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大阪高等裁判所 平成28年(う)457号 判決 2016年7月07日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役1年2月に処する。

この裁判確定の日から3年間上記刑の執行を猶予する。

被告人をその猶予の期間中保護観察に付する。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人山口亮作成の控訴趣意書及び同補充書並びに弁論要旨に各記載のとおりであるから,これらを引用する。論旨は,被告人を懲役10月の実刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり,刑の執行を猶予すべきである,というのである。

そこで,原審記録を調査して検討すると,本件は,被告人が,スーパーマーケットで衣料品や缶酎ハイ,食料品等20点(販売価格合計9816円)を万引きして窃取したという事案である。

その犯行は,持参したエコバッグに商品を隠し入れたり,清算済み商品用の買い物かごに商品を移し換えた上で,レジ袋に商品を入れたりして大量の商品を盗み取ったもので,態様が大胆で悪質であり,被害相当額も万引き窃盗事案としては多額に達している。そして,被告人は,本件と同種の万引き窃盗事案により,平成19年8月に罰金刑,平成23年1月には懲役1年,3年間執行猶予に処せられているのに,前刑の猶予期間満了後約1年10か月で再犯に及んでいるもので,被告人の盗癖には根深いものがあると認められる。そうすると,被告人の刑事責任は軽くなく,被告人が罪を認め反省の態度を示していることや,身体障害を有する夫を介助していることなどの一般情状を考慮しても,原判決言渡しの時点でみる限り,被告人を懲役10月の実刑に処した原判決の量刑判断に誤りがあるということはできない。

もっとも,弁護人も主張するとおり,本件の背景事情として,被告人には知的障害があり,金銭を管理する能力や突発的な事態に対処する能力に制約があること,また,被告人及びその夫は,生活保護を受給していたが,本件の約1か月前の平成27年11月末に転居したことにより,平成28年1月以降でなければ生活保護を受給できなくなり,本件当時,被告人は生活費がひっ迫していると思い込んでいたことが認められるところ,本件は,このように知的障害があり,金銭管理能力等に制約のある被告人が,転居により生活保護の受給が遅れるという事態に直面して不安を強め,お金を残しておきたいといった思いにとらわれて及んだ犯行とみることができる。

そして,本件のように被告人の知的障害が背景にある万引き窃盗事案にあっては,刑務所での服役を通じての矯正教育のほかに,社会内における福祉的支援を通じて被告人の改善更生を図ることも有益な場合があり得ると考えられるところ,一審段階では,いまだ被告人に対する福祉的支援は準備段階にあり,これに期待できるかどうかを見極めることが困難であったものの,当審における事実取調べの結果によれば,一審判決後,A市の地域生活支援センターにおいて,被告人の発達検査等を行った上で更生支援計画が作成され,既に,被告人を就労支援事業所に通所させるなどして,同計画に沿った具体的な支援が開始されていること,また,同更生支援計画は,被告人の資質能力や生活状況等を踏まえて作成されており,特段不合理な点等も見当たらないのであって,被告人の改善更生を期待し得る内容であることが認められる。

そうすると,被告人に対する福祉的支援の態制が整った現時点においては,被告人の改善更生を図るについて,刑の執行を相当期間猶予し,保護観察に付した上で同福祉的支援を継続させることが相当であり,被告人を実刑に処した原判決を破棄しなければ,正義に反すると認めることができる。

そこで,刑訴法397条2項により原判決を破棄し,同法400条ただし書により更に判決することとする。

原判決が認定した事実に,原判決の摘示する法条(刑種の選択を含む。)を適用してその所定刑期の範囲内で被告人を懲役1年2月に処し,上記情状により刑法25条1項を適用してこの裁判確定の日から3年間その刑の執行を全部猶予し,なお,同法25条の2第1項前段を適用して被告人をその猶予の期間中保護観察に付し,原審における訴訟費用については刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川博之 裁判官 畑山靖 裁判官 安西二郎)

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