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大阪高等裁判所 平成27年(ネ)3325号 判決 2016年6月10日

控訴人(一審原告)

株式会社クローバー

同訴訟代理人弁護士

西博生

同補佐人弁理士

鈴木由充

被控訴人(一審被告)

株式会社LEC

同訴訟代理人弁護士

松本司

田上洋平

同訴訟代理人弁理士

森脇正志

同補佐人弁理士

繁雅裕

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,1151万6206円及びこれに対する平成26年12月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

第2事案の概要

1  本件は,ロッカー用ダイヤル錠付き把手の意匠権を有していた控訴人が,被控訴人が販売した製品に係る意匠が控訴人の意匠権に係る意匠と類似し,控訴人の意匠権を侵害するとして,被控訴人に対し,意匠権侵害の不法行為に基づく損害賠償として,平成25年4月1日から平成26年11月30日までの侵害行為による損害賠償金1151万6206円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成26年12月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  原審は,被控訴人が販売した製品に係る意匠は,控訴人の意匠権に係る意匠と類似するものとは認められないとして,控訴人の請求を棄却したところ,控訴人が控訴した。

3  前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,以下のとおり補正し,後記4のとおり,当審における当事者の補充主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」中の第2の2及び3並びに第3に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決3頁4行目末尾の次に行を改め,次のとおり加える。

「 (4) 本件意匠権の消滅

本件意匠権は,平成26年12月17日に存続期間が満了し,消滅した。」

(2)  原判決3頁5行目の「(4)」を「(5)」に改め,6行目の「被告は,」の次に「本件意匠権の存続期間満了前に」を加え,10行目の「いる」を「いた」に改める。

4  当審における当事者の補充主張

(1)  控訴人

ア 本件意匠の要部は,以下のとおり,ダイヤル錠と手がかり部とが横並びに配置された全体の構成,及び4つのダイヤルが縦方向に並べられ,そのダイヤルの列上につまみが配置されたダイヤル錠の構成であるといえる。

(ア) 本件意匠の出願当時,「ロッカー用(家具用)ダイヤル錠付き把手」において,「ダイヤル操作部と手がかり部が横並びになっているもの」で,かつ「複数個のダイヤルが縦方向に並べられたもの」は存在せず,また,「つまみタイプのダイヤル錠」において,「複数のダイヤルが縦方向に並べられ」,「そのダイヤルの列上につまみが配置された」ダイヤル錠もなかったから,これらの構成は新規なものであった。

(イ) 本件意匠は,上記(ア)の構成により,ダイヤル錠と手がかり部の収まり具合がよく,需要者にすっきりとまとまった印象を与える。また,上記(ア)の構成であることにより,使用者にとって,手がかり部,ダイヤル及びつまみの使い勝手がきわめて良いので,同構成は,機能面及び使用態様からも注目されるものである。

(ウ) 本件意匠と類似意匠とは,「ダイヤル操作部と手がかり部とが横並び」である点,「ダイヤル操作部は4個のダイヤルが縦方向に並ぶ」点,「ダイヤル列上につまみが配置されている」点などの基本的構成態様において一致している。

イ 本件意匠と被控訴人意匠は,要部における基本的構成態様及び具体的構成態様を共通にしている。本件意匠と被控訴人意匠は,つまみ及びその周辺部の具体的構成態様において差異があるが,要部における相違点ではなく,共通点の印象が差異点の印象を大きく凌駕する。したがって,本件意匠と被控訴人意匠とは,全体として美感を共通にするものであるから,被控訴人意匠は本件意匠に類似する。

ウ 原審の認定判断には,以下のとおり誤りがある。

(ア) 本件意匠の要部認定について

a 本件意匠の各部位の配置と構成及び全体の構成が持つ新規な創作部分を見落としている。また,基本的構成態様を具体的構成態様のうちのダイヤル操作部と切り離して判断し,そのそれぞれについて,需要者の注意を惹かないと判断しているが,本件意匠を全体的に観察して要部を認定する視点に欠けており,需要者の注意を惹きやすいか否かの判断についても,使用態様の考慮が欠けている。

b 「つまみと4個のダイヤルが縦方向に配置された」構成は,従来にないものであるにもかかわらず,何らの根拠も示すことなく,その構成態様が需要者の注意を惹かないと判断しており,妥当でない。

c 本件意匠のつまみの具体的構成態様は,公知意匠のつまみに見られるありふれたものであって,単独で需要者の注意を惹くことはないから,要部に当たるとはいえない。

(イ) 本件意匠と被控訴人意匠との類似性について

本件意匠と被控訴人意匠とは,つまみとその周辺部の具体的構成態様に差異があるから,この差異は両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすという判断は以下のとおり妥当でない。

a 本件意匠も被控訴人意匠も,つまみの形状は公知意匠のダイヤル錠に用いられているつまみと外観上大差がなく,何ら特徴的なものではない。

b 本件意匠も被控訴人意匠も,つまみの周辺部に存在するのは,つまみの設定状態や操作方法を説明するための符号,記号等であり,説明的なものであるから,意匠的に殊更目に付くものではなく,意匠の美感とは直接関係しない。

c 被控訴人意匠におけるつまみの「円弧状の開口部や矢印,閉鎖及び解放された色違いの錠の印」といった部分は,公知意匠に同様のものが見られ,何ら特徴的なものではない。また,被控訴人意匠における鍵穴が設けられたダイヤル錠のつまみは,公知意匠にも見られるありふれたものであり,何ら格別なものではない。被控訴人意匠の鍵穴は,直線上のありふれた形態で,常識的な大きさの域を超えるものではなく,格別特徴的なものではない。鍵穴は,鍵の挿入を受け付けるという機能を果たすにすぎないし,施錠状態でもデッドボルトを回すことができるという機能も格別のものではない。

(ウ) 後願意匠の参酌について

原審は,後願意匠(乙6~8)が登録されたことを根拠に,本件意匠の各部位の配置が需要者の注意を惹く構成でないとする。しかし,本件意匠の要部認定に後願意匠の登録が影響することはない。また,本件意匠とダイヤル操作部における基本的構成態様が概ね一致する後願意匠が登録されたのは,乙第6号証及び乙第7号証の各意匠については,主として手がかり部の構成において本件意匠と顕著に相違していること,乙第8号証の意匠については,手がかり部とつまみの構成において本件意匠と顕著に相違していることによるものである。

(2)  被控訴人

ア 本件意匠の要部についての控訴人の主張は理由がない。

(ア) 控訴人が要部として主張する構成は,後願意匠にも共通するものである。後願意匠と本件意匠とは手がかり部とつまみの構成において相違するとの控訴人の主張は,本件意匠の要部が上記構成にあると主張しているのに等しい。

(イ) 「ダイヤル錠と手がかり部とが横並びに配置」された構成は,公知意匠における横向きのダイヤル錠を,縦向きのダイヤル錠とすべく90度回転させたものにすぎないため,本件意匠の要部とは認められない。

(ウ) 「ダイヤル錠の複数のダイヤルが縦方向に並べられた」構成については,同様の構成の公知意匠が存在すること,ダイヤル錠においてダイヤルの向きが縦か横かは類似の範囲内であり(乙12),控訴人がダイヤルが横並びであると指摘するダイヤル錠の公知意匠を右に90度回転させれば,複数のダイヤルが縦方向に並べられた構成になること,縦向きのダイヤルも横向きのダイヤルもありふれた構成で,その相違が意匠の美感に与える影響は僅少であることから,上記構成におけるダイヤルの向きを要部とすることはできない。

(エ) 「複数のダイヤルが縦方向に並べられ,そのダイヤルの列上につまみが配置されたダイヤル錠」の構成は,公知意匠(乙14)にも見られること,控訴人主張の公知意匠を右に90度回転させれば上記構成になり,類似の範囲内といえることから,要部とは認められない。

イ 本件意匠の要部は,原判決が認定するとおり,つまみとその周辺部の構成である。控訴人は,本件意匠のつまみの具体的構成態様はありふれたものであると主張するが,ダイヤル錠のつまみの形態には種々のものがあり,需要者の注意を惹くのは,視覚的にも,操作の度に回動させられることからも,つまみとその周辺部に他ならない。本件意匠のつまみ周辺部の矢尻状の印は,本件意匠の意匠図面に記載されているから,本件意匠の要部を構成するものといえる(意匠法施行規則様式6備考7)。

ウ 被控訴人意匠のつまみは,公知意匠にない形態であり,需要者の注意を強く惹く部分である。被控訴人意匠のつまみに設けられた鍵穴も,直径の2分の1を上回るものであること等から,需要者の注意を強く惹くものといえ,この点についての原審の判断は正当である。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおり補正し,後記2のとおり当審における当事者の主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」中の第4の1に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決15頁14行目の「(4)」を「(5)」に改める。

(2)  原判決22頁12行目の「意匠の類否」の次に「の判断」を加える。

(3)  原判決23頁2行目の「構成は,」の次に「ロッカー(家具)用ダイヤル錠付き把手の」を加える。

(4)  原判決24頁11行目から12行目にかけての「公開特許公報)」の次に「,3個のダイヤルを正面視縦方向に配置したダイヤル錠も存したと認められること(乙13・意匠登録第973279号の類似1意匠公報,乙14・意匠登録第585802号意匠公報),ダイヤル操作部の具体的構成(前記(2)イ(イ)aないしc)は,正面視縦方向か横方向か及びダイヤルが3個か4個かの違いのほかは,公知意匠(甲23・特開平9-32373号公開特許公報,甲24・特開平9-25750号公開特許公報)にも見られる構成であること」を,12行目の「配置した」の次に「ことを始めとする」をそれぞれ加え,13行目の「構成」を「具体的構成」に改める。

2  当審における当事者の主張に対する判断

(1)  本件意匠の要部について

ア(ア) 控訴人は,本件意匠における,ダイヤル錠と手がかり部とが横並びに配置された全体の構成,及び4個のダイヤルが縦方向に並べられ,そのダイヤルの列上につまみが配置されたダイヤル錠の構成は,本件意匠の出願時には存在しなかった新規なものであることなどから,要部に当たると主張する。

(イ) しかし,家具用錠において,正面視略横長長方形のプレートの左側に錠を,右側に手がかり部を配置する構成は,公知意匠(乙10の別紙第4,特許庁意匠課公知資料番号第HH09002918)に見られる構成態様であり,ダイヤル式の家具用錠において,ダイヤルを縦方向に並べ,ダイヤルの列上に家具本体の嵌合部に嵌合させる留め金を操作するつまみを配置する構成態様も,公知意匠(乙14,意匠登録第585802号意匠公報)に見られる構成態様である。

また,ロッカー用のダイヤル錠において,正面視略横長長方形のプレートの左側にロッカー本体と嵌合させる留め金を操作する回転式のつまみを,右側に同つまみを固定又は解放する3ないし4個のダイヤルを横並びにしたダイヤル操作部を配置する構成態様は公知意匠にも見られるところ(甲23・特開平9-32373号公開特許公報,甲24・特開平9-25750号公開特許公報,甲25・特開昭63-210375号公開特許公報,甲26・意匠登録第1046953号意匠公報,甲27・意匠登録第780378号意匠公報,甲28・意匠登録第969311号意匠公報,甲31・特開昭64-52974号公開特許公報,甲32・意匠登録第783909号意匠公報,甲34・特開平9-125762号公開特許公報,甲39・意匠登録第1455155号意匠公報),これらを右方向に90度回転させると,3ないし4個のダイヤルが縦方向に並べられ,そのダイヤルの列上につまみが配置された構成のダイヤル錠となる。そして,上記のとおり,公知意匠のダイヤル式の家具用錠には,ダイヤルを縦方向に並べ,ダイヤルの列上につまみを配置した構成のものがあることや,公知意匠である郵便受け箱用錠において,ダイヤルを横方向に並べた意匠の類似意匠として,これを左に90度回転させダイヤルを縦方向に並べた意匠が登録されていること(乙12,13)に照らせば,本件意匠の出願時において,3ないし4個のダイヤルを縦方向に並べ,そのダイヤルの列上につまみを配置するというダイヤル錠の構成は,ロッカー用ダイヤル錠付き把手の構成として,格別に目新しく創作性のある構成であったとは認められない。

(ウ) これらのことからすると,本件意匠におけるダイヤル錠と手がかり部とが横並びに配置された全体の構成,及び4個のダイヤルが縦方向に並べられ,そのダイヤルの列上につまみが配置されたダイヤル錠の構成は,公知意匠に見られる構成又は公知意匠と類似する構成をありふれた方法で組み合わせたものにすぎないと認められるから,上記構成が,本件意匠について需要者にすっきりとまとまった印象を与え,上記構成であることによって,使用者がロッカー扉の施錠・解錠を伴う開閉作業時に使い勝手の良さを感じることがあるとしても,これを本件意匠において需要者の注意を最も強く惹く要部であると認めることはできない。

(エ) 控訴人は,本件意匠とその類似意匠が控訴人が要部であると主張する構成を共通にしていることを,その主張を裏付ける事情として主張する。しかし,類似意匠は,本件意匠のうち名札入れが配置された上部の構成がないほかは,控訴人が要部として主張する構成以外の構成も含めて本件意匠と構成を共通にしているから(甲2~4),控訴人の上記主張は採用することができない。

イ 控訴人は,本件意匠のつまみの具体的構成態様は公知意匠のつまみに見られるありふれたものであり,本件意匠の要部には当たらないと主張する。

しかし,本件全証拠によっても,本件意匠の出願時において,ダイヤル錠のつまみ及びその周辺部について,「前面プレートに埋設された円筒形の基底部と,当該基底部の直径に沿って突出する略直方体状の操作部とを有し,操作部は,基底部に向かって滑らかな凹面を形成するように基底部と一体成型された」操作部に,「正面に突出する面の上端部付近から基底部に至る棒状の印が描かれ」,「正面視におけるつまみの右上約45度の方向及び左上約45度の方向には,それぞれ,先端を基底部の外周に接する矢尻状の印が描かれている」構成のものがあったとは認められず,本件意匠のつまみ及びその周辺部の上記構成は新規なものであると認められる。

また,つまみ部分に描かれた棒状の印とその周辺部の矢尻状の印は,施錠及び解錠時のつまみの操作位置をシンプルかつ分かりやすく表示したもので,需要者の注意を惹くものと認められるから,控訴人の上記主張は採用することができない。

後願意匠(乙6~8)は,本件意匠の要部が上記のとおりであることを前提に,これと類似しないものとして登録されたものと解することができる。

(2)  本件意匠と被控訴人意匠の類否について

本件意匠の要部であるつまみ及びその周辺部の上記構成は,被控訴人意匠には見られないものであるから,両意匠が全体として美観を共通にするとは認められず,被控訴人意匠は本件意匠に類似するものとは認められない。

3  以上によれば,控訴人の請求は理由がないから,これを棄却した原判決は相当である。

よって,本件控訴は理由がないから,棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田知司 裁判官 髙橋文淸 裁判官 寺本佳子)

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