大阪高等裁判所 平成6年(行コ)60号 判決 1997年2月25日
大津市月輪三丁目四番三号
第六〇号事件控訴人(以下「控訴人」という。)
木村保彦
大津市一里山三丁目一二番一六号
第六一号事件控訴人(以下「控訴人」という。)
山下ユリ子
右同所
第六二号事件控訴人(以下「控訴人」という。)
山下幸治
右三名訴訟代理人弁護士
豊島時夫
同
道下徹
大津市中央四丁目六番五五号
第六〇、六一、六二号事件控訴人(以下「控訴人」という。)
大津税務署長
岩瀬忠男
右指定代理人
河合裕行
同
桑名義信
同
加藤英二郎
同
佐藤香
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
第六〇号事件被控訴人(以下「被控訴人」という。)
国
右代表者法務大臣
松浦功
右指定代理人
桑名義信
同
加藤英二郎
同
佐藤香
主文
一 本件各控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一申立て
(控訴人木村)
一 原判決中控訴人木村に関する部分を取り消す。
二 原判決事実及び理由第一の一の1、2同旨
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
(控訴人山下ユリ子)
一 原判決中控訴人山下ユリ子に関する部分を取り消す。
二 原判決事実及び理由第一の二同旨
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人大津税務署長の負担とする。
(控訴人山下幸治)
一 原判決中控訴人山下幸治に関する部分を取り消す。
二 原判決事実及び理由第一の三同旨
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人大津税務署中の負担とする。
(被控訴人ら)
主文同旨
第二事案の概要
次のとおり付加等するほか、原判決事実及び理由第二記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決三枚目裏四行目「土地」の次に「(これらを併せて、以下「本件土地」)という)を、同六行目「土地」の次に「(以下「本件土地二」という)を、同末行「した」の次に「(控訴人木村)」を、同四枚目裏一行目「同日、」の次に「瀬田町農業協同組合を経由して、」を、同二行目「所得」の次に「及び農業所得」を、同五枚目裏六行目「した」の次に「(控訴人山下ユリ子)」を、同七枚目表五行目末尾に次のとおり、それぞれ付加する。
「控訴人木村が、申告内容に不安を感じ、今西勉とともに横井税理士事務所へ申告内容調査方依頼に行ったのは昭和六三年ころであって、同六〇年ころではない(なお、横井税理士の回答は「あれは同和で申告してあるからあかん。」というものであった。)。」
二 同八枚目表九行目冒頭に「<3>」を付加し、同行の「原告木村は、松本に正当な申告を委任した。」を削除し、同一〇行目「原告木村に無断で」の前に「その作成を委任されたのを奇貨として、松本及び同和会の自己の不当な利益を得るための手段として」を、後に「(後記(三)(2)参照)」をそれぞれ付加する。
三 同裏五行目から同九枚目裏六行目までを次のとおり改める。
「(三)(本件賦課決定処分一の違法性)
(1) 重加算税は、本税を納付すべき場合に生じるものであるところ、右(二)(1)<2><3>のとおり、国税通則法七〇条一項により、控訴人木村には本税を納付すべき義務はない。
(2) 控訴人木村は、<1>松本に申告手続を委任していない。仮にそうでないとしても、<2>松本に復代理人選任権を与えていない等、復代理人選任の要件(民法一〇四条)を充足していない。<3>不正な手段による過少申告は、松本らの権限外の行為である(民法九九条一項)。また、松本らに代理権があったとしても、<4>代理権の濫用の法理によって無権代理である。なお、<5>被控訴人署長には心裡留保に関する民法九三条但書の趣旨の類推適用がある(本件確定申告書による申告は代理人が同和団体であり、その不正手段が多額の架空保証債務であるところ、同和団体がこのような不正手段による税務申告代理により納税者から提供される納税資金の大部分を手中に納め、一部分しか納税しないことが広く行われていることは、税務署長にとって公知の事実であるから、被控訴人署長は、同和団体に控訴人らに対する背任的な意図があることは経験上熟知していたか、注意すれば知ることができたはずで、かような場合は、民法九三条但書の趣旨を類推適用して無効と解すべきである。)。
結局、本件確定申告書一は、その中に、控訴人木村に無断でなされた(なお、松本及び同和会にとっては自己の不当な利益を得るための手段としての)虚偽事項の記載があるから、その効果は被控訴人木村に及ばないものであり、控訴人木村が本件確定申告書一の作成、提出をしたことを前提とする本件賦課決定処分一は違法である。
(3) 本件修正申告により納付すべき税額七四〇万二〇〇〇円のうち五万九九二〇円の部分については、隠ぺい。仮装に当たらないので、右の差額が重加算税の基本となるべきである。
2 (控訴人山下ユリ子、同山下幸治について)
(一) (本件更正処分二及び三について)(ちなみに、本件更正処分一というものは存在しない。)
国税通則法七〇条一項により、本件更正処分二及び三をすることはできない。
なお、右控訴人両名は、松本に正当な申告を委任したが、<1>同人に復代理人選任権を与えていない等、復代理人選任の要件(民法一〇四条)を充足していない(もっとも、正当な申告部分に限り、復代理人の選任を追認する。)。<2>前記1(三)(2)<3>参照。<3>前記1(三)(2)<4>参照。<4>前記1(三)(2)<5>参照。<5>民法一一〇条の表見代理は成立しない(被控訴人署長は、同和団体が不正申告をしていること及びその代理権限があると信ずべき正当な理由がないことを知っていたものである。)
結局、本件確定申告書二及び三は、その中に、控訴人山下両名に無断でなされた(なお、松本及び同和会にとっては自己の不当な利益を得るための手段としての)虚偽事項の記載があるから、その効果は控訴人山下両名に及ばないものであり、本件に国税通則法七〇条五項は適用されない。
(二) (本件賦課決定処分二及び三について)
(1) 重加算税は、本税を納付すべき場合に生じるものであるところ、国税通則法七〇条一項により、右控訴人山下両名には本税を納付すべき義務はない。
(2) 右控訴人山下両名は、右(一)のとおり、本件確定申告書二及び三での仮装・隠ぺいに関わった事実はなく、右申告書二及び三の効果が右両名に及ぶこともないから、右両名が右申告書二及び三の作成、提出をしたことを前提とす本件賦課決定処分二及び三は違法である。
3 (控訴人らについて)
(一) 国税通則法七〇条一項に定められた三年の更正期限の徒過は課税庁の怠慢によるものであるから、控訴人らの本件請求は認容されるべきである。
(二) なお、本件各申告(控訴人木村については瀬田町農業協同組合経由の一般確定申告)は、譲渡所得につき過少申告となっているが、これについて控訴人らに責任はないから、正当な理由があるものとして、国税通則法六五条四項が適用され、過少申告加算税も賦課されないものである。」
四 同九枚目裏八行目「1(二)(1)<1>」を「1(一)(二)(1)<1><2>」と改め、同末行末尾に次のとおり付加する。
「 控訴人木村は、カネボウ不動産に相続するなどした上、本件修正申告書を提出したものであるほか、昭和六〇年六月ころ横井弥一郎税理士から「納税は本人の義務である。」「どうして人に任せたのか。」との忠告を受けており、修正申告の必要性について理解していたものと推測されるのであって、本件修正申告は控訴人木村の、かしのない意思に基づくものであることは明らかである。」
五 同一〇枚目表一行目「1(二)(1)<2>」を「1(二)(1)<3>」と改め、同五行目の次に行を改めて次のとおり付加する。
「 控訴人らが松本に申告についての代理権を授与したことは明らかであるところ、問題は、控訴人らが主張するような民法の代理に関する規定の適用ないし類推適用ができるか否かであるが、納税申告は、税法の定めるところにより既に客観的に定まっている課税標準及び税額を納税者が具体的に確認し、その結果を税務行政庁に通知する私人の公法行為、すなわち、公法上の確認行為であるから、私的自治の補充又は拡張を目的とし、専ら取引行為を対象とする民法上の代理に関する規定が、全面的に適用ないし類推適用されるべきではない。
したがって、納税義務者が第三者に申告書の作成、提出期限を授与した以上、右第三者が代理人であろうが履行補助者であろうが、また、右第三者が更に別の第三者と共謀し、別の第三者が申告書を作成、提出した場合、別の第三者が復代理人であろうと履行補助者であろうと、民法一〇四条等の民法の規定の適用ないし類推適用はなく、その効果は税務義務者に帰属することになる。
そして、右のような別の第三者が不適正な申告書を作成、提出した場合、これに対する是正あるいは制裁の措置は、納税義務者に対してなされるべきは当然のことである。すなわち、是正については、修正申告書の提出や更正の請求をすることが許されており、これにより納税義務者の権利保護は図られている。他方、納税は納税者本人の義務であり、課税の前提となる事実を最もよく熟知している納税者自らが税額を確定して申告し、これを納付することが課税の適正、公平に資するものであるとする申告納税制度の下では、その申告の適正を担保する必要があり、そのために加算税の制度が設けられていることからしても、不適正な申告が行われれば、そのこと自体を要件として、納税者自身に対して加算税が賦課されるべきなのである。
よって、殊更に納税義務者から申告書の作成、提出を委ねられた第三者やこの者と共謀した別の第三者が、私法的な考察の下で、納税義務者の履行補助者や代理人であるか否かを詮索する必要性はないと考える。」
六 同一二枚目裏五行目から同一三枚目表二行目までを次のとり改める。
「四 争点
1 (控訴人木村について)
(一) 控訴人らの主張1(二)(1)<1><2>の事実があったか。
(二) 本件確定申告書一の法的効果が控訴人木村に帰属するか。同確定申告についての控訴人木村よりの受任者らの隠ぺい又は仮装による税法上の不利益を控訴人木村に課することができるか。
(三) 控訴人らの主張1(三)(3)のとおり、重加算税の計算に誤りがあるか。
2 (控訴人山下ユリ子、同山下幸治について)
本件確定申告書二及び三の法的効果が右控訴人両名に帰属するか。同確定申告についての右両名よりの受任者らの隠ぺい又は仮装による税法上の不利益を右両名に課することができるか。」
第三証拠
原、当審記録中、書証・証人等目録記載のとおりである。
第四争点に対する判断
一 争点1(一)について
証拠(控訴人木村、証人船越)によれば、大津税務署統括国税調査官船越肇が、同税務署内で、昭和六三年六月六日控訴人木村の妻と、同一〇日控訴人木村とそれぞれ話をした際に、脱税事犯で刑事責任を問われていた木村喜久治や中村春造の名前が出たことが認められる。しかし、他方、右証拠によれば、船越が控訴人木村に対して修正申告書の提出を強く求めた事実や、木村喜久治や中村春造のようになるぞと強く言った事実はないことが認められ、また、船越の側から木村や中村の名前が出たことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、船越が刑事処罰を故意にほのめかして、控訴人木村を畏怖させ又は虚構の事実を告げようとしたと認められることはできず、控訴人らの主張1(二)(1)<1>は、これを認めることができない。(同<2>については、後記二4で判断する。)
二 争点1(二)、2について
1(一) 控訴人らがそれぞれ司法書士である松本に確定申告手続を委任したこと、及び、所得税法六四条二項の適用を受けるために仮装が用いられ、それに基づいて同和会が虚偽の記載をした本件確定申告書一ないし三を提出したことについては、前記のとおりである(争いのない事実等1(二)、2(二))。
(二) また、証拠(甲一、二、五ないし七、一一、乙一ないし六、一〇ないし一二、<5>四、証人松本、同佐藤、控訴人山下ユリ子)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 松本は、昭和五五年ころから同和会副会長村井英雄から測量や登記を依頼されるようになっていたが、昭和五六年七月ころまでに、村井や同和会事務局長長谷部純夫、同事務局次長渡守秀治から、相続や土地の売買等で税金を納める場合に、同和会を通じて申告すれば、税金が半額以下で済むので、納税で困っている人があれば紹介してほしいという依頼を受けた。当時、松本は納税額が半額以下になる理由について詳しい説明を受けなかったが、同和会と税務署が交渉した上で納税額が決定されるのであり、税額の半分を同和会に寄付してもらえば、同和地域改善事業に使われるため、納税額が低くなるという説明を聞いて納得した。
(2) その後、松本は、二、三人を同和会に紹介したが、昭和五七年末ころまでに、長谷部から、納税義務者が他人の債務を保証した旨の仮装をし、主債務者に代わって土地売買代金を返済に当てたものとして申告することによって納税額は低くなるとの説明を受けたうえ、自らも所得税法六四条二項の規定を読んで、同和会の用いている方法を理解した。
(3) カネボウ不動産は、昭和五五年ころから一〇〇余名の所有者から約三万四〇〇〇坪の田畑等を買収する計画で瀬田月輪団地の宅地開発に乗り出し、昭和五七年末ころまでには大部分の用地を買収できたが、控訴人ら外数名の土地所有者は売却を拒み、土地の譲渡により納めるべき公租公課をカネボウ不動産が負担することを条件に買収の応じる旨を提案していた。国土利用計画法による適正価格の規制との関係もあり、カネボウ不動産としては、計画がいわゆる虫食い状態になることを避けるため、やむなくこれに応じたものの、これらの者に課される納税額の合計は約一億四三〇〇万円にのぼり、カネボウ不動産ではその対応に苦慮していた。松本は、カネボウ不動産の担当者山中隆雄(以下「山中」という)に納税額を低くする方策として同和会を紹介し、昭和五八年七月ころ、山中に対し、自己が理解している右(2)の同和会が税額を低くするために用いている方法を説明した。カネボウ不動産は、昭和五九年一月ころまでに、松本のほか、同和会に控訴人らの不動産譲渡にかかる所得税等の申告手続を依頼した。そして、松本は、右申告手続のための資料収集に関し、カネボウ不動産や同和会と控訴人らの橋渡し役を勤めることとなった。
(4) 控訴人木村は、本件土地一の譲渡等による所得に関する納税申告の期限が近付いてもカネボウ不動産の方から何も言ってこないので、同社の関係者に問い合わせたところ、かねて右土地の売買に関する書類の作成等に関して二、三回会ったことのある松本司法書士に書類の作成を任せてあるから同人に連絡してもらいたいとのことであったので、松本に電話で連絡したところ、「こちらの方でするから、木村の方ではしなくてもよい。」との返事であった。そこで、控訴人木村は、右譲渡による所得に関する部分についての納税申告に関してはカネボウ不動産ないし松本の指示どおり、申告期限の前後を通じて一切関与せず、右部分以外の課税標準について確定申告書を提出するにとどめた。
(5) 控訴人山下ユリ子は、本件土地三の譲渡による所得に関する納税申告については、一旦公民館の説明会で知った大津市在住の北村税理士に依頼して、必要な関係書類を預けたが、税理士に支払う報酬の関係もあり、カネボウ不動産には税理士も多くいるだろうと考えて、同社の佐藤に問い合わせところ、同社から、申告事務を代行するにつき同封別紙に関係事項を記入の上松本司法書士事務所へ送付されたい旨の文書(甲一一)が送付されてきたので、北村への依頼を断って、右土地譲渡等の手続の際に顔見知りとなっていた松本を訪れ、自己及び控訴人山下幸治の印鑑をも交付して、右控訴人二名の右納税申告手続を松本に委任した。
(6) カネボウ不動産は、昭和五九年三月九日ころ、同和会に七〇〇〇万円を右申告手続に関する寄付として支払い、同和会は、うち約二〇〇〇万円を松本に支払ったうえ、本件確定申告書一ないし三を被控訴人大津税務署長に提出して申告手続を行った。
(三) 右(二)で認定した事実によれば、本件確定申告書一ないし三における仮装及び虚偽記載について、松本が事情を知って関与し、カネボウ不動産の担当者山中もそのような方法が用いられることを承知していたことは明らかである。
(四) また、先に述べた当事者間に争いのない事実及び右(二)(4)及び(5)の認定事実によれば、控訴人らは、本件各土地の買主であるカネボウ不動産との間に、控訴人らが負担すべきその譲渡等に伴う公租公課を、買主が、その負担において納付すべきことを約束するとともに、その税額を確定するための納税申告をもなすべきことを、カネボウ不動産に依頼し、その指示に従って松本司法書士に委任し、その際、その具体的手続をなすべき者の選任等について特に何らかの留保をすることもなかったもの認められる。
2 控訴人らは、納税申告について民法の規定が適用又は類推適用されることを前提として、納税申告手続を第三者に依頼した場合に、その第三者が、納税者に無断で隠ぺい又は仮装を用いて納税申告をしたからといって、納税者自身がその不正を知らなかったときは、その効果は納税者に帰属せず、したがってまた、重加算税の賦課要件を充たさず、国税通則法七〇条五項の適用もない旨を主張する。
納税申告は、租税法規により既に客観的に定まっている課税標準と税額の基礎となる要件事実を納税者が自ら確認し、一定の方式で、租税債務の内容を具体的に数額で確定し、これを税務行政庁に通知する私人の公法行為であり、納付すべき税額を確定する効果をもつ。納税申告については、代理が認められており(国税通則法一二四条、税理士法二条一項)、原則として代理に関する民法の規定が適用ないし類推適用されるものと解されるけれども、別段の定めがある場合はもとより、明文の定めがなくても、納税申告の性質または租税法規の趣旨からみてそのように解すべき合理的理由がある場合には、その適用ないし類推適用はその限度で排除されるものと解すべきである。そして、具体的租税債務は、納税者の申告のみによって確定されるものではなく、申告内容に誤りがあって納付すべき税額に過不足があるときは、修正申告による是正のほか、是正を行うことが予定されている。また、当然のことながら、本件のように特定の具体的納税義務につき第三者がその負担において納税者本人に代わってこれを納付する旨の約定がある場合であっても、その納税義務は、租税法規に定められている納税者本人の債務としてのみ確定することができるものである。
ところで、国税通則法六八条に規定する重加算税は、同法六五条ないし六七条に規定する各種の加算税を課すべき納税義務違反が事実の隠ぺい又は仮装という不正な方法に基づいて行われた場合に、違反者に対して課されるものでり、これによってこのような方法による納税義務違反の発生を防止し、徴税の実を挙げようとする趣旨に出た行政上の措置である。
以上、述べたところに、代理人等の第三者を利用することによって利益を享受する者は、それによる不利益をも原則として甘受すべきであると解されることをも併せて考えれば、譲渡行為の相手方に右行為に伴う税金を負担させることとし、併せてその相手方にその税額を確定するための申告手続を委ねた場合には、その復代理人ないし履行補助者(履行代行者)の行為を含めて、納税者から納税手続を委ねられた相手方の側によって、その申告手続に関し、国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部の隠ぺい又は仮装が行われた以上、復代理人ないし履行補助者を含めて、右手続を行う者の選任、監督について納税者に過失がないと認められる場合を除き、右申告の効果は納税者に帰属するとともに、重加算税の賦課要件を充たし、かつ、国税通則法七〇条五項にいう偽りその他不正の行為の要件を充たすものと解するのが相当である。
3 右1の認定事実等及び右2で述べたところからすれば、控訴人らには、いずれも、そのカネボウ不動産ないし松本及びそれらの復代理人ないし履行補助者の選任、監督についての過失がなかったものと認められないかぎり、それぞれ、本件確定申告書一ないし三による申告の効果が帰属するとともに、重加算税の賦課要件を充足し、かつ、国税通則法七〇条五項にいう偽りその他不正の行為という要件を充足することになる。
そこで、以下、右過失の有無について検討する。
(一) まず、前記1(二)(4)及び(5)で認定した控訴人らがそれぞれの納税申告を委任するに至る経緯からすれば、控訴人らには、カネボウ不動産がどのような人物に右手続を委ねるのかについて特に関心があったわけではなく、また、松本司法書士が税務に詳しく信頼のおける人物であると信じるべき特段の事情があったわけでもないと認められるのであって、このように、直接その衝に当たる者の選任をも含めてその納税申告を全面的にカネボウ不動産に委ねたのであるから、控訴人らは、松本以外の者がその復代理人ないし履行補助者としてこれに関与することをも許容していたものと推認される。また、本件全証拠によっても、控訴人らが、右手続を委ねるに当たって、カネボウ不動産ないし松本が他の税理士等による適切な確定申告の用意をしているのか、また、どのような内容の確定申告書が作成提出されるのかについて、確認しようとした形跡は窺われない。
(二) 控訴人木村については、更に、
(1) 控訴人木村とカネボウ不動産の間の本件土地一の譲渡に関する契約の内容は、前記争いのない事実等1(一)記載のとおりであるが、証拠(乙二、<5>七、控訴人木村)によれば、その成立の過程で作成された両者間の不動産売買契約書(乙<5>七)には、特約として「本契約は、売主、買主双方の都合により、本日付の別紙の売買代金金三六四五万円也の契約書の外に、保彦の所有土地として、別添図面の如く七三八番一の南側に二二八・九三坪の実測土地のある事を買主は認め、これを代金二〇〇〇万円(二〇〇〇万八四八二円)也にて売主より買取るものとする。」旨記載されているけれども、現実に右土地の実測が行われたわけではないところ、右二〇〇〇万八四二八円を二二八・九三坪で除した坪単価は、国土利用計画法による規制の畑の最高価格である坪単価八万七四〇〇〇円(乙二)と一致していることが認められる。
(2) また、昭和六〇年ころ、同和会が本件と同様の手段で多数の納税者の所得税などを不正に免れさせていた事犯が検挙され、控訴人木村の近隣居住者の木村喜久治や中村春造らが、脱税の嫌疑により身柄を拘束されるなどしたことについては、当事者間に争いがない(争いのない事実等1(六))。そして、証拠(乙一五ないし一七、証人松本、同佐野、同今西(一部)、控訴人木村)によれば、控訴人木村は、木村喜久治や中村春造らが逮捕されたころ、同和団体などによる脱税事犯が噂になったことから、自ら今西に相談をしかけ、その助言を得て、今西とともに税理士横井弥一郎を訪れて相談したところ、同税理士から、人任せにしたことについて注意を受け、後日今西を介して、同税理士が税務署に行って調査した結果に基づく、「あれは同和で申告してあるからあかん、修正申告をした方がよい。」との報告・助言の連絡を受けたことが認められる。右横井税理士の助言を得た時期について、それが昭和六〇年六月ころのことであるとする乙一五、一六の記載は、当審証人今西の証言に照らし、直ちに採用することはできないけれども、事柄の性質及び調査事項の内容、本件土地一の譲渡等に関与していた助言者今西(控訴人木村)の立場に鑑みれば、木村喜久治や中村春造が逮捕されたころだと思う旨の控訴人木村の供述により、結局、それは昭和六〇年六月ころのことであったと認めるのが相当である。
(3) 右(1)(2)の事実によれば、控訴人木村は、当初から松本に委ねた自己の申告が適切に行われないのではないかとの疑いを抱いていたものと推測されるのであり、また、先に述べた具体的納税債務の確定について法の予定している方法に鑑みれば、控訴人木村としては、横井税理士から調査結果の連絡を受けた機会に、松本に尋ねて、又は自ら自己の確定申告の内容を確認して、不正があれば、松本に指示して、又は自ら修正申告をするなどして、事後であっても適切な申告手続をすべきであったと解される。にもかかわらず、証拠(証人松本、控訴人木村)によれば、控訴人木村が松本又は税務署に対して自己の確定申告の内容を確認したことは一度もなかったことが認められる。
(三) 控訴人山下ユリ子及び同山下幸治については、証拠(乙一一、一二、乙<6>及び<7>の各二ないし七、控訴人山下ユリ子)によれば、次の事実が認められる。
(1) カネボウ不動産が右控訴人二名に本件土地三を譲り受けたい旨を申し入れた際、カネボウ不動産側から、税金はできるだけかからないようにし、もし税金がかかった場合でもカネボウ不動産が負担する旨の話があった。
(2) その後、カネボウ不動産側は、右控訴人二名所有の本件土地三と中村春造所有の本件土地四とを等価交換した形にして、右控訴人二名の譲渡所得を非課税とし、更に、右控訴人二名が交換により取得した同土地を一年間耕作したのちにカネボウ不動産に譲渡する形にして一人当たり一五〇〇万円の特別控除(租税特別措置法三四条の二第二項三号)を受けることを考え、右控訴人二名に対してその外形を整えるための諸手続について協力を申し入れた。
(3) 控訴人山下ユリ子は、右の申入れの内容について税務署に相談に行き、大規模開発だからといってそのような控除はない筈であるという説明を受け、一五〇〇万円の特別控除についてカネボウ不動産側がした前記の説明に疑問を感じるに至ったため、カネボウ不動産に対し、土地譲渡が原因で所得税・住民税が賦課された場合にはその全額を負担する旨を書面で明確に約束することを求めた。カネボウ不動産は、右控訴人二名に対して、昭和五七年一二月一三日ころ及び昭和五八年一〇月一〇日ころの二度にわたって、税金をカネボウ不動産において負担する旨の書面を差し入れた。
(4) 右控訴人二名は、本件土地四を取得する意思がなかったにもかかわらず、昭和五八年一〇月二六日ころ、中村春造との間で本件土地三と本件土地四とを交換する旨の交換契約書を作成した。
(5) 本件土地三の譲渡の対価である二九三二万五〇〇〇円は、本件土地二に金銭消費貸借を原因とする抵当権を設定の上、内金二〇八七万円が昭和五七年五月一九日に、残金八四五万五〇〇〇円が同年六月一六日に、カネボウ不動産から右控訴人二名に支払われており、本件土地三については、昭和五八年一〇月二六日付交換を原因として同年一二月二日、右控訴人二名から中村春造に対する所有権移転登記がなされている。また、本件土地四については、昭和五八年一二月一三日付売買を原因として昭和五九年三月九日、中村春造から直接カネボウ不動産に対する所有権移転登記がなされている。
これらの事実を総合すると、右控訴人二名は、カネボウ不動産の考えている税金対策が功を奏するか否かについては疑問を感じたものの、その要求に応じて、取引の実態とは異なる交換契約書の作成等に協力し、他方において、カネボウ不動産が税金を負担する旨の書面を強く要求したものであると認められる。右事実によれば、右控訴人二名は、松本によって不適切な確定申告がされる危険があることを、認識していた、あるいは、少なくとも、少し注意をすれば認識することができた筈であると解される。にもかかわらず、証拠(証人松本、控訴人山下ユリ子)によれば、右控訴人二名が松本又は税務署に対して自己の確定申告の内容を確認したことは一度もないことが認められる。
(四) 以上、述べたところによれば、控訴人らには(控訴人木村については被控訴人らの主張(二)の当否にかかわらず)、復代理人ないし履行補助者の選任・監督を含めて、受任者である松本の選任・監督について過失がなかったものとは認められず、他に右無過失を認めるに足りる証拠はない。
(五) なお、控訴人らは、カネボウ不動産は有名な大企業である鐘紡の子会社であり、松本はその推薦する人物であるから、当然、適正な処理を行ってくれるものと信じて、任せていたものであって、その松本の委任に基づいて同和会が作成提出した本件各確定申告書において不正が行われたとしても、それを知らなかったことについて控訴人らに過失はないから、その法的効果は控訴人らには及ばない、と主張し、控訴人木村及び同山下ユリ子は、原審本人尋問において、右主張にそう供述をしている。
しかし、前記1(二)(3)で認定した瀬田月輪団地開発におけるカネボウ不動産の用地買収の実情、並びに、同3(二)(1)及び(三)(1)ないし(5)の認定にあらわれた本件土地一及び三の譲渡に関する契約の、成立に至る経過及び内容から考えれば、カネボウ不動産と控訴人らとの間には、その譲渡の対価の額等の条件の確定を巡ってかなり厳しい折衝が行われたものと推認される。そのような場面で譲渡人として折衝を行った控訴人らが、利害の対立していたカネボウ不動産に対して、約束をした以上確定された税額の納付は間違いなくしてくれるであろうという意味で信頼したという点はともかく、単にそれが有名大企業の子会社であるというだけのことから、委ねられたその税額を確定する手続を行う段階において、負担の軽減を謀って画策することはありえないという意味での信頼を持ち得たものとは到底思われず、要するに、控訴人らは、いずれにせよ当該譲渡に関する納税につき自ら出捐する必要がなくなったことに安心して、適正な納税申告をするために、自らの出捐によって納税する通常の場合のような注意義務をつくさなかっただけのことであると解される。控訴人木村の、自分は売る気がないと頑張っただけで、カネボウ不動産が苦労していたことは分からないとの供述を含めて、控訴人木村、控訴人山下ユリ子の右認定判断に反する供述は信用できず、控訴人らの右主張は採用できない。
4 以上の次第で、控訴人らには、いずれも、本件確定申告書一ないし三による申告の効果が帰属し、重加算税の賦課要件及び国税通則七〇条五項の偽りその他不正の行為の要件が認められ、昭和五八年分の所得税の法定申告期限(昭和五九年三月一五日)から七年を経過する日まで、更正決定をすることができるから、控訴人らの主張1(三)(1)及び(2)<1>ないし<4>、2(一)、同なお書<1>ないし<3>、<5>並びに2(二)の(1)及び(2)は、いずれも理由がない。
また、控訴人木村の主張(二)(1)<2>については、控訴人木村が統括国税調査官から差押えをする旨告げられても、更正決定・差押えは可能であるから、虚偽の事実を告げられたことにはならず、詐欺・錯誤の主張は理由がなく、更に、差押えが可能である以上、統括国税調査官がその旨を告げたからといって、それが強迫に当たると解すべき理由はないから、右主張は採用することができない。
なお、控訴人らの主張1(二)(1)<3>、(三)(2)<5>及び同2(一)<4>は、代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の意図を知りまたは知りうべきであった場合にかぎり、民法九三条但書の規定を類推適用して、本人はその行為についての責に任じないと解すべきであるとするものであるが、右のうち、相手方が代理人の意図を知りまたは知りうべきであったことを認めるに足りる証拠はない。のみならず、前記争いのない事実等1(一)(二)及び2(一)(二)によれば、本件においては、本人は、当該行為の委任とともに、受任者の側との間に、当該行為によって負担することになる自己の義務を受任者の側がその負担において履行する旨の合意をしているのであって、両者の間の約定によれば、いずれにせよ本人がその行為についての責には任じないことになっているのであるから、控訴人ら主張の理論は妥当しない。いずれにしても、控訴人らの右主張は理由がない。
三 争点1(三)について
被控訴人の主張3のとおりであり、本件賦課決定処分一(但し、審査裁決により一部取り消された後のもの)に不合理な点や違算は認められない。
四 控訴人らの主張3(一)について
確かに、納税者の利害を考えれば、納税申告の誤りに対する是正措置は可及的速やかに講じられるべきであるといえる。しかし、税負担の公平という見地からすれば、成立した租税債務は、そのすべてが具体化され現実に納付されるのが本来の姿であると考えられる。したがって、課税庁内部の事情によってそれが遅れたとしても、関係法規により、許容された期間内に、許容された手段によってなされた是正措置が違法とされるいわれはないものと解されるところ、本件においては、それでもなお、控訴人らの請求を認容しなければならないと解すべき特段の事情の主張立証はない。控訴人らの右主張は、採用することができない。
第五結論
原判決は相当で、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富澤達 裁判官 古川正孝 裁判官 三谷博司)