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大阪高等裁判所 平成6年(ネ)208号 判決 1995年10月27日

控訴人

足達ハルコ

右訴訟代理人弁護士

藤田一良

被控訴人

滋賀県

右代表者知事

稲葉稔

右訴訟代理人弁護士

浜田博

右指定代理人

乾淳一

外六名

被控訴人

伊藤建設株式会社

右代表者代表取締役

伊藤誠

右訴訟代理人弁護士

石田晶男

主文

一  控訴人の被控訴人滋賀県に対する控訴に基づいて、原判決中、被控訴人滋賀県に関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人滋賀県は控訴人に対し、金一億二五二五万〇一九八円及びこれに対する昭和六三年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人の被控訴人滋賀県に対するその余の請求を棄却する。

二  控訴人の被控訴人伊藤建設株式会社に対する控訴を棄却する。

三  被控訴人滋賀県について生じた第一、二審の訴訟費用と控訴人について第一、二審の訴訟費用(ただし、控訴人について生じた控訴費用の二分の一を除く。)を合算し、その五分の四を被控訴人滋賀県の負担とし、その五分の一を控訴人の負担とし、控訴人について生じた控訴費用の二分の一と被控訴人伊藤建設株式会社について生じた控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の申立て

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは各自控訴人に対し、金一億五八六一万円及びこれに対する昭和六三年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人らの負担とする。

4  2項について仮執行の宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁(被控訴人ら)

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

次に付加するほかは、原判決の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

被控訴人県は、建設省の通達に基づいて、本件事故現場付近を調査したと主張するが、右調査の結果、何が把握され、それが工事方法にどのように取り入れたかは一向に判然とせず、被控訴人県の主張する調査の内容は曖昧である。また、右調査の際、除去すべき危険な浮き石や転石はなかったと主張するが、本件事故で落下した岩石は本件事故前、斜面の表層部に存在し、その一部は地面に露出していたと見られるから、落石の危険のある石はなかったという主張はそれ自体斜面の有効な調査をしなかったことを自白するものである。また、被控訴人県は本件斜面は、植生により安定していたと主張するが、崩れ易い風化した花崗岩のマサ土に根を生やしたにすぎない植生が斜面の安定にさほど寄与しないことは明らかである。

被控訴人県は本件事故を予見することは不可能であったと主張するが、予見し得なかったのは、本件事故現場付近の有効適切な調査をしなかったことがその原因であり、少なくとも定性的予見可能性があったことは明らかである。

二  被控訴人県の主張

被控訴人県は昭和六一年に「落石等危険箇所の点検について」(昭和六一年九月一八日建設省道防発一〇号建設省道路局長達・乙六)に基づいて、本件事故現場付近の地形、地質、気象条件、過去の自然災害の発生状況等を調査、点検したところ、落石の危険があることが判明したので、昭和六二年一〇月に落石防護工事を施工した。

しかし、工事前に現地を調査したときも、危険な浮き石、転石を発見することができず(本件事故によって落下した岩石は事故前は地中に埋まっていたものと思われる。)、また本件斜面は植生により安定しており(検乙一ないし三の工事前及び工事後の写真からも明らかである。)、斜面崩壊を予見することは不可能であった。本件斜面崩壊は、現在の技術水準による予見をはるかに超えたものであって、不可抗力というべきであり、このことは、権威ある専門家による本件事故調査委員会の報告(乙一)からも明らかである。

三  被控訴人会社の主張

本件事故は現在の技術水準では予見不可能なものであるから、被控訴人会社が予見不可能であったのは当然である。

また、被控訴人会社は被控訴人県の設計に基づき、規模、構造、施工方法、使用材料、施工順序等すべて被控訴人県の指示どおりに作業を進め、被控訴人県の完工検査を経たものであり、また、被控訴人県が定めた契約を入札方式によって受注したものであるから、工事内容の変更などなしえない。

右のとおり、被控訴人会社は本件事故を予見することが不可能であったことなどからして、本件事故について責任を負わない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(被控訴人県の責任)について

1  本件事故の態様

引用にかかる原判決の第二の一の2の(三)、3の(一)、(二)のとおり、被控訴人県が昭和六二年に行った落石防護工事の結果、本件事故現場付近の山側の斜面は、道路面から八ないし一〇メートルの高さまで削り取られ、その結果、斜面の勾配は、下部の削り取られた部分で約三分、その上の自然斜面で一割ないし一割二分となっていたところ、甲一、一〇、乙一、原審証人宇野三郎及び当審証人江藤良一の各証言によると、本件崩壊は、切り取られた部分は崩壊せず、自然斜面のマサ土と花崗岩の岩塊が当初局部的に崩壊し、その後それが周辺の自然斜面に拡大してゆき、全体として高さ三〇メートル、幅約二〇メートルにわたる大規模な土砂の崩壊に至ったものと推認される。

2  本件事故の原因

甲一〇、乙一、四及び原審証人宇野三郎、当審証人江藤良一の各証言によると、本件事故の原因として、次の(一)ないし(四)が考えられる。

(一) 本件事故現場の斜面の地質

本件事故現場の斜面は、引用にかかる原判決の第二の一の2の(二)のとおり、花崗岩及びこれが風化した残積土であるマサ土で構成されているところ、花崗岩は、亀裂が多く、それが縦方向と流れ盤の方向に顕著に発達し、マサ土は風化が進んだ状態で花崗岩からなる基盤を覆うようにして分布していたが、風化の状態は、極めて不均一で、マサ土の厚さも場所により大きく異なり、花崗岩とマサ土は複雑な様相を呈して存在していた。

流れ盤とは、地層の層理面あるいは岩石の不連続面の傾斜が地表斜面に対して平行またはこれに近い関係にある地盤あるいは岩盤をいう。流れ盤は受け盤(地層の層理面あるいは岩石の不連続面の傾斜が地表斜面に対して交差(逆傾斜)の関係にある地盤あるいは岩盤をいう。)に較べると、地滑りや山崩れを引き起こし易い。

右のように、流れ盤の方向に割れ目の多い花崗岩及びその風化の産物であるマサ土が複雑な様相を呈して存在することは、斜面が崩壊を起こし易い素因の一つである。

(二) 落石の影響

本件崩壊は表層にあった岩石が土砂と一緒に落下した山崩れであり、落石もその誘因となっている(これに対し、深層からの大規模な山崩れは地下水圧の上昇によって引き起こされ、落石が誘因となるものではない・原審証人宇野三郎、当審証人江藤良一の各証言)。

(三) 本件落石防護工事の影響

(1) 右工事により斜面の下部が切り取られたが、切り取られた部分の土圧が無くなったために、上部の自然斜面が滑り落ち易くなり、斜面崩壊を助長した。

この点に関し、斜面の切土による斜面長の増大は小さく、また斜面の勾配は、もとの斜面勾配より大きくなっていないので、力学的なバランスという点ではこれらによる影響は小さく、斜面崩壊の直接の原因とはならないという意見(乙一、原審証人宇野三郎の証言)があるが、甲一〇及び当審証人江藤良一の証言に照らし、これを採用することができない。

(2) 切土により切土部分の樹木が伐採、伐根されたため、樹木が持つ土砂崩壊防止機能及び保水機能が損なわれた。

(3) 切土面に存在した硬岩状の花崗岩を掘削するためリッパー等を使用したと推定されるところ、その際の振動は斜面の土圧を緩め、斜面の剪断抵抗力を減少させた。

(四) 本件事故前の気象条件

引用にかかる原判決の第二の一の4のとおり、本件崩壊の直前である昭和六三年三月中の総降雨量は約一〇〇ミリメートルであり、三月二五日と二六日には合計約三三ミリメートルの降雨が観測され、同月二九日には最大瞬間風速が秒速一四メートルの風が観測されたところ、右降雨は花崗岩中の亀裂やマサ土中に浸透し、亀裂中に浸入した水は、その水圧によって亀裂を押し広げるように作用し、マサ土中に浸入した水はマサ土の自重を増大させたばかりでなく、剪断抵抗力を低減させたものと考えられ、また、風は、斜面に生育している樹木を揺さぶり、その樹木の根(花崗岩中の亀裂部やマサ土中に位置している。)を通じて、斜面に外圧を与え、降雨と風により斜面の剪断抵抗力の低減と剪断力の増大を生じさせた。

3  本件事故の予見可能性及び危険除去の可能性

(一) 本件斜面の危険性

2の(一)ないし(三)説示のとおり、本件斜面は、その地質上、花崗岩及びこれが風化した残積土であるマサ土で構成され、しかも、その花崗岩は、亀裂が多く、かつ、それが縦方向と流れ盤の方向に顕著に発達し、マサ土の風化の状態や厚さの分布も極めて不均一で、花崗岩とマサ土が複雑な様相を呈しているなど、もともと斜面崩壊を起こし易い危険性を有するものであったうえ、崩壊斜面の誘因となる落石が発生しており、しかも、本件落石防護工事によって、斜面下部に切土、掘削など斜面崩壊の発生を助長する可能性のある工事が加えられたのであるから、右工事以後、本件斜面は、斜面崩壊を起こす蓋然性の高い状態にあったものと認められる。

このことは、格別異常視するほどのものと認められない気象条件下で本件崩壊が発生したことからも裏付けられる。

(二) 予見可能性及び危険除去の可能性

(1) 被控訴人県は、昭和六一年一一月一日に、本件事故現場付近において、防災点検を行い、落石の危険について、危険度a、頻度b、重要度a、点数8、緊急度Ⅰ(A)と判定し(乙七)、かつ、その後、右のように、本件斜面下部において、本件落石防護工事を行っているのであるから、その際、本件斜面一帯について、地形、地質、表土の状況や土壌構成、転石、浮石の有無等の調査を行っていれば、前記のような本件斜面の崩壊の危険性を発見し得た筈であり、また、その調査を行うことは格別困難ではなかったものと認められる(乙八によると、落石対策のための現地調査においても、右のような点が点検項目として掲げられていることが認められる)。

したがって、被控訴人県としては、本件斜面の右のような斜面崩壊の危険性を容易に知り得たものというべきであり、本件斜面崩壊について予見可能性があったとしなければならない。

(2)① 乙一には、本件斜面の土質、地質構成は極めて複雑であり、さらに斜面に育成している樹木の影響と降雨、風などの自然条件、さらに切土工事による振動等の影響など斜面を崩壊に導く作用力の増大とこれに抵抗する花崗岩とマサ土の剪断抵抗力の低減を定量的に把握することは極めて困難であり、結果として斜面崩壊に影響した項目ならびにその定性的な判断は可能であるが、斜面崩壊を定量的に予想することは不可能である旨記載され、乙四、五の記載及び原審証人宇野三郎の証言はこれに符合する。

しかし、甲一〇、乙一、四、五及び原審証人宇野三郎、当審証人江藤良一の各証言によると、現在の地質学、土壌工学等の諸学の水準では、自然斜面においては、その斜面の地質が判明していても、どの程度の誘因があれば、いつ、いかなる程度の斜面崩壊が発生するかを定量的に解析をすることは一般に困難であることが認められるから、自然斜面の崩壊について、定量的解析を必要とするならば、自然斜面の崩壊に対する安全管理対策は一切できないことになるので、一般的に定性的要因が一応判明している以上、現場の状況に応じた判断をするべきで、危険性が蓋然的に認められる場合であれば、予見可能性があるというべきである。

② 本件崩壊は、山崩れに属する斜面崩壊であるところ、山崩れは、地滑りが周期性を有するのと異なり、周期性がなく、一回起きると長期間経過した後に再発する場合があるから(甲一〇の三頁、五頁、二八頁、なお、甲一四の三三頁には、地滑りには免疫性が殆どないが、山崩れには免疫性が概ねあると記載されている。)、山崩れが長期間発生しなかったからといって、必ずしも山崩れの危険がないということはいえず(これに対し、地滑りが長期間発生しないことは、当該斜面が地滑りし難い斜面であることを示すといえる。)、したがって、本件斜面が長期間崩壊したことがなかったことから、崩壊の予見可能性がなかったということはできない。

(3) そして、被控訴人県において、本件斜面崩壊の危険性を察知したならば、落石防護工事のほかに、モルタル吹き付け、フリーフレーム工法などの斜面の安定化の工事を行うことにより、斜面崩壊を防止することができた筈である。

4  道路管理の瑕疵

被控訴人県は、右のように本件事故現場付近において、防災点検や落石防護工事を行いながら、本件斜面全般における崩壊の危険性について注意を払わず、その地質や土壌構成等の調査を行わなかったし、また、落石防護工事に際しても、斜面崩壊を予想して、それを防止し、或いは、これに耐え得るような工事をしなかったのであるから、本件道路の管理に瑕疵があったというべきであり、国家賠償法二条一項の損害賠償責任を免れない。

二  争点2(被控訴人会社の責任)について

被控訴人会社は、本件工事を請け負った土木工事業者に過ぎないから、道路管理者として本件道路の安全管理について責任を負う立場にある被控訴人県から示された図面や仕様書(丙一、二)が適性であることを前提として、これを誠実に施工すれば足り、右図面や仕様書が適切か否かを検討する義務はないものと解するのが相当である。

そうすると、被控訴人会社には、控訴人が主張するところの本件工事が斜面崩壊の対策として有効か否か、本件工事が斜面崩壊の危険を増大させるものであるか否かを検討し、適正な工事内容など改善意見を具申して、安全を確保するに足る工事を施工する義務はないというべきであり、また、本件工事の施工に際し、被控訴人県が許容した施工方法(リッパーの使用など)を回避する義務もないから、被控訴人会社について不法行為責任は成立しない。

三  争点3(損害)について

1  逸失利益

九五二五万〇一九八円

甲一、四の1ないし11、五ないし八及び原審証人足達良男の証言によると、死亡当時、宏は三八歳、明は三五歳であり、いずれも独身で大工をしていたこと、両名は死亡した一年半くらい前から共同で、他の工事業者から手間賃仕事を請け負っていたところ、死亡前一年間二人で少なくとも一〇四五万七〇〇〇円の手間賃収入を得ていたことが認められる。

就労可能年限は六七歳とするのが相当であり、宏の労働可能年数は二九年(その新ホフマン係数は17.629)、明の労働可能年数は三二年(その新ホフマン係数は18.806)、生活費割合は両名とも収入の五〇パーセントと認めるのが相当であるから、両名の逸失利益の合計は、次のとおり九五二五万〇一九八円となる。

(宏について)

10,457,000円×1/2×(1−0.5)×17.629=46,086,613円

(明について)

10,457,000円×1/2×(1−0.5)×18.806=49,163,585円

(合計)

46,086,613円+49,163,585円=95,250,198円

2  葬儀費用 二〇〇万円

本件事故と相当因果関係にある葬儀費用は、宏及び明各人につき一〇〇万円合計二〇〇万円と認めるのが相当である。

3  自動車の損害 〇円

原審証人足達良男は、本件事故当時右両名が乗っていた自動車はトヨタワゴン車であると述べるが、その所有者、購入年月日、本件事故当時の価格を明らかにする的確な証拠はない。

4  大工道具の損害 〇円

原審証人足達良男は、本件事故当時、右自動車の中に大工道具が積んであり、これが本件事故のため使いものにならなくなった旨述べるが、その種類、当時の価格を明らかにする的確な証拠はない。

5  慰謝料 二八〇〇万円

本件事故による慰謝料は、宏及び明の各人につき一四〇〇万円合計二八〇〇万円と認めるのが相当である(なお、右金額は、控訴人自身の慰謝料も考慮に入れた金額である。)。

6  以上の損害を合計すると、一億二五二五万〇一九八円となるところ、宏及び明の唯一の相続人である控訴人がこれを相続した。

四  そうすると、被控訴人県は控訴人に対し、国家賠償法二条一項に基づき、本件事故の損害賠償として、一億二五二五万〇一九八円及びこれに対する本件事故の日である昭和六三年三月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるが、被控訴人会社は控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償義務を負わない。

五  よって、控訴人の被控訴人県に対する控訴は一部理由があるから、原判決中被控訴人県に対する部分を本判決主文一項のとおり変更し、控訴人の被控訴人会社に対する控訴は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、民訴法九六条、九五条、八九条、九二条に従い、仮執行の宣言は相当でないから、これを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 志水義文 裁判官 髙橋史朗 裁判官 三浦宏一)

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