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大阪高等裁判所 平成5年(ネ)995号 判決 1996年4月26日

控訴人

馬場井啓友

右訴訟代理人弁護士

小泉哲二

被控訴人

大起産業株式会社

右代表者代表取締役

木之村啓二郎

右訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  当審において追加された控訴人の新請求(債務不履行に基づく損害賠償請求)を棄却する。

3  当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金九九八万八〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年六月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え(請求を右の範囲に減縮)。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  主張

一  請求原因

1  被控訴人は大阪穀物取引所等において輸入大豆その他各種商品の先物取引の受託業務等を目的とする商品取引員であり、控訴人はその顧客である。

2  控訴人は、昭和五八年一二月三日被控訴人との間で、同取引所の商品市場に上場される商品(輸入大豆)の売買取引を継続して委託する旨の契約を締結した。

3  被控訴人は、控訴人の委託に基づくものとして、昭和五八年一二月六日から同五九年五月一七日までの間に、別紙「売買一覧表」(各取引のあった場節・限月を簡易化し、建玉を仕切った関係を図示したものが別紙「取引経過一覧表」であるが、―線で結んである建玉は先の注文を後の注文で転売または買戻して取引を清算したことを示している)のとおり売買取引(以下「本件取引」という)をした。

4  本件売買取引については、被控訴人の従業員の以下のとおりの違反行為が存在するところ、これらの行為を総合的に評価すると、顧客である控訴人に「危険な取引」をなさしめたものとして違法な行為というべきであるから、被控訴人はこれら被用者の業務上の不法行為につき、民法七一五条所定の使用者責任を負うものである。

(一) 勧誘上の違反行為

(1) 無差別電話勧誘(全国商品取引所連合会が指示した禁止事項((以下、指示事項という))1違反)

被控訴人の従業員田縄和久(大阪支店営業主任―以下「田縄」という)は、昭和五八年一一月末頃、高校の同窓会名簿に基づき、面識のない控訴人に対し電話で商品取引を始めるよう勧誘をしたが、これは無差別勧誘に当たる。

(2) 見込客の訪問制限(指示事項3違反)

その際、田縄は、控訴人が面会を断ったにもかかわらず、強引に勤務先で会う約束を取りつけた上、同年一二月一日、控訴人の勤務先に赴いて前同様の勧誘をし、さらに翌二日、もう一度だけ話をきいてくれと電話で面会を強要するとともに、同月三日、再度勤務先に控訴人を訪問して勧誘を繰り返した。

(3) 投機性等の説明の欠如(指示事項4、商品取引所法所定の受託契約準則((以下、「準則」という))17①違反)

田縄は、右訪問面接の際控訴人に対し、ごく短時間輸入大豆の先物取引の仕組みについて説明しただけで、一週間ほどで利益が出るとか、追証が必要となるようなことは先ずないなどと言って投機的要素の少ない取引であると錯覚するような勧誘の仕方をした。

(二) 取引過程における違反行為

(1) 新規委託者保護に関する規則違反

新規委託者保護管理規則には、控訴人のような新規委託者の場合、先物取引の危険性を実感させた上本格的取引に参加させる趣旨で三か月の保護育成期間の定めがあり、この期間における受託枚数は原則として二〇枚と制限しているのに、被控訴人は、取引開始四日目の昭和五八年一二月九日時点で五〇枚、昭和五九年一月七日時点で一四四枚、同年二月一日時点で一八七枚もの売玉、買玉の残玉があった。

(2) 証拠金規定違反

取引の損金が一定額を超えたときは、受託者たる会社は、顧客をして委託証拠金を翌日の正午までに追加預託させなければならない旨証拠金規定の定められているところ、控訴人が昭和五九年二月から五月にかけてしばしばこれを追加預託しなければならない状況となったのにかかわらず、被控訴人は、過大で無理な取引をしたために損失が生じていることを控訴人に気付かせないためことさらに追加証拠金を預託させようとしなかった。

(3) 一任売買・無断売買(一任売買―法九四条三号、準則18①、無断売買―法九四条四号、準則18②違反)

取引経過一覧表番号30ないし33の取引は、高野が控訴人に無断でした売買であり、その他の取引はすべて、高野が銘柄、数量、価格等につき控訴人から具体的な指示を受けることなく、これを一任されてした売買である。

(4) 無意味な反復売買・途転(指示事項7違反)

取引経過一覧表番号8と11、12と13、15と17、18と19、21と22、23と24、25と27、26と28は、被控訴人が、手数料稼ぎのみを目的として控訴人に繰り返させた無意味な売買であり、そのほかにも一〇回建玉を仕切るのと同時に新たに反対玉を建てさせる無意味な途転が繰り返された。

(5) 両建(指示事項10違反)

いわゆる両建は、顧客になんらの利益をもたらすものではなく、むしろ不利益となるものであるのにかかわらず、被控訴人は、昭和五九年一月七日(取引経過一覧表番号8の取引)以来同年三月一八日までの間継続して、あたかも控訴人にとって有利であるかのごとく称して両建を勧め、これによって不当な手数料稼ぎをした。

(6) 利乗せ満玉(受託業務指導基準違反)

売買取引によって生じた益金を委託証拠金に振替えることにより、取引高が過度に増加し、顧客に高額の損失が生じることを防止するため、同基準によりそのような処理をすることが禁止されているにもかかわらず、高野は、売買差益金が生じたときも、控訴人に合計八万円を交付しただけで、それ以外の売買差益金のすべてを委託証拠金に振替えさせた上、常に委託証拠金の全額で売買取引をするよう強要した。

5  被控訴人は、控訴人との間の本件売買委託契約に基づき、控訴人の個々の注文を取引所において正確に執行するという本来の給付義務を負ったほか、商品取引の高度の技術性・危険性に鑑み、その付随義務として、委託者が先物取引について自主的・合理的な意思決定ができるために必要な知識・情報を提供するとともに、専門家としての経験・判断力に従い、当該取引状況下において適切と認められる助言・指導を行い、もって委託者が自主的・合理的な意思決定を行うことができる状況・条件を確保すべき義務を負ったものというべきところ、被控訴人(またはその従業員)の前項の行為は、右附随義務に違反するものであるから、被控訴人は、本件売買委託契約上の債務の不履行に基づき、控訴人が被った損害を賠償すべき責任を負うものである。

6(一)  控訴人は被控訴人に対し、右売買取引の委託証拠金として、次のとおり合計九二八万円を現実に預託したが、うち二〇万円は昭和五九年二月一日から同年五月二二日までの間に四回にわたって支払いを受けたので、その残額は九〇八万円となるところ、本件売買取引によって損金が生じ、右預託金がこの支払いに充てられたため、控訴人はその返還請求権を失うにいたった。

(1) 昭和五八年一二月六日七〇万円

(2) 同年同月一三日 二八〇万円

(3) 同年同月二三日 四万円

(4) 同年同月二七日 七〇万円

(5) 昭和五九年一月一二日

五〇四万円

(二)  控訴人は、本訴の提起、追行を控訴人訴訟代理人に委任し、費用及び相当額の報酬を支払うことを約したが、その額は右九〇八万円の一割に当たる九〇万八〇〇〇円が相当である。

(三)  従って、控訴人が被控訴人の右不法行為または債務不履行によって被った損害の額は、右(一)と(二)の合計九九八万八〇〇〇円である。

よって、控訴人は被控訴人に対し、債務不履行(当審で追加された新請求)または不法行為に基づく損害賠償として、金九九八万八〇〇〇円及びこれに対する履行期の後である昭和五九年六月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2(一)  同4(一)(1)の事実のうち、田縄が昭和五八年一一月末頃、高校の同窓会名簿を見て控訴人の勤務先に電話をしたことは認めるが、その他は否認する。同人は、訪問して商品取引について説明したいと告げただけである。

(二)  同(一)(2)の事実のうち、控訴人から面接の約束を取りつけた上、控訴人の勤務先を訪問して商品取引の勧誘をしたことは認めるが、その他の点は否認する。控訴人は、田縄の電話による勧誘に対し、考えておくと答えた上、これに応じることとしたものであって、面会を強要したようなことはない。

(三)  同(一)(3)の事実は否認する。田縄は控訴人に対し、商品相場に関する新聞・「商品取引ガイド」、「商品取引委託のしおり」等に基づき、先物取引の仕組みとその危険性について十分説明したうえ、右「しおり」、商品取引ガイド、準則を控訴人に交付し、かつ、新規顧客が商品先物取引を始めるにあたり特に注意すべき事項について管理部が作成した録音テープ(アンサフオン)を控訴人に聞かせたものであって、控訴人主張のようなことを言った事実はない。また、控訴人は、先物取引の経験はなかったものの、それが投機取引で大損をする危険性のあるものであることは常識として熟知していたものである。

3(一)  同4(二)(1)の事実のうち、規則にそのような定めがあることは認めるが、その他は否認する。新規に委託を受けたのは昭和五八年一二月九日は四〇枚、同五九年一月七日は七二枚、同二月一日は一三七枚である。この受託枚数は、穐原支店長がその都度、控訴人が建玉枚数を増加する理由やそれに伴う資金状況について確認した上、相当と判断してきめたものである。

(二)  同4(二)(2)の事実のうち、そのような規定の定めがあること、被控訴人が、追加証拠金を預託すべき状況となっているのに控訴人からその全額を徴しなかったことは認めるが、その余は否認する。そのような状況になった場合でも、実務上は、委託者の要望により追加証拠金の差し入れをしばらく待つようなこともしばしば行われている。

(三)  同4(二)(3)の事実は否認する。本件取引はいずれも、高野らの意見や助言に従ったものではあっても、最終的には控訴人の意思と判断によって行われたものであるから、無断売買、一任売買には当たらない。

(四)  同4(二)(4)の事実は否認する。結果的に損失となった取引であるからといって、それが無意味な取引であったということができないことは明らかであり、また、相場が急激に変動する場合に、間髪を入れず「買い」から「売り」へ、又は「売り」から「買い」へ途転するのも相場戦法の一つであるから、それが無意味な取引であるということはできない。

(五)  同4(二)(5)の事実のうち、両建となっている取引が存在することは認めるが、その余は否認する。両建は、相場の動向を見ながら、損計算となった建玉を少しでも良い条件で仕切るためにとられる普通の売買戦法の一つであって、被控訴人がこれによって不当な手数料稼ぎをしたような事実はない。

(六)  同4(二)(6)の事実のうち、売買差益金の大部分を委託証拠金に振替えたことは認めるが、その余は否認する。取引枚数を増やす方法として、先の売買によって得た確定利益を証拠金として使用するいわゆる「利乗せ」も、相場取引の戦法としてよく使われているものであって、その経済的効用においては、委託証拠金を手元資金から追加預託するのとなんら変わりはない。

(七)  以上のとおりであるから、被控訴人としては、民法七一五条に基づく使用者責任を負うものではない。

4  同5は否認する。本件売買委託契約に基づいてそのような付随義務が発生するものではないし、仮りにそのような義務が発生するとしても、被控訴人側にその義務に違反するような行為はなかったので、いずれにせよ被控訴人が債務不履行責任を負うことはない。

5(一)  同6(一)の事実のうち、控訴人が被控訴人に対し九二八万円を現実に預託したこと、これが本件売買取引によって生じた損金の支払いに充てられたことは認める。

(二)  同6(二)の事実のうち、控訴人が本訴の提起追行を小泉弁護士に委任したことは認めるがその余は知らない。

三  抗弁

1  本件売買委託取引は、昭和五九年五月一七日に終了し、同月二二日にその清算を了したものであるから、その時から三年を経過した同六二年五月二二日には不法行為に基づく損害賠償請求権が、また、五年を経過した平成元年五月二二日には、債務不履行に基づく損害賠償請求権がそれぞれ時効によって消滅した。

2  被控訴人は、本訴において、右消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

抗弁1の事実のうち清算終了の日は認めるが、本件売買委託契約に基づく附随義務の不履行による損害賠償請求権の消滅時効期間は一〇年であるから、本訴提起当時消滅時効は未だ完成していない。また、控訴人が、本件不法行為に基づく損害賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知ったのは、平成元年七月頃先物取引業者が顧客に対し違法行為をしたとして損害賠償を命じる判決が下されたとの新聞記事を見た時か、または、控訴代理人が同年八月頃、被控訴人に対し本件取引についての委託者別勘定元帳か売付買付報告書の提出を求めた際、これを拒否されたことからそこに違法行為ありと判断した時であるから、その時点までは消滅時効は進行を開始していないというべきである。

なお、被控訴人が前記のとおりの違法行為を行なって控訴人に損害を与えておきながら、控訴人と被控訴人との間に存する商品取引の知識の差により本件取引終了後本訴提起までに約五年半を要したことを利用して、消滅時効を援用することは、信義則違反ないし権利の濫用にあたり許されないというべきである。

第三  証拠

原審及び当審における書証目録・証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の事実については当事者間に争いがないので、以下、同4の事実について判断する。

甲第一ないし三号証によれば、商品市場における取引については、商品取引所法九四条に不当な勧誘等を禁止する規定があるほか、全国の商品取引所の定款に「不当な勧誘等の禁止行為」の定めがあり、その禁止行為の中に「取引所が受託行為に関し禁止されるべき行為として別に定め、指示した行為」が含まれているところ、この定款の定めを受けて一四項目の指示事項が定められ、これに違反したときは、当該商品取引員及び登録外務員に対し商品取引所による制裁が課せられるものとされていること、また、その他にも、昭和四九年七月から実施されている「委託業務指導基準」や同五三年から施行の「新規委託者保護管理規則」などがあり、受託業務を適正に遂行するための基準が定められていることが認められる。

控訴人が被控訴人の個々の違法行為として主張するところはいずれも、同法九四条や指示事項等に違反するが故に違法な行為であるというに帰着するところ、これらの規定や指示事項等はすべて、損害発生の具体的危険性の存否を問題とすることなく、そのような侵害の一般的・抽象的危険性に着目して、予め形式的に一定の行為を命じまたは禁止するものであるから、それに違反する行為があったからといって直ちに不法行為の基礎となる違法性の要件が充たされることになるものではなく、それら一連の違反行為が全体として、商品取引の受託業務の遂行として社会通念上許容される範囲を逸脱して公序良俗に反するものと認められる程度に達した場合にはじめて、不法行為法上違法と評価され、不法行為を構成することになるものと解するのが相当である。

そこで、右のような観点から、控訴人主張の各違反行為について検討することとする。

1(一)  請求原因4(一)(1)の事実(勧誘上の違反行為)のうち、田縄が昭和五八年一一月末頃、高校の同窓会名簿を見て控訴人の勤務先に電話をしたことは当事者間に争いのないところ、証人田縄和久の証言と原告本人尋問の結果によれば、田縄は当時、商工会議所関係の住所録、各種同窓会名簿等を使って一日当たり五〇ないし一〇〇件の電話による勧誘をしていたこと、控訴人に対する電話もそのようにして架けられたものの一つであったが、その際、田縄は、控訴人に対し、被控訴人の会社名と自己の氏名を名乗り、用件として商品取引を扱う会社であり、僅かな時間でよいから一度訪問して商品取引について簡単に説明したいので、昼休みにでも会ってほしいと話したことが認められる。

右認定の事実によれば、田縄としては、面識のない不特定多数者の一人である控訴人に対し、電話による商品取引の勧誘をしたものであり、その意味において無差別の電話勧誘に当たるものといわざるをえないようであるけれども、社会通念上、控訴人の迷惑となるような執拗な電話による勧誘というほどのものであったと認めることもできない。

(二)  同4(一)(2)の事実のうち、田縄が控訴人から面接の約束をとりつけた上、控訴人の勤務先を訪問して商品取引の勧誘をしたことは当事者間に争いのないところ、甲第五号証(控訴人の陳述書)中には、田縄から強引に面会の約束をさせられたとの供述部分、及び田縄が同月二日に控訴人に電話をかけ、もう一度だけ話を聞いてほしいと頼んだ上、同月三日に押し掛けて来たとの供述部分があるけれども、原告本人尋問の結果及び証人田縄の証言によれば、右電話のやり取りは比較的穏やかで、面会の約束も短時間のうちになされたこと、控訴人の勤務先での面会も昼休みの間のことであり、時間も短時間であったことが認められるので、右供述部分をそのまま採用することはできず、その他に田縄の勧誘行為が控訴人の迷惑となるような行き過ぎたものであったことを認めるに足りる証拠はない。

(三)  そこで、同4(一)(3)の事実(投機性等の説明の欠如)について検討するに、甲第五号証及び控訴人本人尋問の結果中には、田縄は同月三日控訴人に対し、商品取引の仕組みについて記載した「しおり」と「受託契約準則」を交付はしたが、輸入大豆はこれから必ず上がる、追証が必要になることはまずなく、被控訴人の方で追証を入れるような状態にはさせない旨を述べて取引を勧誘しただけで、商品取引の仕組みや委託証拠金の追加の制度については十分な説明をしなかったとの供述部分がある。

他方、証人田縄の証言中には、日本経済新聞の商品取引に関する記事と輸入大豆に関するパンフレットを示して輸入大豆の値動きについて説明したのを手はじめに、取引単位、委託証拠金制度、損益計算方法、実際の取引の仕方などについても一通り説明し、また、右「しおり」を交付した際にも、これに基づいて商品取引の仕組みと委託の手順、委託証拠金制度、売買取引の決済方法、禁止事項等について重点的に説明し、「受託契約準則」についてもその内容を説明したほか、実際の例をあげて損益計算、追加証拠金制度、決済方法、決済後の証拠金の返還等の説明をしたとの供述部分があり、両者は正面から対立して水掛論の形となっているところ、控訴人が右「しおり」や「受託契約準則」の交付を受けながら、これについてなんらの説明も受けなかったというのも納得しにくいところであって、控訴人の供述部分が田縄の証言と対比してより信用すべきものと認めるのは困難というよりほかなく、他に右の事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、請求原因4(一)(3)の事実については、その証明が十分でないといわなければならない。

2(一)  請求原因4(二)(1)の事実(新規委託者保護に関する規則違反)のうち、同規則にそのような定めがあることは当事者間に争いがなく、新規委託者である控訴人に対する保護育成期間三か月内である昭和五八年一二月九日に四〇枚、同五九年一月七日に七二枚、同二月一日に一三七枚の売買委託を受けたことは被控訴人の認めて争わないところであるが、乙第二二号証の一、二によれば、同規則上、右期間内における新規委託者からの売買の受託については、原則として建玉枚数が二〇枚を超えないこととするとともに、特にこれを超える枚数の売買委託の申出があったときは、その申出が妥当であるか否かについて管理本部の責任者が調査し、妥当と認められる範囲内において受託するものとする旨の定めがあることが認められ、かつ、乙第二四号証の一ないし五と証人加藤、同高野耕作の各証言によれば控訴人からの右売買委託の申出については、被控訴人会社の管理本部の総括責任者である山田が、その部下である穐原・加藤・高野・田縄らの報告に基づき、控訴人が建玉枚数の増加を要請する理由、その裏付けとなる資金状況、判断能力、取引に対する理解度等を勘案した上、これを妥当と判断したことが認められるので、この売買取引の受託が同規則に違反するものということはできない。

(二)  同4(二)(2)の事実(証拠金規定違反)のうち、同規定に控訴人主張のような定めがあること、追加証拠金を預託すべき状況となっているのにその全額を控訴人にこれを預託させなかったことは当事者間に争いのないところ、甲第七号証の一ないし七によれば、被控訴人から控訴人に対し、昭和五九年二月一日から三月七日までの間、七回にわたって追証拠金請求書を送付したが、同請求書が送付されなかった分もあったことが認められる。

ところで、控訴人本人尋問の結果中には、被控訴人の高野営業部次長から電話で、追証拠金の請求書が郵便で送られるけれども、無視してそのままにしておいてもらってもよい旨の連絡があったとの供述部分が存在するところ、甲第五号証、控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人が昭和五九年一月一二日に五〇四万円の追加委託証拠金を被控訴人に預託したこと、同年二月一日に控訴人と高野との間で、もうこれ以上は証拠金を出さないで残建玉を仕切ることとする旨の合意をしたことが認められるので、仮りに形式上前記規則に違反する右供述のような事実が認められるとしても、これが違法性の高い行為と評価するわけにはいかない。

(三)  同4(二)(3)の事実(一任売買・無断売買)については、甲第五号証と控訴人本人尋問の結果中のその旨の供述部分があるだけであって、これを裏付ける客観的な証拠は存在しない。

もっとも、先物商品取引の経験のない控訴人が最初から専ら自己の判断のみによって売買の委託をしていたものとみるのは不自然であって、商品取引員である被控訴人の担当者の意見を徴し、その助言と勧告に耳を傾けて自己の判断の形成に役立てたであろうことは推測するに難くないところである。しかし、乙第一一号証の一ないし二四、第一三号証の一ないし八、第一四号証の一ないし四、第一五号証の一ないし五、第一六号証の一ないし四、第一七、第一八号証、第二〇号証の一ないし四八によれば、本件取引の委託(新規・仕切)については、控訴人から注文を受ける都度、被控訴人の担当者において、注文者、商品名、年月日、成行、指値の別、限月、枚数、新規・仕切の別等を記載した売付または買付の注文伝票を作成し、売買取引成立の都度、委託売付・買付報告書および計算書を作成して控訴人に送付し、適時に清算金を控訴人に交付して領収書を徴し、担当者の交代時には控訴人に委託証拠金の残高と現在建玉の内訳を確かめてその残高確認書を徴しているほか、毎月末には残高照合通知書を送付して控訴人から残高照合回答書を徴していることが認められ、この認定事実に照らせば、本件取引が控訴人の指示を受けないでなされたものである旨の控訴人の前記供述部分はにわかに信用し難いといわざるをえないので、結局、この点に関する控訴人の主張はその証明が十分でないといわなければならない。

(四)  同4(二)(4)の事実(無意味な反復売買・途転)について考えるに、本件取引の内容は前記のとおり(取引経過一覧表)のとおりであるところ、これによれば、翌日または同日中に取引されているものもかなり存在し、また、総取引回数二四回中利益を得た回数(一六回)が損失を被った回数(八回)を上回っているのにかかわらず売買手数料が嵩んだため、結局損計算となったことが窺われるけれども、そのことから直ちに被控訴人が控訴人に対し手数料稼ぎの目的のために無意味な売買取引を反覆して委託させたものということはできず、その他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。

(五)  同4(二)(5)の事実(両建)のうち、両建となっている取引が存在することは当事者間に争いのないところ、弁論の全趣旨によれば、両建は、既存の建玉に損失が生じた場合において、当該建玉を仕切るか、相場の好転を期待して建玉をそのまま維持するかどうかの判断に迷うときに、損害を固定しておいてしばらく相場の動向を見守るため、時に応じてとられる取引方法であることが認められるが、それが受託者にのみ有利で顧客には百害あって一利もないような取引方法であることを首肯すべき根拠を見出すことはできない。のみならず、乙第一九号証によれば、昭和五九年一月に入って大豆相場が下り、控訴人の買玉七二枚が損勘定になったので、同月六日高野は控訴人と今後の対応について話し合ったが、翌七日にシカゴ大豆が急落したとの入電があったので、この情報を伝えてさらに今後の対応策について相談することとなったこと、その結果、相場の下落による損失を一時的に固定するため、大豆七二枚の売注文を出すこととなり、これを手初めに両建状態が生じるようになったことが認められるので、右両建が、被控訴人の不当な手数料稼ぎを目的とするものであるとか、これを利用して委託者の損勘定に対する感覚を鈍らせることを意図したものであるということはできない。

そうすると、右両建が指示事項の禁止に反するように見えるからといって、これを違法とすることはできない。

(六)  同4(二)(6)の事実のうち、売買差益金の大部分を委託証拠金に振り替えたことは当事者間に争いがないが、被控訴人がそのことを控訴人に強要したことを認めるに足りる証拠はない。

3 以上の認定判断を前提として考えるに、控訴人主張の違反行為については、その多くはこれを認めるに足りる証拠がないことに帰着し、また、一部違反行為に該当するように見えるものについても、その経緯・態様等に照らせば、全体として、商品取引の受託業務の遂行として社会通念上許容される範囲を逸脱して公序良俗に反するものと認められる程度にまで達しているものということはできないから、これをもって不法行為の基礎となる違法性の要件を充たすものと認めることはできないというべきである。

二  そこで、請求原因5(債務不履行)について考えるに、本件売買委託契約に基づいて控訴人主張のような付随義務が発生するかどうかの点はしばらく措くとして、仮りにそのような義務の発生を肯認することができるとしても、控訴人主張の違反行為の多くが証拠上認められず、認められるものについても、取引通念上売買委託業務の遂行として許容される範囲を逸脱しているものと認めることができないことは前記のとおりであるから、これが右付随義務に違反するものということができないことは明らかである。

三  そうすると、被控訴人の被用者の行為が不法行為を構成することを前提としてその使用者責任を問う控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、債務不履行に基づく損害賠償請求(当審において追加された新請求)も失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原弘道 裁判官 辰巳和男は退官につき、裁判官 原田豊は填補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 藤原弘道)

別紙売買一覧表<省略>

別紙取引経過一覧表<省略>

別紙委託証拠金受払一覧表<省略>

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