大阪高等裁判所 平成27年(ネ)128号 判決 2015年6月23日
大阪市<以下省略>
控訴人
大阪府
同代表者知事
A
同訴訟代理人弁護士
井上隆晴
同
井上卓哉
同
髙橋康介
同指定代理人
B
同
C
同
D
同
E
同
F
同
G
同
H
大阪府高槻市<以下省略>
被控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
安永一郎
同訴訟代理人弁護士
林慶行
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 控訴人は,被控訴人に対し,65万7500円及びこれに対する平成22年11月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを4分し,その3を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記の部分につき,被控訴人の請求を棄却する。
第2事案の概要
1 事案の骨子
(1) 本件は,野宿生活をしていた被控訴人が,平成22年11月16日,自転車でアルミ空缶を運搬していたところ,被控訴人に対し職務質問を行おうとした大阪府a警察署(以下「a署」という。)の警察官であるI巡査部長(以下「I警察官」という。)が,同人が乗っていた地域活動用単車を被控訴人の自転車に幅寄せするなどして被控訴人を路上に転倒させ,更に,これに抗議した被控訴人に対し,肩を両手で掴んで投げ飛ばす等の暴行を加えた結果,被控訴人に入院加療約3か月を要する右脛骨膝関節内骨折,右第3ないし第5肋骨骨折等の傷害を負わせたと主張して,a署を設置する控訴人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料241万円と入院雑費15万7500円との合計256万7500円及びこれに対する不法行為の後である同月17日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
(2) 原判決が,被控訴人の請求を,慰謝料120万円と入院雑費15万7500円との合計135万7500円及びこれに対する上記遅延損害金の支払を求める限度で認容したところ,控訴人が控訴した。
(3) 前提事実,争点及び争点に関する主張については,下記2のとおり当事者の当審における補充主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」「第2 事案の概要等」の「2 前提事実」及び「3 争点」(原判決3頁2行目から8頁13行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
2 当事者の当審における補充主張
(被控訴人)
(1) 被控訴人の供述の信用性
被控訴人の供述は,詳細かつ具体的であり,不自然,不合理な点もない。特に,右脛骨膝関節内骨折に関する供述は,鑑定人J作成の鑑定書(以下「J鑑定」という。)が指摘する成傷機序の内容とも整合しており,信用性が高い。
(2) I警察官の供述の信用性
I警察官の供述は,不自然不合理な点が多く,J鑑定の結果とも矛盾するものであって,信用できない。
仮に,被控訴人が,I警察官の供述するとおりの態様で倒れたのであれば,自身の身体を自由に制御できない状況にあったはずであるから,倒されまいとしてひねられた足を突っ張ることもできなかったはずである。
(3) J鑑定の信用性
ア J鑑定は,信用性を認めることができる。
イ J鑑定によれば,被控訴人の右脛骨膝関節内骨折の原因は,被控訴人の右足に体重がかかった状態の時に,右膝関節に無理な外反又は回旋が加わったことであることが明らかになった。
ウ 控訴人は,J鑑定が提出されるや,被控訴人は,右膝の内側を路面に打ち付けたという従前の主張を変更し,被控訴人が倒されまいとして右足を踏ん張ったとか,ひねられた右足を突っ張ったが,ひねりの力が強く,突っ張りきれずに右膝関節部の外反又は回旋を起こしたまま倒れることは十分にあり得るなどとして,主張が弾劾される度にこれを変更し,不合理な詭弁を繰り返している。
(4) 控訴人が作成を依頼したK医師の意見書(乙9)及び同医師の証言(以下,これらを合わせて「K医師の意見」という。)の信用性
ア 控訴人の反論(3)及び(4)は争う。
イ J鑑定によれば,被控訴人の右上腕を介在させて打撲した場合,肩関節を支点とした梃子の原理によって,肘関節辺りが最も強く胸郭に当たることになるので,下位の肋骨に骨折が生じやすい上,肩関節部を打撲すると鎖骨骨折が生じることになるから,右上腕を介在させて打撲したとしても,右第3ないし第5肋骨が骨折するはずがない。また,J鑑定は,右第3ないし第5肋骨の骨折は,同肋骨の前面及び背面に当たる右前胸上部と右肩甲部を挟むように強い圧迫的外力が作用した結果生じた可能性が高いというものであって,介達外力が作用したと判断するものではない。控訴人の主張は前提を欠いている。
(5) 警察官作成書類の信用性
ア なるほど,本件当日,L巡査(以下「L警察官」という。)がa署地域課基地局宛に無線発信した内容を,当時,同署地域課基地局勤務員であったM(以下「M職員」という。)が手書きのメモに残した基地局メモ(乙2。以下「本件基地局メモ」という。)には,「I単車にBYぶつけた」,「殴りかかった」,「並列で単車にぶつけて,転倒,殴りかかってきた」という記載がある。しかしながら,I警察官らa署の警察官は,現行犯人逮捕手続書(甲7。以下「本件現行犯人逮捕手続書」という。)等の虚偽の捜査書類を作成しており,このことに照らすと,本件基地局メモについても信用性に乏しい。
イ 本件現行犯人逮捕手続書の日付の訂正は,単なる入力誤りであるとは考えられない。I警察官は,被控訴人がパトカーに乗った後,単車でa署に帰署して本件現行犯人逮捕手続書を作成したというのであるから,同書類は,平成22年11月16日に作成されているはずである。ところが,「平成22年12月11日」との誤記がされたということは極めて不自然である。また,現行犯人逮捕手続書は,犯罪捜査規範136条により,逮捕の年月日時,場所,逮捕の状況,証拠資料の有無,引致の年月日時等逮捕に関する詳細を記載するとされているから,他の警察官に搬送,引渡しを依頼した場合に,そのような事実を省略することは許されない。
ウ このような本件現行犯人逮捕手続書には,a署のN巡査部長(以下「N警察官」という。)も署名・押印している。このことからすると,I警察官のみならずa署の警察官らが作成した捜査書類(乙1ないし5)は,いずれも信用性が乏しいというべきである。特に,I警察官がa警察署長宛てに作成した「公務執行妨害事案取り扱い報告書」(乙4)は,作成日付が平成22年11月16日となっているところ,同警察官は,実際の作成が同日以降であることを認める証言をしている。
エ また,I警察官が被控訴人を公務執行妨害罪で逮捕したという事実は存在しない。このことは,警察官らが,当該公務執行妨害罪について,被控訴人の取調べ等の捜査を一度も行っていないこと,被控訴人を現行犯逮捕したのであれば当然作成されているはずの弁解録取書(刑事訴訟法203条1項,犯罪捜査規範130条1項3号)が作成されていないことからも明らかである。
(控訴人)
(1) 被控訴人の供述の信用性
被控訴人の供述は,不自然不合理な点が多く信用できない。
(2) I警察官の供述の信用性
I警察官の供述は,合理性があり,本件基地局メモの内容とも合致する。
(3) J鑑定の信用性
ア J鑑定は信用できない。
イ I警察官の供述する転倒状況であっても,被控訴人が倒されまいとして,ひねられた方の右足を突っ張ったが,ひねりの力が強く,突っ張りきれずに外反又は回旋を起こして倒れることは十分にあり得る。また,J鑑定が前提にした転倒状況の写真(乙3の写真8)は,両者が密着しておらず,正確な再現ではない。被控訴人が述べる大外刈りのような転倒状況で,右足を強く踏ん張ったり,右足が外反又は回旋するとは考え難い。
右第3ないし第5肋骨が内向きに骨折していることからすると,骨折箇所には,直達的に外力が加わったはずである(K医師の意見)。J鑑定は,骨折箇所が谷折れになっている点を検討せずに,胸郭を上下から圧力をかける介達外力が作用したと判断していることに誤りがある。
(4) K医師の意見の信用性
右第3ないし第5肋骨骨折が直達外力によるものであるとすると,被控訴人の右上腕部が右第3ないし第5肋骨と道路との間に挟まれ,直線状になった被控訴人の右上腕で右第3ないし第5肋骨側胸部が圧迫されて骨折したというK医師の意見が妥当する。
(5) 警察官作成書類の信用性
ア 被控訴人の主張(5)は争う。
イ 本件現行犯人逮捕手続書の逮捕年月日の手書きによる訂正は,単なる入力誤りを訂正したものにすぎない。
また,なるほど,I警察官は,実際には被控訴人をパトカーで医療法人東和会第一東和会病院(以下「本件病院」という。)に連れて行く際に同行していないのに,本件現行犯人逮捕手続書には,本件病院で被控訴人を他の司法警察員に引き渡した旨記載されている。しかしながら,これは,I警察官が他の警察官に被控訴人の搬送引渡しを依頼した旨の記載を省略したにすぎない。本件病院において司法警察員にいったん被控訴人の身柄を引き渡したが,被控訴人に入院の必要があったために釈放したという経緯について事実と異なる記載はない。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
前記第2の1(3)の前提事実(原判決引用)に加え,証拠(甲1,2,7ないし12,15,乙1ないし3,6,7,証人I,同L,被控訴人本人,鑑定)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(1) 被控訴人は,平成22年11月16日午後10時40分ころ,アルミ空缶を入れたビニール袋を荷台に積載して自転車に乗り,原判決添付別紙図面<ア>地点(以下の各地点については,「<ア>地点」などと地点名のみで表示する。)を走行していた。
(2) I警察官及びL警察官(両名を合わせて,以下「I警察官ら」という。)は,地点付近において,2台の単車で警ら中であったところ,自転車に乗った被控訴人を認めた。I警察官らは,被控訴人が盗難自転車を運転している可能性を疑い,被控訴人に対する職務質問を行うためにその後を追尾し,ダイエー○○店(以下「ダイエー」という。)北西角付近の<イ>地点において,被控訴人に停止を求め,声をかけた。
(3) 被控訴人は,上記(2)のとおり声を掛けられたりしたにもかかわらず,自転車を停めることなく,ダイエー北西角の交差点を左折して南方向へ進んだ。I警察官らは,被控訴人を追尾して同交差点を左折し,<ウ>地点において,被控訴人に対して再度停止するよう求めたが,被控訴人は自転車の走行を止めなかった。
(4) L警察官は,<エ>地点において単車のスピードをあげて,被控訴人の約20メートル前方の地点において,被控訴人の進路を遮るように単車を停めた。
(5) I警察官は,<エ>地点から,被控訴人の右隣を併走しながら,被控訴人に停止を求めたが,被控訴人は停止せずにそのまま進行したところ,I警察官の左肩に被控訴人の右肩が接触した。
(6) 被控訴人は,ダイエー西側専門店搬入出入口の南側階段付近の<オ>地点で,その場に自転車を自ら倒して止め,自転車から降りた。I警察官も単車を停止して降車した。
(7) 被控訴人は,I警察官の方に小走りで近づき,左手でI警察官の右肩付近を1回突き,右手を振り上げて殴りかかろうとした。I警察官は,同日午後10時45分頃,被控訴人を公務執行妨害の現行犯と判断し,被控訴人を制圧するために,両手で被控訴人の両肩をつかみ,右足を被控訴人の右足膝裏側にかけて,身体を左方向に回転させて被控訴人をアスファルトの道路上に倒そうとした。被控訴人は,倒されまいとして右足を踏ん張って抵抗したが,右膝がねじれて右脛骨膝関節内を骨折し,I警察官とともに仰向けに倒れ込んだ。I警察官は,被控訴人の胸部の上に右肘を乗せてのしかかり,被控訴人の行動を制圧し,同時刻ころ,被控訴人を現行犯逮捕した。その際,被控訴人は,右第3ないし第5肋骨を骨折した。
(8) L警察官は,同日午後10時48分頃,無線でa署に応援を依頼した。パトカーが到着し,被控訴人は警察官に両脇を抱えられるようにしてパトカーの後部座席に乗せられたが,同乗するN警察官に対して身体の痛みを訴えたため,本件病院に搬送された。そして,被控訴人は,本件病院で診断を受けたところ,肋骨及び右膝の骨折が判明したため,釈放され,本件病院に入院した。
(9) 被控訴人は,上記各骨折の治療のため,平成22年11月17日から平成23年3月1日までの105日間,本件病院に入院し,右脛骨膝関節内骨折について,骨折部を整復した上で金属製のプレート及びスクリューで固定する関節内骨折観血的手術を受ける等の治療を受けた。
(10) 被控訴人は,平成23年7月1日に本件訴訟を提起したが,同年12月8日に本件病院に再入院して内固定材料抜去術を受け,同月15日に退院した。
2 事実認定の補足説明
当裁判所が上記1の事実を認定したのは,以下の理由によるものである。
(1) 控訴人及び被控訴人のそれぞれ提出する証拠の信用性について
後記(2)及び(3)のとおり,I警察官の本件各行為直前における被控訴人とI警察官らとのやり取り及びI警察官の本件各行為の態様については,被控訴人の供述とI警察官らの供述とが異なるので,他の関係証拠と総合して,いずれの供述が信用できるかを検討する必要がある。
そこで,以下,控訴人及び被控訴人の提出する証拠の信用性を検討する。
ア 本件訴訟提起以後に作成された証拠について
(ア) 本件訴訟提起以後に作成された,被控訴人提出の証拠としては,被控訴人の陳述書(甲8),現場の状況を再現した報告書(甲2)及び本件各行為の態様を写真で再現した写真撮影報告書(甲15)が存在する。
(イ) 一方,本件訴訟提起以後に作成された,控訴人提出の証拠としては,N警察官作成の「病院搬送時等の状況について」と題する書面(乙1),I警察官が被控訴人から受けたとする暴行の状況等を再現した「公務執行妨害事件の被害状況の再現について」と題する書面(乙3)及びI警察官らの各陳述書(乙6,7)が存在する。
(ウ) これらの証拠はいずれも,本件訴訟提起以後に,それぞれの主張を裏付ける目的で,被控訴人又はI警察官らの各供述内容に沿って作成されたものであるから,その信用性については,慎重な判断が必要である。
(エ) なお,控訴人提出及び申請に係るK医師の意見の信用性については,別途,後に検討する。
イ 本件訴訟提起前に警察官によって作成された書面について
(ア) はじめに
本件訴訟提起前に警察官によって作成された書面としては,本件現行犯人逮捕手続書(甲7),本件基地局メモ(乙2),I警察官が作成した平成22年11月16日付け「公務執行妨害事案取り扱い報告書」と題する書面(乙4)及びN警察官が作成した同月17日付け「公務執行妨害事件被疑者の釈放経過及び弁解録取書の作成不能について」と題する書面(乙5)が存在する。
これらの書面は,本件訴訟提起とは一応無関係に,被控訴人に対する公務執行妨害容疑による現行犯逮捕等の刑事手続の中で作成されたものと考えられるから,本件当時の状況を認定する上で,相応の信用性が認められるべきものである。もっとも,これらの各書面は,警察官が被控訴人の関与なしに作成したという面があるので,その信用性の判断は,なお慎重に行う必要があることも,いうまでもない。そこで,以下,これらの書面の信用性を検討する。
(イ) 本件現行犯人逮捕手続書について
a 現行犯人逮捕手続書は,現行犯逮捕が行われた後,速やかに,被疑者を現行犯人と認めた理由や,逮捕の年月日時,場所,状況等について,当該逮捕を行った警察官が作成するものである。したがって,同書類は,一般的にみれば,逮捕の状況等を認定する上で相応の信用性が認められるべきものである。
b しかしながら,証拠(甲7,乙1,証人I,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件現行犯人逮捕手続書は,逮捕の年月日時が,いったん平成22年12月11日午後10時45分と印字記載された後に,二重線で月日の数字を削除し,手書きで11月16日と訂正されていること,身柄の引致の経緯について,真実は,I警察官は,パトカーで応援に駆けつけたN警察官に被控訴人を引き渡し,自らはa署に帰署したにもかかわらず,I警察官は,本件病院まで被控訴人に同行し,本件病院において平成22年11月16日午後11時30分に被疑者をa署の警察官に引き渡した旨を記載していること,N警察官は,同時刻,本件病院において被控訴人の引渡しを受けたが,右膝関節骨折の疑いがあり入院させる必要があったので,本件病院において釈放した旨を記載していることが認められる。
以上によれば,本件現行犯人逮捕手続書は,逮捕の月日が訂正されている上,I警察官が本件病院まで同行したかどうかや,被控訴人の引致の経緯について,真実とは異なる記載がされていることが認められる。
c 以上の体裁や内容に照らすと,本件現行犯人逮捕手続書は,現行犯人逮捕手続書として本来認められるべき程度の信用性までを認めることができないものといわざるを得ない。
d なお,被控訴人は,本件現行犯人逮捕手続書は,敢えて真相を隠蔽するために内容虚偽の文書として作成されたものである旨主張する。そして,本件現行犯人逮捕手続書につき作成日付の訂正が存すること及び被控訴人の身柄に関する事項について真実と異なる記載が存することは前記bで認定したとおりである。
しかしながら,前記bの事実が存することをもって直ちに,控訴人につきそのような意図が存したものと認めることはできず,ほかに被控訴人の上記主張を認めるに足りる証拠はない。
したがって,被控訴人の上記主張は採用できない。
(ウ) 「公務執行妨害事案取り扱い報告書」と題する書面(乙4)及び「公務執行妨害事件被疑者の釈放経過及び弁解録取書の作成不能について」と題する書面(乙5)について
a 上記(イ)b,cのとおり,本件現行犯人逮捕手続書は,逮捕の月日という基本的な事項について実際と異なる月日が記載された後に,これが手書きで訂正されていること,I警察官及びN警察官が身柄の引致の経緯について真実と異なる事実を記載していることに照らし,高度の信用性があるとは認められないことからすると,同じ日付(平成22年11月16日)にI警察官が作成したとされる「公務執行妨害事案取り扱い報告書」と題する書面(乙4)及びN警察官が翌17日付けで作成したとされる「公務執行妨害事件被疑者の釈放経過及び弁解録取書の作成不能について」と題する書面(乙5)についても,果たして,これらの作成日付に真実作成されたものかどうか疑問が生じる。
b また,N警察官は,本件訴訟提起後に作成した「病院搬送時等の状況について」と題する書面(乙1)で,本件現場から被控訴人と共にパトカーで本件病院に赴いた旨述べるにもかかわらず,上記乙5においては,本件病院に赴き,同所においてI警察官から被控訴人の引致を受けた旨,本件現行犯人逮捕手続書と同様の事実を記載している。
c 以上の事実に照らせば,上記乙4及び5の書面もまた,本件現行犯人逮捕手続書と同様,少なくとも,その内容に大きな信用を寄せることはできないというべきである。
d なお,被控訴人は,本件現行犯人逮捕手続書と同様,これらの書面についても,敢えて真相を隠蔽するために内容虚偽の文書として作成されたものである旨主張する。
しかしながら,被控訴人の上記主張もまた,これに沿う証拠がなく,採用することができないというべきである。
(エ) 本件基地局メモについて
本件基地局メモは,上記(イ)及び(ウ)の各書面とは異なり,L警察官の無線を受信したM職員が,その報告内容を,直ちに略語を交えて書き取った手書きのメモであるが,その記載内容に加え,その作成の時期及び経緯並びにその書体を含む体裁に照らすと,作為の混じる余地が少ないものであることが認められるから,その信用性は高いものということができる。
ウ 医師作成の書面について
(ア) 前記のとおり,被控訴人は,右脛骨膝関節内骨折及び右第3ないし第5肋骨骨折の傷害を負ったところ,これらの骨折の成傷機序等については,本件各行為の態様と同様,当事者間に争いがあり,これについては,J鑑定及びK医師の意見が存在する。
(イ) J鑑定は,被控訴人の供述の方が,骨折の形状に基づく成傷機序に即していると判断するのに対し,K医師の意見は逆に,I警察官の供述の方が骨折の成傷機序に即していると判断する。
(ウ) 当裁判所は,後述するように,原審と同じく,J鑑定が信用できるものと判断する。
(2) 本件各行為直前における被控訴人と警察官らとのやり取りについて
当裁判所は,以下のとおり証拠の検討を行った結果,上記1のとおり事実認定を行ったものである。
ア 被控訴人の供述内容
(ア) 被控訴人の運転する自転車の右隣を単車で並走するI警察官に幅寄せされ,右腕をつかまれたために,自転車のハンドル操作ができなくなり,自転車の前輪が縁石に衝突してバランスを崩し,自転車もろとも転倒した。
(イ) 自転車を起こそうとしたが重くて起こすことができずにいたところ,I警察官らがこちらを見ているだけで助け起こそうともせずにいることに立腹した。
(ウ) もっとも,警察官に手を出してはいけないと考え,I警察官に近づき,手を下に下げたまま肩を張り顔を前に出す格好で,「何すんねや。」などと抗議した。
イ I警察官らの各供述
(ア) I警察官
a 被控訴人の運転する自転車の右隣を並走しながら「止まって下さい。」と停止を求めたが,被控訴人は停止せずに走行を続けながら,I警察官の方に寄ってきたため,左肩と被控訴人の右肩が接触したので,「危ないやないか」と注意した。
b その後,被控訴人は,自ら自転車を止めて降車し,その場に自転車をたたきつけるように倒した。
c 単車から降車して「公務執行妨害になるぞ」と被控訴人に警告を発した。
d 被控訴人はI警察官の方に小走りで近づき,左手でI警察官の右肩付近を1回突き,右手を振り上げて殴りかかろうとしてきた。
(イ) L警察官
I警察官の供述と同じ内容の事実を目撃した旨述べる。
ウ 当裁判所の検討
(ア) 上記ア及びイのとおり,本件各行為直前のI警察官と被控訴人とのやり取りに関するI警察官らの各供述と被控訴人の供述とは食い違うため,いずれの供述を信用すべきかが問題となる。
(イ) 上記(1)イ(ウ)のとおり,本件当日,L警察官がa署地域課基地局宛に無線発信した内容を,当時,同局勤務員であったM職員が手書きのメモに残した本件基地局メモは,高い信用性が認められる。
そして,証拠(乙2)及び弁論の全趣旨によれば,本件基地局メモには,「事案名 520 応援」(M職員による後日の説明によれば,「事案名 職務質問 応援を求める」との趣旨。以下のカッコ内の記載内容についても同様。),「申告時間 22:48」(申告時間 午後10時48分),「申告人 132」(申告人 無線発信したL巡査の無線番号〔132〕),「受理者 M」(無線の受信者 M),「BYのM 520しようとしたら停止せず 並列で単車にぶつけて 転倒 殴りかかってきた」(自転車の男を職務質問しようとしたら停止せず,並列で単車にぶつけて自転車が転倒,殴りかかってきた),「I 単車にBYぶつけた 殴りかかった」(I警察官の単車に男が自転車をぶつけた。男がI警察官に殴りかかった」,「PM・M ぶつかった」(警察官と男ぶつかった)「大人しい ケガない 公妨 22:56」(午後10時56分にL警察官から,現在男は現在大人しくなっている,I警察官に怪我はないとの報告 公務執行妨害)などという記載があることが認められる。
以上の内容に照らせば,本件各行為直前における被控訴人とI警察官らとのやり取りについては,同警察官らが被控訴人に対して職務質問をしようとしたところ,被控訴人が自転車を停止せず,I警察官の乗車する単車に自転車をぶつけてきたこと,被控訴人がI警察官に殴りかかってきたこと,I警察官らが被控訴人について公務執行妨害と判断したことなどが認められ,これは,上記イのI警察官らの各供述を裏付けるものというべきである。
(ウ) これに対し,被控訴人は,前記アのとおり,警察官に手を出してはいけないと意識して,手を下に下げたまま肩を張り,顔を前に出す格好で抗議したものの,I警察官に対しては全く暴力を振るっていないのに,同警察官が被控訴人に対して一方的な暴力を振るったと供述し,証拠(甲2,8)中には,これに沿う部分がある。
しかしながら,そのようなI警察官らの対応は,それ自体いささか不自然であるとともに,I警察官が後記(3)認定のとおり,本件各行為の際,被控訴人に対して,足払いを掛けて転倒させ,仰向きになった被控訴人の上にのしかかるという有形力の行使に及んでいることに照らしても,にわかに採用できない。
(エ) 以上に加え,前記乙4の記載をも勘案すれば,本件各行為直前における被控訴人と警察官らとのやり取りについては,I警察官らの供述を信用することができるというべきである。
(3) I警察官の本件各行為の態様について
上記1(7)及び(9)で認定したように,被控訴人は,入院加療105日間を要する右脛骨膝関節内骨折,右第3ないし第5肋骨骨折の傷害を負ったことが認められるところ,当裁判所は,以下のとおり,証拠の検討を行った結果,上記1のとおり事実認定を行ったものである。
ア 関係者の供述内容
I警察官の本件各行為の態様に関する関係者の供述は,以下のとおりである。
(ア) 被控訴人
a I警察官が被控訴人の両肩をつかみ,右足を被控訴人の右足の膝裏側にかけ,身体を左方向に回転させて,被控訴人をアスファルトの道路上に投げ倒した。
b 被控訴人は倒されまいとして,右足に力を入れて踏ん張っていたが,右膝がねじれて「ぐきっ」という感覚があった。
c その後,I警察官は,被控訴人と一緒に倒れ,仰向けに倒れた被控訴人の身体の上に,おそらく右肘に全体重を掛けて被控訴人の上に覆い被さり,肋骨を圧迫した。
d 右膝と肋骨に痛みを覚えたため,「痛いからどいてくれ」と言って大人しくしていたが,I警察官がどいてくれなかったので,その肩をポンポンと叩いたところ,しゃがんだ体勢のI警察官にその右手を足で踏みつけられた。
e I警察官から「公務執行妨害で逮捕する」と言われたことはなく,パトカーの応援が来るまで約10分間同警察官に押さえ付けられていた。
(イ) I警察官
a 右手を上げて殴りかかってきた被控訴人の右腕首を左手でつかみ,右手で被控訴人の左腕をつかんだところ,被控訴人が暴れ,被控訴人の左腕が外れそうになったため,被控訴人の身体を右手で引き寄せて抱き付いた。
b その後も被控訴人が暴れて後ろにひっくり返りそうになったため,とっさに身体を左にひねり,抱き合ったままの状態で左に回転しながら倒れた結果,被控訴人が路上に仰向けになり,I警察官がその上に乗った。
c 暴れている被控訴人の両手を持って押さえ付け,「公務執行妨害で逮捕する」と告げ,「力を抜け。力を抜いたらわしも力を抜くから」と言って被控訴人を大人しくさせ,凶器を持っていないかどうかを確認するため,現行犯逮捕に伴う捜索をした。
イ 右脛骨膝関節内骨折について
(ア) J鑑定の信用性
a 当裁判所は,被控訴人の右脛骨膝関節内骨折の成傷機序に関するJ鑑定の見解は,原審と同じく相当であると判断する。その理由については,原判決12頁5行目から15頁24行目までの記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,12頁12行目及び18行目の各「第一東和病院」をいずれも「第一東和会病院」と,同24行目,13頁3行目,16行目,19行目,26行目,14頁3行目及び6行目の各「頸骨」をいずれも「脛骨」と,13頁7行目の「型骨」を「脛骨」と各改める。)。
b 控訴人は,J鑑定の信用性を批判し,I警察官の供述する転倒状況であっても,被控訴人が倒されまいとして,ひねられた右足を突っ張ったが,ひねりの力が強く,突っ張りきれずに外反又は回旋を起こして倒れることは十分にあり得るし,J鑑定が前提にした転倒状況の写真(乙3の写真8)は,両者が密着しておらず,正確な再現ではなく,被控訴人が述べる大外刈りのような転倒状況で,被控訴人が右足を強く踏ん張ったり,足が外反又は回旋することは考え難い旨主張する。
しかしながら,上記アのとおり,被控訴人の供述は,いわゆる大外刈りのように,足を大きくすくわれて投げ飛ばされたというものでも,I警察官に身体を密着されて倒されたというものでもないから,大外刈りのような転倒状況や,両者が密着していたことを前提にした控訴人の批判は,その前提を欠くものというべきである。また,なるほど,I警察官の供述する転倒状況であっても,被控訴人が倒れまいとして踏ん張れば,外反又は回旋を起こして転倒する可能性はないともいえないであろうが,それよりも,I警察官に右足を掛けられて倒されそうになったため,倒れまいとして踏ん張ったという被控訴人の供述する転倒状況の方が,より右足に力がかかり,外反又は回旋を起こして右足の関節部に粉砕骨折が生じる可能性が高いと認められる。
c そうすると,控訴人の上記主張を考慮しても,J鑑定の信用性は左右されるものではない。
(イ) K医師の意見の信用性
当裁判所は,被控訴人の右脛骨膝関節内骨折の成傷機序に関するK医師の意見は,原審と同じく採用できないと判断する。その理由については,原判決15頁26行目から17頁13行目までの記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,16頁11行目及び24行目の各「第一東和病院」をいずれも「第一東和会病院」と,同14行目,15行目,17行目(2か所),17頁4行目,6行目及び9行目の各「頸骨」をいずれも「脛骨」と各改める)。
(ウ) 結論
以上のとおり,被控訴人の右脛骨膝関節内骨折の成傷機序については,被控訴人の供述の方がより合致するとするJ鑑定を採用すべきである。
ウ 被控訴人の右第3ないし第5肋骨骨折について
(ア) J鑑定の内容
被控訴人の右第3ないし第5肋骨の骨折について,J鑑定は,被控訴人の肋骨の骨折箇所には,それらの外側部で縦列状に配列する骨折がみられ,その遠位骨折端(前方)は内方へ離解及び転位していること,その成傷機序は,胸郭への前方又は後方からの圧迫作用によって生じた可能性が高く,その場合,縦列状に骨折が生じている右第3ないし第5肋骨の前面及び背面に該当する右前胸上部と右肩甲部を挟むように,強い圧迫的外力が作用したと考えられること並びに,そのような状況に該当する場面としては,I警察官がその右肘を被控訴人の右胸部に当てるような格好で被控訴人に覆い被さっている場面(甲15の写真⑦)が,概ねこれに該当する旨述べる。
(イ) K医師の意見
これに対し,K医師の意見は,被控訴人の右第3ないし第5肋骨が内向きに骨折していることからすると,骨折箇所に直達的に外力が加わる必要があり,骨折箇所が谷折れになっている点も考慮すると,被控訴人は,転倒した際に,右上腕部が右肋骨側胸部と道路面との間に挟まれ,直線状になった右上腕で右肋骨側胸部が圧迫され,骨折したものと考えられるというものである。
(ウ) 検討
a K医師の意見は,上記のとおり,被控訴人の肋骨に直達的外力が加わったはずであり,右上腕部が右肋骨側胸部と道路面との間に挟まれ,直線状になった右上腕で右肋骨側胸部が圧迫されて骨折したと考えられるというものである。
b しかしながら,J鑑定によれば,被控訴人の右肋骨の骨折は,右腋窩の直下に位置しているところ,右上腕を介在させて打撲した場合,肩関節を支点とした梃子の原理により,右肘関節付近が最も強く胸郭に当たることになるので,右腋窩の直下よりも下位の肋骨に骨折が生じやすく,右上腕を介在させて打撲したとは考え難いという意見があるところ,これは,合理的な説明ということができる。そうすると,仮に,被控訴人が,右側胸部を下にして転倒し,右上腕部が右肋骨側胸部と道路面との間に挟まれ,右上腕部で右肋骨側胸部が圧迫されたとしても,その際に,右腋窩の直下に位置する右第3ないし第5肋骨が骨折することは考え難いというべきである。そして,被控訴人の転倒時に,被控訴人の右腋窩の直下に,何らかの直線上の物が衝突したことを認めるに足りる証拠はない。
c そして,J鑑定は,肋骨骨折は一般に,①局所的に外力が直接作用した場合はその部位に,②胸郭が前方又は後方から圧迫された場合は外側部に,③胸郭が側方から圧迫された場合は前部と背部に,④高所からの転落時に足から着地したときの介達性外力では前面と背面の外側部に生じるという医学的経験則を前提に,本件においては,①,③及び④が状況的にあり得ないことから,②であったと判断し,これに合致するのは,被控訴人の胸部の上にI警察官が右肘を乗せてのしかかっている様子を撮影した再現写真(甲15の写真⑦)であるとするところ,その内容は,合理的であって信用できるというべきである。
(エ) 結論
以上によれば,被控訴人の右第3ないし第5肋骨骨折の成傷機序については,被控訴人の供述が合致するとするJ鑑定を採用すべきである。
エ 供述の信用性
以上のとおり,本件各行為の態様については,I警察官の供述より,被控訴人の供述の方が,被控訴人の右脛骨膝関節内骨折及び右第3ないし第5肋骨骨折の各成傷機序に合致するものと認めることができるから,本件各行為の態様については,被控訴人の供述を採用すべきである。
(4) 当裁判所の判断
以上の次第で,本件各行為前における被控訴人とI警察官らとのやり取りについてはI警察官らの供述を採用し,本件各行為の態様については被控訴人の供述を採用すべきであると判断するのが相当である。そこで,当裁判所は,上記1のとおりの事実を認定した。
そうすると,被控訴人は,職務質問を行おうとしたI警察官に対し,左手でその右肩を1回突き,右手を振り上げて攻撃する暴行に及んだことが認められるから,被控訴人の行為については公務執行妨害が成立する。そして,I警察官の本件各行為は,公務執行妨害の現行犯人である被控訴人を逮捕するための有形力の行使であったと認められる(ただし,その有形力の行使の必要性及び相当性については後記3において判断する)。
なお,前記(1)イのとおり,本件訴訟提起前に警察官によって作成された書面である本件現行犯人逮捕手続書,「公務執行妨害事案取り扱い報告書」と題する書面(乙4)及び「公務執行妨害事件被疑者の釈放経過及び弁解録取書の作成不能について」と対する書面(乙5)については,捜査関係書類について本来認められるべき信用性を認めることができず,かつ,上記(3)のとおり,本件各行為の態様についてはI警察官らの供述より被控訴人の供述の方が信用性が認められる。しかしながら,このことは,上記の判断を妨げるものではないというべきである。
また,I警察官の上記有形力の行使が,被控訴人の主張するような,ホームレスの被控訴人に対する差別意識や差別感情に基づくものであることを認めるに足りる証拠はない。
3 I警察官の行為の違法性の有無・程度について
(1) 上記2(4)のとおり,本件各行為は,I警察官が,公務執行妨害に及んだ被控訴人を現行犯逮捕するための有形力の行使であると認められる。
(2) しかしながら,このような現行犯逮捕に伴う有形力の行使であっても,無限定で許容されるものではなく,社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内で実力の行使が許されるという限界があるというべきである(最高裁昭和50年4月3日第一小法延判決・刑集29巻4号132頁)。
(3) そこで,前記1の認定事実に照らし,本件におけるI警察官の有形力の行使についてみる。
本件は,被控訴人が夜間,アルミ空缶を入れたビニール袋を荷台に積載して自転車を走行させていたのを目撃したI警察官らが,被控訴人が盗難自転車を運転しているのではないかと考え,被控訴人に対して職務質問を行おうとしたことに端を発するものであって,重大,凶悪犯罪の嫌疑に基づくものではない。また,被控訴人の暴行の程度は,I警察官の肩を1回突き,右手を振り上げただけであって,凶器を示してのものでもなかった。そして,I警察官は身長約170センチメートルで体重約77キログラムであったのに対し(証人I),被控訴人は身長約161センチメールで体重約52キログラムであって(被控訴人本人),かなりの体格差があったと考えられる。
ところが,I警察官は,被控訴人の右足に自らの右足をかけ,右足を踏ん張って抵抗する被控訴人の右脛骨関節内が骨折するほどの強力な足払いをかけて被控訴人を倒した上,胸部に右腕を乗せてのしかかり,肋骨を3本骨折するほどの力で圧迫したものであって,I警察官が行使した有形力は,相当強力なものであったことが認められる。
以上によれば,I警察官の有形力の行使は,社会通念上逮捕のために必要かつ相当な限度内のものであったとは認められず,違法というほかない。
4 被控訴人の損害について
(1) 慰謝料
ア 前記1のとおり,被控訴人は,I警察官の現行犯逮捕のために社会通念上必要かつ相当な限度を超える有形力の行使によって,右脛骨関節内骨折,右第3ないし第5肋骨の骨折の傷害を負い,本件病院に平成22年11月17日から平成23年3月1日までの105日間入院して,右脛骨膝関節内骨折について,骨折部を整復した上で金属製のプレート及びスクリューで固定する関節内骨折観血的手術を受ける等の治療を受け,同年12月8日から同月15日までの間,再入院して内固定材料抜去術を受けたことが認められる。
以上によれば,被控訴人の受けた傷害の程度は大きく,その肉体的・精神的苦痛は,決して小さいものではないと認められる。
イ しかしながら,前記1で認定し,上記3で検討したとおり,I警察官の暴行は,被控訴人が主張するような,無抵抗の被控訴人に対する一方的な暴行ではなく,被控訴人がI警察官らの職務質問に応ずることなく,左手でI警察官の肩を突き,右手を振り上げて殴りかかるという暴行を行ったことによる公務執行妨害に対する現行犯逮捕に伴う有形力の行使であって,当該有形力の行使そのものは適法であるものの,その程度が許容される限度を超えたことによるものである。
ウ これら本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると,被控訴人の肉体的・精神的苦痛に対する慰謝料としては,50万円が相当と判断する。
(2) 入院雑費
また,被控訴人は,前記1のとおり,本件病院に105日間入院したことが認められるところ,その入院雑費としては1日当たり1500円,合計15万7500円を認めるのが相当である。
(3) 損害合計
以上によれば,被控訴人の損害は,上記(1)及び(2)の合計である65万7500円をもって相当と認める。
5 結論
以上によれば,被控訴人の控訴人に対する本件請求は,65万7500円及びこれに対する不法行為の後である平成22年11月17日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却すべきところ,これと結論を異にする原判決は一部失当であって,本件控訴は,一部理由がある。
よって,原判決を上記のとおり変更することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中敦 裁判官 太田敬司 裁判官 竹添明夫)