大阪高等裁判所 平成28年(う)303号 判決 2016年12月13日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は,主任弁護人古市敏彰作成の控訴趣意書,意見書及び控訴趣意補充書に記載されたとおりであり,これに対する検察官の答弁は,「控訴趣意は理由がない」というもののほか,検察官内田匡厚作成の意見書及び「意見書(補充)」と題する書面に記載されたとおりであるから,これらを引用する(なお,控訴趣意書第2の事実誤認の主張は,量刑の基礎となる事実についての誤認をいうものであるから,量刑不当の一部として取り扱う。)
論旨は,法令適用の誤り及び量刑不当の主張である。
第1控訴趣意中,法令適用の誤りの主張について
1 控訴趣意の要旨
本件は,被告人が,原判示の普通乗用自動車(以下「被告人車両」という。)を運転して,A(以下「A」という。)が運転しB(以下「B」という。)及びC(以下「C」という。)が後部座席に同乗した原判示の普通自動二輪車(以下「被害車両」という。)を追走するに当たり,被害車両の通行を妨害する目的をもって,被害車両に著しく接近し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で運転して,Aに高速度で走行し,的確な運転操作をできなくさせるなどして,被害車両を道路左側の縁石に接触させ,被害者らを同車もろとも路上に転倒させるなどして,Aを死亡させ,B及びCに傷害を負わせたとして,平成25年法律第86号による改正前の刑法208条の2第2項前段の危険運転致死傷罪(以下「本件罪」という。)に問われている事案であるが,原判決は,本件罪にいう「人又は車の通行を妨害する目的」(以下「通行妨害目的」という。)は,人や車の通行を妨害することを積極的に意図していなくとも,自分の運転により人又は車の通行の妨害を来すことが確実であると認識して当該運転行為に及んだ場合にも肯定されると解した上,被告人には,上記のような認識があったと認められるとして,本件罪の成立を認めたが,通行妨害目的とは,人や車の通行を妨害することを積極的に意図することと解するのが相当であり,仮に,上記のような認識で足りるとしても,被告人にはそのような認識はなかったから,被告人に通行妨害目的があったとはいえず,本件罪は成立しないから,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある。
2 当裁判所の判断
原判決が,被告人に通行妨害目的があったとして本件罪の成立を認めたことは,結論において正当であり,原判決に所論のような法令適用の誤りがあるとはいえない。
その理由は次のとおりである。
(1) 本件公訴事実の要旨
本件公訴事実の要旨は,「被告人は,平成24年9月▲日午前4時33分頃,兵庫県加古川市内で,被告人車両を運転し,A(当時17歳)が運転し,後部座席にB(当時15歳)及びかねてからの知人であるC(当時17歳)が乗車している被害車両を追走中,被害車両の通行の妨害をしようと企て,その頃から同日午前4時35分頃までの間,最高速度が時速40㎞に指定されている道路を約1900mにわたり,警音器を吹鳴させながら,重大な交通の危険を生じさせる速度である時速60㎞ないし95㎞の高速度で被告人車両を運転して被害車両を追い上げ,同車の後方約1.1mないし約30mまで著しく接近させるとともに,被害車両と並走しようとして同車の右後方約55㎝まで被告人車両左側部を著しく接近させるなどして,Aに,被告人車両と同等以上の高速度で走行させ,的確な運転操作等を出来なくさせて,道路左側の縁石に被害車両を衝突させ,同車もろとも被害者らを路上に転倒させるなどして,Aを死亡させ,Cに加療約2か月間を要する左腓骨骨折等の,Bに加療16日間を要する左手関節捻挫等の傷害を負わせた。」というものである。
(2) 原審における審理の経過等
ア 被告人は,被告人車両を運転して,被害車両を追走し,被害車両に著しく接近し,かつ,重大な危険を生じさせる速度で運転したことは間違いないが,Aらがヘルメットなしでバイクに3人乗りしているのを見て,危ないから止めようと考えて追走しただけで,通行妨害目的はなかったと主張した。
イ これに対して,検察官は,被告人が実際にどういう意図で今回のような行為を行ったのかは不明であるが,車の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図していなくとも,自分の運転により車の自由かつ安全な通行の妨害を来すことが確実であると認識して当該運転行為に及んだ場合には,通行妨害目的が肯定されると解するのが相当であるところ,被告人にはそのような認識があったから,本件罪が成立する旨主張した。
被告人は,通行妨害目的が肯定されるためには,車の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図していることが必要であり,仮に,検察官主張のような認識で足りるとしても,被告人にはそのような認識もなかった旨主張した。
ウ 原判決は,本件罪にいう通行妨害目的は,運転の主たる目的が人又は車の自由かつ安全な通行の妨害を積極的に意図することになくとも,自分の運転によって上記のような通行の妨害を来すことが確実であることを認識して当該運転行為に及んだ場合にも肯定されると解した上,被告人にはそのような認識があったと認定して,本件罪の成立を認めた。
(3) しかし,通行妨害目的に関する原判決の解釈は是認できない。
すなわち,
ア 本件罪の立法経過等に鑑みると,本件罪が「走行中の自動車の直前に進入し,その他通行中の人又は車に著しく接近し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し」たこと(以下「危険接近行為」という。)に加えて,主観的要素として,通行妨害目的を必要としたのは,従前,業務上過失致死傷罪等で処断されていた行為のうち,極めて危険かつ悪質で,過失犯の枠組みで処罰することが相当でないものについて,故意犯と構成することによって,その法定刑を大幅に引き上げる一方,後方からあおられるなどして自らに対する危険が生じ,これを避けるために,危険接近行為に及んだ場合など,悪質とまでいい難いものについては,本件罪の成立を認めないとすることにより,処罰範囲の適正化を図ったものと解される。
そうすると,本件罪にいう通行妨害目的の解釈は,上記のような立法趣旨に沿うものである必要があると考えられるところ,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図して行う危険接近行為が極めて危険かつ悪質な運転行為であることはいうまでもないが,危険回避のためやむを得ないような状況等もないのに,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げる可能性があることを認識しながら,あえて危険接近行為を行うのもまた,同様に危険かつ悪質な運転行為といって妨げないと考えられる。したがって,そのような場合もまた,通行妨害目的をもって危険接近行為をしたに当たると解するのが合目的的である。
ところで,本件罪は目的犯とされているから,通行妨害目的の解釈も,目的犯における目的の解釈として合理的なものである必要があるところ,目的犯における目的の概念は多様であり,各種薬物犯罪における「営利の目的」のように積極的動因を必要とすると解されているものもあれば,爆発物取締罰則1条の「治安ヲ妨ゲ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスル目的」のように未必的認識で足りると解されているものもあり,さらに,背任罪における図利加害目的のように,本人の利益を図る目的がなかったことを裏から示すものという解釈が有力なものもある。これを本件罪についてみると,本件罪において通行妨害目的が必要とされたのは,外形的には同様の危険かつ悪質な行為でありながら,危険回避等のためやむなくされたものを除外するためなのであるから,目的犯の構造としては,背任罪における図利加害目的の場合に類似するところが多いように思われる。そうすると,本件罪にいう通行妨害目的は,目的犯の目的の解釈という観点からも,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図することのほか,危険回避のためやむを得ないような状況等もないのに,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げる可能性があることを認識しながら,あえて危険接近行為を行う場合も含むと解することに,十分な理由があるものと考えられる。
以上のとおり,本件罪にいう通行妨害目的は,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図して行う場合のほか,危険回避のためやむを得ないような状況等もないのに,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げる可能性があることを認識しながら,あえて危険接近行為を行う場合をも含むと解するのが,立法趣旨に沿うものであり,かつ,目的犯の目的の解釈としても,理由のあるものと考えられるから,結局,本件罪の通行妨害目的は,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図して行う場合のほか,危険回避のためやむを得ないような状況等もないのに,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げる可能性があることを認識しながら,あえて危険接近行為を行う場合も含むと解するのが相当である。
イ 原判決は,本件罪にいう通行妨害目的は,運転の主たる目的が人や車の自由かつ安全な通行の妨害を積極的に意図することになくとも,自分の運転によって上記のような通行の妨害を来すことが確実であることを認識して当該運転行為に及んだ場合にも肯定されると解するとして,東京高等裁判所平成25年2月22日判決・高刑集66巻1号3頁を援用しているから,同判決同様,そのような認識で当該行為に及んだ場合,自己の運転行為の危険性に関する認識は通行の妨害を主たる目的とした場合と異なることがないことを,上記のような解釈を採る理由としているものと解されるが,認識の程度が同じであればなぜ目的があるといえるのか不明であるし,なにより,そのような解釈を採ると,自分の運転行為によって通行の妨害を来すことが確実であることを認識していれば,後方からあおられるなどして自らに対する危険が生じこれを避けるためやむなく危険接近行為に及んだ場合であっても本件罪が成立することになり,立法趣旨に沿わないものと考えられる。また,原判決がいう「確実であることを認識して」とは,結局のところ,確定的認識をいうものと解されるが,確定的認識と未必的認識は,認識という点では同一であり,ただその程度に違いがあるにとどまるに過ぎない上,その判定は,確定的認識について信用できる自白がある場合や,犯行の性質からこれを肯定できる場合はともかく,当時の状況等から認識自体を推認しなければならない場合には,甚だ微妙なものにならざるを得ないから,そのような認識の程度の違いによって犯罪の成否を区別することが相当とも思われない。
検察官は,目的犯における「目的」の意義は多様であり,外国国章損壊(刑法92条)等のように,その目的が,構成要件的行為自体,または,その付随現象から,おのずと実現されるため,客観的構成要件該当事実を認識していれば,同時に,目的を有しているとも見られる犯罪類型にあっては,未必的認識で目的が充足されるとすると,故意とは別に目的を要求した意味がなくなり,そのため,このような場合の目的としては,目的の実現に対する未必的認識では足りず,目的が実現することを確実なものと認識することが必要であると解すべきであるとした上で,通行妨害目的は,まさにこのような場合であるから,相手方の自由かつ安全な通行を妨げることが確実であることを認識することが必要であり,このような認識がありながら,あえて危険接近行為に及ぶような場合には積極的な意図がある場合と同視し得るとして,通行妨害目的についての原判決の解釈に誤りはないというが,認識があることを前提としながら,その認識の程度によって犯罪の成否を区別するのが相当でないことは前記のとおりである。なお,検察官のように,「通行妨害目的」を肯定するためには通行妨害について確定的認識が必要と言い切ってしまうと,嫌がらせ目的で危険接近行為をしたが,通行妨害についての認識は未必的であったという場合,本件罪は成立しないことになりそうであるが,それが妥当であるかも疑問である。
一方,弁護人は,本件罪の立法過程では,行為者の主観的事情として,人の死傷に対する認識認容を求めないものとしたために,処罰範囲の拡大が懸念され,暴行や傷害等に準じた重い刑罰に見合った「極めて危険かつ悪質なもの」に処罰範囲を限定し,かつ,その範囲を明確にするために目的犯とされ,この点について,立法担当者が,「妨害する目的で著しく接近し」とは,「相手方が自車との衝突を避けるために急な回避措置を余儀なくされる」ことを「積極的に意図して自車を相手方の直近に移動させること」をいう旨明らかにしているから,本件罪では,客観的行為態様に加えて,主観をも考慮に入れて行為の危険性を判断しなければならないのであり,通行妨害目的が認められるためには,確実な認識が必要であるとともに,積極的意図も必要である旨主張する。
しかし,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図して行う危険接近行為が極めて危険かつ悪質な運転行為であることはいうまでもないが,危険回避のためやむを得ないような状況等もないのに,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げる可能性があることを認識しながら,あえて危険接近行為を行うのもまた,同様に極めて危険かつ悪質な運転行為といって妨げないと考えられることは,前記のとおりである。
ウ 以上の次第で,本件罪の通行妨害目的には,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図する場合のほか,危険回避のためやむを得ないような状況等もないのに,人又は車の自由かつ安全な通行を妨げる可能性があることを認識しながら,あえて危険接近行為を行う場合も含むと解するのが相当である。
(4) そこで,さらに,上記の観点から,本件について,通行妨害目的が認められるか検討する。
ア まず,関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 本件犯行当時,被告人は,被告人車両を,助手席にY(以下「Y」という。)を乗せて運転しており,一方,Aは,乗車定員2名,総排気量390ccのオートバイである被害車両を,後部座席にB及びCを乗せて運転していた。
(イ) 被告人は,平成24年9月▲日午前4時33分頃から同日午前4時35分頃までの間,指定最高速度時速40㎞で,追い越しのための右側部分はみ出し通行が禁止された片側一車線の県道を,約1.9㎞にわたり,クラクションを鳴らし,ヘッドライトをパッシングさせるなどしながら被告人車両を運転して被害車両を追走した。
そして,その際,
a 時速約60㎞で被害車両を追走しながら,同車後方約1.1mに接近したり,同車と併走しようとして同車右後方約55㎝に接近したり,
b 被害車両が加速すると,同様に加速して,時速約100㎞で走行する被害車両の後方約30mを時速約95㎞で追走した上,同車後方約3.9mないし約2.5mまで接近したり,
c 被害車両が転倒する直前には,時速約60㎞ないし65㎞で進行する同車後方を約5.8mに接近したりした。
(ウ) そのため,Aは,運転を誤り,進行方向左側の歩道縁石に被害車両を接触させ,同車は,A,B及びCもろとも転倒した。
(エ) なお,上記県道は,上記約1.9㎞の区間において,比較的緩やかなカーブや直線が続く道路であり,特に,事故現場付近は比較的長い直線の後に緩やかに進行方向右側に湾曲するカーブが始まっており,その幅員は約10.2mであった。
イ 被告人の供述
被告人は,原審公判廷で,「コンビニエンスストアの駐車場に被告人車両を停車していたところ,被害車両が前の道路を通過し,知り合いのCが同車両の一番後ろに乗っていることに気が付いた。Aはヘルメットをかぶっていたが,BやCはヘルメットをかぶっていなかった。それを見て危ないという気持ちと,一緒に話をしようという気持ちから,被告人車両を発進させた。Cがこちらに気が付けば止まるだろうと思っていた。追い掛ける際には被害車両との距離に注意していた。Yは継続的にCの名前を呼んで,止まれなどと言っていた。Cはちらちらとこちらを見ており,その様子からCであると確信をした。Yの声が届くように,被告人車両を被害車両の斜め後ろに近づけたこともある。被害車両を止める目的で,被害車両の追走を続けた。」などと供述し,当審公判廷でも,同旨の供述をしている。
ウ 前記アで認定した事実によれば,被害車両は,被害者3名が乗車し,それ自体通常より不安定な状態にあり,これに外部から緊張を強いるような状況が加わるなどすると,運転操作を誤る危険が多分にあったというべきところ,被告人の被害車両に対する追走の態様は,クラクションを鳴らすなどしながら指定最高速度を超える高速度で追走し,その間,被害車両の後方約1.1mや同車右後方約55㎝に接近したり,被害車両が被告人車両を振り切るため時速約100㎞に加速し,車間が約30mにまで開くと,被告人車両を時速約95㎞に加速するなどして,同車後方約3.9mないし約2.5mにまで再接近した上,被害車両が転倒する直前には,同車後方約5.8mに迫っていたというもので,Aに被告人車両との衝突等を回避するため,無理な運転を強いる可能性が相当に高かったものというべきである。
そして,被告人は,当時,被告人車両を運転して,上記の状況を体験認識していたのだから,被害車両が被告人車両の運転行為により,自由かつ安全な運転を妨げられる危険の高いことを認識していたものと推認できる。被告人自身,原審公判廷で,同旨の供述をしている。
そこで,さらに,被告人が,被害車両の自由かつ安全な通行を妨げる積極的意図を有していたかについて検討すると,被告人のこの点に関する供述は前記のとおりであり,要するに,被告人は,Aらに,被告人らに気が付かせ,被害車両を止めようとしたに過ぎずに,上記のような積極的意図はなかったというものである。そして,実際,被告人は,コンビニエンスストアの前の道路を通過した被害車両を見て,本件追走を開始したに過ぎず,その際,あるいは,それ以前に,被告人が被害者らに対して悪意や害意等を抱くような事情があったことをうかがわせる証拠はなく,また,本件運転行為は約2分間の間に行われたもので,長時間にわたって被害車両を追い掛け回したわけではなく,その間の被告人の運転行為も,上記のとおり甚だ危険なものではあるが,被告人が供述する意図と矛盾するものとまではいえない。こうした事情に照らすと,被告人の上記供述の信用性を否定することはできず,被告人が被害車両の通行を妨害する積極的意図を有していたと認めることは困難である。
しかし,被告人の意図が上記のようなものであったとしても,被害者らはバイクに3人乗りし,そのうち2人はヘルメットを被っていなかったとはいえ,被害車両は普通に走行していて,直ちに転倒が危惧されるという状況にはなかったのだから,被告人が本件のような危険な追跡行為をして被害車両を止めようとすることが正当化されるような事情はなかったことが明らかである。そして,被告人は,Aの運転行為を見て,その危険性の程度,すなわち,その運転行為が緊急の手段を講じても直ちに中止させなければならないほど危険なものでないことは容易に理解できたはずだから,上記の事情は十分認識していたものと推認できる。被告人は,当審公判廷で,警察に通報する等の他の適切な手段を思いつかなかったと供述しているが,被害車両の危険性に関する被告人の理解が上記のようなものである以上,そのことは,上記推認を左右するものではない。
以上によれば,被告人は,被害車両の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図していたとは認められないけれども,危険回避のためやむを得ないような状況等もないのに,被害車両の自由かつ安全な通行を妨げる可能性があることを認識しながら,あえて危険接近行為を行ったものと認められるから,本件罪にいう通行妨害目的があったというべきである。
(5) 結語
以上の次第で,被告人に通行妨害目的が認められるとして本件罪が成立するとした原判決は結論において正当であり,原判決に,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあるとはいえない。
論旨は理由がない。
第2控訴趣意中,量刑不当の主張について
1 控訴趣意の要旨
被告人を懲役3年6月に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり,刑期を減じた上,刑の執行を猶予するのが相当である。
2 当裁判所の判断
(1) 本件は,被告人が,普通乗用車を運転し,Aが運転し,B及びCが後部座席に乗車したオートバイ(被害車両)の通行を妨害する目的で,約1.9㎞にわたって追走し,その間,指定最高速度40㎞毎時を超える時速約60㎞ないし90㎞で追い上げ,あるいは,右後方約55㎝や後方約1.1mないし約5.8mにまで接近するなど,被害車両に著しく接近し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で運転して,Aに被告人車両と同等以上の高速度で走行させ,的確な運転操作等をできなくさせて,被害車両を道路縁石に接触させ,Aらもろとも同車を転倒させるなどして,Aに上行大動脈起始部断裂及び左右心耳破裂の傷害を負わせてその場で死亡させるとともに,Cに加療約2か月間を要する左腓骨骨折,左前腕挫創,左下腿挫創,左膝打撲,左膝挫創の傷害を,Bに加療16日間を要する左手関節捻挫,左肘関節打撲・表皮欠損創の傷害を負わせたという事案である。
(2) 原判決は,要旨,次のように判示して,本件犯情に照らすと,危険運転致死傷罪全体の中ではやや軽い部類に属し,特に,通行妨害事案の中ではかなり軽い部類に属するが,刑の執行を猶予するのを相当とする事案とはいえないとして,被告人を懲役3年6月に処している。
ア 犯情について
被告人は,被害車両が3人乗りで危ないから止めようなどの考えから追走を開始したもので,害意等もなかったが,Aらが被告人車両を暴走族狩りと誤信して逃走しようとしていることを認識しながら,なおも追走を継続しており,その間の接近状況等に照らせば,追走態様は危険かつ悪質であり,1名死亡,2名負傷という結果も重大で,Aらの恐怖も大きい。
もっとも,追走時間は約2分でさほど長くなく,その間,終始時速100㎞近い高速度で走行したり,極端に接近し続けたわけでもなく,被害車両の直前に侵入したり,追い越したりもしていない。被告人は,追走中,被害車両との衝突を回避しようとしており,実際に接触してもいない。
転倒事故の発生には,無免許で,運転技術に乏しいAが排気量の大きな被害車両を3人乗りで,夜間,高速度で運転したことも相当程度影響している。
そうすると,被告人の行為は,危険運転致死傷罪全体の中ではやや軽い部類に属し,特に,通行妨害事犯の中ではかなり軽い部類に属する事案というべきであるけれども,本件の罪質及び犯情に鑑みると,本件が執行猶予を相当とする事案であるとは認められない。
イ 一般情状について
Aの遺族らに対して被告人が加入していた任意保険により適正額の賠償がされると見込まれる。
Aの両親が被告人に対して厳しい処罰感情を示しているのも当然といえるが,被告人の当時の年齢や事故の責任に対する認識に鑑みれば,謝罪しなかったことを余りに厳しく非難するのはためらわれる。
被告人は,本件後しばらく速度超過等の交通違反を繰り返しており,反省が甘かったと見られても仕方がないが,その後,本件に関する事故の責任の重さを自覚し,反省を深めつつある。
被告人が,本件犯行当時,前科も保護処分歴もない19歳になったばかりの少年で,速やかに事件が家庭裁判所に送致されていれば,保護処分や刑事裁判を受ける可能性もあったが,初期の頃から捜査に協力したにもかかわらず,約3年間不安定な地位におかれていた。
また,被告人は,事件前後を通じて真面目に働いてきた。
(3) 原判決の上記評価及び量刑判断は,本件の犯情等に照らし,正当として是認することができる。なお,原判決は,被告人は,Aらが被告人車両を暴走族狩りと誤信して逃走しようとしていることを認識していたと認定しているが,被告人が,Aらが被告人車両を暴走族狩りと誤信していたと認識していたことを認めるべき証拠はなく,この点は誤りというほかないが,いずれにせよ,被告人は,Aらが逃走しようとしていることを自体は認識していたのだから,そのことは量刑判断の当否に影響を及ぼすものではない。
(4) これに対して,所論は,以下のような指摘をして,被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当であると主張する。
ア 本件の動機は,知人が危険な運転をしているのをやめさせようとしていたというもので,動機に酌量の余地がある。被告人は,被害者らが加速したにもかかわらず,再度,追走を続けているが,その距離は約1.1㎞で,時間も1分もないものであり,被告人らは,事故直前まで,被害者らを止めようとしていたもので,被害者らが被告人らを暴走族狩りと誤信して逃走している可能性は認識していたものの,被害者らが被告人らの方をちらちらと見ていたことから,もう少しで気付いてくれるかもしれないと思って追走を続けてしまったという側面もある。
イ 被告人は,本件犯行当時少年であり,少年として審理されていれば,保護処分の可能性や少年の刑事事件としての特則が適用され得る立場にあったところ,本件の処分が遅れたのは,被告人の責めに帰すべき事由によるものではなく,捜査に時間がかかったことによるもので,被告人が,本来であれば,少年として処分を受ける立場にあったことを考慮すべきである。
ウ 本件は,危険運転致死傷罪の限界事例であり,成立罪名が変わっていた可能性があったことも考慮すべきである。
エ 本件結果が発生したことには,無免許でオートバイに3人乗りするという被害者側にも原因がある。被告人が任意保険に加入しており,被害者らに相応の賠償がなされる見込みがある。被告人はこれまで真面目に働いてきており,母親や雇用主といった監督者がいる。
しかし,所論が指摘するア,イ,エの事情は,おおむね,原判決が量刑の理由の項で取り上げ,適切に評価しているものであり,ウについても,本件がこれまで危険運転致死傷罪が成立するとされてきたものとやや類型を異にするものであることは所論のとおりであるが,その点は,害意等がなかったなどという評価によって,適切に考慮されている。
その他,所論に鑑み,指摘の点を改めて検討しても,原判決のこれらの点についての評価やそれを総合した本件の量刑判断に不合理な点があるとは認められず,被告人を懲役3年6月に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。
論旨は理由がない
なお,原判決は,法令の適用の項で,罰条を判示するに当たり,「Aに対する危険運転致死の点並びにB及びCに対する各危険運転致傷の点はいずれも平成25年法律第86号による改正前の刑法208条の2第2項前段,1項前段に該当する」とするのみで,さらに,各行為が上記改正前の刑法208条の2第1項前段のどの部分に該当するかを記載していないが,「刑法54条1項前段,10条により1罪として最も重いAに対する危険運転致死の罪の刑で処断する」として科刑上の一罪の処理をしていることからみて,Aに対する危険運転致死の点が上記改正前の刑法208条の2第2項前段,1項前段(致死の場合)に,B及びCに対する各危険運転致傷の点がいずれも同法208条の2第2項前段,1項前段(致傷の場合)にそれぞれ該当するとしているものと理解できるから,この点はまだ,理由不備や判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りに当たるとはいえない。
また,原審では,刑訴規則217条の33所定の書面の提出のないまま,Aの実父母から委託を受けた弁護士が,被害者参加人弁護士として,判決宣告期日を除く原審第1回ないし第4回公判期日に出席しているが,同弁護士は公判期日に出席したのみで,何ら他の訴訟行為をしていないから,この点も判決に影響を及ぼすものとはいえない。
よって,刑訴法396条により,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第1刑事部
(裁判長裁判官 福崎伸一郎 裁判官 野口卓志 裁判官 酒井英臣)