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大阪高等裁判所 平成7年(う)618号 判決 1997年2月25日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官佐々木茂夫作成の控訴趣意書及び検察官秋本讓二作成の控訴趣意書の訂正申請書二通に、これに対する答弁は、弁護人眞鍋正一、同下村忠利、同岩城本臣、同平場安治共同作成の答弁書(一)及び弁護人眞鍋正一、同下村忠利、同岩城本臣ほか一六二名共同作成の答弁書(二)に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、本件は、大阪市中央区千日前一丁目で焼肉店を経営する株式会社T(代表取締役K)のビルの建て替え工事に関し、工事現場の隣のビルに組事務所を有する暴力団山口組系A組の幹部組員及びこれらと親交のある弁護士である被告人が、民事紛争の形を借り、弁護士同士の示談交渉を装って敢行した恐喝未遂事案であり、被告人は、A組事務局長N及び同組若頭Eらと共謀の上、施工業者である株式会社D工務店代表取締役D及び施主である右Kから高額の金品を喝取しようと企て、両名に対し、右N及びEが他のA組組員と共に右ビルの新築工事を妨害し中断させるなどして脅迫し、被告人が右K及びDの代理人である弁護士Lを介し、高額の金品を提供してA組の承諾を得ない限り工事の妨害は続く旨告げて金品を要求したものであるところ、原審において取り調べられた証拠によれば、右の被告人とE、Nらとの間の共謀及び被告人による金品要求行為等は優に認定できるのに、原判決がそのいずれについても証明がないとして被告人を無罪としたのは、事実を誤認したものである、というものである。

そこで、所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、以下のとおり判断する。

一  七月二一日の電話での被告人の発言内容に関する主張について

論旨は、被告人とE、Nとの間の共謀及び被告人による金品要求行為に関する各判断の前提となる事実関係のうち、七月二一日の電話での被告人のL弁護士に対する発言内容は、L証言に基づき、被告人が「A組は、Tの新しい建物の建築は承諾していない。」「島之内でもA組関連のビルの隣の工事がストップしている。」と述べ、L弁護士が「そんなこと言わず、組を説得してもらえないか、工事をさせてやってくれ。」と述べたのに対して、「それはできない。」と答えたものと認定すべきである、というものである。

しかし、原判決が、八月一日の電話での会話の内容及び被告人の供述等に基づき、被告人の発言内容を「本件工事について、Aは工事を承諾していないと言っている。協定書は、Nという者が勝手にサインしたらしい。」「以前島之内でもそんなことがあった。」という程度のもので、併せてこの件では代理人にならない旨をL弁護士に伝えたものであった旨認定したのは相当であり、原判決のこの点に関する説示(第二の一2)に格別不合理な点はない。

所論は、被告人がL弁護士から「組を説得してもらえないか、工事をさせてやってくれ。」と言われたのに対して「それはできない。」と答えたか否かの点について、同弁護士が、被告人に対し、八月一日の電話で「あんまり小さいところを泣かさんように、僕を通じて言うてくれへんやろかと、こう言うねんな。」と述べていること、八月二七日の電話で「あまりに過大なことを言ってもね、ちょっと通りそうにないということを言ってもらえないかなあ。」と述べたのに対して、被告人が「それを言うこと自体は別に簡単なんですけども、わかりましたという回答が返ってくる可能性がほとんどないです。」と答えていることからすると、七月二一日の電話で前記のようなやりとりがあったものと考えられる、というのである。

しかし、関係証拠によれば、七月一六日に、地下の掘削やコンクリート塊を打ち砕く工事がされて、Dにおいても忍耐の限度を超えるような相当な騒音があったと判断し、翌一七日以降に防音の仮設工事を始め、それが終わり、機械もそれまで使用していたアイオンから音の比較的小さいクラッシャーに代えて、同月三〇日から新築工事を再開しようとしたところ、同日午後二時三〇分ころ、NらA組組員が工事の中止を要求したため、Dは、L弁護士に電話で現場の状況を報告し、同弁護士が工事を続行するよう指示したので、それに従ったが、午後三時一五分ころ、再度、五、六名のA組組員が大声で威嚇するように中止を求めたので、やむをえず工事を中止し、再びL弁護士に電話して、被告人と連絡をとって工事ができるようにしてほしいと懇請したことが認められ、同弁護士が八月一日の電話で前記のように言ったのは、右の経緯を受けたものであることが明らかであり、七月二一日の時点では、Nの承諾のもとに防音の仮設工事が続行されていた間であるから、八月一日の電話でのL弁護士の前記発言をもって、七月二一日に前記のようなやりとりがあったことを推し量ることは相当でなく、また、八月二七日の同弁護士の前記発言は、同日のそれまでの電話でのやりとりを受けたものであって、これに基づいて、七月二一日に前記のようなやりとりがあったものとみることも相当でない。

また、所論は、島之内の件に関し、被告人が、八月一日の電話で「そのまんま、ほかのとこは止まっちゃってますものね。」「更地のまま。」と述べていること、同月二七日の電話でも「その周りはストップのままなんです。」と述べていることからすると、島之内で工事が停止している件もA組の関連であるということが、すでに七月二一日の電話での被告人の発言中に出ていたものと考えられる、というのである。

しかし、八月一日の電話で、島之内の件に関し、L弁護士が被告人に「あれもA組か。ほかの組?」と尋ね、被告人が「組じゃないんですけども、組の事務所ではないんですけども、Aさんの関係です。」と答えていることからすると、七月二一日の時点では、被告人は、島之内で工事が停止している件がA組の関連である旨の発言はしていなかったのではないかと考えられる。

二  被告人とE、Nらとの共謀に関する主張について

1  所論は、まず、(一)被告人は、七月二一日の電話で、「協定書に先生(L弁護士)のお名前が出ていたのでお電話しました。」と言っているから、右時点で、協定書の存在はもちろん、その内容についても認識していたものである、(二)被告人は、<1>八月一日の電話で、L弁護士が「相場の五〇〇万積んでも妨害しよるわな。」と言ったのに対し、「うーん。う、うーん。」と答え、また、同月二七日の電話で、「Aさんに『妨害するな。』言うたら『はい、わかりました。』という返事しかないんじゃないですかね。」と言っていること、<2>八月一日の電話で、L弁護士が「えらいとこを請けた…。」と言うと、「と思います。これもう正直な話」と続けて、さらに、同弁護士が「なあ。」と言ったのに対し、「ええ。そのまんま、ほかのとこは止まっちゃってますものね。」と言っていること、<3>八月二七日の電話で、組員は組長がやめろと言わない限り勝手に動く、抗争のようなものだと言っていることなどから、Nらによる工事妨害の実情もある程度具体的に認識していたものである、(三)被告人は、<1>八月二七日の電話で、「はい。もうぎりぎりですからね。塀の上ですものね。」と言っていること、<2>九月一〇日の電話で、「どう傷ついても。解決しなきゃしようがないんですわ。」「Aさんでなきゃ、こんなことは絶対にしませんけどね。」「いや先生、それはもう私が好き好んでやっていることですから、どのように思っていただいても、またどういう処罰していただいても、僕はかまわんのです、本当に。」と言っていることから、自己の発言内容が弁護士業務の範囲を逸脱しており、恐喝になることがあることを十分認識していたものである、というのである。

しかし、(一)については、被告人がそのように発言したかどうかは証拠上明確でない上、Aの秘書のIからそのように聞いた可能性も否定できず、(二)については、<1>の八月一日の電話でのL弁護士の「相場の五〇〇万積んでも妨害しよるわな。」との発言は、同弁護士が、「今、南で何か聞いてみると、まあ、大体、相場五〇〇万、A組に出さんとビルは建たんらしいなあ。」と言った上、本件工事に関するA組側の意図として先回りして述べたものであり、これに対する被告人の前記反応は、言葉に困り、具体的な返答ができない状態を表しており、これをもって、L弁護士の右発言内容を容認する趣旨のものとみることはできず、また、被告人の八月二七日の電話での前記発言及び<2><3>の前記発言も、必ずしもそのような認識に結びつくものとはいえず、(三)については、被告人の<1>の八月二七日の電話での前記発言も、<2>の九月一〇日の電話での前記発言も、その前後の会話内容を併せ考えると、必ずしも自分の言動が犯罪を構成したり、恐喝になることがあることまで認識していたものということはできない。

2  次に、所論は、(一)七月二〇日の「丸福」でのEの発言のうち、「協定書はNが勝手にしたもので、A組としては解体工事しか承諾していない。」という部分が、被告人のL弁護士に対する七月二一日の電話での「協定書はNという者が勝手にサインしたらしい」「A組はTの新しい建物の建築は承諾しない。」という発言部分とほぼ一致していることからすると、七月二〇日のE及びNの言動と同月二一日の被告人の電話が関連しているのは明らかである、(二)Nは、七月三〇日にDに対し、「お前ところの弁護士警察に言う言うとるやないか。」と述べており、これは、七月二一日の電話でL弁護士が被告人に対して「民事刑事で防禦しますよ。」と話していたことをNが知っていたことを意味しており、被告人とNが絶えず情報の交換を行いつつ、本件犯行を敢行したことを裏付けているものである、(三)八月一日の電話で、L弁護士が被告人に対し、「弁護士同士でね。弁護士同士ということになると、恐喝も何もないという感じになってくるわな。」「ほんで組としてはそういうことが狙いやと思うけどなあ。」などと言って、A組が組の威力を背景に工事を阻止した上、弁護士同士の交渉という形をとって金員を巻き上げようとする意図があることを看破して被告人を追及しているが、被告人は、これに反論せず、容認している様子がうかがわれる、(四)Eは、九月八日、本件工事現場西隣の鰻屋「うお卯」の経営者Xに対し、「ぼちぼち建てさそうと考え直したので、Dに事務所に来るように伝えてくれ」と言い、被告人も、九月八日Aから意欲のある解決をして下さいと依頼された旨供述しており、同じ日に同一の方針変更が打ち出されているのであって、この点でもEと被告人の間に意思の疎通があったものと考えられる、(五)K’の原審証言によれば、被告人が、平成元年一二月か同二年一月ころの夕方に二度ほどA組の組員五、六名とT千日前店で食事をしていることが認められ、これにより、被告人とA組との日頃の親密さがうかがわれるところ、原判決は、K’証言の信用性を否定するけれども、同人は、接客業務の職業意識を持ち、客の顔をかなりよく記憶する者であるから、原判決が、わずか二回ほどしか来店していないということのみをもって直ちに、同証人が顔を覚えていたというのはにわかに首肯できない旨判断したのは経験則に反する独断であり、また、原判決の「五、六人の組員についてはいずれも特定には至らなかったのに、ひとり被告人のみが特定されたというのも些か不自然である」という点も、弁護士である被告人だけが背広にネクタイ姿であり、それが暴力団組員らと飲食していたことから特に記憶に残っていたものと考えられ、不自然ではなく、K’証言を信用すべきである、(六)Qの原審証言によれば、被告人が、平成二年七月一四日昼ころと同月二一日午前一一時ころにA組事務所を訪れていることが認められるところ、原判決は、Qの証言中、原審公判廷の被告人と写真で見た被告人とが違う感じがするとの点を捉えて、Qの目撃状況の記憶の正確性に疑義がある旨判示するけれども、Qは、目撃当時から二年余り後の平成四年一二月一〇日の原審第二二回公判で、年月の経過から、公判廷の被告人と警察で見せられた写真の人物とが違う印象を受けると証言しているだけであって、この点が、Qの目撃した人物が被告人ではなかったのではないかという疑いを差し挟むほどのこととは考え難く、原判決は、Q証言の評価を誤ったものであり、また、原判決は、Q証言の信用性に関連して、七月一四日については、被告人にアリバイが成立する可能性がある旨判示するけれども、被告人が、Qのいう昼の休憩時間に接着した時間帯にまずA組事務所に行き、その後、門真市のRの実家に直行したとすれば、昼過ぎに同家を訪れることは可能であって、原判決は、この可能性を無視している、というのである。

しかし、(一)については、被告人の七月二一日の電話での発言内容は、前記のとおり、「本件工事について、Aは工事を承諾していないと言っている。協定書は、Nという者が勝手にサインしたらしい。」というものであって、Eの前記発言と異なっている上、A及び秘書のIの関与の状況が証拠上全く不明である以上、Eと被告人の右のような各発言の時期や内容だけから、両者の間に意思の疎通があったとみるのは相当ではなく、(二)については、七月二一日の電話でL弁護士が被告人に対して「民事刑事で防禦しますよ」と言ったか否か必ずしも明らかでなく、仮に言ったとしても、Nの同月三〇日の本件工事現場での前記発言内容の事実がどのような経緯で同人に伝わったのか不明であり、右各発言から直ちに被告人とNが絶えず情報の交換を行っていたとはいい難く、(三)については、L弁護士の前記発言は、自分の考えを述べて被告人の同意を得ようとしているものとみられるが、それに対し、被告人は、「あー。」とか「ああ、かなわんな…」などと言っているのであって、L弁護士の発言内容を容認しているものとはみられず、(四)については、関係証拠によれば、被告人は、九月八日にAから「隣の件解決しとってください。」「うちのが向こうの方から言われて、うっとうしがっておりまんね。」と言われたこと、他方は、Eは、Xに対し、「わしもぼちぼち建てさしたろと思っている。」と述べたことが認められるが、Xは、Eからそのように言われた時期は分からないと証言しており、また、Dは、Xから、「Eが考え直すからいっぺん事務所に来るように言っていた。」というようなことを聞いたが、それは、九月の中旬か半ば過ぎであると証言しているのであって(原審検一七五号証〔大阪地方裁判所平成三年(わ)第一六〇六号事件の第四回公判期日におけるDの証人尋問調書〕)、Aから被告人に、EからXにそれぞれ方針変更の話がされたのが同じ日であったとは認められない上、いずれにしても、右の事実からは、Eと被告人の間で意思の疎通があったということはできず、(五)については、K’証言によれば、来店した五、六名の者はいずれも背広を着ていたということであり、その人物を特定するためにK’が警察で写真を見せられたのは平成二年九月ころと考えられるところ、同人に接客業務の職業意識があることを考慮しても、原判決が説示するような理由によりK’証言を信用しなかったことが経験則に反するものとはいえず、(六)の前段については、Qの目撃状況の記憶の正確性に疑義がある旨の原判決の説示部分に格別不合理な点は見られない上、原判決は、Qが目撃したという人物と被告人との同一性につき所論の点のみを理由に疑義があるとしているのではなく、所論の点のほか、同人の証言は、七月一四日と同月二一日に同一人物がA組事務所に入るのを見たという限りでは信用できるところ、同月一四日についてはアリバイ成立の可能性を否定できないことなどを挙げて右人物の同一性が肯認できないとしているのであるから、所論は当たらないというべきであり、また、(六)の後段については、関係証拠によれば、被告人は、当時受任していた刑事事件の被害弁償の関係で、七月一四日の正午を過ぎて間もないころには門真市のR方を訪れていること、R方までは被告人の事務所から車で四〇分程かかり、A組事務所からではそれ以上かかることが認められるところ、仮に被告人がA組事務所に行った後R方に行ったとすれば、A組事務所を午前一一時三〇分ころないし遅くとも正午前までには出ていなければならないことになるが、Qは、問題の人物が正午前ないし昼ころ同事務所に入るのを見た、出るところは見ていないと証言しているのであるから、所論は当たらない。

3  結局、原判決が被告人とE、Nらとの間における恐喝の共謀の証明がないと判断したのは相当であり、原判決のこの点に関する説示(第二の二)に格別不合理なところはない。

三  被告人の金品要求行為に関する主張について

論旨は、被告人は、「二、三千万円」とか「ガレのガラス工芸品」とかを例示し、それに近い高額の金品の提供を要求したものであり、原判決が被告人の金品要求に関する発言が第三者的、抽象的で、金品の提供を現実化させようとする意欲がうかがえないとするのは、自らはあえて具体的な金品の要求をせず、相手方から具体的な金品の提案をするように仕向けるという暴力団的手法のせいであり、被告人の発言が恐喝罪における金品要求行為に当たることは明らかである、というものである。

そこで関係証拠を調査して検討すると、この点に関する原判決の説示のうち、(1)八月一日の電話で被告人が「しかし、えらいとこを請けたものですね。これはもう、A組とかそんなこと関係なくですけど、一般的な感じなんですけど。」「立派…そらもう大したものだと思いますわ。請けられたというのは。」などと発言したのは、暴力団事務所の隣の事業用建物の建て替え工事を請け負った業者が、工事遅延による逸失利益を含む全損害の賠償責任を負担しているということに対する被告人の驚きを感想として述べたものであるとしているが、右は暴力団事務所の隣の建物の建て替えを請け負ったこと自体に感心する旨の発言とみるべきであること、(2)同日の電話で、L弁護士が「まあ僕も、そのう、直接話して、そんなん、脅かされるのもかなわんしな。」などと言ったのに対し、被告人が「いや、ありませんわ。」などと答えた点について、L弁護士なり、施主なりが直接Aと面談して解決の糸口を探るように促していることがうかがえるとしているが、右の際被告人は「いや、会いませんわ。」と答えたものと認められるのであって、Aが表に出て相手方弁護士と会うようなことはないという趣旨であること、(3)同月二七日の電話で、被告人が「二、三千万円」とか「ガレのガラス工芸品」などと言ったのは、L弁護士の「女」「金塊」「日本刀」といった不真面目で被告人をやゆするような言葉に触発され、それに対する反発としてなされた側面があるとするが、そのような側面は認められないことの各点を除いては、概ね正当として是認することができる。被告人が「二、三千万」との発言を自らしたのは一回だけであり、その前後のやりとりを見てみると、被告人が「私はお金なんか言いたくはないんですけどね。ただ感じとしたら、解決するんだったら、かなりの金額を言うんじゃないかなという感じがしますね。」と述べたのに対し、L弁護士が「かなりか。かなりというのはどういう…」と言ったことに答えて、「例えば、まあ二、三千万とか、ですね。そんなことを言う感じじゃないかなという感じしますわなあ。」と述べたのであり、また、被告人が「ガレのガラス工芸品」ということを述べた前後のやりとりは、被告人が「現金は、そのう、受け取らん言うてんねなぁ。あんなこと言われてもかなわんのやな。本当にもうどないせいちゅうねと言いたくなるんですがぁ。うーん。」と述べたのに対し、L弁護士から「で、現金以外の物いうたら何やなあ。」と尋ねられ、「うーん。」と返答に困っているところへ、同弁護士が「金塊か?」と言い、被告人が「いえいえ、そうじゃありません。あのう、何か記念品、記念品いうたら、まあ、あの好きな物とかですね。」と述べたのに対し、さらに同弁護士が「日本刀か。」と言ったのに答えて、「いえいえ、そんなんじゃないです。あのう、ガレのガラス工芸品なんか好きなんですよね。」と述べたものであって、前者は、かなり漠然とした感じを述べたようなものであり、後者は、L弁護士の問いに対しとっさに思い付いて答えたようなものであって、いずれも話の成り行き上なされた第三者的、抽象的な感じのする発言であり、そこに積極的な態度はうかがわれず、また、相手の方から具体的提案をするように仕向けるようなニューアンスも認められない。

そして、原判決もいうように、弁護士業務の性質に照らすと、L弁護士の存在を被告人の発言を依頼者であるK及びDにそのまま伝えるだけの単なる伝達機関と見るのは相当でないところ、前記の諸点のほか本件電話での会話の内容や流れ、その雰囲気、語調等を併せ考えると、被告人の発言は、いまだ脅迫行為とあいまって相手方の意思決定を強いるほどのものには至っておらず、恐喝罪における金品要求行為とはいい難いものというべきである。

四  以上のとおり、被告人とN、Eらとの共謀の点並びに被告人の金品要求行為の点は、いずれもこれを認めるに足る証拠がなく、また、冒頭記載の論旨がいうような本件恐喝の構図についても、本件における被告人とA及びIらA組幹部との意思連絡の実態が証拠上明らかでない状況のもとでは、本件電話による会話の内容及びこれに関するL弁護士の証言等から検察官の主張するような事実関係を推認することは困難であるといわざるを得ない。

結局、被告人の本件電話での発言は、法律上の権利の有無は別として、いわゆる近隣対策費の問題に関する弁護士同士の交渉における事実上の解決方法の打診と見る余地があり、恐喝と断ずるにはなお合理的疑いが残るというべきである。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木暢茂 裁判官 梶田英雄 裁判官 佐野哲生)

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