
相手方は、長男及び長女とともに、実父名義のマンションに居住している。相手方は、実父に対する家賃は支払っていないが、マンションの管理費は負担している。
(4) 長男の□□高等部の学費(授業料、教育充実費、冷暖房費及び教育資料費)は年間七六万五〇〇〇円である。この外に、平成二六年○月の入学時には、相手方が入学金一五万円を納付した。また、学費以外に、旅行等積立金等の諸費を要し、平成二六年度についてはその合計額は一三万五五〇〇円である。
(5) 平成二五年○月○日、相手方は婚姻費用分担調停(神戸家庭裁判所平成二五年(家イ)第四四六号)を申し立てたが、平成二六年○月○日不成立により本件審判手続に移行した。
(6) 抗告人は平成二六年○月○日に、相手方は同月○日に、それぞれ離婚等を求める訴えを神戸家庭裁判所に提起した。
(7) 抗告人は、婚姻費用の支払として、相手方が管理する抗告人名義の○○銀行の貯金口座に対し、平成二五年○月から○月までは毎月三四万五〇〇〇円、同年○月以降は毎月二五万円を入金している。
二 上記認定事実に基づき判断する。
(1) (婚姻費用分担義務の有無)
夫婦は別居状態にあっても婚姻関係に基づき婚姻費用分担義務を負っているから、その一方に別居の原因につき専ら又は主として責任があり、婚姻費用の分担を求めることが信義則上許されないような特段の事情がない限り、他方はその分担義務を免れないところ、相手方に上記特段の事情は認められないから、抗告人は相手方に対し婚姻費用分担義務を負う。
抗告人は、双方が離婚訴訟を提起しており、婚姻関係が既に破綻していることは明らかであるから、抗告人の婚姻費用分担額を減額すべきである旨主張するが、婚姻期間約二〇年のうち別居期間は約五年にとどまること、法律上の婚姻関係が存続する限りは夫婦間の協力扶助義務を免れないことを考慮すると、抗告人が主張する事情を婚姻費用分担額の減額事由として考慮することは相当でない。
(2) 本件手続によって婚姻費用分担義務の内容を定めるべき始期は、調停申立てが平成二五年○月○日になされたことに照らして、同年○月とするのが相当である。その終期は、当事者の離婚又は別居解消のときとするのが相当である。
(3) (標準的算定方式による試算)
ア 婚姻費用の算定方法としては、いわゆる標準的算定方式(判例タイムズ一一一一号二八五頁以下参照)が合理的な算定方式として実務上定着しているので、まずこれによる試算を行う。
イ 抗告人の給与収入は、上記認定の平成二五年の給与支給額により、年一三一一万円とみるのが相当である。
ウ 相手方の給与収入は、上記認定の給与支給額に照らして、平成二六年○月までは年一〇〇万円程度、同年○月以降は年三六〇万円程度とみるのが相当である。
上記の各給与収入を、標準的算定方式の「表一四(婚姻費用・子二人表(第一子一五~一九歳、第二子〇~一四歳)」に当てはめると(なお、平成二五年○月分及び○月分についても便宜上同表を用いる。)、平成二六年○月までは「二四~二六万円」の枠の上域に、同年○月以降は「二二~二四万円」の枠の上域に位置する。
(4) (標準的算定方式に対する修正)
ア 長男の学費について
長男の□□中学部入学は、抗告人と相手方が別居した後であるところ、抗告人は長男の□□高等部への進学はもちろん、中学部への入学も了承していない旨述べるが、本件記録によれば、抗告人は同居中に私立中学受験を前提にして長男の家庭学習を指導していたと認められるほか、別居後も、長男が□□中学部に在籍していることを前提に、婚姻費用を支払ってきたことが認められる。また、□□は中高一貫教育の学校であるから、中学部に在籍している生徒は、特段の問題がなければ、そのまま高等部に進学する例が多いと考えられる。したがって、中学及び高校を通じて□□の学費等を考慮するのが相当である(なお、当事者双方の別居をもって、直ちにこの特段の問題に当たるということはできない。)。なお、中学部の学費等の金額は本件記録上明らかでないが、高等部と同程度のものとして考慮する。
標準的算定方式においては、一五歳以上の子の生活費指数を算出するに当たり、学校教育費として、統計資料に基づき、公立高校生の子がいる世帯の年間平均収入八六四万四一五四円に対する公立高校の学校教育費相当額三三万三八四四円を要することを前提としている。そして、抗告人と相手方の収入合計額は、上記年間平均収入の二倍弱に上るから、上記(3)のとおり標準的算定方式によって試算された婚姻費用分担額が抗告人から相手方へ支払われるものとすれば、結果として、上記学校教育費相当額よりも多い額が既に考慮されていることになる。
そこで、既に考慮されている学校教育費を五〇万円とし、長男の□□高等部の学費及び諸費の合計約九〇万円からこの五〇万円を差し引くと四〇万円になるところ、この超過額四〇万円は、抗告人及び相手方がその生活費の中から捻出すべきものである。そして、標準的算定方式による婚姻費用分担額が支払われる場合には双方が生活費の原資となし得る金額が同額になることに照らして、上記超過額を抗告人と相手方が二分の一ずつ負担するのが相当である。したがって、抗告人は、上記超過額四〇万円の二分の一に当たる二〇万円(月額一万六〇〇〇円程度)を負担すべきこととなり、これを、上記(3)のとおり標準的算定方式の算定表への当てはめによって得られた婚姻費用分担額に加算すべきである。
そうすると、学費を考慮して修正した婚姻費用分担額は、平成二六年○月までは二七万円、同年○月以降は二五万円と定めるのが相当である。
イ 治療費について
抗告人は、両眼の疾患による治療費がかかることを主張するが、上記認定事実によれば、平成二四年の手術後の経過は安定しており、年間二万円程度の治療費を要しているにすぎず、標準的算定方式において特別経費として控除されている医療費を超えるものでないことからすれば、婚姻費用分担額の算定に影響すべきものではなく、抗告人の上記主張は採用することができない。
ウ 住居関係費について
抗告人は、相手方は実父名義のマンションに居住しており住居費の負担がない旨主張する。しかしながら、上記認定のとおり、相手方は同マンションの管理費等を負担していることからすれば、相手方が同マンションに居住している事実は、婚姻費用分担額の算定に影響をすべきものではない。
よって、抗告人の上記主張は採用することができない。
(5) 既払金の考慮
ア 平成二六年○月まで(算定額二七万円)については、平成二五年○月から○月まで(既払額三四万五〇〇〇円)が月七万五〇〇〇円の超過支払となり、同年○月から平成二六年○月(同二五万円)までが月二万円の過少支払となるから、計算上は、三七万円の過払いとなる。
しかしながら、上記(4)アで算定した婚姻費用分担額二七万円は、□□の学費が公立高校の学校教育費を超える額を抗告人と相手方とで折半して負担することを前提としたものであるところ、抗告人が現に月三四万五〇〇〇円の婚姻費用を支払ったことからすれば、その当時は、超過額は全額抗告人が負担することを容認していたとみるのが相当である。このことに加えて、上記の学費・諸費以外にも、平成二六年○月の中学から高校への進学に当たっては入学金(一五万円)等を相手方が納付したことをも考慮すれば、相手方は上記三七万円の過払金の返還義務を負わないと解するのが相当である。
イ 平成二六年○月以降については、上記(4)アで算定した婚姻費用分担額月二五万円に対して既払額も月二五万円であり、過払分又は未払分は存在しない。
ウ 抗告人は、婚姻後、また別居後も多額の婚姻費用を支払ってきたことを主張するが、平成二六年○月以前に支払われた婚姻費用は、それが多額にのぼるとしても、これが相手方の貯蓄等として残存していることを認めるに足る資料はなく、実際に費消されたものと推認され、本件における婚姻費用分担額の算定に影響するものではない。
(6) 以上の次第で、平成二六年○月分以前の過払金及び未払金はいずれも存在せず、抗告人は相手方に対し、平成二六年○月以降当事者の離婚又は別居解消まで月額二五万円を、毎月○日限り支払う義務を負う。
三 抗告理由に対する判断は、上記一及び二で認定説示したとおりである。
よって、原審判を上記判断と抵触する限度で変更することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 金子順一 裁判官 田中義則 上田卓哉)
別紙 抗告の理由書
記
一 婚姻関係が破綻していること
(1) 原審判は、別居期間が四年七か月であること、未成熟子が二人いることを理由に、抗告人と相手方との婚姻関係が破綻していることを婚姻費用分担額の減額事情として考慮することは相当でないとした。
(2) 原審判が「四年七か月」という期間を如何に評価したのか明らかでないが、抗告人らは四年九か月間(現在)の長きにわたり別居を続けており、その間はほとんど交流も無かったもので、同期間をもって抗告人の主張を排斥する理由とはならない。
また、抗告人は、婚姻関係が破綻している以上、いつまでも相手方の生活費を満額支払わねばならない謂れなど無く、標準的算定方式から相当程度減額されるべきと主張するものであるところ、かかる主張と原審判が理由に挙げた未成熟子の有無とは何ら関係が無い。抗告人が子の生活費を支払わねばならないことは言うまでもない。
(3) 抗告人と相手方との婚姻関係は完全に破綻しており、双方が離婚訴訟を提起している(抗告人が提訴した離婚事件(御庁平成二六年(家ホ)第○号)の訴状抜粋、相手方が提訴した離婚事件(御庁平成二六年(家ホ)第○号)の訴状抜粋)。
多くの裁判例が婚姻関係の破綻の程度に応じて婚姻費用の分担額が軽減されると解するところ(東京高等裁判所昭和五七年一二月一〇日判決、判例タイムズ一二〇八号二四頁以下「婚姻費用の算定を巡る実務上の諸問題」)、原審判が、合理的理由を示すことなく、婚姻関係が破綻している事情を婚姻費用分担額の減額事情として考慮しなかったことは不当である。
二 相手方の収入について
(1) 原審判は、相手方の稼働能力は年収一〇二万円程度と認めるのが相当とした。
(2) しかしながら、相手方は平成二六年○月から薬剤師として勤務しており、一般的に薬剤師の給与が高額であることからして、従前から収入が大きく増額したことが見込まれる。従って、本年○月から現在までの相手方の収入が明らかにされない限り、婚姻費用を公平に分担することなど出来ない。
原審判は、相手方が通院治療を受けているとか、本年○月までは試用期間であるなどとして、相手方の稼働は不安定と認定した。
しかしながら、相手方が薬剤師として現に数か月間にわたり稼働していること、試用期間ということであれば期間の定めの無い労働契約が成立していると思料され、雇用はむしろ安定していることに照らせば、原審判が、稼働が不安定として前年度の源泉徴収票を基にしたことは不当である。
三 私立高校の学費について
(1) 原審判は、婚姻費用の算出にあたり、長男の私立学校の学費が月額六万八〇〇〇円程度必要であることを考慮した。その理由として、①抗告人が、長男が私立中学の中等部に在籍していることを前提に婚姻費用を支払ってきたことが窺えること、②中高一貫校においては、特段の問題が無ければ、そのまま高等部に進学する例が多いと考えられることを挙げる。
(2) しかしながら、①は、全くの事実誤認である。抗告人が多額の婚姻費用を支払い続けたのは、結婚当初から相手方が全ての財産管理を行ってきたためで、長男の私学進学云々とは全く関係が無い。抗告人が、御庁平成二五年(家イ)第四四五号調停事件の各期日においても、同平成二六年(家)第一三二号婚姻費用分担審判事件の審問期日においても、繰り返し述べた通り、同人が長男の私立中学及び私立高校への進学を了承したことは無い。いずれも、別居期間中に相手方が決めたことで、抗告人は相談も受けていない。むしろ、別居前、抗告人と相手方は、今後長男のみならず長女にも教育費がかかることを考え、とても長男を私立中学に行かせる余裕などないと判断し、長男の塾を進学塾の○○学園から地元の安価な塾へと変更させている。なお、長男の私立高校進学については、抗告人は、上記調停期日において、経済的理由から明確に反対している。
また、②につき、両親の離婚はまさに原審判が言うところの「特段の問題」である。一般的に、離婚となれば、従前と同水準の生活を維持することは困難である。抗告人と相手方の生活状況からすれば、長男に私立高校へ進学させる余裕など全く無く(抗告人が上記調停事件に提出した家計収支表、相手方が同事件に提出した家計収支表)、また、調停期日において抗告人が経済的理由から私立高校への進学に明確に反対していたにも拘わらず、原審判は、何ら根拠を示すことなく、私立高校の学費を抗告人に分担させており、不当である。なお、結局は、相手方の実家が裕福なため、抗告人の意見など関係なく、相手方は長男を私立高校へ進学させることができたものである。
四 退職後の生活について
(1) 抗告人は、平成六年○月の婚姻後、相手方に対し、給料及びボーナスのほとんど全額を婚姻費用として分担し続け、その財産管理を委ねてきた。平成二一年○月の別居後も平成二五年○月まで実に毎月約三五万円もの婚姻費用を、平成二五年○月以降も二五万円の婚姻費用を分担してきた。また、平成二一年度から平成二四年度まで、夏と冬のボーナス時に各一〇〇万円を超える婚姻費用をも分担してきた。そのため、抗告人にはまとまった預貯金が無く、住居も無く、退職後の生活準備が何も行われていない状況にある。
他方で、相手方は、平成六年の婚姻後、長年にわたり多額の婚姻費用を受領し続けており、平成二一年○月の別居後に限っても、平成二六年○月までの四年九か月の間に約二七四五万円にも及ぶ金員を受領している(三五万円○五二か月+二五万円○五か月+ボーナス約八〇〇万円)。また、実父名義の住居用マンションに居住しており、住居費の負担の無い終の棲家も確保している。
(2) 原審判は、かかる事情を考慮しておらず、不当である。
五 過払分の清算について
(1) 原審判は、原審判を基に算出した過払金四四万について、全額を過払として将来分に充当するとなると、申立人及び長男、長女の生活にいささか酷な状況を生じるとして、一部清算を免除するのが相当とした。
(2) しかしながら、抗告人は、現在支出を切り詰め、苦しい生活を送っており、それでも退職後の生活準備が何も出来ていない状況にあるのに対し、相手方は抗告人から受領する婚姻費用と実家からの援助で住居費が不要であるにも拘わらず毎月約六〇万円にも及ぶ多額の支出をしている上、終の棲家まで確保しており、かかる両当事者の生活状況、将来の備えに照らせば、上記の清算免除など全くもって不当である。
六 まとめ
以上の通り、原審判が婚姻費用分担額を定めるにあたり、婚姻関係が完全に破綻している事情を考慮しなかったこと、相手方が本年から薬剤師として現に稼働しているにも拘わらず、その収入さえ明らかにされないまま、相手方の収入を昨年度の源泉徴収票に基づき認定したこと、私立高校の学費を考慮したこと、従前の多額の婚姻費用の支払により抗告人と相手方との生活状況、将来の備えに大きな差があることを考慮していないこと、過払金の清算を一部免除したことは、いずれも結論として不当なばかりか、何ら合理的な理由も示されておらず、抗告人において到底承服することは出来ない。
そこで、抗告の趣旨記載の裁判を求めるものである。