大阪高等裁判所 平成3年(ネ)2716号 判決 1994年7月29日
札幌市豊平区豊平四条八丁目二番七号 小野ビル
控訴人
株式会社 北雄産業
右代表者代表取締役
佐藤昌義
右訴訟代理人弁護士
石川元也
間瀬場猛
大阪市中央区高麗橋二丁目一番一〇号
被控訴人
株式会社ジオトップ
右代表者代表取締役
藪内貞男
右訴訟代理人弁護士
米田実
辻武司
松川雅典
四宮章夫
田中等
田積司
米田秀実
徳島県三好郡三好町大字昼間字桜井五二一番地
原審原告(脱退)
太建興業株式会社
右代表者代表取締役
小井輝夫
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 申立て
控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、一八五七万一二〇〇円及びこれに対する昭和六〇年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金額を支払え。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
二 請求の原因(控訴人)
1 控訴人の権利
控訴人は、昭和六二年六月一日、特許権の独占的通常実施権侵害について原審脱退原告が有する被控訴人に対する損害賠償請求権を譲り受けた。
その特許権(本件特許権)は、次のものである。
(1) 特許権者 小井輝夫(原審脱退原告の代表取締役)
(2) 登録番号 第一一五三三六一号
(3) 発明の名称 基礎杭の施工装置
(4) 特許出願日 昭和五二年二月二六日(特願昭五四-一六九二八九。ただし、追加の特許出願(特願昭五二-二〇五二七)を独立の特許出願に変更したもの)
(5) 出願公告日 昭和五七年九月二四日(特公昭五七-四四七九四号)
(6) 設定登録日 昭和五八年六月三〇日
2 被控訴人の侵害行為
原審脱退原告は本件特許権の独占的通常実施権者であるが、被控訴人は、次のとおり、本件発明(本件特許権に係る発明)を実施して、原審脱退原告の独占的通常実施権を侵害した。
(1) 和歌山県が昭和五八年九月二八日に(株)森田組に発注した紀三井寺公園野球場整備工事につき、(株)森田組から下請した西村工業(株)は、基礎工事を被控訴人に発注した。この基礎工事において、被控訴人は本件発明を実施する装置を使用した。
(2) (株)清水建設が昭和五八年一一月一日から施工したTDK(株)甲府南工場第二期工事につき、被控訴人が基礎工事を請け負った際、被控訴人は本件発明を実施する装置を使用した。
3 被控訴人の虚偽回答行為
本件発明の実施とは別に、国鉄札幌工事局の発注予定工事の受注交渉に際し、被控訴人に次の不法行為があった。すなわち、被控訴人は、同局に対し、ロ号装置(原判決別紙物件目録(1)記載二の装置。仮にそうでないとしても、B-2装置=本判決別紙物件目録記載の装置)を使用して行った載置試験報告書を提出し、同局から、「本件特許権に抵触しないのか」との問合せに対して、「本件特許権を原審脱退原告あるいは小井から買い取った」との虚偽の回答をするなどした。
4 使用装置
前記2の工事の際に使用された装置は、次のとおりである。
(1)の野球場整備工事に際しては、イ号装置(原判決別紙物件目録(1)記載一の装置)。仮にそうでないとしても、B-2装置(本判決別紙物件目録記載の装置)。
(2)のTDK(株)工場工事に際しては、ロ号装置。仮にそうでないとしても、B-2装置。
控訴人がロ号装置の特定に至った経緯は、後記の理由中で示す。B-2装置は、被控訴人からその特定について開示のあった装置であり、当審において、控訴人の訴訟代理人も立ち会って現物に基づく特定がされている。控訴人から主張のあったB-2装置を本判決の別紙物件目録に表示する。ただし、その細部の計測結果は、控訴代理人と共に立ち会った被控訴代理人は関与していない。
5 本件発明の内容
(一) 構成要件
本件発明の特許請求の範囲の記載は、「先端部に先掘刃3を配設すると共にスクリュー外周縁を上下略同径寸aの圧土縁2'を形成せるスクリュー翼片2を外周面に付設してなる円錐状の傾斜面を有するオーガヘッド1の上部に、前記スクリュー翼片2の外径寸aと略同径寸bのらせん状凸条部分5を形成設けてなるケーシング4を一体的に連設配置した基礎杭の施工装置。」というものであり、これを分説すると、
A 円錐状の傾斜面を有するオーガヘッド1を有すること。
B オーガヘッド1の先端部に先掘刃3を配設すること。
C オーガヘッド1の円錐状の傾斜面の外周面にスクリュー外周縁を上下略同径寸aの圧土縁2'を形成せるスクリュー翼片2を付設すること。
D オーガヘッド1の上部に、前記スクリュー翼片2の外径寸aと略同径寸bのらせん状凸条部分5を形成設けてなるケーシング4を一体的に連設配置すること。
E 基礎杭の施工装置であること。
となる。
以上の符号は、原判決添付の特許公報(本件発明の特許出願公告公報。本件公報)によるもの。
(二) 作用効果
その作用効果は、
(1) 先掘刃3にて地中を先掘掘孔し、
(2) オーガヘッド1をケーシング4と共に地中に掘進行し、
(3) 削孔された孔周壁Aはオーガヘッド1の円錐傾斜面で外方に拡開され、これがスクリュー翼片2外周縁の圧土面2'により強固に拡開圧締され、
(4) オーガヘッド先端の掘削刃で崩された掘削土も、スクリュー翼片2の上に留まるとともに、傾斜面で外周方向に押し出され孔周壁Aに圧土され、
(5) したがって、掘削された土壌は孔周壁面に強固に圧締され外部に排出されず、かつスクリュー翼片及びらせん状凸条部分5によりケーシングの下降作用が円滑となる、
というものである。
(三) 本件発明についての敷衍
以上のことから、本件発明における各部位の有する性能と形態は、次のとおりであることが必要であり、かつこれで足りる。
(1) 先端刃は、当該対象土壌を掘削するに必要な材質と厚みを有すれば足りる。その径は、円錐状傾斜面及び圧土縁で圧締されないような大口径でなければ足りる。
(2) 傾斜面は、先掘刃で崩された土砂を傾斜面が推進することにより外周方向に押し出し圧締する部位であり、その角度は無段階である必要はなく、地盤の形状により変化させることも可能である。
(3) スクリュー翼片は、土砂を外周方向に押し出す掘進の助けをなすとともに、端部(圧土縁)で圧土作用をなす。
したがって、掘進時の負荷に耐える材質と厚みを必要とするが、圧土作用はスクリュー翼片の回転、掘進によるものであり、スクリュー翼片の先端部の外端の圧土縁(面)の形状は特に限定する必要はない。
(4) らせん状凸条部分は、地盤と装置の摩擦力をカットして掘進を容易にするとともに、オーガヘッドで締め固めた地盤を安定保持する作用をなし、適当な太さの針金鉄筋等の簡単な構造で足りる。
(5) らせん状凸条部分の外形寸はオーガヘッド(スクリュー翼片も含む)外形寸より大きすぎると掘削時の負荷が増大し、小さすぎるとオーガヘッドで締め固めた地盤を緩めることとなり、したがって、スクリュー翼片の圧土面の外形寸及びらせん状凸条部分はいずれも略同径寸であることを要する。
6 B-2装置と本件発明の技術的範囲
以下のとおり、B-2装置は本件発明の技術的範囲に属する。
本項で<6>、<7>、<8>と表記するのは、原判決別紙物件目録(2)の図面のB-2装置の部位の符号に対応している。
(1) B-2装置は円錐状の傾斜面を有するオーガヘッドを有するものであり、本件発明の構成要件Aを充足する。
B-2装置の<6>、<7>部分は、全体として円錐状の傾斜面を有する。本件発明の円錐状傾斜面は、掘刃で崩された土砂を傾斜面が推進することにより外周方向に押し出し圧締すれば足りる。B-2装置の<6>、<7>部分で、右作用は十分に果たされている。
(2) B-2装置は、本件発明の構成要件Bを充足する。
B-2装置が先掘刃を有することは明らかである。先掘刃の径の寸法は不明であるが、仮に五三〇ミリメートルであったとしても、<7>部分最下部のスクリュー羽根の外形寸は五〇〇ミリメートル、中間部五二四ミリメートルであり、先掘刃の外形寸と大きく異ならない。
また、本件発明の先掘刃の径は、円錐状傾斜面及び圧土縁で圧締がなし得ないような大口径以外であれば足り、B-2装置の先掘刃が本件発明の構成要件Bを充足することは明らかである。
(3) 原審脱退原告は、本件特許出願時から現在に至るまで、「TAPP工法」(タップヘッド)と称する装置を使用している(本判決末尾添付図面参照)。B-2装置と比較検討されるのは、このタップヘッドである。
タップヘッドのスクリュー羽根の厚みは二〇ミリメートルから二五ミリメートルであり、他方、B-2装置のスクリュー羽根の厚みも二〇ミリメートルである。このことからすると、本件発明の圧土壁が、作業中における孔周壁Aの落土崩壊を完全に防止し得るだけの厚みを有することが必要であるとしても(原判決の認定)、B-2装置のスクリュー羽根はこの要件を充足している。
(4) B-2装置の<8>のケーシング部分の高さは摩耗のため計測できないが、少なくとも、らせん状に針金を巻き付けた形跡があり、構成要件Dのらせん状凸条部分が付設されていることは明らかである。
仮にらせん状凸条部分が被控訴人主張のように一六ミリメートルの鉄筋を巻き付けたものとしても、<7>部分最上部の外形寸は約五四六ミリメートル、<7>中間部で約五二四ミリメートル、<7>最下部で約五〇〇ミリメートル、<6>中間部四八〇ミリメートルとなり略同径寸である。
7 損害額
原判決二三頁から二五頁にかけての「5」の項に示されているとおりである。
三 被控訴人の主張
1 被控訴人は、紀三井寺公園野球場整備工事の基礎工事を受注していない。西村工業(株)から杭材を受注した三谷商事(株)に杭材料を販売し、この販売に伴う載荷試験工事を実施したにすぎない。
2 TDK(株)の工場の杭打ち工事で使用したのは、B-1装置(原判決別紙物件目録(2)記載一の装置)とB-2装置であり、大部分はB-1装置を使用した。
3 国鉄札幌工事局に原判決物件目録(1)の第一図ないし第三図あるいはそれに類似する図面を示したことはあるが、この図面は、B-2装置の製作図に基づいて作成したもので、原審脱退原告に対する不法行為はない。
4 本件発明の実施例は、先掘刃がオーガヘッドの直径aより小さいものとして記載されているし、機能的にみても、先掘刃がaよりも大きければ、掘削した孔周壁を径寸aの圧土縁によって圧締することができないから、本件発明の構成要件Bにいう先掘刃の直径は、オーガヘッドの直径と同じか、それよりも小さいものでなければならない。しかるに、B-2装置の先端刃の部分の直径は、それに続く部分の直径よりも大きいから、本件発明のように、先掘刃によって地中を掘削し、円錐状傾斜面でその孔周壁を拡開し、圧土縁によって孔周壁を圧締するという目的、機能を有しない。
5 本件発明の圧土縁は、スクリュー外周縁自体を含むものでなく、その外周縁を縁取るように特別に形成された肉厚状の突縁部のような部分を指称する。そうでないとしても、本件発明の圧土縁は、掘削した孔周壁を水平方向に強固に圧締する作用を営むものであり、その実施例においても、L字型に立ち上がった極めて厚みのある圧土縁2'がスクリュー翼片の外周面に付設されているから、本件発明の圧土縁は、これと同じか、少なくともこれに類似する程度に厚みのある縁を持ったスクリュー縁でなければならない。
これに対して、B-2装置は、スクリュー羽根の縁部は約一六ミリメートルにすぎず、一般に市販されているオーガヘッドのスクリュー翼片と同程度の肉厚であり、掘削した孔周壁を圧締できない。そのスクリュー羽根の縁部の先端は肉盛りによって丸く形成していること、管に鉄筋をらせん状に巻き付け溶接した簡易構造のものであることからも、このことは裏付けられる。
理由
一 控訴人の権利
請求の原因1の事実は関係証拠及び弁論の全趣旨から明らかである。
二 被控訴人の紀三井寺公園野球場整備工事の基礎工事への関与
1 控訴人は、検甲第三号証の一~三をもって、被控訴人が同工事で杭打ちの基礎工事を施工したことの裏付けとする。すなわち、検甲第三号証の一~三によれば、基礎杭の施工装置が同工事現場に存し、現場の黒坂に、「紀三井寺公園野球場整備建築工事、杭打ち工事(三塁側)」などの記載があり、「S58.10.24(株)武智工務所」と付記されていたことが認められ((株)武智工務所は、被控訴人の旧商号である)、控訴人はこれらの事実をもって、右のように主張するのである。
しかし、他方で、本訴で当初被告となっていた西村工業(株)(注)は、同工事で杭打ちの基礎工事を施工しているが、その杭打ち施工装置が本件発明の技術的範囲に属することを争うと主張していたこと、同工事で使用された杭打ち装置は、西村工行い、本件特許権を侵害した」旨述べて損害賠償をするよう催告したのに対し、被控訴人は、同月下旬、原審脱退原告に対し、「右工事に使用された基礎杭施工装置は、<1>スクリュー翼片の縁部に設けた圧土縁を有しない点、<2>オーガヘッドが円錐状に形成されていない点、において本件特許の必須構成要件を欠如している」旨の回答書を送付している(丙第六、第七号証)。
控訴人は、被控訴人がこの回答書の記載は、被控訴人が紀三井寺公園野球場整備工事の基礎工事の杭打ち工事を施工していたことを前提にして、その施工に使用された装置が本件特許権に抵触しないことを回答してきたものであると主張する。
しかしながら、弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、原審脱退原告からあった催告書には、西村工業(株)との共同での特許権侵害の指摘があったと理解して、右のような回答に至ったものと認められる。したがって、控訴人主張のような回答が被控訴人からされた事実をもってしても、被控訴人が紀三井寺公園野球場整備工事の基礎工事の杭打ち工事を施工したことを認めることはできない。
4 その他、同工事のためのセメントを販売した以外に、被控訴人が、その工事の基礎工事の杭打ち工事に関与した事実を認めるべき証拠はない。
三 TDK(株)工場工事の基礎工事で使用された装置
控訴人は、第一次的にロ号装置(原判決別紙物件目録(1)記載二の装置)がそこで使用されたとし、第二次的には、B-2装置が使用されたと主張する。このうちB-2装置が使用されたことは被控訴人も認めているが、ロ号装置の使用については、争いがある。
ロ号装置の特定は、被控訴人が昭和五八年一一月ころ、蔦田正人弁理士に対して業(株)所有の車両によって操作されていること(検甲第三号証の三)、被控訴人は、西村工業(株)に、同工事のためのセメントを販売していたこと(乙第一号証の一ないし三及び原審証人浅山金吾の証言)の各事実が明らかである。
(注) 原審において、原審脱退原告及び小井と西村工業(株)との間で、同社が使用していた施工装置が、本件発明の技術的範囲に属しないことを確認することで訴訟上の和解が成立している。
これらの事実に従って現場の前記黒板の記載をみると、この記載からは、被控訴人が昭和五八年一〇月二四日にセメントを工事現場に搬入したことと、そのセメントは杭打ちの際に使用されたものであることが認められるにとどまり、進んで、被控訴人が、右工事現場で杭打ちの基礎工事を施工したものとまで認めることはできないといわなければならない。
2 控訴人は、同工事については、施主の和歌山県から、無振動・無騒音、無排土という工法が指定されていたこと、官公庁が発注した工事については杭メーカーが直接施工するか、その管理の下で施工されるのが通例であることをもって、杭メーカーの被控訴人が同工事の基礎杭の杭打ち工事を行ったはずである、と主張する。しかしながら、西村工業(株)も昭和五八年一〇月ごろに和歌山県立工業高校増設工事において、自ら基礎杭の杭打ち工事を行った実績があることは弁論の全趣旨から明らかであり、同社も杭打ち工事の施工能力を有しているのであるから、控訴人の右主張は採用することができない。
3 原審脱退原告が、昭和五八年一一月上旬、被控訴人に対して内容証明郵便で「被控訴人が同工事の基礎工事の杭納入及び施工管理を担当し、西村工業(株)と被控訴人が本件発明の技術的範囲に属する基礎杭の施工装置を使用して基礎杭工事を本件発明との対比の検討を依頼するに当たり提出した図面によるものであるが、スクリュー翼片の肉厚が図示されているわけでなく、付記としての説明に一二~四〇ミリメートルとされているにとどまる。同弁理士に提出された図面の別葉には、先端刃の幅・五一〇ミリメートル、ケーシングの直径・五三〇ミリメートルとの記載がある(丙第一〇号証の二)。控訴人は、先端刃の幅がこのようにケーシングの直径よりも小さい点が、ロ号装置をB-2装置と区別する特徴点であると主張しているのであるが、この特徴点を有するロ号装置を、TDK(株)工場の工事に使用していたことについて、被控訴人は争っているのである。
本訴において、この特徴を有するロ号装置が被控訴人によって使用されていたかを直接認める証拠はなく、控訴人がこの事実の拠り所とするのは、被控訴人が右の図面を弁理士に提出したことからの推測に基づくものである。この推測自体は不合理なものということはできないが、当裁判所は、右の特徴点を有すると否とにかかわらず、ロ号装置も、本件発明の技術的範囲に属するものとは認められないので(後記六)、右の特徴点を有するという意味でのロ号装置が被控訴人によって使用されたか否かの決定は留保しておく。
四 本件発明の「圧土縁2'」の意義
1 原判決添付の特許公報(本件発明の特許出願公告公報。本件公報)に記載の本件発明の詳細な説明欄には、本件発明の目的として、第一欄第二七行~第二欄第一〇行の記載があり、その作用効果として、第二欄第三〇行~第三欄第一六行及び第四欄第六行~第一四行の記載がある。
そこで、本件発明の構成要件Cにいう圧土縁2'について検討するに、本件発明の目的と作用効果を整理すると、次のとおりである。
(1) 本件発明は、「スクリュー翼片、ケーシング等の外周部に肉厚状の圧土面を形成してなる特殊型状のスクリューオーガーを用いて掘孔時に前記圧土面の作用によって孔周壁を強固に圧締し孔周を崩壊することなく杭柱を所定地盤に完全確実に施工しようとする基礎杭の施工方法」(本件公報第一欄第二八行~第三三行)の問題点を解決するためのものである。
(2) 圧土縁を構成することを要件としたのは、円錐状傾斜面の作用と相まって、「掘進と同時に削孔Aせる孔周壁A'はオーガヘッド1の円錐状傾斜面にて外方に拡開され此れがスクリュー翼片2外周縁の圧土面2'によって強固に拡開圧締されているが、同時にオーガヘッド先端の掘削土Bも前記孔周壁A'面に自動的に圧土され此れが孔周壁A'面をより強固に押圧締結し以て作業中における孔周壁A'の落土崩壊を完全に防止」することができ(本件公報第二欄第三四行~第三欄第四行)、「従来の排土作業を大巾に軽減」し得る(本件公報第四欄第一二~第一三行)効果を奏するためである。
(3) 特許請求の範囲では、「圧土縁2'」との名称を付しているが、発明の詳細な説明及び図面の簡単な説明中には、2'の符号を付した同一部分について、「圧土縁2'」の語を用いて説明するとともに(第二欄第一四行、同欄第一六行~第一七行)、「圧土面2'」の語も用いて説明しており(第二欄第三六行、第三欄第六行、第四欄第二〇行)、そこでは、「圧土縁2'」が平面状の広がりを有する厚みを持つものであることが前提となっている。
(4) 「圧土縁」を具体的に図示した唯一の実施例である願書添付図面第1図(本件公報の第1図)には、スクリュー翼片の螺旋間距離の約五分の一ないし六分の一の幅を有する断面L字形の「圧土縁」(図面の簡単な説明には「2'……圧土面」と記載されている)が図示されていること、他方、同図に示された「らせん状凸条部分」は「圧土縁」とは全く異なる形状で、「圧土縁」より著しく幅(厚み)の小さい鉄線状物として示されている。
(5) ケーシング4にはスクリュー翼片2の外径寸aとほぼ同径寸bのらせん状凸条部分が設けられており(構成要件D)、発明の詳細な説明には、
「該固結せる孔周壁Aによつて進入困難なケーシング4も、前記と同一径寸bのらせん状凸条部分5がケーシング4の外周面に付設され、此れが地盤掘孔と同時に地中に廻転し乍らオーガに追従するので前記強力に固結せる孔周壁A'との摩擦抵抗が完全に切開され、故に何等の圧力をも必要とすることなくケーシング4の下降作動を頗ぶる円滑容易に行なわしめることができ得るのである。」(本件公報第三欄第八行~第一六行)「ケーシング4外周のらせん状凸条部分5の構造として小巾寸のスクリュー翼片をケーシング外周に一体的に形成したもの、或は適当太さの針金鉄筋等をらせん状凸条部分状に廻纒付設した簡単な構造を有するものである。」(本件公報第二欄第二〇行~第二四行)
と記載し、「圧土縁2'」が、ケーシング外周に形成されたらせん状凸条部分とは異なる作用効果を奏する形状のものであり、針金鉄筋のような簡単な構造のものでないことを前提にしている。
2 右にみたような発明の詳細な説明に記載の圧土縁2'が奏する効果に照らせば、本件発明の実施例として図示されたようにスクリュー翼片2の外周縁を断面L字状に形成して、スクリュー翼片2の外周縁を肉厚状にするものに限られず、スクリュー翼片2全体を肉厚状にすることによって、その外周縁を圧土縁に形成するものも含まれると解される。
しかしながら、本件発明は、スクリュー翼片、ケーシング等の外周部に肉厚状の圧土面を形成して成る特殊型状のスクリューオーガーを用いる基礎杭の施工方法の改良に係るものである。これを前提に、本件発明が奏する作用効果に照らしてみると、本件発明の圧土縁2'は、単に掘削土壌及び削孔周壁に圧締作用を及ぼすものというだけでは足りず、ケーシング外周に形成されたらせん状凸条部分とは異なる作用効果を有する形状のものであることを必要とすると解されるのであり、孔周壁A'を強固に拡開圧締し、オーガヘッド先端の掘削土Bを孔周壁A'面に圧土し、ケーシングに設けたらせん状凸条部分の径とほぼ同一径の孔周壁A'面をより強固に押圧締して、作業中における孔周壁A'の落土崩壊を完全に防止できる効果を奏し得るだけの厚み及び径寸を有し、かつ、その縁部がほぼ平面状になっていることが必要であると解すべきである。
なお、圧土縁2'がこのような厚みを有しないでもよいものならば、スクリュー翼片2の外周縁を上下ほぼ同寸法aとするだけで同様の作用効果を奏し得ることになる。本件発明はこのような寸法の限定にとどめずに、「圧土縁2'を形成せる」との限定も加えているのであり、これは、スクリュー翼片2の縁(外周部)を通常の縁のままにとどめておく態様のものから、更に要件への絞込みを加えたものと理解すべきである。すなわち、スクリュー翼片自体の厚みにおいて既に右のような効果を奏するものは縁を更に厚くする必要はないといえようが、通常範囲の厚みを有するにすぎないスクリュー翼片には、縁を更に厚くするなどの形状により圧土縁を形成するものをもって、本件発明の構成要件Cでいう「圧土縁2'を形成せるスクリュー翼片2」に該当させるものとしたというべきである。
したがって、ただ単に通常の範囲の厚みを有するにすぎず、圧土縁を形成するものでないスクリュー翼片は、本件発明の構成要件Cでいう「圧土縁2'を形成せるスクリュー翼片2」に該当するものではないというべきである。
五 B-2装置の構成のスクリュー羽根
B-2装置のスクリュー羽根は厚さが二〇ミリメートルを超えるものでないことが、検丙第一~第六号証から推認されるが、その縁において、別に圧土面を形成させるなどの構成を採用していないことは明らかである。そして、二〇ミリメートルの厚さが通常の鉄板の厚さを超えるものでないこともおよそ明らかな事実であり、この厚さを有するだけで縁に格別の構成を採択したものでないスクリュー羽根をもって、本件発明の構成要件Cでいう「圧土縁2'を形成せるスクリュー翼片2」に該当するものとは認められないというべきである。
控訴人は、原審脱退原告が実施している工法におけるタップヘッドのスクリュー羽根の厚みが二〇ミリメートルから二五ミリメートルであることを前提にして、B-2装置のスクリュー羽根の厚みも、本件発明の構成要件Cを充足すると主張する。しかし、原審脱退原告の実施する右装置が本件発明の実施品であることを認めるべき証拠はなく、また、本件発明の技術的範囲は本件特許の願書添付の明細書の記載から判断されるべきものである。控訴人の右主張を採用することはできない。
六 ロ号装置の構成との対比
ロ号装置のスクリュー翼片2の肉厚は、一二ミリメートルないし四〇ミリメートルとされているが、仮に被控訴人がこのロ号装置を使用していたとして、実際にどの肉厚のものを実施したのかを認めるべき証拠はない。したがって、仮に被控訴人がロ号装置を使用した事実が認められるとしても、特に本件発明の構成要件Cと対比されるべき具体的構成が明らかでないといわなければならない。なお、仮にこの肉厚が四〇ミリメートルのものであったとしても、通常範囲の厚みを超えるものとは容易には認め難いし、その縁において圧土縁を形成したものでないことは明らかである。
七 被控訴人使用装置についての本件特許権侵害の結論
したがって、その余の構成について対比するまでもなく、B-2装置は本件発明の技術的範囲に属するものということはできないし、ロ号装置も、同様本件発明の技術的範囲に属するものとは認められない。
八 虚偽回答行為の存否
請求の原因3で主張の波控訴人の虚偽回答行為のあったことが認められないのは、原判決が、三九頁から四〇頁にかけての「三」の項で示しているとおりである。
九 結論
そうすると、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないことに帰する。これを棄却した原判決は正当であって、本件控訴は棄却されるべきである。控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 潮久郎 裁判官 山﨑杲 裁判官 塩月秀平)
(控訴審判決別紙)
物件目録
次葉図面に示される基礎杭の施工装置(B-2装置)
控訴審判決別紙物件目録添付図面
<省略>
TAPPヘッド寸法図
(タップ)
<省略>
控訴審判決末尾添付図面
<省略>