大判例

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大阪高等裁判所 平成3年(行ス)3号 決定 1991年8月02日

抗告人

甲野一郎

右法定代理人親権者父

甲野哲男

同母

甲野みさ子

抗告人

山村二郎

右法定代理人親権者母

山村京子

抗告人

乙川三郎

右法定代理人親権者母

乙川和子

抗告人

丙沢四郎

右法定代理人親権者父

丙沢隆志

同母

丙沢玲子

抗告人

丁海五郎

右法定代理人親権者父

丁海勝

同母

丁海和歌子

右五名代理人弁護士

吉川正昭

坂本文正

相手方

神戸市立工業高等専門学校校長村尾正信

右代理人弁護士

俵正市

重宗次郎

苅野年彦

草野功一

坂口行洋

寺内則雄

小川洋一

主文

一  本件各抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

第一本件抗告の趣旨及び理由

一抗告の趣旨

1  原決定を取り消す。

2  相手方が、平成三年三月二五日に抗告人らに対してした各進級拒否処分の効力をいずれも停止する。

二抗告の理由

1  抗告人らは、工業高等専門学校において、体育の必修科目として剣道実習を採用することに異議はない。しかし、「エホバの証人」の信者として、宗教上の理由から、闘争に繋がる格技には参加しないことを信条としている抗告人らに対し、剣道実習に参加を強制(参加しないことに不利益を課しているのであるから、強制といえる)することは、憲法二〇条一項、二六条、一四条、教育基本法九条に違反することを主張しているにすぎない。

2  本件の場合、剣道実習を抗告人らが拒否すれば進級もできず、原級留置が二年続けば退学が待ち受けており、一方、抗告人らにとって、剣道実習の拒否自体は、宗教的信条により他の選択の余地のない行動であって、このような内容上両立不可能な義務の衝突の場面において、いかなる処理が妥当かが真に解決されるべき問題である。

3  国家行為と宗教的信条、信仰告白とが抵触、衝突する場合、当該国家行為の違憲審査基準としては、次の要件が審査、検討されるべきである。

(一) 国家行為の高度の必要性

信教の自由を侵害してでも強行されなければならないほどの必要性、それが実質的な公共的利益を実現するため必要不可欠なものかどうか

(二) 代替性の有無

仮に国家行為が高度の必要性に基づくものであっても、それが同じ目的を達成するために代替性のない唯一の手段か否か

(三) 国家行為による侵害の性質及び程度、侵害される宗教上の利益の重要性の程度の比較衡量

(四) その他当該宗教的行為自体が国民の権利を侵害するものかどうか

以上の違憲審査基準は、概ねアメリカ合衆国最高裁が信教の自由とこれに対する制約との間の調和を目指して形成してきた判例法上の諸基準を整理したもので、本件において最も適切な判断基準であると思慮される。

4  信教の自由は、思想・良心の自由等と共に精神的自由の人権であり、「人間の尊厳」を全うするために不可欠のものであって、民主社会の基礎をなすものである。教育の場においても、自由闊達で個性ある人間として成長させ、変化の著しい現代社会に対応させるため、学生・生徒にも最大限に尊重されなければならない。

教育の評価の裁量においても、これら精神的自由には深い配慮が払われるべきであって、これら人権の侵害に関する違憲性の審査は、行政裁量の適否の判断に優先してなされる必要がある。

5  「エホバの証人」の信仰は、単に言葉の表白や各種集会における崇拝に止まらず、聖書を、生活全般に律する規範として受け入れ、日常の生活態度にも現れることを求める。「エホバの証人」は隣人愛の実践として兵役にも参加しない。抗告人らの剣道実習不参加も、このような良心的兵役拒否の思想の系譜につながるものである。

このような抗告人らの真摯な信教上の良心に基づく剣道実習不参加に対する評価において、信教の自由を侵さないような配慮が加えられてしかるべきである。

6  本件の場合、学校側に要求されるのは、生徒の履修拒絶が宗教上の信条に基づき真摯にされたものか否かを判断することのみであって、このような判断をすることは、公教育機関が宗教の内容に深く関わることにはならず、公教育の宗教的中立性に反するものでもない。

仮に、政教分離原則や公教育の宗教的中立性から来る難点を考慮して、宗教者への特別の配慮は、信仰を優先させたが故に生ずる世俗的不利益が重大で、それがないと信仰の保持が困難な場合に限るべきものとしても、抗告人らの受ける不利益は、原級留置、ひいては再度の留年による退学の可能性という。極めて重大なものであるから、その信仰の自由擁護のために代替措置を含む特別な配慮がなされるべきである。

7  相手方神戸高専における体育科目中の剣道履修は、一学年の前期か後期のみで、二学年ではもう行われない。又、体育の時間に占める割合も、前後期とも比較的少ない。技術教育に重点を置いている高専において、必修科目とはいえ、体育の評価において欠点となる者は稀であるのに、抗告人らは、剣道実習拒否の理由のみで、欠点と評価し、単位不認定とし、他の科目が優秀であっても、そのことの故になされた原級留置処分により、結果的に前途有為な抗告人らから神戸高専の二学年の学習の機会、教育を受ける権利を奪うことになるという学生の信教の自由への配慮を欠いた学校長の処分が、その裁量の範囲を逸脱していないとはいえない。

又、体育の教官らは、抗告人らに対し、剣道実習拒否に対するペナルティだと明言していた。この点で、進級拒否処分が濫用でないともいえない。

第二当裁判所の判断

一一件記録によれば、抗告人らは、平成二年四月に神戸市立工業高等専門学校(以下「神戸工業高専」という。)に入学した者であり、相手方は、同校校長であるが、相手方は、平成三年三月二五日、抗告人らを、いずれも体育科目の不認定を理由に、同校の第一学年に留める措置(以下「本件原級留置処分」という。)をしたので、抗告人らが右処分の取消しを求めて本案訴訟(神戸地方裁判所平成三年(行ウ)第一三号)を提起したこと、以上の事実が一応認められる。

二相手方は、本件原級留置処分及びその前提となる単位の不認定は、一般市民法秩序と直接関係のない教育上の措置として、高度の教育的、専門的評価に関わる処分であって、司法審査の対象とはならず、右処分の取消しを求める本案訴訟及び本件執行停止の申立ては不適法であると主張する。

学校教育法によって設置され、高等専門学校設置基準(昭和三六年文部省令第二三号)に基づき運営されている高等専門学校は、その設置目的を達成するに必要な限度内で学則等を制定することができ、これによって在学する学生を規律する包括的権能を有するものと解されるところ、相手方の制定した「神戸工業高専学則」(<証拠>)、「学業成績評価及び進級並びに卒業の認定に関する規程」(<証拠>、以下「進級等認定規程」という。)によると、神戸工業高専では、各科目の評価認定は、担当教員に委ねられている(同規程六条、七条等)が、学業成績の評価は、学習成績と試験成績とを総合して行い(同五条一項)、一〇〇点法により評価して、五五点未満を不認定とする(同八条一項)とされ、各学年の課程修了、進級又は卒業の認定を受けるには、当該学年において修得すべき科目に不認定のない者であることを要し(同第一二条)、進級が認定されず、原級留置となった学生は、その学年の全授業科目を再履修しなければならず(同第一四条)、休学による場合を除き、連続して二回原級に止まることはできない(同第一五条)、とされていることが一応認められる。

右のように、単位の認定は、すぐれて教育的、専門的な評価に関する措置であるから、例えば、学業成績で単位認定基準に達していたにもかかわらず、当該科目を履修せず、或いは、修得しなかったとして扱い、あえて不認定とするなどの恣意的、濫用的な認定が行われた場合を除き、成績の評価、単位の認定自体の適否を独自に司法審査の対象とすることはできないものと解される。

しかし、それと異なり、原級留置の措置は、あくまで在学関係内部の教育的措置ではあるものの、右措置により、学生は、通常であれば履修できる次学年の授業科目を受講することができず、次学年の定期試験も受験できない不利益や、すでに修得した科目をも含む原級の全科目を再履修しなければならないという不利益を被るのであるから、このような措置は、学生の権利に重大な利害関係があるものとして、司法審査の対象となるものと解するのが相当である。

したがって、本件執行停止の申立て及びその本案訴訟が、司法審査の対象にならず、不適法であるとの相手方の主張は採用できない。

三相手方は、抗告人らの体育の単位が認定されず、そのため原級に留置されたことは、単位不認定に伴う当然の法律関係であって、本案判決を得ても無意味となるような回復困難な損害を生ずる場合に当らないと主張する。

前記進級等認定規程一二条二項によると、相手方では、進級の認定にあたり、原則として「各科目の年間欠課時数が年間授業総時数の三分の一をこえる科目のない者」であることを要件の一つとしていることが認められるところ、原級留置処分の取消しを求める本案訴訟の審理の長期化により、その判決までに一年以上を要する場合には、抗告人らにとって、第二学年のみでなく、さらに次学年以降の授業をも受けられなくなり、本件処分が取り消されたとしても、第二学年はもとより、それ以降の学年の授業時間さえ進級認定に必要な時数を欠くに至ることが予測されるから、このような場合には、処分により回復困難な損害が生ずるものとして、処分の執行停止ができるものと解すべきである。

四そこで、本件原級留置処分の適否について判断するに、一件記録によれば、以下の事実が一応認められる。

1  高等専門学校の授業科目については、前記高等専門学校設置基準に定めがあるが、一般科目として保健体育が必修とされ、その具体的種目に剣道、柔道等の格技も挙げられている。

体育科目にいずれの種目を取り入れるかは、各学校の自主性に委ねられているが、神戸工業高専では、武道館の新設に伴い、平成二年度から第一学年の体育種目に剣道を取り入れることを決め、学校説明会、入試説明会、学校訪問時等の機会をとらえて、剣道の導入を事前に説明するとともに、入試要領にも明記した。

抗告人らも、体育種目の中に、剣道の実技が導入されたことは、入学時に熟知していた。

2  前記設置基準により、高等専門学校では、「単位」が学修の基礎に置かれ、一単位時間を五〇分として計算することとされているため、神戸工業高専でも、体育の一回の授業は、二単位時間一〇〇分として行うこととし、剣道の授業は、一〇分の準備運動の後、実技を行うものとしていたが、抗告人らは、右準備運動には参加したものの、実技には参加せず、自主的に見学するのみであった。

3  抗告人らが、剣道の実技の受講を拒否したのは、抗告人らの信仰する「エホバの証人」の教義、とくに「国民は国民に向かって剣を上げず、彼らはもはや戦いを学ばない」との教えに従い、たとえ防御用であっても剣道等のあらゆる格技が攻撃用に用いられるおそれがあるとの観点から、確信をもって剣道の実技の受講を拒否したものである。

4  学校側では、抗告人ら及びその保護者に対し、剣道の実技を受講するよう再三にわたり説得したが、抗告人らは、これに応じようとしなかった。平成二年度当初、剣道の実技の受講拒否を表明していた学生は、抗告人らの他に四名いたが、学校側の説得の結果、右四名は翻意して受講することになり、最終的に抗告人らのみが拒否を貫いた。

5  神戸工業高専では、体育の種目に、剣道の他、水泳、バレーボール、体操等を採用して前後期に配分し、前後期各一〇〇点を満点として評価し、前後期を総合して学年末成績としているが、体育の成績評価は、総合評価方式により、各種目の受講態度や到達度を総合的に判断して行われる。右種目のうち、剣道は、クラスにより、第一学年の前期・後期のいずれかに実施され、体育科目の前後期二〇〇点満点のうち七〇点が剣道に配分されている。

6  また、進級の認定は、各科目担当教員の学業成績の評価、単位の認定に基づき、進級認定会議の審議を経て校長がこれを決定する(進級等認定規程一二条一項)が、同校の進級等認定規程に定められた認定基準に照らして一律に決定され、したがって、不認定科目が一つでもあれば進級することはできないが、不認定科目が三科目以内で、学業成績の平均点が五五点以上ある等の要件を満たす者については、進級認定会議の審議を経て、学年末に再試験を受けることができるものとされている(進級等認定規程四条)。

7  抗告人らの剣道の成績は、実技の受講の拒否により、その準備運動の受講のみが認められて五点が配分されたが、神戸工業高専では、従来、体育につき、前後期合わせて四点未満の欠点の場合(前後期合わせて一〇六点を超える場合)には、総合認定により単位を認定していたので、前記単位認定基準に照らし、抗告人らも、残りの体育種目において平均成績七八点以上を採れば、体育の単位認定を受けることは可能であった。ちなみに、神戸工業高専の試算では、約二五パーセントの学生すなわち四人に一人は、仮に剣道の実技を受講しなくても、体育科目について不認定となることはなかった。

8  しかし、学年末の体育の成績は、抗告人甲野一郎が四二点(<証拠>)、抗告人山村二郎が五二点(<証拠>)、抗告人乙川三郎が四四点(<証拠>)、抗告人丙沢四郎が五〇点(<証拠>)、抗告人丁海五郎が四六点(<証拠>)で、いずれも認定基準に達しなかった。そこで、学校側は、進級認定会議を経て、体育不認定者を対象とする剣道の補習による再試験を実施したが、抗告人らは、前記の信条に従い、これをも受験しなかったため、相手方は、同校の進級等認定規程に基づき、抗告人らに対し、本件原級留置処分をした。

以上の事実が一応認められる。

五1  剣道は、一般のスポーツとしてすでに国民の広い支持を得ており、文部省が行政指導の一環として示していた「高等専門学校教育課程の標準」(昭和四三年三月文部省大学学術局技術教育課)や、その後出された文部省大学局長通達「高等専門学校設置基準及び学校教育法施行規則の一部を改正する省令について」(昭和五一年七月二七日文大技第二五五号)においても、各学校で教育課程を編成する際の参考として、体育の一内容に剣道を取り入れることも挙げられていて、神戸工業高専でも、学則に基づく「教育課程」を定める際、剣道を体育の一種目として正式に採用したものであるから、同校の学生に剣道の履修と修得を義務付けたこと自体を違法ということはできない。

2  高等専門学校の教育課程を編成するうえで、事実上参考とされる「高等学校学習指導要領」(平成元年三月一五日文部省告示第二六号、平成六年四月一日から施行)では、改正前の「高等学校学習指導要領」(昭和五三年八月三〇日文部省告示第一六三号)において、剣道が必修とされていたのと異なり、武道は、ダンスとの選択制に改められたので、高等専門学校でも、ほどなく同様に選択制に移行するものと予測されるが、そうであるとしても、現在、剣道を必修種目としていることが違法となるものではない。

六抗告人らは、宗教上の理由から、闘争に繋がる剣道をしないことを信条としている抗告人らに対し、剣道の実技の受講を強制することは、信教の自由を侵害するものであると主張する。

1  前記認定のように、抗告人らは、自己の信仰する宗教上の教義に従い、剣道の実技を受講しなかったために、神戸工業高専で定めた履修科目の一つである体育科目について不認定とされ、原級留置という不利益な措置をとられたものであるから、抗告人らの立場からすれば、自己の宗教上の信条に従ったために、相手方から不利益な取扱いを受けたものとの見解もあり得よう。

2  しかし、神戸工業高専は、義務教育を行う学校ではないから、神戸工業高専に入学するか否かは、抗告人らの自由意思に委ねられているところ、抗告人らは、その自由意思に基づいて神戸工業高専に入学したのであるから、神戸工業高専において、所定の教科を学んで同校を卒業することを望むならば、その特殊の部分社会を規制するために、神戸工業高専で定めた学則(履修すべき科目を含む)その他の諸規則を遵守する義務のあることは当然であって、自己の宗教上の信条から、右所定の学則その他の諸規則に従うことができないからといって、これに従うことを拒否することは、許されないものというべきである。

もし、抗告人らが、その宗教上の信条から、神戸工業高専で定めた学則その他の諸規則に従わなかったために、不利益を受けたとしても、そのことは、憲法二〇条で定めた信条の自由の保障の範囲外のことであって、何ら右憲法二〇条の規定に違反するものではないし、教育を受ける権利を害するものでもない。却って、抗告人らが右学則その他の諸規則に従わなかったにも拘らず、神戸工業高専において、その代替措置をとることにより、抗告人らに対し、不利益な取扱いをしないよう神戸工業高専(ないしはその校長である相手方)に要求することは、神戸工業高専らに対して、抗告人らの宗教上の信条を強要することになって、神戸工業高専のような公立の学校に要求される宗教的な中立制を損なうことにもなる。

殊に、本件では、前記認定のように、抗告人らは、神戸工業高専に入学するにあたり、その履修科目の中に、剣道のあることを学校説明会、入試説明会、学校訪問時等の機会に説明を受け、これを熟知しながら、あえて神戸工業高専に入学したのであるから、神戸工業高専において、所定の科目を履修して、同校を卒業することを望むならば、右剣道を履修する義務があるのであって、抗告人らが、その宗教上の信条を理由に、剣道の実技の受講を拒絶したことによる不利益は、抗告人らにおいて、当然に甘受すべきものである。

また、一件記録によれば、神戸工業高専は、抗告人らに対し、剣道の実技を受講する義務を課していたが、抗告人らが右受講をしない場合に一定の不利益を課する以外に、その意思に反して右受講を強制していたのではなく、抗告人らが、剣道の実技を受講するか否かは、最終的に抗告人らの意思に委ねられていたことが認められる。そして、抗告人らが、剣道の実技を受講しない場合でも、前記認定の通り、他の体育種目の成績がよければ、体育科目について不認定とされず、進級することも可能であったし、体育科目において不認定となれば進級できない不利益を受けるだけである。

さらに、抗告人らが、神戸工業高専を離れて、一般市民として、その宗教上の信条を主張し、剣道の実技をしないことは、全く自由であって、一件記録によれば、神戸工業高専が、これを強要するものでないことは明らかである。

3  他方、相手方も、前記認定のように、神戸工業高専の「学則」「進級等認定規程」により、必修科目のうち一科目でも単位不認定のものがあれば、当該学生を進級させることはできず、校長としての権限で、不認定の単位があっても、裁量により進級させるなどの措置を採る余地はないから、各科目担当教員の単位認定に従い、不認定の科目がある以上、たとえその結果が事実上学生の信教の自由を制約することになるとしても、原級留置を決定することが義務付けられているものといえる。

4  なお、付言するに、

(一) 学生にも信教の自由が保障されていることはいうまでもないところ、学生の中には、特定の宗教を信仰する者とそうでない者とがあり、学校側としては、特定の宗教を信仰する者の有無を問わず、平等に授業を実施し、平等に評価をすべきことも、教育を受ける権利を保障した憲法二六条や、平等原則を定めた憲法一四条、さらには政教分離原則を定めた憲法二〇条の趣旨から当然に要請されているところであって、合理的な理由もなく、特定の宗教を信仰する者とそうでない者とで異なる取扱いをすることは許されないものというべきである。

(二) また、心身の故障で物理的に体育科目の受講ができない場合に履修を免除することは、社会一般に是認された合理的な理由に基づく差別的取扱いの典型であるが、特定の宗教上の信条に基づき、剣道の実技の受講を拒否した者にも、右の事由に準じてこれと同様に扱い、剣道の実技を履修したのと同様な評価をし、あるいは、剣道に配分された点数を除外して評価をしたとすると、右特定の宗教を信仰しない者との関係で、特定の宗教を信仰する者に有利な取扱いをすることになり、他の学生にも保障されている信教の自由と抵触し、公教育に要求される宗教的中立性を損ない、政教分離原則に反することにもなりかねない。

(三) さらに、このような取扱いを是認すると、神戸工業高専側では、剣道の実技の受講拒絶が宗教上の信条に基づくものか否かを判断しなければならないところ、神戸工業高専の担当者が、右受講の拒否か、真に宗教上の信条に基づくものであるか、或いは、別の理由(例えば単に受講することが嫌であるという理由)に基づくものであるかを判別することは、現実には、極めて困難であって、宗教上の信条に基づかない者にも、右受講を免がれさせることになり、極めて不合理な結果を招くことになる。

(四) 教育基本法九条にいう「宗教に関する寛容の態度」は、諸宗教への配慮のみでなく、無宗教への配慮をも意味するものであって、宗教に対する優遇措置を是認する根拠となるものではない。

(五) したがって、本件においては、右の点からも、抗告人らが剣道の実技の拒否に対し、神戸工業高専側が体育科目を不認定としたことについて、何らの違法もないというべきである。

5  抗告人らは、その宗教的信条に基づく剣道の実技の受講の拒否を特別扱いすることが公教育の宗教的中立性に抵触するものであるとしても、抗告人らが守ろうとしたのは、信教の自由という基本的価値であり、これに比し、抗告人らが被る不利益は、原級留置という極めて重大なものであるから、学校側は、代替措置を含む特別な配慮をすべきであるとも主張する。

しかし、一件記録によれば、抗告人ら及びその父兄らは、再三にわたり、神戸工業高専に対し、剣道の実技受講以外の代替種目の履修またはレポートの提出等の代替措置の実施を学校側に申し入れたが、神戸工業高専側は、剣道の実技の補習以外は認めない方針を堅持し、抗告人小林邦人が自主的にレポートを提出したが、受領を拒否されたこと、神戸工業高専が、抗告人らの剣道実技の拒否に対し、代替措置を採らなかった理由は、(イ) 剣道はスポーツであるから、本質的に代替措置を採る必要がない、(ロ) たとえ剣道に参加しなくても、他の種目において高得点を取る努力をすれば、進級できる可能性がある、(ハ) 他の理由で剣道を受講したくない学生との公平性が確保できない、(ニ) 剣道で代替措置を認めると、他の種目でも拒否者が出るおそれがある、(ホ) 代替措置を認めると、代替措置を実施する学生の安全確保と監督が必要になり、代替種目の選定と施設整備やその準備に人員確保、予算措置を要する、(ヘ) 将来、種目の選択性が導入されれば解決される問題で、一時的な要請にすぎない、というものであったこと(<証拠>)、以上の事実が一応認められる。

そして、右事実からすれば、神戸工業高専らが、抗告人らに対し、その主張のような代替措置をとらなかったことについて、合理的理由があるものというべきであるから、右代替措置をとるべきであったとの抗告人らの主張は、採用できない。

6  以上のとおりであって、神戸工業高専において、抗告人らに対し、剣道の実技を受講するように強制したことはなく、また、抗告人らが、剣道の実技を受講しなかったために、体育科目において、不認定とされ、進級できなかったことによる不利益は、抗告人らにおいて、甘受すべきものであって、抗告人らが右不利益を受けたことは、何ら憲法に違反するものではなく、また、抗告人らの教育を受ける権利を害するものでもないし、その他、憲法一四条、教育基本法九条に違反するものでもない。

7  以上の説示に反する抗告人らの主張は、いずれも独自の見解であって、採用できない。

六そして、他に本件原級留置処分が違法であることを認めるに足りる疎明はないから、抗告人らの本件執行停止の申立ては、行政事件訴訟法二五条三項後段の「本案につき理由がないとみえるとき」に該当するものというべきである。

七してみると、抗告人らの本件執行停止の申立てを却下した原決定は相当であって、本件抗告は理由がないから、これを棄却し、抗告費用は抗告人らの負担とすることとして、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官後藤勇 裁判官髙橋史朗 裁判官小原卓雄)

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