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大阪高等裁判所 平成27年(ネ)2587号 判決 2016年2月03日

控訴人(本訴被告・反訴原告)

H協同組合

同代表者代表理事

同訴訟代理人弁護士

高島浩

被控訴人(本訴原告・反訴被告)

同訴訟代理人弁護士

喜田崇之

主文

1  原判決を以下のとおり変更する。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  控訴人の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを2分し、その1を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  被控訴人は、控訴人に対し、155万円及びこれに対する平成26年1月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言

第2  事案の概要

1  事案の骨子及び訴訟の経緯

(1)  本件の本訴は、控訴人の従業員であったが、平成26年3月20日に解雇された被控訴人が、解雇は無効であるとして、①労働契約上の地位の確認と、②平成26年2月21日から判決確定まで(将来分を含む)毎月15万円の賃金と、これに対する各月の約定賃金支払日(毎月20日締め25日払)の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求する事案であり、

(2)  反訴は、控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人は、平成23年7月から平成26年1月まで、労働契約に含まれていないと知りながら、通勤費等の名目で毎月5万円を利得したとして、不当利得返還請求権及び悪意の受益者に対する利息請求権(民法704条)により、155万円(5万円×31月)とこれに対する最終利得日(平成26年1月8日)の翌日である平成26年1月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を請求する事案である。

(3)  原判決は被控訴人の請求の一部を認容し、控訴人の請求を棄却したので、控訴人が控訴をした。

なお、控訴人は、当審において、平成26年3月20日の解雇が無効とされた場合、平成27年10月10日付けで解雇した旨の予備的主張を追加した。

2  争いのない事実等は、次のとおり補正するほかは原判決「事実と理由」中第2の1(2頁20行目ないし5頁6行目)のとおりであるから、これを引用する。

(1)  2頁21行目の「○歳」を「平成26年3月20日の解雇当時○歳(昭和25年○月○日生)」と、同行目の「交通」を「交運」と、22行目の「建交労関西支部」を「建交労」とそれぞれ改める。

(2)  3頁1行目の「している。」の次に「平成23年7月ないし平成26年3月当時の」を加え、1行目及び2行目の「(株)」(5か所)をいずれも「株式会社」と、2行目の「である」を「であったが、平成27年3月末に株式会社乙が、原審口頭弁論終結(同年6月8日)後に丙株式会社がそれぞれ事業停止した」と、それぞれ改める。

(3)  3頁3行目の「その1」を「の締結」と、5行目の冒頭の「と定めて」を「とし、そのほかに通勤費月額4万円及び電話代の補助として月額1万円を支給するとの内容の」と、それぞれ改め、同行目「おいて」の次に「事務局長として」を加え、7行目から10行目までを削る。

(4)  3頁13行目の「任期」の次に「満了」を加える。

(5)  3頁14行目(4)から25行目までを、次のとおり改める。

「(4) 再度の労働契約の締結

控訴人と被控訴人は、平成23年7月、次の労働条件で再び期間の定めのない労働契約を締結し、被控訴人は控訴人を、被控訴人の協同組合員の元に派遣し又は出向させ、協同組合員の指揮命令を受けて協同組合員の生コンクリートミキサー車乗務と現場立会業務に従事させることを合意した(以下、この契約を「本件労働契約」という。書証略)。

就労時間 午前9時~午後4時(うち休憩時間60分)ただし、現場立会等に従事する場合は午前8時から午後5時とする。

休日 土曜日、日曜日及び国民の祝日

賃金 月額15万円。毎月20日を締切日として毎月25日に支払う。

退職 解雇による場合は、双方誠意を尽くして協議し、合意の上行うこととする。」

(6)  4頁1行目の「C」の次に「(以下「C」という。)」を加え、5行目の「5月11日」を「5月10日」と、9行目及び26行目の各「建交労関西支部」を「建交労」とそれぞれ改め、10行目の「取り交わした」の次に「(以下、この協定書による合意を「本件労使協定」という。)」を加え、13行目の「同年12月20日、」の次に「平成26年1月現在で公的年金の支給を受けている者又はその有資格者1名を、平成26年3月20日付けで整理解雇し、退職金は本人が関与した中退金とする旨を記載した(書証略)」を、それぞれ加え、14行目の「通知した」を「通知し、平成26年3月20日付けで被控訴人を解雇した」と、同行目の「これによる解雇」を「この解雇」と、それぞれ改め、15行目の「その書面」から25行目末尾までを削る。

(7)  5頁6行目の末尾の次を改行の上、次のとおり加える。

「(8) 再度の解雇予告通知

控訴人は、被控訴人に対し、平成27年9月8日、本件解雇が無効であった場合、平成27年10月10日付けで経営悪化に伴う使用者都合により解雇する旨を予告し、同日付けで被控訴人を解雇した(書証略)。」

3  争点及び争点に関する当事者の主張

なお、被控訴人は、当審における控訴人の解雇の客観的合理性や社会的相当性に関する主張は、時機に後れた攻撃防御方法として、民事訴訟法157条1項により却下すべきであると申し立てるが、控訴人が解雇権濫用の評価障害事実として主張する内容に原審から変更はなく、原審ではこれを整理解雇の要件に沿って説明し、当審では労働契約法16条の要件に沿った説明を加えたにすぎないから、控訴人の当審における主張は時機に後れた攻撃防御方法に当たらないというべきであり、被控訴人の当該申立ては却下する。

(1)  本件解雇に客観的合理的理由(労働契約法16条)があるか(争点(1))

(被控訴人の主張)

ア 控訴人は、協同組合員からの会費や賦課金の徴収、積極的な組合活動等により今後も十分に事業収益を上げることができる。また、被控訴人は、平成23年12月に甲株式会社で昼食休憩を巡るいざこざがあった以外、協同組合員方でトラブルを起こしたことはなく、その後も問題なく協同組合員の業務に従事してきた。協同組合員のミキサー車乗務及び現場立会業務は消滅しておらず、人員削減の必要性はなかった。

イ 控訴人は、平成23年4月以降、合理的な理由もなく会費を月額7万円に減額し、賦課金の徴収をやめた。また、控訴人は、協同組合員に被控訴人の業務等を確保するよう要請しておらず、解雇回避努力を尽くしていない。

ウ 控訴人は、協同組合に加入しない業者や他労組に対応させるため、建交労に相談して被控訴人を雇用したもので、被控訴人の業務は、日々の生コンクリート出荷数量の抽出、上部団体への報告、工業組合事務局会議への出席、理事会への出席、議事録の作成、役所対応、O調査会やP調査会への対応、あいさつ状の手配等、控訴人の事務全般にわたっており、本件労働契約はこれらにミキサー車乗務と現場立会を付加したものである。

人選の合理性は、従業員各自の事情を、その担当業務ごとに個別に検討した上で、総合的に比較検討すべきであって、年金受給者であることや勤続年数から安易に合理性が認められるものではない(被控訴人の年齢からすれば、Cに比べ再就職が困難であるといった事情もある。)。

(控訴人の主張)

ア 控訴人は、被控訴人に対し、平成22年12月頃から、理事の任期満了後は再雇用しない意向を伝えていた。控訴人は、控訴人を通じて取引される共同事業の収入が激減し、経費(大半は被控訴人及びCの人件費である。)が収入を上回り、協同組合員から臨時会費や賦課金を徴収して経費を捻出する状況が続いていた。控訴人において人員削減は急務である。

イ 控訴人は、被控訴人が控訴人の理事を退任した際、建交労から被控訴人を再雇用するよう強い要請を受け、控訴人には被控訴人に従事させる業務がなかったにもかかわらず、協同組合員に無理を言って、被控訴人を協同組合員に派遣又は出向させて賃金を捻出することとして、本件労働契約を締結した。本件労働契約は、職種ないし派遣(出向)先を特定して締結されたものであり、控訴人は解雇回避努力を尽くしている。

ウ 本件労働契約は、もともと協同組合員に不要な人件費の負担を強いるものであった上、被控訴人が平成23年末頃、協同組合員の従業員と昼食代や休憩時間を巡りトラブルを起こしたことや、協同組合員の代表者が集まる控訴人の理事会で「弁当も出ないのか」などと暴言を吐いたことで、協同組合員からの派遣依頼が途絶え、被控訴人が従事できる業務が事実上なくなった(平成25年には1月、3月及び5月の各1日派遣依頼があっただけである。)。

職種ないし派遣(出向)先を特定して雇用された従業員について、当該職種や派遣(出向)先に係る業務が消滅した場合、当該従業員を派遣(出向)元の他の業務にも就かせることを想定して雇用したなどの特段の事情がない限り、解雇には客観的合理的理由がある(Cは控訴人の経理等の事務に従事しているし、被控訴人は年金を受給しており直ちに生活に困窮する状態にない。)。

(2)  本件解雇は社会通念上相当(労働契約法16条)であるか(争点(2))

(被控訴人の主張)

本件解雇は、被控訴人の責めに帰すべき事情に基づかないものであるから、控訴人は、被控訴人に対し、解雇に至った経過、解雇の合理性、解雇回避努力の内容、解雇以外の手段がないことなどを十分説明し協議すべきところ、本件労使協定のわずか6か月後に、解雇回避努力を尽くすこともなく、本件解雇予告の前に、被控訴人や建交労に対する説明や協議の場を設けず、平成26年2月28日の団体交渉でも、解雇理由を整理解雇から労働契約の解約等に変更し、整理解雇の要件について説明しなかった。本件解雇について説明や協議は尽くされておらず、本件解雇は明らかに社会通念上相当性を欠く。

(控訴人の主張)

控訴人は、被控訴人を再雇用する業務や資力がないにもかかわらず、被控訴人や建交労の強い要請を受け本件労働契約を締結し、協同組合員に人件費負担の協力を依頼して、赤字ながらも被控訴人を雇用していたが、更に協同組合員2社が経営難のため事業を停止するなどしたことから、90日の予告期間を設けて本件解雇予告をした。もともと、控訴人と建交労及び被控訴人は、本件労働契約締結以前から被控訴人の処遇について協議を行い、控訴人は、団体交渉等の場で、資金繰りが厳しく、平成25年4月には一旦解散するに至った事情、人員削減の必要性や人選の理由等について説明してきた。本件解雇予告後も、平成26年2月28日には被控訴人も出席した団体交渉を行い、本件解雇の必要性や人選の理由等を説明し協議しており、適切な手続を踏んでいる。控訴人には他に被控訴人に担当させるべき業務がなく、他の人選の余地もない。本件解雇は、不当な目的や差別的な目的によるものではなく、社会通念上相当である。

(3)  平成27年10月10日の解雇は、協議等の手続を履行し、また、客観的合理性や社会的相当性があるか(争点(3))

(控訴人の主張)

控訴人は、平成27年9月8日の解雇予告に先立ち、建交労に対し再三にわたり団体交渉を求めたが拒否されたもので(書証略)、協議等の履行業務を尽くしている。

しかも、人員削減の必要性や人選の合理性が存することは明らかで、平成27年10月10日の解雇には客観的合理性や社会的相当性がある。

(被控訴人の主張)

解雇回避努力を尽くすことなく形式的に説明の場を設けたからといって、解雇が客観的合理性や社会通念上の相当性を具備するものではない。平成27年10月10日の解雇にも客観的合理性や社会的相当性はなく、無効である。

(4)  本件労働契約において、通勤費及び通信費として月額5万円を支給する合意があったか(争点(4))

(控訴人の主張)

平成20年8月に通勤費及び通信費として月額5万円を支給する旨合意したのは、被控訴人が控訴人の専務理事に就任する準備期間に当たり、ゼネコンや他組合を回り折衝を行う経費が必要であったからである。本件労働契約は当時の契約と連続性を欠き、本件労働契約において被控訴人に別途通勤費等を支払う理由はなく、そのような合意はしていない。上記合意は理事退任に伴い当然に解消された。Cは、被控訴人に指示されて支払ったに過ぎず、控訴人は、平成26年1月に初めてそのような金員が支払われていたことを知り、Cに支払を停止するよう指示した。

(被控訴人の主張)

被控訴人は、本件労働契約締結後も、毎月5万円程度の通勤費や通信費を必要としており、本件労働契約の締結に当たり、平成20年8月の支払合意を維持することを合意した。Cがこれを支給し続けたのは、当然に控訴人の意思に基づくものである。

仮に基本給15万円の中から通勤費や通信費5万円を負担しなければならないとすると、実質的な基本給は約10万円となり、最低賃金法4条1項に違反する。

(5)  被控訴人は、合意が存在しないことを知りながら通勤費等として月額5万円を受領していたか(争点(5))

(控訴人の主張)

被控訴人は、本件労働契約に含まれていないと知りながら通勤費等として月額5万円を受領していた悪意の受益者である。

(被控訴人の主張)

争う。

第3  当裁判所の判断

1  認定事実(前記前提事実に加え、後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)

(1)  平成20年8月に雇用された経緯(証拠略)控訴人は、平成16年4月の設立当初、別の労働組合の組合員が事務所に押しかけ、控訴人の定款や組合員名簿を見せるようCに要求したり、協同組合員の工場で出荷を妨害したりするなどしたため、建交労に対応を相談したところ適任者として被控訴人を紹介された。被控訴人は、平成17年1月頃から、甲株式会社の従業員として、控訴人と協同組合員のために、他の労働組合対応等を行っていたが、平成20年7月には、控訴人の理事会で控訴人の従業員として採用することが決定され、同年8月に労働契約が締結された。そして、被控訴人は、控訴人において、労働組合や協同組合に加入していない生コンクリート業者(アウト業者)への対応のほか、経理以外の事務仕事や代表理事の送迎車両の運転等もしていた。

(2)  専務理事への就任(人証略)

被控訴人は、平成21年1月、控訴人の専務理事に就任し、労働契約は終了したが、その後も従前と同じ業務に従事し、他の理事は無報酬であったにもかかわらず、控訴人から報酬の支払を受けていた。

(3)  本件労働契約締結の経緯(証拠略)

その後、労働組合対応等の必要性が薄れ、事務所における業務はCが一人で対応できたことから、平成23年5月に理事の任期が満了した後の被控訴人の処遇が問題となった。当時、控訴人の協同事業収入は乏しく、収入の大半を協同組合員から徴収する会費(各組合員に平等に課される)及び賦課金(出荷する生コンクリートの数量に応じて各組合員に課される)に負っており、一方、経費の多くを被控訴人及びCの人件費が占めていた。

控訴人は、被控訴人に従事させる業務がなく、賃金を捻出することも困難であるとして再雇用を拒否していたが、建交労の強い要請を受け、協同組合員から徴収する会費を減額し賦課金の徴収を取りやめる一方で、平成23年7月、被控訴人と本件労働契約を締結し、賃金の額を月額42万円から15万円に大幅に減額し、被控訴人を協同組合員の工場に派遣(出向)し、協同組合員のミキサー車乗務や車両誘導等の現場立会いの業務に従事させ、協同組合員がその対価として控訴人に支払う金員を賃金に充てることを合意した。

本件労働契約締結後半年ほどは、協同組合員から派遣依頼を受け約定どおり被控訴人に賃金を支払うことができたが、もともと協同組合員にとって自社の業務に被控訴人の派遣を受けるメリットが乏しかった上、被控訴人の扱いに困る場面もあり、次第に敬遠され、協同組合員が被控訴人の派遣を依頼する機会は激減し、平成25年になると5月までに3回依頼があっただけでそれ以降はまったくなくなった。

(4)  本件解雇に至る経緯(証拠略)

そのような状況の中、控訴人は、平成25年4月11日、被控訴人及びCに対し解雇予告を通知し、建交労との団体交渉を経て、同年5月10日にこれを撤回したものの、同年12月20日、被控訴人に対し本件解雇予告を通知した。

本件解雇予告にあたり、控訴人は、事前に被控訴人や建交労と協議をしなかった。また、控訴人は、建交労から、平成26年1月8日付けで、被控訴人の「解雇」に関する件等を交渉議題とする団体交渉の申入れを受けたが、これに対しては、同月10日、団体交渉日として指定された日は都合が悪い旨を回答し、さらに、同月15日付けの内容証明郵便で、建交労に対し、労働契約を「解約」ないし「解除」することを通知しただけであるのにこれを「解雇」と断定する根拠を明らかにすること、建交労が求める円満解決の内容を明らかにすることを求めた。控訴人は、同月16日再度の申入れを受け、同月18日付けで、上記内容証明郵便で説明を求めた事項についての回答があるまで、交渉に応じるか否かの回答を留保するとした上、同年2月3日付けで、同月13日と同月18日に団体交渉を行う旨を回答したものの、さらに、上記内容証明郵便で説明を求めた事項について事前に書面で提出することを求め、同月12日、その回答がないことを理由に同月13日の団体交渉を延期する旨通知し、同月18日の団体交渉も、その回答がないことを理由に実施を拒んだ。

そして、控訴人は、平成26年2月28日にようやく建交労との団体交渉を行ったが、控訴人が、本件解雇予告通知書には解雇理由を整理解雇と記載しながら、団体交渉では解雇ではなく「労働契約の解除ないし解約」と説明したことに対し、これが解雇であると主張する建交労との間で押し問答となり、また、控訴人が建交労に円満解決の具体的方策を示すよう求めたが返答はなく、実質的な協議に至らずに終了した。

控訴人は、平成26年3月7日、建交労に対し、もはや協議による円満解決は困難である旨記載した書面を送付し、建交労は直ちに団体交渉の日程を決めるよう求めたが、同月14日、見解の相違があり団体交渉での一致点を見いだすことは不可能であるとして、これを拒否した。

(5)  通勤費・通信費の支給(証拠略)

平成20年8月の労働契約で、賃金とは別に通勤費・通信費として月額5万円を支給することが合意されたのは、労働組合対策等の業務に必要な費用を補う趣旨であった。平成21年1月に被控訴人が専務理事に就任した後も、その支給は継続され、本件労働契約締結後の平成23年9月2日に作成された「労働協約書」(書証略)には記載されなかったものの、専務理事退任後も平成26年1月まで支給され続けた。なお、賃金は振込払いであったが、通勤費・通信費は、一貫してCが現金で交付していた。

2  本件解雇に客観的合理的理由があるか(争点(1))について

(1)  前記前提事実及び認定事実のとおり、本件労働契約は、控訴人には被控訴人に従事させる業務が存在しないことを前提に、被控訴人を協同組合員の工場に派遣し、協同組合員のミキサー車乗務や車両誘導等の現場立会業務に従事させ、協同組合員が支払う対価を賃金に充てることを内容とするものであるところ、平成25年には協同組合員からの派遣依頼がほぼなくなり、将来的にも派遣依頼を受けることは期待できない状況に陥っていたのであるから、本件解雇には客観的合理的理由があるといえる。

(2)  これに対し、被控訴人は、人員削減の必要性や人選の合理性はなく、解雇回避努力を尽くしてもいないとして解雇の客観的合理性を争う。

しかし、協同組合員のミキサー車乗務や現場立会業務自体がなくなったわけではないが、協同組合員が被控訴人を敬遠して派遣を要請せず、被控訴人の従事する業務が確保できない状況が常態化している以上、人員削減の必要性や人選の合理性はあるといわざるを得ない(なお、被控訴人を控訴人の業務に従事させ、会費や賦課金収入により賃金を支払うことができる旨の被控訴人の主張は、本件労働契約の経緯や内容に合致せず、採用できない。)。

また、協同組合員は、被控訴人の派遣を受けることに特段メリットがなく、控訴人は協同組合員に派遣依頼を強制できる立場にない。そのような中、協同組合員は被控訴人を敬遠して積極的に派遣依頼を拒否している以上、控訴人が協力を要請しても態度が大きく変わることは考え難く、控訴人に解雇回避努力義務の懈怠があるともいえない。

したがって、被控訴人の上記主張は採用できず、本件解雇には客観的合理的理由がある。

3  本件解雇は社会通念上相当であるか(争点(2))について

(1)  解雇に客観的合理性があっても、具体的な事情の下で解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときは、当該解雇は無効となるが、本件においては、平成25年から被控訴人に従事させる業務がほぼなくなるなど、解雇事由は重大な程度に達しており、解雇回避の手段もなく、かつ、被控訴人の側に宥恕すべき事情も特段見当たらない。

(2)  前記認定のとおり、控訴人は、建交労と、控訴人の「職員の身分・処遇に影響を及ぼす恐れのある場合」には建交労と事前に協議するとの協定を結んでいるところ、本件解雇予告にあたり建交労と事前に協議をしていないし、少なくとも平成26年1月18日以降は、建交労からの団体交渉の申入れを正当な理由なく拒否し(使用者がする労働契約の解約が解雇であり、建交労の求める円満解決の方法が解雇予告の撤回であることは明白であり、控訴人もそれは理解していたはずであるから、控訴人が同日以降、団体交渉の応じないとしてあげた理由は、言いがかりともいうべきものである。)、ようやくもたれた同年2月28日の団体交渉においても、控訴人は、整理解雇ではなく労働契約の解約であるとして、実質的な協議をしないまま解雇している。

しかし、建交労は、被控訴人が平成17年1月に甲株式会社に雇用される時からこれに関与し、被控訴人が控訴人の専務理事を退任した際には、控訴人が、被控訴人に従事させる業務が存在しないことや経済的逼迫を理由に、再雇用を拒否していたにもかかわらず、控訴人に強く働きかけ、協同組合員に派遣させてでも被控訴人を雇用させたものである。そして、建交労は、控訴人が平成25年4月に解雇予告通知を行った際には、団体交渉によりこれを撤回させるなどしており、前回の解雇予告の撤回後の控訴人及び被控訴人の状況に変化がないことも理解していたはずである。

建交労は、被控訴人の雇用から本件解雇予告に至る経緯や、解雇の必要性、合理性、解雇回避努力、人選の相当性等について控訴人が一貫して主張する内容等、すなわち、控訴人との協議(団体交渉)において控訴人が説明するであろう内容を知悉しており、これに対する建交労の主張も前回の解雇撤回時の団体交渉における説明と同様になったことからすれば、控訴人もその内容を承知していたことが推認できる。そして、前回、解雇を撤回したにもかかわらず、改めて本件解雇予告をしたことは、控訴人において、今回は解雇予告を撤回する意思がないことを示しているものであり、他方、建交労も、本件解雇予告の撤回以外の円満解決に向けた具体的方策を提示していない。

これらの事情を総合すると、被控訴人との協議や交渉は、平成26年2月28日の団体交渉で行き詰まり、進展の見込みがなかったといえるから、控訴人は、本件解雇予告前に建交労と事前に協議をせず、その後も、必ずしも誠実に協議をしたとはいえないものの、この点を考慮しても、本件解雇は社会通念上相当なものではない(解雇権を濫用したもの)とまではいえない。

4  本件労働契約において、通勤費及び通信費として月額5万円を支給する合意があったか(争点(4))について

控訴人は、本件労働契約において被控訴人に別途通勤費等を支払う理由はなく、平成23年6月の専務理事退任とともに支給合意も当然に終了し、Cは被控訴人に指示されて支払ったもので、控訴人は、平成26年1月までその事実を知らなかったと主張し、控訴人代表者Aはこれに沿う供述をする。

しかし、その供述内容は具体性に乏しい上、平成20年8月に通勤費・通信費として月額5万円の支給を合意するに当たり、終期についても合意があったとか、被控訴人がCに指示をして、月額5万円の支給を受けていた事実を認めるに足りる証拠はなく、控訴人代表者の当該供述は直ちに採用することはできない。

被控訴人が専務理事の職にあった間も、合意のもと当該金員は支給され続けており、経理担当者のCは本件労働契約締結後もこれを継続したものであって、控訴人が平成26年1月までその支給事実を知らなかったとは考え難く、本件解雇予告通知までこれに何らの異議も唱えていなかったことからすれば、本件労働契約締結後も控訴人との合意に基づいて支給されたというべきである。

5  以上によれば、その他の争点について検討するまでもなく、控訴人の請求も被控訴人の請求も理由がなく、いずれも棄却すべきである。

第4  結論

以上のとおり、被控訴人の本訴請求及び控訴人の反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきところ、これと異なり、被控訴人の本訴請求を一部認容した原判決は相当でないから、これを変更することとし、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第6民事部

(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 橋詰均 裁判官 藤野美子)

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