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大阪高等裁判所 平成29年(ネ)806号 判決 2017年7月07日

控訴人(原告)

同訴訟代理人弁護士

古川雅朗

被控訴人(被告)

社会福祉法人X

同代表者理事

同訴訟代理人弁護士

荒木博志

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人が運営する特別養護老人ホームX1施設長であり、かつ、管理職手当月額8万円の支払を受ける地位にあることを確認する。

第2事案の概要

1  本件は、被控訴人の従業員である控訴人が、被控訴人経営の特別養護老人ホームの施設長解任の無効を主張して、被控訴人に対し、施設長であり、かつ、管理職手当月額8万円の支払を受ける地位にあることの確認を求めた事案である。

2  前提事実

次の事実は、当事者間に争いがないか、下記証拠及び弁論の全趣旨により認めることができる。

(1)  当事者等

ア 被控訴人は、昭和27年5月27日設立の社会福祉事業を営む社会福祉法人であり、特別養護老人ホームX1(以下「本件施設」という。)、X2、X3及びX4を開設して経営している。

イ 控訴人は、平成4年1月20日に被控訴人が当時運営していたX5の職員として被控訴人に雇用され、平成23年12月1日から本件施設の施設長に就任した。

(2)  被控訴人は、平成27年5月28日、控訴人に対し、同年6月1日付けで本件施設の施設長を解任する旨の辞令を交付し、本件施設の施設長を解任した(以下「本件解任処分」という。書証略)。

控訴人は、同日以降、本件施設の介護職員として勤務している。

(3)  被控訴人の常用職員就業規則(以下「本件就業規則」という。書証略)

本件就業規則には、以下の定めがある。

ア 職員の職種(第4条)

職員の職種名は、次のとおりとする。

1項 ①施設長、②事務員、③生活相談員、④介護職員、⑤看護職員、⑥栄養士、⑦調理員、⑧作業員、⑨医師、⑩理学療法士、⑪薬剤師、⑫その他

2項 記載略

イ 人事異動(第9条)

1項 法人は、業務の必要がある場合は、職員の就業場所又は業務内容の変更を命じることがある。

2項 職員は、正当な理由がない限り前項の命令を拒むことができない。

ウ 昇任・降任(第10条)

1項 理事長は、職員を昇任又は降任させることができる。

2項 昇任とは、職務の職を上位の職に変更することをいい、降任とは職務の職を下位の職に変更することをいう。

エ 昇任・降任の基準(第11条)

1項 昇任は、理事長において勤務成績が、きわめて優れていると認めた者の中から、組織・人事の状況を勘案して行うものとする。

2項 降任は、理事長において勤務成績が不良であり職務を遂行する上で支障をきたすと認めた場合、又は職員本人の申し出により、組織・人事の状況を勘案して行う。

オ 懲戒の種類及び程度(第56条)

1項 制裁の種類は、その情状により次の6種類とする。

① けん責始末書を取り、将来を戒める。

② 減給始末書を取り、1回につき、平均賃金1日分の2分の1以内を減給し、将来を戒める。但し、2回以上にわたる場合においてもその総額は、賃金支払期における賃金総額の10分の1とする。

③ 出勤停止始末書を取り、7日以内を限度とした出勤を停止し、その期間の賃金を支払わない。

④ 降格始末書を取り、上級職位を解任して下級職位に就ける。

⑤ 諭旨解雇懲戒解雇に準ずる事由による解雇で、退職金は減額して支給する。

⑥ 懲戒解雇即時解雇する。所轄労働基準監督署長の認定を受けたときは、予告手当を支給しない。又原則として退職金は全額支給しない。

2項 記載略

(4)  被控訴人の常用職員給与規程(以下「本件給与規程」という。書証略)

本件給与規程には、以下の定めがある。

ア 管理職手当(第18条)

1項 管理又は監督の地位にある次に掲げる職員には、その職務の特殊性に基づき、管理職手当を支給する。

① 施設長 月額8万円

2項 手当は当該職員になった月から支給を開始する。

イ 業務改善手当(第20条)

1項 入苑者直接処遇等に従事する次に掲げる職員には、業務改善手当を支給する。

①~④ 記載略

⑤ 介護職員

⑥ 記載略

2項 前項の規定にかかわらず、当分の間次に掲げる職員には、当該各号に定める業務改善手当を支給する。

① 採用日が平成4年5月31日以前の介護職員

月額3万円

②、③ 記載略

3  争点(本件解任処分の有効性)

(1)  被控訴人

ア 控訴人には、本件施設の施設長として、以下のとおり、不適切な言動や問題行動があり、これらは一般職員としても許されないものである。被控訴人は、これまで相当期間、複数回にわたり、控訴人に対して注意・指導し、始末書をとるなどして改善を促したが、改善しない状態が続いたため、人事権の行使として本件解任処分を行った。本件解任処分には合理的な理由があり、業務上の必要性もあり、控訴人に生じる経済的不利益は大きくなく、不当な目的もないことからすると、人事権濫用はない。

イ 本件解任処分の理由

(ア) 補聴器の紛失について

本件施設において、平成27年2月末から同年3月初め頃、ショートステイ利用者の補聴器の紛失が生じた(以下「本件補聴器紛失事案」という。)。控訴人は、本件施設の施設長として迅速・適正に対処すべきであったのに、同月19日頃に、紛失した利用者の補聴器(約18万円相当)を被控訴人の保険で補償させてほしい旨の稟議書(書証略)を提出し、このとき、控訴人から新たに購入した補聴器の領収証は提出・提示されず、全く無関係の約5年前の補聴器購入の領収証が示されたが、控訴人は上記稟議書及び領収書提出の際一切説明をしなかった。控訴人の対応は遅きに失する上、混乱をもたらす不可解なものであった。控訴人は、本件補聴器紛失事案について、被控訴人に始末書を提出した(書証略)。

(イ) 遺留金品の確認書について

本件施設において、死亡した入所者の遺留品を遺族に引き渡す際、遺族に確認書に署名押印をしてもらう取扱いをしているところ、この取扱いは、基本的かつ監査の対象となる重要な職務である。ところが、控訴人は、複数回にわたり、遺族に遺留金品の確認書に署名押印してもらうのを失念し、そのことが平成26年10月の奈良県による監査で発覚すると、既に死亡から相当日数が経過した入所者に関する分も含めて遺族に署名押印をしてもらうために、被控訴人に無断で過去の入所者約10名の遺族宅を訪問した。控訴人のこのような行為は、入所者の遺族の心情を害し、被控訴人の信用を失墜させるものである。

また、控訴人は、遺族宅を訪問する際、行き先を告げずに無断で外出していた。施設長である控訴人がこのような行為に及ぶことは、被控訴人における規律を乱し、他の職員に示しがつかず、本件施設(組織)の業務・職場環境に支障・悪影響を及ぼすものである。

(ウ) 喫煙について

控訴人は、本件施設内に施設長室を設け、喫煙場所でないのに、空き缶やペットポトルを持ち込んで灰皿代わりにして施設長室内で度々喫煙していた。被控訴人は、控訴人の施設長室における喫煙発覚後、複数回にわたり、注意・指導したが、控訴人は同室内での喫煙をやめなかった。控訴人は、被控訴人の理事長も管理棟で喫煙していると主張するが、理事長は定められた喫煙場所(管理棟の外)を利用している。

控訴人の施設長室内における喫煙や被控訴人からの複数回にわたる注意・指導にもかかわらず一向に改めないという言動は、線香やロウソクの持込みさえ禁止して火気の取扱いに厳重な注意を払っている本件施設の施設長として、極めて不適切である。

(エ) 他の問題行動について

a 報告の著しい遅延

(a) 控訴人は、本件補聴器紛失事案に近接した時期である平成27年2月16日、入所者が転倒・骨折した事故(以下「本件入所者負傷事案」という。)について、事故発生の当日又は翌日、遅くても数日後には、報告書を提出すべきであり、被控訴人担当者から報告書を提出するよう複数回にわたり注意・指導されたのに、同年4月3日まで報告書を提出せず、被控訴人に始末書を提出している(書証略)。被控訴人は、控訴人の報告遅延のため、奈良県及び市町村に対する報告が遅延した。

(b) 職員から退職の申出があった場合、事前(退職前)に被控訴人に報告することが施設長としての当然の責務であるのに、控訴人は、平成27年3月31日に退職した2名の職員につき、退職後である同年4月2日に特段の説明も弁解もなく、被控訴人に事後的に報告した(書証略)。

b 会議の欠席・暴言

控訴人は、平成27年3月、施設長として当然出席すべき介護報酬改定に関する会議に正当な理由なく出席しなかった。被控訴人は、会議開催場所への控訴人の移動のためにバスを用意していたのに、控訴人は欠席した。しかも、控訴人は、会議に出ても理解できないし、知る必要もない旨の暴言を吐いた。控訴人のこのような言動は、施設長という自己の職務・立場の放棄ともいえる不適切な問題行動である。

c 暴言・パワハラ等

控訴人は、本件施設の窓を越えた方が移動が容易であるとして、窓を越えて移動したことがあった上、控訴人の行動があまりにも非常職であったために見とがめて注意した被控訴人の職員に対して逆上し、「なんでお前にそんなことを言われなあかんねん!」等の暴言等をした。上記職員は、上司にあたる施設長の控訴人に逆上され、激しい言葉で詰め寄られたのであり、控訴人の言動はパワーハラスメントに当たる。

d 整理整頓・身だしなみ

控訴人は、施設長として範を示すべき立場にありながら、整理整頓ができず、服を脱ぎっ放し状態にしたり、段ボール箱等を放置するなどして、職場環境を悪化させ、職員の規律を乱す行為をした。なお、控訴人は、施設長の立場にはふさわしくないジャージ姿や草履姿でいることが多かった。

ウ 本件解任処分の手続等

控訴人には数々の問題行動があり、しかも、その内容は施設長としてあるまじきもので、一般の職員としても許容されるようなものではない。そこで、被控訴人の理事会において、従前から問題が多く、注意・指導しても改善がみられない控訴人について施設長の任を解くことが協議され、全員一致で本件解任処分が相当とされた。被控訴人としてはより重い処分を下すことも検討したが、控訴人の今後の改心にも期待し、施設長という役職の解任にとどめ、一般の職員として被控訴人(本件施設)において勤務し続けられるようにした。

被控訴人の判断の背景には、控訴人は施設長のような管理職よりも、現場で作業にあたる職員として適性があり、長年の経験もあって、現場では他の職員の指導等も行える、施設長の任を解くことが、控訴人を不得手な施設長の職務、重圧から解放し、被控訴人としても適材適所の有益な人員配置となるという配慮がある。

被控訴人は、以上の理由で本件解任処分を行ったのであり、控訴人が労働組合活動をしていることに端を発するものではない。

エ 控訴人の経済的不利益について

本件解任処分により、施設長手当(月額8万円)は支給されなくなったが、施設長解任が正当である以上、やむを得ない。控訴人は、本件解任処分後、一般職員に支給される業務改善手当(月額3万円)を受給しており、減収は5万円にとどまり、施設長解任に伴う合理的・相当な範囲内なものであって、控訴人の経済的不利益はさほど大きくない。

(2)  控訴人の主張

ア 本件解任処分に合理的理由はなく、人事権の逸脱・濫用として、無効であるから、控訴人は本件施設の施設長の地位にある。

イ 本件解任処分が懲戒処分ではないとしても、その地位を解かれればその地位に伴い付される管理職手当が支給されないという点で、懲戒処分としての減給処分(本件就業規則58条)又は降格(同59条)に類似した効果を有し、少なからぬ経済的打撃を与えるものである。そうすると、使用者側の人事権の裁量も合理的な範囲に制約されるというべきであり、具体的には、就業規則上減給処分の要件とされるような事情に準じた事情が少なくとも必要であり、そのような事情が認められなければ使用者側の裁量の逸脱・濫用になると考えるべきである。本件解任処分の際に控訴人に対して口頭で告げられた理由は、いずれも、そのような事実は存しないか、あるいは、不利益処分を検討すべき勤務態度不良や非違行為に当たらず、減給処分の要件たる本件就業規則所定の各事由に当たり得るようなものではない。

(ア) 禀議書について

控訴人は、全く無関係の領収証など提出しておらず、控訴人が提出した始末書に、稟議書提出の遅れや無関係な資料の提出についての記載はない。

(イ) 遺留金品確認書について

遺留金品確認書への遺族の署名押印の貰い忘れが複数回あったとは認められないし、当該遺族とのトラブルはない。控訴人は口頭で注意を受けたのみであり、始末書を作成したり、懲戒処分を受けておらず、施設長解任の理由として全く不十分である。

(ウ) 施設長室における喫煙について

喫煙により、控訴人の勤務態度や職務遂行に何らの影響はない。本件就業規則に喫煙を禁ずる規定はなく、被控訴人の理事や他の施設長も施設長室で喫煙しているし、理事長も管理棟で毎日喫煙しており、不利益処分の理由とするのは不合理である。

(エ) 本件解任処分に至る経緯や状況からすると、控訴人が、労働組合活動を行い、同族経営たる被控訴人の運営のあり方等について批判的な意見を述べてきたこと、平成27年3月に本件労働組合の執行委員長に復帰したことから、被控訴人は、報復措置として本件解任処分をしたといえる。

ウ 本件解任処分の手続について

控訴人が日常的に何度か注意されていたとしても、口頭で注意が与えられていたにすぎず、施設運営上、さほど問題とされるべきことではなかった。控訴人の勤務態度・成績不良が理事会で議題となったのは本件理事会が初めてである。

本件訴訟において、被控訴人は本件解任処分の理由を付加しているが、それらを本件解任処分前に控訴人に告知して弁明を徴することは全く行われておらず、事後的に細かな主張を行って解任処分を維持しようとすることは、手続的公正の観点から許されないというべきである。

第3当裁判所の判断

1  前記前提事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

(1)  控訴人は、平成4年にX5の職員として被控訴人に採用された後、本件施設とは別の特別養護老人ホーム(X2)に異動となり、平成14年に本件施設の施設長に任命された。当時の被控訴人の理事長はDであった(以下「前理事長」という。)。控訴人は、上記任命から約1年後、自ら本件施設の施設長の地位を降り、再びX2の介護職員として勤務するようになった。

(2)  被控訴人において、平成18年2月、職員労働組合(以下「本件労働組合」という。)が結成され、控訴人がその執行委員長に就任した。

(3)  平成23年3月、前理事長が死去し、その二男であるBが理事長に就任した(以下「現理事長」という。)。

理事長交替の際、被控訴人の各施設長が退職し、新しい施設長に本件労働組合の執行委員らが選ばれ、控訴人に対しても本件施設の施設長になるようにとの話があった。控訴人は、平成23年12月1日付で再び本件施設の施設長となり、それに伴い、平成24年3月に本件労働組合の執行委員長を辞め、本件労働組合から脱退した。

(4)  本件施設には、管理職である施設長のほか、事務職として相談員2名、現場の介護職として主任及び副主任が置かれている。

控訴人は、再び本件施設の施設長となった後、本件施設内の事務所において、利用者及び入所者の入退所等に係る面接等の諸手続を行うほか、介護作業も担当した。

控訴人は、施設長として、勤務日報等の記載をしておらず、毎日の勤務状況を報告することもなかった(原審証人Eは、被控訴人が運営する各老人ホームの統括施設長として、本件施設を含む各施設の長から日々の業務状況等について書面で報告を受けていた旨述べているが、これを裏付ける的確な証拠はない。)。

(5)  被控訴人においては、火災発生の防止、入所者及び職員の安全確保、職員の健康管理、良好な職場環境の維持のため、喫煙は所定の場所(喫煙場所)に限ると定められていた。本件施設における喫煙場所は、屋外に設置されていたが、控訴人は、本件施設2階の倉庫として使われていた部屋を自らの判断で施設長室とし、休憩時間を同室で過ごし、喫煙場所とされていない同室内で喫煙することがあり、被控訴人側から注意や指導を受けていた。なお、上記施設長室において、被控訴人の他の理事等も喫煙することがあった。

(6)  本件施設において、前理事長の頃から、身寄りのない利用者が死亡した場合に無縁仏として供養していた。控訴人は、そのような利用者が死亡した際に、現理事長に口頭報告したものの、実際に埋葬するときには報告しなかった。後日、控訴人は、現理事長から、墓として申請していない場所に埋葬したことを厳しく叱責された。

(7)  平成24年9月、奈良県内の全ての福祉施設が参加する福祉大会の会場において、控訴人は終始観客席に寝そべっており、それを被控訴人の一職員が撮影し、「この施設長、朝から閉会までこの調子。施設長会議にも参加せず。」というコメントを付けて、ソーシャルネットワークサービスに投稿した。控訴人は、福祉会議と並行して開催された施設長会議には出席しなかった。

(8)  被控訴人の運営する施設において、死亡した入所者の遺留品を遺族に引き渡す際、確認書に遺族の署名押印をもらう取扱いをしているが、控訴人は、遺族に署名押印してもらった確認書を保管中に紛失し、平成26年10月の奈良県による監査で発覚すると、被控訴人に無断で過去の入所者の遺族宅を訪問して、遺留金品の確認書に改めて署名押印をしてもらった。控訴人は、遺留金品の確認書の署名押印をしてもらいに遺族宅を訪問する際などに、他の職員に外出先を告げなかったり、携帯電話機を持参しないことにより、外出中に連絡がつかない状態になることがあった。

(9)  控訴人が本件施設の施設長となった後、本件労働組合の執行委員長には別の者が就任していたが、その者が退職した。控訴人は、本件労働組合に加入した上、平成27年3月11日、本件労働組合の定期大会において、執行委員長に就任した。

(10)  控訴人は、平成27年3月に開かれた介護報酬改定に関する会議について、被控訴人から本件施設の施設長として出席するように求められ、被控訴人は、控訴人の同会議出席のために移動用のバスを用意したが、控訴人は、現場の職員が出た方がよいと考え、独断で他の職員を出席させた上、自らは出席しなかった。

(11)  本件入所者負傷事案について、控訴人は、事故発生から約1か月半後の平成27年4月3日に報告書を提出した。控訴人は、同年3月30日付で、理事長宛に報告書の提出遅延について始末書(書証略)を提出した。同始末書には、本件入所者負傷事案の報告書類の提出について、本来であれば同年2月16日の発生直後に提出すべきところ、控訴人の職務怠慢により長期間にわたり提出が遅れる事態となり、上司や県、市町村機関に多大な迷惑を掛けることとなったとして、深く反省し、今後、書類の提出は迅速に行う旨が記載されている。

(12)  被控訴人は、入所者等の所有物紛失等の事故が発生した場合、その加入する保険を利用して現物を購入して補償等の対応をしていた。本件補聴器紛失事案について、控訴人は、被控訴人に報告又は相談せずに、平成27年3月19日付で、「X1をH27年2月28日~H27年3月3日までショートステイで利用された、F様の補聴器(約18万円相当)を、利用期間中に紛失させてしまいました。法人で保障させていただいてよいか伺います。」という内容の稟議書を起案して提出し、これにより被控訴人は同事案発生を知った(なお、被控訴人は、控訴人が上記稟議書と一緒に、何の説明もなく、新たに購入した補聴器の領収証ではなく、全く無関係の約5年前の補聴器購入の領収書を提出し、それに気づいた被控訴人の担当者が控訴人を問いただした旨主張するが、上記稟議書と一緒に提出された領収書の有無やその内容、その際の控訴人の説明やその後も含めた被控訴人の具体的対応について、これを認めるに足りる的確な証拠はない。)。

(13)  控訴人は、平成27年4月2日、「平成27年3月31日をもって、X1 2Fの介護職員(氏名略)と1F介護職員(氏名略)を退職とさせて頂きます。」という内容の稟議書(書証略)を起案し、本件施設の職員2名の退職について被控訴人に事後報告をした。

(14)  控訴人は、本件補聴器紛失事案について、平成27年4月10日付で、理事長宛に始末書(書証略)を提出した。同始末書には、控訴人は、本件補聴器紛失事案について、同年3月3日に補聴器を紛失した利用者の家族から連絡を受け、経緯を全職員から確認し、控訴人を含む3名の職員が3日間にわたり本件施設内を探したが見つからなかったことのほか、対策について別紙が添付され、同月30日に事故対策防止策について検討会議を開いたこと等が記載されていた。

(15)  平成26年3月以降、被控訴人は、定期的な理事会を概ね年3回程度開催していた。被控訴人は、平成27年5月26日、評議員会に続いて定期理事会を開催したところ、控訴人の行動に問題がある旨の指摘が他の施設長等からなされ、同理事会において控訴人の勤務態度等を議題として検討した結果、全員一致で本件解任処分が決定された。

(16)  平成27年5月28日午前8時45分頃、出勤していた控訴人に対し、被控訴人の理事であり、かつ、総務部長を務めるG(以下「G」という。)が、本件解任処分を記載した辞令書を交付した。控訴人がGに本件解任処分が決まった経緯や理由を問い質したところ、Gは、同月26日の理事会で決まったことであり、具体的な理由については、控訴人が、「社会人としての常識を逸脱している」、「とんでもない稟議書を回す」、「書類の不備がある」、「施設長室で喫煙をしていた」等と告げた。

(17)  本件解任処分がなされた後の同年6月1日以降、控訴人は、本件施設の介護職員として勤務している。本件解任処分後、本件施設の施設長は、統括施設長であるEが兼務している。

(18)  本件解任処分後の控訴人の基本給は、月額37万5500円のままで変更はないが、施設長として受給していた月額8万円の管理職手当が受給できなくなり、他方で、月額3万円の業務改善手当を受給するようになった。

2  検討

(1)  本件解任処分は、人事権の行使としてなされたものと認められるところ、人事権の行使として一定の役職を解くことは、労働契約における使用者の権限の範囲内のものであるから、就業規則等に根拠規定がなくても行うことができる。

もっとも、使用者が有する人事権の行使としての解任処分が、裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用に当たると認められる場合には、その解任処分は無効となるというべきである。

(2)  本件解任処分の理由について

ア 本件補聴器紛失事案について

控訴人が、保険による補償についての稟議書を提出した際の控訴人の説明の具体的内容を認めるに足りる証拠はないし、控訴人が無関係の過去の補聴器購入の領収書を提出したことを認めるに足りる証拠もない。

もっとも、本件補聴器紛失事案は、被控訴人が施設設置者として早期に把握し、利用者及び家族に適切な対応をすべき案件に該当することを考慮すると、控訴人は、施設長として、被控訴人に対し、より早期に適切な報告をすべきであったといえる。

イ 遺留金品の確認書等について

(ア) 控訴人は、被控訴人に無断で、遺留金品の確認書に改めて署名押印をしてもらうために遺族方を訪問していた。

控訴人が、署名押印をしてもらうことを失念したのか、確認書自体を紛失したのかを問わず、控訴人の文書管理に問題があったといえる。本件施設の介護施設としての業務内容に照らし、入所者の遺留金品の取扱いが適正かつ厳格に行われるべき要請は強いところ、控訴人の文書管理やその後の対応は、遺族の心情を害したり、被控訴人の信用を失墜する危険性が高いものといえる。遺族との間において、実際にトラブルが表面化しなかったとしても、上記判断を左右しない。

(イ) 控訴人は、勤務時間中に外出する際、目的や行き先を明らかにせず、携帯電話を持たずに出かけ、連絡がつかないことがあった。本件施設の施設長が、緊急時に連絡が取れない状況になることは、本件施設の業務や職場の秩序維持に支障を及ぼすものといえる。

ウ 喫煙について

控訴人は、本件施設内に施設長室を設け、同室内で喫煙しており、発覚後に複数回にわたり注意等を受けた後も同室内での喫煙を続けていたことが認められる。

控訴人は、他の理事も施設長室内で喫煙していたことがあったとか、理事長も管理棟で喫煙している等と主張するが、仮に控訴人以外の者が施設長室内で喫煙することがあったとしても、控訴人は、本件施設の施設長として、本件施設の安全や衛生の維持、災害防止、職員や利用者らの健康管理等に留意すべき立場にあるのであるから、控訴人の同室内での喫煙が正当化されるものではない。被控訴人の理事長が所定の喫煙場所以外の場所で喫煙していたことを認めるに足りる証拠はない。

エ 他の問題行動について

(ア) 報告の著しい遅延

a 本件入所者負傷事案

控訴人は、本件入所者負傷事案(平成27年2月16日発生)について、約1か月半後の平成27年4月3日まで報告書を提出せず、報告書の提出遅延について被控訴人に始末書を提出している。

本件施設のような介護施設において、入所者が負傷するような事故が生じた場合、被控訴人は、施設設置者として、入所者及び家族、監督官庁等に対して、迅速かつ適切に対応する必要があるほか、同種事故の再発防止措置を早期に講じるために、直ちに当該事故について報告を受け、その対応を検討すべき必要性がある。したがって、控訴人が、何回も督促を受けながら報告書の提出を遅延したことは、不適切であるとともに、被控訴人の業務に支障を生じさせたといえる。

b 職員からの退職の申出

控訴人は、平成27年3月31日に退職した2名の職員につき、退職後に事後報告をしているところ、職員の退職は、被控訴人の人事にとっての重要事項であり、退職金支給や代替要員確保の要否について迅速に検討すべきであることからすると、控訴人が自らの判断で事前に被控訴人に報告しなかったのは、施設長の対応として不適切であったといえる。

(イ) 会議の欠席・暴言

控訴人は、平成27年3月の介護報酬改定に関する会議について被控訴人から出席するように求められたのに、自らの判断で他の職員を出席させ、自らは欠席したことが認められる。

被控訴人が控訴人に出席を求めた会議は、介護報酬改定に関するものであり、特別養護老人ホームである本件施設の施設長として出席すべきものであることが明らかであるから、出席する必要がないと判断し、他の職員を出席させて済ませるという対応は、施設長の対応として不適切であるといえる。

(ウ) 暴言・パワハラ等

控訴人は、移動が容易であるとの理由で、本件施設の利用者居室の窓から出入りしているところ、このような行動は、施設長として、節度に欠けた不適切な行動であるといえる。

オ まとめ

(ア) 以上によれば、控訴人の本件補聴器紛失事案に係る対応及び報告、遺留金品確認書に係る対応、喫煙場所以外での喫煙に係る対応、本件入所者負傷事案に係る報告、職員からの退職申出に係る報告、会議欠席及び利用者居室窓からの出入りについての控訴人の言動は、特別養護老人ホームの管理職である本件施設の施設長としての業務遂行の適格性を疑わせる不適切な事情に該当するといえる。

(イ) 被控訴人が、控訴人が本件労働組合の執行委員長に就任したり、組合活動をしていること等を考慮するなど、不当な動機・目的をもって本件解任処分をしたことをうかがわせる証拠はない。

(3)  手続等について

控訴人は、本件解任処分について、懲戒処分としての減給処分又は降格処分と同様の事実が必要である旨主張する。しかし、前記のとおり、人事権の行使として一定の役職を解くことは、労働契約上、使用者の権限の範囲内のものといえるから、人事権の行使としての施設長解任の要件として、懲戒処分と同様又はそれに準ずるほどの事情を必要とするとはいえない。

控訴人は、被控訴人の理事会で控訴人の勤務態度・成績不良が議題となったのは本件理事会が初めてであるとして、本件理事会及びその直前において、客観的事実に基づいた冷静な議論が行われたとは必ずしも考えにくいこと等を指摘するほか、本件訴訟において被控訴人は本件解任処分の理由を付加しているが、それらを本件解任処分前に控訴人に告知して弁明を聞くことは全く行われておらず、手続的公正の観点から許されないと主張する。しかし、控訴人に、本件施設の施設長として不適格であることを示す言動が数多く見られることは前記のとおりであるところ、本件理事会において、客観的な事実に基づいた冷静な議論が行われなかったと認めるべき証拠はなく、本件理事会における被控訴人の意思決定の方法について問題があったとは認められない。また、人事権の行使である本件解任処分について処分の理由を事後的に付加することによって、直ちに同処分が手続的公正を欠くとまではいえない。

(4)  控訴人の経済的不利益について

証拠(略)及び弁論の全趣旨によると、控訴人は、本件施設の施設長当時、月額手取り約39万円(基本給37万5500円)であったところ、控訴人家族(控訴人のその妻、3人の子らの5人家族)の月額の生活費は約32万5000円であること、控訴人は、本件解任処分により、施設長として受給していた月額8万円の管理職手当が受けられなくなったが、同処分後は月額3万円の業務改善手当を受けるようになり、減収額は月額5万円であることが認められる。

本件解任処分により控訴人に生じた減収は少なくないものの、管理職手当は、施設長という地位・役職に基づくもので、施設長としての業務を遂行することに対する対価の性質を有するから、施設長の地位・役職を解かれればその支給を受けられなくなるのは当然である。控訴人は、本件解任処分により管理職である施設長の地位から外れ、その職務内容・職責に変動が生じているほか、介護職員として業務改善手当を受給している上、施設長当時と異なり、残業手当が支給される可能性もあることを考慮すると、上記減収による不利益が、通常甘受すべき程度を超えているとまではいえない。

(5)  以上によれば、本件解任処分が人事権の範囲を逸脱し、又は濫用したものに当たるとはいえない。

したがって、本件解任処分は有効であり、控訴人の地位確認請求は理由がない。

第4結論

原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第11民事部

(裁判長裁判官 山下郁夫 裁判官 杉江佳治 裁判官 森脇淳一)

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