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大阪高等裁判所 平成27年(ラ)547号 決定 2016年6月28日

主文

1  原決定を取り消す。

2  抗告人A及び同B並びに相手方C及び同D間における一般社団法人日本商事仲裁協会大阪11-02号仲裁事件につき,仲裁人E,同F及び同Gが平成26年8月11日にした原決定別紙1仲裁判断主文記載の仲裁判断を取り消す。

3  手続費用は,原審及び当審とも相手方らの負担とする。

理由

第1抗告の趣旨

主文同旨

第2事案の概要

本件は,抗告人らが,相手方らに対し,抗告人らと相手方らとの間における一般社団法人日本商事仲裁協会(以下「JCAA」という。)大阪11-02号仲裁事件(以下「本件仲裁」という。)における手続又は仲裁判断(以下「本件仲裁判断」という。)につき,仲裁法44条1項4号,6号及び8号に定める取消事由があると主張して,本件仲裁判断の取消しを求める事案である。

原決定は,抗告人らの本件申立てをいずれも棄却した。そこで,抗告人らが,原決定の取消しと本件仲裁判断の取消しを求めて,本件抗告をした。

1  前提事実(一件記録により容易に認められる事実)

(1)  当事者

抗告人らは,いずれも,空調機器であるパッケージド・ターミナル・エアー・コンディショナー(以下「PTAC」という。)の販売等を目的とし,その本店をアメリカ合衆国(以下「米国」という。)テキサス州に置く会社である。

相手方Cは,電気・通信・電子及び照明機械器具の製造・販売等を目的とする会社であり,また,相手方Dは,その本店をシンガポール国に置く会社である。

(2)  本件仲裁に至る経緯(甲1)

ア 抗告人A(当時の名称はH),I株式会社及びJは,平成14年10月28日,I及びJが抗告人AにPTACを売却する旨の売買契約(以下「2002年PSA」という。)を締結した。上記契約の準拠法は日本法である。

相手方Cは,平成16年4月1日,Iから,2002年PSAに基づく権利及び義務を含む同社の空調機事業を譲り受けた。また,相手方Dは,平成21年1月1日,Jを吸収合併したことにより,2002年PSAに基づく権利及び義務を承継した。

2002年PSAには,以下の約定がある。

(ア) 契約解除

本契約は,契約日(平成14年10月28日)に発効するものとし,本契約の定めによる期限前解除がされない限り,発効日から2年間延長される。その後,本契約は,本契約で明示的に定めている範囲を除き,同じ条件で自動的に1年間継続更新される。ただし,相手方ら又は抗告人Aが他方当事者に対して,当初期間又は更新期間の終了から少なくとも2か月前に書面により通知をした場合,又は期限前解約がされた場合はこの限りではない。

(イ) 仲裁

本契約の当事者間に紛争等が生じた場合には,JCAAの商事仲裁規則に従い,日本の大阪府における仲裁へ付託される。仲裁人数は3名とし,仲裁手続で使用される言語は英語とする。仲裁判断は終局的であり,本契約の当事者を拘束する。(以下「本件仲裁条項」という。)

イ 相手方Cが販売していたPTACは,平成22年1月1日にモントリオール議定書が発効すると,米国への輸入が禁止されることになっていた。平成18年3月29日,抗告人B及び相手方Cは,モントリオール議定書の規制に抵触しない新しい「シリーズ3PTAC」(以下「3PTAC」という。)の開発協力に関する覚書を,また,抗告人ら代表者Kが所有するL及び相手方Cは,同様に3PTACの開発協力に関する覚書を,それぞれ締結した(以下,抗告人Bと相手方Cとの間の覚書及びLと相手方Cとの間の覚書を併せて「2006年覚書」という。)。抗告人B及びLは,2006年覚書に基づき,3PTACの開発のため,平成18年12月31日までに25万米ドルを出資する義務を負った。なお,本件仲裁において,抗告人らは,相手方Cが2006年覚書に基づき新製品の開発義務を負うと主張し,同相手方がこれを争ったことから,相手方Cの開発義務の有無が争点の一つとなった。また,2006年覚書には準拠法の定めがなく,抗告人らは,上記準拠法が米国テキサス州法であると主張し,相手方Cは日本法であると主張していた。

ウ 相手方Cは,平成21年9月30日,M株式会社の子会社となり,平成23年4月1日には,株式交換により同社の完全子会社となった(甲16の1)。

エ 相手方Cは,平成21年にはPTAC事業から撤退することを決定し,同年6月5日から同月7日にかけて,抗告人らに対し,PTAC事業から撤退する意向を伝えた。その後,抗告人らと相手方らは,上記撤退に伴う補償等に関する協議を行った。

相手方らは,平成22年10月28日,抗告人Aに対し,2002年PSAを解除するとの意思表示をした(以下「本件解除」という。)。

相手方らは,平成23年6月16日,本件仲裁条項に基づき,抗告人らを被申立人とし,JCAAに対し,2002年PSA及び2006年覚書を含む,抗告人らと相手方らとの間で係争中の4つの契約(以下「本件各契約」という。)について,相手方らには,いずれも契約上の義務違反がない旨を宣言する等の仲裁判断を求める仲裁申立てをした(本件仲裁)。

これに対し,抗告人らは,平成23年8月11日,相手方らの上記仲裁申立てに対する答弁書を提出するとともに,反対請求申立書を提出して,相手方らによる2002年PSAの本件解除が不適法かつ違法である旨の宣言,抗告人Bが2006年覚書に関する義務を履行したことの宣言及び本件各契約の債務不履行に基づく損害賠償金を相手方らに支払わせる命令等を含む仲裁判断を求めた。

(3)  商事仲裁規則(甲4)

JCAAの商事仲裁規則(以下「本件仲裁規則」という。)の定めは,原決定別紙2記載のとおりである。

(4)  本件申立て

仲裁人E,同F及び同Gにより構成される仲裁廷(以下「本件仲裁廷」という。)は,平成26年8月11日,本件仲裁につき,原決定別紙1仲裁判断主文記載の仲裁判断(本件仲裁判断)をした(甲1)。

抗告人らは,平成26年8月22日,本件仲裁に係る最終仲裁判断書(甲1)を受領し(甲2の1・2),同年11月13日,本件仲裁判断の取消しを求める本件申立てをした。

2  争点

(1)  仲裁人による利益相反事由の開示義務違反を理由とする仲裁法44条1項6号又は8号の取消事由の有無(争点1)

(2)  2006年覚書に関する本件仲裁判断の内容及びそれに至る手続につき,仲裁法44条1項4号,6号又は8号の取消事由の有無(争点2)

(3)  2002年PSAが継続的供給契約に該当しないとした本件仲裁判断の内容につき,仲裁法44条1項8号の取消事由の有無(争点3)

3  当事者の主張

(1)  争点1(開示義務違反による取消事由の有無)

(抗告人らの主張)

本件仲裁廷の長であるEは,N法律事務所のシンガポール・オフィスに所属する弁護士であるところ,同じくNのサンフランシスコ・オフィスに所属する弁護士Oが,相手方Cの完全兄弟会社であるPを被告とする,米国カリフォルニア州におけるクラスアクション訴訟(以下「本件クラスアクション」という。この訴訟では,相手方CとPの共通の親会社であるMも共同被告とされていた。)においてPの訴訟代理人を務めていたにもかかわらず,Eは,その事実をJCAA及び本件仲裁の当事者に開示しなかった。本件クラスアクションは,その帰趨によっては,Pが極めて高額の損害賠償義務を負うおそれがあり,ひいては,相手方Cを含むM・グループ全体に影響を及ぼし得る重大な訴訟であった。このような訴訟において依頼者と代理人の関係にあるという事実は,Eが所属する法律事務所であるNと相手方らの関係会社であるPとの間に重要な商業上の関係があることを意味するから,仲裁人の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実として,Eが仲裁人への就任依頼を受けた際又は本件仲裁の手続中に開示されなければならないものである。ところが,Eは,上記事実を開示せずに,本件仲裁において仲裁人に選任され,その職務を行ったのであるから,仲裁法18条3項及び4項並びに本件仲裁規則28条2項から4項までの開示義務に違反したというべきである(以下「本件開示義務違反」という。)。

本件開示義務違反は,仲裁手続の中立及び公正を手続的に担保するために必要な手続に違反したものであり,重大な違法事由に該当する。特に,抗告人らは,本件仲裁において仲裁廷の管轄権を争っていたために仲裁人を選任することができず,他方,相手方らは,本件仲裁規則26条1項に基づき,仲裁人を選任していたのであるから,仲裁廷の構成が相手方らに有利に傾く素地があり,そのような仲裁廷の長を選任するに当たっては,利益相反事由の有無について細心の注意を払うべきであった。

以上によれば,本件開示義務違反は,仲裁廷の構成又は仲裁手続が日本の法令に違反するものとして仲裁法44条1項6号の取消事由に該当し,また,日本における手続的公序違反として同項8号の取消事由にも該当する。

(相手方らの主張)

争う。

ア OがNに加入したのは平成25年2月のことであり,Eが本件仲裁の仲裁人に選任された平成23年9月の時点において,Oは別の法律事務所に所属していたのであるから,Eには仲裁法18条3項の開示義務違反はない。

イ Oは,Eが所属するNのシンガポール・オフィスとは別の国のオフィス(サンフランシスコ・オフィス)で勤務しており,かつ,本件仲裁には全く関与していない。また,相手方らは,本件クラスアクションの当事者ではなく,本件仲裁と本件クラスアクションとの間に事案の同一性も関連性もない。そうすると,Oが本件クラスアクションに関与していたことは,仲裁法18条4項に基づく仲裁手続の進行中における開示義務の対象ではない。

ウ Eは,Nの方針によって,Oが本件クラスアクションに関与していることをも含め,本件クラスアクションに関する情報を一切与えられていなかったから,Oが本件クラスアクションに関与していた事実を本件仲裁の当事者に開示することができなかった。

また,Eは,本件仲裁の仲裁人に選任されるに際し,平成23年9月20日付け書面(甲17,以下「本件表明書」という。)において,JCAAに対し,N所属の弁護士が,将来,本件仲裁に関係しない案件において,本件仲裁の当事者又はその関連会社を代理する可能性があること,この場合は,Nの方針に従い,本件仲裁の係属中,当該別件に関する職務に関与することはなく,別件に関する情報を与えられることもないこと,Nの他の弁護士が別件に関与することが本件仲裁の仲裁人としての公正性及び独立性に影響を及ぼすものとは考えていないことを表明した。そうすると,Eは,N所属の弁護士が,本件クラスアクションのような事件(抗告人ら又は相手方らの関連会社が当事者となる別件)を受任する可能性があることを「既に開示した」というべきであるから,Eには仲裁法18条4項の開示義務違反はない。

仮に,上記開示義務違反があったとしても,そのことが本件仲裁判断の結果に直接影響を与えたという事情は存在しない。抗告人らは,本件仲裁の手続において本件仲裁規則29条1項に基づく忌避申立てをせず,審理終了時にはEに対して本件仲裁の手続が「とてもフェアである」と述べていた。以上の事情に鑑みれば,上記開示義務違反が重大な仲裁手続保障違反ということはできず,また,抗告人らの行為によってその瑕疵が治癒されたともいえる上に,上記開示義務違反と本件仲裁判断の結果との間に因果関係もないから,上記開示義務違反は,仲裁法44条1項6号又は8号の取消事由に該当しない。仮に,当該取消事由に該当するとしても,本件申立ては,仲裁法44条6項に基づき裁量棄却されるべきである。

(2)  争点2(2006年覚書に関する判断等に係る取消事由の有無)

(抗告人らの主張)

ア 判断内容の公序良俗違反(仲裁法44条1項8号)

本件仲裁判断は,相手方Cが2006年覚書に基づく開発義務に違反したという債務不履行の事実を認定しながら,抗告人Bが相手方Cの義務履行期限の1年後に初めてその不履行を問題にしたことを主な理由として,抗告人Bが当該債務不履行に基づく損害賠償請求権を放棄し,又はその債務を免除した(以下「本件権利放棄等」という。)とみなし,抗告人Bの請求を認めない判断をした。このような判断は,安易に財産権を否定するものであり,財産権を保障する憲法の趣旨に反し,日本の基本的法秩序に違反するから,判断内容が公序良俗に反するものとして仲裁法44条1項8号の取消事由に該当する。

イ 判断に至る手続上の違法(仲裁法44条1項4号,6号又は8号)

相手方Cは,本件権利放棄等に関する具体的な主張を,日本法に関する専門家証人であるQを尋問する予定であった平成25年11月18日の直前である同年10月25日付けの書面で初めて展開した。これに対し,抗告人らが短期間で日本法の専門家を探して,相手方Cの主張に対する反論を準備することは不可能であり,本件仲裁廷からも,本件権利放棄等の有無が重要な争点になるとの示唆を受けなかった。そうすると,本件仲裁廷は,本件権利放棄等に関する日本法の解釈について主張・立証する機会を抗告人らに与えず,抗告人らは,相手方Cの主張に対して防御ができなかったというべきであるから,本件仲裁の手続には,仲裁法44条1項4号の取消事由がある。また,同法25条2項及び本件仲裁規則32条2項の平等原則に違反することから,仲裁法44条1項6号の取消事由があり,かつ,日本における手続的公序違反として同項8号の取消事由もある。

(相手方らの主張)

争う。

ア 判断内容の公序良俗違反の主張について

抗告人らの主張は,単に,本件権利放棄等の有無に関する本件仲裁廷による法的判断が不合理であるというものにすぎず,本件仲裁判断によって実現される法的結果は,日本における公序良俗に反するものではないから,本件仲裁判断に仲裁法44条1項8号の取消事由はない。

イ 判断に至る手続上の違法の主張について

相手方Cは,その主張の骨子を記載した平成25年7月2日付けの書面(甲23)において,追加の防御方法の一つとして本件権利放棄等を挙げて,これが争点となり得ることを示しており,同年10月25日付けの書面(甲22)はこの点を具体的に主張したものにすぎない。また,抗告人Bは,Qに対する反対尋問の機会を与えられ(乙10),その尋問後には主張書面を提出する機会を与えられ,実際に追加の主張書面(乙14)を提出している。そうすると,本件権利放棄等の争点につき,抗告人Bに対しておよそ防御する機会が与えられなかったような重大な手続保障違反があるとはいえず,仲裁法44条1項4号の取消事由はない。また,抗告人Bは,本件仲裁の手続において,平等に取り扱われ,事案について説明する十分な機会が与えられたというべきであるから,同法25条1項及び2項並びに本件仲裁規則32条2項違反を理由とする仲裁法44条1項6号及び8号の取消事由もない。

(3)  争点3(2002年PSAに対する判断の取消事由の有無)

(抗告人らの主張)

本件仲裁判断は,2002年PSAが継続的供給契約に該当するか否かを判断するに当たり,相手方らが申請した証人であるQが陳述又は証言した7つの要素(日本の裁判所が継続的供給契約の成立を判断する際に考慮する要素である,①継続的供給契約を示唆する契約条項,②商慣行及び投資,③当事者らの関係の期間の長短,④商品の性質,⑤当事者らの相対的な力関係及び高度な知識の有無,⑥解除の背景,⑦当事者らの行為)を判断基準とし,また,専ら2002年PSAの契約書の文言を考慮して同契約が継続的供給契約に該当しないと判断した。しかし,上記7つの要素は,確立した判例法理に基礎を置くものではない上に,本件仲裁判断は,契約書の文言に重きを置きすぎ,当事者間の契約書に表れない諸事情を不当に軽視している。そして,継続的供給契約の成否に関して蓄積されてきた裁判例が,契約書の形式的文言によれば契約解除や更新拒絶等が正当化され得るのを実質的な観点から修正を図り,契約関係の解消によって不利益を被る当事者を救済しようとするものであることに鑑みると,契約書の文言に重きを置く本件仲裁判断は,公序良俗に反するものであり,仲裁法44条1項8号の取消事由がある。

(相手方らの主張)

争う。

抗告人らの主張は,単に,本件仲裁廷による法的判断が不当であるというものにすぎず,本件仲裁判断に仲裁法44条1項8号の取消事由はない。

なお,本件仲裁判断は,契約書の文言以外の要素も十分に検討しており,その法的判断は,従前の裁判例の枠組みに則った合理的なものである。また,抗告人らは,本件仲裁において,主位的には,2002年PSAの解釈は,継続的供給契約の理論が存在しない米国テキサス州法に準拠すべきであると主張していたにもかかわらず,その主張が認められないとなると,日本法の継続的供給契約の理論が適用されるべきであるとして本件仲裁判断が不当であると争っているが,これは信義則に反するものとして許されない。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,抗告人らの本件申立てはいずれも理由があると判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  争点1(開示義務違反による取消事由の有無)について

(1)  認定事実

一件記録によれば,以下のとおりの事実が認められる。

ア 仲裁人の選任

相手方らは,平成23年8月24日,本件仲裁規則26条1項に基づき,Fを仲裁人に選任した。抗告人らは,JCAAからの指示にもかかわらず,同日までに同項に基づき仲裁人を選任しないので,JCAAが,同条2項に基づきGを仲裁人に選任した。そして,FとGは,同年9月20日,仲裁廷の長たる仲裁人としてEを選任した。(甲1)

イ 本件表明書の提出

Eは,Nのシンガポール・オフィスに所属する弁護士であり,平成23年9月20日付けの本件表明書(甲17)を作成してJCAAに提出した。本件表明書には,「本件仲裁に関して,私は,私の公正性及び独立性に正当な疑いを生じさせるおそれのある事実を認識していないことを,ここに表明いたします。もっとも,添付用紙をご参照ください」とあり,添付用紙には,「以下の事項に対して両当事者の注意を向けさせることが,私がパートナーを務める法律事務所であるNのポリシーです。(1)私は,私の公正性又は独立性に正当な疑いを生じさせるおそれのある現在又は過去の案件を認識しておりません。(2)Nの弁護士は,将来,本件仲裁に関係性はないけれどもクライアントの利益が本件仲裁の当事者及び/又はその関連会社と利益相反する案件において,当該クライアントに助言し又はクライアントを代理する可能性があります。また,Nの弁護士は,将来,本件仲裁に関係しない案件において,本件仲裁の当事者及び/又はその関連会社に助言し又はそれらを代理する可能性があります。私は,本件仲裁の係属中,かかる職務に関与し又はかかる職務の情報を与えられることはありませんし,また,かかる職務が,本件仲裁の仲裁人としての私の独立性及び公正性に影響を与えることはないと考えています。」と記載されている。

ウ 本件クラスアクション

本件クラスアクションは,米国カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所に係属する,ブラウン管(CRT)に関する反トラスト法訴訟であり,上記訴訟に係る平成22年2月5日決定(甲13の1,以下「平成22年決定」という。)及び平成26年9月8日決定(甲13の2)には,いずれも,Oが,Nのサンフランシスコ・オフィスに所属する弁護士として,上記訴訟の被告であるPの訴訟代理人であると記載されていた(なお,上記訴訟ではMも共同被告とされていた。甲13の1・2)。Pは,Mの完全子会社であり(甲14の1から3まで),相手方Cも,平成23年4月1日,株式交換により同じくMの完全子会社になったことから(甲16の1・2,14の2),Pと相手方Cは,完全兄弟会社の関係にあった。

エ Oの職歴

Nは,平成25年2月20日のプレスリリースで,OがNのサンフランシスコ・オフィスに移籍した旨を発表した(乙9の1)。また,Nのホームページ上の紹介(乙9の2)及び同人のソーシャルネットワーク上のプロフィール(乙9の3)によれば,Oは,平成16年から平成22年までR法律事務所に,平成22年から平成25年までS法律事務所にそれぞれ在籍した後,平成25年からNに移籍し,現在に至ることが記載されている。そして,Oが,平成22年12月2日付けで作成し,米国地方裁判所カリフォルニア州北部地区サンフランシスコ支部に提出した代理人出頭通知書(乙9の4)には,同人がS法律事務所に所属する弁護士であることが記載されている。

(2)  本件開示義務違反

上記認定事実によれば,Oは,遅くとも平成25年2月20日以降,Nのサンフランシスコ・オフィスに所属しているものと認められ,Eが本件仲裁の仲裁人に選任された平成23年9月20日の時点では,別の法律事務所に所属していたと認められる。この点,平成22年決定には,OがN所属の弁護士であると記載されているが,この記載は,上記認定事実に照らせば,誤記である可能性が否定できず,これにより上記認定が左右されることはない。この点,抗告人らは,Eが本件仲裁の仲裁人に選任される際に,OがN所属の弁護士であることを前提として,同人が本件クラスアクションにおいてPの訴訟代理人を務めているという事実を開示しなかったことが本件開示義務違反として違法であると主張するのであるが,これは,その前提に誤りがあるから理由がない。

他方,Eは,OがNに移籍した後も,同人が,本件クラスアクションにおいてPの訴訟代理人を務めているという事実をJCAA及び本件仲裁の当事者に開示しておらず,この点は,当事者間に争いがない。そして,本件クラスアクションにおいて,Eと同じくN所属の弁護士であるOが,相手方Cと完全兄弟会社の関係にあるPの訴訟代理人を務めているという事実(以下「本件利益相反事由」という。)は,Eの仲裁人としての公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実に該当するといえるから,開示義務の対象(仲裁法18条4項,本件仲裁規則28条4項)になるというべきである。

相手方らは,Oは,Eが所属するNのシンガポール・オフィスとは別の国のオフィス(サンフランシスコ・オフィス)で勤務しており,本件仲裁には全く関与していないこと,相手方らは,本件クラスアクションの当事者ではなく,本件仲裁と本件クラスアクションとの間に事案の同一性も関連性もないことを指摘し,本件利益相反事由が開示義務の対象ではないと主張する。しかし,上記開示義務は,仲裁人を忌避するかどうかの判断資料を当事者に提供するためのものであるから,その対象となる事実は,忌避事由(仲裁法18条1項)そのものよりも広い範囲の事実が含まれると解するのが相当である。本件利益相反事由は,N所属の弁護士が,本件仲裁に関係しない案件において,本件仲裁の当事者である相手方Cの関連会社を代理するというものであり,抗告人らの立場からすれば,Eを忌避するかどうかを判断するための重要な事実といえるから,これが,開示義務の対象となることは明らかである。また,OがN所属の弁護士であり,かつ,本件クラスアクションにおいて相手方Cの関連会社を代理している以上,Eについて利益相反のおそれがあり得るものと疑いを持たれるのが通常であって,それぞれが勤務するオフィスの所在国が異なるとか,本件仲裁と本件クラスアクションとはそれぞれ当事者が異なり,また,事案の同一性も関連性もないといってみても,これにより上記疑いがなくなるものではない。

また,相手方らは,Eは,Nの方針によって,Oが本件クラスアクションに関与していることも含め,本件クラスアクションに関する情報を一切与えられていなかったから,本件利益相反事由を開示することができなかったと主張する。しかし,仲裁人は,仲裁手続の進行中,開示義務の対象となる事実の発生時期のいかんを問わず,開示していない事実の全部を遅滞なく開示しなければならないとされており(仲裁法18条4項),これは,仲裁人の忌避制度の実効性を担保するとともに,仲裁に対する信頼を確保するためのものであるから,仲裁人の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実が客観的に存在しているにもかかわらずその事実を仲裁人自身が知らなかったという理由で上記開示義務を免除することはできない。また,本件利益相反事由は,抗告人らの立場からすれば,Eを忌避するかどうかを判断するための重要な事実であり,その内容をみると,仲裁人の忌避事由に該当する可能性がないとはいえないところ,このような事実が存在するのに,Eからその不知を理由に開示されないとすると,抗告人らは,最終的に,Eを忌避するかどうか判断するための契機を与えられないままに仲裁判断を受けることになりかねない。このように考えると,仲裁人が手間をかけずに知ることができる事実については,仲裁人には,開示のための調査義務が課されるべきである。そして,本件利益相反事由については,Eが所属する法律事務所であるN内においてコンフリクト・チェック(当該案件の当事者及び対象を明示して当該法律事務所所属の全弁護士に利益相反がないかどうかを照会して確認する手続)を行うことにより,特段の支障なく調査することが可能であったというべきである。本件においてこのような調査がN内で実施されたかどうかは一件記録上明らかでないが,当該調査が実施されたのに開示されなかった場合にはもちろんのこと,当該調査が実施されなかったために開示されなかった場合であっても,本件利益相反事由の不開示につき,開示義務違反の責任を免れない。

さらに,相手方らは,Eは,本件表明書において,N所属の弁護士が,将来,本件クラスアクションのような事件(抗告人ら又は相手方らの関連会社が当事者となる別件)を受任する可能性があることを表明しており,本件不利益相反事由は「既に開示した」というべきであるから,Eには開示義務違反はないと主張する。しかし,開示義務は,前記のとおり,仲裁人を忌避するかどうかの判断資料を当事者に提供するためのものであるから,その対象となる事実は,将来,生起する可能性のある抽象的,かつ,潜在的な事実ではなく,現実に発生し,又は発生し得る具体的に特定可能な事実でなければならず,そうでなければ,当事者は,その開示された事実が忌避事由に該当するかどうかを適切に判断することができないというべきである。そして,Eは,本件表明書において「Nの弁護士は,将来,本件仲裁に関係しない案件において,本件仲裁の当事者及び/又はその関連会社に助言し又はそれらを代理する可能性があります。」と表明しているが,これは,将来,生起する可能性のある抽象的,かつ,潜在的な利益相反を表明しているものにすぎず,これにより,現実に発生した本件利益相反事由を開示したことにはならないから,本件利益相反事由は「既に開示した」とはいえない。

以上に検討したとおり,本件利益相反事由につき,Eには開示義務違反(本件開示義務違反)があるというべきである。

(3)  本件開示義務違反による取消事由

本件利益相反事由は,抗告人らの立場からすれば,Eを忌避するかどうかを判断するための重要な事実であるにもかかわらず,前記のとおり,Eが開示義務に違反してこれを開示しなかったために(本件開示義務違反),抗告人らは,その事実を知らされずに,本件仲裁の手続が進行し,最終的に,本件仲裁判断を受けたものである。そして,仲裁人の開示義務が,仲裁手続の公正及び仲裁人の公正を確保するために必要不可欠な制度であることを考慮すると,本件開示義務違反は,それ自体が仲裁廷の構成又は仲裁手続が日本の法令に違反するものとして仲裁法44条1項6号の取消事由に該当するというべきである。

この点,相手方らは,本件開示義務違反が重大な仲裁手続保障違反ということはできず,また,抗告人らが本件仲裁の手続において忌避申立てをせず,審理終了時には本件仲裁の手続が「とてもフェアである」と述べていたことから,抗告人らの行為によってその瑕疵が治癒されたともいえる上に,本件開示義務違反と本件仲裁判断の結果との間に因果関係もないから,本件開示義務違反は取消事由に該当しないと主張する。しかし,本件利益相反事由は,その内容からして,仲裁人の忌避事由に該当する可能性がないとはいえないものであり,その不開示は決して軽微な瑕疵とはいい難いものであるから,本件開示義務違反が重大な仲裁手続保障違反でないとまではいえない。また,抗告人らは,本件仲裁の手続中に本件利益相反事由を知らされていないから,仲裁手続及び仲裁人の公正に疑問を持つこともなく,本件仲裁の手続に応じ,本件仲裁判断を受けたのであるから,仮に,その手続中に忌避申立てをせず,審理終了時には本件仲裁の手続が「とてもフェアである」と述べていたとしても,そのような抗告人らの行為によって本件開示義務違反という手続上の瑕疵が治癒されることにはならない。そして,本件開示義務違反は,重大な手続上の瑕疵というべきであるから,それ自体が,たとえ,本件仲裁判断の結論に直接影響を及ぼすことがないとしても,仲裁法44条1項6号の取消事由に該当するというべきである。

また,相手方らは,仮に,本件開示義務違反が本件仲裁判断の取消事由に該当するとしても,本件申立ては,裁量棄却されるべきであると主張するが,上記のとおり,本件開示義務違反は,重大な手続上の瑕疵というべきであるから,仲裁手続及び仲裁判断の公正を確保するとともに,仲裁制度に対する信頼を維持するためにも,本件仲裁判断をこのまま維持することはできず,したがって,当裁判所は,本件申立てを裁量棄却することはしない。

(4)  小括

以上のとおりであり,本件仲裁判断は,仲裁法44条1項6号所定の取消事由があるから,同条6項に基づきこれを取り消すのが相当である。

2  以上によれば,抗告人らの本件申立てはいずれも理由があるからこれを認容すべきである。よって,これと結論を異にする原決定は相当でないから,抗告人らの本件抗告に基づき,原決定を取り消した上で,本件仲裁判断を取り消すこととし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 田川直之 裁判官 髙橋善久 裁判官 髙橋伸幸)

file_10.jpg別紙1

file_11.jpg別紙2

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