大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成3年(行コ)1号 判決 1991年10月30日

兵庫県芦屋市三条町二八番一号

控訴人

延原千恵子

右訴訟代理人弁護士

大西佑二

明尾寛

兵庫県芦屋市公光町六番二号

被控訴人

芦屋税務署長 吉田進

右指定代理人

手崎政人

森並勇

石川幸助

西山久夫

山内一男

岡崎安男

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が、控訴人に対し、(1)昭和六一年三月一一日付をもってした昭和五七年分所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分、同じく、(2)昭和六一年五月二六日付をもってした昭和五七年分所得税の督促処分、同じく、(3)昭和六二年三月二日付をもってした昭和五八年分ないし昭和六〇年分所得税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決を求める。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  後記のとおり付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから(但し、原判決六枚目表二行目の「比率」の次に「(控訴人の取得すべき持分六一分の三五)」と加入する。)、これを引用する。

二  被控訴人の主張

1  原判決添付別表4ないし7記載の各順号1ないし33の物件は、いずれも控訴人の亡父観太郎の遺産の一部であり、同人は、遅くともその死亡時である昭和四五年七月二七日までには、これらの物件を、自身が代表取締役として主宰する延原倉庫株式会社の営業用倉庫またはその敷地として、固定資産税の代納させるほかは極めて安い賃料で同会社に賃貸していたが、固定資産税額の増額によって、右税額が賃料額を上回る事態が生じたことから、前記取締役会において賃料増額を決議し、亡観太郎においても、これを了承して、その賃貸借を継続した。

その後、観太郎が死亡し、控訴人ら相続人が賃貸人の地位を承継したが、その相続分についての争いから、会社は、債権者不確知を理由に賃料を供託するに至り、その賃料が固定資産税額を下回るなど、相当とはいえない事態が生じた場合には、右会社において適宜増額した賃料を供託し、その通知を受けた賃貸人(被供託者)のうち、控訴人(持分八〇分の三五)以外の相続人(持分合計八〇分の四五)は、右増額につき異議を述べず、少なくとも黙示の承諾をしている。

このように、共有持分の過半数を有する控訴人以外の相続人らが本件物件につき会社との間に賃貸借契約関係があることを認め、その賃料増額の申出に対して、少なくとも黙示の承諾をしているのであるから、共有物の管理行為である本件賃貸借契約における賃料増額の合意は、民法二五二条により、有効に成立しているといわなければならない。

2  仮に、右主張が認められないとしても、延原倉庫株式会社の賃料供託行為は、賃料増額の意思を含むものであり、借地法一二条、借家法七条は、賃貸人が増額請求を、賃借人が減額請求をする通常の場合に妥当するだけでなく、賃貸人に対し、特段の不利益を与えない限り、賃貸借契約をより円満に存続させるようとする賃借人の好意的な意思で増額請求がされた場合に適用があると解すべきである。本件賃貸借契約において、延原倉庫株式会社は、賃借中の本件各物件の固定資産税の増額等を配慮し、賃貸人である控訴人らに不利益が生じないように供託額を定めている事情が窺えるのであって、控訴人らに特段の不利益が生じていない場合であるから、増額した賃料の一方的な供託のみでも賃料増額の効力が生ずるものというべきである。

3  不動産所得の収入すべき時期は、契約または慣習により弁済期日が定められているものについては、その支払を受けた日であると解するのが相当である。

したがって、本件賃貸物件を含む相続財産の帰属を巡る争いのため、各課税時期における本件賃貸物件の取得割合が未確定で、延原倉庫株式会社が固定資産税等の立替金を控除した残額を供託していることと、各年分の不動産収入の発生確定とは関係がない。

また、右不動産収入は、所得税法三六条一項所定の「別段の定めがあるもの」にも該当せず、このような場合に課税を留保することは、納税義務者の恣意を許し、修正の期限の徒過を招き、課税の公平を著しく損なうことになる。

二  控訴人の主張

1  民法二五二条は、共有物の利用につき、共有者間で意見を異にし、その帰着を見ない場合に、その持分の過半数で決めることを規定したものであり、本件のように、共有物を賃貸するか否か、賃貸するとして、その契約内容をどの様にするか、という利用方法につき共有者間で問題になっていない場合において適用されるものではない。

2  借地法一二条、借家法七条は、いずれも一定の場合に、賃貸人が賃料の増額請求権を、賃借人がその減額請求権を行使できることを規定したものである。右権利を行使するか否かは権利者の自由であり、控訴人は、本件賃貸物件の共有者であるが、その持分の割合につき確定しておらず、賃貸借契約の有無、範囲についても明らかでない。このような場合に、延原倉庫株式会社が、一方的に賃借権があるとして、賃料を支払うことを認めると、控訴人の共有持分権上に同会社が賃借権を有することになり、控訴人は、不利益を破ることになる。

被控訴人は、賃借人の好意的な意思で増額の意思表示がされた場合にも、借地法一二条、借家法七条の適用があるとするが、本件は、賃料についての協議が全くなく、賃借人である延原倉庫株式会社が一方的に賃料を増額して供託しているものであって、被控訴人が主張するように、賃貸借関係を円満に存続させようとする賃借人の好意的な意思で増額請求がされた場合ではない。

3  観太郎が、その生前、延原倉庫株式会社に賃貸していた土地、建物は、その所有するものの極く一部であって、被控訴人主張の原判決添付別表4ないし7に掲記された各順号1ないし33物件の全てではない。また、相続人間には相続分の割合につき、争いがあり、控訴人らは供託金の還付を受けることもできない。したがって、同社が賃料として一方的に金員を供していることをもって、控訴人ら相続人の不動産収入の権利が確定しているとは到底いえないところである。

4  仮に、亡観太郎の相続人である控訴人らが、延原倉庫株式会社に対し、被控訴人主張の原判決添付別表4ないし7に掲記された各順号1ないし33物件の全てを賃貸し、賃料債権を有するとしても、本件のように、遺産分割の協議が未了である場合には、控訴人の取得する賃料額は、賃料全額の八〇万の三五(〇・四三七五)ではなく、法定相続分である四分の一(〇・二五)として、その税額を算定すべきである。

第三証拠関係

原審及び当審における訴訟記録中、各証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の昭和五七年分ないし昭和六〇年分の不動産所得金額は、被控訴人の主張するとおり、昭和五七年分が五三四万四一八三円、同五八年分が三一三万七七九二円、同五九年分が七九八万二五四四円、同六〇年分が五四五万八三三一円であり、右各所得金額の範囲内でなされた「本件各更正」、これに付随する「本件各決定」並びに「本件督促」は、いずれも適法であると認定、判断するものであり、その理由は後記のとおり付加、訂正するほか、原判決理由に説示するところと同旨であるから、これを引用する(なお、原判決添付別表4の1、2、10ないし20に記載の「固定資産税等」の額六五四万四四四〇円及び一三二二万六三四三円は、同所に記載の各土地等の固定資産税等の全額七一八万六四三〇円及び二六六九万九六一〇円に、右各土地に対する現実の賃貸面積の割合を乗じて算出した額である。右別表5ないし7の1、2、10ないし20に各記載の「固定資産税等」の額も右と同様の方法で算出したものである。)

二  控訴人は、控訴人らが延原倉庫株式会社に対し、原判決添付別表4ないし7に掲記された各順号1ないし33物件の全てを賃貸していることを争っている。しかし、成立の真正につき争いのない項第一八号証、乙第一〇ないし第一二号証、原本の存在及びその成立の真正につき争いのない甲第二六号証、乙第一三、第一四号証、弁論の全趣旨により真正な成立の認められる乙第二、第三号証、第四号証の一ないし五、第八、第九号証(但し、乙第二、第九号証については、官公署作成部分が真正に作成されたことにつていは争いがない)、並びに、弁論の全趣旨によれば、(1)亡観太郎は、その生前に、原判決添付別表4ないし7に掲記された各順号1ないし33物件を、倉庫業を営む延原倉庫株式会社に賃貸していたところ、亡観太郎が、昭和四七年七月七日に死亡したので、控訴人ら四人の子が、相続により、亡観太郎の右延原倉庫株式会社に対する賃貸人としての権利・義務を承継取得したこと、(2)亡観太郎の相続人の一人である延原星夫は、灘税務署との間の別件訴訟(神戸地方裁判所昭和五八年(行ウ)第二〇号所得税更正処分取消請求事件)で、亡観太郎が、右延原倉庫株式会社に対し、原判決添付別表4ないし7に掲記された各順号1ないし33物件を賃貸していたが、その後右同人の死亡により、その子である控訴人や延原星夫ら四人が、相続により、右賃貸人としての権利業務を承継取得したことを認め、ただ右相続により取得した権利義務の割合を争っていたこと、(3)また、右延原星夫は、昭和五七年六月九日付で、延原倉庫株式会社に対し、右各文献の賃料の増額請求をしていること(乙第九号証)、(4)延原倉庫株式会社は、亡観太郎の死亡後、原判決添付別表4ないし7に掲記された各順号1ないし33物件を、その相続人である控訴人らから賃借しているとして、その賃料を弁済供託して、現在に至っていること、以上の事実が認められる。そうとすれば、控訴人らは昭和五七年ないし昭和六〇年当時も、延原倉庫株式会社に対し、右各物件を賃貸していたものと認めるのが相当であって、これに反する原本の存在及びその真正な成立につき争いのない甲第二九、第三〇号証、乙第五号証の各記載内容、原審における控訴人本人尋問の結果は、採用し難い。

三  控訴人は、延原倉庫株式会社はその供託している本件物件の賃借料につき、借地法一二条または借家法七条に定められた賃料増額請求権を行使したと称して、控訴人らとの合意に基づかない増額賃料を供託していること、被控訴人が「本件各更正」において、右増額の効力の認められない賃料につき控訴人らの本件不動産所得として課税していること、並びに、これを前提とする「本件各決定」及び「本件督促」に及んだことを理由に、被控訴人のした右各処分は違法であり、取消を免れないと主張する。

しかしながら、さきに認定したとおり、亡観太郎の相続人である控訴人らは、本件相続税の修正申告書(昭和四八年八月二日付)において、最終的に、各相続人の指定相続分を、控訴人につき一〇〇〇〇分の四三八一(但し、それ以前の修正申告は一〇〇〇〇分の四三七五)と、延原鈴子につき一〇〇〇〇分の二三五一(但し、それ以前の修正申告は一〇〇〇〇分の二三七五)と、延原星夫につき一〇〇〇〇分の二四〇二(但し、それ以前の修正申告は一〇〇〇〇分の二三七五)と、延原久雄につき一〇〇〇〇分の八六六(但し、それ以前の修正申告は一〇〇〇〇分の八七五)と、各修正して申告していること、右控訴人の相続分(遺産分割前の共有持分)は過半数に満たないことが認められ、前掲甲第二六号証、乙第一三、第一四号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、控訴人以外の本件物件の共有持分権者である延原久雄、同星夫、同鈴子(法定代理人渡辺佐代子)は、右供託された賃料の増額申入れにつき、合意していたものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

また、控訴人が、昭和五〇年七月一一日、原判決添付別表4の順号21ないし26の各物件につき、各持分四分の一を、昭和五三年四月一五日、同別表順号29、30の各物件につき、各持分四分の一を、昭和五五年一一月一五日、同別表順号27、28の各物件につき、各持分四分の一を、それぞれ河野利貞に譲渡していること、延原鈴子が、昭和五〇年一二月二二日、同別表順号21ないし26、29ないし31の各物件につき、各持分四分の一を延原倉庫株式会社に譲渡したことは、いずれも当事者間に争いがないが、右持分の譲渡によって、本件各物件の賃料増額の合意の成否に関し、持分の割合が変更されたことを認めるに足りる証拠はない。

そうだとすれば、共有物の管理行為である本件各物件の賃料増額は、過半数の持分を有する控訴人以外の共有者の合意によって有効に成立したことが明らかであって、控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないので採用することができない。

四  所得税に関して、課税対象である収入の原因となる権利が確定する時期は、それぞれの権利の特質を考慮して決定されるべき法律問題であるが、賃貸人である共同相続人の間に相続分について争いがあり、その結果、個々の共同相続人に対して支払うべき賃料額が不明確である場合に、賃借人がこれを債権者不確知の一場合であるとして賃料の全額を供託しているときには、契約または慣習により支払日が定められているものについては、その支払日、それが定められていないときには、その現実に支払を受けた日であると解するのが相当である。

延原倉庫株式会社が、本件物件についての賃料を、債権者不確知を理由に、控訴人ら賃貸人を被供託者として供託をしていることは、当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、前掲甲第一八号証、乙第一三、第一四号証によれば、同会社は、遅くとも、昭和四九年分からは、右供託を続けており、賃料の弁済期日は、前年の四月一日から当年三月末日迄の賃料を当年三月二五日までに支払うとの定めがあることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがって、控訴人らの延原倉庫株式会社に対する賃料債権は、前年四月一日分から当年三月末日までの分が、支払日である当年三月二五日に所得税の課税対象となるべき収入の原因となる権利として確定したものというべきである。

けだし、課税にあたって、恒に、現実に収入があるときまで課税することができないというのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入の原因となる権利の確定した時期をもって課税することにしたものであって、やむ得ないところであるといわなければならない。

控訴人は、右のような供託が行われている場合には、相続分についての争いが解決に至るまでは、供託金の還付を受ける手段がないと主張するが、後日、終局的に遺産分割が成立するときに精算することを留保して、被供託者全員が仮の合意をしたうえ、還付を受けることは可能であるから、控訴人の主張は採用することができない。

五  さらに、控訴人は、本件のように、遺産分割の協議が未了である場合には、控訴人の取得する賃料額は、賃料全額の八〇分の三五(〇・四三七五)ではなく、法定相続分である四分の一(〇・二五)であるとして、その税額を算定すべきであると主張する。

しかし、控訴人は、所轄税務署に対し、亡観太郎の遺産の各指定相続分につき、控訴人の分を、〇・四三七五(八〇分の三五)であるとして申告していたのを、〇・四三一であると修正して申告したことは前記のとおりであり、また、前掲甲第三〇号証、成立の真正につき争いのない乙第五一、第五二号証並びに、弁論の全趣旨によれば、控訴人ら亡観太郎の相続人四人の間においては、その指定相続分について、かねてから争いがあったところ、控訴人と延原鈴子らとの間の別件訴訟(大阪地方裁判所昭和四二年(ワ)第六八一一号、昭和五〇年(ワ)第五七八六号、昭和五一年(ワ)第三二五八号、同年(ワ)第五二七九号、同年(ワ)第六二七七号、昭和五二年(ワ)第二七一号事件)の第一審判決で、控訴人の右指定相続分は、八〇分の三七(〇・四六二五)であると認定され、その控訴審判決(大阪高等裁判所五八年(エ)第一八二〇号事件)でも、右第一審判決の判断が維持されたこと、以上の事実が認められる。

そうするとすれば、控訴人の取得する賃料額は、前記のように、賃料全額の八〇分の三五(〇・四三七五)であるとして、その税額を算出したことは、合理的なものというべきであって、右の点に関する控訴人の主張は、採用できない。

六  原判決二〇枚目裏一二行目の「見出せないから、」の次に、「法定の範囲内で賦課された」を加入し、同二一枚目表二、三行の記載を次のとおり改める。「控訴人の昭和五七年分所得税にかかる更正処分は前記認定のとおり適法であり、その外に、控訴人は、本件督促処分の瑕疵についての具体的な主張をしないので、本件督促処分の取消を求める控訴人の請求は、棄却を免れない。」

七  以上のとおりであって、控訴人の本訴請求は、理由がないので、いずれも棄却を免れず、これと同旨の原判決は正当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきものである。

よって、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法七九条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 東條敬 裁判官 小原卓雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例