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大阪高等裁判所 平成28年(ネ)2880号 判決 2017年4月27日

控訴人(1審原告)

X株式会社

同代表者代表取締役

X1

同訴訟代理人弁護士

三ッ石雅史

被控訴人(1審被告)

Y株式会社(以下「被控訴人会社」という。)

同代表者代表取締役

A

被控訴人(1審被告)

A(以下「被控訴人A」という。)

被控訴人(1審被告)

B(以下「被控訴人B」という。)

被控訴人(1審被告)

C(以下「被控訴人C」という。)

上記4名訴訟代理人弁護士

高島健

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人会社が平成27年8月14日にした資本金の額4億7810万2123円を2000万円とする資本金の額の減少を無効とする。

3  被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して94万0997円及びこれに対する被控訴人会社及び被控訴人Aは平成27年8月14日から,被控訴人Bは平成28年2月24日から,被控訴人Cは同月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

1  事案の要旨

(1)本件は,控訴人が,①被控訴人会社に対し,リース契約に基づき,リース料残元金363万5295円及び確定遅延損害金37万3065円の合計400万8360円並びにうち363万5295円に対する最終弁済日の翌日である平成26年7月31日から支払済みまで約定利率年14.6%の割合による遅延損害金の支払を,②被控訴人会社に対し,会社法828条1項5号,同条2項5号に基づき,被控訴人会社が平成27年8月14日にした資本金の額の減少を無効とすることを,③被控訴人会社の代表取締役である被控訴人Aが,控訴人を害するおそれがない(会社法449条5項ただし書)との要件が存在しないことを知りながら又は過失によってこれを知らずに,違法に被控訴人会社の資本金の額の減少の手続を行ったことは不法行為に該当し,これにより,控訴人は,資本金の額の減少無効の訴えの提起を余儀なくされたと主張し,被控訴人会社に対しては会社法350条に基づき,被控訴人Aに対しては民法709条に基づき,被控訴人B及び被控訴人Cに対してはそれぞれ会社法429条1項に基づき,弁護士費用94万0997円及びこれに対する被控訴人会社及び被控訴人Aについては不法行為の日である平成27年8月14日から,被控訴人B及び被控訴人Cについては訴状送達日の翌日(被控訴人Bについては平成28年2月24日,被控訴人Cについては同月19日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払をそれぞれ求める事案である。

(2)原審は,①残リース料等の請求を全部認容したが,②資本金の額の減少無効請求及び③損害賠償請求をいずれも棄却したため,控訴人が,上記②及び③の判断を不服として本件控訴を提起した。なお,被控訴人会社は,上記①の判断について不服申立てをしていないから,当審における審理の対象は,上記②及び③のみである。

2  前提となる事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨から容易に認められる事実)

(1)当事者等

ア 控訴人は,電気機器等の割賦販売,ローン提携販売等を目的とする株式会社である。

イ 被控訴人会社は,発光デバイスと壁面型電子ディスプレイの研究,開発等を目的とする株式会社である。

ウ 被控訴人Aは,被控訴人会社の代表取締役であり,被控訴人B及び被控訴人Cは,いずれも被控訴人会社の取締役である。

(2)資本金の額の減少等

ア 被控訴人会社は,平成27年6月26日の定時株主総会において,同年8月14日を効力発生日として,被控訴人会社の資本金の額を4億7810万2123円から2000万円に変更する(以下「本件資本金額減少」という。)旨の決議をした。

イ 被控訴人会社は,平成27年7月13日付けの官報に,①資本金の額を4億5810万2123円減少し,2000万円にしたこと,②平成27年3月31日現在における被控訴人会社の貸借対照表の要旨及び③異議のある債権者は,公告掲載の翌日から1箇月以内に申し出るよう求める旨の資本金の額の減少公告をした(甲23)。

ウ 被控訴人会社は,控訴人に対し,平成27年7月8日付け「催告書」(甲16)と題する書面を送付し,同月9日,控訴人に到達した。同書面には,「当社は,資本金の額を458,102,123円減少し,2000万円とすることに致しました。つきましては,これに対して異議がございましたら,平成27年8月10日までにその旨をお申し出下さいますよう,会社法の規定に基づき催告致します。」旨記載されていた。

エ 控訴人は,同代理人弁護士を通じて,平成27年8月5日付け「異議申出書」と題する書面を被控訴人会社代理人弁護士宛てに送付し,同書面は,同月6日に同弁護士に到達した。同書面には,「当社と致しましては,会社法449条に基づき,貴社の本件資本減少に対し,異議の申立てを致しますので,その旨を通知致します。」旨記載されていた。ところが,上記書面の宛先は,「A氏代理人弁護士高島健先生」であったことから,控訴人代理人弁護士は,宛先を「Y株式会社代理人弁護士高島健先生」に訂正した書面(それ以外は,上記書面と同一内容)を同月8日に再度送付したところ,同月10日に同弁護士に到達した

(甲17の1・2,甲18の1・2)。

オ 平成27年9月2日,被控訴人会社の資本金の額は,同年8月14日に2000万円に変更された旨登記された(甲19)。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)本件資本金額減少により控訴人を害するおそれの有無

(被控訴人らの主張)

本件資本金額減少は,被控訴人会社の欠損塡補を目的とするところ,会社法449条5項ただし書の「債権者を害するおそれ」の有無は抽象的にではなく具体的に判断しなければならない。被控訴人会社は,事実上破産状態にあり,全ての債権者に対して支払が滞った状態にあるところ,本件資本金額減少によっても,このような状況は何ら変わることがない。また,本件資本金額減少により,従来不可能だった株主への財産分配が可能となるわけでもない。したがって,本件資本金額減少により,控訴人を害する具体的なおそれは何らなく,会社法449条5項ただし書の「債権者を害するおそれ」はない。

(控訴人の主張)

資本金の額の減少において,債権者保護手続が要求される趣旨は,資本金の額の減少により,それまで株主に配当することが許されなかった金額について,将来,剰余金の配当により会社外に流出することが可能になり,債権者を害するからである。会社法449条において,剰余金の配当が全く予定されていない欠損の塡補の場合においても,債権者保護手続が要求される趣旨は,資本金の額の減少時においては,会社財産が社外流出する現実的可能性がなくとも,将来,会社の業績が好転し,株主に対し,剰余金の配当が可能になったときに,資本金の額の減少前には社外流出が禁止されていた会社財産につき,社外流出が可能になるからである。したがって,会社法449条5項ただし書の「債権者を害するおそれがないとき」とは,被控訴人会社において,破産手続を予定している等,将来,会社の業績が好転して剰余金を配当する可能性が全くない場合を指すものというべきである。

債務超過である被控訴人会社が資本金の額の減少を望むのであれば,民事再生手続の申立てをすべきであり,それをせずに資本金の額の減少をしておきながら,債務超過を理由に債権者保護手続を執らないことは,民事再生法の脱法行為として許されない。

本件においては,①被控訴人会社では剰余金の分配こそ予定されていないが,②控訴人の被控訴人会社に対する債権額は400万8360円及びこれに対する遅延損害金と高額であり,③弁済期が近いどころか,本件資本金額減少の1年以上も前から債務不履行に陥っており,④被控訴人会社の新規事業の進展については全く明らかにされておらず,依然としてリスクがあるものといわざるを得ず,⑤資本金の額が4億7810万2123円から2000万円へと大幅に減額されることに照らすと,本件資本金額減少が債権者を害するおそれがないとはいえない。

(なお,控訴人は,被控訴人会社が破産状態にあることから本件資本金額減少について会社法449条5項本文所定の弁済等の措置(以下「本件措置」という。)を執ることは偏頗行為に当たる旨の主張に対し,この点を争点として判断すべきである旨主張する。しかし,被控訴人らの主張を子細にみると,被控訴人らは,上記主張を同項ただし書の「債権者を害するおそれがないとき」に該当する旨の主張の一環として展開しているものと解されるから,別個の争点として扱わないこととする。)

(2)被控訴人らの損害賠償責任の有無

(控訴人の主張)

被控訴人Aは,債権者(控訴人)を害するおそれがないという要件が存在しないことを知りながら又は過失によりこれを知らずに,違法に本件資本金額減少を行ったことは不法行為(民法709条)に該当し,これにより,異議を申し出た債権者である控訴人は,本件訴訟の提起を余儀なくされた。したがって,被控訴人会社の代表取締役である被控訴人Aは,その職務を行うについて控訴人に損害を与えたといえる。

株式会社は,代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負うから(会社法350条),被控訴人会社は,被控訴人Aと連帯して損害賠償債務を負う。

被控訴人B及び被控訴人Cは,いずれも被控訴人会社の取締役として,代表取締役である被控訴人Aの業務執行を監督する義務があり,被控訴人Aによる上記不法行為を防止する義務があったにもかかわらず,故意又は重過失により同義務を怠ったから,被控訴人B及び被控訴人Cは,これによって控訴人に生じた損害を賠償する責任を負う(会社法429条1項)。

(被控訴人らの主張)

本件資本金額減少は有効であるから,それが無効であり,違法であることを前提とする被控訴人らの損害賠償責任はいずれも成立しない。

(3)控訴人の損害額

(控訴人の主張)

被控訴人Aの不法行為により,控訴人は,本件訴訟の提起を余儀なくされ,弁護士費用として94万0997円(消費税込み)の損害を被った。

(被控訴人らの主張)

本件訴訟は,明らかに無益な訴訟である。不法行為に関する訴訟については,その損害額の1割程度の弁護士費用を認める運用が裁判所によって行われている。しかし,本件訴訟のように,法律手続の有効性やその解釈を争う技術的な訴訟において,一方当事者の弁護士費用を相手方に負担させる運用はされていない。

第3  当裁判所の判断

1  争点(1)(本件資本金額減少により控訴人を害するおそれの有無)について

(1)株式会社においては,会社法の規定する手続を経て,株主資本の各項目(資本金,資本準備金,利益準備金,その他資本剰余金及びその他利益剰余金)間の計数を異動させる(金額を振り替える。)ことができる。株主資本の各項目の計数は,抽象的な数額にすぎず,項目間で計数を異動させたからといって,それによって会社財産が増減するわけではない。しかし,その異動により,会社の「分配可能額」(会社法461条2項)が増減し,株主及び会社債権者の利害に影響を与えることになる。

(2)株式会社は,資本金の額を減少することができる(会社法447条)。この場合,その減少額だけ「資本準備金」又は「その他資本剰余金」の額が増加することになる(資本金の減少額を直接

「利益準備金」又は「その他利益剰余金」とすることはできない。)。

資本金の額が減少し,その他資本剰余金の額が増加した場合,会社の分配可能額が増加する結果,その後に株主への分配が行われることにより,会社債権者の不利益となり得る可能性がある。また,資本金の減少額全部を資本準備金とする場合も,資本準備金は,資本金よりも容易に減額できる場合があるため,会社債権者の利益を害する可能性がある。そこで,会社法は,会社が資本金の額の減少をする場合は,会社債権者は,それについて異議を述べることができるとしている(会社法449条1項)。

ところで,株式会社が株主に剰余金を配当する場合には,分配可能額による制限がある(会社法461条1項8号)。

本件において,被控訴人会社は,「その他利益剰余金」が-27億7504万1000円であったのに対し「その他資本剰余金」は5億円しかなく,さらに,「資本準備金」9億2255万2000円を「その他資本剰余金」に振り替えたとしても,合計14億2255万2000円にしかならず(甲23),分配可能額がマイナスの状態(欠損)であるから,その欠損を塡補し,分配可能額がプラスになるまでは剰余金を配当することができない。

(3)本件では,本件資本金額減少により資本金の額が減少され,その全額(4億5810万2123円)が「その他資本剰余金」に組み入れられたものと解される(甲23,会社法447条1項2号,会社計算規則26条1項1号,27条1項1号)ところ,これに加え,従前からの「資本準備金」及び「その他資本剰余金」を考慮しても,「その他利益剰余金」が-27億7504万1000円もあることから,差し引き8億9438万6877円の欠損であって,株主への配当等(自己株式の取得を含む。)により会社財産が流出することはない(会社法461条1項)。

(4)資本金の額の減少における「債権者を害するおそれ」については,当該資本金の額の減少によって抽象的に将来に向けて剰余金の分配可能性が高まる(会社財産に対する拘束が弱まる)というだけでなく,資本金の額の減少が債権者により具体的な影響を与えるかどうかを検討して判断すべきである。その判断に当たっては,資本金の額の減少の直後に剰余金の配当等が予定されているか否かに加え,当該会社債権者の債権の額,その弁済期,当該会社の行う事業のリスク,従来の資本金及び減少する資本金の額等を総合的に勘案し,当該会社債権者に対して不当に付加的なリスクを負わせることがないかという観点から行うべきである(甲33の3〔藤田友敬東京大学大学院教授作成の意見書〕参照)。

確かに,本件においては,上記認定のとおり,被控訴人会社の会社財産の分配が直ちに可能となるわけではないとしても,資本金の額が4億7810万2123円であったものを,突然2000万円に減少されてしまっては,物的会社である株式会社に対する信用は著しく低下せざるを得ない。このような場合,例えば,会社の規模(資本金の額)を信用して,多額の債権を長期で貸し付けている会社債権者にとっては「債権者を害するおそれ」があるといえる場合もあり得るものと解される。しかし,本件においては,控訴人の被控訴人会社に対する債権額は400万円程度であり,その請求を認容する原判決には仮執行宣言が付されていて,いつでも強制執行が可能な状態となっている上,被控訴人会社は,当審において上記債権を争っていないから,将来における被控訴人会社のリスクを考慮する必要はないといえる。したがって,控訴人については,本件資本金額減少が現時点において控訴人を害するおそれがあるかどうかという観点から検討すれば足り,少なくとも現時点においては,上記で検討したとおり,本件資本金額減少により被控訴人会社の会社財産が減少することはないのであるから,控訴人を害するおそれはないというべきである。

なお,控訴人は,債務超過である被控訴人会社が資本金の額の減少を望むのであれば民事再生手続の申立てをすべきであり,それをせずに資本金の額の減少をしておきながら,債務超過を理由に債権者保護手続を執らないことは,民事再生法の脱法行為として許されない旨主張する。しかし,被控訴人会社が会社法所定の手続により資本金の額の減少をするか,それとも民事再生手続の中で資本金の額の減少をするかは,被控訴人会社の選択に委ねられており,前者の方法を執ることが民事再生法の脱法行為として許されないとはいえない。したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

2  まとめ

以上のとおり,本件資本金額減少により控訴人を害するおそれはないから,被控訴人会社は,本件措置を執る必要はなく,本件資本金額減少は有効であり,違法なものということはできない。したがって,被控訴人が本件資本金額減少をしたことをもって控訴人に対する不法行為ということはできないから,その余の点について判断するまでもなく,本件資本金額減少を無効とすること及び被控訴人らに対し不法行為に基づく損害賠償を求める控訴人の請求はいずれも理由がない。

第4  結論

以上によると,控訴人の請求は,これを棄却すべきところ,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中俊次 裁判官 井上一成 裁判官 大畑道広)

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