大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成27年(ネ)973号 判決 2015年7月30日

一審原告

X1

X2

X3

X4

上記四名訴訟代理人弁護士

三ッ石雅史

一審被告

同訴訟代理人弁護士

山下俊治

土井智也

中村大器

中山良平

主文

一  一審原告らの控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(1)  一審被告は、一審原告X1に対し、六〇五万三二七九円及びこれに対する平成二四年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  一審被告は、一審原告X2に対し、六〇五万三二七九円及びこれに対する平成二四年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  一審被告は、一審原告X3に対し、三〇二万一六三九円及びこれに対する平成二四年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(4)  一審被告は、一審原告X4に対し、三〇二万一六三九円及びこれに対する平成二四年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(5)  一審原告らのその余の請求及び当審におけるその余の拡張請求をいずれも棄却する。

二  一審被告の本件各控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを八分し、その一を一審原告らの負担とし、その余を一審被告の負担とする。

四  この判決は、第一項(1)から(4)までに限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  一審原告らの控訴及び当審における拡張請求

(1)  一審原告ら

ア 原判決を次のとおり変更する。

イ 一審被告は、一審原告X1に対し、六八八万二三一三円及びこれに対する平成二四年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

ウ 一審被告は、一審原告X2に対し、六八八万二三一三円及びこれに対する平成二四年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

エ 一審被告は、一審原告X3に対し、三四四万一一五六円及びこれに対する平成二四年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

オ 一審被告は、一審原告X4に対し、三四四万一一五六円及びこれに対する平成二四年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

カ 訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。

キ 仮執行宣言

(2)  一審被告

ア 一審原告らの本件各控訴をいずれも棄却する。

イ 一審原告らの当審における拡張請求をいずれも棄却する。

ウ 当審における訴訟費用は一審原告らの負担とする。

二  一審被告の控訴

(1)  一審被告

ア 原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。

イ 上記取消部分に係る一審原告らの請求をいずれも棄却する。

ウ 訴訟費用は第一、二審とも一審原告らの負担とする。

(2)  一審原告ら

ア 主文二項と同旨

イ 控訴費用は一審被告の負担とする。

第二事案の概要

一  A(平成二四年三月一日から同月一〇日までの間に死亡、以下「本件被相続人」という。)の相続(以下「本件相続」という。)に関し、その共同相続人である一審原告らは、いずれも相続の放棄をしたが、その後、相続放棄の取消しをした。本件は、一審原告らが、上記相続の放棄により単独相続人となった一審被告に対し、一審原告らの相続放棄の申述は、いずれも一審被告の欺罔行為により行われたものであり、かつ、上記相続放棄の取消しまでの間に、一審被告が、本件被相続人の相続財産である不動産、現金及び預貯金を不法に領得したことにより、一審原告らが各自の法定相続分に応じた損害を被ったと主張して、不法行為に基づき、一審原告X1及び同X2については損害金各六六四万九九四一円(ただし、当審において各六八八万二三一三円に拡張した。)、一審原告X3及び同X4については損害金各三三二万四九七〇円(ただし、当審において各三四四万一一五六円に拡張した。)並びに上記各金員に対する平成二四年六月一日(ただし、当審において同年五月三〇日(不法行為日)に拡張した。)から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  原判決は、一審原告X1及び同X2の各請求をそれぞれ五八九万六八二七円及びこれに対する平成二四年六月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余をいずれも棄却し、一審原告X3及び同X4の各請求をそれぞれ二九四万八四一三円及びこれに対する平成二四年六月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余をいずれも棄却した。そこで、一審原告ら及び一審被告は、原判決中、各敗訴部分を不服としてそれぞれ控訴し、一審原告らは、当審において各自の損害額を増額するとともに、附帯請求の起算日を繰り上げることにより、それぞれ請求を拡張した。

三  前提事実(争いのない事実並びに後掲各証拠<省略>及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  本件相続の開始、法定相続人及び法定相続分

本件被相続人は、平成二四年三月一日から同月一〇日までの間に死亡し、本件相続が開始した。その法定相続人は、本件被相続人の長女である一審被告、二女である一審原告X1、三女である一審原告X2のほか、本件被相続人の長男B(平成二一年○月○日死亡)とその妻Cとの間の長女である一審原告X3及び二女である一審原告X4であり、法定相続分は一審被告、一審原告X1及び同X2各四分の一、一審原告X3及び同X4各八分の一である。

(2)  相続財産

別紙財産目録<省略>記載一の土地(以下「本件土地」という。)、同二の建物(以下「本件建物」といい、本件土地と本件建物を併せて「本件不動産」又は「被相続人自宅」という。)、同三の現金(以下「本件現金」という。)、同四及び五の預金(以下「本件預金」という。)並びに同六の貯金(以下「本件貯金」といい、本件預金と本件貯金を併せて「本件預貯金」という。)が、本件被相続人の相続財産である。

(3)  相続放棄

一審原告らは、平成二四年五月一八日、本件相続に関し、いずれも同月九日付け相続放棄申述書(以下「本件各相続放棄申述書」という。)をa家庭裁判所に提出して相続放棄の各申述をした(以下「本件各相続放棄申述」という。)。その後、一審原告らは、同裁判所から、同月二二日付け「相続放棄の申述についての照会書(第一順位用)」と題する書面(以下「本件照会書用紙」という。)の送付を受けたので、各自、本件照会書用紙の照会事項に回答して同月三〇日までにこれを返送した(以下、上記照会事項に回答したものを「本件各相続放棄申述回答書」という。)。

本件各相続放棄申述は、同日、いずれも受理され、同日付け相続放棄申述受理通知書(以下「本件各相続放棄申述受理通知書」という。)が一審原告らにそれぞれ送付された。

(4)  本件不動産の売却等

ア 売買契約の締結

本件不動産につき、一審被告と株式会社b(以下「b社」という。)は、平成二四年七月九日、一審被告を売主、b社を買主とし、下記約定にて、本件不動産を売却する旨の売買契約を締結した。(以下「本件不動産売買契約」という。)。

売買代金 一二〇〇万円

支払方法 売主の相続登記申請時に手付金として一〇〇万円を支払い、相続登記完了後二週間以内に残代金一一〇〇万円を支払う。

特約 買主は、本件建物の使用を目的としていないため、所有権移転登記は行わないものとし、売買代金決済後に買主の費用負担において建物解体・建物滅失登記申請を行うこととするが、建物滅失登記申請人は売主名で行うものとする。

イ 登記手続

一審被告は、本件土地につき、平成二四年七月九日、同年三月一日から同月一〇日までの間相続を原因とする一審被告名義の所有権移転登記を経由した上、同年七月二四日、同日売買を原因とするb社名義の所有権移転登記をした。その後、b社は、同年九月一一日、同日売買を原因とするD名義の所有権移転登記をした。

ウ 本件建物の取壊し

本件建物は、平成二四年八月六日に取り壊され、同月八日、本件建物の登記記録が閉鎖された。

(5)  本件現金等の交付

本件現金は、本件被相続人の死亡時に被相続人自宅に遺されていたものであり、このほかに、鍵二本、通帳五通、キャッシュカード二枚、印鑑一本、後期高齢者被保険者証二通、パスポート一通があった。これらは、いずれも、c警察署にて保管されていたが、平成二四年三月一七日、同警察署から一審被告に交付された。

(6)  本件預貯金の払戻

本件預貯金のうち、本件貯金の平成二四年三月一九日現在の残高は一五五円であり、本件預金の同年三月一〇日現在の残高は合計九二七万三九六六円、同年七月九日現在の残高は合計九二八万一七八三円である。

ア 本件貯金

一審被告は、平成二四年三月一九日、本件被相続人の代表相続人として本件貯金を解約し、一五五円の払戻を受けた。

イ 本件預金

一審被告は、平成二四年七月九日、本件預金に関し、a家庭裁判所書記官作成に係る一審原告らの本件各相続放棄申述受理証明書の写しなどを提出して相続手続を依頼し、同日現在の残高合計九二八万一七八三円の払戻を受けた。

(7)  相続放棄の取消申述

一審原告らは、平成二四年一一月二一日、本件相続に関し、いずれも同月一九日付け家事審判申述書をa家庭裁判所に提出して相続放棄の取消しを各申述し、同年一二月二七日、上記各申述が受理された。

四  争点

(1)  本件各相続放棄申述は、一審被告の欺罔行為により行われたものであるとして、当該欺罔行為は、不法行為を構成するかどうか(争点一)。

(2)  仮に、本件各相続放棄申述が一審被告の欺罔行為により行われたとしても、一審原告らは、本件各相続放棄申述を追認したかどうか(争点二)。

(3)  損害額(争点三)

(4)  相殺(争点四)

五  当事者の主張

(1)  争点一(不法行為の成否)

(一審原告らの主張)

一審被告は、一審原告らに対し、本件被相続人が既に死亡していることを秘匿し、また、一審原告らに相続の放棄をさせることによって、一審被告が本件被相続人の相続財産を単独で取得するという真の目的があるのにこれを秘匿した上で、本件被相続人の相続財産が債務超過の状況にあり、相続の放棄をしなければ債務のみを承継する旨申し向けて一審原告らをしてその旨誤信させ、これを信じた一審原告らに本件各相続放棄申述をさせた。そうすると、本件各相続放棄申述は、一審被告の上記欺罔行為により行われたものであるから、当該欺罔行為は不法行為を構成する。

なお、一審原告らは、本件各相続放棄申述につきいずれも詐欺により取り消す旨の意思表示をして、平成二四年一一月二一日、その取消しを各申述し、同年一二月二七日、上記各申述が受理された。また、本件各相続放棄申述は、錯誤により無効でもある。

(一審被告の主張)

否認ないし争う。

一審被告は、本件被相続人の死亡を隠したことはなく、一審原告X1には、本件被相続人が死亡した事実を伝えていた。他の一審原告らも一審原告X1を通じて本件被相続人が死亡したことを知っていた。

一審原告らは、本件被相続人がd市内に本件不動産を所有していたことを知っていたのであるから、相続財産の内容を認識していたといえる。また、一審原告X3及び同X4は、本件相続の開始前から、相続財産の内容がどういうものか、誰がこれを相続するのかに関係なく、相続放棄をする意思を有していたというのであるから、相続放棄申述に関し誤信はない。

一審被告は、本件被相続人と絶縁状態にあった一審原告らがいずれも相続放棄することが本件被相続人のためになり、また、相続開始後の事務処理も簡易に行えることになるから、上記相続放棄の取りまとめを一審原告X1に依頼したのであり、その際、一審被告自身が一審原告らと一緒に相続放棄をすると合意したことはない。

なお、相続放棄の取消しの申述が受理されたとしても、これにより、相続放棄の効力に関する実体的権利関係が終局的に確定するものではないから、詐欺による取消しが確定的になるものではない。また、本件各相続放棄申述において、本件被相続人が死亡していたかどうかは動機の錯誤にすぎず、また、要素の錯誤にも該当しない。仮に、本件各相続放棄申述が錯誤によるものであるとしても、一審原告らは、相続放棄申述の手続の過程において、本件被相続人が死亡していることを容易に知り得たものであり、また、本件被相続人の財産状況については何の調査も行っていないから、重過失がある。

(2)  争点二(追認の成否)

(一審被告の主張)

仮に、本件各相続放棄申述が、一審被告の欺罔行為により行われたとしても、一審原告らは、遅くとも平成二四年六月五日までには、本件被相続人が既に死亡していること、本件被相続人の相続財産が存在することなどを認識し、上記欺罔行為に係る錯誤は解消されたといえる。その上で、一審原告らは、一審被告の依頼に応じて、各自が相続放棄の意思表示をしたことを前提として、a家庭裁判所に対し、それぞれ相続放棄申述受理証明書を申請してその交付を受けたのであるから、これは、本件各相続放棄申述を追認したものか、又は法定追認が成立したというべきである。

(一審原告らの主張)

一審原告X1は、一審被告が、本件被相続人の相続財産の内容を開示し、本件被相続人の遺骨がどうなったのかを明らかにすることを約束したので、相続放棄申述受理証明書を申請してその交付を受けたのであり、一審被告は、上記約束を守らなかったにもかかわらず、上記交付を受けたことをもって、一審原告X1が自らの相続放棄申述を追認したとか、法定追認が成立したと主張するのは、信義則に反する。

一審原告X3及び同X4は、いずれも母であるCから、一審被告と一審原告X1との間で話が付いたので相続放棄申述受理証明書を取得してもらいたいと言われ、詳しい事情も分からずに、これを申請してその交付を受けたものであるから、そのことをもって、各自の相続放棄申述を追認したとか、法定追認が成立したと主張するのは信義則に反する。

一審原告X2が、本件被相続人が既に死亡していたこと、一審原告らが一審被告に騙されて相続放棄申述をしたことなどを知ったのは、相続放棄申述受理証明書を申請しその交付を受けた後のことであるから、自らの相続放棄申述を追認したとはいえず、また、法定追認が成立することもない。

(3)  争点三(損害額)

(一審原告らの主張)

本件相続に関し、一審被告は、一審原告らの相続放棄により単独相続人になったとして、本件被相続人の相続財産である本件不動産、本件現金及び本件預貯金を不法に領得したものであり、これにより、一審原告らは、各自の法定相続分に応じた損害を被った。

ア 本件不動産

本件不動産の評価額は、平成二四年度の固定資産評価額によれば、本件土地一二九七万九七五七円、本件建物二〇三万三七二三円の合計一五〇一万三四八〇円である。

イ 本件現金及び本件預貯金

本件現金は七三万一一七九円であり、本件預貯金の払戻金は合計九二八万一九三八円である。

ウ 小括

以上のとおりであり、上記相続財産の総額は、二五〇二万六五九七円となる。一審原告X1及び同X2の損害額は、それぞれ法定相続分四分の一に相当する六二五万六六四九円(=25,026,597円×1/4)であり、これにその一割に相当する弁護士費用六二万五六六四円を加えると各六八八万二三一三円となる。また、一審原告X3及び同X4の損害額は、それぞれ法定相続分八分の一に相当する三一二万八三二四円(=25,026,597円×1/8)であり、これにその一割に相当する弁護士費用三一万二八三二円を加えると各三四四万一一五六円となる。

(一審被告の主張)

否認ないし争う。

(4)  争点四(相殺)

(一審被告の主張)

仮に、一審被告が、一審原告らに対して、損害賠償義務を負うとしても、一審原告X1には、一審原告らの相続放棄に関する書類等の取りまとめをしてもらったお礼として一〇〇万円を支払っているから、上記損害賠償義務と一〇〇万円との相殺を求める。

(一審原告らの主張)

一審原告X1は、一審被告に対し、本件各相続放棄申述が、一審被告の欺罔行為により行われたものであることを指摘したところ、一審被告から、そのことを他の相続人(特に、一審原告X2)に他言しないという趣旨のもとに、口止め料として一〇〇万円の支払を受けたものであるから、これは、法的には贈与である。仮に、上記口止め料の支払が公序良俗違反により無効であり、一審被告が一審原告X1に対し、不当利得に基づき上記一〇〇万円の返還を求める権利を有するとしても、不法原因給付に該当することは明らかであるから、上記権利は存在しない。また、一審被告主張の上記一〇〇万円の自働債権はその発生原因事実が明らかでないが、一審被告は、不法行為によって生じた債権を受働債権とする相殺を求めているのであるから、これは、相殺禁止(民法五〇九条)に違反するというべきである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、一審原告X1及び同X2の各請求は、それぞれ損害金六〇五万三二七九円及びこれに対する平成二四年五月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるが、その余は当審におけるその余の拡張請求も含めていずれも理由がなく、一審原告X3及び同X4の各請求は、それぞれ損害金三〇二万一六三九円及びこれに対する平成二四年五月三〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるが、その余は当審におけるその余の拡張請求も含めていずれも理由がないと判断する。その理由は、以下のとおりである。

二  認定事実

前提事実(前記第二の三)に、証拠<省略>証人C、一審原告X1、一審原告X2、一審被告)及び弁論の全趣旨を併せると、以下のとおりの事実が認められる。一審被告の供述中には、下記認定に相反する部分もあるが、この部分は前掲各証拠に照らして直ちに採用することができず、このほか、本件においては、下記認定を覆すに足りる的確な証拠は存在しない。

(1)  当事者

本件被相続人(昭和八年○月○日生まれ)は、昭和三六年○月○日、Eと婚姻し、同年○月○日、長男Bが、昭和三八年○月○日、長女一審被告が、昭和四〇年○月○日、二女一審原告X1が、昭和四八年○月○日、三女一審原告X2がそれぞれ出生したが、本件被相続人は、同年○月○日、Eと離婚した。

Bは、昭和六〇年○月○日、Cと婚姻し、昭和六一年○月○日、長女一審原告X3が、平成元年○月○日、二女一審原告X4がそれぞれ出生したが、Bは、平成二一年○月○日に死亡した。

(2)  本件被相続人との交流

本件被相続人は、昭和六一年一〇月一五日、d市e区所在の本件不動産を購入し、単身で居住していた。平成二一年二月にした要介護認定の申請は非該当とされたが、同年九月には要支援二と認定され、平成二三年一月には要介護一に、同年八月には要介護二にそれぞれ認定された。

一審原告X1は、住所<省略>に居住して、生活保護を受給しており、本件被相続人の生前は、年に一、二回電話で本件被相続人と話をする程度であった。平成二一年五月三〇日にBが死亡しその葬儀の後に、一審被告から、本件被相続人と面会するためにd市に一緒に行こうと誘われたが、これを断るなどして本件被相続人と直接会うことはなかった。

一審原告X2も、住所<省略>に居住して、生活保護を受給しており、肝硬変のために入院することもあった。退院後は、自宅住所地よりも、母であるEの実家(住所<省略>)にいることが多かった。

一審原告X3及び同X4は、いずれも母であるCと共に、住所<省略>に居住しており(一審原告X4は、平成二五年四月に婚姻して肩書住所地に転居した。)、平成二一年五月三〇日にBが死亡した後は、本件被相続人とは没交渉であった。

他方、一審被告は、住所<省略>に居住しているが、Bの死亡前後を通じて、本件被相続人から介護認定の申請に関する相談を受けており、本件被相続人と電話で話すだけでなく、d市まで赴いてその手続を手伝うなどしていた。

(3)  本件被相続人の死亡

平成二四年三月一〇日ころ本件被相続人が被相続人自宅において死亡している状態で発見された。一審被告は、c警察署からその旨の電話連絡を受けたのでd市へ赴き、同月一四日、本件被相続人の死亡届を提出し、死体火葬の許可を得た上、本件被相続人を火葬に付した。一審原告らは、いずれも本件被相続人の葬儀等に参列していない。

一審被告は、同月一七日、c警察署から、本件現金とともに、鍵二本、通帳五通、キャッシュカード二枚、印鑑一本、後期高齢者被保険者証二通、パスポート一通の交付を受けた。また、一審被告は、同月一九日、本件貯金に関し、本件被相続人の代表相続人として、相続確認表、貯金等相続手続請求書(払戻請求書)及び払戻請求書(通常貯金用)を作成し、残金一五五円の払戻を受けた。

(4)  本件各相続放棄申述が受理されるまでの経過

ア 一審被告から一審原告らに対する連絡

一審原告X1は、平成二四年四月下旬ころ、一審被告から、電話連絡があり、本件被相続人が交通事故ばかり起こしているので、財産より借金の方が多く、このまま死亡しても借金しか残らないので、一緒に相続放棄の手続をしようと誘われ、また、本件被相続人をその希望により老人ホームに入所させたいので必要な書類を書いて欲しいと依頼された。この時、一審原告X1は、本件被相続人が既に死亡していることや相続財産の内容について認識しておらず、本件被相続人の借金を相続したくないので、一審被告と共に相続放棄をする旨を返答した。

また、Cは、平成二四年四月下旬ころには一審原告X3及び同X4と共に住所<省略>の自宅に居住していたが、一審被告から、電話連絡があり、本件被相続人が生活保護を申請するために必要な書類を一審原告X3及び同X4に作成して欲しいと依頼された。この時、Cは、一審原告X3及び同X4と共に、本件被相続人が既に死亡していることを知らなかったが、生活保護を受給するには不動産等の財産を保有できないので、本件不動産を売却するために必要な書類を作成するものと理解して承諾した。

イ 本件各相続放棄申述書の作成

一審被告は、平成二四年五月九日、一審原告X1と共に、一審原告X2が実際に居住するEの実家を訪問した。一審被告は一審原告X2に対し、本件被相続人を老人ホームに入所させるために必要であるとして、相続放棄の書類を作成することを依頼したところ、一審原告X2はこれを承諾した。

その後、一審原告X2は、医師の往診を受けるために実家に残ったが、一審被告と一審原告X1は、f市役所へ行って、一審原告X1に関する戸籍謄本と印鑑証明書を取得した。これらの書類は、一審被告が受け取り、一審原告X1がその内容を確認することはなかった。午後四時ころ、一審被告と一審原告X1は、いったん実家に戻って、医師の往診を終えた一審被告X2を連れてf市役所へ行き、一審原告X2に関する戸籍謄本と印鑑証明書を取得した。これらの書類も、一審被告が受け取り、一審原告X2がその内容を確認することはなかった。

一審原告X1及び同X2は、一審被告と共に、ファミリーレストランに行き、そこで、一審被告の指示どおりそれぞれ相続放棄申述書に記入して、一審被告に交付した。その際、本件被相続人の死亡年月日欄は、一審被告の指示に従い一審原告X1は「不明」と記載し(なお、死亡年月日の記載は、後記のとおり後日一審被告により補充されたものである。以下同じ。)、また、一審原告X2は何も記入せずに空欄のままにしておいた。

その夜、一審被告は、一審原告X1と共に、Cの自宅を訪問し、一審原告X3及びCに対して、本件被相続人が生活保護を受給するために必要であるとして相続放棄申述書の作成を依頼した(この時、一審原告X4は不在であった。)。一審原告X3、同X4及びCは、もともとBが死亡した後は、本件被相続人の財産を相続する意思に乏しかったので、一審原告X3は、一審被告の指示どおりに相続放棄申述書を作成した。一審原告X4名義の相続放棄申述書は、母であるCが一審被告の指示どおりに作成した。その際、本件被相続人の死亡年月日欄は、一審被告の指示に従いいずれも空欄のままにされた。そして、一審原告X3及び同X4名義の相続放棄申述書はいずれも一審被告に交付された。なお、午後一〇時過ぎに帰宅した一審原告X4は、一審原告X3から、上記相続放棄申述書作成に関する説明を受け、了承した。

ウ 本件各相続放棄申述回答書の作成

一審被告は、平成二四年五月九日付けで一審原告らが作成した本件各相続放棄申述書をa家庭裁判所に提出し、同月一八日、同裁判所はこれを受け付けたが、この時点で本件各相続放棄申述書における本件被相続人の死亡年月日欄には、いずれも「平成二四年三月一〇日死亡」と記載され、また、一審原告X1名義に係る相続放棄申述書には上記死亡年月日欄に「不明」との記載も残されていた。

一審原告X1は、同年五月二四日ころ、同裁判所から本件照会書用紙の送付を受けたので、一審被告に対し、電話で対応を問い合わせたところ、一審被告は、一審原告X1に本件照会書用紙の照会事項を読み上げさせ、「あなたは、被相続人の死亡をいつ知りましたか。」欄には「平成二四年三月二〇日」と、「あなたは、被相続人の財産及び債務を相続することをいつ知りましたか。」欄には「三月二九日」とそれぞれ回答することなど、各照会事項に対する具体的な回答文言を指示し、一審原告X1は、これをメモに書き留めながら、本件照会書用紙に上記指示どおりの回答を記載した。

一審原告X2は、本件照会書用紙が肩書住所地に送付されていることを一審原告X1からの連絡により知ったので、これをEの実家まで持ってきてもらい、本件照会書用紙には、一審原告X1がメモに書き留めた一審被告の指示どおりの回答を記載した(ただし、署名押印部分を除く。)。一審原告X1は、本件各相続放棄申述回答書のうち、一審原告X1及び同X2名義に係るものを一審被告に送付した。

一審原告X3も、同年五月二四日ころ本件照会書用紙の送付を受けたが、各照会事項に対する回答に関し、一審被告から、電話で「あなたは、被相続人の死亡をいつ知りましたか。」欄には「三月一七日」と、「あなたは、被相続人の財産及び債務を相続することをいつ知りましたか。」欄には「三月二九日」とそれぞれ回答することなどの指示があり、上記指示どおりの回答を本件照会書用紙に記載した。また、Cは、一審原告X4名義の本件照会書用紙に、同X3が記載したとおりの上記回答を記載した。Cは、本件各相続放棄申述回答書のうち、一審原告X3及び同X4名義に係るものを一審被告に送付した。

一審被告は、一審原告らからそれぞれ送付を受けた本件各相続放棄申述回答書(ただし、一審原告X2名義に係るものは一審被告が署名押印した。)をa家庭裁判所に提出した。

エ 本件各相続放棄申述の受理

本件各相続放棄申述は、平成二四年五月三〇日、いずれも受理され、本件各相続放棄申述受理通知書(ただし、本件被相続人の死亡年月日欄には、手書きで「平成二四年五月一日から一〇日までの間」と記載されている。)が一審原告らにそれぞれ送付された。

(5)  本件各相続放棄申述が受理された後の経過

ア 事実関係の調査

Cは、平成二四年六月二日ころ、一審原告X3及び同X4にそれぞれ送付された本件各相続放棄申述受理通知書上の本件被相続人の死亡年月日欄を確認して、本件被相続人が既に死亡しているのではないかと疑い、一審原告X1に電話連絡をした。一審原告X1もこれを不審に思い、一審被告に電話で確認しようとしたが、Cの示唆により、まずは戸籍を確認することにした。一審原告X1が、同月四日、f市役所において、本件被相続人の戸籍を取得すると、本件被相続人は、平成二四年三月一日から同月一〇日までの間に死亡し、同月一四日に一審被告が死亡届をし、除籍となっていることが判明したので、そのことをCに知らせた。そして、一審原告X1は、一審被告に対し、電話で、本件被相続人が既に死亡しており、一審被告が死亡届をしていることを指摘した。これに対し、一審被告は、自分は知らない、警察か市が勝手にしたことであるなどと説明するのみであった。

一審原告X1は、同年六月五日、d市役所、c警察署、a家庭裁判所及び民生委員から、電話で本件被相続人の死亡当時の状況や、本件相続に関係する情報を聞き取った。a家庭裁判所の担当書記官からは、一審原告らはいずれも相続放棄の申述をしているが、一審被告は相続放棄の申述をしていないことを確認し、c警察署からは、本件被相続人が死亡して発見された際には外傷がなかったこと、本件被相続人が生前に利用していた病院がg内科クリニックかh病院であること、一審被告が同年三月一七日にd市に赴いたこと、本件被相続人の検死と火葬に要した費用が二五万円であり、この費用を控除した現金約七三万円を一審被告に交付したことを確認し、d市役所から紹介された民生委員からは、本件被相続人の生前における様子などを確認した。

一審原告X1は、一審被告から電話があったので、本件被相続人が既に死亡していたこと、一審被告がd市に赴いて現金を受け取っていることなどc警察署などから聞き取った情報をもとに追及したところ、一審被告は、ややこしくなるのが嫌で黙っていたこと、本件不動産の売却が終われば、一審原告X1には何百万円かを、同X2には小遣い程度を渡し、一審原告X3と同X4には何も渡さないこと、一審原告X1と同X2は、生活保護を受給しているが、協力すれば自治体には分からないように金銭をもらえること、一審被告自身はd市まで赴いて動いたからたくさん欲しいことなどの意向を述べた。これに対し、一審原告X1は、本件被相続人の死亡の事実を隠され、本件現金などの財産があったことも隠され、騙されて相続放棄までさせられたことを抗議した上、相続放棄は白紙に戻すこと、一審原告X3及び同X4にも相続財産を分配すべきであることなどを訴えたが、この時は一審被告も謝罪したため、今後は一審被告も相続財産の全容を明らかにするものと考え、本件不動産の処分後の一審被告の対応を待つことにし、Cにも一審被告との争いは一応収束したことを知らせた。ただし、一審原告X1は、念のため、同年六月一三日に司法書士事務所を訪れて、相続放棄の意味やその取消しの方法などを確認した。

イ 相続放棄申述受理証明書の取得

一審被告は、相続財産の処分に必要であるため、平成二四年六月一三日ころ、一審原告X1に対し、相続放棄申述受理証明書を申請して取得するよう指示した。一審原告X1は、これに応じ、「受理証明書を一通送って下さい。」との申請書を全文自筆で作成し、一審原告X2には単に相続放棄に必要であるからと説明して上記同様の申請書を作成させ(ただし、証明書の送付先は一審原告X1宛とした。)、また、Cには、「証明書がいるから」との理由で一審原告X3及び同X4の申請書の作成を依頼した。一審原告X3及び同X4は、もともと本件被相続人の財産を相続する意思に乏しかったので、特に異論もなく、一審原告X3は、自筆で「受理証明申請」を作成し、一審原告X4名義の「受理証明申請」は、Cが作成した。一審原告X1は、上記各申請書を取りまとめてa家庭裁判所に送付したところ、同月一八日付け相続放棄申述受理証明書が一審原告らにそれぞれ送付されたので、同月三〇日付けでこれらを一審被告に郵送した。一審被告は、d市内の司法書士に一審原告らの各相続放棄申述受理証明書を交付して相続財産の処分手続を進めた。

ウ 相続財産の処分

一審被告は、平成二四年七月九日、本件預金に関し、一審原告らの各相続放棄申述受理証明書の写しなどを提出して相続手続を依頼し、同日現在の残高合計九二八万一七八三円の払戻を受けた。

また、一審被告は、本件不動産につき、同日、b社との間で、代金一二〇〇万円にて売却する旨の本件不動産売買契約を締結し、本件土地につき、同日、一審被告名義の相続登記を了した上で、同月二四日、同日売買を原因とするb社名義の所有権移転登記を経由した。また、本件建物については、同年八月六日に取り壊され、同月八日、本件建物の登記記録が閉鎖された。

エ 金銭の交付

一審被告は、平成二四年七月二六日、一審原告X1に対し、電話で本件不動産の売却代金が振り込まれたと連絡し、その金額を明らかにせずに、一審原告X1の取得希望金額を尋ねたところ、一審原告X1は、一審被告に任せると返答したので、一審被告は、一〇〇万円を提案した。その上で、一審被告は、生活保護を受給しているのに自治体に分からないように上記一〇〇万円を取得できるのであるから、むしろ感謝すべきであり、また、本件相続に関し、警察等に問い合わせたことなどを謝るべきであるとして、一審原告X1にその旨の書面を作成することを指示した。一審原告X1は、生活保護の受給に影響がないように自分の子である「F」名義の口座に一〇〇万円を振り込んでもらうことを前提として、「今後遺産の件で何も言いません。」「今まで色々と失礼なこと言ってごめんなさいネ…。仕事大変やのに本当にご苦労様でした…暑い日が続きますが身体に気をつけてお仕事頑張って下さい。忙しのに申し訳ありませんが、振込み宜しくお願い致します。」と記載した書面(以下「本件書面」という。)を一審被告に送付した。一審被告は、本件書面の送付を受けたので、同月三一日ころ、一〇〇万円を一審原告X1に交付する意思で上記「F」名義の口座に振り込んだ。

一審原告X1は、同日ころ、一審原告X2に対し、実は本件被相続人が死亡していたこと、一審被告が一審原告らを騙していたことを知らせた。

オ 相続財産の開示をめぐる対立など

一審原告X1は、平成二四年八月一日、一審被告に対し、「前にお父ちゃんの件で全部正直に話すし、不動産に関する事の書類も全部見せるからと約束したやんか? そやからお父ちゃんに関する全ての書類を見たいので(原本)郵送して下さい。」「お父ちゃんの遺骨はどうしたのか教えて下さい。」とのメールを送信した。これに対し、一審被告は、一審原告X1に対し、電話をかけて、書類を見て今さら何がしたいのかを尋ねるとともに、遺骨は市か警察が保管しているのではないかと回答したため、一審原告X1は、他の一審原告らに全てを話すと言って、電話を切った。その後、一審被告は、一審原告X1に対し、改めて電話をかけて、f市役所の生活保護課に本件書面を持って行くなどと話したが、一審原告X1から「好きにして。私とX2の取り分はX3とX4に譲るから」と言われたため、一審被告は「好きにしたらええやん。」と言って電話を切った。

一審被告は、同日ころ、一審原告X2に電話をかけて、実は本件被相続人が死亡していたこと、本件被相続人の相続財産が少し残るので一審原告X1に一〇〇万円を送ったが、同X2にも金銭を渡すから、同X1に言いくるめられないようにすること、生活保護を受給している同X2にとって自治体に分からないように金銭を取得できることなどを提案したが、一審原告X2は「今、出先やから」と言って電話を切った。なお、一審被告は、同日ころ、Cにも電話をかけたが、相手が電話に出ないので、話をすることができなかった。

一審原告X1は、同月七日、一審被告に対し、「お父ちゃんの件での書類送ってくるのと、遺骨どこに納めたのか? 連絡あるかと一週間待ちましたが…連絡ないので明日放棄取り消しの手続き始めようと思います。調停になればお父ちゃんの遺産、預貯金、所持していた現金(すでに受け取った分)も含めて四分割になります。私は少しでも貴方が沢山貰えるように、協力したつもりやのに…残念です。」とのメールを送信した。これに対し、一審被告は、数分後に、「その書類を送ったら何か変わったんですか? それに何を協力してくれたんですか?」とのメールを、また、「書類は見せないとは言ってません! 協力の件は具体的に言って下さい!」とのメールをそれぞれ返信した。

一審原告X1は、遺骨の件につき、c警察署に問い合わせていたところ、同月八日ころ、同署から電話があり、この件を教えてよいかどうか一審被告に確認しようとしても連絡が取れないので、葬儀会社を教えると言われ、葬儀会社及び担当者を教えてもらった。そこで、一審原告X1が上記葬儀会社に電話で確認したところ、一審被告は火葬の立会いもせず、遺骨も不要であると話していたことが分かった。

カ 一審被告名義の住宅ローンの返済

一審被告は、平成一一年に、住所<省略>所在の土地を購入し、同土地上に建物を建築しており、当該土地及び建物には、債権額一〇〇〇万円、一審被告を債務者、住宅金融公庫(当時)を抵当権者とする抵当権設定登記がされていたが、この登記は、平成二四年九月一四日、同年八月二〇日弁済を原因として抹消されていた。

(6)  相続放棄の取消し

一審原告らは、本件相続に関し、相続放棄の取消しに関する手続を三ッ石雅史弁護士に依頼し、平成二四年一一月二一日、同月一九日付け家事審判申述書をa家庭裁判所に提出して、相続放棄の取消しを各申述し、同年一二月二七日、上記各申述が受理された。

(7)  遺産分割調停の申立てとその取下げ

一審原告らは、平成二五年三月三〇日、i家庭裁判所に対し、一審被告を相手方とする遺産分割申立書を提出して、本件被相続人の遺産の分割の調停を求める申立てをした。上記申立書添付の遺産目録には、本件不動産と本件現金のみが記載され、本件預貯金の記載はない。一審原告らは、調停手続において預貯金など相続財産の開示を求めたが、一審被告が全く開示しないので、同年八月二日、上記申立てを取り下げた。

(8)  原審における本件訴訟の経過

本件訴訟は、平成二五年六月三日に提起された。第一回口頭弁論期日は、同年八月五日に開催され、弁論準備手続に付された。以後、同年九月二七日から平成二六年七月一八日までの間に八回の弁論準備手続が行われ、同日、当該手続は終結した。この時点で、一審原告らは、本件不動産と本件現金が本件被相続人の相続財産であるとして、各自の法定相続分に応じた損害金とその一割に相当する弁護士費用をそれぞれ請求していた。

第二回口頭弁論期日は、同年九月八日に開催され、証人C及び一審原告X2の各尋問が実施され、また、第三回口頭弁論期日は、同月二九日に開催され、一審原告X1及び一審被告の各尋問が実施された。

第四回口頭弁論期日は、同年一二月一五日に開催され、弁論終結となった。その際、一審原告らは、同年一一月一七日付け訴えの変更申立書において、本件預貯金を上記相続財産に追加し、各自の請求金額を拡張する旨の訴えの変更をした(以下「本件訴えの変更」という。)が、一審被告は、本件訴えの変更を許可すべきではないとして異議の申立てをした。(顕著な事実)

三  判断

(1)  不法行為の成否(争点一)

上記認定事実によれば、一審被告は、平成二四年三月一〇日ころ、c警察署から、本件被相続人が死亡したとの連絡を受け、d市へ赴き、同月一四日、本件被相続人の死亡届を提出し、本件被相続人を火葬に付したこと、同月一七日、c警察署から、本件現金と共に、本件被相続人の遺留品を受け取り、同月一九日、本件貯金の払戻を受けたこと、その後、同年四月下旬ころ、一審原告らに対しては、本件被相続人が死亡したことを告げないまま、本件被相続人が老人ホームに入所するため必要であるとか、生活保護を受給するため必要であるとの理由により、また、本件被相続人は、財産よりも借金の方が多いとの理由により、一審被告も含めた相続人全員が相続の放棄をしなければならないと一審原告らに信じさせたこと(以下「本件欺罔行為」という。)、その上で、一審原告らに、一審被告の指示どおりに本件各相続放棄申述書及び本件各相続放棄申述回答書を作成させて本件各相続放棄申述をさせたことが認められる。一審被告は、以上のような手段を弄して、自らが本件被相続人の唯一の相続人であるという外観を作出した上、本件不動産を売却してその代金を取得し、本件預金の払戻を受けたことが認められる。そうすると、一審原告らは、本件欺罔行為により、本件各相続放棄申述をさせられ、これらがいずれも受理されることによって、本件相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされるのであるから(民法九三九条)、その結果、一審原告らは、各自の法定相続分に応じた財産的損害を被ったというべきである。したがって、本件欺罔行為は、一審原告らに対する関係で、不法行為を構成するというべきである。

これに対し、一審被告は、本件被相続人の死亡を隠したことはなく、一審原告らはそのことを知っていたと主張し、原審における本人尋問においても、c警察署から本件被相続人が死亡したとの連絡を受け、一審原告X1とCにはその旨を電話連絡した(Cには留守番電話に伝言を残した。)と供述する。しかしながら、一審被告の上記供述は非常に曖昧であるうえに、仮に、一審原告X1とCが、当初から本件被相続人の死亡を知っていたとすれば、本件各相続放棄申述がいずれも受理された後に、本件各相続放棄申述受理通知書上の本件被相続人の死亡年月日欄を確認して不審に思い、本件被相続人の戸籍を改めて取得して確認することはあり得ず、また、一審原告X1が、その後、c警察署などに電話をかけて、本件被相続人の死亡当時の状況や本件相続に関係する情報を聞き取るなどして事実関係を調査することもあり得ないといえる。そうすると、一審被告の上記供述は、上記認定に係る本件相続開始後の経過に照らして不自然であるから、直ちにこれを採用することができず、このほか、上記主張事実を認めるに足りる的確な証拠も存在しないから、一審被告の主張は理由がない。

一審被告は、本件被相続人がd市内に本件不動産を所有していたことを一審原告らが知っていたのであるから、相続財産の内容も認識していたといえると主張する。しかしながら、一審被告は、一審原告らに対し、本件被相続人には借金しか残らない、生活保護を申請するために必要である、老人ホームに入所させるために必要である等と虚偽を述べて本件各相続放棄申述をさせたことは前記認定のとおりであり、このような一審被告の言動は、本件被相続人の相続財産が負債との見合いでほとんどないか、債務超過であることを申し向けるものである上、一審被告は、本件預貯金の存在を秘匿していたのであるから、一審原告らが本件被相続人が本件不動産を保有していることを知っていたか否かにかかわらず、本件被相続人の相続財産の状態について誤信を生じさせるものであったことは明らかである。

一審被告は、本件相続の開始前から、一審原告X3及び同X4は、相続放棄をする意思を有していたというのであるから、各自の相続放棄申述に関し誤信はないと主張する。しかしながら、一審原告X3及び同X4の上記意思は、本件被相続人との関係が疎遠で、その生活や財産の状況について理解がない状況で形成されたものである上、本件被相続人の生活保護の申請のために必要であると虚偽の事実を告げられ、本件被相続人が死亡し、本件相続が開始しているにもかかわらず、本件欺罔行為によりそのことを知らないまま相続放棄申述をさせられたというのであるから、この点に関し誤信がないとはいえず、したがって、一審被告の主張は理由がない。

一審被告は、本件被相続人と絶縁状態にあった一審原告らがいずれも相続放棄することが本件被相続人のためになり、また、相続開始後の事務処理も簡易に行えることになるから、上記相続放棄の取りまとめを一審原告X1に依頼したのであり、その際、一審被告自身が一審原告らと一緒に相続放棄をすると合意したことはないと主張する。しかしながら、一審被告が上記相続放棄の取りまとめを依頼した経緯に関しては、原審における本人尋問においても、明確な供述がないうえに、上記認定のとおり、一審被告は、本件欺罔行為をするに際して、本件被相続人が老人ホームに入所するため必要であるとか、生活保護を受給するため必要であるとの理由により、また、本件被相続人は、財産よりも借金の方が多いとの理由により、一審被告も含めた相続人全員が相続の放棄をしなければならないものと一審原告らを信じさせたというべきであるから、一審被告の主張は理由がない。

なお、一審原告らは、本件各相続放棄申述につき詐欺により取り消されたか、錯誤により無効であるなどとし、この点が不法行為の成否に関係するかのように主張する。しかしながら、上記のとおり、一審原告らが、本件欺罔行為により本件各相続放棄申述をさせられ、これが受理されると、本件相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされるから、その結果、各自の法定相続分に応じた財産的損害を被ることになり、本件欺罔行為は、これにより、不法行為を構成するというべきである。そうすると、本件各相続放棄申述の意思表示が、詐欺により取り消せるかどうかであるとか、錯誤により無効であるかどうかについては、本件不法行為の成否と直接関係するものではない。したがって、一審原告らの主張はこの意味で失当である。

(2)  追認の成否(争点二)

一審被告は、本件各相続放棄申述が詐欺により取消しが可能であることを前提に、一審原告らが、一審被告の依頼に応じて、a家庭裁判所に対し、それぞれ相続放棄申述受理証明書を申請してその交付を受けたのであるから、これにより、本件各相続放棄申述を追認したことになるか、又は法定追認が成立したことになると主張する。

しかしながら、上記のとおり、本件欺罔行為による不法行為は、一審原告らの本件各相続放棄申述が受理された時点で成立するというべきであるから、上記受理後に、一審原告らが一審被告の依頼に応じてa家庭裁判所に対し、それぞれ相続放棄申述受理証明書を申請してその交付を受けたとしても、そのことは、上記不法行為が成立した後の事情にすぎず、これにより本件不法行為の成否に直接影響を及ぼすことはない。

また、一審被告の上記主張は、本件各相続放棄申述が詐欺により取消しが可能であることを前提に、追認又は法定追認により、これを取り消すことができないというものであるが、既に述べたとおり、本件各相続放棄申述の意思表示が詐欺により取り消せるかどうかについては、本件不法行為の成否とは直接関係するものではないから、一審被告の主張はこの意味で失当である。

以上によれば、一審被告の上記主張は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

(3)  損害額(争点三)

ア 本件不動産

一審被告は、b社に対し、本件不動産を代金一二〇〇万円で売却し、その代金を不法に領得したのであるから、これにより一審原告らが被った損害額についても上記代金額を基に算定するのが相当である。

この点、一審原告らは、本件不動産については、上記代金額ではなく、平成二四年度の固定資産評価額を基に、本件土地一二九七万九七五七円、本件建物二〇三万三七二三円の合計一五〇一万三四八〇円と評価すべきであると主張する。しかしながら、本件建物は、昭和五三年二月二〇日に建築された木造二階建建物であり、平成二四年七月の時点で、築三四年を超えていることからすれば、本件建物の価額を、上記固定資産評価額を基に評価するのは相当でない。また、本件売買契約は、当初から本件建物を解体して本件土地を更地として転売することを目的としており、本件建物の解体費用及び滅失登記申請費用は買主の負担としているが、そのことから、本件不動産の売却代金が適正な時価を表すものでないとまではいうことはできず、このほか、本件不動産の売却代金が時価に比べて低廉であると認めるに足りる的確な証拠も存在しない。したがって、一審原告らの主張は理由がない。

イ 本件現金及び本件預貯金

一審被告は、本件現金七三万一一七九円を不法に領得し、本件預貯金を解約してその払戻金合計九二八万一九三八円を不法に領得したのであるから、これにより一審原告らが被った損害についても上記合計金額を基に算定するのが相当である。

ウ 小括

本件不動産(一二〇〇万円)、本件現金(七三万一一七九円)及び本件預貯金(九二八万一九三八円)を合計すると二二〇一万三一一七円となる。一審原告X1及び同X2の損害額は、それぞれ法定相続分四分の一に相当する五五〇万三二七九円であり、これに弁護士費用五五万円を加えると、各六〇五万三二七九円となる。また、一審原告X3及び同X4の損害額は、それぞれ法定相続分八分の一に相当する二七五万一六三九円であり、これに弁護士費用二七万円を加えると、各三〇二万一六三九円となる。

(4)  相殺(争点四)

一審被告は、仮に、一審原告らに対して、損害賠償義務を負うとしても、一審原告X1には、一審原告らの相続放棄に関する書類等の取りまとめをしてもらったお礼として一〇〇万円を支払っているから、上記損害賠償義務と一〇〇万円との相殺を求めると主張するが、一審被告主張の上記一〇〇万円の自働債権の発生原因事実が明らかでなく、また、一審被告は、不法行為によって生じた債権を受働債権とする相殺を求めているから、相殺の禁止(民法五〇九条)に違反するというべきである。したがって、一審被告の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

(5)  本件訴えの変更の許否

本件訴えの変更は、従前、一審原告らが、本件不動産及び本件現金のみが本件被相続人の相続財産であるとして、各自の法定相続分に応じた損害金と弁護士費用をそれぞれ請求していたが、弁護士法二三条の二に基づく照会の結果、一審被告が本件預貯金の払戻を受けていたことが新たに判明したので、本件預貯金も追加して各自の請求金額を拡張したものであり、このような請求の拡張が許されることは明らかである。

四  その他、一審原告ら及び一審被告の当審における主張・立証を勘案しても、上記認定・判断を左右するに足りない。

五  以上のとおりであり、一審原告X1及び同X2の各請求は、一審被告に対し、それぞれ損害金六〇五万三二七九円及びこれに対する平成二四年五月三〇日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却すべきであり、また、一審原告X3及び同X4の各請求は、一審被告に対し、それぞれ損害金三〇二万一六三九円及びこれに対する平成二四年五月三〇日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却すべきである。なお、一審原告らの請求には、相続放棄の無効・取消しによる不当利得返還請求権に基づくものが含まれていると解されないではないが、不当利得返還請求権に基づく請求の認容額は、不法行為に基づく請求の認容額を超えるものではない。よって、これと一部結論を異にする原判決は相当でないから、一審原告らの控訴に基づき原判決主文第一項から第五項までを本判決主文第一項(1)から(5)までのとおり変更し、一審被告の本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田川直之 裁判官 浅井隆彦 高橋伸幸)

別紙<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例