大阪高等裁判所 平成28年(ネ)238号 判決 2016年7月15日
控訴人(被告)
Y株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
島内保夫
同
島内保彦
同
尾上一喜
被控訴人(原告)
X株式会社
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
岡村泰郎
同
濵岡峰也
同
堀内康徳
同
山本健司
同
宇都宮一志
同
木虎孝之
同
六田友豪
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は、控訴人の株主である被控訴人が、控訴人がした平成26年9月5日変更の登記に係る普通株式800株の発行(払込日は同年8月26日である。以下「本件新株発行」という。)につき、①募集事項等に関する適法な通知を欠いたこと、②新株発行差止仮処分に違反したこと、③著しく不公正な方法によりされたことを理由に、会社法828条1項2号に基づき、無効とすることを求める事案である。
原審は、被控訴人の請求を認容したため、控訴人がこれを不服として控訴を申し立てた。
2 前提事実等
前提事実、争点及び争点に対する当事者双方の主張は、当審における控訴人の補充主張を後記3に付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の第2の1ないし3(原判決2頁3行目から6頁14行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 当審における控訴人の補充主張
(1) 本件新株発行の募集事項等の通知の手続に違法な点はない。
ア 被控訴人が差止めの機会を失したのは、申込みの期日を期間で定めたからではなく、a社が申込期間及び払込期間の4日目に払込みをしたからである。そして、D親子らは、被控訴人が差止請求をすること自体予知しておらず、被控訴人が差止請求をする機会を奪うつもりはなかった。
イ 会社法199条は、全ての新株発行について、払込みの期日を期間で定めることを認めた上で、第三者割当てについての同法204条3項は、通知は払込期間の初日の2週間前でなければならないとしているが、株主割当てについての同法202条4項は、募集事項等の通知を申込期日の2週間前までにすればよいとしており、法は、通知の時期を明確に区別している。
これは、新株発行差止請求権を、飽くまで個々の既存株主の直接の権利侵害を救済するための個別的権利として認めた関係上、株主割当ての場合には、株主が他の株主の払込みを事前に差し止める必要はないからであり、法は、いまだ株主でない他者の持株比率の低下を理由とする差止請求は認めないことを前提としている。
(2) 仮に本件新株発行の募集事項等の通知の手続が違法であるとしても、「株主が不利益を受けるおそれがある」(会社法210条)場合でないから、差止請求の事由がない場合に該当し、本件新株発行は無効といえない。
ア 本件新株発行は、株主割当ての方法によるものであり、株主の株式割当てを受ける権利を無視したものではない。被控訴人は、払込みをせず、自らその権利を放棄した者である。Hには株式の割当てを受ける権利が付与されないが、同人はいまだ株主でないから当然である。
イ Hと被控訴人を一体のグループとして持株比率の低下を論じることは、「株主が不利益を受けるおそれがある」ことを要件として、従来の株主が直接の不利益を受けるおそれがある場合に、当該株主に限定して差止請求を認める会社法210条の趣旨に反する。
ウ 株主があるグループに属するか否かは、株主個人のその時々の主観によるものであって、本件においても、Hと被控訴人との間にいつ対立が生じるか分からないから、株主のグループの持株比率の変動をもって、当該グループに属するという株主全員にとって「株主が不利益を受けるおそれがある」というのは不合理である。
(3) 本件新株発行は、「著しく不公正な方法」(会社法210条2号)によるものであるとはいえない。
ア 本件新株発行は、株主割当ての方法によるものであるから、既存の株主の持株比率に変動は生じない。
イ 本件新株発行により持株比率の低下が懸念されるのは、いまだ株主でないHである。
ウ 本件新株発行は、資金調達を目的とするほか、BやHによる支配権獲得目的での違法な買受人指定への正当な対抗手段である。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も、被控訴人の請求は理由があるものと判断する。
その理由は、次のとおり改め、当審における控訴人の補充主張に対する判断を後記2に付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の第3の1及び2(原判決6頁16行目から12頁16行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決6頁17行目から7頁13行目までを次のとおりに改める。
「(1) 募集株式の発行がなされると、既存の株式の経済的価値が希釈化されたり、既存の株主の持株比率が減少したりする可能性があるため、既存の株主は募集株式の発行に強い利害関係を有することから、非公開会社である控訴人において募集株式を発行するには、株主割当ての方法による場合を除き、募集事項の決定又はその取締役会に対する委任について株主総会の決議が必要となる(会社法199条2項、200条1項)。これに対し、株主割当ての方法による場合には、同法199条2項、200条1項の適用は除外されており(同法202条5項)、控訴人のように定款に定めがあれば、取締役会設置会社においては、取締役会決議で募集事項等を定めることとなる(同条3項2号)。しかし、その場合には、募集株式の引受けの申込期日の2週間前までに、株主に対し、募集事項等を通知しなければならない(同条4項)。
株主割当ての方法による場合とそれ以外の場合とで上記のとおり規律が異なり、株主割当ての方法による場合の方がより簡便な手続で発行できるのは、株主割当ての方法による場合には、既存株主が募集株式の割当てを受ける権利を行使すれば、多くの場合、既存の株式の経済的価値の希釈化も、持株比率の減少も生じないと考えられるからであると解され、法令又は定款に違反する株式発行や著しく不公正な方法による株式発行に対する差止めの機会を付与する必要性は、株主割当て以外の方法による場合と比べて高くないといえる。
しかしながら、株主割当ての方法による場合であっても、法令又は定款に違反する株式発行や著しく不公正な方法による株式発行がなされる可能性があることは否定できず、募集株式の発行の差止請求権について定めた会社法210条も、株主割当ての方法によって募集株式が発行される場合を除外していない。
そうである以上、募集事項等の決定に株主総会が一切関与しない、株主割当ての方法による募集株式の発行に当たっては、既存の株主にとって、会社法202条4項に基づく株主に対する募集事項等の通知のみが当該発行について知り得る機会として保障されているものであるから、上記通知の目的は、既存株主に対して、資金調達を含め、募集株式の割当てを受ける権利を行使する機会を付与することのみにとどまるものでなく、法令又は定款に違反する株式発行や著しく不公正な方法による株式発行に対する差止めの機会を付与することもまた、その目的に含まれていると解すべきである。この観点からみたとき、株主に対して差止めの機会を付与したといえない募集事項等の通知は、同法202条4項、210条の趣旨に反し、違法であると解するのが相当である。
(2) 本件新株発行の募集事項においては、直接申込期日を定めることなく、「申込取扱期間」を平成26年8月22日から同年9月5日までと定めている。申込期日は、その日までに引受けの申込みをしないと募集株式の割当てを受ける権利を失う日である(会社法204条4項)ところ、株主に対する通知書面(甲4の1)には、「申込期間にお申込みがない場合には、新株式の引受権を失われることになります」と記載されていることを併せ考えると、本件新株発行の募集事項においては、「申込取扱期間」の最終日である平成26年9月5日を申込期日と定めたものと解すべきである。
本件新株発行における、被控訴人に対する募集事項等の通知は、申込期日と定められた平成26年9月5日の2週間前である同年8月21日までになされなければならないのに、これが被控訴人に届いたのは、2週間前に1日足らない同月22日であった上、この日は払込期間の初日に当たる。募集事項において払込期間を定めた場合、募集株式の引受人は、払込みをした日に株主となり(会社法209条1項2号)、募集株式の発行の効力が発生する。そうなると、もはや差止めを求めることはできなくなるから、株主が払込期間に入ってから通知を受けると、差止めの仮処分決定を得ることが著しく困難となる場合が生じる。実際、本件新株発行において、被控訴人は、平成26年8月22日(金曜日)に募集事項等の通知を受けて、土曜日及び日曜日を挟んだ翌週月曜日の同月25日に差止めの仮処分を申し立て、翌26日に仮処分決定を得ており、差止めの仮処分を得るのに執り得る手立てをほぼ尽くしているといえるが、それでも、仮処分決定の控訴人に対する送達が同月27日になったため、前日の同月26日にa社の払込みにより効力が生じた本件新株発行に対する差止めは奏功しなかったのである。
(3) そうすると、本件新株発行における被控訴人に対する募集事項等の通知は、会社法202条4項所定の2週間前の要件を満たさない上、払込期間に入ってからなされたものである点において、株主である被控訴人に対して差止めの機会を付与したといえないものであって、同法202条4項、210条の趣旨に反し、違法であるというべきである。
(4) 平成17年法律第87号改正前の商法(以下「旧商法」という。)は、会社が新株を発行する場合、それが法令定款に違反し又は著しく不公正な方法による発行である場合に株主に差止請求をする機会を与えるために、株主に新株の数、発行価額、払込期日等の発行事項を払込期日の2週間前に公告し又は株主に通知しなければならないとされていたが(旧商法280条の3の2)、株主に新株引受権を与えてされる新株発行(株主割当て)については、同条の適用は除外されていた(同法280条の3の3)。これは、別途他の目的のために株主に新株発行事項が開示されるので、差止請求制度の実効性を確保するために同法280条の3の2の公示義務を改めて課する必要がないからであったと解される。すなわち、会社は、株主割当ての場合は、申込期日の2週間前に株主に新株発行の申込期日を通知しなければならず(同法280条の5第1項、第2項)、払込期日は申込期日以後でなければならないから(払込期日が先になると、まだ申込みができるのに払込みはできないという不合理な状態になる。)、必然的に株主は払込期日の2週間以上前に新株発行の通知を受けるため、差止請求をする機会が与えられていた。それ故に、旧商法280条の3の3は、この点に着目して、同法280条の3の2の適用を除外していたものと解されるのである。したがって、旧商法においては、株主割当ての場合の申込期日の通知は、株主に対して新株発行差止めの機会を与える趣旨をも有していたものというべきである。
会社法においては、募集事項として、払込期日だけでなく払込期間を定めることも可能となったが、公開会社が株主割当て以外の方法での新株発行について、取締役会の決議によって募集事項を定めた場合には、払込期日(払込期間を定めた場合はその期間の初日)の2週間前までに公告し又は株主に通知しなければならないのであって(会社法201条3項、202条5項)、上記公告・通知との関係では、新株発行差止請求制度の実効性確保のために、払込期間の初日と払込期日が同様に扱われているところである(なお、上記は公開会社の場合であるが、非公開会社は、株主割当て以外の方法で新株発行をする場合は、募集事項の決定は、株主総会決議か、又は株主総会決議によって取締役会に委任して行われるため、株主は、株主総会の時点で新株発行予定を知ることになるから、差止請求制度の実効性確保のための公告・通知が不要とされているにすぎず、会社法においても、公開会社・非公開会社とも、差止請求制度の実効性は確保されている。)。そして、会社法においても、申込期日の2週間前までに株主に新株発行の事実(申込期日、募集事項等)を通知しなければならない点は維持されているのであって(同法202条4項)、払込期日を定めた場合には、必然的に払込期日の2週間前までに株主に募集事項が通知されることになるから、新株発行を払込期日の2週間前までに通知することにより株主の差止請求制度の実効性を確保するとの趣旨が旧商法同様に維持されているものと解される。以上の規定からして、会社法において払込期間の規定が新設されたことにより、払込期間の場合に限っては、払込期日の場合と異なり、差止請求制度の実効性を確保しない制度が創設されたとは解し難いところであって、差止請求制度の実効性確保の観点からは、払込期間を決めた場合には、払込期間の初日と払込期日が同様に扱われることが予定されていると解される。
以上のとおり、旧商法から沿革的にみても、会社法202条4項に基づく通知(募集事項等の通知)は、株主に新株発行に対する差止の機会を付与することも目的に含まれており、払込期間に入ってから後にされた同条項による通知(募集事項等の通知)は、同法202条4項、210条の趣旨に反し違法ということができるのである。」
(2) 原判決7頁14行目の冒頭に「(5)」を加える。
(3) 原判決12頁2行目の「抗」を「拮抗」に改める。
(4) 原判決12頁15行目の「会社法202条1項、4項」を「会社法202条4項、210条」に改める。
2 当審における控訴人の補充主張に対する判断
(1) 控訴人は、本件新株発行の募集事項等の通知の手続に違法な点がない根拠として、被控訴人が差止めの機会を失したのは、申込みの期日を期間で定めたからではないこと、D親子らは、被控訴人が差止請求をする機会を奪うつもりはなかったことを主張するが、これらの点は、いずれも本件の結論に影響を及ぼすものではない。
また、控訴人は、会社法202条4項は、株主に対する通知に関する他の規定と異なり、通知は払込期間の初日の2週間前でなければならないとはしていないことを指摘し、株主割当ての場合には、株主が他の株主の払込みを事前に差し止める必要はない旨主張するが、前記1で訂正の上引用した原判決「事実及び理由」中の第3の1において説示するとおり、募集株式の発行の差止請求権について定めた会社法210条は、株主割当ての方法によって募集株式が発行される場合を除外していないのであるから、控訴人の上記主張は採用することができない。
(2) 控訴人は、Hはいまだ株主でない上、被控訴人とHとの間にいつ対立が生じるかも分からないから、被控訴人とHを一体のグループとして持株比率の低下を論じることはできないとして、本件新株発行は「株主が不利益を受けるおそれがある」(会社法210条)場合でない旨主張する。
しかし、前記前提事実及び前記1で引用した原判決「事実及び理由」中の第3の2(3)において認定した事実経過によれば、D親子とBが控訴人の支配権の確保をめぐって対立してきた中、本件新株発行は、Bの姉であるHが、D親子の親族であるGに対し、控訴人の株券の引渡し等を求める本件株券引渡等請求訴訟の係属中になされたものである。Hは、本件新株発行の決議がなされた時点で控訴人の株主ではなかったとはいえ、本件株券引渡等請求訴訟において勝訴すれば3600株を有する控訴人の株主となることになっていたのである。本件株券引渡等請求訴訟の判決前に決議された本件新株発行は、Hを株主として考慮せずに行う割当てであるために、Bが支配する被控訴人及びBにとって、仮に募集株式の割当てを全て引き受けて払込みをし、募集株式を取得しても、D親子及びその協力者との関係においては、B側全体として、割当てを受けることのできないHの分、持株比率の低下を避けることができない。本件新株発行において、D親子とBとの対立の構図を考慮して、被控訴人が不利益を受けるおそれがあると判断することは何ら不当ではない。また、被控訴人とHとの間に対立が生じる可能性はないとはいえないが、現実にD親子とBが控訴人の支配権の確保をめぐって対立してきた以上、そのような抽象的可能性をもって、被控訴人が不利益を受けるおそれがないということはできない。
以上によれば、控訴人の上記主張は採用することができない。
(3) 控訴人は、本件新株発行は、株主割当ての方法によるものであること、本件新株発行により持株比率の低下が懸念されるのは、いまだ株主でないHであること、本件新株発行は、資金調達を目的とするほか、BやHによる支配権獲得目的での違法な買受人指定への正当な対抗手段であることを挙げて、本件新株発行は「著しく不公正な方法」(会社法210条2号)によるものであるとはいえない旨主張する。
しかし、株主割当ての方法による場合に著しく不公正な方法による株式発行があり得ないといえないことは既に述べたとおりである。
また、D親子とBが控訴人の支配権の確保をめぐって対立してきた中で、係争中のHを差し置いて本件新株発行を行うことにより、D親子側とB側の持株比率を変動させることは、単にH本人の利害にとどまらない問題というべきである。
さらに、控訴人が当審で提出した証拠を併せ考慮しても、本件新株発行がB及びその協力者に対する対抗手段として正当化できるものであるとはいえない。
以上によれば、控訴人の上記主張は本件における結論を左右するものとはいえない。
3 結論
以上の次第で、当裁判所の上記判断と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田知司 裁判官 寺本佳子 中尾彰)