大阪高等裁判所 平成27年(う)70号 判決 2015年7月30日
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役3年に処する。
この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。
理由
本件控訴の趣意は,主任弁護人後藤貞人,弁護人福森亮二及び同冨士﨑真治共同作成の控訴趣意書に記載のとおりであり,これに対する答弁は検察官河合文江作成の答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する。論旨は,訴訟手続の法令違反及び量刑不当をいうものである。
第1控訴趣意中,訴訟手続の法令違反の点について
論旨は,原判決は,①「犯行に至る経緯」及び「犯罪事実」の項において,本件公訴事実以外に係る複数の余罪事実を具体的に特定するなどして,あたかも公訴事実のごとく認定判示している上,②「証拠」の項においても,専ら余罪事実の立証に係る証拠を本件公訴事実の立証に係る証拠よりも多く摘示し,さらに,③「量刑の理由」の項において,余罪事実を被告人に不利益な情状事実として具体的,直接的に評価した結果,④被告人らに詐取金持ち逃げの意図がない上,詐取金全額について完全な弁済がなされた本件について,さしたる前科のない被告人に対し,同種事案における量刑の均衡を逸脱して著しく重い処罰を下しているように,原判決は,複数の余罪事実について,本件に関する情状を推知する範囲を大幅に逸脱し,実質的に余罪を処罰する趣旨で量刑資料に供し,罪刑の均衡ないし量刑の公平性を著しく失する量刑をしたものであるから,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というものである。
そこで,原審記録を調査して検討する。
1 本件公訴事実について
本件公訴事実は,要旨,「被告人は,太陽光発電設備の販売等を業とするA社の代表取締役として同社の業務全般を統括するもの,Bは,同社財務担当の執行役員という名称で金融機関からの資金調達等の業務を担当していたものであるが,被告人及びBは,融資実行の判断材料となる多数の重要事実を偽って融資金名目で株式会社C銀行(以下「C銀行」又は「被害銀行」という。)から金銭をだまし取ろうと考え,共謀の上,かねてより,C銀行D支店融資担当者らに対し,大手信販会社と同名のダミー会社からA社の同支店開設預金口座への多額の入金を偽装した上,内容虚偽の過大な売上高を記載した試算表等を提出するなどして,同社の売上高及びそれに伴う入金が多額に上っている旨誤信させるとともに,同社の大手信販会社に対する売掛債権の回収期間を実際よりも長期間であるように偽装した上,多数の未回収債権があるように装うなどして,真実は,回収済みあるいは架空の債権であるのに,大手信販会社に対する多数の未回収債権がA社に保有されており,これを融資を受ける際の返済の原資とする旨説明するなどして,その旨誤信させていたことに乗じ,さらに,A社が株式会社E銀行(以下「E銀行」という。)から融資を受けていないのに既にこれを受けているかのように装った上,従前と同様,実態と異なる売上が存在するかのように装うとともに,上記の返済原資となる売掛債権が存在しないのにこれが存在するかのように装い,加えて,実際には,融資がなされれば他の金融機関への返済等に用いる意図であるのに,その事情を秘し,平成24年9月5日,大阪市a区内の当時のA社事務所において,上記融資担当者らに対し,A社への融資実行の判断材料となる事実及び資料として,『E銀行から3億円調達できた。C銀行にも,2億円の融資をお願いしたい。返済原資となる売掛債権の書類等も提出する。』旨言うとともに,同月4日から同月20日にかけて,『 24-8.30 ご融資300,000,000』との虚偽内容を記載したE銀行発行名義のA社を預金者とする預金通帳の写し,同銀行F支店がA社に3億円の融資を実行した旨の内容虚偽の同支店発行名義の「ご返済金およびお利息の明細」と題する書類の写し,A社が65人の顧客から受注を受けて大手信販会社株式会社Gに対して合計約2億700万円相当の売掛債権を有する旨を示す内容虚偽の売掛債権の明細及び同社とその顧客との間で締結されたローン契約の契約日付等を改ざんした顧客65人分のローン契約書の写し,A社の同年1月から同年7月までの売上高を過大に計上して約75億円にした同社の試算表等の資料を,いずれも,D支店へファクシミリ送信し,又は,上記融資担当者に対し交付して提出し,同融資担当者らを介して,C銀行審査第二部(以下「審査第二部」という。)審査役に対し,A社の仕入資金として2億円の借入れを申し込み,同年9月26日,上記審査役に,それらの事実が真実で資料が真正なものである旨誤信させて,A社への2億円の融資を決定させ,よって,同月28日,D支店に開設されたA社名義の普通預金口座に融資金2億円から手数料を差し引いた1億9942万3921円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた」というものである。
2 原判決の認定事実について
原判決は,理由中の「犯罪事実」の項において,個々の行為を行った者を特定したり,より詳細な事実を摘示したりしているほかは,上記公訴事実と基本的に同旨の事実を判示しているほか,「犯行に至る経緯」の項において,要旨,次のような事実を認定判示している。
「被告人は,平成23年4月に,D支店に対し,仕入資金等として1億円以上の融資を申し込んだ。この融資希望額は,最終的には審査第二部の決裁が必要となる1億5000万円となったが,審査第二部からD支店に対し,A社の業績が浅く,流動資産も現状では不十分であること等から1億5000万円の融資は対応困難であるが,返済原資に条件を付ける等のいわゆる紐付き融資を支店決裁の権限内で支店の判断で行うことは可能との回答があった。そこで,D支店は,この紐付き融資の件を被告人に伝え,被告人から希望があった他の金融機関に融資を依頼していない32名の受注分(合計金額約8900万円)に相当する金額について,無担保で,被告人が提出した受注残明細等を確認した上で,同年6月30日に返済期間6か月の約定で融資を実行した(第1回融資)。この融資の際,被告人は,大手信販会社に対する売掛債権の回収に関する商流の期間を1か月から2か月程度のところを3か月から6か月程度と虚偽の説明をしており,被告人が提出した32名分の受注残明細のうち27名分は実態が伴っていない虚偽のものであった。
Bは,同年夏頃から,A社の資金調達等に関与するようになったが,被告人から自分の説明に合うよう内容を改ざんした預金通帳等のコピーや受注残明細のコピーの作成を指示され,これを部下に作成させていた。また,被告人やBは,A社の社員に指示して,実際に取引のある大手信販会社や実際の仕入先会社と同名のダミー会社を設立させ,そのダミー会社名義で預金口座を開設し,預金通帳上,大手信販会社からの入金や仕入先への支払が実際にあるかのように仮装できる環境を作った。
被告人は,同年10月頃,D支店に対し,受注分に対応する1億円及び学校法人からの受注見込みに対する2億円の融資を申し込んだ。D支店が,審査第二部に相談すると,審査第二部は,学校法人関係の2億円は融資困難だが,受注分の1億円については,第1回融資と同様紐付き融資とすること及び第1回融資の完済等を条件に融資可能と判断し,D支店は,第1回融資完済後の同年11月30日,受注残明細で確認された37名の受注分(合計金額約1億1000万円)に相当する金額について,無担保で,第1回融資と同様の商流を前提に返済期間6か月の約定で融資を実行した(第2回融資)。この第2回融資でD支店に提出された受注残明細は,内容は虚偽のものであった。
平成24年2月頃,被告人は,D支店に対し,納税資金として9000万円の融資を申し込んだ。D支店は,第2回融資以降,審査第二部から,A社の他の金融機関からの資金調達状況について定期的に確認し,報告するよう求められており,その点を被告人に尋ねると,被告人は株式会社H銀行(以下「H銀行」という。)から1億5000万円の資金調達予定があると説明し,また,A社からは同年1月末日時点での試算表や各金融機関の預金通帳のコピーが提出された。審査第二部は,この融資について,H銀行からの融資が実行されるかどうかを重視していたが,A社から,同年3月1日にH銀行がA社に1億5000万円融資する旨の同年2月28日付け金銭消費貸借契約証書や返済計算書のコピーが提出されたことから,同年3月1日,D支店は,A社に9000万円の融資を実行した(第3回融資)。このH銀行とA社との金銭消費貸借契約証書のコピーは偽造されたものであり(第3回融資実行後ではあるが,H銀行が同年3月27日に1億円をA社に融資した事実はある。),A社がD支店に提出した1月末時点での預金通帳のコピーや試算表は,銀行預金合計約1億8000万円については,約1億7000万円分が上乗せされたものであり,また預金通帳から確認できる信販会社からの入金や仕入先への支払は,それぞれ約7000万円分が上乗せされた内容虚偽のものであった。
D支店は,従前から信用保証協会の保証付き融資を検討しており,それまで信用保証協会の了解が得られず実現していなかったが,信用保証協会の了解が得られたことから,同年4月16日に同信用保証協会の保証付きで3000万円の融資を実行した(第4回融資)。
D支店担当者は,A社の資金調達状況等について被告人らから随時聴取していたが,被告人は,東日本大震災以降太陽光発電の社会的需要が高まっており,A社の業績も順調に伸びており,既に約40億円分を受注しているが,売上による自己資金だけでは受注分の仕入に追いつかず,仕入資金について融資を受ける必要がある等の説明をしていた。
同年4月頃,被告人は,D支店に対し,同月24日には第2回融資を完済できるとして,仕入資金として1億5000万円の融資を申し込んだ。被告人らは,I商工組合から1億5000万円,J信用金庫から5000万円の調達予定があり,他にもE銀行との間で2億円から3億円の融資を交渉中であるとの説明をしていた。D支店は,被告人らの説明を踏まえ,受注残明細に基づき47名の受注分(合計金額約1億5000万円)に相当する金額の融資を考え,審査第二部に相談したところ,審査第二部は,これまでも他の金融機関からの資金調達の予定が履行されておらず,また,元々取引が多いE銀行からの融資が実現していないことを問題視していた。審査第二部は,最終的には,I商工組合から1億5000万円,J信用金庫からは1億円の融資が実行されたことを証する預金通帳や契約書のコピー等が提出されたこと等を踏まえて融資することとしたが,融資額には慎重であり,第2回融資と同程度の融資額とし,返済方法も計6回元利均衡返済に変更することで対応可能との回答をD支店に伝え,D支店は,第2回融資に相当する額を受注残明細で確認し,34名の受注分(合計金額約1億1000万円)について,第2回融資完済後の同年5月1日に融資を実行した(第5回融資)。A社は,I商工組合からは約8000万円の融資しか受けておらず,J信用金庫からは全く融資を受けていなかったものであって,D支店に提出した関係資料は内容虚偽のものであった。
このように,D支店は,A社に対する融資に前向きであり,平成23年6月から平成24年5月までに,同社に対し5回の融資を実行し,返済期限が到来している融資については返済がなされているが,審査第二部は,A社が業績が浅いにもかかわらず大幅な増収,増益をしていることにも疑問を持ち,他の金融機関からの資金調達が予定どおり行われていないこと,主要な取引が集中しているE銀行が融資を実行していないこと,仕入資金を含め会社運転資金の調達を金融機関からの借入に依存していること等から,A社への融資には慎重であって,D支店には,メインバンクになってしまうような融資は行わないことを伝え,また,審査第二部は,今後の融資については,E銀行からの融資の実行状況を重視しており,そのことは,D支店を通じて,被告人らにも,伝えられていた。」
3 余罪に関する事実の主張・立証及び認定が許される範囲について
(1) 刑事裁判において,起訴された犯罪事実のほかに,起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し,実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し,そのために被告人を重く処罰することは許されないが,他方で,起訴されていない余罪であっても,量刑のために,被告人の性格,経歴及び犯罪の動機,目的,方法等の情状を推知するための資料として考慮することは許容されるところ(最高裁昭和41年7月13日大法廷判決・刑集20巻6号609頁,同昭和42年7月5日大法廷判決・刑集21巻6号748頁参照),第一審判決が,余罪を実質的に処罰する趣旨で量刑の資料に考慮して重く処罰したのか,量刑において情状を推知するための資料として考慮したにとどまるのかは,余罪に関する事実(以下「余罪事実」という。)について,第一審判決がどの程度具体的に認定し,量刑上どの程度重視したのか,また,第一審裁判所が検察官による余罪事実の主張及び立証をどの程度許容したのか,さらに,第一審判決の量刑が一般的な量刑傾向に照らして重く,それが余罪を考慮したためと評価できるのかなどの諸点を総合考慮して判断すべきである。
(2) もっとも,本件公訴事実は,先に引用したとおり,要旨,被告人らが本件に先行する融資で行った様々な偽装行為によって,D支店の融資担当者らに対して,A社の売上高及びそれに伴う入金が多額に上っており,また,同社は大手信販会社に対する多数の未回収債権を保有し,これを融資返済の原資にできると誤信させていたことに乗じ,さらに,A社がE銀行から既に融資を受けているように装った上,従前と同様,実態と異なる売上や返済原資となる売掛債権が存在すると装い,融資金の使途も秘匿して,上記融資担当者を介して,審査第二部審査役に対し,A社の仕入資金として2億円の借入れを申し込み,それらの事実が真実で資料が真正なものである旨誤信させ,同社への2億円の融資を決定させた,というものであり,本件融資詐欺の訴因を明示するに当たり,先行する同種の余罪事実である偽装行為やそれによる被害銀行融資担当者らの誤信の内容も一部組み込まれたものとなっている。その趣旨は,過去の被害銀行とA社との取引状況や被告人らによる偽装行為,それによって形成された被害銀行融資担当者らにおけるA社の経営状況や財務状況に対する誤った認識や評価の概要といった余罪事実についても,本件融資詐欺における欺罔行為の趣旨や被告人らの意図,その実効性を明らかにするために必要があるとして記載したものと解されるところ,本件公訴事実における上記余罪事実の記載は,上記欺罔行為の趣旨や被告人らの意図,その実効性を明らかにするのに必要な範囲にとどまっているといえるから,合理的根拠に基づく必要な記載として是認することができる。
このように,本件は,公訴事実において,訴因を明示する上で,余罪事実の記載が必要な事案であるところ,こうした事案においては,審理及び判決においても,余罪事実に関する当事者の主張や立証を許容し,判決において余罪事実を認定することも,罪となるべき事実を具体的に特定明示し,当該犯罪事実の社会的実体を明らかにする上で必要があるのであれば,その限りで許されるが,余罪事実は審判の対象とはされていない犯罪事実であるから,審理及び判決において,余罪事実に関する当事者の主張や立証を許容し,判決において余罪事実を認定することは,不告不理の原則に照らし,あくまでも上記必要性が認められる限度内にとどめるべきである。
そして,裁判所が,その限度を超えて,当事者の主張や立証を許し,さらに,判決において認定することになれば,上記の観点から余罪事実の認定を許容する余地はなくなり,改めて,余罪を実質的に処罰する趣旨で量刑の資料に考慮して重く処罰したのか,量刑において情状を推知するための資料として考慮したにとどまるのかの検討を要することとなるのである。
4 原判決の余罪事実の認定判示について
そこで,以上の判断枠組みに基づいて,原判決の認定判示についてみると,原判決は,「犯罪事実」の記載が1頁と14行であるのに対し,「犯行に至る経緯」の記載が3頁と15行に及び,しかも,そのうち第1回ないし第5回の各融資(以下「先行融資」という。)に関する記載が2頁と25行にも及んでいる。その記載内容についてみても,先行融資の日時や金額,背景事情や交渉経緯,関係書類等の準備状況のほか,各融資を受けるに当たり,被告人らが被害銀行融資担当者らにした説明や提出された書面の内容及びその内容がいずれも虚偽であることを,融資ごとに具体的かつ詳細に摘示している。さらに,「犯罪事実」中の「(D支店融資担当者らをして,)A社の業績は良好であって多額の融資に見合う経営状態であり,信販会社に対する多数の未回収債権を融資を受ける際の返済の原資とできるものと誤信させていたことに乗じ」とか,「これまでの5回の融資と同様に融資実行の判断材料となる多数の重要事実を偽り」といった各記載もあることから,上記「犯行に至る経緯」の摘示は,先行融資が余罪であることを明示するだけでなく,その個々の融資について,詐欺罪の構成要件に該当する犯罪事実が,罪となるべき事実として摘示する場合と同程度に具体的かつ詳細に摘示されているといわざるを得ない。
この点,罪となるべき事実を具体的に特定明示し,当該犯罪事実の社会的実体を明らかにする上で必要があるのであれば,それに必要な範囲内で余罪事実を認定判示することも許されることは,前判示のとおりである。
しかし,本件融資詐欺は,上記のとおり,被告人らによる一連の先行融資における各欺罔行為によって,D支店の融資担当者がA社の経営状況や返済原資等について誤信していたことに乗じたものであるとはいえ,単に従前からの誤信を利用したにとどまらず,被告人らは,本件融資詐欺を行うに当たり,種々の内容虚偽の文書を新たに作成提示することによって,E銀行からの3億円の融資を偽装し,さらに,売上の水増しや売掛債権についても偽装をするといった手の込んだ欺罔行為を新たに行っている。そして,被害銀行で高額な融資を決裁する権限を有する審査第二部は,原判決が認定するとおり,A社の業績が浅いのに大幅な増収,増益をしていることに疑問を持ち,他の金融機関,特に主要な取引が集中しているE銀行が融資を実行していないことや,仕入資金を含め会社運転資金の調達を金融機関からの借入に依存していることなどからも,A社への融資に慎重であったというのであるから,上記のような新たな欺罔行為があったからこそ,審査第二部担当者までが錯誤に陥って,融資金として約2億円を交付するに至ったものと認められる。したがって,本件においては,罪となるべき事実を具体的に特定明示する趣旨から,先行融資の経緯やその際における欺罔行為の内容について言及するとしても,原判示のように具体的かつ詳細に認定判示するまでの必要性はなく,本件公訴事実のとおり,あるいは原判決の「犯罪事実」の項の冒頭部分に「犯行に至る経緯」の項の最終段落を組み込む程度の認定判示をすれば,必要にして十分ということができる。
また,本件は,いわゆるメガバンクからの巨額融資詐欺という特徴のある事件ではあるものの,基本的には財産犯であって,犯罪事実の社会的実体を明らかにする趣旨から,犯行の動機,目的や累行性といった情状事実を推知するためであっても,「犯行に至る経緯」として先行融資の状況を詳細に認定判示する必要はなく,上記と同様に,罪となるべき事実の摘示の中で簡潔に判示するか,量刑理由中で言及すれば足りるというべきである。
そうすると,原判決が「犯行に至る経緯」として先行融資という余罪事実を具体的かつ詳細に認定判示したことについて,合理的理由は見出し得ないのであり,このような不必要に具体的かつ詳細な余罪事実を認定判示することは,弁護人主張のように,それ自体,公訴事実と余罪事実とを一体視して,これらを全体として評価・処罰する趣旨と受け取られてもやむを得ないといわなければならない。
5 原審検察官の主張・立証活動とそれに対する原裁判所の対応について
次に,先行融資の事実に関する原審検察官の主張・立証活動についてみると,まず,原審検察官が原審第1回公判期日において行った冒頭陳述の中の「第4 犯行に至る経緯」の項には,先行融資の経緯やその際の被告人らの欺罔行為等について,原判決が「犯行に至る経緯」として認定判示したものとおおむね同程度の具体的かつ詳細な記載がみられる。また,原審検察官は,同期日に甲号証111通,乙号証38通の合計149通の証拠書類の取調べを請求しているが,その内容をみると,例えば,被害銀行関係者の警察官調書の多く(原審甲34~36,44~47,55~57,60,62,63,65,66,68,69)は,専ら先行融資の状況を説明するものであるところ,その内容は本件融資の状況に関する警察官調書(原審甲37,48,58,64,67,70)と同程度に具体的かつ詳細なものであるなど,原審検察官は,請求証拠全体を通じて,先行融資の状況について,本件融資と同程度に具体的かつ詳細な立証をしようとしていることが明らかである。
この点,原審弁護人から,前記引用の本件公訴事実のうち,「かねてより」以下の記載は余事記載のように見えるなどとして,その趣旨及び意味内容を明らかにされたい旨の求釈明を受けるとともに,訴訟進行に対する意見として,「検察官請求証拠は重複が多すぎるので,検察官において証拠を厳選してベストエビデンスに限定するか,もしくは統合・圧縮するなどしてスリム化されるよう希望する」旨述べられたのに,原審検察官は,要旨,「上記記載は,以前より被告人及びBがE銀行の融資担当者に対し,融資実行の判断材料となる重要事実を偽っていたことによって形成された状況に乗じて本件欺罔行為がなされたという意味で,公訴事実と密接不可分の関係にある事実の記載であり,被告人らのこれらの行為は,故意及び共謀を基礎づける事実として重要である上,情状にも関わることから主張立証するものである」旨回答するとともに,証拠の厳選等には応じず,かえって,弁護人が不同意の意見を述べた証拠について証人尋問請求をする意向さえ示している。
さらに,原審検察官は,論告の「第2 情状関係」の項の中の「1 犯行に至る経緯,動機に酌量の余地がないこと」の項目では,第1回融資以降,被告人らが重要な事実を多数偽って新規借入を行っていたことから,自転車操業状態に陥っていたことを指摘し,また,「2 極めて周到かつ巧妙に欺罔行為を繰り返した計画的な組織的・常習的犯行であって,その態様が悪質であること」の項目では,その表題どおり,先行融資において偽装工作が繰り返されていたことを主張し,さらに,「3 被害結果が甚大であること」の項目でも,「被害銀行は,全6回の融資について,いずれも,弁済不能のリスクにさらされ,貸出金額を増額する中で本件被害を被ったものであって,商取引上の信頼を害した程度は非常に大きい」と指摘している。
以上の原審検察官の主張・立証活動をみれば,先行融資において偽装工作等が繰り返された事実を具体的かつ詳細に立証した上,論告での情状関係の主張においても,これらの事実を強調していることが明らかであって,前記求釈明に対する回答にもかかわらず,これらの余罪事実を実質的に刑の量定に反映させようとする意図をもって主張・立証活動を行ったものと疑わざるを得ない。
ところが,原裁判所は,こうした検察官の主張・立証活動について,特段の制限を加えたり,証拠調べの範囲や程度について検討を促したりした形跡は見受けられず,かえって,原判決において,前記のとおり,犯行に至る経緯として,先行融資の状況を具体的かつ詳細に認定判示するとともに,「証拠」の項では,原判決の整理に従っても,先行融資のみに関する証拠書類を34通も掲げており(なお,本件融資詐欺のみに関する証拠書類は29通,両方の事実に関する証拠書類は34通),「量刑の理由」の項の説示においても,原審検察官の論告における主張の多くを採用していることがうかがわれるのであって,こうした原審の審理経過や原判決の内容に鑑みると,原裁判所は,原審検察官の上記主張・立証活動をほぼ全面的に容認したものと認められる。
そして,このような原裁判所の措置は,直ちに違法とまではいえないとしても,原審検察官による不当な主張・立証活動を容認するものであって,不適切といわざるを得ず,しかも,このような不適切な措置を行ったということは,原裁判所もまた,原審検察官と同様に,先行融資を余罪として量刑上も考慮していると疑わせる事情とみるほかはない。
6 原判決の「量刑の理由」の説示について
原判決の「量刑の理由」の項をみても,原判決は,「1 本件詐欺の悪質性,重大性」の項目の(1)において,「本件は,判示のとおりの事案であって,詐取金額や欺罔手段等からみるとかなり重い部類に属する融資詐欺の事案といえる」とした上で,主として本件犯行(第6回融資)における欺罔行為の悪質性について言及した後に,「そして,このような偽装工作による融資が,犯行に至る経緯記載のとおり,日常的,継続的に行われていた点も,本件の刑責を考える上で見逃せない点といえる」と説示するところ,この説示部分は,素直に読めば,先行融資が本件と同様に詐欺罪に当たる偽装工作による融資であり,こうした偽装工作が日常的,継続的に行われていたという事実を,量刑上重視する趣旨であると解される。
また,原判決は,同項目の(2)の冒頭で,「本件では,詐取金額や欺罔態様,融資詐欺の常習性等が,本件の基本的評価を非常に重くする事情として指摘できる」と説示するところ,上記説示部分では,被告人及びBの各個別的事情とは区別して,「融資詐欺の常習性」が論じられているから,ここでいう「常習性」とは,融資詐欺が反復継続されたこと自体を指すものと解される。
その他,「量刑の理由」の項中には,量刑評価において,先行融資についても重視したことをうかがわせる表現がみられるのであり,こうした原判決の「量刑の理由」における説示内容も,原判決が先行融資を余罪として認定し,これを実質的に処罰する趣旨で量刑資料として用いたことをうかがわせる事情ということができる。
7 原判決の量刑判断について
最後に,原判決による量刑判断の在り方についてみると,原判決は,「量刑の理由」の項において,①本件犯行の詐取金額の大きさ,②欺罔態様の悪質さ,③融資詐欺の常習性(融資詐欺が反復継続されていたこと)を,本件の基本的な評価を非常に重くする事情として重視し,他方,④詐取金額が利息を含めて全額弁償されていることを十分考慮すべき事情として評価しながら,犯罪行為そのものの悪質さから,本件は当然に執行猶予を付するべき事案とはいえず,執行猶予を付することができるかどうかは被告人ごとの個別事情によると説示した上で,さらに,⑤被害銀行が返済不能のリスクにさらされ続けて与信機能が侵害されたことを指摘し,また,被告人の個別的事情については,⑥本件融資詐欺の首謀者であり,実行の中心的人物であること,⑦自らの法的責任について曖昧な態度をとって,Bに実質的な責任を押しつけようとしていること,⑧Bに不正な行為をさせたことを,執行猶予を付する上での消極事由として指摘し,その他原審弁護人の主張する酌むべき事情を考慮しても,被告人を執行猶予に付すのは相当でないとの判断を示している。
このうち,④の全額被害弁償の点は,弁護人も主張するように,財産犯である詐欺1件限りの事案において,被告人にさしたる前科がなければ,組織的詐欺や特殊詐欺等の特に悪質な詐欺事案を除き,被害の全額が弁償されたことは,刑の執行を猶予するか否かの判断において分水嶺ともなるべき重要な事情といえるのであり,従前の裁判例では,本件のような巨額詐欺事案であっても,執行猶予を付される事例が少なくないことは,当裁判所に顕著な事実である。
そこで,本件が被告人を実刑に処すべき特に悪質な詐欺事案に当たるかについて検討すると,原判決が,本件の基本的な評価を非常に重くする事情として重視した①の本件犯行の詐取金額の大きさ,さらに,執行猶予を付する上で消極方向に傾く犯情の一つとして考慮した⑤の被害銀行が返済不能のリスクにさらされ続けて与信機能が侵害されたことに関してみれば,本件では,本件融資はもとより,先行融資についても,利息や遅延損害金を含めた全損害が弁償済みであり,原判決のいう返済不能のリスクや与信機能の侵害も遅延損害金等の支払によって補填されたことになるから,これらの被害の大きさの点は,刑の執行を猶予するか否かにおいて決定的な事情とはなり得ないと考えられる。
次に,②の欺罔態様の悪質さの点は,原判決の認定説示するとおりであるが,弁護人も主張するとおり,本件では,被害銀行の融資担当者らにおいて,提出を受けた預金通帳や他銀行作成名義の書面等の原本の提示を求めるなど,基本的な審査の手順さえ踏んでおれば,未然に被害を防げたとも考えられる。また,被告人らによる本件融資詐欺の目的は,A社における借入金の返済資金の獲得であって,被害銀行側に説明した仕入資金とは異なるものの,いずれにしても,自転車操業をする中で,事業継続中のA社における運転資金を得ることにあるのであり,また,返済の意思がなかったとも認められず,こうしたことからすると,本件は,弁護人主張のような形式詐欺ではなく実質詐欺であるとはいえ,返済意思のない場合に比べれば悪質性は低いともいえる。そうすると,本件融資詐欺の欺罔態様の悪質さの点も,全額被害弁償をした被告人に対する刑の執行を猶予することを妨げる事情とまではいえない。
さらに,⑦については,たとえ原審における被告人の供述態度が原判決の説示するとおりに評価されるとしても,これは一般情状にとどまる上,被告人は,基本的に罪を認めて公訴事実を争わず,反省の言葉も述べていたのであるから,上記のような供述態度が執行猶予を付するか否かの判断において重要な要素となるとは考えられない(なお,原判決の被告人の供述態度についての評価自体に疑問があることについては,後述する。)。
また,⑥及び⑧についても,それ自体は被告人の責任の重さを基礎付ける事情であるものの,全額被害弁償が量刑に及ぼす意味は,首謀者についても変わりはないし,また,被告人は,Bに対して,本件犯行を強制したり,犯意のないBを犯罪に誘引したりしたわけではなく,Bは,自分の判断で犯行に及んだことが認められるから,⑥及び⑧の点も,被告人に執行猶予を付するか否かで重視すべき事情とはいえない。
以上の検討を踏まえると,原判決が,上記のとおり,犯罪行為そのものの悪質さから本件は当然に執行猶予を付するべき事案とはいえないと判断したのは,結局,③の融資詐欺の常習性,すなわち,融資詐欺が反復継続されたことを重視したことが大きく影響しているとみざるを得ないのであり,このことは,取りも直さず,原判決が先行融資を余罪として認定し,これを実質的に処罰する趣旨で量刑資料として用い,その結果被告人の量刑を特に重くしたことをうかがわせるものである。
8 結論
以上のとおり,①原判決の「犯行に至る経緯」の項における,余罪事実である先行融資の状況の認定判示は,その具体性や詳細さにおいて,罪となるべき事実を具体的に特定明示し,当該犯罪事実の社会的実体を明らかにする範囲を逸脱しており,そのように認定判示すべき合理的理由を見出し得ないから,そのこと自体,本件公訴事実にある本件融資詐欺と,余罪事実である先行融資とを一体化して,これらを全体として評価・処罰する趣旨であるとうかがわせるものであること,②原裁判所が,上記余罪事実を実質的に処罰させようとする意図のうかがわれる原審検察官の主張立証活動を容認して,その主張立証による結果を原判決にも大きく反映させていること,③原判決の「量刑の理由」の項の説示からは,原判決がその量刑評価において先行融資についても重視したとうかがわれること,そして,④原判決は,被告人に執行猶予を付するか否かの判断において,先行融資を含む融資詐欺の常習性を特に重視したとうかがわれることを指摘することができる。
そして,これらの諸事情に照らすと,本件では,原判決による余罪事実である先行融資の認定判示は,罪となるべき事実を具体的に特定明示し,当該犯罪事実の社会的実体を明らかにするという観点から許容される余地はなく,原判決は,起訴されていない先行融資を余罪として認定し,これを実質的に処罰する趣旨で量刑資料として用いた結果,被告人を重く処罰したと認めるほかはない。したがって,原審の訴訟手続には法令違反があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
訴訟手続の法令違反の論旨は理由がある。
第2自判
そこで,量刑不当の論旨に対する判断は省略し,刑訴法397条1項,379条により,原判決中被告人に関する部分を破棄し,同法400条ただし書により更に判決することとする。
(罪となるべき事実)
被告人は,太陽光発電設備の販売等を業とするA社の代表取締役として同社の業務全般を統括するもの,Bは,同社財務担当の執行役員という名称で金融機関からの資金調達等の業務を担当していたものであるが,被告人及びBは,平成23年6月から平成24年5月までの間,A社がC銀行から5回にわたり融資を受けるに際し,同銀行D支店の融資担当者らに対し,大手信販会社と同名のダミー会社からA社の同支店開設預金口座への多額の入金を偽装した上,内容虚偽の過大な売上高を記載した試算表等を提出するなどして,同社の売上高及びそれに伴う入金が多額に上っている旨誤信させるとともに,同社の大手信販会社に対する売掛債権の回収期間を実際よりも長期間であるように偽装した上,多数の未回収債権があるように装うなどして,真実は,回収済みあるいは架空の債権であるのに,大手信販会社に対する多数の未回収債権がA社に保有されており,これを融資を受ける際の返済の原資とする旨説明するなどして,その旨誤信させていたことに乗じて,更に融資実行の判断材料となる多数の重要事実を偽って融資金名目でC銀行から金銭をだまし取ろうと考え,共謀の上,同銀行D支店融資担当の渉外課長K及び渉外課係員Lらに対し,A社がE銀行から融資を受けていないのに既にこれを受けているかのように装った上,従前と同様に,実態と異なる売上が存在するかのように装うとともに,上記の返済原資となる売掛債権が存在しないのにこれが存在するかのように装い,加えて,実際には,融資がなされれば他の金融機関への返済等に用いる意図であるのに,その事情を秘し,平成24年9月5日,(住所略)所在の当時のA社事務所において,上記K及び同Lらに対し,A社への融資実行の判断材料となる事実及び資料として,「E銀行から3億円調達できた。C銀行にも,2億円の融資をお願いしたい。返済原資となる売掛債権の書類等も提出する。」旨うそを言うとともに,同月4日から同月20日にかけて,「24-8.30 ご融資 ★300,000,000」との虚偽内容を記載したE銀行発行名義のA社を預金者とする預金通帳の写し,同銀行F支店がA社に3億円の融資を実行した旨の内容虚偽の同支店発行名義の「ご返済金およびお利息の明細」と題する書類の写し,A社が65人の顧客から受注を受けて大手信販会社のGに対して合計約2億700万円相当の売掛債権を有する旨を示す内容虚偽の売掛債権の明細及び同社とその顧客らとの間で締結されたローン契約の契約日付等を改ざんした顧客65人分のローン契約書の写し,A社の同年1月から同年7月までの売上高を過大に約75億円と計上した同社の試算表等の資料をいずれも,C銀行D支店へファクシミリ送信し又は上記Lに交付して提出し,上記L及び同Kらを介して,同銀行審査第二部審査役Mに対し,A社の仕入資金として2億円の借入れを申し込み,同年9月26日,上記Mに,それらの事実が真実で資料が真正なものである旨誤信させて,A社への2億円の融資を決定させ,よって,同月28日,同銀行D支店に開設されたA社名義の普通預金口座に融資金2億円から手数料を差し引いた1億9942万3921円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させたものである。
(証拠の標目)(括弧内の甲乙の数字は,原審記録中の証拠等関係カード記載の原審検察官請求証拠番号を示す。)
省略
(法令の適用)
罰 条 刑法60条,246条1項
刑の執行猶予 同法25条1項
(量刑の理由)
本件は,太陽光発電設備の販売等を業とする株式会社の代表取締役である被告人と,同社の資金調達業務を実質的に担当していたBとが共謀の上,同社の売上を水増ししたり,他行からも3億円の融資を受けている旨偽装したり,あるいは,返済の原資となる売掛債権の存在を偽装したりして,大手都市銀行であるC銀行から融資金名下に約2億円をだまし取ったという大型詐欺の事案である。
その犯情についてみると,被害金額が大きいだけでなく,欺罔態様も手の込んだ悪質で巧妙なものである。しかも,被告人らは,本件と同様の方法で不正に融資を受けることを繰り返した末に本件犯行に及ぶなど,同種事案の累行性も認められる上,被告人は,Bが同種事案で懲役3年,5年間執行猶予の言渡しを受けていることを知りながら,Bに指示して本件犯行に加担させたものである。さらに,犯行の動機や経緯に酌むべき事情は乏しく,不正融資を得るため,ためらう様子もなく安易に,悪質な偽装工作を施し,虚言を弄して,被害銀行の信頼を裏切る規範意識の乏しさといった点からも,厳しい非難は免れない。そうすると,前記のとおり,被害銀行側にも,被告人らから提出された偽装文書の原本を確認するなど,基本的な審査の手順を踏んでおれば,未然に被害を防ぐこともできたことを考慮しても,相当悪質な事案であって,被告人の刑事責任は重いというべきである。
しかしながら,被告人らは,本件犯行後に,支援者の協力を得て,利息や手数料,遅延損害金を含め,被害銀行に対する全債務を完済しており,この点は,被告人の刑事責任を大幅に減殺させる事情といえる。さらに,被告人が,これまでに交通事犯による罰金前科しかなく,罪自体は認めて,反省の姿勢を示している上,本件後,多くの支援者の協力を得ながら,太陽光発電設備の販売事業を立て直して,多数の従業員を抱えながら実質的に同事業をリードしていることなどといった被告人のために酌むべき事情も認められる。
この点,原判決は,被告人の原審公判供述等に関し,「社長としてのBに対する監督責任のような趣旨での自らの責任は肯定しつつも,法的な責任については態度を濁した対応に終始している」とか,「自らの法的責任について曖昧な態度を取り,あたかも,Bが勝手に暴走した犯行であるかような趣旨の態度を取るのは,Bに実質的な責任を押しつけようとするもので極めて無責任であり,本件犯行に関する自分の責任を理解していない」とか説示して,このような被告人の態度について,執行猶予を付する上での消極事情と評価している。しかし,被告人の原審供述に曖昧なところや一部の弁解が被害銀行関係者の供述等と食い違う点があるとはいえ,第1回融資の際にはいわゆる商流について虚偽の説明をしたこと,Bに対し内容虚偽であっても融資のために必要な書類を作るよう指示したこと,本件融資に際してE銀行から3億円の融資を受けた旨偽ったことなどの,重要な犯罪事実は認めた上で,全て自分の責任であるとか,主たる責任を負うべき立場にあるのは自分であるとか述べ,Bに不正な行為をさせたことについても謝罪の言葉を繰り返していることにも鑑みれば,原判決の評価は,被告人にとっていささか酷に過ぎる嫌いがある。被告人は,基本的には罪を認めて,反省の態度を示しているのであるから,被告人の原審公判での供述の内容や態度は,刑の執行を猶予する上で有利に考慮できこそすれ,その妨げとはならないというべきである。
そして,前判示の量刑傾向にも照らすと,被害弁償が完済された本件において,さしたる前科のない被告人に対しては,刑の執行を猶予すべきところ,その責任の重さに照らすと,刑期及び執行猶予期間のいずれについても執行猶予を付し得る上限の懲役3年,5年間執行猶予に処するのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中谷雄二郎 裁判官 畑山靖 裁判官 安西二郎)