大阪高等裁判所 平成4年(う)716号 判決 1993年3月30日
主文
原判決は破棄する。
被告人Aを懲役七年及び罰金五〇万円に処する。
被告人Bを懲役六年及び罰金四〇万円に処する。
被告人両名に対し、原審における未決勾留日数中各二三〇日を、それぞれ右各懲役刑に算入する。
被告人両名において右罰金を完納することができないときは、いずれも金五〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。
被告人両名から押収してあるチャック付ビニール袋入り覚せい剤三袋合計1366.8グラム(<押収番号略>)を没収する。
理由
被告人Aの本件控訴の趣意は、弁護人阪井基二作成の控訴趣意書記載のとおりであり、被告人Bの本件控訴の趣意は、弁護人永吉孝夫作成の控訴趣意書記載のとおりであり(弁護人阪井基二は、控訴趣意書第一項の二は陳述しない、と述べた。なお各弁護人とも被告人の控訴趣意書を陳述しない。)、これらに対する答弁は、検察官松岡幾男作成の答弁書記載のとおりであるから(検察官は、答弁書第四項は陳述しない、と述べた。)これらを引用する。
そこで、各所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌して検討する。なお、覚せい剤取締法の条項については、特に断らないかぎり平成三年法律第九三号による改正前のものをいう。
第一 弁護人永吉孝夫の控訴趣意書第一原判示第一の事実に関する事実誤認の主張について
一 弁護人の主張
被告人Bは、被告人Aが調達してきた覚せい剤をCに手渡した際に、その現場に居合わせただけで、他に何もしていない。また、「共謀共同幇助」のような概念を容易に認めるべきではない。被告人Bについて、共謀による幇助犯の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある。
二 当裁判所の判断
関係証拠によれば、以下の事実が認められる。すなわち、被告人両名は、幼い時から親しい友人であり、小・中学校では同級生であった。被告人Bは、実妹のDを通じて同女の愛人Cと知り合い、同人を被告人Aに紹介した。被告人両名は、平成三年七月二五日ごろ、CとDの宿泊先である台湾台北市内のホテル美的大飯店(以下「美的大飯店」という。)でCから覚せい剤の入手を頼まれ、被告人Aが心当たりがあると言って、Cの依頼に応じた。同月二六日ころ、美的大飯店で、被告人AがCから覚せい剤の仕入代金のほか、手数料等を含めて一八万元を受け取り、うち七五〇〇元は被告人両名の取り分とされた。被告人Bは、Dの強い希望により、被告人Aの覚せい剤の買い入れに同行した。なお、被告人BもDから交通費、食事代名下に一万元を受け取った。被告人両名は、覚せい剤を調達するため、そろって台湾嘉義県にある被告人Aの友人方に行き、そこで密売人のEに会った。翌二七日ころ被告人AとEが高雄に行って一七万元で約1.5キログラムの覚せい剤を入手した。被告人両名は、これを台北市に持ち帰ったが、その途中、被告人Bもこれを手にしたことがあった。被告人両名は、同月二八日ころ、美的大飯店に行き、その一室において、被告人Bが同席している場で、被告人AがCに入手した覚せい剤を手渡した。以上の事実が認められる。
ところで、原判決は罪となるべき事実第一として、被告人両名が「共謀のうえ」Cらが営利の目的で台湾から関税法上の禁制品である覚せい剤を輸入して、旅具検査場を通過し、禁制品である覚せい剤を本邦内に輸入した際、同月二八日ころ、「調達した覚せい剤約一四〇〇グラムを同人に手渡して」同人らの犯行を幇助した旨認定している。この点に関する起訴状の記載も同趣旨である。これらによれば、覚せい剤の手渡し行為のほか、「調達行為」も幇助行為に該当するとしているのか、必ずしも明らかとはいえない。したがって、覚せい剤の手渡し行為だけについて、幇助行為の成否を論ずるのほかない。しかし、その事実関係は前示のとおりであって、特に、被告人Bは、DやCと特別な関係にあること、被告人AをCに紹介したのは被告人Bであること、覚せい剤の調達には被告人Bも同行していること、被告人両名の手で美的大飯店まで持ち込まれていることなどの経緯に加え、手渡した場に被告人Bも同席していたことなどを併せ考えると、被告人両名が意思相通じ、共同して右の覚せい剤をCに手渡したものとみるのが自然である。
所論は、幇助行為の摘示について、原判示第二のように具体的に判示すべきであるとするが、原判示第二の幇助と原判示第一の幇助とでは具体的事実関係を異にしており、原判示第一の「手渡し」という判示が具体的ではないとはいえない。
ところで、共同幇助ひいては共謀共同幇助の罪が認められるかについては、刑法上直接明示の規定はない。しかし、刑法六二条の「幇助」を単独行為に限定すべき理由はない。また、刑法六〇条の「犯罪」を構成要件該当の正犯行為に限定すべき理由もない。したがって、これらは積極的に解するのが相当である(大審院昭和一〇年一〇月二四日判決・刑集一四巻一二六七頁等参照)。
以上の次第で、被告人両名において調達した覚せい剤をCに手渡した被告人両名の行為は、共謀による共同幇助というべきであり、原判決の認定判断もこれと同旨であって、相当である。論旨は理由がない。
第二 弁護人阪井基二の控訴趣意第一の一及び弁護人永吉孝夫の控訴趣意第二の一各法令適用の誤りの主張について
一 弁護人らの主張
被告人らの幇助行為自体は国外で行われているのに、結果が日本国内で生じたからといって、右幇助についてまで日本国内で罪を犯したものとして処罰するのは刑法一条一項の適用を誤ったものであり(弁護人両名の主張)、ひいては罪刑法定主義を定めた憲法三一条にも違反する(弁護人阪井基二の主張)。また、平成三年法律第九三号による改正後の覚せい剤取締法四一条の二により、初めて刑法二条の例に従う旨が明記されるに至ったもので、改正前の規定が適用される本件においては、刑罰法規を適用することはできない(弁護人永吉孝夫の主張)。
二 当裁判所の判断
刑法一条一項にいう「日本国内ニ於テ罪ヲ犯シタ」とは、日本国内において犯罪を構成する事実(行為及び結果)の全部又は一部が生じた場合をいうものと解される。しかし、幇助犯は実行正犯に随伴して成立するものであるから、幇助行為が日本国外で行われた場合でも、実行正犯の犯罪を構成する事実が一部なりとも日本国内で生じておれば、幇助犯も日本国内において罪を犯したものと解するのが相当である。また、このように解することが憲法三一条に違反するとは思われない。これと同旨の原判断は相当である。
なお、弁護人永吉孝夫の所論に関連して付言する。本件で問題となる幇助行為のうち被告人両名がCに覚せい剤を手渡した行為は、別に覚せい剤譲渡罪を構成するところ、日本国外でなされた同罪については、平成三年法律第九三号による改正前においては刑法二条の例に従う旨の規定がなく不処罰とされていたことから、これを覚せい剤取締法上の他の罪の幇助犯として処罰することについては、問題がないとはいえない。しかし、幇助行為は正犯の実現を容易にするものでなければならないが、正犯の実行行為以外の行為であれば足り、それが他の罪を構成するか否かを問うものではない。また、日本国外における覚せい剤の譲渡が譲渡罪として不処罰とされていたのは、覚せい剤譲渡罪が成立しないためではなく、これを国外犯として処罰する規定が欠けていたからにすぎない。したがって、覚せい剤譲渡行為が国内犯である覚せい剤輸入罪の幇助行為と認められる以上、これを同輸入罪の幇助犯として処罰することに何らの支障もない。
以上の次第で、原判決に所論の違憲違法はなく、各論旨は理由がない。
第三 弁護人永吉孝夫の控訴趣意第二の二法令適用の誤りの主張について
一 弁護人の主張
原判決は、原判示第一について、身分犯である「営利の目的」による覚せい剤の輸入幇助の事実を認定し、その法令の適用として、刑法六二条一項、覚せい剤取締法四一条二項、一項一号を適用している。しかし、被告人Bは、自身に営利の目的はなく、正犯であるCに営利の目的があることを知っていただけであるから、同被告人に対しては、刑法六五条二項により通常の刑の規定である覚せい剤取締法四一条一項を適用すべきである。原判決にはその点において法令適用の誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
二 当裁判所の判断
覚せい剤取締法四一条二項にいう「営利の目的」とは、犯人自ら財産上の利益を得、又は第三者に財産上の利益を得させることを動機・目的とする場合をいうと解すべきであるから(最高裁判所昭和五七年六月二八日決定、刑集三六巻五号六八一頁参照)、同罪の幇助犯において、自ら財産上の利益を得る動機・目的がある場合はもとより、少なくとも、第三者である正犯に財産上の利益を得させることを動機・目的とする場合には、営利目的による幇助犯が成立し、もとよりこれに刑法六五条二項を適用する余地はない。そして、関係証拠によれば、前示認定にもあるように、本件については、被告人B自身に自ら財産上の利益を得る目的があったと認められる上、被告人両名においてCに財産上の利益を得させることを動機・目的としていたことも明らかである。原判決もこの趣旨を判示したものと思われる。いずれにしても、被告人Bについても刑法六五条二項を適用しなかった原判断は正当であって、原判決に所論の法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
第四 弁護人阪井基二の控訴趣意第一の三法令適用の誤りの主張について
一 弁護人の主張
関税法一〇九条一項違反に係る輸入禁制品である覚せい剤の輸入罪と覚せい剤取締法四一条二項、一項一号、一三条違反の営利目的による覚せい剤輸入罪とは、行為が重なり合うことなく、別個のものであるから、併合罪の関係にあるのに、これを観念的競合の関係にあるとした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある。
二 当裁判所の判断
しかし、所論の両罪は、原判決が判示しているように、刑法五四条一項前段の観念的競合の関係にあると解すべきであり(覚せい剤取締法一三条、四一条の輸入罪と関税法一一一条の覚せい剤の無許可輸入罪との関係についての最高裁判所昭和五八年九月二九日判決・刑集三七巻七号一一一〇頁参照)、所論の見解は採用することができない。論旨は理由がない。
第五 弁護人永吉孝夫の控訴趣意第三訴訟手続の法令違反の主張について
一 弁護人の主張
原判決は量刑の理由欄において、「被告人両名により輸入された量だけで約2.7キロ、右Cが輸入するのを幇助した量を合わせれば六キロ以上の大量の覚せい剤が日本に運ばれ、税関で被告人Aの所持にかかる約1.4キロの覚せい剤が押収されたほかは発見されることなく税関を通過し、実際にわが国社会に流通して害毒を流している点は被告人両名の刑責を考えるうえで看過できないところである。」と判示している。これは、原判決が、被告人Bについては起訴されておらず、そもそも犯罪自体が存在していなかった原判示第二の事実を余罪として認定し、これを実質上も処罰する趣旨で量刑の資料としたものであるから、憲法三一条、三八条三項に違反し、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反に当たる。
二 当裁判所の判断
しかし、原判決は、量刑の理由欄の別の箇所において、本件の事案が被告人両名による覚せい剤密輸入罪の共同実行及び共同幇助各一件のほか、被告人Aによる単独幇助一件である、と正確に指摘説明している上、被告人Bについても個別の量刑事情を説明している。こうした点を併せ考えると、原判決の説示にはいささか適切さを欠く点がないではないが、原判決が起訴されていない原判示第二の事実を余罪として処罰する趣旨で、被告人Bの量刑をしたとは認められない。原判決に所論の訴訟手続の法令違反はなく、論旨は理由がない。
第六 弁護人阪井基二の控訴趣意第二及び弁護人永吉孝夫の各控訴趣意第四各量刑不当の主張について
本件は、①被告人両名が共謀の上、Cらが営利の目的で台湾から関税法上の禁制品である覚せい剤約一四〇〇グラムを輸入して、空港税関内の旅具検査場を通過した際、台湾において調達した右覚せい剤をCに手渡して同人らの犯行を幇助し(原判示第一)、②被告人両名は、Cらと共謀の上、台湾から前同様の覚せい剤合計約2688.4グラムを輸入し、うち約一三二〇グラムの覚せい剤を隠匿携帯したまま空港税関内の旅具検査場を通過し(原判示第三)、③被告人Aは、Cらが営利の目的で台湾から前同様の覚せい剤約二〇〇〇グラムを輸入して、空港税関内の旅具検査場を通過した際、台湾において調達した右覚せい剤をCに手渡し、さらに、同覚せい剤を入れたビニール袋四個を同人の胴体に固定してやって、同人らの犯行を幇助した(原判示第二)、という事案である。被告人両名が直接国内に持ち込もうとした覚せい剤の量だけでも二六〇〇グラムを超えており、そのうちおよそ半分の一三〇〇グラム余が国内に流出拡散してしまっており、また、被告人両名の幇助したCらが密輸入し、国内に流出させた覚せい剤の量も、被告人Aに関しては合計約三四〇〇グラムに達し、被告人Bについても約一四〇〇グラムで、こうした流出、拡散の害毒を考えると、被告人両名の犯情は甚だ芳しくない。また、各犯行の動機に格別しんしゃくすべき事情も認められない。
その中でも、被告人Aについては、Cからの誘いに積極的に応じており、終始覚せい剤の調達(手渡し行為等)に携わっていたことなどの事情も認められ、その刑事責任は甚だ重いといわなければならない。そうすると、被告人Bと同様、Cに従属する立場にあったこと、被告人Aの年齢等所論が指摘し、記録上認められる同被告人に有利な情状を十分しんしゃくしても、被告人Aを懲役七年及び罰金五〇万円に処した原判決の量刑(求刑懲役一〇年及び罰金一〇〇万円)はやむを得ないものであって、不当に重いとはいえない。
被告人Bについては、その刑事責任は重いものの、被告人Aについて述べた事情がおおむね妥当するほか、同被告人と若干立場を異にしており、原判示第二の事実については公訴が提起されておらず、認定もされていない。被告人Bに対する刑事責任は、被告人Aとは差異があるといわざるを得ず、被告人Aと同じ刑に処した原判決の量刑(求刑も、被告人Aと同じ)は、重過ぎるといわざるをえない。
以上のとおりであって、被告人Aに関する論旨は理由がないが、被告人Bに関する論旨は理由がある。
第七 職権判断
一 原判決は、法令の適用において、被告人両名の原判示第一、第三及び被告人Aの同第二の各覚せい剤取締法違反の罪につき有期懲役刑及び罰金刑を選択した上、うち原判示第一及び第二の各罪が従犯であることから刑法六三条、六八条三号を適用して法律上の減軽をしているのであるが、罰金刑についての軽減例を示した刑法六八条四号を摘示していない。そのほか、原判決が罰金刑の併合罪加重の規定である刑法四八条二項の適用に際し、特段の限定を加えることなく「各罪所定の罰金額を合算し」と判示していることを考えると、原判決には刑法六八条四号を適用しなかった違法があるといえる。しかし、原判決の宣告罰金刑自体は、正当な処断刑の範囲内にあり、かつ被告人両名の関与犯罪事実の内容その他前示のような情状にかんがみると、原判決の宣告罰金刑が右違法に由来するとは認められないから、この法令適用の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。
二 原判決は、原判示第一ないし第三のとおり覚せい剤取締法四一条、一三条違反及び関税法一〇九条違反(いずれも幇助犯を含む。)の事実を認定している。これら違反に係る覚せい剤については、覚せい剤取締法四一条の六による没収のほか、関税法一一八条による没収又はこれに代わる追徴が必要的である。また、この没収又は追徴を受けるべき犯人の範囲から幇助犯を除外すべき理由もない。ところが、原判決は、うち原判示第三に係る覚せい剤の一部を没収する旨言い渡したにとどまり、その余の覚せい剤については、没収はもとより、追徴の言渡しもしていない。また、その理由も説明していない。そして、記録を調査しても、右の没収や追徴が一切不要であるとする理由を見出すことはできない(関税法上価格の算定が不能であるとも認められない。)。そうすると、原判決は、右その余の覚せい剤について没収又は追徴の言渡しをしなかった点において、審理を尽くさず、ひいては法令の適用を誤ったものであり、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるといわなければならない。なお、本件は、被告人側のみが控訴したものであるから、当審で新たに没収又は追徴の言渡しを付加することは、原判決より重い刑を言い渡すことになって、刑訴法四〇二条により許されない。しかし、本件のように、被告人両名から適法な控訴がなされた以上、法令適用の誤りが判決に影響を及ぼすことの明らかであるかどうかは、誤りの内容自体から判断すべきであって、原判決破棄後における自判の段階で問題となる刑の不利益変更禁止を考慮に入れるのは相当でない。
第八 結論と自判
よって、刑訴法三九七条一項、三八〇条のほか、被告人Bについては、さらに、同法三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書を適用して、更に次のとおり判決する。
原判決の認定した事実に原判決挙示の法条を適用する(ただし、覚せい剤取締法については、平成三年法律第九三号附則三項により同法による改正前の覚せい剤取締法をそれぞれ適用する。また、被告人両名について、各「刑法六二条一項、」の次に「六〇条、」を、「刑法六三条、六八条三号」の次に「、四号」をそれぞれ挿入する。また、「各罪所定の罰金額」の次に「(ただし、判示第一及び第二につき「所定」を除く。)」を挿入する。なお、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して、被告人両名について、いずれも、原審のほか当審における訴訟費用についてもこれを負担させないこととする。)。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官小瀬保郎 裁判官萩原昌三郎 裁判官谷口彰)