大阪高等裁判所 平成27年(ラ)862号 決定 2016年3月30日
主文
原決定を取り消す。
当審における手続費用は,相手方の負担とする。
理由
第1事案の概要等
1 抗告人は,相手方が輸入した商品に対する別紙担保権・被担保債権・請求債権目録(以下「被担保債権等目録」という。)記載の譲渡担保権に基づく物上代位権の行使として,相手方が当該商品を買主である第三債務者スタイレム株式会社(平成27年2月1日,瀧定大阪株式会社から会社分割)(以下「本件買主」という。)に売却したことによって取得した別紙差押債権目録記載の売買代金債権について差押命令の申立てをし(以下「本件申立て」という。),原審裁判所は,平成27年3月26日,本件申立てを認容して,相手方の本件買主に対する上記売買代金債権を差し押さえるとの債権差押命令を発した(本件差押命令)。
相手方は,本件差押命令の取消しを求めて,執行抗告を提起したところ,原審裁判所は,同年7月9日,再度の考案により,本件差押命令を取消し,本件申立てを却下するとの決定をした(原決定)。抗告人は,原決定の取消し及び本件申立ての認容を求めて執行抗告した。
2 前提となる事実
(1) 抗告人は,京都府内を中心として営業を行う地方銀行である。
(2) 相手方は,紳士,婦人,子供服,それに伴う服飾雑貨の輸入及び販売等を目的とする株式会社である。
(3) 相手方は,平成24年9月5日,抗告人との間で銀行取引に関する取引約定を締結し(甲2の2),相手方が民事再生手続の申立てをしたときは,抗告人との間の一切の銀行取引に関する債務について当然に期限の利益を喪失すると合意した。
(4) 本件譲渡担保権設定合意
相手方は,前同日,抗告人との間で信用状取引約定を締結し(甲3),信用状取引によって相手方が負担する債務並びに同取引に付随する利息等の担保として,付属書類(運送書類等輸入為替手形に添付された書類)及びこれに表示された荷物(付帯荷物)を抗告人に譲渡するとの合意をした(以下「本件譲渡担保権設定合意」という。)。
(5) 本件貸渡合意
相手方は,前同日,輸入担保荷物保管に関する約定を締結し(甲24),①相手方が抗告人に発行を依頼した信用状により抗告人に仕向けられた輸入荷為替の付属書類・付帯荷物は,信用状取引によって相手方が負担する債務の担保として,抗告人の所有に属することを確認し,②相手方が,抗告人の担保である付帯荷物を,抗告人に代わって引取りの上処理するため,抗告人の承諾を得て当該付属書類・付帯荷物の貸渡しを受ける場合は,相手方は,抗告人の代理人として付帯荷物の陸揚げ,通関,付保,運搬,倉入れ又は自家保管及び所定の売先への売却を行うこととする旨合意した(以下「本件貸渡合意」という。)。
(6) 本件各信用状の発行
ア 相手方は,中国企業である南通錦琦服飾有限公司(以下「本件売主1」という。)から,別紙商品目録記載の番号1~4の商品(以下「本件商品1」という。)を同目録記載の代金額で購入するため,平成26年12月24日,抗告人に対して信用状の発行を申し込み,抗告人は,同月25日,別紙信用状目録記載1の信用状(以下「本件信用状1」という。)を発行した(甲5,9の1・2)。
イ 相手方は,中国企業である南通〓源国〓〓易有限公司(以下「本件売主2」という。)から,別紙商品目録記載の番号5~7の商品(以下「本件商品2」という。)を同目録記載の代金額で購入するため,平成27年1月13日,抗告人に対して信用状の発行を申し込み,抗告人は,同月14日,別紙信用状目録記載2の信用状(以下「本件信用状2」という。)を発行した。(甲6,10の1・2)。
ウ 相手方は,本件売主1から別紙商品目録記載の番号8~12の商品(以下「本件商品3」といい,上記各商品を合わせて「本件各商品」という。)を同目録記載の代金額で購入するため,平成27年1月28日,抗告人に対して信用状の発行を申し込み,抗告人は,同月29日,別紙信用状目録記載3の信用状(以下「本件信用状3」といい,上記各信用状を合わせて「本件各信用状」という。)を発行した(甲7,11の1・2)。
(7) 本件各商品の輸入契約
相手方は,本件売主1及び2との間で,上記(6)ア~ウ記載のとおりの内容で本件各商品の輸入契約を締結した(甲5~7)。
これらの輸入契約に基づいて,本件商品1(船積日平成27年1月3日,同月5日)は,日中国際フェリー株式会社の船舶により,本件商品2(船積日同年1月20日,同月22日着)及び本件商品3(船積日同年2月3日,同月5日着)は,上海フェリー株式会社の船舶により,中国上海から大阪南港へ輸送された(乙12,15,19,25)。
(8) 本件各商品の輸入取引については,「サレンダードB/L」と呼ばれる取引の方式が用いられており,発行されたB/L(船荷証券)が有価証券の効力を持たないため,相手方は,B/Lの原本なしに本件各商品を受領することができた。輸入・通関手続においては,本件各商品が記載されているB/Lの写しが送り状として用いられた(乙12,16,19,25)。
(9) 抗告人による被担保債権の取得
抗告人は,BANK OF CHINAに対し,本件信用状1に基づき,平成27年1月22日,3万5162.85USドルを(甲13の1・2),本件信用状2に基づき,同月29日,6581.90USドルを(甲14の1・2),本件信用状3に基づき,同年2月19日,5万2309.70USドルを(甲15の1・2),それぞれ支払って決済し,相手方に対する本件各信用状に係る信用状取引によって生じた債権として,別紙被担保債権等目録記載の被担保債権(以下「本件被担保債権」という。)を取得した。
(10) 本件各商品の転売
相手方は,本件買主に対し,本件商品1の一部である別紙転売契約目録記載1の商品(以下「本件転売商品1」という。),本件商品2の一部である同目録記載2~4の各商品(以下「本件転売商品2」という。)及び本件商品3の一部である同目録記載5~7の各商品(以下「本件転売商品3」といい,上記各転売商品を合わせて「本件各転売商品」という。)をそれぞれ同目録記載の各転売代金額で売却した(甲26~28,29の1・2,30の1・2,31,32)。
(11) 本件各商品の輸入・通関手続及び本件各転売商品の転売先への納入
ア 相手方は,平成27年1月5日,乙仲(海運貨物取扱業者,以下「海貨業者」という。)である株式会社タカナワ(以下「タカナワ」という。)に対し,本件信用状1の番号が記載された「COMMERCIAL INVOICE」(商業送り状)(甲5,乙12)を送付し,本件商品1を受領した上で,通関手続を行い,本件買主が指定した送り先である株式会社クロスカンパニーの保有する物流センター「岡山ロジスティクス」(以下「本件送り先」という。)に本件転売商品1を納入することを有償で委託した。タカナワは,本件商品1を受領し,通関手続を行った上で,同月9日,佐川急便株式会社に委託して,本件転売商品1を本件送り先に納入した(乙12,13,25)。
イ 相手方は,同月21日,タカナワに対し,本件信用状2の番号が記載された商業送り状(甲6,乙15)を送付して,本件商品2を受領した上で,通関手続を行い,本件送り先に本件転売商品2を納入することを有償で委託した。タカナワは,本件商品2を受領し,通関手続を行った上で,同月23日,本件転売商品2を本件送り先に納入した(乙15,17,25)
ウ 相手方は,平成27年2月3日,海貨業者である日本国際商船株式会社(以下「日本国際商船」といい,タカナワと併せて「タカナワ等」という。)に対し,本件信用状3の番号が記載された商業送り状(甲7,乙19)を送付して,本件商品3を受領した上で,通関手続を行い,本件送り先に本件転売商品3を納入することを有償で委託した。日本国際商船は,本件商品3を受領し,通関手続を行った上で,株式会社ハズカンパニーに委託して,同月6日,本件転売商品3を本件送り先に納入した(乙21,25)。
(12) 相手方は,平成27年2月9日,大阪地方裁判所に対し,再生手続開始の申立てをし(甲22),同月20日午前10時,同裁判所は,再生手続開始の決定をした(乙1)。
3 争点及び争点に対する当事者の主張
本件譲渡担保権設定合意により,抗告人は,本件各商品について譲渡担保権を有している(以下「本件譲渡担保権」という。)ところ,相手方は,抗告人による本件譲渡担保権に基づく物上代位権の行使に対し,抗告人が本件譲渡担保権について対抗要件を具備していないと主張して,その行使を争っている。
抗告人は,①民事再生手続において,動産に対する別除権行使のために引渡しによる対抗要件具備は求められているとはいえず,②仮に求められているとしても,本件においては占有改定によって対抗要件を具備しており,③指図による占有移転が求められるとしても本件においてはこれが認められ,④対抗要件の具備が認められないとしても,相手方は対抗要件の欠缺を主張する正当な利益を欠くと主張するから,これらの点が争点となる。
(1) 対抗要件具備の要否
(相手方の主張)
抗告人が本件譲渡担保権に基づき本件物上代位権を行使するためには,本件譲渡担保権について対抗要件を具備していることが必要である。
ア 更生手続が開始された場合,担保権者が民事再生法53条の別除権者として担保権を行使するためには,対抗要件を具備する必要がある(最高裁判所第二小法廷平成22年6月4日判決・民集64巻4号1107頁参照)。
イ 動産譲渡担保の対抗要件については,占有改定が外形的には判然としない公示方法であり,後日,占有改定の有無・先後を巡って紛争が生じるおそれがあることから,動産譲渡登記制度(債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律の一部を改正する法律。以下「法」という。)が創設されたという経緯がある。
それにもかかわらず,民事再生手続を含む倒産手続について,第三者対抗要件を具備しなくても動産譲渡担保権を行使できるとするならば,動産譲渡登記制度の意義が失われるとともに,動産譲渡担保登記を具備した担保権者であったとしても,他の動産譲渡担保権者との競合等により,当該担保対象物を確実に引き当てとすることができないという事態が生じかねないから,妥当ではない。
加えて,動産譲渡登記制度が創設された後,集合動産譲渡担保につき明確な公示方法である登記が可能となったにもかかわらず,動産譲渡登記だけでなく,引渡しによる対抗要件も備えていない担保権者を,倒産手続において,他の一般債権者に優先して保護すべき正当な理由はない。
(抗告人の主張)
抗告人が本件譲渡担保権に基づき本件物上代位権を行使するについて,本件譲渡担保権について対抗要件を具備していることは必要ではない。
ア 最高裁第二小法廷平成11年5月17日決定・民集53巻5号863頁は,本件と同一の事案について,具体的な商品の占有の所在を問うことなく,物上代位権の行使を肯定している。
イ 民事再生法45条は,登記,登録等のみを規定し,動産の「引渡し」についてあえて規定していないところ,本件各商品については登録制度がないのであり,登録という,より優れた公示の具備が求められる動産とそうでない動産とに違いがあって当然である。上記判例は,登録ができない動産についてまで,別除権行使のために対抗要件の具備を求めたものではない。
ウ 譲渡担保権に対抗要件の具備が求められる趣旨は第三者保護にあるところ,登録等が求められていない動産に関する譲渡担保権は,平常時においては,占有改定という極めて不十分な公示であっても対抗力が認められている。言い換えれば,他の一般債権者は,平常時であれば,そのような不十分な公示であったとしても譲渡担保権の負担(債務者の引き当て財産からの逸失)を余儀なくされるのである。そうであるとすれば,本件各商品は,いわば本来的に譲渡担保権の負担が伴っているものとして存在するのであって,危機時期になって本件譲渡担保権の行使を認めたとしても,第三者すなわち一般債権者との間の衡平を害することにはならないというべきある。
エ 本件では,もともと本件各商品は,抗告人の信用供与があって初めて輸入された商品であって,抗告人の引き当て財産とされることが前提となっており,相手方も,交渉中は,抗告人の譲渡担保権を認めていた。抗告人が本件各商品に対して本件各譲渡担保権を実行することを認めたとしても,一般債権者との衡平が図れないとはいえないことからすれば,対抗要件が具備されていなくても,本件譲渡担保権の実行が認められるべきである。
オ 本件譲渡担保権は,本件各商品を輸入するために必要な金融を得るために設定されているものであるところ,貿易実務において,その利便性,効率性から,輸入時に海貨業者に通関業務を委ね,輸入者の転売先に直接納品されることは一般的に行われているから,商品の物理的な流れを理由に本件譲渡担保権の実行を否定すると,信用状取引を用いた輸入に関する金融実務の在り方が根底から否定されることになる。
(2) 占有改定による対抗要件具備の有無
(抗告人の主張)
相手方は,信用状取引により輸入される商品について,包括的に譲渡担保権を設定する本件譲渡担保権設定合意において,抗告人のために占有する意思を包括的に表示し,これにより本件各商品に対する本件譲渡担保権について対抗要件を具備している。
ア 抗告人と相手方との間で締結された輸入担保荷物保管に関する約定の1条1項が,「付属書類・付帯荷物は」「当該信用状に関連する諸債務の担保として」「銀行の所有に属することを確認する。」とする趣旨は,本件譲渡担保権の設定者である相手方が,本件各商品の所有権の所在が抗告人に移転していることを前提に,抗告人の所有に属すると認識していることを示す意思表示であるから,「本人のために占有する意思を表示した」すなわち,占有改定の意思表示である。同約定の2条が「銀行に代わって私が引取のうえ処理する」目的で,「銀行の承諾を得て」,「銀行の代理人として」本件各商品を売却することを認めているのは,本件各商品があくまで抗告人のために処分されるべきものであることを示すとともに,相手方は,抗告人のために物を管理するものとして善管注意義務を負っていることを明らかにしている。同約定7条2項が,相手方が債務の弁済を怠った場合には,「銀行において付帯荷物を処分」することを認めているのは,本件各商品を抗告人に引き渡すことを前提としている。
イ 譲渡担保権設定契約が締結され,債務者が引き続いて目的物を占有・使用していれば,それだけで占有改定があるとされるところ(最高裁判所第一小法廷昭和30年6月2日判決・民集9巻7号855頁),本件においては,上記意思表示に加えて,本件各商品は,相手方の指示により製造・輸入されるものであるから,相手方の管理下にあることに違いはない。
ウ 本件において行われているのは譲渡担保権の設定であり,譲渡担保権の設定後も相手方は本件各商品の管理支配を継続し続け,自らの商品として売却していくことを予定しているものであり,相手方自身が間接占有をしている状況は引渡し後も維持されなければならない。これを前提としながら,譲渡担保権者についても間接占有を取得させるのがこの場合の目的となる。したがって,この場合の引渡しは,相手方が自らのために本件各商品を占有(間接占有)していた状態から,以後譲渡担保権者である抗告人のために本件各商品を占有(間接占有)をする関係を生み出すことに焦点があるのである。その相手方の先に直接占有者が存するかどうかは本質的なものではない。
エ 債権譲渡の場合において,譲渡担保権設定時に,包括的な通知によっても,将来発生する債権の対抗要件として有効であり,かつ,その対抗力は,通知の到達時点に遡るとされ,また,集合動産譲渡担保権の場合であっても,集合物について譲渡担保権設定時に占有改定があれば,その後集合物に入った動産については,集合物に関する占有改定時に遡って対抗力が備えられると解されているから,事前の合意により,当時存在しなかった債権又は動産について対抗要件を備えることが認められている。
同様に,本件譲渡担保権も,将来にわたって製造されるべき多数の製品について包括的に譲渡担保を設定する内容の合意に基づくものであるから,譲渡担保権の設定時に本件各商品が存在しないことはもちろん,本件各商品の占有の所在も本件譲渡担保権の対抗要件具備の障害とはならない。
(相手方の主張)
ア 占有改定とは,自己の占有物について,他人の自主・間接占有を承認し,自己占有を他主・直接占有に改めることをいうところ,本件各商品は,相手方と国外の製造元との間で輸入契約が締結され,タカナワ等の海貨業者を通じて輸入され,海貨業者の倉庫に保管されていたものであって,相手方は,本件動産を一度も直接占有していないから,抗告人は,占有改定によって対抗要件を具備することはできない。
イ 動産譲渡登記制度創設後は,動産譲渡登記と占有改定の優劣は,登記設定日又は占有改定日(引渡日)の先後によって決せられることになったから,動産譲渡権の対象となる動産が動産譲渡登記と同程度に明確な方法で特定されていなければならない。動産譲渡登記では,譲渡に係る動産を特定するために必要な事項で法務省令で定めるもの(法7条2項5号),すなわち,動産の特質によって特定する場合は,①動産の種類,②動産の記号,番号その他の同種類の他の物と識別するために必要なもの(動産・債権譲渡規則(以下「規則」という。)8条1項1号),動産の所在によって特定する場合には,①動産の種類,③動産の保管場所の所在地が必要であり,集合動産を動産の特質によって特定する場合には(同条2項),①②に加え,④動産通番(1で始まる連続番号)も必要であると定められているところ,動産の保管場所については,所在場所の地番又は住居表示まで記載する必要がある。
ところが,本件信用状取引約定書(甲3)及び本件輸入担保荷物約定書(甲24)でも,動産の特質又は動産の所在による特定が全くなく,動産の所在地についても「営業倉庫」及び「私の倉庫」とするのみで地番や住居表示について記載がない。
(3) 指図による占有移転による対抗要件具備の有無
(抗告人の主張)
指図による占有移転の指図については,取引の性質を勘案した上で,直接占有者が誰のために占有しているかを認識できる程度のもので足りるところ,信用状取引においては,海貨業者に交付される商業送り状(コマーシャルインボイス)には,信用状番号が記載されているから,信用状が発行されていることが明らかにされており,信用状が発行されている場合には,輸入される商品について譲渡担保権が設定されることが通常であることからすると,直接占有者であるタカナワ等の海貨業者は,商業送り状が届いた時点で,「譲渡担保権者」のために占有しているかを認識できる程度の指図であることを認識することができるものである。したがって,本件では,タカナワ等に対する指図があったということができる。
(相手方の主張)
相手方は,本件譲渡担保権について,直接占有者であるタカナワ等の海貨業者に対し,第三者である相手方への引渡しを指図したことはない。指図による占有移転が,直接占有者の認識を通じて占有が移転したことを公示するものである以上,明示的な指図が必要であり,本件において,海貨業者が当該商品が何人かに対する譲渡担保に供されていることを認識し得る契機があったとしても,このことをもって占有移転についての指図があったとすることはできない。
(4) 対抗要件欠缺を主張し得る地位の有無
(抗告人の主張)
ア 相手方は,抗告人に対し,平成27年2月17日付け「民事再生手続開始申立書の訂正・追加」(甲34)において,譲渡担保権に関する項目を設け,別除権協定を早々に締結したいと述べ,本件譲渡担保権の効力及びその実行を認めていたものであるから,これを覆して対抗要件の欠缺を主張するのは,信義則に反するから,対抗要件の欠缺を主張し得る地位を欠く。相手方は,同月20日の時点で本件譲渡担保権について対抗要件が備えられていないと説明したとしながら,一方で,同年3月11日付け「ご連絡」と題する書面(甲43)以降も,抗告人が本件各商品について本件譲渡担保権を有することを前提として提案等をしていたものであり,矛盾挙動というべきである。
イ 債権者間の衡平の要請は,別除権行使に対抗要件具備が求められるという範囲で尽くされている。相手方は,上記書面等において,相手方がタカナワ等に対して負担する保管料,廃棄費用,商品の納品先に対して負担するおそれのある損害賠償債務の額と,抗告人が有する担保権によって財産額が減少する額を対比し検討した結果,抗告人に回答を求めるものであって,相手方は,タカナワ等に対する関係では,債権者の譲渡担保権を理由に利益を得ようとしながら,他方で,本件で,抗告人の譲渡担保権を否定して利益を得ようとするものであるから,不合理であり,加えて,債権者間の衡平を害するものといえる。
(相手方の主張)
ア 相手方が,譲渡担保権の効力及び実行を認めていたのは,譲渡担保権者であるみずほ銀行,りそな銀行,商工中金,紀陽銀行,みなと銀行及び抗告人とも,複数の担当者の言動等から,第三者対抗要件として動産譲渡登記を備えていると勘違いしていたにすぎない。その後,再生裁判所の指摘を受け,改めて確認したところ,いずれも動産譲渡登記を備えていないことが判明したため,平成27年2月20日,上記各行の担当者に対して,動産譲渡登記を備えていない以上,対抗要件を具備していないと考えざるを得ないと説明したものである。
イ 当時,相手方は,再生債権者全体のために財産管理処分権限を行使しなければならない地位にあったところ(民事再生法38条1項,2項),抗告人において,再生債権者全体の利益を犠牲にしてまで保護すべき正当な利益を保持していたとはいえないから,相手方が,抗告人の対抗要件の欠缺を主張することが信義則に反する,又は,対抗要件の欠缺を主張する利益を放棄したとまではいえない。
第2当裁判所の判断
1 争点(1)(対抗要件具備の要否)について
(1) 再生手続が開始した場合において,再生債務者の財産について特定の担保権を有する者の別除権の行使が認められるためには,個別の権利行使が禁止される一般債権者と再生手続によらないで別除権を行使することができる債権者との衡平を図るなどの趣旨から,原則として再生手続開始の時点で当該特定の担保権につき登記,登録等の対抗要件を具備している必要があると解される(民事再生法45条,最高裁判所第二小法廷平成22年6月4日判決・民集64巻4号1107頁参照)。
(2) 抗告人は,引渡しが対抗要件となる動産については,再生手続によらずに譲渡担保権を行使するために,対抗要件の具備は必要ではないと主張する。
なるほど,民事再生法45条は,登記,登録等のみを規定し,動産の「引渡し」について規定していない。また,登記,登録等の制度とは異なり,引渡しは,特に占有改定や指図による占有移転の場合には公示機能は不十分であり,対抗要件具備の時点も常に明らかであるともいえないから,動産については,再生手続開始の時点との先後関係等を問題にすべきではないとも考えられる。
(3) しかし,民事再生法45条が,再生手続開始決定の効力として,再生債務者の財産全体について,いわば一種の包括的な差押えの効力が生じると考えることができることに基づいて,権利者の地位を手続開始の時点で固定するために,その時点での対抗要件具備を要求しているものであって,これが個別の権利行使が禁止される一般債権者と再生手続によらないで別除権を行使することができる権利者との衡平を図るとするものであることからすれば,登記,登録等の対抗要件に限定すべき理由はなく,登記,登録等以外の対抗要件についても妥当するものと考えられる。
また,動産についても,占有のほかに動産譲渡登記制度に基づく動産譲渡登記によって対抗要件を具備することができることからすると,動産の物権変動についてのみ,別異に取り扱うべき理由もないと考えられる。
(4) したがって,抗告人が,再生手続によらずに別除権である本件譲渡担保権を行使するためには,相手方につき再生手続開始決定がされた時点で,本件譲渡担保権について,対抗要件を具備している必要があると解される。争点(1)に関する抗告人の主張は採用できない。
2 争点(2)(占有改定による対抗要件具備の有無)について
(1) 個々の信用状取引における譲渡担保権の取得時期
本件譲渡担保権設定合意は,信用取引約定に基づいて相手方が抗告人から信用状の発付を受けて行う輸入取引について,相手方が取得する付属書類及び付帯荷物を,信用状取引に基づく相手方の抗告人に対する債務の担保として譲渡する(譲渡担保権を設定する)旨をあらかじめ約した包括的合意である。そして,信用取引約定書(甲3)には,個々の信用状取引に際して,改めて譲渡担保権の設定の意思表示や書類作成等の手続を要する旨の約定は存在しない。
したがって,信用状取引約定に基づいて行われる個々の信用状取引については,相手方が抗告人から信用状の発付を受けて商品の輸入取引(売買契約)を行い,目的物の所有権を取得した時点で,本件譲渡担保権設定合意の効力として,格別の意思表示を要せず,抗告人が当該目的物について譲渡担保権を取得すると解するのが相当である。
(2) 占有移転による対抗要件の具備
ア 本件各商品について,相手方は,タカナワ等の海貨業者に受領,通関手続及び転売先への納入を委託しており,自らが目的物の直接占有を取得したことはない。もっとも,タカナワ等は,相手方との契約に基づいて,相手方のために本件各商品を受領し,所持するものであり,相手方は,タカナワ等を介して本件各商品を所持する関係にあるということができる。したがって,タカナワ等が本件各商品を受領し,その占有(直接占有)を取得した時点で,相手方は,上記契約関係に基づいて,本件各商品の占有(間接占有)を取得すると解される。相手方によるタカナワからの占有の取得は,占有改定(民法183条)に当たると解されるが,タカナワ等が相手方のために所持することは,両者の契約関係から当然に導かれるものであり,「以後本人のためにする意思」(同条)を明示的に表示する必要はない。
イ 相手方は,本件譲渡担保権設定合意により抗告人のために譲渡担保権が設定された本件各商品につき,本件貸渡合意に基づいて抗告人から貸渡しを受け,抗告人からの授権を得て,その代理人として本件各商品の受領や転売を行うものである。したがって,相手方は,抗告人のために本件各商品を受領して所持し,抗告人は相手方を介して本件各商品を所持するという関係にあるということができる。このような両者の法律関係からすると,相手方が本件各商品の占有(直接占有)を取得した時点で,抗告人は,上記法律関係に基づいて,本件各商品の占有(間接占有)を取得すると解される。この場合の抗告人による占有の取得も,占有改定であり,相手方が以後抗告人のために占有する意思を明示的に表示する必要のないことは上記アと同様である。
ウ 代理占有(民法181条)が認められるのは,本人(間接占有者)が代理人(直接占有者)を介して目的物の事実的支配を有していると認められるからにほかならず,本件では,タカナワ等の海貨業者が本件各商品の直接占有を取得した時点で,相手方は,タカナワ等を介して本件各商品の事実的支配を獲得すると認められ,間接占有を取得することになる。そして,相手方と抗告人との上記法律関係からすると,相手方は,抗告人のために本件各商品の事実的支配を獲得するものであり,これによって,抗告人も相手方を介して本件各商品の事実的支配を獲得すると解することができる。そうすると,抗告人は,タカナワ等が本件各商品の直接占有を取得した時点で,相手方を介してタカナワ等から本件各商品の間接占有を取得するものであり,このような占有の取得の形態も,占有改定に当たると解される。以上のように,他人のために占有を取得する法律関係が複数牽連する場合において,中間者(双方の法律関係の当事者である間接占有者)を介して直接占有者からの占有(間接占有)の取得を認めることは,間接占有(代理占有:民法181条)の性質に反するものではない。
エ 以上によれば,相手方の委託に基づいてタカナワ等が本件各商品を受領し,直接占有を取得した時点で,抗告人は,相手方を介してタカナワ等から本件各商品の間接占有を取得し,占有改定により本件譲渡担保権について対抗要件を具備したものと解するのが相当である。
(3) 輸入取引においては,信用状の利用が一般的であると認められるところ,抗告人と相手方との信用取引約定の内容は,一般社団法人全国銀行協会が制定した信用状取引約定書のひな型と同一であり,輸入担保荷物保管に関する約定も一般に利用されている約定書に準拠しているものと考えられる。
そして,このように一般的に用いられている約定書に基づいて行われる信用状取引においては,信用状を発行する金融機関は,輸入商品について直接占有を取得することがなくても,当該商品について譲渡担保権を取得し,かつ,譲渡担保権について対抗要件を具備しているものとして取り扱われてきたものと考えられる。相手方が,当初は,抗告人を含む金融機関が信用状取引に係る輸入商品について別除権(譲渡担保権)を有することを認めていたこと(甲43~47)も,このような取引慣行及び取引関係者の認識を裏付けるものというべきである。
(4) 動産取引については,占有が対抗要件とされ,外形的に占有の移転が明確とはいえない占有改定によっても対抗要件を具備すると解されている。
そして,輸入取引においては,本件のように輸入・通関手続の専門業者である海貨業者を介して目的物の受領,通関が行われ,輸入業者が目的物の直接占有を取得することなく,輸入及び転売を行うのが一般的である。
以上の点からすると,上記のように輸入業者(相手方)を介して信用状発行金融機関(抗告人)が占有改定により対抗要件を取得すると解することは,第三者に不測の損害を与え,取引の安全を害するものとはいえない。
(5) 相手方とタカナワ等の海貨業者との間では,相手方が輸入商品の受領等を委託するに際して,抗告人の代理人として,抗告人のためにするものであることは明示されていない。
もっとも,輸入取引は,信用状の発行を伴うことが多く,信用状取引の場合には,信用状を発行した金融機関が目的物について譲渡担保権を取得することが一般的であると認められるところ,輸入・通関業務を専門的に取り扱う海貨業者としては,このような取引の実情は当然認識していると考えられる。また,本件各取引においては,タカナワ等に対して,信用状番号が記載されている本件各商業送り状(甲5~7)が交付されており,金融機関によって信用状が発行された取引であることが明らかにされている。以上に加え,商行為については代理の顕名が不要とされていること(商法504条)をも考え合わせると,相手方を介して抗告人が本件各商品の占有を取得し,譲渡担保権について対抗要件を具備したと解しても,タカナワ等の海貨業者にとって不測の損害を与えるものではないというべきである。
(6) 以上によれば,タカナワ等の海貨業者が相手方の委託に基づいて相手方のために本件各商品を受領し,その直接占有を取得した時点で,抗告人は,相手方を介してタカナワ等から本件各商品の占有(間接占有)を取得し,占有改定により譲渡担保権について対抗要件を具備したものと認められる。
そうすると,抗告人は,再生手続開始時までに本件各商品の譲渡担保権について対抗要件を具備したものであるから,譲渡担保権に基づく物上代位として,本件各転売商品の売買代金債権を差し押さえることができるというべきである。
3 以上によれば,本件差押命令を取り消して抗告人による本件申立てを却下した原決定は不当であり,本件差押命令に従って民事執行の手続を進行すべきであるから,原決定を取り消すこととし,主文のとおり決定する。
<以下省略>