大阪高等裁判所 平成27年(ネ)3118号 判決 2016年5月13日
控訴人
兵神装備株式会社
同訴訟代理人弁護士
上谷佳宏
同
西川精一
同
松宮慎
被控訴人
武蔵エンジニアリング株式会社
同訴訟代理人弁護士
川田篤
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙被告表示目録記載の表示を付した商品を製造し,販売し,輸出し,又は販売の申出をしてはならない。
3 被控訴人は,原判決別紙被告表示目録記載の表示を付した商品を廃棄せよ。
4 被控訴人は,被控訴人が使用するカタログ,ホームページ等の営業用物件から原判決別紙被告表示目録記載の表示を抹消せよ。
5 被控訴人は,控訴人に対し,844万6200円及びこれに対する平成26年9月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
7 仮執行宣言
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は,原判決別紙原告表示目録記載の各標章(以下,同別紙に従い個別に「原告表示1ないし4」ともいう。)が,その製造販売する回転容積式一軸偏心ねじポンプ(以下「一軸偏心ねじポンプ」という。)及び同ポンプの構造をもつディスペンサーの商品等表示として著名ないし周知となっているとする控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人による原判決別紙被告表示目録記載の各表示をその商品の商品等表示として使用して製造販売等する行為が不正競争防止法2条1項1号又は2号に該当する旨主張して,同法3条1項に基づき原判決別紙被告表示目録記載の表示を付した商品の製造販売等の差止め,同条2項に基づきその廃棄及び表示の抹消を求めるとともに,同法4条に基づき損害賠償として844万6200円及びこれに対する不法行為の日の後である平成26年9月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原審は,控訴人の請求をいずれも棄却したため,同人がこれを不服として控訴を申し立てた。
2 判断の基礎となる事実等
判断の基礎となる事実,争点及び争点についての当事者の主張は,次のとおり改め,当審における控訴人の補充主張を後記3に付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の第2の1「判断の基礎となる事実」,第2「争点」及び第3「争点についての当事者の主張」(原判決2頁14行目から11頁17行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決4頁7行目末尾の次に行を改めて,次のとおり加える。
「ウ 控訴人は,次の商標を出願した。
(ア) 原告出願商標1(乙47)
出願番号 商願2015-123758
「モーノポンプ」
① 指定商品/役務
第7類「金属加工機械器具,鉱山機械器具,土木機械器具,荷役機械器具,漁業用機械器具,化学機械器具,繊維機械器具,食料加工用又は飲料加工用の機械器具,製材用・木工用又は合板用の機械器具,パルプ製造用・製紙用又は紙工用の機械器具,印刷用又は製本用の機械器具」ほか
第9類「理化学機械器具,写真機械器具,映画機械器具,光学機械器具,測定機械器具,配電用又は制御用の機械器具,回転変流機,調相機,電気磁気測定器,電気通信機械器具,電子応用機械器具及びその部品,アーク溶接機,金属溶断機,電気溶接装置,オゾン発生器」ほか
第11類「汚水浄化槽,し尿処理槽,ごみ焼却炉,浄水装置,家庭用浄水器,家庭用汚水浄化槽,家庭用し尿処理槽,乾燥装置,換熱器,蒸煮装置,蒸発装置,蒸留装置」ほか
② 出願日 平成27年12月16日
(イ) 原告出願商標2(乙48)
出願番号 商願2015-123759
file_2.jpgMOHNO PUMP① 指定商品/役務
第7類「金属加工機械器具,鉱山機械器具,土木機械器具,荷役機械器具,漁業用機械器具,化学機械器具,繊維機械器具,食料加工用又は飲料加工用の機械器具,製材用・木工用又は合板用の機械器具,パルプ製造用・製紙用又は紙工用の機械器具,印刷用又は製本用の機械器具」ほか
第9類「理化学機械器具,写真機械器具,映画機械器具,光学機械器具,測定機械器具,配電用又は制御用の機械器具,回転変流機,調相機,電気磁気測定器,電気通信機械器具,電子応用機械器具及びその部品,アーク溶接機,金属溶断機,電気溶接装置,オゾン発生器」ほか
第11類「汚水浄化槽,し尿処理槽,ごみ焼却炉,浄水装置,家庭用浄水器,家庭用汚水浄化槽,家庭用し尿処理槽,乾燥装置,換熱器,蒸煮装置,蒸発装置,蒸留装置」ほか
② 出願日 平成27年12月16日」
(2) 原判決8頁1行目の「一軸偏心ポンプ」を「一軸偏心ねじポンプ」に改める。
(3) 原判決8頁8行目及び9頁14行目の各「Moneiau博士」をそれぞれ「Moineau博士」に改める。
(4) 原判決8頁20行目の「片仮名表記」の次に「又は欧文字表記」を加える。
3 当審における控訴人の補充主張
(1) 争点1(原告表示が控訴人の商品等表示として著名ないし周知であるか)について
ア 「モーノ」(原告表示1)及び「MOHNO」(原告表示2)は控訴人の商品等表示である。
(ア) 「モーノ」は,「モーノポンプ」だけでなく,モーノポンプを組み込んだ他の機械の商品名,例えば,「ヘイシンモーノロボディスペンスシステム」等に使用されていた。
(イ) Moineau博士の名に由来する一軸偏心ねじポンプの名称には,「モノ(MONO)」,「モーノ(MOHNO)」及び「モイノ(MOYNO)」の3種類があり,それぞれが別のメーカーによって使用されており,そのことは需要者に広く認識されていること,国内で一軸偏心ねじポンプを「モーノポンプ」と称して製造販売しているのは控訴人のみであることからすれば,「モーノ」及び「MOHNO」からは控訴人が想起される。
(ウ) 平成27年11月に実施されたアンケート(甲208,209)において,モーノポンプを知っていると回答した533人のうち,「モーノ」と聞いて最初に連想するものが「ポンプの商品名」と回答した者は182人(34.1%)で,「ポンプの原理」と回答した者153人,「ポンプの発明者」と回答した者68人よりも多かった。また,「モーノ」と聞いて最初に連想するメーカーが控訴人と回答した者は223人(41.8%)で,2番目に多い古河産機システムズの11.6%を大きく引き離している。
イ 「MOHNO PUMP」(原告表示4)は控訴人の商品等表示である。
(ア) 昭和56年以降に使用していた控訴人の商品の展示車の側面には「MOHNO PUMP」との記載があり,その展示車を利用して展示会を行ったり,その展示車の写真を商品カタログの表紙に用いたりしていた。
(イ) 控訴人は,ドメインとして「mohno-pump」を使用している。このドメイン名は,控訴人の商品カタログ,商品紹介のウェブサイト,展示会に来場した顧客宛てお礼メール,メールニュース及び封筒に表示されており,控訴人の商品の出所を表示する機能を有している。
ウ 原告表示は著名である。
(ア) 控訴人は,一軸偏心ねじポンプの国内市場において販売台数ベースで90%のシェアを占めている。
(イ) 控訴人は,昭和46年以降,有名雑誌及び新聞等を媒体とした広告を行い,原告表示を付した商品を,雑誌,新聞,テレビ等のメディアで紹介してきたから,原告表示は,一軸偏心ねじポンプの需要者以外にも広く知られるようになっている。
(ウ) 控訴人は,平成9年以降,原告商品を紹介するウェブサイトやカタログにおいて,「mohno-pump」を含むドメイン及びメールアドレスを表示してきた。控訴人のドメインを記載したメールマガジンの購読者は4万8000人を超えている。
(エ) Moineau博士の名に由来する一軸偏心ねじポンプの名称には,「モノ(MONO)」,「モーノ(MOHNO)」及び「モイノ(MOYNO)」の3種類がある中で,被控訴人が「モーノ(MOHNO)」を選んだのは,「モーノ(MOHNO)」が著名であり,控訴人の確立したブランドにフリーライドできる可能性があったからである。
(2) 争点2(原告表示と被告表示が類似し,原告商品と混同が生じているか)について
ア 原告表示と被告表示は類似している。
(ア) 前記(1)アのとおり,「モーノ」及び「MOHNO」は控訴人の商品等表示であるところ,これは,ネッチュ社の商標であり造語であって,具体的な意味を持たないから,被告表示において要部たり得る。
(イ) 仮に「モーノ」及び「MOHNO」が控訴人の商品等表示とはいえないとしても,Moineau博士の名に由来する一軸偏心ねじポンプの名称には,「モノ(MONO)」,「モーノ(MOHNO)」,「モイノ(MOYNO)」の3種類があって,それぞれ別のメーカーによって使用され,他の一軸偏心ねじポンプのメーカーもそれぞれ独自の商品等表示を使用しているから,需要者は,「モーノ」又は「MOHNO」の表示を見て,Moineau博士を想起すると同時に,控訴人の商品等表示を想起する。
(ウ) 原告表示3及び4の「ポンプ」及び「PUMP」,被告表示1及び2の「マスター」及び「MASTER」は,いずれも出所表示機能に乏しいのに対し,「モーノ」及び「MOHNO」は造語に起因する著名性を有するから,需要者に支配的な印象を与える要部である。
イ 被告表示によって混同が生じている。
(ア) 平成26年6月頃に製造業勤務者(自営業者を含む。)を対象に実施された業務用機器の認知度に関するアンケート結果(甲84)において,アンケート対象者のうち「モーノマスター」を知らなかった90%の者は,「モーノマスター」と「モーノポンプ」の出所が同じかどうかを判断できなかったのであり,「モーノマスター」の表示を見て,「モーノ」が共通しているという特徴等から,これを「モーノポンプ」と出所が同じと考える可能性がある。
(イ) 仮に,混同が生じているかどうかは,「モーノマスター」を認知している者のうち「モーノマスター」を控訴人の商品と回答した者と,被控訴人の商品と回答した者の人数との比較によって判断すべきであるとしても,上記アンケートの対象者中「モーノマスター」を認知している137人のうち,「モーノマスター」を控訴人の商品であると回答した者は20.4%の28人も存在しており,被控訴人の商品であると回答した21人(15.3%)を上回っている。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
(1) 控訴人自らによる原告商品名の使用態様
ア 控訴人の商品総合カタログの記載
(ア) 商品総合カタログの表紙の記載
① 昭和48年頃から昭和55年頃まで使用されていた商品総合カタログの表紙には,その上部の左上隅に小さく,ネッチュ社のドイツにおける登録商標である結合商標が表記され,その右に,「file_3.jpgHEISHIN MOHNO PUMP」と白抜きの文字で,やや大きいフォントで記載され,その下に小さなフォントで「UNDER LICENSE OF NETZSCH MOHNOPUMPEN GMBH W-GERMANY」というようにライセンスをネッチュ社から受けた旨が記載されていた。そして,中央やや右上の部分には,「file_4.jpgモーノポンプ」が太字で記載され,表紙の右下には小さなフォントで「file_5.jpg」の下に「兵神装備株式会社」との記載がされていた(甲88,89)。
② 昭和55年頃から平成6年頃まで使用されていた商品総合カタログの表紙には,右上部にfile_6.jpgの下に「モーノポンプ」と2段に太字で記載され,右下には小さなフォントで「file_7.jpg」の下に「兵神装備株式会社」との記載がされていた。また,表紙の左最上部には,「file_8.jpgモーノポンプ」と並んで,「HEISHIN MOHNOPUMP」との表記がされたものもあった(甲90,91)。
③ 平成7年頃から14年頃まで使用されていた商品総合カタログの表紙には,上半分に「モーノポンプへのご招待」と灰色地にゴシック大文字の白抜きで記載され,中央部にfile_9.jpgモーノポンプと太字で記載がされ,中央下部には,小さなフォントで「file_10.jpg」の下に「兵神装備株式会社」との記載がされていた(甲92,174)。
④ 原告登録商標2を出願した後である平成14年頃から使用されていた商品総合カタログの表紙には,平成13年に商標登録申請がされた原告登録商標2が記載され,商標登録後は,これに登録商標マークが付されて登録済みの商標であることが明示されている。なお,表紙の下には小さなフォントで「兵神装備株式会社」又は「HEISHIN」との記載がされていた(甲93,94)。
(イ) 上記カタログ本文における原告商品名の記載
原告登録商標2を出願した後で,その登録前に発行された商品総合カタログ(甲93)には,その巻頭部分の欄外注意書部分に「兵神装備は,主力商品である<ヘイシンモーノポンプ>の商標登録を<ヘイシンモーノ>で取得しておりますが,カタログ本文中,読みづらい部分につきましては省略してモーノポンプと表記させていただいております」との記載がされている(ただし,同カタログで「モーノポンプ」との表記が用いられている箇所が特に読みづらいというわけではない(特に5頁)。)。それ以前の商品カタログでは,何の注意書きもなく「モーノポンプ」が多用されていた。また,上記③の商品総合カタログ及び上記④のうち平成21年まで用いられた商品総合カタログのカタログ本文には,その巻頭に「モーノポンプは,フランスのモーノ博士によってその原理が発明された一軸偏心ネジポンプです」との記載があり,そのうち上記③のそれには,「日本では,兵神装備株式会社がただ1社のモーノポンプ専業メーカーとして,他社の追随をゆるさない技術蓄積を誇っています」との記載があった(甲92,93)。
本件の証拠上最新の商品総合カタログである甲第94号証には,「ヘイシンモーノポンプは,兵神装備株式会社の登録商標です。本文中においては,ヘイシンモーノポンプをモーノポンプと簡略表記しています」との注意書きがある。また,「この原理は,フランスのモーノ(René Moineau)博士が(中略)発明したものです。(中略)このモーノポンプ独自の特殊構造こそ,さまざまな困難を解決できる最大のポイントなのです」,「モーノポンプのリーディングカンパニー」,「モーノポンプの専門企業」といった記載も見られる(甲94)。
イ それ以外のカタログの記載
昭和62年,平成6年及び平成9年各発行の機種別の商品カタログには,一軸偏心ねじポンプを用いた各種商品について,「file_11.jpgモーノfile_12.jpgディスペンサー」,「file_13.jpgモーノfile_14.jpgフィリングシステム」,「file_15.jpgモーノ定量充填システム」,「file_16.jpgモーノ比例調合システム」などと記載され,これらでは「ヘイシン」が小さいフォントで枠囲みされ,商品名に共通して「モーノ」の記載が用いられていた。また,上記各カタログの表紙の左最上部には,「file_17.jpgモーノポンプ」と並んで,「HEISHIN MOHNO PUMP」との表記があった(甲99,100,192)。
なお,平成6年発行のカタログ(甲192)には,商品の説明文中に「file_18.jpgモーノfile_19.jpgディスペンサー」を「モーノfile_20.jpgディスペンサー」,「大型file_21.jpgモーノ比例調合システム」を「モーノ比例調合システム」と記載している箇所もある。しかし,「file_22.jpgモーノ多連式file_23.jpgフィリングシステム」については「多連式file_24.jpgフィリングシステム」とも記載していることからすると,上記のいずれも,単なる省略表記にすぎず,「モーノ」が単独で商品名に用いられている例とみることはできない。
ウ 広告等
控訴人は,昭和46年頃から相当数の雑誌及び新聞等の媒体を通じて広告宣伝を行ってきており,昭和48年頃までは,商品名について「ヘイシン」を付けない「モーノポンプ」との記載のある広告を出していたが,その後,前に「ヘイシン」を付加したものが多くなった(甲3ないし6,9ないし13,61,69,200)。
また,控訴人は,コンテナやトラックの車体に「file_25.jpgMOHNO PUMP」と大きく表記した展示車を用いて原告商品のデモンストレーションを行っていた(甲193ないし195)。
雑誌,新聞,テレビ番組,書籍及びウェブ等における控訴人に関する記事には,「「モーノポンプ」のトップメーカー」,「「モーノポンプ」の専業企業」といった記載が見受けられる(甲20ないし60,66)。
(2) 文献における「モーノポンプ」等の使用例
ア 学術書
日本油空圧協会編「油空圧便覧」(オーム社,昭和50年)及び社団法人日本油空圧学会編「新版油空圧便覧」(オーム社,平成元年)のいずれにおいても,「一軸ねじポンプ」の代表的なものとして「モーノ式ポンプ」が掲げられている(乙6の1,6の2)。
『マグローヒル科学技術用語大辞典第3版』(日刊工業新聞社,平成8年)には,「モノポンプ Mono pump」が見出し語として記載されている(乙42)。
イ 論文
ポンプ工学関係の専門誌である「流体工学」の第12巻第9号(昭和51年9月1日発行)掲載の論文には,容積形ねじポンプのうちトロコイドねじポンプの種類の一つとして,「モーノ形」が掲げられ,その図面の説明に「モーノポンプ」との記載がある(乙13)。
ウ 特許公報等
平成26年4月8日時点において特許公報又は実用新案公報のテキスト検索を試みると,「モーノポンプ」の記載を含むものが2177件,「モーノ式ポンプ」の記載を含むものが6件,「モノポンプ」の記載を含むものが317件,「モアノポンプ」の記載を含むものが1件,「モイノポンプ」の記載を含むものが40件,「一軸偏心ねじポンプ」又は「一軸偏心ネジポンプ」の記載を含むものが457件,「プログレッシブキャビティポンプ」の記載を含むものが57件,それぞれ認められた(甲114,乙6の3,6の4,6の7,6の8,6の11ないし6の14,6の82,6の88)。
「モーノポンプ」の記載を含むものの中には,「モーノポンプ」が登録商標又は控訴人の商品名であることを明示した上で「モーノポンプ」の語を使用しているもの(甲115ないし127)もある一方で,そうでないもの(乙6の17ないし6の81,27ないし32(各枝番を含む。以下同じ。),39,41,45)も多数ある。その中には,特許請求の範囲に単に「モーノポンプ」と記載していることからみてポンプの種類の意味で使用しているとうかがわれる(権利範囲を特定のメーカーの製品に限定する趣旨とは考え難い。)もの(乙6の17ないし6の19,6の21ないし6の33,6の35ないし6の37,6の39ないし6の42,6の44ないし6の48,6の50,6の52ないし57,6の59,6の61ないし6の63,6の65ないし6の81),「モーノポンプ」をロータリーポンプ等の他の種類のポンプと同列のものとして記載するもの(乙6の21,6の29,6の30,6の32,6の40,6の41,6の47,6の59,6の68,6の79,31,32)や,「モーノポンプ」を「一軸偏心ねじポンプ」や「スクリューポンプ」と同義と捉えていることがうかがわれるもの(乙6の69,28,29)も少なくなく,また,「モーノポンプ」を「モノポンプ」や「モアノポンプ」と同義と捉えていることがうかがわれるもの(乙6の37,27,39,41,45)や,控訴人以外の会社の製品を「モーノポンプ」と呼んでいるもの(乙30)もある。
(3) 「モーノ」及び「MOHNO」についての控訴人の説明
控訴人は,昭和55年以前の原告商品のカタログにおいては,「モーノポンプはフランスの数学者René Moineauが発明した。この種ポンプに使用されるMOHNO(モーノ)という名称はRené Moineauの姓名に由来している」との説明を記載していた(甲88,89)。
その後,控訴人は,昭和56年頃から,原告商品名と発明者とのつながりを分かりやすくするためとして,控訴人の商品カタログやホームページにおいて,発明者を「モーノ」博士と表記するようになり,「モーノポンプは約50年前,フランスの数学者R.モーノ博士(René Moineau)によって発明され,姓名にちなんで「モーノポンプ」と名付けられました。(登録商標)」,「モーノポンプは,フランスのモーノ博士によってその原理が発明された,回転容積型の一軸偏心ねじポンプです」などの説明を記載するようになった(甲90ないし94)。
(4) 他の一軸偏心ねじポンプの製造者等における同種商品の名称
ア 国内における控訴人以外の一軸偏心ねじポンプの製造者等は,その一軸偏心ねじポンプの商品名として,「モノポンプ」,「モイノポンプ」,「モンローポンプ」,「ハイビスカスポンプ」等の名称を用いている(甲177ないし182,191)。
イ イギリスのMono Pumps Ltd.(以下「モノ社」という。)は,「MONO」につき,指定商品をポンプ等とする登録商標を有しているほか,標準文字の「MONO」についても,指定商品を回転容積型の一軸偏心ねじポンプ等とする登録商標を有している(乙6の106,46)。
阪神動力機械株式会社は,モノ社と提携して同社の製品を国内で販売しているところ,阪神動力機械株式会社のカタログにおいては,「モノⓇポンプのグローバルスタンダード」,「MonoⓇPump」との記載がある(乙6の105)。
ウ 株式会社キューレのウェブサイトでは,イタリアのベリン社製の「ベリンモーノポンプ」を販売していることを記載している。また,東洋ハイテック株式会社リユース事業部のウェブサイトでは,シンガポールのROBBINS MYERS社製の「モーノポンプ」を販売していることを記載している(乙6の100,43)。
エ 控訴人製造に係る一軸偏心ねじポンプを組み込んだ各種製品を製造販売している事業者においては,その商品名に「モーノポンプ」を含む例が多いが,その用法は「モーノポンプ」が控訴人製造の一軸偏心ねじポンプを指すものとして用いられているのか,それとも,一軸偏心ねじポンプそのものを指すものとして用いられているのか判然としないものが多い(甲110ないし113,171,乙6の91ないし6の104,23,24)。
(5) 一軸偏心ねじポンプの市場状況及び需要者の認識
ア 原告商品の販売台数は平成23年以降毎年5000台前後で,その売上高は毎年90億円前後であり,販売台数ベースで控訴人が国内の90%のシェアを占めている。
イ 平成26年6月頃に株式会社日経リサーチが業務用機器の認知度に関する調査として実施した製造業勤務者(自営業者を含む。)を対象にしたアンケート結果によれば,当初の対象者2174人から,ポンプ及びポンプを組み入れたディスペンサーについて,どういうものか知らないし,全く関わったこともない者を除いた回答者1370人のうち27%(368人)の者が「MOHNO PUMP/モーノポンプ」を認知しており,そのうち59.2%の者が,それがどの企業の製品かとの問いに対して,控訴人の製品であると回答したこと,被告商品名である「モーノマスター」を認知していたのは,回答者1370人のうち10%(137人)であり,そのうちメーカー名を被控訴人と正しく回答した者は15.3%(21人)で,20.4%(28人)の者が控訴人と回答したこと,他の一軸偏心ねじポンプである「PICO PUMP/ピコポンプ」については認知している者208人のうち,メーカー名を古河産機システムズと正しく回答した者は15.9%,同じく「MONO PUMP/モノポンプ」については認知している者325人のうち,メーカー名を阪神動力機械と正しく回答した者は7.4%で,22.8%の者が控訴人と回答したことが認められる(甲84)。
ウ 平成27年11月にトムソン・ロイターリサーチ&コンサルティングサービスがポンプ・ディスペンサーに関する調査として実施したWEBアンケート調査結果によれば,モーノポンプを知っていると回答した533人のうち,「モーノ」と聞いて最初に連想するものが「ポンプの商品名」と回答した者は182人(34.1%)で,「ポンプの原理」と回答した者153人,「ポンプの発明者」と回答した者68人よりも多かった。また,「モーノ」と聞いて最初に連想するメーカーが控訴人と回答した者は223人(41.8%)で最も多く,2番目に多かった古河産機システムズは62人(11.6%)であったことが認められる(甲208,209)。
2 争点2(原告表示と被告表示が類似し,原告商品と混同が生じているか)について
(1) 「モーノ」(原告表示1)との語は,我が国の世間一般においては特定の観念を生じさせるものではない。
また,モノ社と提携して「モノポンプ」を販売していた新日本造機株式会社の商品説明資料(甲177)においては,一軸偏心ねじポンプの発明者であるMoineau博士の姓の日本語表記を「モアノ」又は「モアノー」と表記していること,「Moineau」という店名の日本語表記を「モアノ」としている例がある(甲78)こと,フランス語ですずめを意味する「moineau」の片仮名表記を「ムワノ」又は「ムワノー」とする仏和辞典がある(乙37,38)ことに照らしても,「モーノ」は,必ずしもMoineau博士の姓の原語の発音に忠実な日本語表記であるとはいい難い。
しかし,前記認定事実のとおり,一軸偏心ねじポンプの市場において,販売台数ベースで90%のシェアを有する控訴人自身が,昭和56年以降,原告商品を広告宣伝するに際し,総合カタログ上の記載を含め,Moineau博士のことを「モーノ博士」と記載した上,「モーノポンプ」は「モーノ博士」がその原理を発明したポンプである旨の説明を積極的に行ってきた一方で,控訴人が「モーノ」を単体でその商品名に使用した形跡はうかがわれない。
また,前記1(2)のとおり,文献上,ポンプの種類として「モーノ式ポンプ」,「モーノ形」との用例も見られるほか,原告商品の需要者における用例(前記1(2)ウ,(4)ウ,エ)でも,「モーノポンプ」との語が一軸偏心ねじポンプそのものを指すものとして使用されている例が少なくない。これらの用例は,「モーノ式ポンプ」,「モーノ形」又は「モーノポンプ」が「モーノ」博士が発明した種類のポンプとの理解に基づくものであると考えることができる。控訴人自身による用例(前記1(1))をみても,「モーノポンプのリーディングカンパニー」等の用例は,「モーノ」博士が発明した種類のポンプとの意味で用いられているようにもうかがわれる。
そうすると,一軸偏心ねじポンプの需要者の間では,「モーノ」との語は,Moineau博士又は同人の発明したポンプの一種(一軸偏心ねじポンプ)ないしその原理を示すものとして認識されているといえる。
控訴人は,Moineau博士の名に由来する一軸偏心ねじポンプの名称には,「モノ(MONO)」,「モーノ(MOHNO)」及び「モイノ(MOYNO)」の3種類があって,それぞれ別のメーカーによって使用され,他の一軸偏心ねじポンプのメーカーもそれぞれ独自の商品等表示を使用しているから,需要者は,「モーノ」又は「MOHNO」の表示を見て,Moineau博士を想起すると同時に,控訴人の商品等表示を想起する旨主張する。しかし,「モーノ」と「モノ」は,「モ」が長音か否かの差異しかなく,「モーノ」と「モイノ」も,長音である「モー」は「モオ」に近い発音になるところ,「モ」と「ノ」の2音の間が「オ」に近い音か「イ」かの差異にとどまることに加え,特に「モーノポンプ」と「モノポンプ」は,前記1(2)及び(4)のとおり,いずれもポンプの種類を示す用語として用いられることがあるばかりか,文献等においては混同されることがあることも認められる。また,前記1(2)ウ及び(4)ウのとおり,控訴人以外の会社の製品を「モーノポンプ」と呼んでいる例すら見受けられる。そうすると,もともとは,前記判断の基礎となる事実(4)イのとおり,「モノ(MONO)」,「モーノ(MOHNO)」及び「モイノ(MOYNO)」については,一軸偏心ねじポンプのメーカー各社がそれぞれ名称を使い分けることにしたという沿革を有するとしても,国内の現状では,既に認定したとおり,一軸偏心ねじポンプの需要者は,必ずしもそのとおりには認識していないというべきであり,「モーノ」の表示により,需要者は控訴人の商品等表示を想起するとの控訴人主張は採用することができない。
前記1(5)ウのアンケートは,当該アンケートの報告書(甲208,209)によっても,対象者の選定方法が明らかでない上,「あなたは「モーノポンプ」を知っていますか」との質問の後に,「モーノ」と聞いて最初に連想するものを尋ねており,しかも,その際,「ポンプの商品名」,「ポンプの原理」,「ポンプの発明者」などと共に掲げられた選択肢中に「ポンプの種類」はないことからすれば,「モーノ」をポンプの種類と認識している回答者が「ポンプの商品名」という選択肢をポンプの「商品等表示」ではなく「商品の種類名」という意味に理解して選択した可能性があるため,上記の調査結果から,一軸偏心ねじポンプの需要者である回答者の多数において「モーノ」を控訴人が出所であることを示す表示であるとの認識を示したと直ちに判断することはできないというべきであり,上記の調査結果は,「モーノ」の観念についての上記判断を左右するものとはいえない。
(2) 「モーノマスター」(被告表示1)のうち「モーノ」については,前記(1)のとおり,一軸偏心ねじポンプの需要者の間では,Moineau博士又は同人の発明した一軸偏心ねじポンプの原理を示すものとして認識されているといえる。そして,「マスター」は,主人,名人,大家等を意味する英語の「master」の片仮名表記であり,商品の品質等を表示するものとして理解されるとはいえない上,「モーノマスター」の各文字は,同じ書体,同じ大きさ,等間隔で外観上まとまりよく表記され,長い言葉でもないから,全体として一体不可分の一種の造語として認識され,「モーノ」と「マスター」のそれぞれが独立した1語とは認識されない。それゆえ,一軸偏心ねじポンプの需要者にとっては,被告表示1からは,「モーノマスター」との称呼のみが生じ,「モーノ」との称呼は生じないというべきであり,また,特定の観念が生じないものである。
(3) 以上によれば,「モーノ」(原告表示1)と「モーノマスター」(被告表示1)は,外観,称呼,観念とも異なり,類似しているとはいえない。
また,前記(1)のとおり,「モーノ」は,Moineau博士又は同人の発明した一軸偏心ねじポンプの原理を示すものとして認識されており,したがって,それ自体では出所表示機能を果たす自他識別力を有しないものであるから,「モーノマスター」が容易に「モーノ」を想起させるほど類似しているということもできない。
(4) 「モーノポンプ」(原告表示3)のうち,「モーノ」は,上記のとおり,一軸偏心ねじポンプの取引者需要者の間では,Moineau博士又は同人の発明したポンプの一種(一軸偏心ねじポンプ)ないしその原理を示すものとして認識されていて,それ自体では出所表示機能を果たす自他識別力を有しないものである。また,「ポンプ」は,「圧力の働きによって液体を送る装置」(乙15)を意味する普通名詞である。
そうである以上,仮に「モーノポンプ」が控訴人の商品等表示として著名性又は周知性を獲得しているとしても(なお,逆に,商品等表示としての著名性又は周知性を獲得していなければ,被告表示との類否を検討するまでもなく,控訴人のこの点に関する請求は理由がないことになる。),その場合には「モーノポンプ」全体が一体不可分の語として認識されていることになり,「モーノポンプ」から生じる称呼は「モーノポンプ」であって,「モーノ」との称呼は生じない。
(5) そうすると,「モーノポンプ」(原告表示3)と「モーノマスター」(被告表示1)は,それぞれを一体の語として類否を判断することになるところ,外観,称呼,観念とも異なるから,類似しているとはいえず,また,「モーノマスター」が容易に「モーノポンプ」を想起させるほど類似しているということもできない。
なお,前記1(5)イのアンケート結果によれば,「モーノマスター」を認知していた回答者(137人)のうち,その出所を控訴人と誤解していた者が,正しく被控訴人と認識していた者よりわずかに多いことが認められるが,上記誤解していた人数は,全体の回答者1370人からみると2%(28人)という割合であって,このことのみから「モーノマスター」が「モーノポンプ」と類似するために需要者間に現に混同をもたらしているといえるものでもない。むしろ,同アンケート結果の「MONO PUMP/モノポンプ」を認識してそのメーカー名を控訴人と回答した者の比率も合わせて考えると,一軸偏心ねじポンプの取引者需要者の間では,「MOHNO/モーノ」やこれと似ている「MONO/モノ」がMoineau博士又は同人の発明したポンプの一種(一軸偏心ねじポンプ)ないしその原理を示すものとして認識される結果,「モーノ」「モノ」を含む「MOHNO PUMP/モーノポンプ」,「MONO PUMP/モノポンプ」,「MOHNO MASTER/モーノマスター」を,一軸偏心ねじポンプの販売台数ベースでシェア90%を占める控訴人の製品と考える者が一定の割合で存在するという解釈の余地もあるように思われるところである。
(6) 前記1(1)及び(3)によれば,控訴人は,「MOHNO」(原告表示2)を,「モーノ」(原告表示1)の欧文字表記として使用していることが認められ,「MOHNO」は,「モーノ」同様,一軸偏心ねじポンプの需要者の間では,Moineau博士又は同人の発明したポンプの一種(一軸偏心ねじポンプ)ないしその原理を示すものとして認識されているといえる。
控訴人は,「MOHNO」は,ネッチュ社の造語である商標を使用していることを指摘するが,語源はそうであったとしても,そのことをもって直ちに需要者の認識がそのとおりに形成されるものではないから,上記判断を左右するものではない。
そうすると,「MOHNO」(原告表示2)は,「モーノ」と同様,「モーノマスター」(被告表示1)とは,外観,称呼,観念とも異なり,類似しているとはいえないし,また,「モーノマスター」が容易に「MOHNO」を想起させるほど類似しているということもできない。
(7) 前記1(1)及び(3)によれば,控訴人は,「MOHNO PUMP」(原告表示4)を,「モーノポンプ」(原告表示3)の欧文字表記として使用していることが認められる。
「MOHNO PUMP」(原告表示4)は,「モーノポンプ」と同様,「モーノマスター」(被告表示1)とは,外観,称呼,観念とも異なるから,類似しているとはいえないし,また,「モーノマスター」が容易に「MOHNO PUMP」を想起させるほど類似しているということもできない。
(8) 「MOHNO MASTER」(被告表示2)は,「モーノマスター」(被告表示1)と同様に「モーノマスター」との称呼を生じさせ,かつ,特定の観念の生じない一体不可分の語であるといえるから,これが原告表示と類似しているといえないことは,上記説示したところと同様である。
3 結論
以上の次第で,控訴人の請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないことに帰する。
よって,当裁判所の上記判断と同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田知司 裁判官 寺本佳子 裁判官 中尾彰)