大阪高等裁判所 平成28年(ネ)844号 判決 2016年8月26日
主文
1 1審被告の控訴に基づき,原判決中,1審被告敗訴部分を取り消す。
2 上記取消部分に係る1審原告の請求を棄却する。
3 1審原告の控訴を棄却する。
4 訴訟費用は第1,2審とも1審原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 1審原告の控訴
⑴ 1審原告
ア 原判決を次のとおり変更する。
イ 1審被告は,1審原告に対し,41万0891円及びうち38万5574円に対する平成13年6月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ 1審被告は,1審原告に対し,14万5310円及びこれに対する平成24年4月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
エ 訴訟費用は第1,2審とも1審被告の負担とする。
オ 仮執行宣言
⑵ 1審被告
ア 主文第3項と同旨
イ 控訴費用は1審原告の負担とする。
ウ 担保を条件とする仮執行免脱宣言及び執行開始時期を判決が1審被告に送達された後14日を経過した時とする申立て
2 1審被告の控訴
⑴ 1審被告
ア 原判決中,1審被告敗訴部分を取り消す。
イ 主文第2,第4項と同旨
⑵ 1審原告
ア 1審被告の控訴を棄却する。
イ 控訴費用は1審被告の負担とする。
第2事案の概要
1 1審原告は,平成23年10月13日に,貸金業を営む会社(以下「訴外会社」という。)を被告とする不当利得返還請求訴訟(以下「別件訴訟」という。)を洲本簡易裁判所に提起し,平成13年6月20日までの継続的金銭消費貸借取引(以下「本件取引」という。)から生じた過払金38万5574円及び民法704条前段所定の法定利息(以下「悪意利息」という。)の支払を求めたが(以下,「別件過払金等請求」といい,同請求に係る請求権を「別件過払金等請求権」という。),訴外会社が消滅時効の抗弁を主張したことから,その時効完成による損害は,訴外会社が本件取引に係る取引履歴(以下「本件取引履歴」という。)の開示を10年間拒み続けた継続的不法行為によって生じたと主張し,上記と同額の損害賠償金の支払を求める予備的請求(以下,「別件損害賠償請求」といい,同請求に係る損害賠償請求権を「別件損害賠償請求権」という。)を追加した。
別件訴訟の審理を担当したA裁判官は,平成24年4月24日に,別件訴訟の口頭弁論を終結し,1審原告訴訟代理人弁護士(本件訴訟代理人と同じ<略>弁護士。以下「1審原告代理人」という。)が退廷したところで,訴外会社の訴訟代理人弁護士(以下「別件被告代理人」という。)に対し,別件損害賠償請求権について消滅時効の抗弁を主張するか否かを確認するなどし(この行為は,民事訴訟法149条に定める釈明権の行使に当たるということができる。以下「本件釈明」という。),訴外会社は,再開後の口頭弁論で,上記消滅時効の抗弁を主張したことから,1審原告は,別件訴訟で敗訴した。
本件は,1審原告が,A裁判官の本件釈明が,民事訴訟法に定められた釈明権行使の要件を欠き,1審原告の公平な裁判かつ公開の法廷における適正手続を受ける権利を侵害する違法なものであると主張し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき,1審被告に対し,①別件訴訟の敗訴による財産的損害又は適正な裁判を受ける機会及び勝訴の期待を侵害されたことによる精神的損害として,別件訴訟の請求金額相当額41万0891円及びうち38万5574円に対する本件取引終了日と主張する日の翌日である平成13年6月21日から悪意利息に相当する遅延損害金,並びに②別件訴訟の敗訴により負担を命じられた訴訟費用相当額9万5310円及び本件訴訟に係る弁護士費用相当額5万円の合計14万5310円及びこれに対する不法行為の日(不法行為の日)である平成24年4月24日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。
原審は,1審原告の請求を,1審被告に対し5万5000円及びこれに対する本件釈明がされた日である平成24年4月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で一部認容した。そこで,1審原告と1審被告の双方が原判決中の各敗訴部分を不服として控訴を提起した。
2 前提事実,争点及び当事者の主張は,後記3のとおり,当審における当事者の補充主張を加えるほか,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」欄の2及び3(原判決3頁8行目から9頁24行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
⑴ 原判決3頁14行目の「別件過払金等請求について」の次に「,最後の弁済日である平成13年6月20日から10年を経過したとして,」を加える。
⑵ 原判決4頁9行目の「理由は,」の次に「1審原告が訴外会社に対し取引履歴の開示請求をしたとは認められないし,仮に,取引履歴の開示請求をしたと認められるとしても,」を加え,11行目の「9~10頁」を「7~9頁」と,12行目の各「当庁」をいずれも「神戸地方裁判所」とそれぞれ改める。
⑶ 原判決7頁16行目の「行われていることから」の次に「釈明権行使の」を加え,9頁4行目の「本件行為」を「本件釈明」と改める。
3 当審における当事者の補充主張
⑴ 1審原告
ア 争点⑴(本件釈明が国賠法1条1項の違法な公権力の行使に当たるか否か)について
裁判官の職務行為に国賠法1条1項の違法が認められるためには,昭和57年判決にいう「特別の事情」があることが必要であるとしても,「特別の事情」とは,裁判官の行為が違法又は不当な目的をもってされた場合に限られず,それと同程度の著しい行為規範違反がある場合も含まれる。
民事訴訟において,釈明権行使の裁量の幅は判決の裁量の幅よりも大幅に狭い。
A裁判官は,別件第1審判決(<証拠略>)で,1審原告が訴外会社に対し取引履歴の開示請求をしたとは認められないと判断している。そうであれば,取引履歴の開示拒否の不法行為が成立しないことが明らかであるから,別件損害賠償請求権の消滅時効が問題となる余地はなく,釈明権行使の必要性はなかったはずである。また,A裁判官は,本件釈明の前に口頭弁論を終結するに当たり,1審原告代理人及び別件被告代理人に対し,これ以上の主張・立証があるかどうかを確認し,両代理人がないと返答した上で口頭弁論を終結しており,不明瞭な訴訟関係があるのであれば,その時点で釈明権を行使すれば足りたはずである。そして,訴外会社は,上記口頭弁論終結時において,別件過払金等請求権について消滅時効の抗弁を主張し,別件損害賠償請求権について消滅時効の抗弁を主張していなかったところ,一方の請求権についてのみ消滅時効の抗弁を主張することは何ら不合理ではなく,釈明権行使の要件としての不明瞭な訴訟関係は存在しなかった。このような状況下でされた本件釈明は,弁論主義に反するものである。
そして,本件釈明の内容に加え,本件釈明が口頭弁論終結後に別件被告代理人のみが在廷する状況下でされたこと等からすれば,本件釈明は,1審原告の公平な裁判かつ公開の法廷における適正手続を受ける権利を侵害するものであり,違法又は不当な目的をもってされた場合に当たるし,それと同程度の著しい行為規範違反がある場合にも当たるというべきである。
イ 争点⑵(1審原告の損害)について
民事訴訟法149条は,釈明権の行使は当事者の公平に反しないように行われるべきことも定めていると解すべきである。そして,別件訴訟について,消滅時効の点を措くとすれば,1審原告の別件損害賠償請求は認容されていたというべきところ,1審原告は,本件釈明により,別件損害賠償請求を棄却されたことになるから,同請求に係る損害賠償金相当額の損害を被ったというべきであり,別件訴訟の結果から離れて,本件釈明の態様自体による精神的苦痛及びこれに対応する弁護士費用相当額のみを1審原告の損害とする原判決は不当である。
⑵ 1審被告
ア 争点⑴(本件釈明が国賠法1条1項の違法な公権力の行使に当たるか否か)について
裁判官の職務行為に国賠法1条1項の違法が認められるためには,昭和57年判決にいう「特別の事情」があることが必要であり,「特別の事情」とは,裁判官の行為が違法又は不当な目的をもってされた場合や,それと同程度の著しい行為規範違反がある場合,すなわち,判断の相対性を前提とした上で,判断の自己完結性ないし終局性や裁判官の職権の独立が制約されてもやむを得ないほどに,裁判官の職務行為に著しい行為規範違反がある場合を指すと解すべきである。
この点,原判決は,本件釈明が国賠法1条1項の違法性を帯びる根拠事実として,A裁判官が,口頭弁論終結後に一方当事者のみに釈明権を行使して,口頭弁論の再開申立てをさせる意図ないし目的を当初から有していたことや,一方当事者に肩入れをして,当該当事者を勝訴させる目的を有していたことを認定しておらず,十分な理由を示していない。
また,①A裁判官が対席の場で1審原告に対する消極的釈明をせずに口頭弁論を終結し,1審原告代理人の退席後,別件被告代理人に積極的釈明(本件釈明)を行ったこと,②本件釈明が訴外会社に有利な結論に直結するものであったこと,③A裁判官が本件釈明の後に別件被告代理人を洲本簡易裁判所に待たせたまま執務室に戻り,口頭弁論の再開を決定し,担当書記官に1審原告代理人の都合を確認させ,口頭弁論期日を指定したことから,A裁判官の上記意図ないし目的を推認することはできない。
そして,原判決は,上記①ないし③の事情から,④客観的にみて,A裁判官は,もともと本件釈明を予定して口頭弁論を終結し,本件釈明の結果,訴外会社が別件損害賠償請求権について消滅時効の抗弁を主張することになり,口頭弁論を再開することになることを当初から予定していたと評価されてもやむを得ない,⑤上記のような本件釈明の態様は,訴外会社に一方的に肩入れし,勝訴させる目的で,1審原告代理人を退廷させた上で,訴外会社に翻意させて消滅時効の抗弁を主張させることを意図したものと評価されてもやむを得ないと判断しているが,④及び⑤の事情の認定・評価自体不当であるし,上記①ないし③の事情から,④及び⑤の事情を認定・評価することはできない。
さらに,訴訟指揮権及び釈明権の行使に関する裁判官の裁量は最大限尊重されるべきである。仮に,A裁判官がした本件釈明が当事者の平等取扱いに係る利益に対し,職務上の配慮を欠いたものであるとしても,口頭弁論再開後に1審原告にも主張・立証の機会が与えられていたことも勘案すると,上記のような釈明権行使をもって,A裁判官の職務行為に著しい行為規範違反があったとはいえない。
イ 争点⑵(1審原告の損害)について
1審原告の主張は否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1 本件釈明が,その時期,対席の有無及び内容の点において民事訴訟法149条に違反するものでないことは,当審における当事者の補充主張に対する判断を含めて,次のとおり改めるほか,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」欄の1及び2(原判決9頁末行から19頁14行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
⑴ 原判決10頁20行目の「⑵」の次に「ところで,別件訴訟におけるA裁判官の本件釈明は,別件被告代理人に対し,別件損害賠償請求権について,消滅時効の抗弁の主張をするか否かを確認するなどしたものであり,民事訴訟法149条に基づく釈明権の行使として行われたものと解されるところ(なお,1審原告は,本件釈明が釈明権の行使には当たらないと主張するが,その主張は本件釈明の不当性をいうものにすぎない。),」を加え,11頁17行目末尾に行を改めて以下のとおり加える。
「なお,1審原告は,民事訴訟において,釈明権行使の裁量の幅は判決の裁量の幅よりも大幅に狭いと主張するが,上記のとおり,釈明権の行使は,裁判の内容形成に密接に関わるものであり,訴訟指揮権の一つの内容でもあるから,釈明権の行使の場合と判決の場合とを別異に解する理由はなく,1審原告の上記主張は採用できない。また,1審原告が一審原告控訴準備書面⑴で指摘する最高裁の判例は,釈明権が行使されなかった事案について釈明権の不行使の法令違反についての判断をし,あるいはその適切な行使を求めるものであり,釈明権行使についての国家賠償法上の適法・違法について判断するものではなく,先例とはならない。」
⑵ 原判決12頁6行目の「口頭弁論終結後に」の次に「非対席の場で」を加える。
⑶ 原判決12頁16行目から17行目にかけての「終結時」を「口頭弁論終結後」と改め,13頁4行目末尾に行を改めて以下のとおり加える。
「 なお,1審原告は,A裁判官は,本件釈明の前に口頭弁論を終結するに当たり,1審原告代理人及び別件被告代理人に対し,これ以上の主張・立証があるかどうかを確認し,両代理人がないと返答した上で口頭弁論を終結しており,不明瞭な訴訟関係があるのであれば,その時点で釈明権を行使すれば足りたはずであると主張する。確かに,原判決別紙1⑶のとおり,1審原告の主張する上記事実は当事者間に争いがないが,そうであるとしても,上記説示のとおり,口頭弁論終結後においても,なお裁判官が釈明権を行使すべき場合があることは否定できないから,1審原告の上記主張は採用できない。」
⑷ 原判決13頁22行目の「本件釈明」から23行目の「とおりであるが,」までを削除する。
⑸ 原判決14頁7行目の「消滅するものであり,」から9行目の「参照)。」までを「消滅するものである。」と改め,15頁7行目末尾に行を改めて以下のとおり加える。
「 なお,1審原告は,訴外会社は,本件釈明前の口頭弁論終結時において,別件過払金等請求権について消滅時効の抗弁を主張し,別件損害賠償請求権について消滅時効の抗弁を主張していなかったところ,一方の請求権についてのみ消滅時効の抗弁を主張することは何ら不合理ではなく,釈明権行使の要件としての不明瞭な訴訟関係は存在しなかったから,このような状況下でされた本件行為は弁論主義に反すると主張する。しかし,訴外会社は,主位的請求である別件過払金等請求権について消滅時効を援用しているのであるから,訴訟関係を正しく理解していれば,予備的請求である別件損害賠償請求権についてのみ消滅時効を援用しないという訴訟活動をするとは考えにくく,このような場合に別件損害賠償請求権の消滅時効の抗弁を主張するか否かを確認することは,弁論主義に違反するものでない。」
⑹ 原判決17頁20行目の「本件釈明」から21行目の「とおりであるが,」まで,25行目の「もとより」から18頁11行目末尾までをいずれも削除する。
⑺ 原判決18頁16行目冒頭から末行の「いうべきである。」までを以下のとおり改める。
「 しかし,判決に至るまでの裁判官の心証は,仮に終結間近になっていたとしても流動的な場合もあり,その時点における暫定的な心証では審理判断の必要があると思われた事項がその後の心証の変更により審理判断の必要がなかったという場合はあり得るし,逆に,判断のために必要がないと思われた事項でも,後の心証の変更や不服申立てがされた場合に審理判断が必要となり得る事項もある。このような事項についてされた釈明(後の心証の変更や上訴等に備えてされた釈明を含む。)を必要性のないものということはできない。
そして,釈明により提出された主張が,本件でされた時効の抗弁のように最終的に請求の当否を決し,上訴によってこれを覆すことができないこともあり得るが,そのことだけでそのような釈明をしてはならないものであり,違法なものであるとはいえないことはこれまで述べてきたところから明らかである。」
2 以上のとおり,本件釈明は,その時期,対席の有無及び内容の点において民事訴訟法149条に違反するものではない。
もっとも,前記のような本件釈明がされた時期,状況,当事者双方に法律専門家である代理人が選任されていること及び本件釈明の内容から,1審原告において,A裁判官が訴外会社に一方的に肩入れし,訴外会社を勝訴させる目的で本件釈明をしたもので,同裁判官がもともと本件釈明を予定しながら口頭弁論を終結し,1審原告代理人がいない場所で本件釈明を行って別件被告代理人を説得して弁論再開の申立てをさせたものとの疑いを持つことは理由がないことではない。
しかし,A裁判官が当事者ないし訴外会社との間に特別の関係にあったとは認められず,当事者に対して特別な個人的感情を抱いていたとも考え難い。また,1審原告は,別件訴訟において,予備的請求(別件損害賠償請求)の請求原因として取引履歴の不開示の事実主張はしているのであるから,1審原告がこれを継続的な不法行為と主張していても,その事実主張により,本件解釈による別件損害賠償請求権(取引履歴不開示に基づく損害賠償権)の成立とその消滅時効の成否は問題となり得るものである。他方で,訴外会社は,主位的請求である別件過払金等請求権の消滅時効の援用をしているのであるから,訴訟関係を正しく理解していれば,別件損害賠償請求権についてのみ消滅時効を援用しないという訴訟活動をするとは考えにくい。そのような場合,訴外会社に肩入れするという不当な目的や動機を持たなくとも,事案の相当な解決を重視して,本件釈明をすることはあり得ることであり,そのことは,本件釈明が口頭弁論終結後に1審原告代理人が退廷し,別件被告代理人のみが在廷していた法廷でされた等の前記引用に係る原判決の前提事実記載のような状況を考慮しても変わりはない。そうであれば,本件釈明が,訴外会社に一方的に肩入れしてこれを勝訴させるためにされた(なお,消滅時効の抗弁が主張されたとしても,これを前提に,時効中断や信義則違反等の新たな再抗弁が提出されることもあり得るから,消滅時効の抗弁の提出が,直ちに別件訴訟における1審原告の敗訴と結びつくものではない。)と認めることはできない。したがって,本件釈明は,1審原告の公平かつ公開の法廷における適正手続を受ける権利を侵害した違法があるとは評価できず,それがされた時期,状況及びその内容からして訴訟法上適法である。そうであれば,本件釈明を国家賠償法上違法であるということはできない。
3 結論
よって,1審原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを全部棄却すべきところ,これと一部結論を異にする原判決は相当でなく,1審被告の控訴は理由があるから,同控訴に基づき,原判決中1審被告敗訴部分を取り消して,同取消部分に係る1審原告の請求を棄却し,1審原告の控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 田川直之 髙橋善久 島村雅之)