大阪高等裁判所 平成27年(ネ)1245号 判決 2015年12月11日
控訴人兼被控訴人(本訴原告兼反訴被告)
大阪市(以下「1審原告」という。)
同代表者市長
A
同訴訟代理人弁護士
播磨政明
被控訴人兼控訴人(本訴被告兼反訴原告)
株式会社Y(以下「1審被告」という。)
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
茂木鉄平
同
佐賀義史
同
吉村彰浩
主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 1審原告の控訴費用は1審原告の負担とし、1審被告の控訴費用は1審被告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 1審原告
(1) 控訴の趣旨
ア 原判決中本訴請求に関する部分を次のとおり変更する。
イ 1審原告と1審被告の間の原判決別紙物件目録記載の土地1(以下「本件土地1」という。)に係る賃貸借契約について、平成22年4月1日時点の月額賃料が8868万8408円(1平方メートル当たり516円)であることを確認する。
ウ 1審原告と1審被告の間の原判決別紙物件目録記載の土地2(以下「本件土地2」という。)に係る賃貸借契約について、平成22年4月1日時点の月額賃料が793万8334円(1平方メートル当たり516円)であることを確認する。
エ 1審原告と1審被告の間の原判決別紙物件目録記載の土地3(以下「本件土地3」という。)に係る賃貸借契約について、平成22年4月1日時点の月額賃料が1平方メートル当たり516円(賃料の年額は6368万8806円)であることを確認する。
オ 1審原告と1審被告の間の原判決別紙物件目録記載の土地4(以下「本件土地4」といい、本件土地1ないし本件土地3とを併せて「本件各土地」という。)に係る賃貸借契約について、平成22年4月1日時点の月額賃料が1平方メートル当たり516円(賃料の年額は4024万8990円)であることを確認する。
カ 訴訟費用は第1、2審とも1審被告の負担とする。
(2) 1審被告の控訴の趣旨に対する答弁
ア 1審被告の控訴を棄却する。
イ 控訴費用は1審被告の負担とする。
2 1審被告
(1) 控訴の趣旨
ア 原判決中本訴請求に関する1審被告敗訴部分を取り消す。
イ 上記部分につき、1審原告の本訴請求を棄却する。
ウ 訴訟費用は第1、2審とも1審原告の負担とする。
(2) 1審原告の控訴の趣旨に対する答弁
ア 1審原告の控訴を棄却する。
イ 控訴費用は1審原告の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は、テーマパークであるa(以下「a」という。)の敷地の約40%に当たる本件各土地(その位置関係等については原判決別紙図面のとおりである。)を所有している1審原告が、1審被告との間で締結したaの敷地等の使用を目的とする本件各土地に係る各賃貸借契約(以下「本件各賃貸借契約」という。)について、いずれも最終合意時点の賃料(本件土地1及び2については平成19年6月1日時点、本件土地3及び4については平成18年4月1日時点で、いずれも1平方メートル当たり月額388円)が著しく低額となって不相当となり、本件土地1については平成21年12月16日到達の書面をもって、本件土地2及び3については平成22年1月6日到達の書面をもって、本件土地4については同月15日到達の書面をもって、いずれも同年4月1日以降の賃料を1平方メートル当たり月額516円に増額する旨の意思表示をした旨主張して、1審被告に対し、同日時点の月額賃料が前記第1の1(1)イないしオのとおりであることの確認を求める本訴を提起し、1審被告が、上記最終合意時点の賃料が著しく高額となって不相当となり、同年3月19日付け書面をもって本件各土地の賃料を1平方メートル当たり月額372円に減額する旨の意思表示をした旨主張して、1審原告に対し、上記減額の意思表示をした後の同年4月1日の時点の月額賃料が、本件土地1に係る賃貸借契約について6393万8154円(1平方メートル当たり月額372円)であること、本件土地2に係る賃貸借契約について572万2985円(前同)であること、本件土地3に係る賃貸借契約について382万6265円(前同)であること、本件土地4に係る賃貸借契約について241万8059円(前同)であることの確認を求める反訴を提起した事案である。
原審は、平成22年4月1日時点の本件各賃貸借契約に係る賃料は1平方メートル当たり月額442円と認めるのが相当であると判断して、1審原告の本訴請求について、同日時点の月額賃料が本件土地1に係る賃貸借契約について7594万0255円であること(原判決主文第1項)、本件土地2に係る賃貸借契約について679万7271円であること(同第2項)、本件土地3に係る賃貸借契約について454万4510円であること(同第3項)、本件土地4に係る賃貸借契約について287万1964円であること(同第4項)の確認を求める限度で認容し、その余を棄却し(同第5項)、1審被告の反訴請求を棄却した(同第5項)。
これに対し、1審原告が自己の敗訴部分を不服として控訴し、1審被告が本訴請求に関する自己の敗訴部分を不服として控訴した。したがって、1審被告の反訴請求の当否は、当審における審判の対象とはならない。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)、原審裁判所が選任した鑑定人による鑑定の概要、争点及び争点に対する当事者の主張は、後記3の1審原告の当審における補充主張及び後記4の1審被告の当審における補充主張を各付加するほかは、原判決「事実及び理由」第2の2ないし4のうち本訴請求関係部分のとおりであるから、これを引用する。
ただし、原判決を次のとおり補正する。
(1) 7頁9行目の「被告は、」の次に「現在、」を、同頁11行目の「賃借し」の次に「(甲7の1及び2、8、9)」を各加える。
(2) 9頁3行目の「支払賃料を変数0.36x」を「維持管理費を支払賃料の変数0.36x」と改める。
(3) 10頁18行目の「公租公課をもとに」及び同頁22行目の「必要諸経費を加え、」の次にいずれも「敷地全体で」を加える。
(4) 15頁10行目から11行目までを次のとおり改める。
「 平成22年4月1日の時点において本件各土地の最終合意賃料(従前賃料、従前地代又は現行賃料と同義である。1平方メートル当たり月額388円)が不相当となったか否か、不相当であると認められる場合の適正賃料額は幾らか。」
(5) 17頁14行目の「融資を初め」を「融資を始め」と改める。
3 1審原告の当審における補充主張
(1) 1審原告と民間地権者の平成10年10月1日から平成22年3月31日までの賃料の推移は、本判決別紙賃料比較推移表のとおりであり、1審原告と民間地権者の間に賃料の差が生じたのは、平成13年3月31日のaのオープンから平成18年3月31日まで、1審被告の経営状態と1審原告の1審被告に対する持株比率という2つの理由のみにより、1審被告からの申入れに基づき、1審原告が賃料の減額に応じたからである。そして、最終合意時点(本件土地1及び2につき平成19年6月1日、本件土地3及び4につき平成18年4月1日)における本件各土地の賃料1平方メートル当たり月額388円と、民間地権者の賃料1平方メートル当たり月額525円ないし516円の間に約1.3倍もの差が生じたのは、上記の2つの減額事由が解消された後、平成18年9月1日に成立した1審被告と民間地権者のうち3社(u株式会社、v株式会社、w株式会社)との間の調停において、同年4月1日に遡って賃料を1平方メートル当たり月額525円とすることが合意され、この合意後に、1審原告との間で同日に遡って本件各土地の賃料を1平方メートル当たり月額388円とする協議を成立させたからである。すなわち、1審原告が是正を求める最終合意時点の賃料と民間地権者の賃料の差は、1審原告と1審被告の交渉により同日に生じたのではなく、上記の2つの減額事由がなくなった後に1審被告が民間地権者のうち3社との間で調停を成立させたことで生じたものである。
そうすると、平成22年4月1日の時点では、もはや1審原告と民間地権者の間で賃料の差を設けるべき事情は何も存しないのであるから、本件各土地の賃料については、民間地権者の平均賃料である1平方メートル当たり月額516円と同額にまで増額されるべきである。
(2) 本件鑑定をしたC鑑定人は、本件訴訟提起前の調停手続に調停委員として関与していたばかりでなく、1審被告が民間地権者のうち3社を相手に賃料の減額を求める申立てをした調停手続にも調停委員として関与し、平成18年9月1日に1審被告と民間地権者のうち3社との間で同年4月1日に遡って賃料を1平方メートル当たり月額525円とする調停を成立させるなどして、aの敷地に係る賃貸借紛争に深く関与していたのであるから、到底中立かつ公正な立場で鑑定を行ったとはいえず、本件鑑定の信用性には疑問がある。
(3) C鑑定人は、本件鑑定を行うに当たり、本件訴訟記録を全て検討するのはもちろんのこと、訴訟外の知見として、民間地権者のうち3社の従前の賃料が1平方メートル当たり月額400円から一挙に125円も増額されて525円となった経緯や、その結果、1審原告の最終合意時点における賃料1平方メートル当たり月額388円との間に大きな乖離が生じたことを熟知していたのであるから、民間地権者との間で1審原告の賃料を有意に又は顕著に低く抑制するのであれば、その合理的な理由を本件鑑定に係る鑑定評価書(補充意見書を含む。)に記載すべきであるが、そのような記載をせず、1審原告の再三にわたる要請にもかかわらず、上記の合理的な理由を明らかにしなかった。C鑑定人は、本件各土地の正常適正地代を1平方メートル当たり月額607円と算定しているのであるから、民間地権者の賃料との均衡を保つ鑑定評価を行うことは十分可能であったにもかかわらず、差額配分法による試算賃料を1平方メートル当たり月額500円としたのであって、民間地権者のうち3社の賃料1平方メートル当たり月額525円よりも有意に低額な算定をすること自体、1審原告と民間地権者の間の賃料の差を是認する立場で鑑定に臨んでいたことが明らかであり、かかる態度は、鑑定人として中立、公正とはいえず、本件鑑定の信用性には疑問がある。
(4) 1審被告が運営するa事業は、1審原告や民間地権者を含む多くの関係株主の共同事業として開始されたものであり、しかも、1審原告の持株比率は最大でも25パーセントにすぎず、支配株主ではなかったのであるから、1審原告が1人で推進した公共性や公益性のある事業でなかったことは明らかである。
また、関係株主でもある民間地権者が設定した賃料は、平成13年ないし平成18年の想定地価又は想定路線価を基準にしており、同じ関係株主でもある1審原告が設定した賃料は、基準時こそ平成9年度の路線価としているものの、路線価に対する一定割合(3パーセント)をもって合意されているのであって、賃料の算定に当たり、1審原告及び民間地権者ともに、a事業の公共性や公益性については全く配慮していない。
したがって、a事業の公共性や公益性、地域経済への貢献を理由に、本件鑑定が採用した積算法、スライド法及び差額配分法のウエイト付け(25パーセント、25パーセント、50パーセント)を支持し、平成22年4月1日時点の本件各土地の賃料を1平方メートル当たり月額442円と算定するのは不適切である。
(5) 1審原告鑑定の採用利回りは、地価下落の局面において投資法人の利回りが計算上高くなるのは公知の事実であるから、採用利回りが高すぎるとの理由で1審原告鑑定の信用性を否定すべきではない。また、1審原告鑑定は、他の多くの不動産鑑定士が採用している手法と同様に、維持管理費として年間賃料の3%を計上しているのであって、何ら不合理ではない。さらに、1審原告鑑定は、継続賃料の鑑定手法である利回り法、スライド法及び差額配分法の三手法による試算賃料のウエイト付けにおいて、公平の観点から差額配分法に85パーセントのウエイトを置いたものであり、適切である。
このように、1審原告鑑定は、鑑定手法及び内容において合理性を有し、その信用性は高いところ、これによれば、平成22年4月1日時点の本件各土地の賃料は、1平方メートル当たり月額516円と算定すべきである。
4 1審被告の当審における補充主張
(1) 本件各土地の賃料の最終合意時点(本件土地1及び2につき平成19年6月1日、本件土地3及び4につき平成18年4月1日)よりも後に民間地権者の賃料が増額されたことはない。上記最終合意時点において、民間地権者の賃料と1審原告の賃料との間には平成22年4月1日時点と同じ幅の乖離が存在していたのであり、かかる乖離は、借地借家法11条所定の賃料増額事由には当たらない。
そして、1審被告は、本件土地1及び2の賃料の最終合意時点である平成19年6月1日より前の同年3月16日に東京証券取引所マザーズ市場に上場したのであり、しかも、賃料は土地の使用の対価であって、土地賃借人の利益を分配するという性質のものではないから、土地賃借人の利益に応じて賃料を変更する旨の合意がされた等の特別の事情のない限り、土地賃借人の経営状況は、借地借家法11条所定の賃料増額事由には当たらない。
また、本件各土地付近の土地の公示価格は、平成18年が1平方メートル当たり18万7000円であったのに対し、平成21年には1平方メートル当たり18万3000円に下落している。本件各土地は1審原告の所有地(市有地)であり、固定資産税等は賦課されていないのであるから、公租公課の上昇はあり得ない。
さらに、1審原告が1審被告に出資していたことを考慮した本件各土地の賃料の減額措置は、平成18年3月をもって終了している。1審被告は、平成17年8月にpグループ等に200億円の優先株式を発行したが、この時点で1審原告が1審被告の経営から実質的に離脱することが決定され、この決定に基づき、1審原告は、1審被告への持株比率を減少させ、役員や従業員の派遣を終了し、保有していた全株式を売却したのであり、1審原告が主張する1審被告に対する出資や役員等の派遣の解消といった事情は、借地借家法11条所定の賃料増額事由には当たらない。
しかも、本件鑑定によったとしても、スライド法及び積算法では、最終合意時点の賃料よりも平成22年4月1日時点の賃料の方が低額となっており、差額配分法において実質支払賃料の適正額を算出するための本件各土地の標準画地価格についても、最終合意時点よりも平成22年4月1日時点の方が大幅に下落している。
以上のとおり、上記最終合意時点から平成22年4月1日までの間に賃料を増額しなければならないような事情の変更は生じていないから、1審原告の賃料増額請求は認められない。
(2) 本件各土地の標準画地価格について、立場が相対立する1審原告鑑定と1審被告鑑定の評価額がほぼ一致しており、路線価を少し上回るものであるから、上記各鑑定における標準画地価格の規範性は高い。これに対し、本件鑑定は、標準画地価格のみが突出して高くなっている。そして、本件鑑定がこのように突出して高い標準画地価格を導いたのは、各取引事例に基づく標準画地価格の試算において、明らかに不合理な格差補正をしたからである。いいかえれば、1審原告鑑定及び1審被告鑑定は、取引事例中に本件各土地よりも取引価格が高い事例及び低い事例の双方を含め、それぞれについて適宜の減額補正及び増額補正を行って標準画地価格を算出しているのに対し、本件鑑定は、本件各土地よりも取引価格の低い取引事例のみを抽出し、これにいずれも高い割合の補正を施して標準画地価格を算出している。
このように、本件鑑定は、C鑑定人の主観的な評価により標準画地価格を算定するものであり、客観性を欠くものであるから、その信用性は低い。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も、平成22年4月1日時点の本件各賃貸借契約に係る賃料は1平方メートル当たり月額442円と認めるのが相当であり、1審原告の本訴請求は、同日時点の月額賃料が本件土地1に係る賃貸借契約について7594万0255円であること、本件土地2に係る賃貸借契約について679万7271円であること、本件土地3に係る賃貸借契約について454万4510円であること、本件土地4に係る賃貸借契約について287万1964円であることの確認を求める限度で理由があり、その余は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
2 認定事実
この点については、原判決「事実及び理由」第3の1(原判決28頁14行目から35頁21行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
ただし、原判決を次のとおり補正する。
(1) 30頁8行目の「インフラ設備」を「インフラ整備」と改める。
(2) 31頁25、26行目の「鑑定書(乙4)を得」を「同月30日付け不動産鑑定評価書(乙4)を取得し」と改める。
(3) 32頁8行目の「長期に亘る」を「長期にわたる」と改める。
(4) 33頁6行目の「平成18年9月頃、」を「平成18年1月30日に(乙22)」と、同頁8行目の「民事調停に基づき」を「民事調停において」と、同頁9行目の「平成18年」を「平成18年9月1日、同年」と、同頁10行目の「地代について調停が成立し」を「地代を1平方メートル当たり月額525円とする旨の調停が成立し」と各改め、同頁13行目の「516円となった」の次に「(なお、この平均月額地代が1平方メートル当たり516円であることが明らかになったのは、1審原告が本件各賃貸借契約における平成22年4月1日の賃料見直し時期を迎え、賃料改定の参考とするため1審被告に対して民間地権者の賃料額を照会したところ、1審被告がこれを明らかにしなかったため、1審原告において、1審被告の有価証券報告書[平成20年4月1日から平成21年3月31日まで][甲9]の記載内容をもとに賃料を1平方メートル当たり月額516円であると算出したことによるものと認められ[甲11、弁論の全趣旨<1審原告の訴状-7、8頁、1審被告の平成23年4月11日付け答弁書-2頁>])」を、同行目の「争いのない事実、」の次に「甲11、本件鑑定-18頁、」を各加える。
3 平成22年4月1日の時点において本件各土地の最終合意賃料(1平方メートル当たり月額388円)が不相当となったか否か
(1) 前記第2の2の補正引用に係る原判決「事実及び理由」第2の2の前提事実(以下「前提事実」という。)(6)の当事者鑑定の概要及び同3の原審裁判所が選任した鑑定人による鑑定の概要によれば、平成22年4月1日時点における本件各土地の不動産鑑定評価上の基礎価格は、1審原告鑑定はもとより、本件鑑定によったとしても、本件各土地の賃料の最終合意時点(本件土地1及び2につき平成19年6月1日、本件土地3及び4につき平成18年4月1日)よりも下落しており、また、スライド法による採用変動率(1審原告鑑定)又はスライド指数(本件鑑定)についても、上記最終合意時点と比べ、平成22年4月1日時点では下落していることが認められる。加えて、本件各土地は1審原告の所有地(市有地)であり、固定資産税及び都市計画税は賦課されていないことが認められる(弁論の全趣旨)から、借地借家法11条1項所定の「租税その他の公課の増減」が生ずることはない。
(2) しかしながら、前記2の認定事実によれば、1審原告の1審被告に対する持株比率は、従前は25パーセントであったほか、1審原告は、職員を社長や従業員(最大で14名)として1審被告に派遣しており、1審被告は1審原告の出資する外郭団体でもあったところ、本件各土地の賃料については、1審被告の経営状態や1審原告の持株比率を理由に賃料額を変動させてきており、1審原告と1審被告との間においては、本件各土地の使用に係る契約の当初より、これらの事情を賃料算定の基礎事情とすることが合意され、又は前提とされてきたものと認められる。
また、1審被告は、平成17年文書(甲29)において、平成18年度以降は平成17年度に比べ減価償却費が大きく減少し、平成18年度の最終損益も黒字を達成できるとして、平成18年度以降の本件各土地の使用料については民間地権者の賃料(平成17年文書が作成された平成17年2月28日当時は1平方メートル当たり月額500円。なお、契約上は、平成18年4月以降、1平方メートル当たり月額800円と合意されていた。)と均衡を保つことができるよう最大限の努力をする旨を約しているのは、1審原告が1審被告の主要株主であることから、1審被告の経営状態に配慮して賃料を減額しているところ、平成18年度以降の賃料については、1審被告の財務内容の改善を見込んで、その後の賃料合意においては民間地権者の賃料との均衡を保つようにすることを予定していたものと認められる。
そして、本件各土地の賃料の最終合意時点(本件土地1及び2につき平成19年6月1日、本件土地3及び4につき平成18年4月1日)の前後の事情についてみるに、前記2の認定事実によれば、1審被告に対する1審原告職員の派遣は平成18年度末までに全て解消され、1審被告に派遣された役員についても平成19年6月開催の株主総会で1審原告の関係者は全て退任し、その後、1審被告は、1審原告の関与を離れ、新たな経営陣のもとで経営がされるようになったこと、1審原告の持株比率についても、平成17年8月のpグループに対する200億円の優先株式の発行により、従前の25パーセントから平成18年3月末時点で13パーセント、平成19年3月末時点で9.33パーセント、平成20年3月末時点で9.24パーセントと低下したものの、なお相当程度の持株比率を維持した後、平成21年5月頃、1審原告が保有株式20万株を全て売却し、また、その頃、1審原告の1審被告に対する160億円の融資金の全額が返済され、1審原告の1審被告に対する資本関係及び経営への関与は完全に解消されたことが認められる。
さらに、前記2の認定事実によれば、1審被告の損益について、従前は営業損益及び経常損益ともに赤字であったが、平成17年3月期に営業損益が黒字に転じ(もっとも、経常損益は赤字である。)、平成18年度も営業損益は黒字を達成する見込みであったことから、本件各土地の賃料の最終合意時点においては、減額されていた賃料(平成14年4月1日から平成18年3月31日まで1平方メートル当たり月額291円)を当初の合意賃料である1平方メートル当たり月額388円に増額したものであり、その後、1審被告は、平成18年3月期に営業損益を黒字とし(もっとも、経常損益は赤字である。)、平成19年3月期から平成21年3月期までは3期連続で営業損益及び経常損益ともに50億円以上の黒字を計上するに至ったものと認めることができる。これらの事情に照らすと、1審原告と1審被告が、本件各土地の賃料の最終合意時点において、民間地権者の賃料との間に差が存在することを認識しながら、民間地権者の賃料との均衡を保つまでには至らず、当初の合意賃料(1平方メートル当たり月額388円)への増額にとどまったのは、1審被告の経営状態(営業損益及び経常損益)が、従前の赤字から営業損益が黒字に転じて間がない(経常損益は未だ赤字である。)との事情も存したからであると認められる。そして、上記のとおり、1審被告の経営状態は、その後、営業損益及び経常損益が3期連続で50億円以上の黒字を計上して安定的な経営が可能となったといえること、1審原告の1審被告に対する資本関係及び経営への関与は、平成21年5月頃の全保有株式の売却とその頃の160億円の融資金の全額返済により完全に解消されたことに照らすと、本件各土地の賃料について、民間地権者の賃料との間で顕著に低く定めるべき事情は基本的に消滅したものと認められる。
また、平成22年4月1日の時点において、本件各土地の賃料は、最終合意賃料である1平方メートル当たり月額388円であるのに対し、民間地権者の賃料は、平均して1平方メートル当たり月額516円となっており、約1.33倍の開きが生じているところ、民間地権者の上記平均賃料額が明らかになったのは、1審原告が同日の賃料見直し時期を迎え、賃料改定の参考とするため1審被告に対して民間地権者に係る賃料額を照会したところ、1審被告がこれを明らかにしなかったため、1審原告において、1審被告の有価証券報告書(平成20年4月1日から平成21年3月31日まで)(甲9)の記載内容をもとに賃料を1平方メートル当たり月額516円であると算出したことによるものと認められるのであって、本件各土地の賃料の最終合意時点(本件土地1及び2につき平成19年6月1日、本件土地3及び4につき平成18年4月1日)では、民間地権者の上記平均賃料額は1審原告には明らかにされていなかったものと認められる。
(3) 以上によれば、1審原告の1審被告に対する賃料増額の意思表示がされた後の平成22年4月1日の時点において、本件各土地の基礎価格や採用変動率ないしスライド指数の下落、「租税その他の公課の増減」がないといった事情が存することを考慮しても、借地借家法11条1項にいう「その他の経済事情の変動」及び「近傍類似の土地の地代等に比較して」みた場合には、本件各土地の賃料が(増額しなければ)「不相当となったとき」に当たるものと認めるのが相当である。
(4) 1審被告の主張の検討
ア 1審被告は、前記第2の2の補正引用に係る原判決「事実及び理由」第2の4(2)イ(イ)ⅰのとおり主張する。
しかしながら、前記(2)で説示したとおり、1審原告と1審被告が、本件各土地の賃料の最終合意時点(本件土地1及び2につき平成19年6月1日、本件土地3及び4につき平成18年4月1日)において、民間地権者の賃料との間に差が存在することを認識しながら、民間地権者の賃料との均衡を保つまでには至らず、当初の合意賃料(1平方メートル当たり月額388円)への増額にとどまったのは、1審被告の経営状態(営業損益及び経常損益)が、従前の赤字から営業損益が黒字に転じて間がない(経常損益は未だ赤字である。)との事情も存したからであると認められ、1審被告の経営状態は、その後、営業損益及び経常損益が3期連続で50億円以上の黒字を計上して安定的な経営が可能となったところ、1審原告の1審被告に対する資本関係及び経営への関与は、平成21年5月頃の全保有株式の売却とその頃の160億円の融資金の全額返済により完全に解消されたことに照らすと、本件各土地の賃料について、民間地権者の賃料との間で顕著に低く定めるべき事情は基本的に消滅したものと認められる。そうすると、1審被告が主張するa事業による経済波及効果や1審原告が得ている直接的な経済的利益なるものが認められ得るとしても、そのことから民間地権者の賃料との間に差があることが不合理ではないなどということはできないというべきである。
したがって、1審被告の上記主張は採用することができない。
イ 1審被告は、前記第2の2の補正引用に係る原判決「事実及び理由」第2の4(2)イ(イ)ⅱのとおり主張するが、前記アで説示したところに照らし、採用することができない。
ウ 1審被告は、前記第2の4(1審被告の当審における補充主張)(1)のとおり主張する。
しかしながら、前記(2)及び(3)で説示したとおり、1審原告の1審被告に対する賃料増額の意思表示がされた後の平成22年4月1日の時点において、本件各土地の基礎価格や採用変動率ないしスライド指数の下落、「租税その他の公課の増減」がないといった事情が存するものの、本件各土地の賃料について、民間地権者の賃料との間で顕著に低く定めるべき事情は基本的に消滅したものと認められ、また、上記時点において、本件各土地の最終合意賃料は1平方メートル当たり月額388円であるのに対し、民間地権者の平均賃料は1平方メートル当たり月額516円であるところ、本件各土地の賃料の最終合意時点(本件土地1及び2につき平成19年6月1日、本件土地3及び4につき平成18年4月1日)では、民間地権者の上記平均賃料額は1審原告には明らかにされていなかったのであるから、これらの事情を総合すると、借地借家法11条1項にいう「その他の経済事情の変動」及び「近傍類似の土地の地代等に比較して」みた場合には、本件各土地の賃料が(増額しなければ)「不相当となったとき」に当たるものと認めるのが相当である。
したがって、1審被告の上記主張は採用することができない。
4 平成22年4月1日の時点における本件各土地の適正賃料額は幾らか
(1) 当事者鑑定についての検討
ア この点については、後記イのとおり1審原告の当審における補充主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第3の2(原判決35頁22行目から36頁23行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
イ 1審原告の当審における補充主張に対する判断
(ア) 1審原告は、前記第2の3(5)第一段のとおり主張する。
しかしながら、前記アの引用に係る原判決「事実及び理由」第3の2(2)アのとおり、1審原告鑑定が採用する期待利回りは、底地の還元利回り及び複合不動産の総合還元利回りから土地の還元利回りを導き、これを期待利回りとするものであるが、投資法人が投資対象として取得し、保有する不動産についての還元利回りは、周辺地価相場より著しく高いのが通常であることからすれば、本件各土地の期待利回りの算定に1審原告鑑定の期待利回りを用いることは適切ではないというべきである。
したがって、1審原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 1審原告は、前記第2の3(5)第二段のとおり主張する。
しかしながら、前記アの引用に係る原判決「事実及び理由」第3の2(2)イのとおり、1審原告鑑定は、公租公課に加えて、賃料改定時における調停や訴訟の際の弁護士費用、鑑定費用等を必要経費としているところ、賃料改定時にこれらの費用が常に生じるとは認め難いばかりでなく、これらの費用は、賃料の増額を求めようとする賃貸人が自己の主張の正当性を主張立証するために要する費用であるから、これらの費用を本件各土地の維持管理費として賃借人である1審被告の負担とすることは不合理というべきである。
したがって、1審原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 1審原告は、前記第2の3(5)第三段のとおり主張する。
しかしながら、前記アの引用に係る原判決「事実及び理由」第3の2(2)ウ後段のとおり、1審原告鑑定が利回り法、スライド法及び差額配分法の三手法による試算賃料のウエイト付けを行うに当たり、従前当事者間で決定された賃料が低廉であったことのみをもって差額配分法に85パーセントもの著しく大きなウエイトを置くことが衡平であるということはできない。
したがって、1審原告の上記主張は採用することができない。
(2) 本件鑑定についての検討
ア 本件鑑定は、原審裁判所が選任したC鑑定人が、1審原告にも1審被告にも偏することない中立かつ公平な立場から、その学識経験に基づいて鑑定評価を行ったものであり、その判断内容については基本的に信頼し得るものであるが、当事者双方の主張を踏まえ、その妥当性について検討するに、この点についての当裁判所の判断は、後記イの1審原告の当審における補充主張に対する判断及び後記ウの1審被告の当審における補充主張に対する判断を各付加するほかは、原判決「事実及び理由」第3の3(1)ないし(5)(原判決37頁3行目から45頁9行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
ただし、原判決を次のとおり補正する。
(ア) 37頁10行目の「しかし、」を削除し、同頁11行目の「鑑定人」を「不動産鑑定士」と、同頁13行目の「鑑定人」を「C鑑定人」と各改める。
(イ) 41頁4行目から44頁26行目までを次のとおり改める。
「イ まず、1審被告が指摘する点のうち、本件鑑定が大阪市有地で進捗中の新エリア(qエリア)開設を考慮している点については、平成22年4月1日の時点では、1審被告において新エリアの開設について具体的な構想がされていなかったものと認められる(弁論の全趣旨)から、新エリア開設を考慮することは不適切であるといわざるを得ない。
ウ しかしながら、前判示のとおり、平成22年4月1日の時点において、本件各土地の賃料について、民間地権者の賃料との間で顕著に低く定めるべき事情は基本的に消滅したものと認められ、また、上記時点において、本件各土地の最終合意賃料は1平方メートル当たり月額388円であるのに対し、民間地権者の平均賃料額は1平方メートル当たり月額516円であり、約1.33倍の開きが生じていたのであるから、上記時点における本件各土地の適正継続賃料を求めるに当たっては、試算賃料を求める三手法(積算法、スライド法及び差額配分法)のうち、差額配分法にウエイトを置くのが相当というべきである。
その上で、試算賃料を求める三手法のウエイト付けについてみるに、本件各土地の賃料の最終合意時点(本件土地1及び2につき平成19年6月1日、本件土地3及び4につき平成19年6月1日)と比して、平成22年4月1日の時点では、本件各土地の基礎価格や採用変動率ないしスライド指数の下落、「租税その他の公課の増減」がないといった事情が存することは前判示のとおりであるから、差額配分法に著しく大きなウエイトを置くのは適切ではないというべきである。
また、前記2の認定事実によれば、1審原告は、海遊館に続く大阪全体の活性化につながるプロジェクトとして大阪市へのdの誘致活動を展開し、r社がdのe地区への進出を決定し、平成4年12月、大阪湾ベイエリアの総合開発整備を行う大阪湾臨海地域開発整備法が成立、施行され、1審原告を事業主とする本件土地区画整理事業及びこれと強い関連性を有する事業として、a事業、JR桜島線の複線化事業、スーパー堤防事業、客船ターミナル事業及び再開発地区計画等が実施されることになり、平成10年10月1日、aの建設工事が着工され、1審原告は、本件土地区画整理事業の施行者として、施行地区面積約156.2ヘクタールに対し、平成7年8月7日から平成24年3月31日を事業施行期間として、総事業費966億円を費やして、都市計画道路4線、公園4か所、緑地5か所等のインフラ整備を行い、平成13年3月31日、aが開業するに至ったことが認められる。そして、以上のような経緯において、1審原告は、1審被告に対する出資のほか、職員を1審被告の役員及び従業員として派遣し、1審被告を1審原告の外郭団体として位置付けるなどしていたほか、本件各土地を1審被告に貸借するに当たっては、その賃料額について減額措置を講じていたところ、地方公共団体である1審原告のこのような対応は、1審被告の運営するa事業が、1審原告にとって地域経済の活性化や観光客の誘致といった行政目的を達成するという公益的、公共的な側面があったからであることは否定できない。
そうすると、平成22年4月1日の時点の本件各土地の継続適正賃料を求めるに当たっては、1審原告と1審被告とのこれまでの継続的な賃貸借関係のほか、a事業の公益的、公共的な側面を無視することは相当ではないというべきであり、試算賃料を求める三手法のうち、積算法及びスライド法にウエイトを置かないというのはバランスを失するというべきである。
エ そして、本件鑑定が採用した三手法のウエイト付け(差額配分法を積算法及びスライド法を各25パーセント、差額配分法を50パーセント)によった場合に算定される本件各土地の賃料1平方メートル当たり月額442円については、本件各土地の更地価格に対する粗利回りが約3.1パーセントであると試算され、大阪市が新規に市有地を賃貸する場合の賃料の算定手法として、大阪市普通財産貸付料算定基準が市場における土地の利回り率から乖離していることから修正され、一般的に大阪市において用いられてきた手法である当該土地の時価の3%という利回りと比較して大差がないということができる(本件鑑定-20頁)。
オ 以上検討してきたところによれば、本件鑑定が採用した三手法のウエイト付けについて、積算法及びスライド法を各25パーセントとし、差額配分法をその2倍の50%としたことは、結論において妥当であると認めるのが相当である。」
イ 1審原告の当審における補充主張に対する判断
(ア) 1審原告は、前記第2の3(2)のとおり主張する。
しかしながら、C鑑定人が本件訴訟提起前の調停手続に調停委員として関与していたことや、1審被告が民間地権者のうち3社を相手に賃料の減額を求める申立てをした調停手続にも調停委員として関与していたことが、直ちに鑑定人の忌避事由(民訴法214条1項)に当たるものではないし、本件記録上、1審原告が原審裁判所に対し、C鑑定人の忌避の申立てをした事実は認められない。また、本件記録によれば、原審裁判所が平成25年8月22日付け決定でもって鑑定人としてC不動産鑑定士を指定するに先立ち、1審原告は、同年7月25日付け「ご回答」と題する書面でもって、鑑定人候補者(C不動産鑑定士を指す。)を鑑定人として選任されることについて異議はない旨を回答していることが認められる。そして、本件記録を精査しても、C鑑定人に民訴法214条1項所定の忌避事由があると認めるべき証拠は何もない。
1審原告の上記主張は、1審原告鑑定の結論と相容れない本件鑑定の信用性を否定するため、C鑑定人の鑑定人としての適格性を非難するものにすぎず、採用することはできない。
(イ) 1審原告は、前記第2の3(3)のとおり主張する。
しかしながら、C鑑定人が中立、公正でない態度をとったことに沿う証拠は全くないし、本件鑑定の信用性が否定されないことは前判示のとおりであるから、1審原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 1審原告は、前記第2の3(4)のとおり主張する。
しかしながら、前記アの補正引用に係る原判決「事実及び理由」第3の3(3)ウのとおり、1審原告は、1審被告に対する出資のほか、職員を1審被告の役員及び従業員として派遣し、1審被告を1審原告の外郭団体として位置付けるなどしていたほか、本件各土地を1審被告に貸借するに当たっては、その賃料額について減額措置を講じていたところ、地方公共団体である1審原告のこのような対応は、1審被告の運営するa事業が、1審原告にとって地域経済の活性化や観光客の誘致といった行政目的を達成するという公益的、公共的な側面があったからであることは否定できず、平成22年4月1日の時点における本件各土地の継続適正賃料を求めるに当たり、1審原告と1審被告とのこれまでの継続的な賃貸借関係のほか、a事業の公益的、公共的な側面を無視することは相当ではなく、試算賃料を求める三手法のうち、積算法及びスライド法にウエイトを置かないというのはバランスを失するというべきである。
したがって、1審原告の上記主張は採用することができない。
ウ 1審被告の当審における補充主張に対する判断
1審被告は、前記第2の4(2)のとおり主張する。
しかしながら、前記アの補正引用に係る原判決「事実及び理由」第3の3(2)イ第二段及び第三段のとおり、本件鑑定に係る本件各土地の基礎価格の算定過程は合理性を有するものと認められるのであって、1審被告が上記主張で指摘する点を踏まえ、関係証拠を改めて検討しても、上記判断を左右するに足りない。
したがって、1審被告の上記主張は採用することができない。
5 その他、1審原告並びに1審被告の原審及び当審における各主張内容に鑑み、証拠の内容を検討しても、上記の認定判断を左右するに足りない。
第4結論
よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田光宏 裁判官 榊原信次 島岡大雄)