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大阪高等裁判所 平成29年(行コ)58号 判決 2017年7月20日

控訴人(A・B事件原告)

甲野太郎

同訴訟代理人弁護士

渡部吉泰

池田安寿奈

瀬川嘉章

被控訴人(A・B事件被告)

神戸市

同代表者市長(A事件)

久元喜造

同代表者兼処分行政庁(B事件)

神戸市教育委員会

同委員会代表者教育長

雪村新之助

同訴訟代理人弁護士

藤原正廣

吉田裕樹

岡田知之

荻野泰三

竹本正盛

太田理映

松井麻子

主文

原判決を次のとおり変更する。

1 処分行政庁が平成27年12月10日付けでした控訴人に対する退職手当支給制限処分を取り消す。

2 被控訴人は,控訴人に対し,35万円及びこれに対する平成27年12月10日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

3 控訴人のその余の請求を棄却する。

4 訴訟費用は,これを5分し,その1を控訴人の,その余を被控訴人の負担とする。

5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 主文第1項同旨

3 被控訴人は,控訴人に対し,200万円及びこれに対する平成27年12月10日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

4 3項につき仮執行宣言

第2 事案の概要等

1 神戸市立中学校の教頭であった控訴人は,処分行政庁から懲戒免職処分を受けるとともに退職手当等全額を支給しないこととする退職手当支給制限処分を受けたため,両処分の取消しの訴えを提起したところ,懲戒免職処分取消請求を棄却し,退職手当支給制限処分取消請求を認容する判決が確定した。

本件は,処分行政庁から改めて退職手当等の8割相当額を支給しないこととする退職手当支給制限処分を受けた控訴人が,処分行政庁の所属する被控訴人(神戸市)に対しその取消しを請求するとともに(B事件),同処分により精神的苦痛を受けたとして国家賠償法1条1項に基づき被控訴人に対し200万円(慰謝料200万円,弁護士費用20万円の合計220万円の一部)の損害賠償及びこれに対する処分の日である平成27年12月10日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金を請求する(A事件)事案である。原審は,上記退職手当支給制限処分は適法であるとして,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人がこれを不服として控訴した。

2 基本的事実関係,争点及び争点についての当事者の主張は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実と理由」第2の1ないし4(原判決2頁15行目から11頁15行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)原判決2頁24行目の「給料等」の次に「の支払義務」を加える。

(2)原判決3頁11行目と12行目の「および」を「及び」と,13行目から14行目にかけての「ならび」を「並び」と,15行目の「または」を「又は」といずれも改める。

(3)原判決5頁22行目の「所属していた者」を「所属していた生徒」と改める。

(4)原判決6頁13行目の「原告は」の次に「平成23年2月27日」を加える。

(5)原判決7頁4行目の「事故後すみやかに」を「警察官の取調べを終えた後,速やかに」と改め,8行目の「あくまでも」の次に「本件の経緯全体から見た」を加え,17行目の「保障の」を「保障としての」と,24行目から25行目にかけての「まったく同じ記載がある。」を「同一の事実が記載されている。」といずれも改める。

(6)原判決8頁15行目の「であり,」の次に「教職員の飲酒による事故が続いたことから」を加える。

(7)原判決10頁20行目の「本件制限処分①」を「前訴確定判決は,退職手当の全部不支給を違法としただけであり,本件制限処分①」と改める。

(8)原判決11頁7行目末尾に「また,前訴確定判決は,運転依頼行為が行われていなくても本件免職処分を適法と判断している。」を加え,9行目の「である。」を「であり,控訴人が問題としている有利な事情は控訴人が物損事故の被害者に謝罪を行ったということだけである。」と改める。

第3 当裁判所の判断

1 主張①のうち,拘束力違反について

(1)前訴確定判決では,飲酒をして正常な運転ができないAが運転する自動車に控訴人が同乗した経緯について,Aが控訴人に対し,「送りますから。」と述べ,控訴人は,控訴人の自宅まで相当の距離があるため,飲酒をして正常に運転することができないAが控訴人を自宅まで自動車で送ることは無理であると考え,「それはあかんやろ。」と言ったが,Aから「時間がたっているので大丈夫。」と言われたことから,Aの申出に従ったと認定されている(前記引用に係る原判決の事実と理由欄の「第2事案の概要」の「1 基本的事実関係」(4)イ(ア))。しかし,本件制限処分②の処分書(甲16)には,支給制限の理由として,控訴人は,Aが飲酒していたにもかかわらず,垂水駅まで車で送ることを依頼し,自らAの運転する自家用車に乗ったとの事実が認定されているから,本件制限処分②は,控訴人がAの運転する自動車に同乗した経緯については,前訴確定判決の認定に反する事実を前提としてされたものとみるほかない。

(2)行政事件訴訟法33条1項は,処分又は裁決を取り消す判決は,その事件について,処分又は裁決をした行政庁その他の関係行政庁を拘束すると定めており,取消判決が確定した場合には,処分行政庁は,同一の事情の下で同一の理由により同一内容の処分を繰り返すことができず,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断について取消判決の認定判断に抵触する認定判断をすることができないとの拘束を受ける(最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁)。

この「判決主文が導き出されるのに必要な事実」は要件事実を意味するものであるが,退職手当支給制限処分は,当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任,当該退職をした者の勤務の状況,当該退職をした者が行った非違の内容及び程度,当該非違に至った経緯,当該非違後における当該退職をした者の言動,当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響等,多様な事情を勘案してされるものである(退職手当条例13条1項本文及び同項(1))。このように勘案される事情を構成する全ての事実が「判決主文が導き出されるのに必要な事実」に当たるとはいえないが,上記事情を構成する主要な事実は,要件事実,すなわち「判決主文が導き出されるのに必要な事実」に当たるというべきである。特に非違の内容に関する事実は,支給制限の範囲を決する上で主要な事実の一つというべきであり,前訴確定判決でも,本件制限処分①が裁量の範囲を逸脱し,濫用した違法な処分である主要な根拠の一つとして,同乗した際の明白な依頼行為がないことがあげられている。

そうすると,控訴人が飲酒をしたAの自動車に同乗するに際し,Aに運転を依頼していないことは,「判決主文が導き出されるのに必要な事実」というべきであるから,処分行政庁は,この点に関する前訴確定判決の認定に反する認定をすることができないという拘束を受けることになる。したがって,Aの運転経緯について,前訴確定判決の認定に反する事実を認定し,この事実を前提としてされた本件制限処分②は,拘束力に反する違法な処分ということになる。

(3)この点について,被控訴人は,本件制限処分①と本件制限処分②は内容が異なるから,本件制限処分②をすることは前訴確定判決の拘束力に反しないと主張するが,本件制限処分②は本件制限処分①と全く同じ理由による退職手当の支給制限なのであるから,支給制限の範囲が異なるからといって,行政事件訴訟法33条1項が禁止する繰り返し処分であることは否定することはできない。

また,被控訴人は,本件制限処分②を審議した処分行政庁の会議(平成27年度第12回教育委員会会議)においては,控訴人が飲酒運転を行うように明示的に依頼したという事案でないことを前提に審議が行われたとして,実質的には前訴確定判決の認定事実を前提として本件制限処分②がされたと主張するかのようである。しかし,その議事要旨(乙8)の記載からは,直ちに被控訴人が主張するような事実を前提に審議が行われたと認めることは困難であるし,処分書には,控訴人がAに垂水駅まで車で送るよう依頼したことが認定されているのであるから,その審議の状況がどのようなものであっても,本件制限処分②の違法性を否定することはできない。

次に,被控訴人は,前訴確定判決に,「経緯からするとAに対して自動車の運転をさせたとも評価できる」とする判示があることから,控訴人がAに対して黙示的に飲酒運転の依頼をしたと評価することは十分可能であるとの主張(ただし,本件制限処分②の裁量判断が適切なものであることの根拠に関する主張である。)もしている。しかし,先にみたとおり,前訴確定判決の認定は,Aから「送りますから。」との申し出があり,控訴人がいったんは「それはあかんやろ。」と言ったが,Aから「時間がたっているので大丈夫。」と言われてAの運転する自動車に同乗したというものであるから,この認定事実を,控訴人がAに対して黙示的に飲酒運転の依頼をしたと評価する余地はない。

このように,被控訴人の主張はいずれも失当であり,本件制限処分②は,前訴確定判決の拘束力に反した違法なものというべきである。

2 主張②(裁量権の逸脱,濫用)について

これまで述べたとおり,処分行政庁は,控訴人が,Aに対して垂水駅まで車で送ることを依頼した事実を前提に,本件制限処分②をしたものであるが,このような事実を考慮することは,前訴確定判決の拘束力に違反するものであるから,本件制限処分②は,考慮してはならない事実を考慮してされたものというべきであり,このような事実の考慮が,処分行政庁の裁量判断に影響を及ぼすことが明らかであるから,この点についても本件制限処分②には違法があるというべきである。

3 主張③(損害賠償請求)について

控訴人は,被控訴人が故意に前訴確定判決の拘束力に反する内容で本件制限処分②をしたのであるから,被控訴人が本件制限処分②をしたことは,控訴人に対する不法行為を構成すると主張する。

前記のとおり,前訴において控訴人が酒気を帯びているAに運転を依頼したか否かは重要な争点となっていたところ,前訴確定判決では控訴人がAに運転を依頼した事実は認められなかったが,処分行政庁は,これらの事実を認識しながら,控訴人がAに運転を依頼した事実を認定して本件制限処分②をしたものといわざるを得ない。

そして,このような処分は,基本的な法律の適用を誤るものであり,本件制限処分②を受けた控訴人としては,本件制限処分②の取消しを求めて,訴訟の提起を余儀なくされる上,裁判所が本件制限処分②を取り消したとしても,控訴人は,更に3度目の退職手当支給制限処分がされる可能性のある不安定な法的地位に置かれ続けることになることからすれば,控訴人は,違法な本件制限処分②がされたことにより,平穏な法律生活を享受する法的利益を違法に侵害されたというべきであるから,これによって被った控訴人の損害は賠償されなければならない。

そして,本件制限処分②がされた経緯や内容,本件制限処分②の取消しのために提訴を余儀なくされ,その取消し判決を得るまでに不安定な法的状態に置かれたことなど本件に現れた一切の事情を総合すると,本件制限処分②により控訴人が被った精神的な損害は,金銭で評価すれば30万円と認めるのが相当である。また,本件訴訟の内容や審理経過,判決の内容を考慮すれば,不法行為と因果関係のある弁護士費用相当の損害は5万円と認めるのが相当である。

第4 結論

以上の次第であるから,本件制限処分②を取り消し,控訴人の損害賠償請求のうち,35万円及びこれに対する平成27年12月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は正当として認容し,その余の請求は棄却すべきである。

よって,これと異なる原判決を変更し,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田川直之 裁判官 安達玄 裁判官 石丸将利)

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