大阪高等裁判所 平成27年(ネ)720号 判決 2015年10月02日
控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
億智栄
被控訴人
Y1(以下「被控訴人Y1」という。)
被控訴人
Y2(以下「被控訴人Y2」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士
山口修
同
西直哉
同
岡田和也
同
岩橋幸誠
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、三〇万円及びこれに対する被控訴人Y1は平成二五年三月三〇日から、被控訴人Y2は同月三一日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。
三 この判決の第一項(1)は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、三〇〇万円及びこれに対する被控訴人Y1は平成二五年三月三〇日から、被控訴人Y2は同月三一日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要(以下、略称は、特記しない限り原判決の例による。)
一 本件は、控訴人が、A(前訴原告)と被控訴人Y2との間の訴訟(前訴)において、被控訴人Y2が作成した陳述書及び同人の訴訟代理人であった被控訴人Y1が作成した準備書面の各記載により、控訴人の名誉が毀損されたと主張して、被控訴人らに対し、共同不法行為に基づき、損害賠償金(慰謝料)三〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降の民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。原審では、B及び被控訴人Y2の前訴訴訟代理人であったI弁護士が共同被告とされていたが、Bと控訴人との間では訴訟上の和解が成立し、I弁護士に対する訴えは取り下げられた。
原判決は、控訴人の被控訴人らに対する請求をいずれも棄却したので、これを不服として、控訴人が控訴した。
二 前提事実、争点と争点に関する当事者の主張は、三及び四のとおり当審における当事者の主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」の第二の二及び三に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決を以下のとおり訂正する。
(1) 三頁一四行目から一五行目にかけての「証拠申出をした」を「写しを提出した」に、一五行目の「の証拠申出」から一六行目の「撤回された」までを「は、前訴には証拠として提出されず、前訴第一回口頭弁論調書には、この確認書について、前訴原告が「甲第五号証の二は、提出しないものとして撤回する。」と陳述したと記載された」に、それぞれ改める。
(2) 四頁二三行目の次に改行して以下のとおり加える。
「 なお、前訴原告は、前訴の第六回弁論準備手続期日(同年一〇月二四日)において、控訴人作成の同月一三日付け陳述書(以下「控訴人の前訴陳述書」といい、控訴人の確認書と併せて「控訴人の確認書等」という。)を提出した。控訴人の前訴陳述書には、前訴の内容に関して前訴原告の主張に沿う記載のほか、前訴被告第三準備書面及び前訴被告第五準備書面中の控訴人に関する記載に対する反論の記載などがある。」
(3) 五頁一七行目の末尾に「この和解条項は、当事者双方は、別件係争地について、前訴原告が主張するDからCに対する譲渡がなされた事実が前訴に顕出された証拠等からうかがい知れること、当事者双方が、別件係争地について、爾後所有権及び用益権を主張しないことを確認すること、被控訴人Y2は、前訴第一審で、控訴人に関し、前訴被告第三準備書面の「第一・二(10)」、前訴被告第五準備書面の「第一・一五」、証拠<省略>の「一二項及び一三項」に記載された内容(前訴における控訴人に関する主張等が含まれる。)を供述したこと等について、真摯に謝罪することとの条項が含まれていた。」を加える。
(4) 七頁一四行目の「確認書」の次に「等」を加える。
(5) 八頁四行目の「同発言を否定している以上」を「、控訴人を恐れてこのような発言をしたというのではなく、発言自体を否定しているのであるから」に改める。
(6) 八頁九行目の「主張等は、」の次に「控訴人に虚言癖があるとか、控訴人の記憶が曖昧・不正確であるということとは無関係であるから、」を加える。
(7) 八頁一七行目の「原告の証人尋問」を「前訴における控訴人の証人尋問」に改める。
(8) 一七頁(別紙)一行目の「第一(10)」を「第一―二(10)」に改める。
三 当審における控訴人の主張
(1) 前訴で、前訴原告は、Bの確認書の写しを裁判所に提出したが、近隣の知人間の裁判に関わりたくないというBの意思に基づいてこれを撤回し、Bの確認書が書証として取り調べられることはなかった。また、被控訴人Y2側に立ったB作成の平成二二年一二月三日付け陳述書も、裁判所に提出されることなくBに返還された。そうすると、少なくとも前訴第一回口頭弁論期日の時点では、Bが証人として尋問される可能性は顕在化していなかった。したがって、被控訴人Y1が前訴被告第三準備書面を提出・陳述した時点では、Bの陳述等の信用性に関連して、控訴人の悪性を主張する必要はなかった。
そもそも、撤回されたBの確認書を裁判官が「見た」からといって、それで心証が形成されるはずはない。
(2) 前訴における控訴人に関する主張等のような、控訴人の日常の行動に関する事実が、虚偽の事実を陳述する傾向にあることを根拠付けるということはできない。
前訴における控訴人に関する主張等が、他人に虚偽の事実を陳述させるということを推認させる事情になり得るとしても、それは弾劾の対象となる他人の陳述・供述(Bや近隣住民の陳述書等)が存在することが前提であり、かつ、その陳述等が控訴人の影響下でされた旨の主張を伴うはずである。しかし、被控訴人らは、前訴で、前訴における控訴人に関する主張等を主張・陳述する必要性や争点との関連性を示すことができなかった。
(3) 前訴における争点は、四〇年以上前に土地の譲渡があったか否かであり、当時の状況や背景事情に控訴人が関わっていたわけでもなく、規範的判断も必要ではなかった。控訴人の人格との関連性はないから、いわゆる悪性主張の必要はなかった。
また、前訴における控訴人に関する主張等には、一部を除いて、客観的な証拠に基づく立証がなく、根拠とされる被控訴人Y2の前訴や原審における供述とも乖離がある。被控訴人らは、真実性の立証活動すら必要がないとのスタンスを取っており、事実と評価が混じった表現となっているのも、その表われである。このように客観性を欠く悪性主張は認められるべきではない。
(4) 被控訴人Y2は、被控訴人Y2の記憶にないことが羅列された陳述書に漫然と署名押印し、裁判所に提出することに同意した。これは、被控訴人Y2の当事者としての正当な訴訟活動とはいえない。
(5) 控訴人は、前訴の当事者ではなく、証人性のある第三者にすぎない。
四 当審における被控訴人らの主張
(1) Bの平成二二年一二月七日付け内容証明郵便の内容は、Bが前訴原告の側に立ち、被控訴人Y1と対立姿勢をとったことを示している。Bの確認書は、取調べはされなかったが、写しが裁判所に提出されたのだから、弁論の全趣旨として認定に使われたり、心証形成の資料になる可能性が否定できなかった。また、Bが証人として出廷する可能性もあった。
したがって、Bの確認書は弾劾の必要があった。
(2) 前訴における控訴人に関する主張等は、本人が虚偽の事実を陳述する傾向にあることを推認させる事情に当たる。また、これは、控訴人の確認書、Bの確認書及び周辺住民の陳述書を弾劾するためと、前訴原告の提訴に合理的な理由がないことを根拠付けるために必要なものであった。
(3) 依頼者等の説明が不自然不合理でないものであれば、その真偽を確認することなく、訴訟代理人として主張することは許される。真実性の立証が必要でないとは主張していない。
また、被控訴人らは、前訴における控訴人に関する主張等の内容を、被控訴人Y2の陳述書及び尋問並びに控訴人の尋問によって立証しようとしていた。
(4) 被控訴人Y2には、故意に、かつ、専ら相手方を中傷誹謗する目的はない。なお、被控訴人Y2は高齢の女性であり、控訴人同席での法廷供述には遠慮・配慮が生ずる。
(5) 控訴人は、前訴原告とともに前訴に積極的に関与しており、実質的には当事者に準ずる者である。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所は、控訴人の被控訴人らに対する慰謝料請求は、三〇万円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払の限度で理由があると判断する。その理由は以下のとおりである。
二 争点(1)(前訴における控訴人に関する主張等が控訴人の社会的評価を低下させるものか。)について、当裁判所も、前訴における控訴人に関する主張等は控訴人の社会的評価を低下させるものと判断する。その理由は、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」一に記載のとおりであるから、これを引用する。
ただし、九頁二一行目の「入れ墨を」から二二行目の「事実であり、」までを削り、一〇頁一行目の末尾に「これに対し、前訴における控訴人に関する主張等の⑩第一段落及び⑯は、作成者の意見を述べるもので事実の摘示には当たらない(もっとも、控訴人が若い頃は暴力団関係者であったことが推測されるとの印象を与える記述にはなっている。)。また、上記⑩の第二段落は、一般論を述べるもので、控訴人に関する事実の摘示ではない。」を加え、一〇頁五行目の「が全体として」から六行目の「いえないから」までを「の内容が、噂として世間(控訴人及び被控訴人Y2の居住する地域社会の趣旨と解される。)に流通していたとの的確な立証はなく、仮に噂として流通していたとしても、それを事実として訴訟で主張することは、なお控訴人の社会的評価を低下させる行為というべきであるから」に改める。
三 争点(2)(前訴における控訴人に関する主張等が正当な訴訟活動として違法性が阻却されるか。)について
(1) 前訴における控訴人に関する主張等がされた経緯は、原判決「事実及び理由」の第三の二(1)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決を以下のとおり訂正する。
ア 一〇頁一〇行目の「原告」を「前訴原告」に改める。
イ 一〇頁二〇行目から二一行目にかけての「証拠申出をした」を「写しを提出した」に改める。
ウ 一一頁九行目の「前訴原告」から一〇行目の「受け取られる趣旨の」までを「前訴原告及び控訴人が、Bの確認書を求めた際、Bの家に二、三時間いた旨の」に改める。
エ 一一頁一四行目の「一月一一日」から一五行目の「撤回した」までを「二月二一日の前訴第一回弁論準備手続期日で、控訴人の確認書を書証として提出し、取り調べられたが、Bの確認書は証拠として提出せず、前訴第一回口頭弁論調書には、この確認書について、前訴原告が「甲第五号証の二は、提出しないものとして撤回する。」と陳述したと記載された」に改め、同行目の「甲一一の一」の次に「・二、一七の一・五」を加える。
オ 一二頁七行目の「陳述書」を「前訴陳述書」に改める。
(2) (1)で引用した原判決「事実及び理由」第三の二(1)の事実(訂正後のもの)及び原審被控訴人Y1本人の供述に照らせば、前訴における控訴人に関する主張等(⑩及び⑯を除く。以下同じ)は、主観的には、控訴人の確認書等及びBの確認書の弾劾としてされたものであったと認められる。証拠(いずれも枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは、前訴において、前訴における控訴人に関する主張等を、控訴人の確認書等及びBの確認書の弾劾を目的としてする旨明示したことはないと認められるが、このことは上記認定を左右しない。
そして、前訴において、控訴人の確認書等の信用性を弾劾すること自体の必要性が否定できないことは、原判決「事実及び理由」の第三の二(2)アのうち、一三頁一七行目の「解される。」までに記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、一三頁四行目の「及びBの確認書」を削る。
これに対し、Bの確認書は前訴に書証として提出されなかったから、これに対する弾劾が必要であったとは解されない(証拠<省略>によれば、その内容も、前訴原告からの伝聞を中心とするものと解され、そもそも弾劾の必要がある証拠かどうかも疑問がある。また、取調べはされなかったが、写しが裁判所に提出されたということは、何ら弾劾の必要性を根拠付けるものではない。)。前訴被告第三準備書面及び前訴被告第五準備書面が陳述された時点で、Bは証人として申出もされておらず、Bが証人として採用される可能性を考慮したとしても、八行しか書かれていないBの確認書に対する弾劾の必要性があったかは極めて疑わしい。
また、近隣住民の陳述書についてみても、直接体験した事実を記載する部分はわずかで、前訴被告第三準備書面に対する反論が主であったかと思われるものもあり、このような陳述書に対する弾劾まで必要かは、かなり疑わしい。
なお、被控訴人らは、前訴原告の提訴に合理的な理由がないことを主張立証する必要があったかのように主張するが、訴訟における判断の対象は請求に理由があるか否か又は訴えの適法性であり、提訴の合理的な理由なるものは、通常、極めて周辺的な事情にすぎず、特段のことがなければ、訴訟の結論を左右するほどのものとは解されない。本件においても、提訴の合理的理由の有無が前訴原告の請求に理由があるか否かの判断において重要である事情は認められない。したがって、上記のような必要性は認められない。
(3) そこで、前訴における控訴人に関する主張等が、控訴人の確認書等の信用性を弾劾するために必要であったかを検討する。
ア 控訴人が、その家の前に駐車した者を怒鳴りつけ、一一〇番通報することがあったとしても(前訴における控訴人に関する主張等①、⑰、⑱。以下、番号のみ摘示する。)、それだけの事実で直ちに「近隣トラブルを起こした」と評価することはできず、せいぜい控訴人が粗暴な行動や身勝手な行動を取ることがあるとうかがわせるにとどまり、虚言癖や記憶力の減退等、控訴人の供述・陳述の信用性を左右するような事情の裏付けになるとは考えられない。しかも、①、⑰、⑱の主張は、日時や関係者の特定もない、具体的事実の主張といい難いものであるから、客観的にみて、控訴人の供述・陳述の信用性を弾劾する目的に適うものとはいえない。小学校の生徒を叱りつけ、校長に謝罪させたという内容(②、⑰)や、小学校関係者や近隣の住民が控訴人を恐れているなどの内容(③、⑥、⑦、⑰)も同様である。
イ 控訴人が入れ墨をしているという事実は争いがなく、入れ墨をしていることがある程度反社会的性格の徴表とみられ得ることは否定できないが、そのこと又は入れ墨を見た者があること(⑤、⑨、⑪、⑫、⑭)が、直ちに虚言癖や記憶力の減退等、控訴人の供述・陳述の信用性を左右するような事情の裏付けになるとは考えられない。また、裁判官が、そのことをもって供述や陳述の信用性を判断することは考え難い。入れ墨のために公衆浴場に入れない等の発言(④、⑨、⑬)も、その内容自体はいわば常識的なものであり、「自慢げ」などという修飾(その立証は極めて困難と解され、現に前訴では果たされていない。)があってようやく、他人を威嚇する性向をうかがわせるという程度のものである。したがって、これらの内容も、虚言癖や記憶力の減退等、控訴人の供述・陳述の信用性を左右するような事情の裏付けとなるとは考えられず、客観的にみて、控訴人の供述・陳述の信用性を弾劾する目的に適うものとはいえない。なお、被控訴人Y2及びF(以下「F」という。)に関する部分を除いては、日時や関係者の特定もなく、具体的事実の主張といい難いものであることは上記①などと同様である。
控訴人が若い頃チンピラであったことや取立ての仕事をしていたこと(⑮)も、せいぜい過去に反社会的傾向があったことを示すにすぎないものであって、虚言癖や記憶力の減退等、控訴人の供述・陳述の信用性を左右するような事情の裏付けになるとは考えられず、客観的にみて、控訴人の供述・陳述の信用性を弾劾する目的に適うものとはいえない。
ウ 控訴人がその親族と絶縁状態にあること(⑧、⑲)も、控訴人の供述・陳述の信用性とは何の関係もない。
エ なお、証拠<省略>には、控訴人が、前訴第一審判決後に、被控訴人Y2方の前で大声を出したり、被控訴人Y1に対して粗暴な言動をしたなどの記載があるが、これらが前訴における控訴人に関する主張等の裏付けとなるわけではなく、その内容の真否を検討するまでもない。
オ 前訴における控訴人に関する主張等が、控訴人と前訴事件又は前訴の当事者との利害関係を裏付け、そのゆえに控訴人の確認書等の信用性を弾劾する性質のものでないことは、その内容から明らかである。
カ 以上のとおり、前訴における控訴人に関する主張等は、控訴人と前訴事件又は前訴の当事者としての利害関係や、控訴人に虚言癖や記憶力の減退等があることなど、控訴人の供述・陳述の信用性を減殺する事実には当たらないのであって、控訴人の確認書等の弾劾の目的に適うものでない。前訴における控訴人に関する主張等は、その内容に照らし、弾劾と称して又はそのように誤解して、控訴人に対する単なる悪印象を裁判官に植え付けようとしているにすぎないものと評価できる。したがって、前訴における控訴人に関する主張等は、控訴人の確認書等の信用性を弾劾するという訴訟行為としての必要性が認められない。
(4) 前訴における控訴人に関する主張等が、真実であったか、又は真実と立証される可能性があったかを検討する。
ア 証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人Y1は、前訴で、前訴における控訴人に関する主張等を、被控訴人Y2の陳述書及びその本人尋問並びに控訴人の証人尋問によって立証しようとしたこと、現実にそれ以外の立証をしなかったことが認められる。
しかし、前訴における被控訴人Y2の本人尋問で、前訴における控訴人に関する主張等に関する問答は、控訴人の入れ墨に関するもののみであり、それも、入れ墨を見た態様や被控訴人Y2の受けた印象などに限られ、また、被控訴人Y2の供述は、前訴における控訴人に関する主張等はかけ離れたものであった(被控訴人Y2は、被控訴人Y2が控訴人と話していたときに風でシャツがめくれてちらっと見え、「あれ、きれいなな」と思ったことがあったというだけで、控訴人が見せびらかしたとか、それを見て被控訴人Y2が恐怖心を抱いたという供述はない。)。被控訴人Y2は、昭和二年○月生で、前訴本人尋問の時(平成二三年一一月二九日)には八四歳であったが、受け答えに目立った齟齬はなく、その陳述書(同月二三日付け)作成時から間もないと認められることからしても、記憶の混乱の可能性はほとんど考えられない(仮にあったとしても、被控訴人Y1が慎重に確認していれば、そのような混乱は回避できたはずである。)。
また、本件の原審被控訴人Y2本人尋問(平成二六年一〇月二日)においては、控訴人が小学校の生徒を叱りつけ、校長に謝罪させたという件について、被控訴人Y1にそのような説明はしていない、高校の話である(ただし、生徒がいたずらをしたので、学校まで生徒を連れて行ったというもの)と述べ、控訴人が何かあるとパトカーを呼ぶという件については、パトカーが巡回していたが誰が呼んだかは知らないと供述し、控訴人による近隣トラブルに関する記載について「そんなこと言ってないんやけどな。」と述べるなど、やはり、前訴における控訴人に関する主張等との間に大きなへだたりがあった。
被控訴人らは、被控訴人Y2は高齢の女性であるから、控訴人同席の法廷供述には遠慮・配慮が生ずると主張する。しかし、前訴の本人尋問では、娘のFが在廷し、訴訟代理人もこのときは二人が同席していた。また、本件の原審の本人尋問では、四人の訴訟代理人が同席している。いずれの尋問調書をみても、被控訴人Y2に話しにくいという様子はうかがえず、被控訴人らの上記主張は採用することができない。
イ 原審被告B本人及び原審被控訴人Y1本人によれば、被控訴人Y1は、被控訴人Y2からの伝聞によるBの発言に基づいて、控訴人が若い頃チンピラであったことや取立ての仕事をしていた旨の記載をしたこと、Bに直接その趣旨を確認することはなかったことが認められる。原審被告B本人の供述によれば、その発言の内容・ニュアンスは、被控訴人Y1の起案した準備書面及び陳述書案とはかなり異なることがうかがわれる。原審被告B本人は、やくざ組織なんかとは関係ないんと違うかという意味でチンピラと言ったと供述し、仕事については、Fが、冗談半分に、借金取立てしてたん違うかと言うので、自分も、借金取りてかいと言っただけであると供述している。
ウ このような立証の状況に加え、上記(3)記載のとおり、前訴における控訴人に関する主張等が、日時・相手方等、事実の具体性に著しく乏しいものであることに鑑みると、被控訴人Y1は、真実性の立証の可能性を吟味することなく、安易に前訴における控訴人に関する主張等を記載した準備書面及び陳述書案を作成したと評価せざるを得ない。
(5) 以上のとおり、前訴における控訴人に関する主張等は、いずれも控訴人の確認書等の信用性の弾劾という目的に適うものではなく(あるいは、そもそも弾劾の必要性の乏しい証拠を対象とするものであって)、前訴における訴訟行為として無意味なものであり、むしろ、裁判官に控訴人に対する単なる悪印象を植え付けて前訴を有利に進めようとする不適切な訴訟活動であったと評価すべきである。また、前訴における控訴人に関する主張等は、控訴人が自認する入れ墨の点を除き、前訴においても本件訴訟においても立証されることはなく、かえって、その相当部分は被控訴人Y2自身が原審本人尋問で否定しており、客観的に真実であったと認めることができない。このような主張立証の状況からみると、被控訴人Y1は、前訴における控訴人に関する主張等の提出の時点で、その真実性の立証可能性の吟味をなおざりにしていたと解するほかない。
被控訴人らは、依頼者等の説明が不自然不合理でないものであれば、その真偽を確認することなく、訴訟代理人として主張することは許されると主張するが、少なくとも、その主張が第三者の名誉を毀損する内容であり、かつ、訴訟上主張立証の必要性がないか又は小さい場合に、裏付けを欠く主張をすることが許されるとは解されない。殊に、基本的人権の擁護を使命とする弁護士たる訴訟代理人にあっては、委任者のみならず、相手方や第三者の人権をも徒に侵害することのないように訴訟活動を遂行すべきことは当然である。
よって、前訴における控訴人に関する主張等は、その必要性、関係者の地位、主張事実の真実性・根拠や表現方法を総合的に判断しても、正当な訴訟活動として許容されるものとは認められない。なお、付け加えるに、主要事実を立証するためには、直接証拠である人証による場合と間接事実を積み上げていく場合とが考えられ、前者の場合には、その人証の信用性が問題となる。また、後者の場合には、積極方向に働く事実と消極方向に働く事実とを摘示することになるが、これは、人証の信用性を検討する場合でも、通常は同じである。証拠<省略>によれば、前訴において、前訴原告訴訟代理人及び被控訴人Y1は、訴状及び準備書面で、ともに、基本的には、間接事実を取り上げて、個々の間接事実の存否、それにより主要事実が認定されるのか否かに力を注いでいたものと認められる。そのような中で、前訴被告第三準備書面及び前訴被告第五準備書面中の前訴における控訴人に関する主張等の部分のみ異質な記載としかみえず、その必要性、正当性に疑問を禁じ得ない。
(6) 前訴における控訴人に関する主張等のすべてが、被控訴人Y2の指示又は積極的同意によるものであると認めるに足りる証拠はない。しかし、被控訴人Y2は、被控訴人Y1に訴訟追行を委任し、被控訴人Y1はこれに基づいて前訴における控訴人に関する主張等をしたのであり、また、証拠<省略>並びに原審における被控訴人Y2及び被控訴人Y1の各本人尋問の結果によれば、被控訴人Y2は、被控訴人Y2の前訴陳述書の内容は認識していたと認められる。したがって、これと同様の内容が記載された前訴被告第三準備書面及び前訴被告第五準備書面の内容も認識していたと推認することができる。かつ、被控訴人Y2には、依頼者として、これらに記載された前訴における控訴人に関する主張等の内容を修正する機会もあったと認められる。そうであれば、被控訴人Y2は、被控訴人Y1とともに、前訴における控訴人に関する主張等について、少なくとも過失責任を負い、かつ、被控訴人らの間に主観的な共同関連性があると解される。
四 争点(3)(控訴人の損害)について
前訴における控訴人に関する主張等の内容のほか、前訴と控訴人の関係、公然性の程度など、本件に顕れた諸般の事情に鑑み、控訴人が前訴における控訴人に関する主張等によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料として、三〇万円が相当と解する。
第四結論
以上によれば、控訴人は、被控訴人らに対し、民法七一九条に基づき、損害賠償金三〇万円及びこれに対する不法行為の日の後となる本件訴状送達の日の翌日である被控訴人Y1については平成二五年三月三〇日から、被控訴人Y2については同月三一日からいずれも支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払の請求権を有する。
よって、控訴人の請求は、上記の限度で理由があるから、これと異なる原判決を変更することとして、主文のとおり判決する。なお、被控訴人らは仮執行免脱宣言を申し立てているが、相当でないから、これを付さないこととする。
(裁判長裁判官 江口とし子 裁判官 久保田浩史 三島琢)