大阪高等裁判所 平成28年(行コ)64号 判決 2016年7月21日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,1582万5989円及びこれに対する平成22年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,控訴人が,厚生労働大臣から,昭和60年法律第34号による改正前の厚生年金保険法(以下「旧厚年法」といい,現行の厚生年金法を「厚年法」という。)に基づく障害年金の裁定を受けたものの,同年金のうち昭和42年12月分から平成9年9月分までについては,消滅時効が完成しているとして支給されなかったことから,被控訴人に対し,不支給となった年金部分(以下「本件不支給部分」という。)の合計1582万5989円及びこれに対する平成22年5月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原審は,本件不支給部分の請求権については,全て消滅時効が完成しているとして,控訴人の請求を棄却したため,これを不服とする控訴人が控訴した。
2 関係法令の定め,前提となる事実,争点及びこれに対する当事者の主張は,次のとおり補正し,後記3のとおり当審における当事者の補充主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の第2の2ないし4(原判決2頁13行目から8頁26行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決4頁20行目の冒頭に「ア」を加える。
(2) 原判決5頁2行目の次に改行の上,次の文章を加える。
「イ 厚生労働大臣は,施行日において国民年金法(昭和34年法律第141号)による給付を受ける権利を有する者又は施行日前において当該権利を有していた者について,同法14条の規定により記録した事項の訂正がなされた上で当該給付を受ける権利に係る裁定(裁定の訂正を含む。以下この条において同じ。)が行われた場合においては,その裁定による当該記録した事項の訂正に係る給付を受ける権利に基づき支払期月ごとに又は一時金として支払うものとされる給付の支給を受ける権利について当該裁定の日までに消滅時効が完成した場合においても,当該権利に基づく給付を支払うものとする(2条)。」
3 当審における当事者の補充主張
(1) 被控訴人の補充主張
ア 支分権の消滅時効は,基本権についての裁定の有無にかかわらず,各支払期月の翌月の初日から進行する。このことは,年金時効特例法2条のように,基本権についての裁定前でも,支分権の消滅時効が進行することを当然の前提とした法令の規定が存することからも明らかである。
イ 控訴人は,支分権の消滅時効は,基本権についての裁定があった時から進行する旨主張するが,障害年金について,支給の基礎となる障害の有無やその状態自体は,受給権者が最もよく知り得る事実であり,裁定の通知を受けるまで,支分権についての権利行使が現実に期待できないとはいえないこと,裁定の誤りについては,行政不服申立て(厚年法90条,国民年金法101条)や行政訴訟による是正が予定されていることなどに照らすと,控訴人の上記主張は失当である。
(2) 控訴人の補充主張
ア 障害年金の請求権は,裁定によって具体的に内容が定まり,裁定のない段階では,障害年金の支給を請求することはできない。したがって,支分権の消滅時効は,基本権についての裁定があった時から進行する。本件で裁定があったのは,平成22年4月22日であるから,本件不支給部分の支分権について,消滅時効は完成していない。
イ 被控訴人は,支分権の消滅時効は,基本権についての裁定の有無にかかわらず,各支払期月の翌月の初日から進行する旨主張する。しかし,以下の点からして,そのような解釈は誤っている。
(ア) 障害年金の支給要件は,法律の規定のほか,これに関する告示を併せても,一般的抽象的な表現にとどまっており,障害として認定されるかどうかは,受給権者にとって裁定が出るまでは分からない。裁定がない段階でも権利行使が可能であるというのは,実態を無視したフィクションである。
(イ) 裁定の請求をしたとしても,正しい認定をしてもらえないこともある。客観的に支給要件を満たす場合でも,正しい裁定をしてもらえないという事態は生ずるのであって,裁定の請求をしさえすれば権利行使が可能であるなどと単純にいうことはできない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の請求は,理由がないからこれを棄却すべきものと判断する。その理由は,後記2において当審における当事者の補充主張に対する判断を加えるほかは,原判決「事実及び理由」中の第3の1(原判決9頁2行目から11頁12行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
2 当審における当事者の補充主張に対する判断
(1) 控訴人は,前記第2の3(2)アのとおり,障害年金の請求権は,裁定によって具体的に内容が定まり,裁定のない段階では,その支給を請求することができないから,支分権の消滅時効は,基本権についての裁定があった時から進行すると主張する。
しかし,基本権たる年金受給権は,法の定める要件の充足という客観的な事実に基づいて,上記要件を充足した時点において当然に発生し,支分権も,基本権が発生した月の翌月以降の各支払期の到来によって順次発生すること,したがって,各支払期月の翌月の初日が支分権の消滅時効の起算点となり,基本権についての裁定を受けていないことは,支分権の行使についての法律上の障害に当たらないことは,引用に係る原判決のとおりである。
(2) 控訴人は,前記第2の3(2)イのとおり,障害年金の支給要件は,一般的抽象的な表現にとどまっており,障害として認定されるかどうかは,裁定が出るまで分からない上,裁定の請求をしたとしても,正しい認定をしてもらえないこともある,などと主張する。
しかし,障害年金について,受給権者が認定を受けるべき正確な障害等級をあらかじめ予測することに困難な面があるとしても,年金支給の基礎となる障害の有無やその状態自体は,受給権者が最もよく知り得る事実であって,法の定める要件が発生した場合に,受給権者が裁定の請求をすることに格別支障があるとは考えられない。また,裁定の誤りについては,行政不服申立て(厚年法90条,国民年金法101条)や行政訴訟により是正されることが予定されているところであって,控訴人主張の点は,上記判断を左右するものではない。
なお,控訴人は,裁定の請求が民法153条の催告に当たるとしても,5年の時効期間を超えて中断の効力を認めることはできないと考えられ,不完全な中断である,とも主張するが,裁定の請求に対して応答があるまでは,同条所定の6か月の期間は進行しないものと解され,また,支給を認めない裁定がされた場合には,審査請求,再審査請求をすることができ,同審査請求等は,時効の中断に関しては,裁判上の請求とみなすとされているから(旧厚年法90条。厚年法90条も同旨),控訴人の上記主張も採用できない。
3 結論
以上の次第で,控訴人の請求は,理由がないからこれを棄却すべきである。
よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第5民事部
(裁判長裁判官 中村哲 裁判官 石原稚也 裁判官 山田健男)