大阪高等裁判所 平成28年(う)493号 判決 2016年10月27日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中160日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人松木俊明作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用するが,論旨は,理由不備及び法令適用の誤りをいうものである。
そこで,記録を調査して検討する(以下,原判決別紙記載の女児を「被害女児」という。)。
第1法令適用の誤り及び理由不備の違法をいう論旨(控訴趣意書の控訴理由第1)について
1 論旨は,強制わいせつ罪が成立するためには犯人に性的意図があったことが必要であるとして,原判示第1の1の事実について,被告人には性的意図が全くなかったのに強制わいせつ罪が成立すると判示し,刑法176条後段を適用した原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあり,ひいては,原判示第1の1の犯罪事実(罪となるべき事実)には,被告人に性的意図があった旨の事実摘示を欠いているから,原判決には理由不備の違法がある,というものである。
2(1) 原審で取り調べられた関係証拠によれば,被告人の行為は,被害女児(当時7歳)に対し,被告人の陰茎を触らせ,口にくわえさせ,被害女児の陰部を触るなどしたというものであって,これらが客観的に被害女児に対するわいせつな行為であることは明らかであるから,通常は,被告人の行為に性的意図を伴うものと推認することができる。しかしながら,被告人は,インターネットを通じて知り合ったAから金を借りようとしたところ,金を貸すための条件として被害女児とわいせつな行為をしてこれを撮影し,その画像データを送信するように要求されて,真実は金を得る目的だけであり,自分の性欲を刺激興奮させるとか満足させるという性的意図はなかったにもかかわらず,あたかも性的意図に基づきわいせつな行為をしているような演技をしてその様子を撮影して送信した,という趣旨の供述をしている。Aとのやり取りや撮影等に関する被告人の供述は,Aの供述や発見された画像データの内容とも整合しており,被告人の弁解には合理性が認められ,金を得る目的だけであったとの被告人の供述も信用することができる。被告人の弁解を排斥することができないとして,被告人に性的意図があったと認定するには合理的な疑いが残るとした原判決の判断は相当である。
(2) ところで,強制わいせつ罪の保護法益は被害者の性的自由と解され,同罪は被害者の性的自由を侵害する行為を処罰するものであり,客観的に被害者の性的自由を侵害する行為がなされ,行為者がその旨認識していれば,強制わいせつ罪が成立し,行為者の性的意図の有無は同罪の成立に影響を及ぼすものではないと解すべきである。その理由は,原判決も指摘するとおり,犯人の性欲を刺激興奮させ,または満足させるという性的意図の有無によって,被害者の性的自由が侵害されたか否かが左右されるとは考えられないし,このような犯人の性的意図が強制わいせつ罪の成立要件であると定めた規定はなく,同罪の成立にこのような特別な主観的要件を要求する実質的な根拠は存在しないと考えられるからである。
そうすると,本件において,被告人の目的がいかなるものであったにせよ,被告人の行為が被害女児の性的自由を侵害する行為であることは明らかであり,被告人も自己の行為がそういう行為であることは十分に認識していたと認められるから,強制わいせつ罪が成立することは明白である。
以上によれば,強制わいせつ罪の成立について犯人が性的意図を有する必要はないから,被告人に性的意図が認められないにしても,被告人には強制わいせつ罪が成立するとした原判決の判断及び法令解釈は相当というべきである。当裁判所も,刑法176条について,原審と同様の解釈をとるものであり,最高裁判例(最高裁昭和45年1月29日第1小法廷判決・刑集24巻1号1頁)の判断基準を現時点において維持するのは相当ではないと考える。
(3) 所論は,強制わいせつ罪の保護法益を純粋に個人の性的自由とみて,同罪の成立に犯人の性的意図を要しないと解釈した場合,①わいせつ行為の範囲は,被害者の性的意思決定の自由が害される行為として被害者個人によって主観的に定められることになり,極めて不明確となる,②性的自由を観念できない乳幼児に対する強制わいせつ罪が成立しないことになり,その保護に欠ける,などと主張する。しかしながら,前記のように解釈したとしても,強制わいせつ罪におけるわいせつな行為の該当性を検討するに当たっては,被害者の性的自由を侵害する行為であるか否かを客観的に判断すべきであるから,所論①のように処罰範囲が不明確になるとはいえない。また,性的な事柄についての判断能力を有しない乳幼児にも保護されるべき性的自由は当然認められるのであり,その点で既に所論②は失当である上,犯人の性的意図の要否と乳幼児に対する強制わいせつ罪の成否とは特段関連する問題とは考えられないから,保護法益を純粋に性的自由とみて性的意図を不要と解釈すると乳幼児の保護に欠ける事態になるとの批判は当たらない。
その他,強制わいせつ罪の成立要件について縷々主張する所論は,いずれも失当であって採用することはできない。
3 したがって,被告人に強制わいせつ罪が成立するとして当該法条を適用した原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるとはいえない。法令適用の誤りをいう論旨は理由がない。また,強制わいせつ罪の成立には犯人の性的意図があることを必要としないと解されるのであるから,原判示第1の1の犯罪事実(罪となるべき事実)に性的意図を記載しなかった原判決に理由不備の違法があるとはいえない。理由不備をいう論旨も理由がない。
第2理由不備の違法をいう論旨(控訴趣意書の控訴理由第2)について
1 論旨は,要するに,原判示第1の2の提供目的児童ポルノ製造罪(児童ポルノ法7条3項前段)及び原判示第1の3の児童ポルノ提供罪(児童ポルノ法7条2項後段)について,その製造及び提供に係る児童ポルノが児童ポルノ法2条3項の何号に該当する児童ポルノであるのか事実摘示をしておらず,また,法令の適用においても明示していない原判決には,理由不備の違法がある,というものと解される。
2 所論は,児童ポルノの該当号数を罪となるべき事実に摘示すべきとしているのか,法令の適用に不備があるとするのか,必ずしも明らかではないが,まず,有罪判決に示すべき理由(刑訴法335条1項)について,罪となるべき事実は,どの構成要件に該当するか判定でき,かつ,罰条を適用する事実上の根拠を確認できる程度に具体的に明示されなければならないところ(最高裁昭和24年2月10日第1小法廷判決・刑集3巻2号155頁参照),原判示第1の2の提供目的児童ポルノ製造罪及び原判示第1の3の児童ポルノ提供罪の各犯罪事実(罪となるべき事実)の摘示は十分に具体的に明示されているということができる。また,適用法令の摘示について,罰条は,犯罪構成要件及び法定刑を定める法令を摘示する必要があり,かつ,それで足りるものと解され(最高裁昭和24年11月10日第1小法廷判決・刑集3巻11号1751頁参照),さらに,犯罪構成要件中の概念の定義規定や概念の意味内容を明らかにする規定は,それ自体が当該構成要件を定めるものではなく,構成要件の意味内容を明らかにするものであるから,摘示する必要はないものと解される(最高裁昭和26年6月8日第2小法廷判決・刑集5巻7号1261頁参照)。そこで,原判決をみると,法令の適用において,原判示第1の2については児童ポルノ法7条3項前段,2項,原判示第1の3については同法7条2項後段と必要かつ十分な記載がされており,そもそも,所論指摘の児童ポルノ法2条3項各号は,同項本文と一体となる児童ポルノの定義規定であるから,法令の適用に摘示する必要がないのである。
3 したがって,何号の児童ポルノなのかを示す必要があり,これが示されていない原判決には理由不備の違法があるとの論旨は理由がない。
第3法令適用の誤りをいう論旨(控訴趣意書の控訴理由第3)について
1 論旨は,原判示第1の2の提供目的児童ポルノ製造罪と原判示第1の3の児童ポルノ提供罪とは牽連犯の関係にあると認められるのに,両罪を併合罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある,というものである。
2 そこで検討するに,原判示第1の2の提供目的児童ポルノ製造罪を構成する行為は,被告人が,被害女児に対し,既に説示した内容の原判示第1の1の強制わいせつ行為に及んだのと同一の機会に,提供の目的で,全裸の状態での上記わいせつ行為に係る被害女児の姿態や,全裸又は半裸の状態で陰部又は胸部を露出した被害女児の姿態を被告人使用のスマートフォンで撮影し,その画像データを記録して保存したというものであり,原判示第1の3の児童ポルノ提供罪を構成する行為は,被告人が,その頃,上記画像データを被告人使用のスマートフォンからA使用のスマートフォンに送信して提供したというものである。
児童ポルノ法が,児童ポルノの製造,所持,提供等,あらゆる角度から児童ポルノに係る行為を厳しく規制し処罰することにしているのは,これらの行為に伴う児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童の権利を著しく侵害するなど重大な害悪をもたらすことに鑑み,児童を性欲の対象とする風潮を防止するという面から児童一般を保護するとともに,児童ポルノに描写された当該児童の人格権を保護することを目的とするものである。また,児童ポルノは,製造,所持,提供等の各場面において,その都度,異なった態様で当該児童の権利侵害を生じさせるということができる。このように,児童ポルノの製造,所持,提供等については,それぞれ一罪として別個独立に処罰すべき実質的な理由がある一方で,児童ポルノの製造,所持,提供等は,これら犯罪の通常の形態として手段又は結果の関係にあるものとは認められない。
以上によれば,本件提供目的児童ポルノ製造罪及び本件児童ポルノ提供罪については,被告人がこれらを連続的に犯したとはいえ,所論がいうような牽連犯ではなく,併合罪になるものと解するのが相当である。
3 そうすると,所論の指摘を十分に検討してみても,原判示第1の2の提供目的児童ポルノ製造罪と原判示第1の3の児童ポルノ提供罪を併合罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りはない。この点の法令適用の誤りをいう論旨は理由がない。
第4法令適用の誤りをいう論旨(控訴趣意書の控訴理由第4)について
1 論旨は,原判示第1の1の強制わいせつ罪と原判示第1の2の提供目的児童ポルノ製造罪とは観念的競合の関係にあると認められ,あるいは包括一罪として処理されるべきであるのに,両罪を併合罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある,というものである。
2 そこで検討するに,原判示第1の1の強制わいせつ罪及び原判示第1の2の提供目的児童ポルノ製造罪をそれぞれ構成する行為の内容は,既に説示したとおりであるから,両行為には同時性が認められる。また,本件提供目的児童ポルノ製造罪における撮影行為は,本件強制わいせつ罪の訴因に含まれていないとはいえ,強制わいせつ罪のわいせつな行為と評価され得るものであるから,その意味では両行為には一部重なり合いもみられる。
しかしながら,強制わいせつ罪における行為者の動態(第三者の目に見えるような身体の動静)は,被害者に対して本件において行われたようなわいせつな行為を行うことであるのに対し,児童ポルノ製造罪における行為者の動態は,児童ポルノ法2条3項各号に該当する児童の姿態を撮影,記録して児童ポルノを製造することであるから,両行為は,その性質が相当異なっており,社会的事実として強い一体性があるとはいえない。また,児童ポルノの複製行為も児童ポルノ製造罪を構成し得ることからすると,児童ポルノ製造罪が時間的な広がりをもって行われて,強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪のそれぞれを構成する行為の同時性が甚だしく欠ける場合も想定される。さらに,強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪とでは,それぞれを構成する行為が必然的あるいは通常伴う関係にあるとはいえず,それぞれ別個の意思の発現によって犯される罪であるとみることができる。以上によれば,行為の同時性や一部重なり合いの存在を考慮しても,強制わいせつ罪及び児童ポルノ製造罪における行為者の動態は社会的見解上,別個のものと評価すべきであって,これを一個のものとみることはできない。
本件強制わいせつ罪と本件提供目的児童ポルノ製造罪についても,上記のように考えるのが相当であるから,両罪は観念的競合の関係にはなく,もとより罪質上,包括して一罪と評価すべきものともいえず,結局,両罪は併合罪の関係にあると解するのが相当である。
所論は,強制わいせつ罪のわいせつな行為には撮影行為が含まれることから,本件では行為の重なり合いがある上,被告人に性的意図はなく,金を得るという動機で一連の行為に及んだものであるから,別個の意思の発現とはいえず,行為の一体性が明らかであり,一個の犯意に包摂された一個の行為である,などと主張する。
しかしながら,本件において,わいせつな行為の中核をなすものは,被告人が被害女児に被告人の陰茎を触らせ,口にくわえさせ,被害女児の陰部を触るなどした行為であるのに対し,児童ポルノを製造した行為の中核をなすものは,前記のような被害女児の姿態を撮影,記録した行為である。そうすると,本件強制わいせつ罪と本件提供目的児童ポルノ製造罪をそれぞれ構成する行為は,別個の行為とみるのが相当である。また,被告人が性的意図ではなく金を得るという動機で一連の行為に及んだことは,所論指摘のとおりである。しかしながら,そもそも強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪との罪数関係について,強制わいせつ罪における性的意図の有無により別異に解することは相当でない上,被告人には性的意図が認められないとはいえ,被告人は,被害女児の性的自由を客観的に侵害する行為を行う意思と,被害女児を描写した児童ポルノを製造する行為を行う意思を併存的に持ち,各意思を実現させるため,別個の意思の発現として性質が相当異なる各行為に及んだものと評価することができる。所論は採用の限りではない。
その他,この点に関して縷々主張する所論は,いずれも採用することができない。
3 したがって,原判示第1の1の強制わいせつ罪と原判示第1の2の提供目的児童ポルノ製造罪を併合罪とした原判決に,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りはない。この点の法令適用の誤りをいう論旨も理由がない。
第5法令適用の誤りをいう論旨(控訴趣意書の控訴理由第5及び同第6)について
1 論旨は,要するに,原判示第1の2の児童ポルノのうち,児童ポルノ法2条3項1号に該当するとされる児童ポルノについては,その児童の姿態は「児童による性交類似行為に係る児童の姿態」には当たらず,また,同法2条3項2号あるいは3号に該当するとされる児童ポルノについては,「性欲を興奮させ又は刺激するもの」に当たらないから,提供目的児童ポルノ製造罪が成立するとして当該罰条を適用した原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある,というものであると解される。
2 所論は,まず,原判示第1の2の児童ポルノのうち,原審甲8号証資料1‐1の各画像は,その製造に至る経緯をみれば,性交と同視し得る態様ではなく,異性間の性交とその態様を同じくする状況下における,あるいは性交を模して行われる行為でもなく,そもそも,口淫行為といえる行為ではないから,「児童による性交類似行為に係る児童の姿態」には当たらない,などというのである。
しかしながら,児童ポルノ法2条3項1号の児童ポルノとして規定されている「児童による性交類似行為に係る児童の姿態」というのは,性交と同視し得る態様における性的な行為をいい,異性間の性交を模して行われる手淫・口淫行為などを含むものと解される。原審甲8号証資料1‐1の各画像は,被害女児が被告人の陰茎を口に含んでいる様子を撮影したものであり,被害女児にいわゆる口淫をさせている姿態であることは明らかである。撮影者である被告人に性的意図がなかったにしても,被害女児のそのような姿態を撮影している以上,児童ポルノ法2条3項1号の児童ポルノに該当し,提供目的児童ポルノ製造罪が成立するとした原判決の判断には何ら誤りはない。所論は採用することができない。
3 また,所論は,被告人は,借金目的でAの言いなりになり,かつ,Aの要求を聞く振りをして被害女児を撮影したものであるから,本件において,児童ポルノ法2条3項2号あるいは3号に該当するとされる児童ポルノについては,その撮影目的や撮影された内容等に照らし,見る者の性的興味に訴えようとするものとは認められず,「性欲を興奮させ又は刺激するもの」に当たらない,などという。
しかしながら,本件の児童ポルノ法2条3項2号あるいは3号に該当するとされる児童ポルノは,被告人が本件に至った経緯やその撮影目的を考慮しても,その撮影して記録された内容をみれば,それらの画像が,一般人を基準として,その性欲を興奮させ又は刺激するものであることは明らかである。この点に関しても提供目的児童ポルノ製造罪が成立すると判断した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるなどとは到底いえない。所論は採用の限りではない。
4 これらの法令適用の誤りをいう論旨はいずれも理由がない。
第6結論
その他,原判決に理由不備の違法があり,また,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるとして,所論が縷々主張するところを十分に検討してみても,原判決に理由不備あるいは法令適用の誤りがあるとは認められない。
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を適用し,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第5刑事部判決
(裁判長裁判官 西田眞基 裁判官 森浩史 裁判官 福島恵子)