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大阪高等裁判所 平成27年(行コ)67号 判決 2016年1月29日

主文

1  原判決を取り消す。

2  本件訴えのうち,農林水産大臣に対し,原判決別紙1物件目録記載の各土地に係る保安林の指定を解除することを求める部分を却下する。

3  被控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文同旨

第2事案の概要

1  事案の骨子

(1)  経緯

被控訴人は,Aと持分各2分の1の割合で,原判決別紙1及び2各物件目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)を買い受けたが,原判決別紙1物件目録記載の各土地(以下「本件保安林土地」といい,各土地については,それぞれ同別紙記載のとおり略称する。)上の立木竹によって構成される森林(以下「本件保安林」という。)について,森林法(以下「法」という。)による土砂流出防備保安林の指定(以下「本件保安林指定」という。)がされていたことから,農林水産大臣に対し,同指定の解除申請(以下「本件解除申請」という。)をしたところ,処分行政庁である農林水産大臣は,平成23年6月24日付けで,本件保安林指定を解除しない旨の処分(以下「本件不解除処分」という。)をした。

(2)  請求等

被控訴人は,Aとともに,控訴人に対し,本件不解除処分の取消し及び本件解除申請に基づく本件保安林指定を解除することを処分行政庁に義務付けること(以下「本件義務付け」という。)を求めて本件訴訟を提起したが,Aは,平成25年1月18日,訴えを取り下げた。

(3)  原審の判断等

原審が,本件保安林につき,法26条1項が規定する「指定の理由が消滅したとき」に該当するとして,被控訴人の上記(2)の請求をいずれも認容したため,控訴人が控訴した。

2  関係法令の定め等

関係法令等の定め,前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,後記3で当審における控訴人の主張,同4で当審における被控訴人の主張を各付加するほかは,原判決「事実及び理由」中第2の1ないし4(2頁20行目から24頁18行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決5頁24行目の「Dの○バス停」を「D(現在は,F。以下,便宜上「D」という。)の○バス停」,19頁19・20行目の「国道3007号」を「国道307号」,7頁13行目の「行政不服審査法29条」を「平成26年法律第68号による改正前の行政不服審査法29条」と各改める。

3  当審における控訴人の主張

本件保安林は,法26条1項に基づく保安林の指定解除について定められた審査基準である「保安林及び保安施設地区の指定,解除等の取扱いについて」(昭和45年6月2日付け45林野治第921号林野庁長官通知。以下「取扱通知」という。)の第2の1に定められた基準(原判決別紙3の第3。以下,これを「本件解除基準」という。)のいずれにも該当せず,したがって,法26条1項に規定する「指定の理由が消滅したとき」の要件を充足しない。

(1)  本件解除基準2号の非該当

本件保安林は,以下のとおり,本件解除基準2号(自然現象等により保安林が破壊され,かつ,森林に復旧することが著しく困難と認められるとき)に該当するとはいえない。

ア 本件保安林の破壊は「自然現象等」によるものではないこと

(ア) 「自然現象等」による保安林の破壊には,違法開発等による人為的な保安林の破壊は含まれないこと

違法開発等のように,人為的に保安林が破壊された場合は,水源の涵養,災害の防備,生活環境の保全・形成といった法25条1項各号所定の公共の目的を達成する必要があることには何ら変化がなく,むしろ,それまで保安林に指定されていた森林が人為的に破壊され,喪失等したことによって,上記公共の目的を達成する必要がより増大していることが通常である。このように,土砂等の流出のおそれ等の自然的な条件には変化がなく,人為的に保安林が破壊された場合について,保安林の指定を維持する理由がなくなったとは到底解されない。

したがって,本件解除基準2号にいう「自然現象等」による保安林の破壊には,違法開発等による人為的な保安林の破壊は含まれないと解すべきである。

(イ) 本件保安林の破壊は「自然現象等」によるものではないこと

本件保安林土地は,昭和48年から昭和56年までの間の違法開発によって土砂が採取され,当時生育されていた植物や埋土種子は,土砂の搬出とともに本件保安林土地から外部へと持ち出された(以下「本件違法開発」という。)。このような,本件違法開発によって破壊された本件保安林は,本件解除基準2号に該当しない。

本件保安林は,本件違法開発によって,その大部分がいったん破壊されたが,本件保安林が保安林に指定された理由である土砂の流出の防備という目的を達成する必要性は,そのことによって何ら変化が生じておらず,むしろ,本件保安林の大部分がいったん破壊されて消失したことによって,土砂の流出の防備という目的を達成する必要性は,より一層増大したと認められる。

したがって,本件保安林は,本件解除基準2号に該当するとはいえない。

イ 本件保安林の状況は「森林に復旧することが著しく困難」であるとはいえないこと

(ア) 本件保安林全体の状況

本件解除申請に際して作成された京都府知事作成の意見書(乙22〔以下の各書証は,特記しない限り,枝番号があるものはその全てを含む。〕。以下「本件知事意見書」という。)に添付された保安林解除調書(以下「本件解除調書」という。),及び京都府の林業技術者である職員が,これを補足するため,平成20年5月15日に撮影された国土地理院の航空写真(以下「平成20年の航空写真」という。)を判読・解析した資料(乙23。以下「本件補足資料」という。)等によれば,本件保安林は,草本類の面積率が24.9%,木本類及び竹の面積率が67.5%,無立木地の面積率が3.7%で,緑化率は92.4%に及んでいる。

また,専門的知見を有する熟練した専門技術者が,本件違法開発が終了した昭和56年の翌年である昭和57年10月27日に撮影された同航空写真(以下「昭和57年の航空写真」という。)と平成20年の航空写真とを比較した結果作成した植生状況調査結果(乙72。以下「本件植生調査結果」という。)によれば,無立木地の面積率は,昭和57年の時点では48.1%であったのに対し,平成20年の時点では4.3%と大幅に減少し,他方,立木地の面積率は,昭和57年の時点では20.0%であったのに対し,平成20年時点では48.4%と増加している。そして,立木地の面積率に竹及び草地の面積率を合わせた緑化率は,昭和57年の時点では42.7%であったのに対し,平成20年時点では87.5%と大幅に増加しており,本件保安林の植生は回復してきていると判断されている。

森林生態学の研究者らの意見(乙75,76)によれば,本件保安林の植生は,植生の遷移の観点からみても,順調に回復している状況にあることが認められる。また,上記意見によれば,現時点で,草地又は樹冠疎密度が低い部分であっても,今後森林として植生を回復する見込みがあることが認められる。

(イ) 本件保安林のうち無立木地の状況

本件保安林土地には,本件違法開発によりコンクリートで覆われ,本件解除申請当時,無立木地として存在する部分があるが,本件植生調査結果によれば,その面積率は4.3%にすぎないから,本件保安林全体の植生の回復の程度を判断する上で,大きく影響する事情ではない。本件保安林土地上の他の同様の箇所は,土が搬入されるなどして,草本類や木本類等として植生が回復しているから,コンクリートで覆われたことをもって,自然緑化による回復が妨げられるとは認められない。

なお,コンクリートで覆われた土地であっても,その上から盛土がされれば,樹木も根を張ることができるから,森林として植生を回復することは十分可能である。

(ウ) 本件保安林は地域森林計画の対象森林であること

本件保安林は,遅くとも昭和49年以降,全国森林計画(法4条)に即して樹立される地域森林計画(法5条)の対象森林であり,法に基づく森林の整備及び保全に係る計画の対象となっている。

(エ) 本件保安林は,本件解除申請当時,法が定める保安林の指定の対象となる「森林」に該当すること

本件保安林は,本件解除申請当時において,前記(ア)及び(イ)の状況にあり,また,上記(ウ)のとおり,社会通念上立木竹の生育に供されると客観的に認められる状況にあった。

したがって,本件保安林は,少なくとも法2条1項2号が定める「木竹の集団的な生育に供される土地」に該当するものとして,保安林の指定の対象となる法に定められた「森林」に該当することは明らかである。

ウ まとめ

以上のとおり,本件保安林は,本件解除申請当時,本件解除基準2号に該当するとはいえないから,法26条1項が定める「指定の理由が消滅したとき」の要件を充足しない。

(2)  本件解除基準1,3及び4号の非該当

本件保安林は,以下のとおり,本件解除基準1号(受益の対象が消滅したとき),3号(当該保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設等〔以下「代替施設」という。〕が設置されたとき又はその設置が極めて確実と認められるとき)及び4号(森林施業を制限しなくても受益の対象を害するおそれがないと認められるとき)のいずれにも該当するとはいえない。

ア 本件解除基準1号について

(ア) 「受益の対象が消滅したとき」の意義

本件解除基準1号の「受益の対象が消滅したとき」とは,受益(保安林の指定又は解除に直接の利害関係を有する者が享受する個別的利益)の対象が全てなくなった場合をいう。

(イ) 本件保安林の受益の対象は消滅していないこと

本件違法開発以後の本件保安林の受益の対象は,国道307号線,主要地方道宇治木屋線(以下「宇治木屋線」という。)及び南バイパス(府道宇治木屋線。以下「南バイパス」という。)並びにι地区,θ地区及びβ地区の各人家等である。これら受益対象は,本件違法開発以後の本件不解除処分時において,本件保安林の受益の対象として依然存在し,本件保安林土地からこれら受益の対象に土砂等が流出するおそれがある。

(ウ) 小括

以上によれば,本件保安林は,本件解除基準1号の「受益の対象が消滅したとき」に該当するとはいえない。

イ 本件解除基準3号について

(ア) 本件において代替施設等が設置されたとも,その設置が極めて確実であるともいえないこと

本件解除申請においては,被控訴人及びAの提出した申請書類(以下「本件申請書類」という。)のほか,同申請後に京都府知事が作成した本件知事意見書及び本件補足資料をみても,本件保安林について代替施設等が設置されていることやその設置が極めて確実であると認められるような記載,資料は一切ない。

(イ) 被控訴人の主張は理由がないこと

本件申請書類には,被控訴人の主張するような本件保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設としての乗馬クラブが設置されていることや,その設置が極めて確実であると認められるような記載,資料はないし,転用目的による解除申請の場合に必要な書類も添付されていないから,本件解除申請が,乗馬クラブに転用して使用することを前提としたものであるとは認められない。

また,被控訴人の委任を受けた代理人であるというCは,京都府農林水産部森林保全課(以下「森林保全課」という。)の担当者に対し,本件解除申請前の平成21年2月には資材置場,同年3月には住宅開発,同年6月には産業廃棄物処理場,同年7月にはオートキャンプ場にそれぞれ転用することを前提とする相談をするなど,その目的を転々と変更したばかりか,平成22年9月7日以降は転用することを前提とする相談をしていないことなどに照らせば,本件解除申請以前に被控訴人の代替施設等の設置に係る計画が確定していたとみることもできない。

(ウ) 小括

以上によれば,本件保安林は,本件解除基準3号の「当該保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設等が設置されたとき又はその設置が極めて確実と認められるとき」に該当するとはいえない。

ウ 本件解除基準4号について

(ア) 「森林施業を制限しなくても受益の対象を害するおそれがないと認められるとき」の意義

本件解除基準4号に定める「森林施業を制限しなくても受益の対象を害するおそれがないと認められるとき」とは,保安林を指定し,森林施業に制限を課さなくても当該森林の持つ公益的機能が適切に発揮され,受益の対象に被害を及ぼすおそれがないと認められる場合をいう。したがって,保安林の指定が解除される森林は,森林以外の用途に転用されることなく,解除後も引き続き当該森林の持つ公益的機能が適切に発揮されることが十分に見込まれる必要がある。

(イ) 本件保安林土地から土砂等が流出して受益の対象に被害を与える具体的なおそれがあること

前記ア(イ)のとおり,本件保安林には,受益の対象が存在し,本件保安林土地から土砂等が流出して受益の対象に被害を与える具体的なおそれがある。

そして,本件保安林は,保安林に編入される以前には,山腹崩壊が見られたり,降雨の際に土砂の流出が甚だしかったことから,土砂扞止林に編入されたという経緯があり,実際に,本件違法開発が行われていた期間中の昭和49年7月1日,降雨により本件保安林土地から受益の対象である国道307号線に土砂や泥水が流出し,同国道における車両の安全な通行に支障が生じた。

したがって,本件保安林は,森林施業に制限を課さず,その有する公益的機能が適切に発揮されていない場面にあっては,受益の対象に被害を及ぼす具体的なおそれがあるといえる。

(ウ) 小括

以上によれば,本件保安林は,本件解除基準4号の「森林施業を制限しなくても受益の対象を害するおそれがないと認められるとき」に該当するとはいえない。

(3)  結語

以上によれば,本件保安林は,本件解除基準のいずれにも該当しないから,法26条1項に規定する「指定の理由が消滅したとき」の要件を充足しない。したがって,被控訴人の本件不解除処分の取消しを求める請求は理由がないから棄却すべきであり,本件義務付けの訴えは訴訟要件を欠き不適法であるから却下すべきである。

4  当審における被控訴人の主張

(1)  本件解除基準2号の該当性

ア 本件解除基準2号の解釈

(ア) 本件解除基準の解釈そのものは控訴理由にならないこと

本件解除基準は,行政庁の内部的判断基準であり,保安林指定を審査する際の解釈基準にすぎないから,それ自体には法規範性はない。本件解除基準は,法26条1項を具体化したものではなく,単なる行政庁の作成した解釈基準であるから,それ自体,控訴理由とはならない。

したがって,原判決が,本件解釈基準について,控訴人が想定するのと異なる解釈を採用したとしても,法令の解釈を誤ったことにはならないから,控訴理由にならない。

(イ) 純粋な自然現象と人為的な自然破壊とを区別する合理性はないこと

本件解除基準2号は,「自然現象等」と規定しているから,保安林が破壊された原因が自然現象に限定されないことは文言上明らかである。

また,純粋な自然現象であれば,土砂の流出のおそれ等の自然的な条件にも変化が生じ,人為的に保安林が破壊された場合には,土砂の流出のおそれ等の自然的な条件には変化がないということを前提とする控訴人の主張は,それ自体失当である。そして,自然が破壊されたという結果が同じであるのに,それが人為的な場合にのみ法25条1項各号所定の公共の目的を達成する必要があることには何ら変化がないとか,このような公共の目的を達成する必要がより増大していることが通常であるとの主張には,全く根拠がない。

(ウ) まとめ

したがって,保安林が破壊された原因を,自然現象によるものと違法開発などの人為的な方法によるものとを区別する合理的な理由はない。

イ 本件解除基準2号に関する前提事実について

(ア) 本件保安林がおよそ森林として復旧しているものとはいえない状況にとどまること

本件解除調書(乙22)によれば,本件保安林は,疎密度が粗,蓄積が28㎥/ha,生育状況が下,下層植生が灌木・草木類,無立木地面積が0.2ha と記載されており,森林として復旧しているとはいえない状況にとどまっている。

また,控訴人の主張によれば,本件保安林土地には,木本類が7ないし9割存在していることになるが,本件解除調書にはそのような記載もなく,添付された写真を見ても,そのような木竹など見当たらない。むしろ,本件保安林土地には,草本類の占める範囲が圧倒的に大きい。

(イ) 本件保安林はおよそ森林といえる状態にはなかったこと

上記(ア)のとおり,本件解除申請当時,本件保安林土地にはほとんど木本類がなく,その圧倒的部分を草本類が占めていた。

本件補足資料は,素人である京都府職員が,机上で,航空写真に写っている色彩の違いだけを見て,印象に基づき,本件保安林土地を勝手に,木本類,竹,草本類,無立木地,窪地に分類し,色ごとに振り分け,それをもって面積率とか植生状況と決め付けているだけである。このような判別方法では,写真に写る色の違いは分かっても,その色彩の箇所に実際に木本類自体があるかどうかも定かではないから,控訴人が主張する植生の面積率の割合には,何らの合理性もない。

また,平成20年の航空写真(乙31の2)によれば,本件保安林土地付近は,その周辺と比べて明らかに薄い緑色になっているから,森林はないと判断される。

(ウ) 本件補足資料の信用性

上記(イ)のとおり,本件補足資料の面積率は,航空写真上の色の違いを判別しているだけの色彩率にすぎず,そこに分類したとおりの木本類等が存在するかどうかの裏付けもない。また,判読資料は,航空写真であるから,経年劣化により変色したり,容易に着色・脱色等の加工も可能であり,素人の京都府職員が,本件保安林の状況を正確に映し出した写真を判読していたかどうかも定かではない。

さらに,京都府の職員が作成した報告書(乙71)は,本件知事意見書及び本件補足資料の作成等について補足説明をしたものであるが,添付された写真によっても,本件保安林土地以外の土地に植生している木本類が写っている可能性が疑われるし,その撮影場所や方向についての裏付けがない。その他,当審で提出された補足資料や意見書(乙70の1・2,乙72ないし76)は,現地を見分しなければ確認できないものや,客観的状況や本件保安林の実態と乖離しているものであり,いずれも信用性に疑問がある。

(エ) まとめ

以上によれば,本件保安林は,およそ森林として復旧しているとはいえない。

(2)  本件解除基準第1,3及び4号の該当性

本件保安林は,以下のとおり,本件解除基準1号(受益の対象が消滅したとき),3号(当該保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設等が設置されたとき又はその設置が極めて確実と認められるとき)及び4号(森林施業を制限しなくても受益の対象を害するおそれがないと認められるとき)に該当する。

ア 本件解除基準1号について

(ア) 宇治木屋線,ι地区及びβ地区の各人家等

宇治木屋線,ι地区及びβ地区の各人家等は,本件保安林の受益の対象に当たらないというべきである。

(イ) 国道307号線,南バイパス及びθ地区の各人家等

国道307号線,南バイパス及びθ地区の各人家等についても,実態に即してみれば,いずれも本件保安林によって保護すべき具体的な権利又は利益は認められないから,受益の対象に当たらない。

すなわち,本件解除調書においても,近年災害が発生した事例はない旨明記されているし,実際に,昭和55年から平成25年までの間,豪雨に見舞われた際にも,本件保安林土地から周囲に災害を及ぼすような土砂流出はなかった。本件補足資料でも,本件保安林土地から土砂が流出しないことを認める旨が記載されている。E教授による意見書(乙55。以下「E意見書」という。)には,土砂等による災害のおそれがある旨記載されているが,併せて,土石流が発生する可能性が高いのは,本件保安林土地に含まれない上流部分であり,中・下流から土石流の形態で両集水地域の出口まで到達することは考え難いとも指摘している。したがって,これらを前提にすれば,本件保安林指定を解除したとしても,本件土地から土砂が流出する可能性がないことが裏付けられる。

(ウ) まとめ

以上によれば,本件保安林指定によって保護するべき具体的な権利又は利益は認めらないから,受益の対象に当たらないと評価すべきである。

イ 本件解除基準3号について

(ア) 本件解除申請に先立つ代替施設の申出

被控訴人は,本件解除申請に先立ち,森林保全課の担当者に対し,本件保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設として,乗馬クラブを設置することを申告し,その具体的な計画図面を提出しているほか,同施設の周囲を樹木で囲む旨を述べるなどして手続を進めており,保安林指定解除を前提とした施設の設置,すなわち本件保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設等の設置を事実上申し出ている。

(イ) 乗馬クラブをめぐる経緯

Cは,被控訴人から委任を受け,平成22年5月27日,京都府山城広域振興局(以下「振興局」という。)担当官に対し,本件保安林指定の解除に係る転用目的をオートキャンプ場から乗馬クラブへ変更する旨説明し,持参した1枚の土地利用計画図を基に本件保安林指定の解除の可否の回答を求めるとともに,振興局長宛に,同可否に対する回答等を求める質問書を提出し,同年6月3日,電話で,同図のみで判断できない旨説明を受けた。Cは,同月4日,森林保全課担当官に対し,上記質問書に対する回答を求めたところ,同図のみで判断できない旨回答を受けた。Cは,同月30日にも,同課担当官に対し,上記質問書を知事宛に変更した質問書を交付し回答を求めたところ,上記と同様の回答を受けた。

そこで,Cは,平成22年9月7日,振興局担当官に対し,本件保安林指定の解除に係る転用目的を乗馬クラブに加え,宿泊施設を追加し,開発目的をレジャー施設からスポーツ施設に変更する旨説明するとともに,本件保安林の保安林としての機能はなくなっている旨主張した。

(ウ) まとめ

以上のとおり,本件解除申請は,本件保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設等の設置を計画した上でしており,当該保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設等の設置が極めて確実と認められるときに該当する。

ウ 本件解除基準4号について

(ア) 本件解除基準4号の解釈

保安林指定制度は,公共の危害の防止,産業の保護その他の公共の福祉の増進を目的として設けられた制度であり,森林所有者等の自由な森林の利用に規制を加え,財産権に対する制限を伴うものであるから,保安林の指定によって保護すべき公共の福祉が存在しない場合には,指定の理由が消滅したというべきである。

このような保安林制度の趣旨からみれば,本件解除基準4号の「森林施業を制限しなくても受益の対象を害するおそれがないと認められるとき」とは,受益の対象となる人家や道自体はいまだ存在するものの,保安林の森林施業のいかんに関わりなく,受益の対象を害するおそれがない場合をいうと解するのが妥当である。

(イ) 本件について

本件保安林についてみれば,本件保安林土地から土砂流出の可能性があり,いまだ国道307号線,南バイパス及びθ地区の人家等が受益の対象に当たるとしても,本件保安林土地は,既に機能を失っており,事実上,森林施業が制限されていない状態であるにもかかわらず,受益の対象を害する事態は生じていない。

(ウ) まとめ

以上によれば,本件保安林は,森林施業を制限しなくても,その受益の対象を害するおそれがないと評価できるから,法26条1項に定める指定の理由が消滅したときに該当する。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

当裁判所の認定した事実は,原判決「事実及び理由」中第3の1(24頁20行目から30頁15行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。

2  本件不解除処分の適否についての判断枠組み

(1)  本件不解除処分の適否は,本件保安林について,その指定の理由が消滅した(法26条1項)と認められるかどうかによって判断される。

(2)  ところで,法26条1項に基づく保安林の指定の解除については,前記第2の2(原判決2頁21・22行目を引用)のとおり,行政庁の内部的判断基準として本件解除基準(林野庁長官通知,乙8。)が定められている。なるほど,本件解除基準は,被控訴人の主張するように,行政庁が保安林指定を審査する際の解釈基準であり,それ自体法規範であるとはいえない。

(3)  しかしながら,本件解除基準は,その内容に照らせば,行政庁が保安林指定の解除に関する行政権限を行使するに当って定めた基準ではあるものの,同権限行使の適正・公正を確保するための規定であることが明らかであり,しかもそれが公にされていること,また,その内容も保安林指定の目的及び技術的な観点を踏まえたもので合理的なものであることが認められるから,農林水産大臣は,これを適切に適用し,保安林の指定解除の申請に対する審査を行うことが要請されているというべきである。

(4)  したがって,本件不解除処分の適否については,原則として,本件解除基準の該当性の有無によって判断すべきであるから,同基準の解釈そのものが判断基準となり得ず,ひいては控訴理由ともなり得ないとする被控訴人の主張は採用できない。

3  本件解除基準1号該当性について

(1)  受益の対象の有無

当裁判所も,本件保安林指定による受益の対象については,国道307号線,南バイパス及びθ地区の人家等は,受益の対象に当たるものの,宇治木屋線,β地区の人家等及びι地区の人家等は,これに当たらないものと判断する。その理由は,原判決「事実及び理由」中第3の2(2)(31頁5行目から40頁23行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  被控訴人の主張について

ア 被控訴人は,国道307号線,南バイパス及びθ地区の人家等についても,本件保安林によって保護すべき具体的な権利又は利益は認められないから,本件保安林は,本件解除基準1号に定める「受益の対象が消滅したとき」に当たる旨主張する。そして,証拠(乙22,23,55)中には,これに沿う部分がある。

イ しかしながら,本件解除調書(乙22)の受益対象の既往の被災状況等欄には,「近年災害が発生した事例はない。」との記載とともに,「以前は降雨に際し,土砂流出がみられた時期もあった。」との記載があるし,本件補足資料(乙23)中には,現状で「土砂の流出が認められる状態ではない」との記載があること(資料2頁)が認められるものの,これは,本件保安林土地の植生が回復しているとの判断を前提として,本件保安林が土砂流出防止機能を発揮していることを認めた趣旨であって,本件保安林土地が土砂を流出しないから,受益の対象が存在しないということを記載したものでないことは明らかである。

また,証拠(乙55)によれば,E意見書(乙55)は,ζ側及びη側の各集水区域において,土石流が発生する可能性が高いのは,本件保安林土地に含まれない上流部分であり,傾斜が1ないし2.6度で距離も約400ないし500mある中・下流から土石流の形態で両集水地域の出口まで土砂が到達することは考え難いとしている(2・3頁)ものの,他方,流砂量等の計測計算を行った結果,上記各集水区域は,豪雨時に同時に起こる洪水により,数百立方メートルの土砂が下流に流下する可能性並びに同時に流下してくる流木,折れた枝や木の葉及び根付きの草本類等がコンクリートの側溝に詰まることにより,下流部にある道路に洪水が氾濫するとともに土砂が氾濫堆積し,道路の交通に大きな障害を与えると推定していること(21頁)も認められる。これによれば,E意見書もまた,むしろ本件保安林土地からの土砂の流出がないことを裏付けるものでないことは明らかである。

そして,本件全証拠によっても,本件解除調書及びE意見書の上記記載の信用性を左右することはできない。

ウ したがって,豪雨時において,国道307号線,南バイパス及びθ地区の人家等について,本件保安林によって保護すべき具体的な権利又は利益が認められないとはいえないから,被控訴人の前記アの主張は採用できない。

(3)  まとめ

以上によれば,本件保安林は,本件解除基準1号に該当するとはいえない。

4  本件解除基準2号該当性について

(1)  はじめに

前記2のとおり,本件解除基準2号に定める「自然現象等により保安林が破壊され,かつ,森林に復旧することが著しく困難と認められるとき」に該当すると認められる場合には,法26条1項の保安林の「指定の理由が消滅したとき」と認めるべきである。そこで,本件保安林について,上記「自然現象等により保安林が破壊され」たと認められるどうか,また,「森林に復旧することが著しく困難」であると認められるかどうかを検討する。

(2)  自然現象等により保安林が破壊されたと認められるか

ア 本件保安林の破壊

前記1の認定事実(原判決26頁初行から同末行までを引用)によれば,本件保安林は,本件違法開発によって破壊され,保安林としての機能を失ったものと認められる。その理由は,原判決「事実及び理由」中第3の2(3)ア(40頁末行から41頁20行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。

イ 控訴人の主張について

(ア) 控訴人は,本件解除基準2号にいう「自然現象等」による保安林の破壊には,違法開発等による人為的な保安林の破壊の場合を含まない旨主張する。

本件保安林の破壊が,本件違法開発によるものであることは,上記アのとおりである。そして,なるほど,控訴人の主張するとおり,人為的に保安林が破壊された場合は,法25条1項各号所定の公共の目的を達成する必要がより増大している場合が少なくないものと考えられる。

(イ) しかしながら,前記2(2)で認定した本件解除基準の判断基準性及び解釈基準性に照らせば,人為的に保安林が破壊された場合をも上記「自然現象等」に含めない解釈をすることは,文言解釈上いささか無理があるといわなければならない。これに加え,上記(ア)にいう公共の目的を達成する必要は,自然現象の場合であっても同様であるから,上記公共の目的を達成する必要性の程度は,自然現象の場合であれ,人為的な場合であれ,その破壊の程度と受益の対象の状況により判断されるべきものである。

(ウ) したがって,人為的な保安林の破壊の場合は,本件解除基準2号にいう「自然現象等」に該当するとはいえないとする控訴人の前記(ア)の主張は採用できない。

(3)  「森林に復旧することが著しく困難」であると認められるか

ア 本件解除申請当時の本件保安林の状況

前記1の認定事実(原判決26頁初行から27頁6行目までを引用),証拠(甲22,33,34,38,51ないし56,59ないし62,乙22,23,70ないし84,86)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 昭和48年から昭和56年まで行われた本件違法開発により,本件保安林土地内の山土約3万5000立方メートルを含む合計20万立方メートルの山土が採取され,かつ,約5000平方メートルの立木が伐採され,当時生育されていた植物や埋土種子は,土砂の搬出とともに本件保安林土地外に持ち出された。その結果,本件保安林土地の植生は失われた。

(イ) 農林水産大臣宛の本件解除申請は,平成22年12月27日振興局に提出されたが,本件違法開発の終了から約30年が経過していた。

そこで,振興局の担当官が本件保安林を調査し(本件解除調書),これに基づき,京都府知事は,平成23年3月25日,農林水産大臣に対し,解除不相当とする本件知事意見書(乙22)を提出した。

(ウ) また,森林保全課長は,同年6月1日,本件知事意見書につき,現地調査及び複数年の航空写真により植生を調査した補足資料である本件補足資料(乙23)を林野庁治山課長宛に提出した。

本件補足資料は,本件保安林では,アカマツ,ニセアカシア,ヤマハゼ,アカメガシワなどが優占的に進入しており,また,ススキやセイタカアワダチソウなど草本類の進入により,自然緑化による植生の回復が認められ,本件保安林において,航空写真を基に算出した面積率は,木本類が62.6%,竹が4.9%(木本類と竹の合計が67.5%),草本類が24.9%,無立木地が3.7%,窪地(滞水地)が3.9%であって,緑化率は92.4%に及ぶ旨報告した。

(エ) 一般社団法人Gは,航空写真判読の業務に40年以上携わり,林業技士の資格を有する職員が,昭和57年の航空写真及び平成20年の航空写真を用いて本件保安林の植生状況を判読することによってこれを調査し,平成27年4月20日,その結果を本件植生調査結果(乙72)において報告した。

本件植生調査結果は,判読箇所が森林であるかどうかを決定する上で重要である樹種(及び被覆状態),樹高並びに樹冠疎密度(林地面積に対する樹冠被覆部分の面積率のことであり,樹冠被覆度とも呼ばれているもの)を判読対象とし,これらの違いにより林相区分を行い,上記航空写真上に区画線を描き,その後α町作成の地形図(平成23年作成)に移写(立体視している画像上で描画した点や区画線等を平面図上に描画する作業)するというものである。そして,こうして描かれた地形図をスキャナーで画像データ化した後,GIS(地理情報システム)ソフトで画像のゆがみを修整する等して面積計算処理を行い,計算結果を集計したものである。

上記報告における本件保安林土地の昭和57年時点と平成20年時点との比較では,面積率は,無立木地が48.1%から4.3%に減少し,立木地が20.0%から48.4%に増加し,立木地に竹及び草地を含めた緑化されている箇所は,42.7%から87.5%と増加しており,植生は回復してきていると判断された。また,同じ両時点を比較すれば,加重平均樹高は,0.6mから3.0m,加重平均樹冠疎密度は,3.2%から17.4%にいずれも増加している。

(オ) 筑波大学のH教授は,平成27年5月8日,本件保安林につき,上記2時点の写真を含む複数の航空写真,京都府職員が行った毎木調査結果及び現地写真を基に,森林の回復状況と回復力に関する意見書を提出した(乙75)。

上記意見書は,舗装跡地や開放水面を除く本件保安林の主要な遷移系列は,ススキやセイタカアワダチソウの二次草原,アカマツ,アカメガシワ,ヤマハゼなど遷移初期種からなる二次林,クマノミズキ,ムクノキなど遷移中期種からなる二次林及び常緑広葉樹林の4段階にまとめられるが,最後の常緑広葉樹林は存在しないとした。

また,上記意見書は,本件保安林は,二次草原と二次林がモザイク状に分布しており,既に森林段階まで回復している部分については,今後も遷移が進行し,遷移中期種や遷移後期種からなる森林へと樹種構成が変化してゆくものと考えられ,草原段階にまで回復した部分については,変遷初期樹種が定着・成長し,遷移初期種からなる二次林へと遷移するもの,現在,草原段階にとどまっている部分は,本件違法開発時に強い撹乱を受け,立地条件が悪化した場所であったと考えられるが,植物による有機物の供給などの環境形成作用によって立地条件自体も変化するから,本件保安林においても,ススキやセイタカアワダチソウの草原が成立している部分は,これらの群落に覆われ続けることによって,森林が成立可能な立地条件に回復するものとそれぞれ考えられる旨判断している。

(カ) 国立研究開発法人森林総合研究所のI森林植生研究領域長は,平成27年5月7日,本件保安林につき,前記(ウ)の本件植生調査結果(乙72)を基に,航空写真判読結果に基づく森林再生の評価結果を報告した(乙76)。

上記報告書は,本件保安林土地について,昭和57年時点で裸地であった場所は,平成20年時点では,スギ・ヒノキ等の針葉樹林の再生は見られないものの,広葉樹林が再生しつつあり,両期間の間に,樹高が6ないし10mに達した箇所は全体の1%,同11m以上に達した箇所は全体の15%の面積を占め,両者を合計すると16%となるが,その森林回復速度は,自然の遷移下での成長としては非常に順調であること,現時点では,樹高5mに及ばない樹林が33%あるが,これは回復が遅いわけではなく,自然の遷移としては標準的かつ着実な回復速度であると評価できること並びに樹冠疎密度は,疎(30%未満)に区分される区域が33%となっているが,広葉樹は今後さらに成長することで,針葉樹に比べ10倍以上の面積をカバーするし,樹冠が疎ということは,個体間の競合がなく,各個体につき成長阻害の懸念がないことを意味するから,今後,広葉樹が成長することにより,樹冠疎密度が急速に回復すると予想されることをそれぞれ指摘した。

(キ) 本件保安林は,遅くとも昭和49年以降,法4条の全国森林計画に即して樹立される法5条の地域森林計画の対象森林で,法に基づく森林の整備及び保全に係る計画の対象となっている。

(ク) 本件保安林土地のうち本件25番ないし27番土地の一部は,本件解除申請時,コンクリートで覆われた無立木地であったが,コンクリートで覆われていても,盛土がされれば樹木が根を張り,森林として植生を回復することは可能である。

イ 被控訴人の主張に対する判断

(ア) 被控訴人は,上記ア(イ)の本件解除調書(乙22)には,森林として復旧しているとはいえない状況にとどまっている旨記載されていること,同(ウ)の本件補足資料(乙23)は,素人である京都府職員が,机上で,航空写真に写っている色彩の違いだけを見て勝手に面積率とか植生状況を決め付けているだけで,合理性がないこと,京都府の職員が作成した報告書(乙71)は,添付された写真に本件保安林土地に含まれていない土地に植生している木本類が写っている可能性が疑われるし,その撮影場所や方向についての裏付けがないなどの問題があることを並びにその他の報告書ないし意見書等(乙70,72ないし76)もまた,いずれも信用性に疑問がある旨主張する。

(イ) しかしながら,上記アの認定事実,証拠(乙22,23,70ないし72,75,76)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

a 本件知事意見書(乙22)に添付された本件解除調書末尾の10枚の個別写真は,平成23年1月5日,全景写真は同年3月2日にそれぞれ撮影されたものである。なお,上記写真の撮影位置を示す「保安林解除調査写真位置図」(以下「位置図」という。)における「5-1」と「5-2」の各表記(それぞれ原判決別紙2の10及び11の各土地のこと)は,逆の位置に表記されているが,これは,誤記であることが明らかである。

上記の各写真には,本件保安林の位置が記載されているところ,これは,航空写真及び位置図を参照し,境界線を追記したものである。

b 本件補足資料(乙23)における本件保安林の形状は,振興局の林務担当職員が,航空写真上の色と立体的に見えるかどうか等の基準によって,上記ア(ウ)のとおり本件保安林土地の植生を認定した。その際,木本類の下層植生は木本類が存在する区域として判別し,樹木の陰になっている部分及び樹木の周辺部分(林縁部分)などは,判読が困難で,木本類の範囲として判別しているものがあるが,これらは,いずれも小規模な区域である。上記職員は,航空写真判読の専門家ではないが,現地を把握している者で,現地の確認調査も併せて実施し,目視及びプロット調査により,その分類区分の結果が妥当であることを確認している。

また,本件補足資料に添付された写真は,本件保安林土地のプロット調査(この結果が乙70である。)が行われた平成23年5月19日に撮影されたものである。その位置の記載も上記aと同様である。その他,上記写真及びその他本件補足資料に添付された表は,証拠(乙70,71)によってプロット調査箇所,撮影位置,本件保安林土地の範囲などが明らかにされているところ,上記乙70,71とともに,特段不合理な点は認められない。

なお,本件補足資料に添付された各図面上の「5-1」と「5-2」の各表記もまた,逆の位置に表記されているが,これも上記aと同様,誤記であることが明らかである。

c 本件植生調査結果を含む上記ア(エ)ないし(カ)の意見書等(乙72ないし76)は,いずれも専門的知見を有する第三者が,上記a及びbの資料等を基に,その意見を述べたものであり,その判断の過程についても特段不自然,不合理な点は認められない。

(ウ) 上記(イ)によれば,被控訴人が前記(ア)において指摘する各資料のうち,本件解除調書及び本件補足資料は,「5-1」と「5-2」との記載の誤記や判定上の限界その他被控訴人の上記指摘を勘案しても,その記載内容は,概ね信用できるものである。そして,その他の意見書等(乙72ないし76)については,その判断を正当として是認することができる。

そして,他に被控訴人の前記(ア)の主張を的確に認めるに足る証拠はない。

(エ) したがって,被控訴人の前記(ア)の主張は採用できない。

ウ 本件解除基準2号該当性について

前記アのとおり,本件保安林は,本件違法開発によってその植生が失われたものの,本件解除申請当時には,無立木地の面積が減少して立木地の面積が増加し,樹高も樹冠疎密度も増加しており,森林回復速度は,自然の遷移下での成長としては順調であったと認めることができる。このことに,本件保安林が法5条所定の地域森林計画の対象森林であることをも考え併せれば,本件保安林は,コンクリートで覆われた無立木地を含め,植生の回復が見込まれるものと認めることができる。

したがって,本件保安林は,森林に復旧することが著しく困難であるとは認められないというべきである。

(4)  まとめ

以上によれば,本件保安林は,本件解除基準2号に該当するとはいえない。

5  本件解除基準3号該当性について

(1)  代替施設等の設置の有無及びその確実性

本件においては,本件解除申請時,本件保安林土地に代替施設の設置があったとは認められない。したがって,本件解除基準3号に定める「当該保安林の機能に代替する機能を果たすべき施設等が設置されたとき又はその設置が極めて確実と認められるとき」に該当するかどうかを判断するには,同時点において,代替施設の設置が極めて確実と認められたかどうかが問題となる。

ところが,本件申請書類(甲22,乙21)には代替施設に関する記載はないし,その他,これを認めるに足りる証拠はない。

(2)  被控訴人の主張について

ア 被控訴人は,本件解除申請に先立ち,森林保全課の担当者に対し,代替施設として,乗馬クラブを設置することを申告し,その具体的な計画図面も提出しているほか,同施設の周囲を樹木で囲む旨を述べた旨主張する。そして,前記1で認定(原判決28頁10行目から29頁10行目までを引用)したとおり,被控訴人の代理人であるとするCが,平成22年5月27日から同年9月7日までの間,振興局担当官等に対し,乗馬クラブ施設に転用することを理由とし,保安林指定の解除申請をすることを前提とした行政指導を求めること等の相談をしていた事実が認められる。

イ しかしながら,前記1で認定(原判決27頁8行目から28頁9行目までを引用)したとおり,Cは,乗馬クラブへの転用を前提とする相談をする前にも,平成21年2月10日以降,振興局担当官等に対し,本件各土地につき,資材置場,住宅,産業廃棄物最終処理場及びオートキャンプ場へと転用目的を次々と変え,それぞれこれらを前提とする相談をしていた上,平成22年11月25日以降は,上記のような開発計画による本件保安林指定解除の申請ではなく,指定理由が消滅したことを理由とする申請をするとして,振興局担当官に対し,相談等をするに至ったものである。そして,本件全証拠によっても,被控訴人は,Cを通じ,振興局及び森林保全課の各担当官から土地利用計画図のみで本件保安林指定の解除の可否を判断できるものではないとの説明を受けたにもかかわらず,乗馬クラブを含め,上記各転用に係る施設等につき,単なる土地利用計画図面以上に,それらの実現を図るための何らかの準備行為を行っていた形跡は認められない。

ウ このような経緯によれば,被控訴人は,当初から本件保安林指定の解除を受けることそのものが目的であって,上記各転用目的は,これを実現するための手段ないし口実ではなかったのかとの疑問を拭えないといわなければならない。そして,上記イで認定したように,被控訴人が,乗馬クラブへの転用を前提とする相談をしていたのは,約半年間のことにすぎず,その後は,同計画について相談していなかった。したがって,乗馬クラブの設置が極めて確実であったとは認められない。

エ 以上によれば,被控訴人の前記アの主張は認められない。

(3)  まとめ

以上によれば,本件保安林は,本件解除基準3号に該当するとはいえない。

6  本件解除基準4号該当性について

(1)  受益の対象を害するおそれの有無

本件解除基準4号が定める「森林施業を制限しなくても受益の対象を害するおそれがないと認められるとき」とは,長期間の管理により,十分な土壌の生成等が認められ,土砂の流出等が認められなくなった場合などが考えられる。

しかしながら,前記3のとおり,本件保安林については,豪雨時に土砂が下流に流下することや,下流部にある道路に洪水が氾濫し,同時に土砂が氾濫堆積することなどが推定されるのであるから,土砂の流出等が認められなくなったなどとはいえない。

(2)  被控訴人の主張について

被控訴人は,本件保安林土地は,既に機能を失い,事実上,森林施業が制限されていない状態であるにもかかわらず,受益の対象を害する事態は生じていないなどと主張する。

しかしながら,上記(1)のとおり,本件保安林土地は,土砂の流出等が認められなくなったなどとはいえないから,その主張は採用できない。

(3)  まとめ

以上によれば,本件保安林は,本件解除基準4号に該当するとはいえない。

7  被控訴人の本件請求について

前記3ないし6によれば,本件解除申請については,本件解除基準1ないし4号の各事由が存するとは認められないから,これを不許可とした本件不解除処分は適法である。そうすると,これを前提とする本件義務付けの訴えは,その前提を欠くものであり,不適法であるといわなければならない。

第4結論

以上によれば,被控訴人の訴えのうち,処分行政庁に対して本件保安林指定の解除の義務付けを求める部分は,不適法であるから却下し,被控訴人のその余の請求は,理由がないから棄却すべきであるところ,これと結論を異にする原判決は相当でない。

よって,原判決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中敦 裁判官 善元貞彦 裁判官 竹添明夫)

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