大阪高等裁判所 平成28年(う)176号 判決 2016年7月13日
主文
原判決中被告人Aに関する部分を破棄する。
被告人Aを懲役5年6月に処する。
被告人Aに対し,原審における未決勾留日数中220日をその刑に算入する。
被告人Aから金3630万6321円(当該金3630万6321円は犯罪被害財産の価額)を追徴する。
被告人Bの本件控訴を棄却する。
被告人Bに対し,当審における未決勾留日数中120日を原判決の刑に算入する。
理由
第1本件各控訴の趣意及び答弁
被告人Aの弁護人の控訴趣意は,被告人Aが贖罪寄付を行ったことを付加するほか,同弁護人作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり,被告人Bの弁護人の控訴趣意は,同弁護人作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり,これらに対する答弁は,検察官作成の答弁書に記載されたとおりであるから,これらを引用する。
論旨は,いずれも,要するに主刑及び追徴金額が重すぎるという量刑不当をいうものである。
第2控訴の趣意に対する判断
1 原判決言渡し時における事情
原審記録を調査して検討しても,被告人両名に対する原判決の量刑事情の認定,評価に誤りはなく,原判決の量刑は,その言渡し時点において,相当である。
以下,補足して説明する。
(1) 本件の概要と犯情について
本件は,被告人両名が,共犯者や氏名不詳者らと共謀の上,社会保険事務局職員等になりすまし,各被害者に医療費の還付金を受領できる旨誤信させ,現金自動預払機の操作を指示し,送金操作と気付かせないまま被告人らの管理口座に現金を振込送金する操作を行わせて虚偽の情報を人の事務処理に使用する電子計算機に与えさせ,口座残高を増加させて不実の電磁的記録を作り,財産上不法の利益を得,うち一部の口座については虚偽の情報を与えさせたが取引停止措置が講じられたため,利益を得るに至らなかった電子計算機使用詐欺,電子計算機使用詐欺未遂の事案である。
原判決は,「量刑の理由」の項目で,まず,犯情として,各犯行の手口が,高齢者を狙って電話を掛け,嘘を言ってATMを操作させ,気づかせないまま金を振り込ませる極めて巧妙なものであること,騙しの電話を掛ける役,現金を引き出す役,各役割間の連絡を中継する役など,それぞれが重要な役割を分担し合うなど組織性が高く,常習的かつ職業的で悪質であること,被害者の数は30名を超え,被害額は合計3630万円余りに上ることを指摘する。
上記各犯情の認定及び評価は,いずれも原審記録から容易に首肯できるものである。
(2) 被告人Aの役割について
原判決は,被告人Aの役割について,被告人Aは,平成26年1月頃から本件詐欺組織(以下,単に「組織」という。)に関わり,いわゆるかけ子と出し子の間を中継する役割を専ら担ったほか,被告人Bを組織に誘い,同人に指示して現金運搬役をさせ,同人が希望すれば出し子をさせて,多額の報酬を得た旨認定し,その果たした役割は大きいと評価する。
これに対し,被告人Aの弁護人は,被告人Aには,裁量が何ら与えられておらず,あらかじめ構築・確立された方法に基づいた役割を担ったに過ぎず,従属的立場である。また,その詐取金に対する報酬割合は,中継役としての前任者や,出し子よりも低いことから,組織全体の中で重要度が低いことが明らかである。かけ子と出し子が直接連絡し合えば中継役は不要であるから,被告人Aの役割は,必要不可欠なものではないし,同人が報酬として得た約82万円は多額とはいえない旨主張する。
しかし,被告人Aは,当時暴力団員であり,同じ系列の暴力団員から紹介された人物から,平成26年1月頃,組織の中継役を交互に行う形で同役割を引き継ぎ,同年4月以降は一人で中継役をし,原判示各犯行に関与することとなった。被告人Aは,出し子に当日使用できる口座を確認させ,使用できる口座をかけ子側に伝え,かけ子側から入金連絡があると,出し子側にすぐ連絡し,当日出金された現金をまとめて被告人Bに受領させ,共犯者に渡るようにしていた。組織は,中継役を置くことで,直接かけ子が出し子と話をしないで済むメリットを有し,被告人Aは,自ら入金報告や出金報告をノートに記して金を計算し,金がごまかされないようにしていた。このような中継役としての役割は,組織全体の中で重要なものであったというべきである。この点は,原審記録上,原判示各犯行に係る追徴のために保全された犯人所有に係る還付請求権の金額が,C(2145万円余り)に次いで,被告人Aの金額(473万円余り)が多かったこと,被告人A方から押収された同人作成のノートの記載内容,これに対応する電話での連絡状況等によって,裏付けられている。結局,被告人Aが果たしていた役割は大きく,そのような役割に応じた報酬を多額と評価する原判決の説示に誤りはない。所論は採用できない。
(3) 被告人Bの役割について
原判決は,被告人Bの役割を検討し,被告人Bは,被告人Aに誘われて平成25年11月頃から組織に関わり,被告人Aの指示に従って運搬役や出し子の役割を担い,少なくない報酬を得た旨認定し,その果たした役割は小さくない旨評価する。
これに対し,被告人Bの弁護人は,被告人Bは,直接被害者らを欺罔しておらず,従属的かつ間接的な関与にとどまっており,また,組織への関わりは平成26年1月以降と認定すべきで,原判決は過度に同被告人の責任を重く評価している旨主張する。
しかし,被告人Aの原審公判供述によれば,被告人Bは,被告人Aから誘われ,組織に関与し始めたが,その時期は,被告人Aがその前任者に連絡を取るより前であったと認められるから,原判決が,上記供述と整合する被告人Bの原審公判供述や検察官調書に依拠して組織への関与時期を認定したことに,不合理な点はない。また,被告人Bは,原判示各犯行を通じ,現金等の運搬役を担当し,出し子の役割も担ったときもあったのであるから,果たした役割は小さくない旨の原判決の認定に,誤りは認められない。所論は採用できない。
(4) 組織内における共犯者間の刑の均衡について
また,被告人Aの弁護人は,共犯者Dは,店長としてかけ子を統括,管理指示し,首謀者的立場のEからの指示を被告人Aに伝えていたから,その責任は,単なる中継役にすぎない被告人Aに比べ格段に重くなる。しかし,そのDには懲役6年の判決が確定しており,共犯者間の刑の均衡を考えれば被告人Aの量刑が重すぎる旨主張する。
しかし,Dが有罪とされた事実関係は,被告人Aのそれとほぼ重なってはいるが,かけ子を統括する役割と被告人Aの役割とは,それぞれ異なり,互いの責任非難の程度を単純に比較することはできない。加えて,Dが店長的立場に昇進したのは,平成26年9月頃であり,Eの細かな指示の下で行動する立場であったから,被告人Aに比べ,その責任は格段に重いという所論に,にわかに賛同できない。
(5) 被害弁償等について
さらに,被告人Bの弁護人は,原判決が摘示する合計1600万円余りの被害弁償の点は,最大限考慮されるべきで,また,一連の捜査において押収された現金約2000万円が還付されれば,被害金額についてほぼ全額の返金がなされる可能性があることを指摘し,被告人Bの量刑が重すぎる旨主張する。
しかし,量刑判断は,生じた結果のみならず,態様や共犯者中の役割,一般情状等を総合して考慮されるものであって,被害弁償の点を評価するにも限度がある。なお,追徴保全された犯人所有に係る還付請求権は,原判示各犯行のみならず,一連の犯行として実行された,犯罪被害財産等による被害回復給付金の支給に関する法律5条1項にいう支給対象犯罪行為全体に対する給付資金に充てられるから,本件被害金額の返金にもっぱら充てられることを前提とする所論は,採用できない。
(6) 追徴について
被告人Aの弁護人は,追徴は犯罪行為によって得た利得を剥奪することが目的であるから,報酬分配割合が明らかな本件ではその割合に限られるべきであるし,被告人Aは報酬分を上回る被害弁償金を既に拠出しているから,追徴の必要性は存しない旨主張する。
また,被告人Bの弁護人は,追徴の趣旨によれば,被害弁償がなされている場合にはその限度で減額されるべきであるし,押収された現金があり,将来被害者への還付が想定される場合にもその限度で追徴金額は制限されるべきであるし,また各共犯者それぞれに被害金額全額を追徴することは,合計額が犯罪収益額を超えることとなり,許されないと解すべきであるなどとして,全額あるいは,被害弁償済及び押収された現金の合計3600万円余りについては追徴されるべきではない旨主張する。
しかし,組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律に基づく没収・追徴は,不法な収益の循環を断ち切り,不法な収益を全面的に剥奪することにより,経済面から組織犯罪を禁圧する趣旨に出たものであるから,共同正犯が成立する以上,没収・追徴という付加刑についても,原則として全部の責任を負うべきであるが,同法に基づく没収・追徴は任意的なものであるから,科すか否か,科すとしてどの範囲で科すかについて,裁判所の裁量を認める趣旨と解される。本件では,確かに報酬分配割合が明らかではあるが,事案の性質,内容上,不法収益の流れ全てが解明されたとは到底いえない上,被告人両名及び共犯者においてなされた被害弁償についても,一連の行為の被害者を含めて公平に実施されたとは認められず,被害弁償により追徴の目的が達成されたとはいえない。また,被告人両名にそれぞれ被害金額全額を追徴することで超過追徴が生じるおそれがあるというが,超過追徴は執行段階で調整されるので理由とならない。被告人両名に対し,金3630万6321円を追徴することとした原判決の判断は,相当であって,裁量の逸脱はない。所論はいずれも採用できない。
(7) まとめ
その余の所論を踏まえた上,原判決が有利な事情として指摘する被害弁償,それに対する被告人両名の拠出額,前科関係の時期や有無,反省の態度,監督関係等を考慮してみても,被告人Aを懲役6年及び金3630万6321円の追徴に処し,被告人Bを懲役4年及び金3630万6321円の追徴に処した原判決の量刑は,その言渡し時点において,これが重すぎて不当であるとはいえない。
2 被告人Bについて
当審における事実取調べの結果によれば,被告人Bは,当審公判廷において,更に反省を深める姿勢を示し始めていることが認められるが,その点を考慮しても,被告人Bに対する原判決の量刑は,現時点においてもなお重すぎて不当とはいえない。
被告人Bの弁護人の論旨は理由がない。
そこで,刑訴法396条により被告人Bの本件控訴を棄却することとし,当審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人Bに負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用する。
3 被告人Aについて(自判)
当審における事実取調べの結果によれば,被告人Aは,原判決後,更に反省を深め,その意を表するため,100万円の贖罪寄付を行ったことが認められる。
この事実に加え,捜査段階において被告人Aが捜査に協力し,事案解明に貢献したと認められる点や,被告人Aの弁護人が所論で指摘するような妻の体調等を考慮すると,被告人Aに対する原判決の量刑は,現時点において,その刑期の点で,やや重すぎるものになったというべきである。
よって,刑訴法397条2項により原判決中被告人Aに関する部分を破棄し,同法400条ただし書に従い直ちに次のとおり自判する。
原判決が認定した事実に同挙示の法令(ただし,併合罪加重を含む。)を適用して,その刑期の範囲内で被告人Aを懲役5年6月に処し,刑法21条を適用して,原審における未決勾留日数中220日をその刑に算入し,原判示の犯行により犯人が得た3630万6321円相当の財産上の利益は組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律13条1項1号の犯罪収益であり,犯罪被害財産であるが,既に払い戻されるなどされて没収することができないから,同法16条2項,1項本文,13条3項1号を適用して,その価額を被告人Aから追徴し,同法18条の2第1項により,当該金3630万6321円が犯罪被害財産の価額である旨を示すこととし,原審における訴訟費用については,刑訴法181条1項ただし書を適用してこれを被告人Aに負担させないこととする。
(裁判長裁判官 後藤眞理子 裁判官 杉田友宏 裁判官 樋上慎二)