大阪高等裁判所 平成27年(行ス)21号 決定 2015年6月15日
主文
1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
第1抗告の趣旨
1 原決定を取り消す。
2 処分行政庁が平成27年6月8日付けで抗告人に対してした除却命令は、本案事件の判決が確定するまで、その執行を停止する。
第2事案の概要
本件本案事件は、処分行政庁の管理する道路であるa駅前地下街において、原決定にいう本件店舗(以下、略称は原決定の例による。)を経営して道路の一部を占有している抗告人が、処分行政庁から本件命令(道路法71条1項に基づく除却命令)を受けたことから、その取消を求めた事案である。本件は、本案事件の提訴に併せて、本件命令の執行停止(手続の全部の続行の停止)を求めた事案である。
原審は、抗告人に「重大な損害を避けるため緊急の必要」(行訴法25条2項本文)があるとは認められないとして、申立てを却下したので、抗告人が、原決定の取消と、執行停止決定を求めて、即時抗告を提起した。
2 前提事実
一件記録によれば、以下の事実が一応認められる。
(1) 当事者
ア 抗告人は串カツ店を営む会社であり、市道南北線の地下に存在する地下道の一区画である本件区画5.32m2(大阪市b区○○c丁目a駅前地下街〔省略〕)において、本件店舗を営業している。(疎甲1の1~10、乙5、7、45)
イ 相手方は、市道南北線の道路管理者であり、本件区画を管理している。(疎乙45)
(2) 本件命令の経緯等
ア 抗告人は、昭和29年6月頃から本件区画を使用しており、遅くとも平成17年4月1日から平成26年3月31日までの間、毎年、占用期間を申請年の4月1日から翌年の3月31日までとする道路占用更新許可(占用料は年間15万6024円)を受けていた。(疎甲1の1~9、乙36)
イ 処分行政庁は、平成26年1月16日付けで、抗告人に対し、「a駅前地下道の整備に伴う道路占用許可の今後の取扱いについて」と題する書面を送付し、a駅前地下道の拡幅整備、及び老朽化した地下道全体のリニューアル整備を実施することになり、現在占用許可を受けている本件区画は、同年10月1日以降使用できず、整備後の地下道を再度占用することもできず、同年3月31日以後の占用更新については、許可期限を同年9月30日までとし、許可期限までに設置物件等を撤去のうえ、返還して欲しい旨を連絡した。抗告人は、そのような事情もあって、平成26年3月19日付けで、本件区画につき、占用期間を同年4月1日から同年9月30日までとする道路占用更新許可の申請をし、同年3月31日付けで、同申請につき許可を受けた。(疎甲1の10、甲2、乙22)
ウ 大阪市は、a駅地下道が通行量の多い重要な地下道であるにもかかわらず、途中にクランク状の部分があって通行の支障があることなどから、古くから同地下道の拡幅を計画しており、それは昭和55年に策定された都市計画に定められていた。同都市計画は、実現に至らないまま経過していたが、dビルディング及びeビルディングの建替を中心とする都市再生事業(○○f丁目g番地計画)が立案されて、その事業主体と大阪市との協議を通じて、同都市再生事業と同時施工で同都市計画の実現を図ろうとする本件工事が行われることとなった。この背景には、地下街の老朽化への対応や、耐震性の確保があり、その施工の必要性が高まっていることがあった。
本件工事の実施は、平成26年1月に、大阪市長とh鉄道株式会社(以下「h鉄道」という。)との間で「a駅前地下道の整備に関する基本協定」が締結されたことから動き出し、前記イのとおり、処分行政庁が、抗告人に対する占用許可を同年9月末までと短縮し、以後の更新がないことを告知する一方で、平成26年中に、抗告人とh鉄道との交渉が繰り返され、その中で代替物件の提示もなされたが、合意に至らないまま、日時を経過して、処分行政庁は、抗告人に対して、文書を発出するなどして、本件区画の明渡を求めた。(疎甲2ないし10〔枝番のあるものは枝番を含む。以下同様とする。〕、乙4、10、11ないし13、16、18、20ないし28、41、44、45)
エ 相手方は、平成26年10月より、a駅前地下道の拡張等を内容とする本件工事を開始した。その工事範囲には、本件区画も含まれており、本件区画を含む工区においては、現在は本件区画よりも南側にある東西地下道を北側に移設するため、本件区画を含む地下部分の工作物を除去して切り拡げる工事が予定されるとともに、地上のa駅前広場にi鉄道が東西を貫く大規模な歩道橋を設置するのに先行して、本件区画の北側に土留めのための鋼矢板を打ち込み(この打ち込み工事は既に完了している。)、歩道橋工事の進捗に合わせて、本件区画の北側にある東18号階段を拡幅するため、現在ある東18号階段の西寄りの地盤を掘削して新たに幅の広い階段を作り、本件区画を同階段に向かう通路部分とすることが予定されていた。また、本件区画を含む工区においては、抗告人を含む占用者が退去を拒絶する区画を除いて占用物件の除去等が既に完了し、平成27年7月からは仮設工が開始される予定となっている。(乙4、18、39、45)
オ 抗告人は、平成27年1月7日付けで、本件区画につき、占用期間を平成26年10月1日から平成27年9月30日とする道路占用更新許可の申請をしたが、同年2月4日付けで、同申請につき、本件工事の支障となることを理由とする本件不許可処分を受けた。(疎甲15、乙5、6)
カ 抗告人は、平成27年2月19日付けで、大阪市長に対し、本件不許可処分について異議申立てをしたが、大阪市長は、同年3月23日付けで、同異議申立てを棄却した。(疎甲16、17、乙30)
キ 相手方は、抗告人に対し、道路法71条1項に基づく除却命令を予定しているとして、平成27年5月29日付けで、抗告人に対し、弁明の機会を付与した。(疎乙31、45)
ク 相手方は、抗告人に対し、本件工事の支障となる本件区画に係る占用物件の除去を図るため、平成27年6月8日付けで、同月10日を期限として、本件店舗に係る厨房機器、冷蔵庫及び食器等動産一式を除却することを命じる本件命令をした。(疎甲19、乙32、45)
(3) 本案訴訟の提起等
抗告人は、平成27年6月10日、本案事件に係る訴えを提起するとともに、本件申立てをし、原審の決定を受けて、同月12日、本件即時抗告の申立てをした。
第3当裁判所の判断
1 争点①(重大な損害を避けるため緊急の必要があるか)について
(1) 行訴法25条2項本文は、「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」を執行停止の積極的要件とし、同条3項は、裁判所が上記の「重大な損害」を生ずるか否かを判断するに当たっては、「損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする」としているのであり、これらの規定に照らすと、上記の「重大な損害を避けるため緊急の必要」があると認められるためには、処分の執行等により生じる損害が、その性質及び回復の困難の程度の観点から重大と判断されることを要するとともに、その判断に当たっては執行されるべき行政処分の内容及び性質をも勘案しなければならないものというべきである。
(2)ア これを本件について見ると、疎明資料(疎甲11)によれば、抗告人の平成25年12月1日から平成26年11月30日までの売上高は1億3612万8146円であること、同期間の営業利益は2219万9264円(税引き後の当期純利益は1471万7783円)であること、抗告人は本件店舗でのみ営業を行っていることが認められる。したがって、抗告人は、本件命令に続いて行政代執行法に基づく代執行が行われることにより本件店舗の設備が除却され、本件店舗での営業が事実上不可能になることに伴い、上記売上げを全て失うことになる。しかし、このような損害は、金銭損害である限りは、事後的な金銭賠償により回復することが可能な損害というべきものである。
イ(ア) この点、抗告人は、原審及び当審を通じて、営業の場所を取り上げられては、抗告人は多額の負債を負い、会社の存続ができなくなるのであって、法人格のみが残るだけでは、長期にわたる法廷闘争の後に金銭賠償を得ても、現時点における売上げの一切を喪失する損失の回復は現実的に不可能である旨主張する。
しかし、本件命令に続いて行政代執行法に基づく代執行が行われても、抗告人が串カツ店の営業を行うこと自体が禁止されるわけではないから、抗告人が別の店舗において串カツ店の営業を継続し、収益を上げることは可能である(なお、串カツ店が営業に当たって特殊な物件を必要とするとは考え難く、抗告人が移転先を見付けることが困難であるとは認められない〔疎乙44の1・3・4〕。)。また、疎明資料(疎甲11)によれば、抗告人が平成26年11月30日現在、7200万円以上の現金及び預金(流動資産)を有している一方、買掛金、未払金等の流動負債は合計約2700万円にとどまるため、利益剰余金は3500万円を超えていて、抗告人はそのほとんどを現金資産として保有していることが認められる。これらの事情に照らすと、抗告人は、店舗の移転に伴う諸経費を負担し、営業休止期間中の従業員給与を負担するだけの経営体力を有しているというべきであって、移転先の立地条件等が本件店舗に比して劣り、本件店舗におけるほどの利益を上げることができない可能性があることを考慮したとしても、抗告人が、本件店舗での営業が事実上不可能になることにより、直ちに会社として存続できなくなると認めることはできない(なお、抗告人は、本件店舗での営業ができなくなることにより、抗告人の従業員らが生活の基盤を失うとも主張するが、そもそも、抗告人の従業員らは抗告人とは異なる利益主体であるから、抗告人従業員らに生じ得る損害を本件において直ちに考慮に入れることはできないし、上記のとおり、抗告人が直ちに会社として存続できなくなると認められない以上、抗告人の従業員らが直ちに生活の基盤を失うとも認められない。)。
したがって、抗告人の上記主張は採用することができない。
(イ) また、抗告人は、多くの顧客は本件店舗を「本件区画にある串カツ屋」と認識していることから、本件区画で営業を継続することに無形の価値が生じており、本件店舗が移転すれば、これが失われて、顧客離れが生じるが、その回復は困難である旨主張する。
しかし、仮に移転によって、多くの顧客が新たな店舗をこれまでとは同一のものと認識しないことや、抗告人の店舗が従前の顧客の動線から外れることによって、顧客離れが生じたとしても、移転先において新たな顧客を獲得することも可能であり、それは多くが抗告人の営業努力にもかかっているものであるから、店舗の移転により生じる顧客という無形利益の損害といえども、つまりは営業利益の喪失であって、事後的な金銭賠償により填補可能な損害というべきである。
よって、抗告人の上記主張は採用することができない。
ウ 以上の他、会社の経営は、常に種々の経営環境の変化にさらされているものであり、その経営は、将来の環境変化をも見据えてなされるべきものであって、抗告人の主張する営業上の損失は、そのような経営努力によって回復したり、填補することの可能な損害であること、本件区画が、いずれ除却の対象となることは、昭和55年告示の都市計画において明らかにされ、平成26年1月頃から具体化して、着工時期が見込まれるようになったもので、その間に、本件区画のように駅に近く人通りの多い地下街の枢要な場所で、使用料もきわめて低額といった物件は無理としても、妥協のできる移転先を探し、新たな顧客を開拓するなど、経営の方針を切り替える時間的な余裕もあったこと、抗告人の営業は、もともとが私権の設定が許されない行政財産である道路上でなされていたものであることなどを考えれば、抗告人の主張する損失は、直ちには重大な損害に当たるということのできないものである。
加えて、本件工事は、本件地下道の交通混雑の解消や耐震補強等を目的とし、地下道の拡幅や階段の付け替えを工事内容とするもので、高い公共性が認められるほか、地上の工事との協調も考慮しなければならず、予定された工程を維持する必要性も高いものであって、本件命令は、そのような本件工事の進行を図るため、本件工事の支障となる道路の占用物件の除却を求めたものであって、公益性があると認められるものである。
以上のとおり、抗告人の主張する損失の性質、特に、それが経営努力によって回復可能であることと、本件命令とその前提をなす本件工事の公共性に照らすと、抗告人に、行訴法25条2項本文に定める「重大な損害」があるとは認められないというべきである。
2 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、抗告人のした本件命令の執行停止の申立ては理由がないから、これを却下した原決定は相当である。
よって、本件抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 田川直之 裁判官 松本清隆 髙橋伸幸)