大阪高等裁判所 平成29年(行コ)90号 判決 2017年11月30日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人が,原判決別紙1物件目録記載のテニス場施設について,参加人に平成20年4月1日から平成22年3月31日まで行政財産使用料相当額の支払を求めないことが違法であることを確認する。
3 被控訴人は,参加人に対し,116万8000円及びこれに対する平成25年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を大阪府に支払うよう請求せよ。
4 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 控訴人ら及び被控訴人に生じた訴訟費用は,第1,2審を通じて4分し,その3を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人の負担とし,参加人に生じた費用は,第1,2審を通じて参加人の負担とする。
事実
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が,主文2項掲記の施設について,下記相手方に下記期間の行政財産使用料相当額の支払を求めないことが違法であることを確認する。
記
(1) 相手方 B,C,D,E,F,G,H及びI(以下「Bら8名」という。)
期 間 平成23年4月1日から平成24年3月14日まで
(2) 相手方 参加人
期 間 平成20年4月1日から平成22年3月31日まで
(3)相手方 J
期 間 平成22年4月1日から平成23年3月31日まで
(4) 相手方 K
期 間 平成23年4月1日から平成24年3月14日まで
3 被控訴人は,下記相手方に対し下記金員及びこれに対する平成25年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を大阪府に支払うよう請求せよ(以下,J,K及びLを併せて「Jら3名」といい,Bら8名,参加人及びJら3名を併せて「参加人ら12名」という。)。
記
(1) Bら8名に対し2057万6744円(8名の連帯支払。)
(2) 参加人に対し2057万6744円
(3) Lに対し514万4186円
(4) Jに対し1028万8372円
(5) Kに対し514万4186円
第2控訴に至る経緯
1 本件は,大阪府の住民である控訴人らが提起した住民訴訟である。控訴人らは,①参加人及びBら8名が,何らの法令上の根拠もなしに,大阪府所有の下水道処理場の財産の一部を違法に占有使用した,②当該財産の管理責任者であるJら3名もこれを放置し,あるいは容認していた,③したがって,大阪府は参加人ら12名に対する損害賠償債権又は不当利得債権を取得した,④ところが,大阪府の執行機関である被控訴人が当該債権の行使を怠っていると主張し,地方自治法242条の2第1項3号に基づき,その怠る事実が違法であることの確認を求めるとともに,同項4号に基づき,その怠る事実の相手方である参加人ら12名に対し当該債権を行使するよう被控訴人を義務付けることを求めた。
2 原審が控訴人らの請求を全部棄却したため,控訴人らは,原判決全部を不服として本件控訴を提起した。
第3当事者の主張
【請求原因】
1 aセンターの管理
(1) 大阪府は,安威川,淀川右岸流域下水道の処理場であるaセンターの地上施設と敷地28万1569.91㎡を所有している(以下,その敷地のみを「処理場敷地」という。)。aセンターの地上施設と敷地は,地方自治法238条4項所定の大阪府の行政財産である。原判決別紙1物件目録記載のテニス場施設の敷地1772.284㎡(以下「係争地」という。)は,処理場敷地の一部である。
(2) aセンターの管理は,大阪府都市整備部の北部流域下水道事務所が行っている(同事務所を「本件事務所」といい,その長を「本件事務所長」という。)。
(3) 安威川,淀川右岸流域下水道組合(以下「旧組合」という。)は,地方自治法284条所定の一部事務組合であり,吹田市,高槻市,茨木市,摂津市,箕面市及び島本町の6市町により構成されていた。旧組合は,大阪府から委託されてaセンターの維持操作事務を行っていたが,平成20年3月31日をもって解散し,同年4月1日,その維持操作事務は大阪府に移管された。
(4) 本件事務所長は,平成20年度がL,平成21,22年度がJ,平成23年度がKである。本件事務所が所管する行政財産の取得及び管理については,本件事務所長が被控訴人から委任を受けているから,Jら3名は,上記各年度において処理場敷地の管理責任者であった。
(5) aセンターの施設の一部は,「高槻市立cテニスコート」という公営運動施設(以下「cテニス場」という。)の敷地として利用されている。
大阪府所有財産の管理に関しては大阪府公有財産規則(昭和43年4月1日大阪府規則第30号。以下「公有財産規則」という。)が制定されており,cテニス場の敷地については,地方自治法238条の4第7項,公有財産規則22条に基づく使用許可(以下「目的外使用許可」という。)がされている。
2 係争地の状況
(1) 係争地の上には,①周囲を囲むフェンスと門,②テニスコート,③プレハブ建物,④器財倉庫,⑤駐車場が存在していた(以下,①ないし⑤を「地上設備」といい,地上設備と敷地である係争地を併せて「係争施設」という。)。
(2) 地上設備は,旧組合が,平成4年に,当時の本件事務所長の同意を得た上で,旧組合職員の福利厚生を目的として整備したものであるが,平成20年3月31日の旧組合解散及び同年4月1日の事務移管に伴い,大阪府が所有する行政財産となった。
(3) しかしながら,平成20年4月1日から平成22年3月31日までの2年間,本件事務所長は係争施設の管理をしていなかった。本件事務所長が係争施設の管理を実際に開始したのは平成22年4月1日である。
本件事務所長は,同日以後,係争施設を環境対策施設と位置付け,テニスも可能な空き地として一般の住民に開放することにし,本件事務所の高槻管理センター長(本件事務所長よりも下位の職員)の許可を得て利用するものとしたが,結局は,平成24年3月15日に係争施設を閉鎖し一般開放を取り止めた。以後,係争施設を利用する者はいない。
(4) 係争施設については,平成20年4月1日から平成24年3月14日までの間,誰に対しても目的外使用許可がされたことはなかったし,行政財産使用料条例(昭和39年3月25日大阪府条例第6号。以下「使用料条例」という。)に基づく使用料が徴収されることもなかった。
3 大阪府の参加人に対する損害賠償債権
参加人は,平成20,21年度の2年間,係争地に立ち入るための鍵を独占的に保管し,高槻市職員の親睦団体である高槻市硬式テニス部に所属する職員(以下「テニス部職員」という。)に係争施設を使用させ,上記の2年間,何らの占有権原もないのに係争施設を占拠していた。平成22,23年度の2年間も同様である。
係争施設は,平成20年4月1日から大阪府の行政財産であるから,使用料条例2条により,係争施設を利用するためには使用料を支払わなければならない。本件事務所長(係争施設の管理責任者)の許可を得ることなく無償で係争施設を使用することは,係争施設の使用料(以下「係争使用料」という。)を収受する大阪府の利益を侵害することとなる。
したがって,参加人は,不法行為に基づき,大阪府に対し,係争使用料に相当する損害を賠償すべき責任を負う。係争使用料の額は年額514万4186円であるから,大阪府は,不法行為に基づき,参加人に対する2057万6744円の損害賠償債権を取得した。
4 大阪府のLに対する損害賠償債権
Lは,平成20年度において本件事務所長であったのに,処理場敷地の管理を怠り,係争施設が不法占拠されている事実を漫然と放置し,大阪府に対し平成20年分の係争使用料に相当する損害を被らせたから,大阪府は,民法709条又は民法415条に基づき,Lに対する514万4186円の損害賠償債権を取得した。
5 大阪府のJに対する損害賠償債権
(1) Jは,平成21年度において本件事務所長であったのに,処理場敷地の管理を怠り,係争施設が不法占拠されている事実を漫然と放置し,大阪府に対し平成21年分の係争使用料に相当する損害を被らせたから,大阪府は,民法709条又は民法415条に基づき,Jに対する514万4186円の損害賠償債権を取得した。
(2) Jは,平成22年度においても本件事務所長であったが,法令上の根拠なしに係争施設を専らテニス部職員に利用させた。
形の上では,平成22年4月1日からは係争施設が住民に一般開放されたことになっているが,「公の施設」として地方自治法244条の2所定の条例に基づく開放手続がとられたわけではないし,そもそも係争施設は国が定める環境対策施設の要件(甲29)を充足しておらず,これを一般開放することは下水道法の目的に沿うものでもない。Jは,一般開放したとしながら,実は専らテニス部職員による無償利用を継続させたのであり,その利用実態が違法であると知っていたからこそ,係争施設を一般に開放する旨の広報をしなかったのである。
Jは,大阪府に対し平成22年分の係争使用料に相当する損害を被らせたから,大阪府は,民法709条又は民法415条に基づき,Jに対する514万4186円の損害賠償債権を取得した。
6 大阪府のKに対する損害賠償債権
Kは,平成23年度において本件事務所長であったが,Jが始めた一般開放を継続し,法令上の根拠なしに係争施設をテニス部職員に無償で利用させ続けた。Kは,その利用実態が違法であることを知っていたから,平成24年3月にテニス部職員による独占的使用がマスコミで取り上げられるや,平成24年3月14日をもって一般開放を取り止めたのである。
Kは,大阪府に対し平成23年分の係争使用料に相当する損害を被らせたから,大阪府は,民法709条又は民法415条に基づき,Kに対する514万4186円の損害賠償債権を取得した。
7 大阪府のBら8名に対する損害賠償債権
Bら8名は,テニス部職員であり,平成20,21年度においては参加人と共謀し,平成22,23年度においては本件事務所長と共謀し,係争施設を無償で利用し続け,大阪府に対し,上記4年分の係争使用料相当の損害を被らせ,同時に,上記4年分の係争使用料相当の利得を得たから,大阪府は,Bら8名に対する民法719条に基づく2057万6744円の損害賠償債権又は民法703条に基づく同額の不当利得債権を取得した。
8 提訴に至る経緯
(1) 被控訴人は,上記3ないし7の大阪府の参加人ら12名に対する損害賠償債権又は不当利得債権(以下「本件各債権」という。)を行使する権限を有する執行機関である。
(2) 被控訴人は,何ら正当な理由なく,本件各債権の行使をしない。
(3) 控訴人らは,平成24年5月22日,係争施設が高槻市職員により独占的に使用されていたのに使用料が徴収されていないのは問題であると指摘し,住民監査請求をしたが,大阪府監査委員は,同年7月18日,控訴人らに対し,住民監査請求に理由がない旨の監査結果を通知し,控訴人らは,同月19日,同通知を受領した。
(4) 控訴人らは,平成24年8月17日,被告(財務会計上の行為を怠る執行機関)を本件事務所長として本件訴えを提起したが,原審裁判所は,平成25年5月20日,控訴人らの被告変更申立てを容れ,被告を本件事務所長から大阪府知事(被控訴人)に変更することを許可した。被控訴人に本件訴状が送達されたのは平成25年5月24日である。
9 まとめ
よって,控訴人らは,地方自治法242条の2第1項3号に基づき,前記第1の2のとおり,被控訴人が本件各債権の行使を怠っている事実が違法であることの確認を求めるとともに,同項4号に基づき,前記第1の3のとおり,被控訴人に対し本件各債権の行使を義務付けることを求める。
【請求原因に対する被控訴人の認否及び参加人の反論】
1 請求原因1の各事実は認める。
2 同2の各事実は認める。
なお,旧組合解散の際,地上設備の撤去事務が大阪府に引き継がれなかったから,高槻市内に所在する地上設備の占有は,清算事務のため,平成20年4月1日,普通地方公共団体たる高槻市に移転したと解される(地方自治法292条,同法施行令5条1項)。
3 同3の主張は争う。
参加人が係争施設の管理等に何らかの関係があったと考えるのが相当であるが,テニス部職員による係争施設の使用に関し,参加人に損害賠償責任が発生すると考えることはできない。
そうでないとしても,平成20,21年度の2年間は,大阪府が係争施設の管理権限を回復していなかったから,仮にテニス部職員により係争施設が利用されていたとしても,大阪府の権利が侵害されたとはいえない。
そもそも係争施設は旧組合の福利厚生施設であって使用料の徴収がされていたものではなかったし,旧組合が解散した後も目的外使用許可をして使用料を徴収するような施設でもなかったから,テニス部職員が無断で係争施設を使用したとしても,係争使用料を収受する大阪府の利益を侵害するものではない。
(参加人の反論)
参加人が係争施設の管理に関与していた旨の控訴人らの主張は,本件事務所が作成した議事録(甲6,7)の記載を根拠とするものであるが,同議事録の記載内容は不正確である。実際には,参加人は平成20年4月1日以降係争施設の管理をしていない。参加人と,高槻市職員の親睦団体にすぎない高槻市硬式テニス部とは無関係であって,テニス部職員が係争施設を使用していたとしても,係争施設を参加人が管理をしていたことにはならないし,係争地を参加人が不法占拠していたことにもならない。
4 同4の主張は争う。
上記3のとおり,平成20年度において大阪府の係争使用料を収受する利益が侵害された事実はない。
5 同5の主張は争う。
(1) 上記3のとおり,平成21年度において大阪府の係争使用料を収受する利益が侵害された事実はない。
(2) 本件事務所は,平成22年4月1日以降,係争施設の管理を回復してこれを一般開放した。
係争施設は,下水道法25条の10所定の「流域下水道」と呼ばれる公共施設(都市計画施設。)の一部である。同法25条の18,同法25条により,流域下水道の施設の設置及び管理については,同法及び同法に基づく命令で定めるほか,下水道に関する条例に従って行われるのであって,公の施設の設置及び管理に関する地方自治法244条の2の規定は適用がない。そして,流域下水道の施設管理者である本件事務所長は,その裁量に基づき,係争施設を環境対策施設として一般開放したのであるが,その措置は下水道法の趣旨に何ら反しておらず,違法ではない。
控訴人らは,係争施設が国が定める環境対策施設の要件に該当しないと主張するが,控訴人らがいう要件(甲29の文献の注として記載されている通達中の要件)は,環境対策施設として国からの補助の対象とされるための要件にすぎず,これに該当しない他の環境対策施設も十分に考えられるところであるから,控訴人らの主張は誤りである。
なお,一般開放の際の高槻管理センター長の使用許可は,本件事務所長が行うべき目的外使用許可ではなく,使用申請の整理(混雑回避)という意味で行われるにすぎないものであった。
以上のとおり,平成22年度において係争施設の管理に違法な点があったとはいえない。
6 Kの責任
上記5のとおりであるから,平成23年度においても係争施設の管理に違法な点があったとはいえない。
7 Bら8名の責任
係争施設は,従前,旧組合職員のための福利厚生施設として使用されており,旧組合が解散した際にもその使用に関する特段の指示がテニス部職員に対してされていなかったことからすると,テニス部職員は,従前から許されていた旧組合の福利厚生施設としての使用を継続したものにすぎない。そうすると,テニス部職員は係争施設の使用権原を有していなかったとはいえないし,そうでないとしても,係争施設に関する大阪府の利益を侵害したことについてテニス部職員に故意過失があるとはいえない。
8 同8の各事実は認める。
9 同9は争う。
理由
第1事実関係
請求原因1,2及び8の各事実は当事者間に争いがなく,それら争いのない事実に加え,証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。以下の認定と矛盾する丙第2号証及び証人Mの原審証言は採用しない。
1 旧組合による係争地無償利用の根拠
旧組合は,平成4年3月,本件事務所長に対し,空き地であった係争地に福利厚生施設であるテニス場を設置したい旨を申し出(乙1),本件事務所長は,平成4年5月6日,その申出に同意した(乙2)。この同意は,行政財産の目的外使用許可としてされたのではなく,係争地に関する旧組合の無償利用の申込みを承諾する趣旨でされたものであった。本件事務所長は,処分場敷地内の空き地の利用方法の選択について一定の裁量を有するとの認識の下,係争地を福利厚生施設の敷地とすることに一応の合理性があると判断して上記同意をしたのである。これにより,大阪府と旧組合との間には,係争地の無償利用を目的とする契約関係が形成された。
2 係争施設の整備
旧組合は,上記同意を得て,テニスコートと駐車場を造成し(いずれも地盤面を整地しただけで舗装はされていない。),簡易なプレハブ建物(更衣室)や器財倉庫を設置し(甲24,甲38,甲44,甲45,乙21),係争地を囲むフェンスと門を設置し,これらで構成される係争施設を,aセンターの維持操作事務にかかわる職員の福利厚生施設として管理していた。
係争施設の規模は,テニスコートの敷地が853.705㎡,プレハブ建物の敷地が36.482㎡,それ以外の部分の敷地が882.097㎡であり,係争地の面積は,合計1772.284㎡であった(乙15)。
係争施設の門には暗証番号によって解錠する方式の錠(以下「番号錠」という。)が取り付けられていた。テニスコートもフェンスで囲まれており,テニスコート入口にも番号錠が取り付けられていた。プレハブ建物入口の錠の鍵は,係争地内の鍵置場に置かれていた(以下において「係争施設の錠」という場合には上記3か所の錠を指す。)。
3 cテニス場の整備状況
aセンター内のcテニス場の使用目的は,高槻市の市民サービスであって,下水道事業とは関連性がない。また,cテニス場は,空き地の上にではなく,下水道処理施設の屋上に設けられている(乙24)。テニス場の規模も,人工芝(砂入り)テニスコート5面,更衣室及びシャワー室から成る大規模な施設である(乙25)。したがって,cテニス場のような施設を設置するとなると,行政財産である下水道処理施設をその目的以外の用途に用いることになるため,目的外使用許可の手続がされることになる。実際にも,cテニス場の設置のために目的外使用許可がされ,かつ,使用料条例6条に基づく使用料免除決定がされ,その許可と決定が更新されている(甲13~18)。
cテニス場のテニスコートの使用料は1時間500円であり,附属駐車場の駐車料金は普通車で3時間を超える場合が400円である(乙25)。
4 維持操作事務の移管
下水道事業の運営の合理化を図るため,旧組合が平成20年3月31日に解散し,同年4月1日以降,aセンターの維持操作事務が旧組合から大阪府に移管されることになった。そこで,旧組合と大阪府は,aセンターの維持操作事務に関して旧組合が所有していた一切の財産を大阪府に譲与することを合意した(以下「本件譲与合意」という。)。そして,本件譲与合意を明らかにする契約書(乙4の平成20年2月15日付け備品等譲与契約書。以下「本件譲与契約書」という。)が交わされた。
ところが,同契約書の別表(譲与物品の一覧表)からは,係争施設を構成する地上設備(フェンス,門,プレハブ建物,器財倉庫)その他のテニス場備品の記載が漏れていた。その上,旧組合が係争施設の錠を解錠して係争施設を大阪府に引き渡すという手続がされることもなかった。
5 移管後の係争施設の利用状況
本件事務所は,平成20年4月1日以降,aセンターの維持操作事務を開始したが,本件事務所長は,係争施設の存在を知らず,係争施設を管理下に置くことはなかった。同日以降も,番号錠を解錠して係争施設に立ち入るのはテニス部職員に限られており,テニス部職員は,毎週土曜日と隔週の日曜日に終日(午前9時頃から午後5時頃まで)係争施設を利用していた(平日は非番のテニス部職員が使用することも時折あった。)。
6 係争施設の引渡未了状態の発覚
旧組合解散前の時期において,旧組合から大阪府に対し係争施設の存在が告げられたことはなく,本件譲与契約書の別表からも係争施設の記載が漏れていたことから,本件譲与合意当時の本件事務所長(Lの前任者)は係争施設の存在に気付かなかった。Lは,aセンターの施設管理に関し前任者から特段の引継ぎも受けなかったので,本件事務所長に就任した後,自ら又は部下職員に命じてその施設について視察(実地検査)をしなかった。また,Lは,高槻市,高槻市職員その他の者から係争施設に関する特段の告知や申入れもされなかったので係争施設の存在に気付くこともなく,後任者であるJに対し,aセンターの施設管理に関して特段の引継ぎもしなかった。Jも,Lと同様の事情から,実地検査をせず,係争施設の存在に気付くこともなかった。
ところが,平成22年2月に至り,下水道処理場の目的外使用が適正に行われているかどうかについて会計検査院の検査がされることが明らかとなったため,本件事務所は,受検準備として自主的に実地検査を行うことにした。本件事務所職員のNが中心となって,同年2月19日,aセンターの実地検査をしたところ,処理場敷地の一部に係争施設が存在することが明らかになったが,係争地がフェンスと門で囲まれ,門に番号錠が取り付けられていたことから,Nらは係争地に立ち入ることができなかった(乙20)。
処理場敷地の一部が何者かに占拠され本件事務所職員が立ち入ることができない状態は早急に是正すべき事態であったため,Nは,aセンターの施設管理を担当する高槻管理センター長に係争施設のことを尋ねた。同センター長は,旧組合の職員であったが,aセンターの維持操作事務が大阪府に移管されたことに伴い,平成20年4月1日から大阪府職員となった者である。同センター長は,Nに対し,係争施設を施錠してこれを管理しているのは参加人であると説明した(証人N)。
そこで,本件事務所は,平成22年2月19日及び同年3月11日,係争施設の引渡しを求めるため高槻市と協議を行った(甲6,7)。
7 係争施設の引渡しに至る経緯
協議には,Nを含む本件事務所の職員,高槻市総務部人事課の職員及び高槻市下水道室の職員が参加した。高槻市側は,市として係争施設を撤去することや使用料の負担に応じることはできないとの姿勢であった。
本件事務所は,旧組合解散後に参加人が独占的に係争施設を使用している状況は対外的に説明がつかない旨の認識を有しており,Nも,協議の場で,参加人が係争施設を管理していることを前提として協議を進めていたが,高槻市側からその前提が誤っている旨の指摘を受けることはなかった。
Nは,同年2月19日には,その認識を前提に参加人の独占的な使用を止めさせて係争施設を大阪府に引き渡すよう求め,高槻市に対し,①同年4月1日以降は,暫定的に,係争地をテニスができる空き地として府民に無料開放することも検討していること,②そうなった場合,テニス部職員も高槻管理センター長の許可を取れば府民として係争地でテニスができることを説明した(甲6)。
同年3月11日の協議では,高槻市は,係争施設が大阪府の財産となっている事実を認めるとともに,参加人あるいはテニス部職員とも調整した結果として,府民であるテニス部職員が,テニスができる空き地として係争地を借りることができるというのであれば,係争施設を返還するという姿勢を示した(甲7)。
結局,係争施設は平成22年3月31日に大阪府(本件事務所)に引き渡された。本件事務所長は,直ちに係争施設の錠を全て取り換え,係争施設の管理を回復し,同年4月1日以降,係争施設を管理している。
8 下水道施設の活用
(1) 下水処理設備は,広い面積を占める工作物であることに加え,周辺住環境等への悪影響を少なくするよう敷地境界から距離をとった場所に設置される。そのため,下水処理設備を含む下水道施設の敷地は,必然的にかなり広大なものとなり,かつ,大きな空き地を含むものとなる。
(2) 大阪府は,平成4年2月に公表した「21COSMOS計画」において,下水道施設が持つ空間は貴重な公共の都市空間であり,これを地域社会に貢献するものとして用いることが求められ,「府民福祉と水環境問題に貢献する観点から」下水道施設総体の価値を高めることが重要であると提言している(乙11の30頁)。
(3) 国土交通省都市・地域整備局下水道部及び社団法人日本下水道協会は,平成17年9月に「下水道ビジョン2100」を公表し,下水道施設の今後の在り方について提言をしたが,同提言は,下水道施設が都市の貴重な空間資源であることから「施設活用」を進めるべきであり,「地域住民と来訪者の交流,住民・企業活動の支援に資する多自然型公園等,下水道関連施設を地域の水環境を巡る交流拠点として活用することが求められる」とする(乙12の62頁)。
(4) 下水道施設のうち,周辺環境との調和を図るための施設などは,実務上「環境対策施設」と呼ばれているが,国は,整備を促進することが望ましい施設(公園等の緑化施設等)については補助金を支給するものとしている(甲29,乙5)。
9 平成22年4月1日以降の係争施設の利用状況
本件事務所長は,平成22年4月1日以降,係争施設を環境対策施設と位置付けて管理することにした。具体的には,使用申請があれば本件事務所の高槻管理センター長が申請を許可するという手続により,テニスができる空き地として係争施設を府民に無料開放することにした。この新たな方針は,高槻市職員には知らされていたが広報がされなかったため,使用申請をするのは専ら高槻市の硬式テニス部とソフトテニス部の部員のみであり,高槻市職員が独占的に係争施設を使用する状況が続いた(甲11の1~24)。この状況が行政財産の不適切使用であるとしてマスコミで取り上げられたことから,本件事務所長は,平成24年3月14日,係争施設の無料開放を取り止めた(甲12の1及び2)。
第2平成20,21年度に関する控訴人らの請求について
1 事実経過の整理
前記認定事実に照らして経過を法的に整理すれば,
(1) 係争施設のうち敷地(係争地)はもともと大阪府の行政財産である,
(2) 係争施設のうちフェンス,門,プレハブ建物,器財倉庫といった地上設備の所有権(民法242条ただし書により旧組合に所有権が帰属)は,aセンターの維持操作事務の一環として設置された施設であり,流域下水道の施設の一部を構成しており,本件譲与合意により旧組合から大阪府に所有権が移転し,大阪府の行政財産となった,
(3) ところが,平成20年4月1日(aセンターの維持操作事務の移管日)までに,旧組合が行うべき係争施設(係争地と地上設備)の引渡事務が履行されず,同日以降,本件事務所長が,下水道施設の一部として係争施設を管理するということにならなかった,
(4) 上記引渡事務は,地方自治法292条,同法施行令5条1項により,旧組合から高槻市に承継された,
(5) ところが,参加人が係争施設を占有し,あたかも高槻市の福利厚生施設であるかのように高槻市のテニス部職員が係争施設を使用していた,
(6) そのため,高槻市においても上記引渡事務を履行することができないまま年月が経過し,上記引渡事務を履行されたのは上記移管日から2年が経過した平成22年3月31日であった,
ということができる。
2 係争施設の占有者
(1) 参加人は係争施設を管理していた事実を否認するが,平成20年4月1日を境に状況が一変し,突然,高槻市のテニス部職員が係争施設を使用するようになったとは考えにくいのであって,係争施設は,同日以前から,旧組合職員でないテニス部職員によっても頻繁に利用されていたが故に,参加人が管理するところとなり,同日以降もその管理状況が維持されていた可能性が高いということができる。そのことに加え,前記第1の6及び7に認定の事実関係によれば,参加人は,平成20,21年度の2年間にわたり,係争施設を排他的に支配していた(これを占有していた)ものと推認するのが相当である。
(2) 控訴人らは,Bら8名も係争施設を占有していたと主張するが,参加人の占有と並行してBら8名個々人もまた係争施設を占有していたと解すべき根拠は見当たらない。Bら8名が親睦団体である高槻市硬式テニス部を構成していたとしても,親睦団体にすぎない同団体は,社団(権利義務の帰属主体と認められる団体)であるとは考えられず,したがって,法的な意味での占有主体となり得るとは考え難いから,Bら8名が団体として係争土地を占有していたとも認められない。控訴人らの上記主張は採用できない。
3 大阪府の参加人に対する損害賠償債権
(1) 参加人が係争施設を占有するための権原を何ら有しておらず,2年間にわたる参加人の係争施設の占有が違法なものであったことは,前記認定の事実経過に照らして明らかである。また,参加人において係争施設を適法に占有できる権原があると誤解するような事情があったとは解されない。
(2) 参加人が高槻市職員の福利厚生施設として行政財産である係争施設を使用しようと思えば,本件事務所長による行政財産の目的外使用許可を得る必要がある。そして,目的外使用許可をして行政財産を使用させる場合,条例を定めて使用料を徴収することができるところ(地方自治法225条,228条1項),証拠(甲1,乙7~10)によれば,①大阪府は,行政財産に関する地方自治法228条1項所定の条例として使用料条例を定めていること,②使用料条例2条及び3条は,行政財産を使用しようとする者は,行政財産の価額,使用する部分の所在する場所その他の事情を勘案して知事が定める基準に基づき,当該行政財産の管理者が定める額の使用料を納付しなければならないとし,使用料の納付を原則としていること,③公有財産規則26条1項1号は,土地に関する上記②の基準を「当該土地全体の価額の3%÷当該土地の面積×当該土地のうち使用させる部分の面積」と定め,同条1項2号は,建物に関する上記②の基準を「(当該建物の価額の6%+当該建物の建面積部分の土地価額の3%)÷当該建物の延べ面積×当該建物のうち使用させる部分の面積」と定めているが,同27条は,同26条の「規定により難い場合における使用料の額の基準は,知事が別に定める」としていることが認められる。
(3) 係争施設のテニスコートは地盤面を整地しただけの簡便なものであり,係争施設全体も高額の建設費や維持管理費を要するものとは考え難く,係争施設のようなテニス場の使用料を公有財産規則26条の基準に従って算出することが適切とも考え難いから,係争施設の使用料は,上記「規定により難い場合」に当たり,大阪府知事が別に定めるべきと考えられる。そして,cテニス場の使用料と比較検討した場合,本件施設の使用料相当額は,1日当たり,テニスコート分800円と駐車場分800円(2台分)の合計1600円(年額58万4000円,2年分で116万8000円)と定められるのが相当と認められる。
(4) 以上のとおり,大阪府は,係争施設が平成20,21年度の2年間にわたって参加人より権原なく占有された事実に基づき,参加人に対する116万8000円の損害賠償債権を取得したということができる(最高裁判所平成16年4月23日第二小法廷判決・民集58巻4号892頁参照)。
4 LとJの損害賠償責任
Nが会計検査院の検査に備えて実地検査をしたことにより,係争施設の存在及びこれが本件事務所長の管理下に置かれていない事実が発覚したのであるから,LとJが,就任時,aセンターの行政財産の管理状況を確認するため,自ら実地検査するか,部下にこれをさせておれば,上記事実を知り得たものといわなければならない。
そして,本件事務所長という下水道処理場施設の管理責任者に就任した大阪府職員ならば,就任後速やかに配下の行政財産の管理状況に多大の関心を寄せ,施設の逐一について実地検査を実施することが望ましい。しかしながら,実施検査が是非とも必要であった時期は,本件譲与契約書の別表に記載の財産が存在するのか,別表の記載から漏れている財産がないのかを確かめる必要がある時期,すなわち,本件譲与合意がされた平成20年2月である。
Lは,前任者(本件譲与合意当時の本件事務所長)からaセンターに関する特段の引継ぎ(本件譲与合意当時の繁忙度から譲与財産の実地検査が未了である等)を受けていないのであるから,Lが,本件事務所長に就任後速やかにaセンターの施設の実地検査をすべき職務上の注意義務を負っていたのにこれを怠ったとか,Lには,係争施設が管理下に置かれていない事実を知らなかったことにつき過失があるから,大阪府に生じた上記3の損害を賠償すべき責任があるとまでいうことは困難である。Lの後任者であるJについても同様である。
したがって,平成20,21年度に関する上記3の損害について,民法415条又は709条に基づき,大阪府がL及びJに対する損害賠償債権を取得したということはできない。
第3平成22,23年度に関する控訴人らの請求について
1 前記のとおり,平成22年4月1日以降,参加人による違法な占有状態は解消され,係争施設が本件事務所長の管理下に置かれ,大阪府の下水道施設の一部として管理されるようになった。そして,本件事務所長は,係争施設を府民に無料開放される環境対策施設(テニスができる空き地)として利用することにしたものである。
2 前記のとおり,今日では,下水道施設は単に下水の処理のみを行う施設ではないのであって,下水道施設の一部を環境対策施設として府民に無償開放することそれ自体は,下水道施設としての利用形態の一つと考えられる。そして,係争施設を環境対策施設(テニス場)として府民に無料開放することは,府民の健康増進に貢献し,下水道施設に対する府民の理解を高めることにつながるから,これを環境対策施設として位置付けて管理することは,何ら違法ではない。
なお,環境対策施設として位置付けての府民への無料開放は,行政財産の目的外使用ではないから,目的外使用に関する地方自治法,使用料条例及び公有財産規則に従った措置をとっていないという理由で違法となる余地はない。
3 問題は,係争施設を環境対策施設(テニス場)として府民に無料開放することを広報していなかった結果,平成22年4月1日以降もここを使用するのが高槻市職員だけであったという点である。府民への無料開放がこのような不自然な結果となったのは,係争施設の違法な占有状態を是正するため,高槻市職員への一定の優遇措置を示して係争施設の引渡義務の履行を促した結果なのかもしれないが,このような不自然な結果をもたらした本件事務所長の管理方法が極めて不適切であったとの批判は免れないところである。
しかしながら,そのような結果になったことから,直ちに,係争施設を環境対策施設と位置付けて府民に無料開放した事実自体が存在しなかったということはできないし,平成20年4月1日以降の係争施設の管理が(不当の域を超えて)違法であったとまで評価することもできない。そうすると,平成22,23年度の係争施設に関して大阪府が参加人ら12名に対し損害賠償債権を取得することもないというほかない。
4 以上のとおり,平成22,23年度に関する控訴人らの請求は理由がない。
第4結論
1 以上の次第で,控訴人らの請求は,参加人に対する行政財産使用料相当額の請求を違法に怠る事実の確認請求(控訴の趣旨2項(2)),参加人に対する116万8000円の損害賠償債権及び平成25年5月25日(本件訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金債権の行使の義務付け請求(控訴の趣旨3項(2)の一部)の限度で理由があるからこれらを認容すべきであり,その余の請求はいずれも理由がなく棄却すべきであるから,これと異なる原判決は相当ではない。
2 よって,控訴人らの控訴に基づき,上記と異なる原審の判断を取り消し,取消部分に係る控訴人らの請求を認容し,その余の控訴人らの控訴を棄却する趣旨で原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第6民事部
(裁判長裁判官 中本敏嗣 裁判官 橋詰均 裁判官 藤野美子)