大阪高等裁判所 平成26年(行コ)52号 判決 2014年8月29日
主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 被控訴人は,第二期富田林市浄化槽整備推進事業のうちα,β及びγの各地区に係る部分に関し,一切の公金を支出し,契約を締結し,又は債務その他の義務を負担してはならない。
2 被控訴人は,Aに対し,2409万0313円並びにうち6万6920円に対する平成24年2月28日から,うち106万8620円に対する同年4月18日から,うち6万6920円に対する同年8月28日から,うち451万5000円に対する同年10月29日から,うち474万9727円に対する同年11月19日から,うち2万1756円に対する平成25年1月18日から,うち2万1756円に対する同年2月18日から,うち2万1756円に対する同年3月18日から及びうち1355万7858円に対する同年4月18日から,各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を請求せよ。
第2事案の概要
本件は,富田林市の住民である控訴人らが,富田林市が富田林市浄化槽整備推進事業に関する条例(以下「本件条例」という。)に基づき第二期富田林市浄化槽整備推進事業を開始し,上記事業のうちα,β及びγの各地区に関する部分(以下「本件事業」という。)の事業費として合計2409万0313円を支出したことについて,本件事業は違法であり,市長であるAが富田林市の支出権者として行った上記事業費の支出は違法であると主張して,富田林市の執行機関である被控訴人に対し,①地方自治法242条の2第1項1号に基づき,本件事業に係る公金の支出,契約の締結,債務その他の義務の負担をすることの差止めを求めるとともに,②同項4号本文に基づき,上記事業費の支出当時の市長であるAに対して上記事業費相当額2409万0313円の損害賠償及びこれに対する各支出の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求することを求めた住民訴訟である。
原審は,本件事業が違法であるとはいえず,また,本件事業に係る公金の支出が違法であるとは認められないと判断して,控訴人らの請求をいずれも棄却したところ,これを不服とする控訴人らが本件各控訴を提起した。
1 法令の定め,前提となる事実,争点及び当事者の主張
次のとおり付加,訂正するほかは,原判決2頁24行目から14頁1行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決5頁23行目の「容易に」を削除する。
(2) 原判決6頁2行目の「相手方A」を「A」と改め,以下同様に読み替える。
(3) 原判決7頁11行目の「本件地区において,」の次に「第二期事業として,」を加える。
2 当審における控訴人らの補充主張
(1) 本件事業が生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成を実現する手段とならないこと
ア 本件事業は,生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成を目的とするものであるから,本件事業が上記目的を実現する手段として合理性を有するというためには,本件事業によって本件地区の生活排水の処理が一定程度改善されることが予測されるという程度では足りず,生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成という目的を実現する手段となり得るかどうかという観点からの検討が必要である。
イ 本件事業による浄化槽の整備は,浄化槽の設置を希望する住宅等所有者の申請等に基づいて行われるから,十分な事業効果を得るためには,対象地域の住民の理解や協力が必要である。本件事業が上記目的を実現するための手段として合理的ということができるかどうかは,本件地区の住民の意向や協力体制の状況が重視されるべきである。
ウ これを本件についてみると,原判決は,富田林市が実施した住民に対するアンケート調査において,約半数の回答者が浄化槽整備に賛成するとの意見であったことを理由に,本件事業は本件地区の住民の意向を全く無視するものであるということはできないと説示する。しかし,上記アンケート調査では,α地区の住民が対象から除外されており,本件地区の相当数を占めるα地区の住民の意向が反映されていないし,α地区の住民の臨時総会において,アンケートの実施前に,全会一致で浄化槽による整備に反対する旨の決議がされた。
また,本件地区の7町会は,平成21年6月頃,被控訴人に対し,本件地区の住民のうち90%を大きく超える者の署名を添えて,公共下水道の敷設を求める請願書を提出し,同年9月8日,富田林市議会に対し,第1次改訂基本計画における対象区域の決定を延期することなどを求める請願書を提出した。
その結果,富田林市は,素案において「浄化槽」としていた本件地区の整備手法を「要調整」に修正した上,平成21年11月から1年以上にわたり,本件地区の住民との間で協議を行ったが,本件地区の住民は,富田林市の説明に納得したり,浄化槽の導入に賛成したりしたことはなく,協議は平行線をたどった。原判決は,このようなアンケート調査実施後の状況の変化を考慮しておらず,不当である。
したがって,本件定めがされた平成24年1月27日当時,富田林市が本件事業について本件地区の住民の理解や協力を得ることができないことは明白になっていたから,本件事業は,生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成を実現するための手段として合理性を欠いていた。
エ 本件地区の住民は,本件定めがされた後も,本件事業に一貫して反対の意向を表明していた。富田林市は,平成24年5月25日,本件事業に関する入札説明書を公表したが,事業完了予定時期を平成35年3月と定め,新規設置目標基数について,必要数として定めていた450基の3分の2である300基しか設定しなかった。これによると,本件事業は,その計画内容自体から,生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成を実現することが不可能なものであり,Aも,本件事業の計画を策定した段階で,このことを十分に認識していた。
したがって,仮に本件定めがされた平成24年1月27日当時,本件事業が生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成を実現するための手段として合理性を欠くとはいえないとしても,遅くとも,本件事業の概要が明らかとなった同年5月25日当時,本件事業は生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成を実現するための手段として合理性を欠く状態に至っていた。
オ 現時点でも,本件地区の住民は,浄化槽の設置に反対しており,その反対運動が収束する見通しはない。平成25年末時点での本件事業の進捗状況は,設置基数が17基,寄付基数が26基であり,富田林市が定めた計画を大幅に下回っている。今後,富田林市が本件事業を継続しても,生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成が実現する見込みはない。
したがって,仮に平成24年5月25日当時,本件事業が生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成を実現するための手段として合理性を欠くとはいえないとしても,現時点において,本件事業は,生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成を実現するための手段として合理性を欠く状態に至っている。
(2) 公共下水道事業が生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成を実現する手段としてふさわしいこと
ア 生活排水処理施設としての性能等
原判決は,下水道事業について,人口減少地域では事業効果を得にくいとの評価を行っているようであるが,その根拠は不明である。人口減少地域においても,下水道事業によって生活排水が浄化槽事業の場合以上に適正に処理されることは明らかである。
したがって,本件地区において,下水道整備が浄化槽整備に劣後することはあり得ない。
イ コスト面における優劣について
原判決は,公共下水道の整備量・コストについて,当該地区の人口の増減の影響は限定的であると説示するが,その具体的根拠は明らかでないし,仮に影響が限定的であっても,その影響を加味した上で比較すべきである。原判決の説示は,浄化槽コストのみ10%を減額する理由とはなり得ない。
したがって,本件地区において,下水道整備に要するコストが浄化槽整備に要するコストを上回ることはあり得ない。
ウ 地域特性及び地域住民の意向について
本件地区の住民は,総じて公共下水道の整備を希望し,浄化槽の整備に強く反対しているから,本件地区においては,浄化槽による整備よりも公共下水道による整備の方が,圧倒的に生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成に資することは明らかである。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人らの請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は,次のとおり付加,訂正するほかは,原判決14頁3行目から28頁26行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決16頁14行目の「原告」を「控訴人ら」と改める。
(2) 原判決16頁26行目の「達成する」を「100%達成する」と改める。
(3) 原判決17頁6行目の「これを達成するため,」の次に「生活排水処理施設の整備として,」を加える。
(4) 原判決17頁10行目の「下水道処理人口」を「下水道実処理人口(公共下水道に接続することができる人口)」と改める。
(5) 原判決17頁15行目の「平成23年頃までに予定基数」を「平成23年6月末頃までに予定基数(450基)」と改める。
(6) 原判決17頁21行目から22行目にかけての「平成13年以降,処理能力の劣る単独処理浄化槽の新規設置は禁止されている」を「単独処理浄化槽は合併処理浄化槽よりも処理能力が劣ることから,平成13年4月1日以降,単独処理浄化槽の新規設置は,法令により原則として禁止されている」と改める。
(7) 原判決17頁25行目の「放流水」を「新設浄化槽からの放流水」と改める。
(8) 原判決18頁26行目から19頁1行目にかけての「α町会は,その後,住民総会で公共下水道による整備を選択することが採択されたとして,」を「α町会では,その後,同年4月5日の住民総会で下水道整備を選択することが満場一致で採択され,α町会は,」と改める。
(9) 原判決19頁13行目の「上記各町会は,」の次に「同年6月から7月にかけて,被控訴人に対して,公共下水道敷設を求める請願書(α,β等の町会では住民の90%を超える署名があるもの)を提出し,さらに,」を加え,13行目の「その後,」の次に「同年9月8日付けで,」を加え,15行目の「甲16の1・2,17,」の次に「21」を加える。
(10) 原判決19頁16行目の末尾に「なお,富田林市では,新基本計画の1次改訂において,本件地区について「要調整」としていた(甲18,乙41)。」を加える。
(11) 原判決19頁19行目の末尾に「本件地区の住民らの中には,「市は差別行政をやめよ。浄化槽断固反対。公共下水道の実現」と書かれたのぼりを掲げたり,浄化槽整備事業に反対する旨のステッカーを家に掲示している者がおり,ステッカーを掲示している家の数はかなりの数になっている(甲38の1・2,甲39の1~3,甲75)。」を加える。
(12) 原判決19頁24行目の「本件地区について,」の次に「下水道を整備する場合と浄化槽を整備する場合の1年当たりのコスト(建設コストを耐用年数で除した額に維持コストを加算した額)を比較すると,」を加える。
(13) 原判決20頁2行目の末尾に「新基本計画(2次改訂)では,本件地区の浄化槽設置数は450基とされている。」を加える。
(14) 原判決20頁5行目の「寄附」の次に「(本件条例19条所定の既設浄化槽の寄附。以下同じ。)」を加える。
(15) 原判決20頁10行目の末尾に続けて,「そして,平成26年3月末日現在の実績累計数は,合計43基(設置17基,寄附26基)であった(甲76)。」を加える。
(16) 原判決21頁8行目の「国や大阪府においても,」の次に「過大な公共投資を避け,効率的な整備を図ることが重要であるとの認識の下,」を加える。
(17) 原判決21頁19行目の「事業効果を得にくい」を「事業規模を調整することができない」と改める。
(18) 原判決22頁21行目の「人口は大幅に減少している」を「人口は,平成17年には1965人であったものが,平成25年には1745人へと大幅に減少している」と改める。
(19) 原判決23頁22行目から23行目にかけての「当該地区の人口の増減の影響は限定的であるのに対し,」を「当該地区の人口の増減により大きく影響を受けることを認めるに足りる証拠はなく,他方で,」と改める。
2 当審における控訴人らの補充主張について
(1) 控訴人らは,前記第2の2(1)のとおり,本件事業の事業効果を得るためには,対象地域の住民の理解や協力が必要であり,本件事業が上記目的を実現する手段として合理性を有するというためには,本件事業によって本件地区の生活排水の処理が一定程度改善されることが予測されるという程度では足りず,生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成という目的を実現する手段となり得るかどうかという観点からの検討が必要である,本件事業が上記目的を実現するための手段として合理的ということができるかどうかは,本件地区の住民の意向や協力体制の状況が重視されるべきであるとした上で,①本件定めがされた平成24年1月27日当時,浄化槽設置について本件地区の住民の理解や協力を得ることができないことは明白になっていたから,本件事業は,生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成を実現するための手段として合理性を欠いていた,②仮にそうでないとしても,遅くとも本件事業の概要が明らかとなった平成24年5月25日当時又は現時点において,本件事業は生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成を実現するための手段として合理性を欠く状態に至っているなどと主張する。
しかし,引用した原判決の認定説示のとおり,合併処理浄化槽は,近年性能が向上し,窒素やリンを除去することができる高度処理型が用いられるなどしているほか,法定検査結果についての都道府県への報告等が定められ,新設浄化槽からの放流水の水質基準がBOD20㎎/L 以下,BOD除去率が90%以上とされるなど,規制の厳格化が図られており,生活排水処理施設として必要な性能を有するに至っているということができる。そして,引用した原判決の認定事実(付加,訂正後のもの)のとおり,①国や大阪府においても,合併処理浄化槽を下水道と並ぶ生活排水処理施設と位置付けていること,②本件地区において,今後大規模な開発は予定されていない上,将来的に人口が減少することが合理的に予測されるところ,このような人口減少地域では,整備の規模を調整しやすい浄化槽事業が適していること,③本件地区は,公共下水道の整備が進んでいる市街化区域に近接しておらず,かつ,流域の上流部に位置するため,公共下水道の整備を図る場合,より下流部の整備完了を待たざるを得ないこと,④富田林市は,本件事業の実施に当たり,本件地区の住民と複数回にわたり協議の場を持ったこと,⑤δ地区等においては,第一期事業の実施により,早期に生活排水の適正処理が進んだこと,⑥本件地区における浄化槽整備は,当初の計画を下回るものの,徐々に進捗していることを認めることができる。これらによると,本件事業は,生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成を実現するための施策として合理性を有するものであるということができる。
引用した原判決の認定事実(付加,訂正後のもの)によると,本件地区の住民には,公共下水道の整備を主張し,本件事業に反対する意見が根強くあり,その旨の請願等がされていることを認めることができるが,そうであるとしても,本件事業は,上記のとおり,生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成を実現するための施策として合理性を有するものであるから,被控訴人において,第一期事業の成果をも踏まえ,住民の理解を得られるように更に説明を尽くすこと等を前提に,その政治的責任において本件事業を実施することが,不合理であるとまではいうことはできない。そして,そのことは,①本件定めがされた平成24年1月27日時点,②本件事業の概要が明らかとなった平成24年5月25日時点,③現時点のいずれの時点においても変わらないものというべきである。
なお,引用した原判決の認定事実(付加,訂正後のもの)によると,新基本計画(2次改訂)における浄化槽設置数が450基であるのに対し,本件事業で設置が予定されている浄化槽の数は300基であることが認められるが,本件事業は,それ自体で100%浄化槽を設置しなければならないというものではないから,上記のとおり差があることは,上記の認定判断を左右するものではない。
(2) 控訴人らは,人口減少地域においても下水道の事業効果があると主張するが,この点については,引用した原判決第3,3(1)説示のとおりである(公共下水道は,多大な初期投資を必要とし,完了まで相当の長期間を要するから,このようなことのない浄化槽よりも,人口減少地域において事業の効果が劣ることは明らかである。)。
(3) 控訴人らは,富田林市が浄化槽についてのみコストを10%減額している点が不当であると主張するが,この点については,引用した原判決第3,4(3)説示のとおりである(公共下水道が地区の人口の増減の影響を受けるとしても,その程度は,浄化槽よりも少ないから,そのことを考慮して,両者のコストを比較するに当たり,浄化槽についてのみ10%減額修正をすることには合理性がある。)。
(4) 控訴人らは,本件地区の住民は,総じて公共下水道の整備を希望し,浄化槽の整備に強く反対しているから,本件地区においては,浄化槽による整備よりも公共下水道による整備の方が,圧倒的に生活排水の100%適正処理という政策目標の早期達成に資することは明らかであると主張する。しかし,引用した原判決第3,1のとおり,普通地方公共団体が生活排水処理のためにどのような施策を行うかについては,水質汚濁の有無・程度,対象地域の人口変動や市街化の動向・地理的要因・既存の生活排水処理施設の状況,当該普通地方公共団体の全体としてのまちづくりの方針・財政の状況等の諸事情の総合考慮により政策的・技術的な見地からの判断を要するということができるから,本件地区の住民が総じて公共下水道の整備を希望し,浄化槽の整備に強く反対しているからといって,本件事業が生活排水処理のための施策として著しく合理性を欠くことが明らかであるということはできない。
3 結論
よって,控訴人らの請求はいずれも理由がないから,これを棄却した原判決は相当であって,本件各控訴はいずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 村田龍平 裁判官 龍見昇)