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大阪高等裁判所 平成28年(ネ)3119号 判決 2017年4月14日

控訴人(1審原告)

上記訴訟代理人弁護士

中村和雄

被控訴人(1審被告)

学校法人X

上記代表者理事長

上記訴訟代理人弁護士

俵正市

小國隆輔

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

(略称は、断りのない限り原判決の例による。)

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  控訴人が被控訴人に対し、平成30年4月1日から平成35年3月31日まで労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

3  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  概要

控訴人は、被控訴人との間で労働契約を締結し、被控訴人の設置、運営する被控訴人大学(X)人文科学研究所において教授として研究教育活動に従事する者であり、満65歳に達した年度の3月31日は平成30年3月31日であるところ、本件は、控訴人が、被控訴人の就業規則附則1項に規定する「大学院に関係する教授」(大学院教授)と同様に70歳まで定年延長を受ける権利があるなどと主張して、被控訴人に対し、平成30年4月1日から平成35年3月31日まで労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める事案である。

2  当事者の主張

(1)  原判決2頁20行目の「大学院に関わる教授」を「大学院に関係する教授」に改め、後記(2)のとおり当審における当事者の補充主張を加えるほかは、原判決「事実」中の「第2当事者の主張」のとおりであるから引用する。

(2)  当審における当事者の補充主張

(控訴人)

本件確認の訴え(本件訴え)について、控訴人には確認の利益がある。

被控訴人大学においては、事実たる慣習として、定年延長が認められ又は特任教授に任用されるためには、定年の2年前には大学院教授への任用が協議されていることが必要である。すなわち、控訴人について、定年が延長を認められ又は特任教授に任用されるためには、遅くとも平成29年6月ころには大学院教授に就任している必要があり、そのためには平成28年9月には人事協議が始まっている必要があるが、平成29年1月時点で任用人事は協議されていない。

また、大学院教授に任用されるのは独立大学院の教員に限られ、控訴人の所属する被控訴人大学人文科学研究所には大学院が設置されていないから控訴人が大学院教授に任用されることは不可能であり、任用を可能にするには根本的な制度改革が必要であるが、控訴人が定年に達するまでにそれを実現することは不可能である。

控訴人は、定年までの間に他大学に転職する意思はなく、控訴人が定年時点で大学院教授に任用されていないことは確定している。控訴人は、大学院教授となって大学院教育を行う能力、業績及び意欲を備える者であるところ、大学院を有する学部や独立の大学院組織の教員との間で定年延長に関して不合理な差別を受け、基本的人権を侵害されているから、控訴人が請求する確認の対象となる権利は、法的保護に値するというべきである。

(被控訴人)

被控訴人は、控訴人について大学院教授への任用に関する人事異動を行うとも行わないとも決めていない。また、被控訴人の就業規則その他の諸規程に、定年延長が認められ又は特任教授に任用されるためには定年の2年前には大学院教授への任用が協議されていることが必要とする定めはない。

控訴人と被控訴人との間の雇用契約は様々な理由により終了し得るものであるから、控訴人が定年時点までに離職する可能性を否定できない。したがって、現時点において、将来の雇用契約上の地位を確認する利益はない。

第3当裁判所の判断

当裁判所も、本件訴えは確認の利益を欠き、不適法であると判断する。その理由は、以下のとおりである。

(1)  本件訴えは、控訴人が、被控訴人の就業規則附則1項に規定する大学院教授と同様に当然に定年延長を受ける権利があると主張して、平成30年4月1日から平成35年3月31日まで労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるものであり、将来の法律関係の確認の訴えである。将来の法律関係の確認を求めることは、不確定な法律関係の確認を求めるものであって、現在における紛争解決の方法としては原則として不適切と考えられる。しかし、将来の法律関係であっても、権利侵害の発生が確実視できる程度に現実化し、かつ、侵害の具体的発生を待っていては回復困難な不利益をもたらすような場合には、当該法律関係の確認を求めることが紛争の予防・解決に最も適切であるから、これを確認の対象として許容する余地があるものと解される。

そこで、本件訴えについて検討する。そもそも、被控訴人の就業規則は、「社員は、満65歳をもって定年退職とするものとする。」(10条1項)、「第10条の本文については、(当分の間)大学院に関係する教授にして本法人が必要と認めたものに限りこれを適用しない。」(附則1項)と規定するのみであり、「大学院に関係する教授」(大学院教授)の定義も不明であるから、仮に長年にわたり被控訴人大学のある種の教授について例外なく定年が延長されている実態が存在するとしても、被控訴人大学の教授のうち一定の要件を満たす者が当然に定年延長を受ける権利を有するといえるかは疑問である。しかし、仮に被控訴人大学の「大学院教授」がかかる権利を有しているとしても、当審の口頭弁論終結日である平成29年3月1日から控訴人の定年時点である平成30年3月31日までには1年余りの期間があり、その間、控訴人と被控訴人との間の労働契約関係・契約内容に変更が生じる可能性や被控訴人大学における定年の制度に変更が生じる可能性がないとはいえないから、控訴人が「大学院教授」と同等に定年延長を受けられるか否かを判断するにはなお不確定要素が多いといわざるを得ない。

これに対し、控訴人は、定年までに転職する意思はない旨主張するが、労働契約関係・契約内容は必ずしも控訴人の意思のみによって決まるものではないし、控訴人の現時点の意思が定年時点まで継続するとも限らないから、上記主張によっても変更の可能性は否定されない。

また、控訴人は、被控訴人大学においては、事実たる慣習として、定年延長が認められ又は特任教授に任用されるためには定年の2年前には大学院教授への任用が協議されていることが必要であるが、平成29年1月時点で控訴人の任用人事は協議されていない、控訴人の所属する被控訴人大学人文科学研究所には大学院が設置されていないから大学院教授に任用されることは不可能であり、控訴人が定年に達するまでに大学院教授への任用を可能とする制度改革を実現することもできないとして、控訴人が定年時点で大学院教授に任用されていないことを前提に、かかる運用は不合理な定年差別であるから無効であると主張する。控訴人主張の運用が、事実たる慣習といい得るほどに確立したものであるかは不明であるが、仮にかかる慣習が存在するとしても、控訴人が定年に達するまでに当該慣習や控訴人の配置を含む諸事情が変化する可能性がないとはいえず、定年時点までの間に控訴人が大学院教授に任用されないかどうか、控訴人が定年延長を受けられないかどうかは、現時点では不確定というほかない。

そうすると、いまだ、控訴人の将来の労働契約上の権利に対する侵害発生が確実視できる程度に現実化しているとはいえないから、本件訴えは、不確定な法律関係の確認を求めるものとして不適法というべきである。

(2)  控訴人は、本件訴えは、定年退職を条件として定年延長を受ける権利を現在有することの確認請求であり、建物賃貸借契約継続中の敷金返還請求権の確認請求と同様、条件付きの権利の確認請求であるとして、現在の法律関係の確認を求めるものである旨主張するようにも解される。しかし、控訴人は、被控訴人との現在の労働契約に基づく権利関係の確認を求めるのではなく、控訴人と被控訴人との現在の労働契約が定年によって終了する際に控訴人が定年延長を受けられないこととなる就業規則又は慣習は不当な差別を生じるから無効であり、控訴人に平成30年4月1日から平成35年3月31日まで労働契約上の権利を有する地位が認められるべきである旨主張して、当該時点において地位の存否が争われることによる不安、危険を除去することを目的として、その確認を求めるものであるから、本件訴えは、まさしく将来の法律関係を確認の対象とすると解される。したがって、控訴人の上記主張は採用できない。

2 以上によれば、本件訴えを却下した原判決は正当であり、本件控訴は理由がなく、棄却すべきものである。よって、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第1民事部

(裁判長裁判官 佐村浩之 裁判官 大野正男 裁判官 武宮英子)

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