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大阪高等裁判所 平成27年(ネ)21号 判決 2015年7月09日

控訴人(原告)

X株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

小池裕樹

堀井昌弘

上田憲

隈元暢昭

齋藤友紀

阪口博教

蝶野弘治

安田浩章

中崎正博

被控訴人(被告)

Y株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

黒田建一

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、一一七一万三〇〇〇円及びこれに対する平成二四年一一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その三を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は、控訴人に対し、三八二四万二三三一円及びこれに対する平成二四年一一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  控訴人は、被控訴人の従業員から勧誘を受け、携帯型ゲーム機の付属品を有限会社aから購入してb社に売却するという取引を数次にわたり行い、被控訴人は、上記勧誘以前からa社及びb社との間で同じ商品の取引を行っていたが、被控訴人の取引は、b社から仕入れた商品をa社に売却するという流れで、控訴人の行った取引とは商流が逆であった。本件は、控訴人が、商流が逆であり、上記各取引が実際には対象商品が存在せず、その製造、納入を伴わない架空取引であったにもかかわらず、そのことを認識し又は認識し得た上記被控訴人の従業員又は被控訴人が控訴人に告知しなかったことが不法行為を構成すると主張して、被控訴人に対し、使用者責任(民法七一五条)又は不法行為(同法七〇九条)に基づき、損害金三八二四万二三三一円(控訴人が上記各取引によりa社に支払った代金額から、実際にb社から支払を受けた代金額を控除した残額三九二九万一〇〇〇円及び弁護士費用三九〇万円の合計四三一九万一〇〇〇円の一部)及びこれに対する平成二四年一一月二一日(不法行為後の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である(以下、控訴人の上記各取引を併せて「本件取引」という。)。

二  原判決は、控訴人の請求をいずれも棄却した。そこで、控訴人が、原判決を不服として控訴した。

三  前提事実、争点及びこれに関する当事者の主張は、次のとおり付加訂正し、後記四のとおり当審における新主張を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」中「第二 事案の概要」の一及び二(原判決二頁九行目から六頁一〇行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決五頁二行目末尾に改行の上、次のとおり加える。

「ウ Cは、本件取引が、被控訴人がb社及びa社との間で行っている本件商品の取引と商流が逆であることを認識しており、そのことを控訴人に告げるべき義務があったにもかかわらず、その事実を秘して、本件取引の勧誘を行ったことについて過失がある。」

(2)  原判決五頁二三行目の「の被告代表者であり、」を「及び当時の」に改める。

四  当審における新主張(過失相殺)

(1)  被控訴人

本件取引は、控訴人が、a社から購入した本件商品をb社に売却し、その代金を後日回収しなければならないというリスクを伴う取引であるが、控訴人は、本件取引を開始するに際し、取引先の調査、対象商品の確認など上記リスクを回避するための行動を取らずに、本件取引に参加したのであるから、控訴人には著しい過失がある。したがって、被控訴人が控訴人に対し、法的賠償義務を負うとしても、損害額については、過失相殺がされるべきである。

(2)  控訴人

控訴人は、本件取引のために必要な調査を行っており、何の過失もない。仮に、控訴人に何らかの過失があるとしても、被控訴人には故意又は重過失があるから、公平の理念により過失相殺をすべきではない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、控訴人の請求は、損害金一一七一万三〇〇〇円及びこれに対する平成二四年一一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるが、その余はいずれも理由がないと判断する。その理由は、以下のとおりである。

二  認定事実

前提事実(前記第二の三)に、証拠<省略>及び弁論の全趣旨を併せると、以下のとおりの事実が認められる。証人Cの供述中には、下記認定に相反する部分もあるが、この部分は前掲各証拠に照らして直ちに採用することができず、このほか、本件においては下記認定を覆すに足りる的確な証拠は存在しない。

(1)  当事者等

控訴人は、集積回路及び半導体の販売等を目的とする会社であり、Dは、平成二一年七月当時、電子部品販売の営業課長を務めていた。

被控訴人は、電気絶縁材料の販売及び工業用電気機械器具の製造販売等を目的とする会社であり、平成二一年四月以降、Fが代表取締役を、Gが取締役兼支配人(神戸支店長)をそれぞれ務めていた。Cは、同年七月当時、被控訴人神戸支店の営業課長として電子部品の営業を担当していた。

b社は、ゲーム機・マイクロプロセッサー応用電子機器及びソフトウエアーの企画、開発、製造、販売並びに生産管理の請負業務等を目的とする会社であり、Eが代表取締役を務めていた。

a社は、遊戯機器の企画、開発、製造、販売等を目的とする会社であり、Hが代表取締役を務めていた。

(2)  被控訴人とb社等との取引

被控訴人は、平成一七年頃から、b社及びc社(香港の会社)との間で、ゲーム機用部品「△△」という商品について、①被控訴人がb社からの注文を受けてc社に発注し、②被控訴人がc社に対して代金を支払った後、③同社がb社に当該商品を直接納入し、④納品後にb社が被控訴人に代金を支払うという取引を行っており、平成一九年頃からは、b社及びa社との間で、ゲーム機の付属品「□□」という商品について、①被控訴人がa社からの注文を受けてb社に発注し、②被控訴人がb社に代金を支払った後、③b社がa社に当該商品を直接納入し、④納品後にa社が被控訴人に代金を支払うという取引を行っていた。上記各取引に係る被控訴人の担当者はCであった。

その後、被控訴人は、平成二〇年頃、b社から、□□に加えて、本件商品についても□□と同じ形態で取引することを持ちかけられ、同年四月以降、b社及びa社との間で、本件商品の取引(b社からの仕入価格は一本二三〇円であり、a社への販売価格は一本二七〇円であった。本件商品の製造期間四か月を考慮し、b社への先払い後、a社からの代金回収までの期間は六か月とされた。)を開始し、数次にわたり行われた(以下、□□の取引も併せて「被控訴人取引」という。)が、このうち遅くとも平成二一年一月以降の取引は、対象商品が存在せず、その製造、納入を伴わない架空取引であった。

(3)  本件取引に至るまでの経緯

ア 本件取引の勧誘(第一回目)

控訴人は、本件取引以前に、被控訴人との間で電子部品の取引を行ったことがあり、電子部品の営業を担当するDとCは面識があった。

Dは、平成二一年一月頃、Cから、被控訴人が現金先払いの取引によって数千万円の売上を上げているが、控訴人もこの取引に参加することができるかどうか打診を受けたが、この取引は、海外向けの取引であったため、控訴人が取り扱うのは無理であるとして断った。

Cは、この当時、控訴人のみならず、株式会社dに対しても、上記取引への参加を持ちかけており、d社は、これに応じて、平成二一年二月から、b社及びa社との間で、本件商品に係る取引を数次にわたり行っていた。上記取引の形態は、被控訴人取引と同じであるが、b社への先払い後、a社からの代金回収までの期間は、被控訴人取引(六か月)よりも短く、第一回目と第二回目が一か月、第三回目と第四回目が二か月であった。

イ CのE宛のメール

Cは、平成二一年一月三〇日、b社のE宛に、「本社からの指示で三月末の今期末迄に出来る限り多くの売り上げと資金回収を行えとの事です。一月から三月まで予定とは関係なく○○・□□の売上を計上しますので処理を宜しく。b社の資金負担が大きくなるのでF部長にメールを入れる予定です。適当に作文して私に送って下さい。F部長に転送します。」とのメールを送信した。

ウ Cのb社への貸付け

Cは、平成二一年三月頃、b社のEから、資金繰りが苦しいとの理由で借入れの申込みがあり、三五〇万円をb社に貸し付けたが、その後、同年五月に二〇〇万円の返済を受けただけで、残金一五〇万円の返済を受けていない。

エ 被控訴人とb社との協議

平成二一年四月頃、被控訴人とb社との間では、①△△の取引数量の制限や②○○・□□の納入遅れが問題となり、同月二日、G及びCとEが協議した。上記①の問題について、被控訴人は、△△の取引からの撤退を希望したのに対し、b社は、c社との関連ビジネスの重要性等を説明して取引継続を希望した。そこで、被控訴人は、再度取引を継続するかどうか検討することになったが、仮に、撤退する場合には、収益性の悪い△△の取引と収益性の良い本件商品の取引とを併せて他社へ移管することとされた。上記②の問題について、b社は、被控訴人に対し、速やかな材料手配のためには被控訴人からb社への円滑な製造費用(売買代金)の支払が必要であると述べていた。このほか、b社は、被控訴人に対し、本件商品が実際に納入されていないのに、a社が被控訴人に支払うべき代金をb社が立て替えて支払っていたと説明した(もっとも、この件は、平成二一年二月頃にEからCに説明されていた。)。

オ 被控訴人取引

被控訴人取引は、平成二一年四月以降も数次にわたり行われ、同月二日、□□・三〇万本の取引と本件商品一〇万本の取引(第七回ロット)が、同月二一日、本件商品一〇万本の取引(第八回ロット)が、同年五月二七日、本件商品五万本の取引(第九回ロット)が、同年六月一八日、本件商品五万本の取引(第一〇回ロット)が、同年七月一五日、本件商品七万本の取引(第一一回ロット)がそれぞれ成立したが、b社に対する代金の先払いについては、被控訴人においても、a社又はb社の支払能力等を考慮してその支払方法(分割払い、約束手形の振出など)を決定するようになり、現金先払いができない状況であった。

カ a社の支払遅滞(第一回目)

a社は、被控訴人取引につき、平成二一年五月末日を支払期限とする八五〇万五〇〇〇円の支払を遅滞した。その後、同年六月四日、b社名義の口座からa社名義の口座へ八五九万円が振り込まれ、このうち、八五〇万五〇〇〇円がa社名義の口座から被控訴人名義の口座へ振り込まれたため、上記支払遅滞分の決済をすることができた。

キ 本件取引への勧誘(第二回目)

Dは、平成二一年七月上旬頃、Cから、現金先払いの取引につき、海外向けではなく国内の取引であれば、控訴人もこの取引に参加することができるかどうか勧誘を受けたが、この時は、現金先払いという点が気になったので、断った。

ク 本件取引への勧誘(第三回目)

Dは、平成二一年七月中旬頃、Cから、現金先払いの取引につき、今回は、これまでと様子が異なり真剣な調子で、控訴人にも協力してもらいたいと話を持ちかけられたので具体的な説明を受けることにした。このときのCの説明によれば、上記取引は、ある会社から本件商品を一本二四〇円で仕入れ、b社に一本二六五円で売却するものであり、本件商品はb社に直接納品されること、b社が、年末にかけて上記取引の拡大を求めているが、二か月後の代金回収なので、被控訴人もこれ以上拡大できないこと、被控訴人が上記取引の一部でも断ると、他社にこれを持って行かれるので、そのような事態を避けるためにも、その一部を控訴人に助けてもらいたいというものであった。その際、Dは、社内説明用の資料として、被控訴人の取引実績が記載された書面二枚をCから受け取った。

ケ 控訴人の社内決裁

Dは、本件取引につき、社内説明を行った上で、控訴人がこの取引に参加してもよいかを確認したところ、その承認が得られたので、その旨をCに連絡した。Dは、上記社内説明を行うに際し、b社のホームページにて取扱商品等を確認したのみで、このほかには、取引先の調査や本件商品の確認等を全く行っていなかった。

その後、Dは、控訴人が本件取引に参加するに当たり、取引先であるb社及びa社に関する情報提供をCに求めたところ、平成二一年七月二四日、b社から、b社及びa社の各代表者の名刺につき、ファクシミリ送信を受けた。

(4)  本件取引

本件取引は、本件商品について、①控訴人がb社からの注文を受けてa社に発注し、②控訴人がa社に対して代金を支払った後、③a社がb社に本件商品を直接納入し、④納品後にb社が控訴人に代金を支払うというものであり(控訴人が上記④の代金支払を受けるのは、上記②の代金先払いから二か月後であり、被控訴人取引(六か月)よりも期間が短い。)、取引形態としては、本件商品の流れ(商流)が被控訴人取引と逆であった。また、本件取引は、真実は本件商品が存在せず、その製造、納入を伴わない架空取引であったが、控訴人は、そのこと及び本件商品の流れが被控訴人取引と逆であることを知らされずに参加した。本件取引に係る控訴人の担当者はDであった。

本件取引のうち、取引①から取引④までは、いずれも、CがDに対し、本件商品の注文数量を事前に連絡し、控訴人がその取引に応じられるかどうかを確認した上で、b社から控訴人に注文書が送られてきた。

(5)  本件取引後の経緯

ア a社の支払遅滞(第二回目)

本件取引が開始され、控訴人は、平成二一年七月三〇日にa社に対し、取引①に係る代金として五〇四万円を支払ったが、a社は、被控訴人取引につき、同月末日を支払期限とする一一三四万円の支払を遅滞した。

被控訴人経理・総務部のIは、同年八月四日、神戸支店長であるG宛に、被控訴人取引のうち本件商品七万本の取引(第一一回ロット)に係る代金六二四万七五〇〇円(b社に対する同月一〇日を支払期限とするもの)の支払については、上記一一三四万円の支払遅滞等が解消しなければこれを行わない旨のメールを送信し、これと同じものがCにも送信された。

その後、控訴人は、同月七日にa社に対し、取引②に係る代金として一三八六万円を支払った。同日、a社名義の口座から一一三四万円が被控訴人名義の口座へ振り込まれたため、上記支払遅滞分の決済をすることができた。

イ 被控訴人取引の継続

被控訴人取引は、その後も行われ、平成二一年八月一〇日、本件商品一〇万本の取引(第一二回ロット)が、同年九月一八日、本件商品一〇万本の取引(第一三回ロット)がそれぞれ成立した。

ウ Cによる不正行為の発覚

平成二一年九月頃以降、Cが、被控訴人名義にて購入したパソコンを転売して自己の借金の返済に充てるなどの不正行為を行っていたことが発覚し、被控訴人は、同月末日限りでCを解雇するに至った。ただし、Cは、同年一〇月以降も被控訴人神戸支店に出社していた。

その後、被控訴人は、Cによる上記不正行為の調査を行っていたが、同月初め頃、C及びその妻から、b社が被控訴人ほか数社と行っている本件商品等に係る取引が架空取引の疑いがあると聴取したことから、この点を調査することにした。

エ 取引⑤の開始

本件取引のうち、取引①から④までは、上記(4)のとおりいずれもCからDに対して、事前にその取引に応ずるかどうかの打診があった後に、b社から注文書が送られてきたが、取引⑤については、Cから事前の打診がされないままに、平成二一年九月三〇日にb社から注文書が送られてきた。そこで、Dは、Cに対し、何回も電話を架けたり、メールを送信するなどして連絡を取ろうとしたが、全く連絡を取れずにいた。その後、Dは、Cとようやく連絡が取れたので、取引⑤の注文に関し、どのように対応すべきかを尋ねたところ、控訴人に「お任せします」とのことであったので、従来どおり取引⑤を行うことにした。

控訴人は、同年一〇月二〇日、a社に対し、取引⑤に係る代金として一二六〇万円を支払ったが、その後、b社は、本件取引につき、控訴人に対して、同月末日までに支払うべき代金の支払をしなかった。

オ 被控訴人とb社及びa社との面談

a社は、被控訴人取引につき、被控訴人に対し、平成二一年一〇月末日までに支払うべき代金の支払をしなかった。そこで、被控訴人のGは、同年一一月六日、b社のE及びa社のHと面談した。その際、Gは、本件商品が実際にb社からa社に納入されているのかどうかを確認したところ、E及びHは、いずれも実際に本件商品の授受がされているとの虚偽の返答をした。

その後、E及びHは、同月一二日、被控訴人神戸支店を訪れ、Gと面談した。その際、Eは、平成二〇年末若しくは平成二一年初め以降の△△や○○・□□(本件商品を含む。)の取引がいずれも架空取引であることを認めるに至った。

三  不法行為の成否(争点①及び③)

(1)  争点①について

本件取引に至るまでの経緯をみると、上記認定のとおり、被控訴人取引が、本件取引に先行して、平成二〇年四月から数次にわたり継続して行われていたが、遅くとも平成二一年一月以降の取引は、対象商品が存在せず、その製造、納入を伴わない架空取引であったこと、被控訴人取引においては、被控訴人が、まず、本件商品の代金を製造費用としてb社に先払いし、本件商品がb社からa社に納入された後、a社がその代金を被控訴人に支払うものとされていること、しかしながら、Eは、同年四月二日にG及びCに対し、本件商品が実際に納入されていないのに、b社が、a社に代わってその代金を立て替えていたことがあると説明していること、また、被控訴人取引における発注数は増加し、本件商品の代金も先払いされているにもかかわらず、b社又はa社の資金繰りが悪化し、その結果、a社が被控訴人に対し、同年五月末日を支払期限とする八五〇万五〇〇〇円の支払を遅滞したこと、他方、被控訴人においても、a社又はb社の支払能力等に不安があることから、b社への代金の支払方法についてもその全額を現金払いすることができない状況となったことが認められる。このような状況の下で、Cが、同年七月中旬頃、Dに対し、被控訴人取引の一部を控訴人に助けてもらいたいと称して本件取引を紹介し、控訴人を本件取引へと参加させたことからすれば、Cは、被控訴人取引の決済を確保するには、新たな取引参加者から全額先払いという方法によってb社又はa社に資金を調達させなければならず、それができなければ、遅かれ早かれb社又はa社が資金繰りに窮して、被控訴人取引自体が破綻する可能性が高いということを認識していたものというべきである。

そして、本件取引に関する説明内容をみると、上記認定のとおり、Cは、Dに対し、本件取引の商流が被控訴人取引の商流と逆であるにもかかわらず、そのことを説明していないこと、また、被控訴人取引においては、本件商品の製造期間四か月を考慮し、b社への先払い後、a社からの代金回収までの期間を六か月と定めているにもかかわらず、本件取引においては二か月後の代金回収であると説明していることからすれば、Cは、この当時、本件取引が本件商品の製造、納入を伴わない架空取引であることを認識していた可能性が高いが、仮にそうではないとしても、架空取引であることを疑うべき事情は認識していたものと認められる。このように、Cにおいて、本件取引が架空取引であることを疑うべき事情を認識しながら、そのことを告げずに控訴人を本件取引に勧誘することは、控訴人が商取引を行う会社であることを考慮しても不当な勧誘というべきであるが、前記のとおり、これに加えて、b社及びa社の支払能力に問題が生じていることを認識しながら、しかも被控訴人取引の破綻を防ぐための資金調達の方法として、これらの事情を秘して控訴人を本件取引に勧誘することが不法行為を構成することは明らかというべきである。

(2)  争点③について

本件取引後の経緯をみると、上記認定のとおり、被控訴人は、本件取引の開始後も、被控訴人取引(第一二回及び第一三回ロット)を継続して行っていたこと、被控訴人は、平成二一年一〇月初め頃に、C及びその妻から、b社が被控訴人ほか数社と行っている本件商品等に係る取引が架空取引の疑いがあるとの指摘を受けたのを契機として、その調査を開始したこと、被控訴人のGは、同年一一月六日及び同月一二日に、b社のE及びa社のHと面談したが、Eは、最終的に、同月一二日の面談で、平成二〇年末若しくは平成二一年初め以降の△△や○○・□□(本件商品を含む。)の取引がいずれも架空取引であることを認めるに至ったことが認められる。そうすると、被控訴人は、平成二一年一一月一二日にEから、本件商品等に関する取引がいずれも架空取引であることを知らされるまで、本件取引が架空取引であると認識していたとはいえず、また、それを認識し得たともいえないから、被控訴人の不法行為が成立するとの控訴人の主張は、その余の点を検討するまでもなく理由がない。

四  事業執行性(争点②)

被控訴人の従業員であるCは、同業他社である控訴人に対し、本件取引を紹介し、本件取引に参加させるために勧誘行為を行っているが、この行為が、被控訴人の「事業の執行について」されたものといえるかについてみる。

上記認定のとおり、Dは、平成二一年七月中旬頃にCから、本件取引への参加について勧誘を受けたが、このときのCの説明によれば、b社が年末にかけて被控訴人との取引の拡大を求めているが、被控訴人もこれ以上拡大できないこと、被控訴人が上記取引の一部でも断ると、他社にこれを持って行かれるので、そのような事態を避けるためにも、その一部を控訴人に助けてもらいたいというものであったことが認められる。そうすると、本件取引は、もちろん被控訴人の取引ではないが、被控訴人とb社との取引を確保するために行われるものであるから、Cの上記行為は、被控訴人の事業と密接に関連する行為であるといえる。また、控訴人を本件取引に参加させるために勧誘する行為は、外形からみて、営業担当者であるCの職務の範囲内に属するものというべきである。

以上によれば、本件におけるCの上記行為は、被控訴人の「事業の執行について」されたものといえるから、被控訴人は、控訴人に対し、使用者責任(民法七一五条)を負うというべきである。

五  損害額

(1)  財産的損害

控訴人は、本件取引に参加したために、本件商品をa社から購入する旨の契約を締結し、平成二一年七月三〇日から同年一〇月二〇日までの間に、代金合計四四八五万六〇〇〇円をa社に支払った。Cの上記不法行為がなければ、控訴人は、本件取引に参加することはなく、これに伴う金銭の出捐もしていなかったと認めるのが相当である。そうすると、Cの上記不法行為は、控訴人の財産権(上記出捐に係る金銭についてのもの)を侵害するものであり、a社に対する上記四四八五万六〇〇〇円の支払は、Cの不法行為と相当因果関係のある損害であるといえる。

以上によれば、控訴人の財産的損害は四四八五万六〇〇〇円である。

(2)  過失相殺

控訴人は、被控訴人のCから勧誘されて本件取引に参加したが、Dが、本件取引の社内決裁を得るために行ったことは、b社のホームページにて取扱商品を確認したことだけであり、このほかには、取引先の調査や本件商品の確認等を全く行っていなかった。また、本件取引に参加するに当たり、取引先であるb社及びa社に関する情報提供をCに求めているが、その結果、b社及びa社の各代表者の名刺につきファクシミリ送信を受けただけであった。

本件取引は、控訴人が、a社から購入した本件商品をb社に売却し、その代金を後日回収しなければならないというリスクを伴う取引であるから、上記リスクを最小限にするためには、事前にb社の支払能力等を調査することが重要となるが、上記のとおり、控訴人はこれを全く行っていない。そうすると、控訴人は、本件取引に伴うリスクにつき、これを最小限にするための調査を怠った点で著しい過失があるといえるから、過失相殺によって損害賠償の額を五割減額すべきである。

よって、上記(1)の四四八五万六〇〇〇円につき、五割の過失相殺をすると、二二四二万八〇〇〇円となる。

【算式】 44,856,000円×(1-0.5)=22,428,000円

(3)  損害のてん補

控訴人は、平成二一年九月三〇日、b社から取引①に関する代金五五六万五〇〇〇円(消費税込み)の支払を受け、また、平成二四年九月二八日、b社及びa社との間で訴訟上の和解を成立させ、これに基づき、同年一一月二〇日までにb社から合計六〇〇万円の支払を受け、a社から一五万円の支払を受けた。これらはいずれも損害のてん補というべきであるから、これを損害額から控除すると、一〇七一万三〇〇〇円となる。

【算式】 22,428,000円-(5,565,000円+6,000,000円+150,000円)=10,713,000円

(4)  弁護士費用

本件事案の内容、審理の経過、認容額その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、弁護士費用として一〇〇万円を認めるのが相当である。

(5)  小括

以上のとおりで、控訴人の損害額は一一七一万三〇〇〇円となる。

【算式】 10,713,000円+1,000,000円=11,713,000円

六  結論

以上のとおりであり、控訴人の請求は、被控訴人に対し、損害金一一七一万三〇〇〇円及びこれに対する平成二四年一一月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却すべきである。よって、これと結論を異にする原判決は相当でないから、原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田川直之 裁判官 浅井隆彦 髙橋伸幸)

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