大阪高等裁判所 平成4年(ラ)121号 決定 1992年6月11日
②事件
抗告人(原告)
岩本夏義ほか(抗告人目録のとおり)
右代理人弁護士
松本健男ほか
相手方
鹿児島県知事
土屋佳照
被告
国
右代表者法務大臣
田原隆
被告
熊本県
右代表者知事
福島譲二
右被告両名指定代理人
赤西芳文ほか
主文
一 本件各抗告をいずれも棄却する。
二 抗告費用は抗告人らの負担とする。
理由
第一申立の趣旨及び理由
抗告人らは「原決定を取り消す。相手方鹿児島県知事は別紙(一)文書目録記載の各文書を大阪地方裁判所に提出せよ。」との裁判を求め、その理由として別紙(二)「抗告の理由」のとおり述べた。被告国及び同熊本県は抗告理由に対する反論として別紙(三)意見書のとおり述べた。また相手方鹿児島県知事は抗告理由に対する反論として別紙(四)のとおり述べた。
第二当裁判所の判断
一当裁判所も別紙(一)文書目録記載の各文書(以下本件文書という)について相手方鹿児島県知事には提出義務がないものと判断する。その理由は次のとおり訂正、付加するほか、原決定の理由説示(原決定一枚目裏二行目から六枚目裏八行目まで)と同一であるから、これを引用する。
1 原決定四枚目表二行目の「本件局長通知」を「本件通知」と、同七行目の「疫学調査という形」を「疫学調査記録という形」と、同八行目の「作成する」を「作成し保存する」とそれぞれ改める。
2 原決定四枚目裏一行目の「にあり」を「にある。」と改め、同行の「さらに」から同三行目の「否定できない。」まで及び同末行目の「また、」から同五枚目表三行目の「いいうる。」までをいずれも削除する。
3 原決定六枚目裏五、六行目を削除する。
二抗告理由に対する付加判断
抗告人らは、(1)原決定は、本件文書の提出を命じることは、水俣病認定審査について行政処分がなされる以前の段階でその処分をなすために収集された資料の提出を要求するものであり、これにより審査会委員の自由な心証による判断を害し、迅速かつ適正で円滑な認定業務を妨げる恐れがあるとするが、本件においては、抗告人らに対する保留処分の前提となった検診が行われてから一三年の年月が経過しており、このような鹿児島県による極端な認定業務の懈怠の実態の下においては、右の論理は妥当しない、(2)また原決定は、本件においては抗告人らが水俣病にり患していることの立証として幾つかの書証を提出し、検診録等以外に代替証拠があることから、本件文書の提出を命じなければ当事者間の公平上問題があるとは言えないとするが、本件文書は水俣病症状を証明するための重要証拠であり、抗告人らはその開示について重大な利益を有していることを考慮すると、鹿児島県知事に本件文書の提出を拒絶すべき正当事由があるとした原審の判断は相当でないと主張する。
そこでまず、抗告人らの主張(1)についてみるに、本件文書の対象である抗告人らについて、抗告人らによる認定申請後長期間が経過した現時点においてなお鹿児島県知事による行政処分がなされていないことは記録によって明らかである。また公害健康被害の補償等に関する法律は「健康被害に係る被害者等の迅速かつ公正な保護及び健康の確保を図ることを目的とする」(同法一条)ものであり、同法に基づいて行われる水俣病の認定業務において、不必要な遅滞の許されないことも勿論である。しかし、右抗告人らに対する行政処分の遅延が専ら鹿児島県知事の業務の懈怠に基づくものとも認められず、記録によれば、従前の水俣病認定申請に対する審査に際して、水俣病認定申請患者協議会が集中検診が杜撰であると抗議して紛争となり、これが原因で検診医の大量辞退などの混乱を生じ、その後も審査に関連して種々の紛争を繰り返えしてきたことが認められ、このような経緯に照らして考えると、本件文書の対象者である抗告人らに対する行政処分がなされていない現段階で、検診録等認定手続の過程で作成される資料の提出を命じることは、検診等担当者に対して心理的影響を及ぼすことは避けがたく、ひいては行政庁の判断へ影響を及ぼす恐れもあり、また、そのため、前記補償法に基づく水俣病認定申請に対する迅速かつ公正な処分の実現という公共の利益が阻害される結果を生じる恐れも否定できない。したがって、抗告人らに対する行政処分が未だなされていない本件においては、処分庁である鹿児島県知事に提出を拒絶すべき正当事由があるものと言うべきである。
次に抗告人らの主張(2)については、原審が本件においては抗告人らが既に検診録等に代わる代替証拠を提出していることのほか、被告側の立証態度等を提出拒絶の正当事由判断の根拠としたこと自体に違法はないものと言うべきである。抗告人らは本件文書が重要証拠であることを強調するが、記録によると、既にこれらに代る必要書類が書証として提出されているのであって本件文書が書証として不可欠のものともいえず、その重要度はそれ程高くないものと考えられる(もっとも、本件文書の証拠としての必要性の有無の判断については受訴裁判所である原審裁判所が自由裁量により判断すべき事項である。)。
三よって、本件抗告は理由がないから、棄却することとし、抗告費用の負担について民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 吉田秀文 裁判官 弘重一明 裁判官 鏑木重明)
別紙(一) 文書目録
一 鹿児島県知事が鹿児島県庁内に保管する申立人森スミカ、池田一夫、池田フミ子に対する水俣病認定手続において作成された検診録及び疫学調査記録の原本、原本が存在しない場合には認証ある謄本