大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成28年(ネ)2932号 判決 2017年4月06日

控訴人兼被控訴人

全秦通商株式会社(以下「一審原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

今中利昭

田上洋平

加藤明俊

控訴人兼被控訴人

株式会社全功(以下「一審被告」という。)

同訴訟代理人弁護士

生沼寿彦

主文

1  一審原告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

(1)  一審被告は,一審原告に対し,2199万6240円及びこれに対する平成26年8月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  一審原告のその余の請求を棄却する。

2  一審被告の控訴を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その4を一審原告の負担とし,その余を一審被告の負担とする。

4  この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  一審原告

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  一審被告は,その営業上の施設又は活動に,原判決別紙被告標章目録記載1ないし3の標章を使用してはならない。

(3)  一審被告は,前項記載の標章を付した看板,パンフレット,名刺,請求書,領収書,封筒,便箋その他の営業表示物件を廃棄せよ。

(4)  一審被告は,「zenshin.gr.jp」のドメイン名を使用してはならない。

(5)  一審被告は,インターネット上のアドレス「http://www.zenshin.gr.jp」において開設するウェブサイトから,原判決別紙被告標章目録記載3の標章を抹消せよ。

(6)  一審被告は,一審原告に対し,1億1880万円及びこれに対する平成26年8月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(7)  訴訟費用は,第1,2審とも,一審被告の負担とする。

(8)  仮執行宣言

2  一審被告

(1)  原判決中,一審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  一審原告の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも,一審原告の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,一審原告が,一審被告がパチンコ店等の営業について一審原告の周知営業表示と同一又は類似の原判決別紙被告標章目録記載の各標章(以下,同目録記載の標章を,同目録記載の番号に従って「被告標章1」などといい,同目録記載の各標章を総称して「被告各標章」という。)を使用したとし,これが一審原告に対する不正競争行為に当たると主張して,一審被告に対し,①不正競争防止法2条1項1号,3条1項に基づき,被告標章1ないし3の使用差止め,②同法2条1項1号,3条2項に基づき,上記各標章を付した看板等の廃棄,③同法2条1項1号又は13条,3条1項に基づき,「zenshin.gr.jp」のドメイン名(以下「本件ドメイン」という。)の使用差止め,④同法2条1項1号,3条2項に基づき,「http://www.zenshin.gr.jp」において開設されるウェブサイトからの被告標章3の抹消,⑤平成23年12月17日から平成26年8月8日までの一審被告による被告各標章及び本件ドメインの使用による不正競争行為に基づき,損害賠償金(主位的には不正競争防止法5条2項による額,予備的には同条3項による額)の一部である1億1880万円及びこれに対する不正競争行為後の日である同月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は,上記①ないし④の請求をいずれも棄却し,上記⑤の請求を732万5413円及びこれに対する上記遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却したところ,双方が敗訴部分を不服として控訴した。

以下において使用する略称は,特に断らない限り,原判決のものによる。

2  判断の前提となる事実,争点及び争点についての当事者の主張は,後記3のとおり補正し,後記4のとおり当審における当事者の補充主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」中の第2の1及び2並びに第3に記載のとおりであるから,これを引用する。

3  原判決の補正

(1)  原判決3頁12行目から13行目にかけての「現在,被告の代表取締役を務めている」を「一審被告の代表取締役を務めていたが,平成28年10月3日に辞任した。同日以降の一審被告の代表取締役は,P1である」に改める。

(2)  原判決4頁22行目の「本店」から24行目の「移転した」までを「商業登記簿上の本店所在地を本件建物から居住用のマンションの一室の所在地である岡山県津山市       に移転して本件建物1階玄関口に掲げていた社名プレートを撤去し,さらに,登記簿上の本店所在地及び営業の拠点を,同年12月15日には同市       に,平成28年1月18日には現在の本店所在地にそれぞれ移転し,その間の平成27年11月16日には,本件建物を訴外ソフィアに売却し,その旨の所有権移転登記を了した」に,同行の「甲48」の次に「,乙33の2」を加え,25行目の「その後」を「平成26年6月26日以降」に改める。

(3)  原判決5頁20行目の「被告が」を削る。

(4)  原判決6頁15行目から16行目にかけての「同日,」を削り,17行目の「同支部は」から18行目の「発令した」までを「同支部は,同日,別件原決定を変更し,一審被告に対し前記①の各標章及び「株式会社全秦」の商号の使用を差し止める仮処分命令を発令した」に改める。

(5)  原判決7頁14行目の「言い渡された。」の次に次のとおり加える。

「一審原告及び訴外ソフィアらは,それぞれの敗訴部分を不服として控訴したところ,控訴審において,平成29年1月24日,一審原告の控訴を棄却し,訴外ソフィアらの控訴に基づき原判決中訴外ソフィアらの敗訴部分を取り消し,訴外ソフィアらの請求を認容する判決がされた(当庁平成28年(ネ)第2241号)。一審原告は,これを不服として上告受理申立てをした。」

(6)  原判決9頁17行目の「被告標章2」を「被告標章1」に改める。

(7)  原判決10頁8行目の「原告標章2」を「標章」に改める。

(8)  原判決12頁8行目の「本件建物を所有しているが」を「本件建物を所有していたが,既に売却し,」に改める。

(9)  原判決13頁19行目及び22行目から23行目にかけての各「パチンコゼンシン隠岐」をいずれも「ゼンシン隠岐」に改める。

(10)  原判決14頁2行目及び5行目の各「上記不正競争行為」をいずれも「上記期間中の不正競争行為」に改める。

(11)  原判決15頁6行目から7行目にかけての「被告が主張するようなサービス」を「被控訴人が主張するような遊戯者のパチンコ店等の選択基準である交換率等」に,7行目から8行目にかけての「サービスを画一的に受けられること」を「交換率等」に,9行目の「サービスを受けられると」を「交換率等を」に,11行目及び14行目の各「被告店舗」をいずれも「被告2店舗」に,13行目の「被告店舗」を「ゼンシン隠岐」に,25行目の「原告との損害」を「一審原告の損害」にそれぞれ改める。

(12)  原判決16頁20行目の「被告標章目録記載の標章」を「被告各標章」に改める。

(13)  原判決17頁2行目,6行目及び同行から7行目にかけての各「被告店舗」をいずれも「被告2店舗」に,3行目の「被告店舗」を「一審被告」に,4行目の「被告店舗」を「ゼンシン隠岐」にそれぞれ改める。

4  当審における当事者の補充主張

(1)  一審原告

ア 争点2(被告標章1と原告標章1との類否)について

被告標章1は,原告標章1の各鈍角三角形の部分に3本の白線を入れたものにすぎず,全体として外観の形態は原告標章1と同一であり,色彩も同一であることから,外観において類似することは明らかである。標章の類否の判断においては,対比観察より離隔観察が重要であり,離隔観察によれば,両標章を誤認するおそれが高いことは明らかである。原審は,離隔観察の検討を怠った結果,誤った結論を導いたものである。

イ 争点3(一審被告は被告各標章及び本件ドメインを使用しているか)について

(ア) 被告標章2,6について原審は,一審被告が平成26年6月25日に商業登記簿上の本店所在地を本件建物から移転させ,本件建物に設置していた一審被告の社名プレートを撤去したことをもって,一審被告が,本件建物において被告標章2,6を使用していないと判断した。しかし,本件建物において行われていた一審被告の業務は,同日の前後を通じて全く同じであるから,同日以降も一審被告が本件建物を営業上の施設として使用していたことは明らかであり,一審被告が本件建物を所有していたことからも,同日以降も一審被告が被告標章2,6を使用していたことは明らかである。

原判決は,外形的,表面的行為によって強制執行を免れることができることを教示するに等しい。

(イ) 被告標章5について

平成26年1月1日付けの津山朝日新聞の新聞広告(甲45)に記載された全秦グループの事業本部は,住所だけでなく,電話番号及びファックス番号も一審被告のものと同じであるから,上記広告における被告標章5の使用は一審被告による使用とみるほかない。

(ウ) 被告標章7ないし9について

一審被告が被告標章7ないし9を使用していたのは平成26年6月25日までであるとした原審の認定は誤りである。

(エ) 本件ドメインについて

一審原告が主張する数々の間接事実を総合すると,一審被告が本件ウェブサイトを開設し,本件ドメインを使用していることが合理的に認められるというべきである。

ウ 争点6(一審原告の損害の有無及びその額)について

(ア) 不正競争防止法5条2項の推定の覆滅について

同一の営業標章を付した店舗であれば,需要者は,同様の営業内容であると推測するのが通常であるから,原告店舗と被告2店舗の営業標章が同一である以上,需要者は,機種構成,出玉感,交換率等が同一であると期待し,原告店舗に向かう需要が,わずか650mしか離れていない被告2店舗に向かうのは当然である。本件は,至近距離で同一業種による不正競争行為が行われている事案であり,不正競争防止法5条2項がまさに想定している事態であるから,推定を覆滅する事由はない。

(イ) 不正競争防止法5条3項1号による使用料相当の損害について

原審は,不正競争防止法5条3項1号による損害について,単に同条2項による損害の額を上回ることはないとの判断しかしておらず,理由不備の違法がある。同号が適用された過去の裁判例では,少なくとも売上額の1%の損害が認められており,平成以降の裁判例では,最低でも2%は認められている。原告店舗と被告2店舗の近接性,当時の一審被告代表者であるP2が競業避止義務に違反して不正競争行為を行った経緯等の種々の事情を勘案すれば,一審原告が受け取るべき使用料相当額は,一審被告の売上額の10%とするのが相当である。

不正競争防止法5条2項による推定が覆滅された部分についても,同条3項が適用されるべきであり,これを肯定した裁判例もある。仮に原判決のとおり同条2項による推定が99%覆滅されるのであれば,一審被告の売上額の99%に10%を乗じた金額を加算して損害額を算定すべきである。

(2)  一審被告

最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第3小法廷判決は,問題となる商標に顧客吸引力が全く認められず,登録商標に類似する標章を使用することが第三者の商品の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは,得べかりし利益としての実施料相当額の損害も生じていないというべきであるとし,損害が全く発生していないと判断する余地があるとしている。本件についても上記判例を十分に考慮して判断すべきである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,一審原告の請求は,不正競争行為に基づき損害賠償金2199万6240円及びこれに対する平成26年8月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余はいずれも理由がないと判断する。その理由は,後記2のとおり補正し,後記3のとおり当審における当事者の補充主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」中の第4の1ないし7(原判決17頁13行目から29頁24行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  原判決の補正

(1)  原判決18頁11行目の「そして」から13行目の「はずだから」までを「そして,隠岐の島が離島であるとしても,テレビ,新聞等の上記宣伝広告活動は隠岐の島にも及んでおり,また,隠岐の島の住民も本土との間を往来しているのであるから,上記(2)に認定の事実によれば」に改め,19行目の「原告各標章は,」の次に「遅くとも平成23年12月以降は」を加える。

(2)  原判決19頁18行目の「掲げていることをもって」を「掲げているとし」に改める。

(3)  原判決19頁20行目から23行目までを次のとおり改める。

「確かに,一審被告は,かつて本件建物を所有し,本件建物に本店を置いて営業拠点としていたが,前記第2の1⑶イの経緯で,平成26年6月25日に商業登記簿上の本店所在地を本件建物から他所に移転し,その商号を変更して本件建物1階玄関口に掲げていた「株式会社全秦」の社名プレートを除去した上,平成26年12月28日には本件建物における事業活動を停止し,平成27年11月には本件建物をソフィアに売却し,現在は,本件建物を所有も使用もしていないことが認められる(乙30~32(各枝番を含む。),弁論の全趣旨)。」

(4)  原判決19頁24行目の「本店」を「商業登記簿上の本店所在地」に,25行目から26行目にかけての「被告代表者と代表者を共通する訴外ソフィアら」を「一審被告の前代表取締役であるP2が代表取締役を務める訴外ソフィアら」に改める。

(5)  原判決20頁1行目の「被告は」から4行目の「ない。」までを「一審被告については,平成26年6月25日以降は,同年12月28日まで原告標章2,6を表示した外壁看板を掲げた本件建物内に事務所を置いて事業活動をしていたほかは,同グループに属する旨の表示がされた形跡は見当たらず,同月29日以降は,一審被告の商号と類似しているとはいえない上記外壁看板が一審被告の営業を表示していると認めるに足りる事情は見当たらない。」に改める。

(6)  原判決20頁4行目の「被告代表者」を「一審被告の前代表取締役」に,5行目の「被告と代表取締役を同じくする」を「P2が代表取締役を務める」にそれぞれ改め,6行目の「被告代表者である」を削る。

(7)  原判決20頁9行目から11行目までを次のとおり改める。

「したがって,一審被告は,被告標章2,6を表示した外壁看板が掲げられた本件建物に本店を置いて同所における事業活動を開始した平成24年6月頃から本件建物における事業活動を停止した平成26年12月28日までの間,その営業表示として被告標章2,6を使用したことが認められるが,現在これを使用している事実は認められない。」

(8)  原判決21頁1行目の「被告ソフィアらの代表取締役である」を「当時一審被告及び訴外ソフィアらの代表取締役であった」に改める。

(9)  原判決22頁24行目の「平成26年6月25日」を「平成26年12月28日」に改める。

(10)  原判決23頁23行目の「ア 」の次に「一審原告は,平成23年12月17日から平成26年8月8日までの一審被告の不正競争行為について損害賠償を請求しているところ,」を加える。

(11)  原判決23頁24行目及び26行目から24頁1行目にかけての各「パチンコゼンシン隠岐」をいずれも「ゼンシン隠岐」に改める。

(12)  原判決24頁13行目の「被告店舗」を「被告2店舗」に改める。

(13)  原判決25頁10行目の「原告標章を使用していること」を「原告標章2と同7を組み合わせたものを使用するなどしていること」に改め,12行目の「232位」の次に「であり」を,23行目の「場所」の次に「(行きやすさ)」をそれぞれ加える。

(14)  原判決27頁11行目の「取引業者」の次に「等」を加え,18行目から19行目にかけての「薄弱であるということができる」を「ないとはいえないが,大きいものであるということもできない」に改める。

(15)  原判決27頁20行目の「なお」を「なお,パチンコ及びパチスロの上記個別店舗の具体的営業内容に関する情報は,実際に当該店舗での遊技を経験しなければ分からないこともあるから,需要者がそれまで行ったことのない店舗に入店するか否かを決定するに当たっては,宣伝広告や友人知人からの情報だけでなく,既知の店舗と経営主体が同一であったりグループ関係にあることをも参考にして上記具体的営業内容を推測することもないとはいえない。また,」に,21行目の「サービス」を「点」に,22行目の「需要者であれば」を「需要者も」にそれぞれ改め,24行目の「しかし,」の次に「前記のとおり,」を加え,26行目の「72日」を「52日」に,28頁2行目の「当該店舗のサービスを実際に経験している以上」を「当該店舗で実際に遊戯している以上」にそれぞれ改める。

(16)  原判決28頁15行目の「使用態様のうち,」の次に「被告2店舗の主たる需要者である」を加え,16行目から17行目にかえての「標章の使用は原告店舗の営業に損害を全くもたらさないことは明らかである」を「標章の使用が原告店舗の営業に損害をもたらすことはほぼないものと認められる」に,20行目の「99%」を「97%」に,22行目の「さえ」を「を」にそれぞれ改める。

(17)  原判決29頁1行目の「(1)」を「(2)」に,2行目及び23行目の各「666万5413円」をそれぞれ「1999万6240円」に,9行目の「(2)」を「(3)」に,14行目の「パチンコそのものの」を「パチンコ又はパチスロの遊技自体に関する具体的」に,24行目の「66万円」を「200万円」にそれぞれ改める。

(18)  原判決30頁2行目の「732万5413円」を「2199万6240円」に改める。

3  当審における当事者の補充主張に対する判断

(1)  争点2(被告標章1と原告標章1との類否)について

一審原告は,離隔観察によれば,原告標章1と被告標章1とは外観上類似していると主張する。しかし,原告標章1は,1辺が凹型の曲線である赤色の三角形と,これを180度回転した三角形とを,それぞれの長辺が一定の間隔を持って斜めに平行に向かい合うように配置したもので,2つの同型の図形から成ることにより,全体としてシンプルですっきりとまとまった印象を与えるのに対し,被告標章1は,原告標章1の2つの三角形のそれぞれに,両図形が対置する角度と同じ角度に斜めの白線をそれぞれ3本引いたものであるが,白線があることによって各三角形の一体感が薄まり,白線で区切られた図形の集合体であるかのような印象をも与えるものである。したがって,両商標の外観から受ける印象は相当異なったものであるといえるから,離隔観察によっても,両商標の外観が類似しているということはできない。

(2)  争点3(一審被告は被告各標章及び本件ドメインを使用しているか)について

ア 被告標章2,6について

補正して引用した原判決「事実及び理由」中の第4の3(1)イのとおり,一審被告が平成24年6月頃から平成26年12月28日まで被告標章2,6をその営業に使用していたことは認められるが,同月29日以降の使用についてはこれを認めるに足りる証拠はなく,一審被告が不正な手段を用いるなどして不当に別件訴訟の判決に基づく強制執行を免れているといえるような事情は見当たらない。

イ 被告標章5について

平成26年1月1日付け津山朝日新聞の新聞広告(甲45)は,その記載内容や表示からして訴外ソフィアら及びこれらを構成員とする全秦グループ全体の広告であることが明らかである。一審原告は,上記広告に記載された事業本部の所在地,電話番号及びファックス番号が一審被告のものと同じであることを指摘する。しかし,上記広告には一審被告の商号等一審被告を特定する表示はされていない上,事業本部の所在地等は,その連絡先を表示したにすぎないと解されるものであること,上記広告に表示された事業本部の所在地は本件建物であり,同広告に表示された訴外ソフィア,訴外全本及び訴外日新開発の事業所所在地と同じであるし,ファックス番号も同広告に表示された訴外全本及び訴外日新開発のものと同じであって(甲45),事業本部の表示は,ソフィアら以外の営業主体を表示していると解されるものではないから,一審原告が指摘する事実から直ちに一審被告が上記広告の主体であるとか,上記広告に表示された被告標章5を使用しているとか,と認めることはできず,他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。

ウ 被告標章7ないし9について

一審被告が平成26年6月26日以降被告標章7ないし9を使用したことを認めるに足りる証拠はない。

エ 本件ドメインについて

一審原告は,本件ウェブサイト(甲41)に掲載されたP2の挨拶文に,ゼンシングループに関して「パチンコ店を,全国に先駆けて岡山県津山市郊外に出店し大成功を収め…」「1985年には…コンピュータソフトウェアを開発する株式会社ソフィアを設立。金属リサイクル,アミューズメントの2本柱に加え,現在ではゼンシングループを支える3本目の柱として順調に業績をあげています。」との記載があることについて,「パチンコ店」及び「アミューズメント」は一審被告の営業を指しているから,本件ウェブサイトにおける本件ドメインの使用は一審被告の営業表示としての使用であると主張する。

しかし,上記挨拶文には,上記の記載に続いて「2012年にはこれらのグループ企業を再編し,新たな体制のもとで再スタートを切った新生ゼンシングループですが,…」との記載があり,上記部分は,パチンコ業を営む一審原告と共同で全秦グループを構成していた時の状況を説明したものとも解されるし,本件ウェブサイトには,一審被告の商号や一審被告が経営している店舗名は一切表示されていないのであるから,いずれにしても,一審被告が本件ドメインを自らの営業表示として使用しているものとは認められない。

(3)  争点6(一審原告の損害の有無及びその額)について

ア 不正競争防止法5条2項の推定の覆滅について

一審原告が指摘する事情を踏まえても,本件について不正競争防止法5条2項の推定について97%の覆滅が認められることは,補正して引用した原判決「事実及び理由」中の第4の7(3)(原判決24頁8行目から28頁26行目まで)に記載のとおりである。

一審被告が引用する最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第3小法廷判決は,侵害者の標章が著名性を獲得し,業務上の信用及び顧客吸引力を有していたのに対し,商標権者の登録商標は,全く使用されず,知名度も業務上の信用の化体も顧客吸引力もほとんどなかったなどの事情が認められる事案において,平成10年法律第51号による改正前の商標法38条2項(現行商標法38条3項)の適用について,「登録商標に顧客吸引力が全く認められず,登録商標に類似する標章を使用することが第三者の商品の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは,得べかりし利益としての実施料相当額の損害も生じていない。」と判示し,商標権者に逸失利益の損害が何ら生じていないとしたものである。これに対し,本件における原告標章は周知であり,現に営業に使用されており,顧客吸引力もないとはいえないのであるから,上記判決とは明らかに事案を異にしているのであって,97%を超えて推定の覆滅を認めるに足りる事由はない。

イ 不正競争防止法5条3項1号による使用料相当の損害について

(ア) 一審原告は,不正競争防止法5条3項1号による使用料相当の損害金として,少なくとも一審被告の売上額の10%の額が認められるべきであると主張する。しかし,補正して引用した原判決「事実及び理由」中の第4の7(4)及び(5)のとおり,原告各標章をパチンコ店等の営業表示として使用しても,そのこと自体による顧客の獲得はさほど見込めず,顧客吸引力は極めて低いと認められることからすると,平成23年12月17日から平成26年8月8日までの一審被告の前記不正競争行為についての同号による使用料相当損害金は,同条2項により推定される損害額を超えることはないというべきである。一審原告が引用する裁判例は,本件と事案を異にするものであり,上記認定判断を左右しない。

(イ) 一審原告は,不正競争防止法5条2項により推定が一部覆滅された部分について,同条3項を適用して使用料相当額の損害賠償請求をすることができると主張する。しかし,補正して引用した原判決「事実及び理由」中の第4の7(3)及び(4)において算定した同条2項により推定される損害額は,平成23年12月17日から平成26年8月8日までの一審被告の前記不正競争行為の全体によって生じた一審原告の損害(逸失利益)額を算定したものであり,推定が覆滅された一部について改めて同項3項による損害額を算定し,その合算額を損害額とすることは,同一の侵害行為を二重に評価して損害額を算定することを意味するものであり,許されないといわなければならない。一審原告の上記主張は,採用することができない。

4  以上によれば,一審原告の請求は,不正競争行為に基づき損害賠償金2199万6240円及びこれに対する平成26年8月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余はいずれも理由がないというべきである。

よって,一審原告の控訴に基づき,当裁判所の上記判断と一部異なる原判決を上記のとおり変更し,一審被告の控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部

(裁判長裁判官 山田知司 裁判官 髙橋文淸 裁判官 寺本佳子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例