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大阪高等裁判所 平成28年(ネ)2993号 判決 2017年4月20日

控訴人

A1(以下「控訴人A1」という。)

控訴人

A2(以下「控訴人A2」という。)

控訴人

A3(以下「控訴人A3」という。)

控訴人

A4(以下「控訴人A4」という。)

控訴人

A5(以下「控訴人A5」という。)

上記5名訴訟代理人弁護士

徳井義幸

安原邦博

被控訴人

学校法人W学園

同代表者理事長

同訴訟代理人弁護士

俵正市

小國隆輔

主文

1 本件控訴をいずれも棄却する。

2 控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人は、控訴人A1に対し、292万8200円及びこれに対する平成27年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被控訴人は、控訴人A2に対し、299万4329円及びこれに対する平成27年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 被控訴人は、控訴人A3に対し、270万4163円及びこれに対する平成27年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5 被控訴人は、控訴人A4に対し、284万6880円及びこれに対する平成27年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6 被控訴人は、控訴人A5に対し、424万2680円及びこれに対する平成28年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

7 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

8 第2項ないし第6項につき仮執行宣言

第2 事案の概要

1 事案の要旨

本件は、中学校及び高等学校を設置する被控訴人の教諭であった控訴人らが、退職金が減額されることになる就業規則の変更が控訴人らを拘束しないとして、それぞれ、変更前の就業規則に基づく退職金額と既払退職金額との差額である前記第1の2ないし6記載の各金額及びこれに対する弁済期の翌日(控訴人A1、同A2、同A3及び同A4につき平成27年5月1日、同A5につき平成28年5月1日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は、控訴人らの請求をいずれも棄却したため、同人らがこれを不服として控訴を申し立てた。

2 前提事実等

前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり改め、当審における控訴人らの主張を後記3に、それに対する被控訴人の反論を後記4に付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の第2の1ないし3(原判決2頁26行目から17頁26行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1) 原判決6頁12行目から16行目までを次のとおりに改める。

「ア 被控訴人は、平成元年3月1日、退職年金(学校年金)制度を導入し、同制度導入時に在籍していた教職員については、採用年度に遡って加入していたとみなして支払額を計算することとし、このみなし加入期間に相当する負担金は、被控訴人が全額拠出した。

イ 被控訴人は、前記(3)の新人事制度導入に伴い、個々の教職員との合意により、退職年金制度の廃止及びこれに伴う清算を行った。その際、教職員に支払うべき一時金の額については、前記アのみなし加入期間を存置したままで計算することとした。」

(2) 原判決6頁24行目末尾の次に行を改めて、次のとおり加える。

「(6) 退職金を支払うべき期日(書証略)

被控訴人の退職金支給規則においては、本件変更の前後を問わず、退職金は一括払とし、退職の日より30日以内に支払うものとされている。」

(3) 原判決15頁1行目の「退職金年金制度」を「退職年金制度」に改める。

(4) 原判決16頁12行目の「ウ 」の次に「被控訴人の行ったキャッシュフローに関するシミュレーションは、「平成25年2月28日労使交渉資料」(書証略)における」を加える。

(5) 原判決16頁16行目の「W1」の次に「中学校・高校」を加える。

3 当審における控訴人らの主張

(1) 労働条件変更の必要性について

ア 被控訴人の経営状態が危機的なものであったとはいえない。

(ア) 消費収支の赤字は、平成21年度の約6億4430万円から次第に解消され、本件変更の直前である平成24年度は約2億0620万円にとどまり、翌平成25年度には約2055万円の黒字に転じている。また、平成24年度の収入は約20億9600万円あり、赤字額はその1割にも満たないものであった。

(イ) 企業会計上の赤字に当たる額は、帰属収入と消費支出との差額で見るべきである。その額は、平成21年度の約5億0470万円から大幅に減少して、平成24年度には約260万円となり、翌平成25年度には約2億5220万円もの黒字となっていた。

(ウ) 減額された控訴人らの退職金の額は約1600万円でしかなく、その減額によっては2億5000万円を超える黒字を生み出すことはできない。平成25年度における黒字は、退職金の減額によってではなく、基本給の減額等の不利益変更や経費削減策によってもたらされたものであるから、基本給の減額に加えて、更に退職金の減額という不利益変更を行う必要性はなかった。

(エ) 被控訴人の現預金残高は、平成24年度末5億2100万円、平成25年度末5億4100万円、平成26年度末6億1600万円であり、手元資金が底をつくような状況にはなかった。

イ 被控訴人の生徒数は、平成17年度の9008名から、平成24年度には7697名と減少してはいるが、平成25年度及び平成26年度には8000名近くになっており、退職金減額の必要性を肯定する根拠とはし難い。

また、被控訴人には、もともと学則所定の定員どおりの生徒を収容できる人的・物的体制がなかったから、定員割れになっていることをもって生徒数が減少傾向にあるということはできない。逆に、W1高校においては、平成24年度は202名の募集に対して209名の入学、平成25年度は281名の募集に対して286名の入学、平成26年度は291名の募集に対して345名の入学となっており、募集人員及び入学者の増加傾向は顕著である。

ウ 被控訴人の退職給与引当特定資産の額は、平成22年度末で13億円を超えており、平成24年度末でも12億円を超えていた。退職給与引当特定資産は取り崩すことのできるものであり、実際の退職者は各年度に分散すると考えられるから、50%の引当率でも将来退職金の支払が不能になるとは考え難い。そうすると、被控訴人には、平成22年度末に約6億5000万円、平成24年度末に約6億円の内部留保があったことになる。

将来の退職金の支払原資が不足するとしてもそれは遠い将来のことであり、現時点で大きな不利益変更の高度の必要性があるといえる事由とはなり難い。

エ 被控訴人の外部負債は、平成21年度以降減少し続け、平成24年度からは長期負債はなくなっている。負債といえるものは、平成20年に完成した生徒寮建設費約11億円くらいで、それについては長期未払金として毎年1億円ずつ返済している。

(2) 変更後の就業規則の内容の相当性について

ア 賃金減額についての激変緩和措置は、退職金の減額に関する激変緩和措置として考慮することはできない。

イ MC職群資格を取得して基本給が増額した者らは、元の基本給が最も高い者でも月額32万1900円であった。それよりも基本給が高額であった控訴人らは、基本給が6万円ないし7万円減額されているから、MC職群資格を取得しても、基本給は減額されていたことは確実である。したがって、職群資格を設けたことは代償措置とはいえない。

ウ 控訴人らは、退職金の支給率及び基礎となる基本給の額に係る退職金支給規則の不利益変更について争っているのではないから、退職金の支給率及び基礎となる基本給の額が大阪府内の他の学校よりも高いか低いかということは考慮できない。

エ 控訴人A1、控訴人A2、控訴人A3及び控訴人A4にとっては退職の23か月前、控訴人A5にとっては退職の35か月前に基本給が大幅に減額されたのであるから、退職金の算定基礎は、被控訴人のようにこれを退職時の基本給とするよりも、公益財団法人大阪府私学連合会(以下「大阪府私学連合会」という。)の退職金事業のように退職前60か月の基本給の平均とした方が高額となる。したがって、被控訴人の退職金が大阪府内で高いものになっているとはいえない。

しかも、控訴人らは、退職時ではなく、退職の23か月前又は35か月前の平成25年3月末時点の退職金支給率と基本給で計算した退職金しか受け取っていない。

4 被控訴人の反論

(1) 労働条件変更の必要性について

ア 被控訴人の収支は、労働条件の変更を避けられない状況であった。

(ア) 平成24年度の消費支出超過額が約2億0620万円にとどまったのは、定期昇給の停止、管理職手当の削減、役員報酬総額の削減、賞与削減といった緊急避難措置によって人件費を削減し、教育関係の設備についても危機管理上必要とされる改善のみとした結果である。

平成25年度の消費収支は、新人事制度導入後のものであるから、本件変更の必要性を判断する際の考慮要素とならない。

控訴人らは、平成24年度の赤字額が収入の1割にも満たなかったことを指摘するが、収入に対して1割の赤字は、そのまま継続すれば学校法人の存続が危ぶまれる水準である。また、被控訴人は、平成13年度以降、消費支出超過が継続していた。

(イ) 被控訴人の経営状態の分析は、消費収支をもとに行うべきである。

(ウ) 平成26年度の定年退職者は控訴人らのみではないから、減額された控訴人らの退職金の額をもって、退職金の減額を行う必要性はなかったということはできない。

また、控訴人らは、基本給の減額によって、退職金を減額しなくても黒字を達成できた旨主張するが、経過措置によって平成25年度は新人事制度導入前の年収の95%が確保されていたから、基本給の減額は実際にはほとんど行われていなかった。

(エ) 被控訴人の計算書類における現預金残高は、各年度の3月31日現在のものである。各年度の退職者の多くの退職日は3月31日であるから、同日付けで退職給与引当特定資産を取り崩して現預金として計上し、翌月の4月に退職金を支払うことになる。退職金以外の支払もある。したがって、3月31日時点での現預金は、翌月の退職金等の支払に充てられる額を含んでおり、その増減を単純に論じることに意味はない。

(オ) 被控訴人の経営状況は、新人事制度導入のほかに、学校法人解散や民事再生も検討されるほどであった。しかし、倒産を避け、雇用を確保する方針のもと、平成24年度緊急避難措置を経て、新人事制度を導入した。

イ W1中学校・高校とW2高校とでは授業料の単価が異なるから、その相違を無視して生徒の合計数を論じることに意味はない。

控訴人らは、募集人員を参照すべきである旨主張するが、募集人員とは、入試広報戦略の一つとして、前年度までの入学者数の状況等を見て、当年度の生徒募集の目安とするために設定する人数である。生徒募集に際して、学則定員を基準にすると、入試倍率が著しく低くなり、そのことによって更に入学希望者が減るという悪循環に陥るおそれがあるから、学則定員とは別に募集人員を設定している。

所轄庁の審査基準では、学則所定の定員に対応した人的・物的設備を整えることが求められているから、被控訴人には学則所定の定員どおりの生徒を収容できる人的・物的体制がないということはない。

ウ 貸借対照表に記載された退職給与引当特定資産は、一人一人の職員について、当年度に退職した場合に支払われる退職金を算出し、その金額を合計したものである。これを取り崩して控訴人らに支払えというのは、後輩たちの退職金を自分たちに支払えと言うに等しい。退職金を支払うことができなくなる事態を避けるためには、退職給与引当特定資産として、原則100%を確保しなければならない。

エ 被控訴人は赤字経営を続けていた。毎年度の支出を当年度の収入で賄うことができなければ、いずれ経営破綻する。負債の有無は、これとは別の議論である。

(2) 変更後の就業規則の内容の相当性について

ア MC職群資格を取得すれば、基本給の減額幅が小さくなり、退職金の減額幅も小さくなる。そうであれば、職群資格を設けたことは、基本給の減額に対する代償措置と位置付けられる。

イ 変更後の労働条件の相当性を判断する際には、変更のあった規定だけを見るのではなく、変更がなかった規定も含めて、労働条件全体を検討の対象とすべきである。

そして、被控訴人における退職金の支給率は、勤続38年以上で基本給の60か月分であるが、これは、多くの学校法人が加入する大阪府私学総連合会の退職金事業で用いられる支給率が、加入期間47年でも平均標準給与額の51.49か月分であることに比べて高く設定されている。

さらに、控訴人らは、激変緩和措置を受けた結果、本来退職金額は退職時の基本給の60か月分であるところ、それよりも高額の退職金の支給を受けている。

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所も、控訴人らの請求は、いずれも理由がないものと判断する。

その理由は、次のとおり改め、当審における控訴人らの主張に対する判断を後記2に付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の第3(原判決18頁2行目から35頁1行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1) 原判決18頁5行目から6行目までを次のとおりに改める。

「(1)ア 平成25年文部科学省令第15号により改正前の学校法人会計基準等においては、次のとおり定められていた。(書証略)

(ア) 帰属収入とは、学校法人の負債とならない収入をいう。

(イ) 消費収入とは、帰属収入から基本金組入額を控除したものをいう。

(ウ) 消費支出は、当該会計年度において消費する資産の額及び当該会計年度における用役の対価に基づいて計算する。

(エ) 消費収支計算は、消費収入と消費支出を対照して行う。

(オ) 基本金とは、学校法人が、その諸活動の計画に基づき必要な資産を継続的に保持するために維持すべきものとして、その帰属収入のうちから組み入れた金額であり、これを取り崩すことには制約が設けられている。

基本金に組み入れることとされているのは、次の4種である。

① 教育の充実向上等のために用いられる固定資産を自己資金で取得したときのその価額(1号基本金)

② 教育の充実向上等のため将来取得する固定資産の取得に充てる金銭等(2号基本金)

③ 基金として継続的に保持し、かつ運用する金銭等(3号基本金)

④ 恒常的に保持すべき必要運転資金の額として、前年度末の消費支出額の12分の1相当額(4号基本金)

イ 被控訴人の平成21年度(平成21年4月1日から平成22年3月31日まで)ないし平成25年度の消費収支及び帰属収支(帰属収入と消費支出を対照したものをいう。以下同じ。)等は、原判決別紙3のとおりである。

また、被控訴人は、消費収支で見ると平成16年度から平成24年度まで9年連続で赤字、帰属収支で見ても平成17年度から平成24年度まで8年連続で赤字であった。(書証略)」

(2) 原判決18頁11行目及び28頁7行目の各「資本金」をそれぞれ「基本金」に改める。

(3) 原判決19頁3行目の「帰属収支差額費率」を「帰属収支差額比率」に改める。

(4) 原判決19頁4行目の「人件費率」を「人件費比率」に改める。

(5) 原判決20頁12行目の「その後、」の次に「新人事制度導入に当たり、」を加える。

(6) 原判決25頁8行目の「超過した」を「満たした」に改める。

(7) 原判決27頁9行目の「やむを得ないというほかない。」の次に行を改め、「原告A2は、」から21行目末尾までを次のとおりに改める。

「 控訴人A2は、原審の本人尋問において、被控訴人には実質的には長期も短期も負債がない旨供述していることから、被控訴人の負債の状況についても見ると、平成24年度計算書類(書証略)によれば、同年度末における長期借入金は0円、短期借入金は1億3000万円であったことが認められる。しかし、平成24年度計算書類(書証略)及び「平成24年4月12日労使交渉記録メモ」(書証略)によれば、同時点で、そのほかに株式会社W4(以下「W4」という。)に対する長期未払金6億9604万5000円、未払金1億0783万5000円の合計8億0388万円の債務が計上されていたこと、これは、生徒寮建設に当たり、被控訴人は、自ら資金を調達することができなかったため、W4において資金を調達して生徒寮を建設し、被控訴人がW4に10年分割で金利を含めた代金を支払って生徒寮を譲り受けるとの内容の取引を行ったことによるものであること、この取引による被控訴人の1年間の支払額は、平成24年度において元金1億0783万5000円及び利息1683万2867円の合計1億2466万7867円であったことが認められる。平成24年度における消費収入額20億9604万2207円のうち、人件費14億5947万1443円(書証略)を除いた残りである6億3657万0764円に対して上記元利金の支払額は約2割を占めていたことになる。これらのことからは、そもそも、被控訴人は、金融機関から融資を受けることが困難な状況にあったと認められるほか、上記元利金の支払の負担も決して軽視できないものになっていたということができる。」

(8) 原判決31頁18行目の「新人事制度導入前の」を「新人事制度導入前に」に改める。

(9) 原判決32頁14行目の「退職年数」を「勤続年数」に改める。

(10) 原判決32頁22行目の「労働組合等の交渉」を「労働組合等との交渉」に改める。

2 当審における控訴人らの主張に対する判断

(1) 労働条件変更の必要性について

ア 経営状態について

(ア) 控訴人らが、学校法人の経営状態を判断するためには、消費収支ではなく帰属収支を基準とすべきであるとの趣旨の主張をするのは、消費収入の額は、基本金への組入れによって操作できるから、消費収支は、経営状態を必ずしも正確に反映したものではないとの考え方に基づくものと考えられる。しかし、平成24年度計算書類(書証略)によれば、本件変更の直前である平成24年度において基本金に組み入れられた2億0359万3198円は全て1号基本金であったことが認められる。1号基本金は、固定資産を自己資金で取得した場合に組み入れるべきものであって、学校法人には組み入れるかどうかについて裁量の余地はなく、学校法人の安定的経営のため、自由に使うことの許されない資金としてあらかじめ帰属収入から差し引くこととされているのである。他方、同じく平成24年度計算書類(書証略)によれば、基本金に組み入れるかどうかについて学校法人として裁量がある福祉厚生基金の積立てのための3号基本金については、平成24年度期首に1億8270万1539円であったが、その一部を期中に取り崩し、期末までに2788万1602円減少している。C作成の陳述書(書証略)によれば、基本金以外の特定資産についても平成15年以降取崩しが続いてきたことが認められる。したがって、本件においては、消費収支を基準とすることによって、被控訴人の経営状態が正確に判断できないと考えられる要素は見当たらないというべきである。

そして、前記認定事実(1)のとおり、被控訴人の帰属収入は、平成21年度以降は年々増加していたが、それでも、消費収支は平成16年度から平成24年度まで9年連続で赤字で、帰属収支で見ても平成17年度から平成24年度まで8年連続で赤字であったのである。

そうすると、平成24年度において、帰属収支で見れば赤字額は260万円にとどまっていたといっても、そのことをもって資金繰りが苦しくなかったということにはならない。加えて、平成24年度の消費支出額は、前記認定事実(5)のとおり、緊急避難措置として、役員報酬総額の切下げ、役員手当30%カット、教職員全員の昇給停止等の人件費圧縮策を発動した結果でもある。

(イ) 控訴人らは、基本給の減額等の不利益変更や経費削減策によって平成25年度の黒字転換が可能であったと考えられ、控訴人らの退職金の減額までは必要なかったとの趣旨の主張をするが、控訴人らの退職金の減額は、専ら基本給の減額に連動したものである。基本給を減額して退職金を含めた人件費を削減するという経営再建策は、個々の労働者にとって、主にその勤続年数や自己に適用されている基本給の額によって受ける影響が異なるものと考えられるから、一部の労働者についての退職金減額の部分のみを切り出して、その必要性を判断するのは相当でない。労働条件変更の必要性の有無は、変更される労働条件全体について判断すべきである。

(ウ) 平成24年度計算書類(書証略)によれば、同年度末における被控訴人の現預金残高は5億2169万3324円であったが、「平成25年2月28日労使交渉資料」(書証略)によれば、本件組合に対して示されていたシミュレーションでは、同時点での現預金残高は1億9700万円や2億6500万円とされていたことが認められる。

この点について、被控訴人は、平成25年3月退職者の退職金3億5600万円を同年4月に支払うことになっており、この分を差し引けば、手元資金は1億6500万円に過ぎなかった旨主張する。この主張は、平成24年度計算書類(書証略)中の貸借対照表には、未払金として4億6762万4701円が計上され、平成25年度計算書類(書証略)中の資金収支計算書には、前期末未払金支払支出として4億6736万9412円が計上されていることに矛盾しないから、平成24年度末において、実質的な手元資金は、被控訴人の主張どおり1億6500万円であったと認めるのが相当である。

加えて、平成24年度計算書類(書証略)によれば、同年度末における流動資産は7億2069万3191円であったのに対し、流動負債は7億7570万6818円で流動資産の額を上回っていたことをも併せ考えれば、資金繰りは相当窮屈なものであったということができる。

(エ) 控訴人らが学校法人会計の分析に関する文献として提出した証拠(書証略)を踏まえても、上記認定及び説示は左右されない。

イ 生徒数について

控訴人らは、平成25年度及び平成26年度において生徒数が増加していることを指摘するが、本件変更の必要性の有無を判断する上で、本件変更後である平成25年度以降の生徒数の増加は考慮要素とすることができないというべきである。

甲第30号証(書証略)によれば、平成24年度においても、W1高校の入学者数は募集人員を超えていたことが認められるが、それでも、既に述べたとおり、帰属収入は、人件費につき緊急避難措置を発動してやっと消費支出と拮抗する程度で、裁量の余地のない基本金組入れ後の消費収支では約2億円の赤字であったのであるから、収支の均衡が大きく崩れている状態であったことに変わりはない。

ウ 退職給与引当資産について

乙第69号証(書証略)及び乙第70号証(書証略)によれば、文部科学省の通知により、退職金の期末要支給額の100%を退職金引当金として計上することとされていることが認められる。負債として計上した退職金引当金に対応する資産を特定資産として分別管理することは引当金計上の趣旨からして当然であり、資金繰りが苦しかったのなら退職金引当特定資産を一部取り崩して流用すべきであったとはいえない。

エ 負債について

前記1で訂正の上引用した原判決「事実及び理由」中の第3の2(2)ア(ア)において認定及び判示するとおり、被控訴人は、そもそも金融機関から融資を受けることが困難な状況にあった上、平成24年度末において、生徒寮建設に関してW4に対して長期未払金6億9604万5000円及び未払金1億0783万5000円の合計8億0388万円の債務を負っており、同年度における元利金合計1億2466万7867円の支払の負担は決して軽視できないものになっていたといえる。負債の状況から見ても、被控訴人の経営状態が危機的なものでなかったといえるものではない。

(2) 変更後の就業規則の内容の相当性について

ア 控訴人らは、賃金減額についての激変緩和措置は、退職金の減額に関する激変緩和措置として考慮することはできない旨主張する。

しかし、退職金減額による不利益は専ら経済的なものであり、経済的な利益又は不利益は金額の多い少ないに尽きるのであるから、退職金の点だけでなく、本件変更の全体によって被控訴人から支給を受ける額がどう変わるのかによって判断すべきである。したがって、賃金減額についての激変緩和措置を、退職金の減額に関する激変緩和措置として考慮することは不当ではない。

イ 控訴人らは、職群資格を設けたことは代償措置とはいえない旨主張する。

確かに、基本給が相対的に高額で、かつ、定年までの期間が短かった控訴人らにとって、職群資格の導入がメリットの少ないものであったということはできる。しかし、MC職群資格を取得すれば、基本給の減額は若干は圧縮されたと考えられるのであるから、代償措置としての意味が全くなかったとまではいえない。

ウ 控訴人らは、退職金の支給率及び基礎となる基本給の額に係る退職金支給規則の不利益変更について争っているのではないから、退職金の支給率及び基礎となる基本給の額が大阪府内の他の学校よりも高いか低いかということは考慮できない旨主張する。

しかし、前記アにおいても説示したとおり、退職金減額による不利益は専ら経済的なものであるから、本件変更後に支給を受けることのできる退職金額が相当なものかどうかを判断するに当たり、同一地域内の同業種同職種における状況を考慮することは不当ではない。

エ 控訴人らは、被控訴人の退職金が大阪府内で高いものになっているとはいえない旨主張する。

しかし、証拠(書証略)によれば、控訴人らは、激変緩和措置により、実際の退職時をもって退職金額を算定するよりも、平成25年3月末退職として退職金額を算定した方が高くなるため、その高い方である後者の算定方法によって退職金を支給されたことが認められる。平成25年3月末退職として、被控訴人の退職金支給規則による算定と、大阪府私学連合会の退職金事業における算定と比較すれば、前記1で引用した原判決「事実及び理由」中の第3の2(2)ウ(ウ)のとおり、支給率は被控訴人の方が格段に高いから、退職金額は明らかに被控訴人の方が高くなるといえる。

(3) 小括

そうすると、控訴人らの当審における補充主張は、いずれも本件の判断を左右するものではない。

3 結論

以上の次第で、当裁判所の上記判断と同旨の原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部

(裁判長裁判官 山田知司 裁判官 中尾彰 裁判官寺本佳子は、転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 山田知司)

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